ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第34話「Crawl Out」

 「端末だって?」

 

 クリフは彫りの深い男の顔を見据えて緩い表情を努めて浮かべようとした。

 痩躯に合わせた仕立てのよさそうな漆黒のスーツ。そして綺麗に整った黒い短髪と口髭。一見すれば優良なビジネスマンの様に見えるが、剣呑な目つきがそれらを打ち消している。

 

 「悪いな。俺には何のことやらさっぱり──」

 

 そう言い掛けた瞬間、男は銃口をKDのこめかみに強く打ち付ける。

 

 「そういう惚けた口は利かない事だ。今度はこのデブの友達の頭が吹き飛ぶぞ。何処にあるんだ? 端末は。お前が持っているのは分かっている」

 

 呻き声を上げ、倒れかけたKDの髪を掴み上げて男は再び銃口をKDの頭に突きつけた。低く抑制の少ない口調がこれは脅しでは無いとクリフへ暗に知らせていた。観念するしかない。

 

 「……俺のバッグに入っている」

 

 狙いは男の言葉から間違いなくジノーヴィーの端末だ。何者かは分からないが、それを欲しているらしい。

 

 「最初から素直にそう言えばいい。出すんだ」

 「そいつは放してやってくれ、関係のない奴だ」

 「端末を渡せば放す。余計なことはするなよ。私の指は軽いぞ」

 

 クリフは背負っていたバッグを下ろすとジノーヴィーの端末が入ったソフトケースを取り出し、男に差し出す。それをひったくるように取ると、男はKDを突き出した。倒れそうになるKDを慌ててクリフが受け止めようとするが、KDの体重を支えきれず一緒に倒れ込んでしまう。

 「やはり本物だな」と男はソフトケースから取り出した端末をまじまじと眺める。

 

 「どうやって手に入れたか知らないが、これはお前の様な一端のリサーチャー如きが持っていていい物では無い」

 「俺が持っているってよく分かったな」

 

 上に覆いかぶさったKDの身体をどうにか押しやってクリフが尋ねてみる。

 

 「レイヴンの端末は電源が入れば端末内にある発信器からそれぞれ個別の信号を出す。この端末からの信号をキャッチして探ってみたらお前の所に辿り着いた。偶然とはいえ、ここで出くわすとは思わなかったぞ」

 

 男はそう言ってしゃがみ込み、端末を動かし始めるも銃口だけはクリフたちに向けている。妙な動きをすれば即座