ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
「この機体は確か……」
愛機<ヴェスペロ>から降りたヴィラスはガレージに駐機していた1機のACに首を傾げた。
アライアンスから都市奪還任務にアサインされ、その作戦を執り行う前線の基地に今しがた到着した。
任務の内容としては都市内部にいる敵勢力の排除なのだろうが、どの様に作戦を進めるかは基地で詳細を説明するとのことだった。
ただ、何か専用の兵装を付けさせるのか、アライアンス側から肩部エクステンションのハードポイントは空けておくようにという注文があり、先日の戦闘と同一フレーム構成の<ヴェスペロ>の肩部ハードポイントには何も付けられていない。
僚機はレイヴンがもう1名。ヴィラスと同様にアサインされた”クイン・クラフティー”。そして戦術部隊から所属レイヴンの”プリンシバル”と”モリ・カドル”の計4名。
ガレージにはプリンシバルの搭乗機<サンダイルフェザー>が既に駐機しているが、もう1機は違う気がしたのだ。
クイン・クラフティーの搭乗機<ウォッチャー>はフロート型の筈だが、<サンダイルフェザー>の対面に駐機していたのは軽量二脚型のACであった。紫のカラーリングに頭部とコアの構成は似ているが、「2本の鎌を構えた死神」のエンブレムが左肩に付けられている。これはクイン・クラフティーのものではない。
誰の機体だったかと思い出そうとした時、ガレージの奥に駐機されていたACにヴィラスの視線が固まる。
両背部にグレネードキャノンを装備した漆黒の中量二脚型ACの姿がそこにあった。
「あれが噂の……」
モリ・カドルの搭乗機である<ピンチベック>。機体そのものはあの<デュアルフェイス>と同じフレーム構成と内装。兵装も同一だ。紛い物だと分かっていてもあの姿には背筋が一瞬だけ伸びてしまう。恐らく性能も同じである筈だ。ただ、乗り手は本物には到底及ばない実力だということは既に分かっている。
モリ・カドルは元々下位ランクに留まっていたレイヴン。アライアンスに拾われて、強化手術を受けた際にこの機体を宛がわれたらしいが、実力に関しては手術を受けてもなお、他の戦術部隊のメンバーの域には達していないともっぱらの噂だ。
上位ランク帯にいたプリンシバルはともかく、このレイヴンは大丈夫なのだろうかという不安が頭を少し過ぎる。それでも機体の姿形は<デュアルフェイス>そのもの。反転しているエンブレムさえ分からなければ相手への威嚇効果くらいは見込めそうだった。
ブリーフィングルームまで案内されて入ると、紫のパイロットスーツの上に白のジャケットを羽織った黒いミディアムボブの女性が眼鏡を拭きながら座っていた。
取りあえず手近な席に座るが、黒髪の女性はヴィラスに対して全く気に留める様子もなく、手に持っていた眼鏡のレンズを念入りに布で拭いている。暫く沈黙が続いた。
「……あんたは作戦の参加者か?」
沈黙に耐えられず、ヴィラスは声を掛けてみる。
「そうだろう。──ああ、自己紹介がまだだったね。私は”コープス・フール”」
丁寧な手つきで眼鏡のレンズを磨きながらコープス・フールは「よろしく」と言ってきた。
ああ、そうだった。とヴィラスはようやく思い出して小さく頷く。ナービス領での武力衝突が始まったと共にナービス領アリーナ所属になったレイヴン。搭乗機体は<ダークチャーム>。ガレージに駐機していたのはそれであった。
ただ、当然の疑問が浮かび上がる。
「クイン・クラフティーが来ると聞いていたが、何故、あんたが?」
「代役だよ」とコープス・フールは綺麗に磨かれた眼鏡を掛けてヴィラスに目線だけを向ける。「詳細は聞いていないが、彼女はバーテックス所属になった様だ。だからこの任務は受けられない」
「そうだったのか。知らなかったな、そんなの」
「──まあ、私もここに来る1時間前にそのことを知ったんだがね。それで私が急遽この任務にアサインされることになったという事だ。クインはジャック・Oたちに付いていく事を選んだのさ。それだけ」
眼鏡を指で上げて、コープス・フールはさして興味なさげに言い放った。
「待遇が良さげなら私も行こうかなと考えていたが、今はまだこっちの方がしっくり──」
コープス・フールがそう言い掛けた時、部屋の扉が開く音。入ってきたのは高級そうな白いパイロットスーツに長いブロンドの髪をシニョンで纏めた女性。その後ろから黒いパイロットスーツにボサボサの白髪頭が目立つ長身の青年。
「揃っている様ね」
金髪の女性はそう言って2人を眺めながら席に着く。彼女がプリンシバルなのだろう。そして一緒にいるのがモリ・カドル。彼は少し落ち着かない様子で部屋を見渡すと、ヴィラスたちとは離れた席に着く。それを見てプリンシバルが小さく舌打ちをするのが聞こえた。
「クイン・クラフティーは残念だったわ。よりによってバーテックスに付くなんて」
視線こそは向けてはいなかったが、明らかにヴィラスたちに向けた言葉だった。
「正しい選択を見極めなければ、今の時代を生き抜くことは出来ない。……そうでしょう?」
それに対してヴィラスたちは答えないが、モリ・カドルだけは小さくコクコクと頷いた。
他のレイヴンがどの様な選択をしたかなんていうのはどうでも良い事であり、それが生き残る為の選択だというのなら干渉しないのがレイヴンたちの間での不文律。それに答える必要なんてなかった。
自分の選択に強い自信を持っているのか、プリンシバルはそんな不文律など気にしていないかのような口調。それが妙に癇に障る。
再び扉が開く音。今度は制服を着たアライアンスの士官とその副官が入ってきた。プリンシバルとモリ・カドルは直立して敬礼。ヴィラスとコープス・フールは座ったまま壇上に立つ士官の顔を眺める。まずまずの年季が入った皺混じりの顔にお腹周りだけは貫禄がある体格をした男だ。
「楽にしていい」と野太い声を響かせて士官が言うと2人は敬礼を解き、着席。同時に部屋の照明が落ちて正面のモニターが点く。
「レイヴンらも既に知っているかと思うが、今から27時間前、“アグリゲート”と名乗る武装集団が我々の管轄都市であるガル・パークを占領した。現在も連中はガル・パークにいる避難民とアライアンス及びOAEの職員を人質に都市全域を封鎖して立て籠もっている」
モニターには様々な機種のMTが映されていた。中には重機を改造したようなものまである。どうやらガル・パーク内の各所に設置されている監視カメラから撮られた画像らしい。
「敵の戦力は機種問わずMTが多数。それに加えてACが1機確認されている。恐らく諸君らも知っている機体だろう」
続けて表示されたのは青いカラーの四脚型AC。レイヴンの”ククルカン”が駆る<ドローン>であった。だが、この機体は2か月くらい前にレイヴン同士の戦闘で撃破されてククルカンも戦死した筈だった。
「撃破された筈の機体が何故いるのかという疑問はとりあえず後回しだ。連中は人質解放の条件に収監されている複数の武装組織のメンバーの釈放と50,000,000コームを要求してきた。当然、これらの要求を飲むつもりは無い。我々アライアンスはテロリストとは対話しないとそう宣言している。まずは専門チームを派遣して人質の解放に臨みたいが、それでは解決できない問題が発生した」
士官はそこで一旦言葉を区切るとモニターの表示がガル・パークの地図に切り替わる。3つの地点には赤い丸が付けられていた。
「人質はこの地点の建物内に分けて収容されているが、連中は卑劣にもこの建物に爆弾を仕掛けている。我々が妙な動きをすれば即座に起爆させると脅してきた」
「卑劣にも」というところで拳を振って強調してきたのはいかにもアライアンスの士官らしいなとヴィラスは聞きながらそう思った。
「──そこで交渉人を派遣して連中と人質解放に向けた交渉に入るが、これは連中の視線を一点に向けさせて時間を稼ぐための手段だ。レイヴンにはその間に爆弾の解除を任せたい」
今度はその言葉を聞いてヴィラスは驚く。コープス・フールも同様の反応だ。
「何を言っているんだ? そんなのお門違いだ。それこそアライアンスが専門チームを派遣してこっそり解除に向かわせれば良いだろ」
ヴィラスはそう言い放った。やることがレイヴンが受け持つべき仕事とはあまりにも違い過ぎる。ACを使ってやる事ではない。コープス・フールも手を挙げた。
「彼と同じだ。これは私たちの領分ではない。まさかケースを開けてコードをチョキチョキしろっていうのかい? 悪いけどそれは出来ない注文だ」
その言葉に士官は想定していたのだろう、顔色を変えずに続ける。
「君らの言いたいことは分かっている。だが、現在の状況としてそうはいかない」
モニターがまた切り替わる。今度は異なった建物の外観図がそれぞれ3つ。そこにも赤い点が記されている。
「爆弾は人質を収容している建物の外壁部、いずれも中層から高層に設置されている。残念ながらそこへ爆弾処理班を隠密にかつ迅速に向かわせて爆弾の解除をやらせるにはあまりにも困難である」
「だからってACで向かえば目立ちすぎる。連中の言う通り、見られたその瞬間にドカンだ」
「まさか、狙撃して壊せなんて言うつもりかな?」
2人からの更なる言葉に対してもやはり指揮官は顔色を変えることは無かった。
「それに関しては対応方法がある。その為に機体の肩部ハードポイントを空けておくように頼んでおいたのだよ」
再び切り替わったモニターには見たことの無い装備の画像が表示される。見た目は三角定規に似たシルエット。どんな用途なのか見ただけでは分からない。
「これは我々が開発したAC用のステルスだ。この装備で敵の目を誤魔化すことが出来るようになる。詳しい使い方などはガレージで聞きたまえ。それを有効活用して爆弾の設置場所に接近。解除コードを送信して起爆装置を止めろ。爆弾の処理が完了次第、戦術部隊の2人が突撃。共同で敵の殲滅をしてもらう。同時に人質の確保を我々で行う。作戦名”ハイドアンドシーク”。作戦時間は今から2時間後、2000時に開始。以上だ」
士官はそう言って、部屋から出て行く。それにプリンシバルとモリ・カドルは先程と同様に立ち上がって敬礼。
「貴方たちの健闘に期待させてもらいましょうか」
敬礼を済ませたプリンシバルはヴィラスたちに振り向いて余裕あり気に微笑みながら言い放った。モリ・カドルも口元を少し歪ませて視線を向けていた。
戦術部隊のふたりは敵戦力の殲滅だけ。面倒事はレイヴンに任せるかたちだ。分かっていたが、気軽そうな口調にはやはり少し腹が立つ。コープス・フールも口を一文字に結んでプリンシバルへ強めの視線を送っていた。
「爆弾の解除次第、突入するって言っていたな。人質の安全は?」と不満げな表情をヴィラスは浮かべた。「そこは考えているのか?」
「出来る限り、建物への被害は出ない様にお願いね。こちらも努力するから。それよりもちゃんと爆弾の解除を成功させなさい。この任務の成否は貴方たち次第なんだから」
「それは分かっている。そんな事よりあの手筈で進めると巻き込むリスクが大き過ぎるぞ。突入は人質の安全を確保してから──」
「決まった事よ」とプリンシバルは言葉を遮る。「アライアンスに対して舐めたマネをした連中を潰す方が重要って事。上はそう判断した。で、私たちはその判断に従い、行動をするだけ。そして貴方たちは我々に従って任務を遂行する」
プリンシバルの口から出た言葉がアライアンスの意思であった。己の面子を保つためであれば避難民の安全は二の次という事だ。世界の秩序の再生を謳っておきながら、やっている事は旧企業の体制から変わっていない。自然と拳が固く握られるのを実感出来た。
「もうすっかりアライアンスの忠実な兵隊か。上位ランカーの面影がもう無いね。──がっかりだ」
溜息交じりで吐いたコープス・フールの言葉にプリンシバルの目元が微かにひくついた。
「アークがまともに機能さえしていれば考えはまた違っていたでしょうよ」と苛立った様な声。「何も出来そうにない所よりも自分の命と明日が保障出来る所を選ぶ。当然の事よ。それに、私はレイヴンである前に人間なの。バーテックスの理想を聞き入れられる様な夢想家でもない。現実っていうのをしっかりと見てここに居る。貴方たちも結局は選ぶことになるんだから、立ち回りを考えておきなさい」
自分はお前たちとは違うのだという蔑んだ視線が突き刺さる。賢い選択をした末があるからこそ生き延びて、今の地位がある。それを貶すことは許さないという事だ。
自身にとって生き残るに適した立ち回りとしてより堅実性を選んだ結果。
そう言う意味ではプリンシバルは現実主義者なのだろう。理想を追いかけるよりも己の立場を選ぶことで生き残る道を見出している。別の見方をすれば己の保身に走った臆病者の選択とも言えるのかもしれない。
どちらが正しいと捉えるかはヴィラスには判断できないが、この場所しかプリンシバルは選べなかったのだろうと考える。
「──行くわよ、モリ・カドル。貴方に次は無いのは自覚しているの? 今のうちにシミュレーションでもしておきなさい。どうせ無駄だろうけど、せめて足を引っ張るような真似はしないでもらえる?」
先に視線を逸らしたプリンシバルは怒気を含ませながらそう言い放って部屋から出て行くと、モリ・カドルは先程まで浮かべていた余裕そうな表情を引っ込ませてそそくさと後を追うように出て行った。
「では、案内しますのでレイヴンはこちらへ」
残った副官の女性がヴィラスたちを促す。
ガレージでは既に<ヴェスペロ>と<ダークチャーム>の肩部ハードポイントにブリーフィングで見せられたAC用ステルスが装着されていた。
「こんな風になるのか。寧ろ目立つねー」とコープス・フールはわざとらしく驚いた様な声を上げる。「正直、私の<ダークチャーム>には合わない」
肩に付けられたその装備は想像していたよりも大きく、横から見た時の機体のシルエットが大きく変わって見えた。
「今回のミッションに参加するレイヴンですね。私はアライアンス技術部門主任のベンジャミン・スクライヤーと申します」
白衣を着た男性が2人に声を掛けてくると、手に持っていた紙をヴィラスとコープス・フールにそれぞれ渡す。内容はあのステルスについての事のようだ。
「<MEST-MX/CROW>。これがあの装備の名前です」
聞いたことの無い型式だ。ただ、ミラージュっぽいなというのがヴィラスの抱いた最初の印象だった。
「使い方は従来のエクステンションと変わりありません。使用時にエクステンションのトリガーボタンを引けば起動します」
「使い方はまぁいいよ。──これってどんな仕組みなのかな?」
「発動すると敵機の各センサーに対するジャミングが発生。ジャミングはレーダー、モニター、音響、振動等に対して欺瞞させる効果があります。言わば、相手方のコクピット内からはあたかも姿が消えたようになるという事です」
「それは良いな。この任務にはうってつけの装備って事だな」
「ただし、効果は4秒間で使用は3回のみとなっております。使いどころにはご注意を」
「ギリギリだな……」
「再現できるのは現状これが精一杯でして……」
再現? と2人は怪訝な表情を同時に上げると、技師の男は「しまった」という様な顔になる。これは言ってはいけないものらしい。隣にいる副官に目配せすると、副官は肩をすくめて「これから話すことは他言に無用をお願いします」と言って続けさせた。
「……このパーツは新規開発ではなく、レイヤード時代にミラージュが開発、販売していたものです。これはレイヤード時代に使われた図面を基に今の技術で再現しました。当時、開発されていた兵器の一部はかつて存在した管理者から直接に技術情報を提供されていたものがあり、このパーツもそれにあたります」
「ロストテクノロジーってやつか」
その話はヴィラスも昔、少しではあるが聞いたことがあった。管理者によって大破壊以前から蓄積していたデータによる恩恵を受けて、レイヤード時代は現在よりも様々なバリエーションの兵器が生み出されていたという話。光学迷彩を使用するMTや長時間の水中行動が出来るMT。更にはACの機能を上げて強化人間さながらな動きが出来るようになる拡張パーツ等色々とあったらしい。だが、それらは管理者の崩壊と共に維持することが出来なくなり、地上への回帰が進むにつれて次第に姿を消していった事も同時に聞いていた。
「これらの技術を再現するのは、今後起こるであろう旧世代の遺産との戦いにおいて──」
「──説明は以上です。レイヴンは準備をお願い致します」
マーカスの言葉を遮って、副官は強制的に説明を終わらせる。副官がマーカスへ対して睨みつけるような視線を一瞬送るのが見えた。少し言葉が出過ぎた様だ。
「ちょっといいかな」
コープス・フールが不満げな表情を浮かべる。
「このAC用ステルス。ちょっと重いよ」
渡された資料に書かれたスペック表には重量も記載されているが、このAC用ステルスは肩部エクステンションの中で最も重い部類に入る。大型ライフル並みだ。装備すれば機動力はそれなりに削がれる。
「ご心配なく。今回、このミッションに備えて準備をしております。希望のパーツがあれば貸与いたしますので、出撃までに調整をお願いします」
ガレージ内にある多数のパーツはその為か。
出撃までは2時間ある。どうすべきか2人のレイヴンは既に決まっていた。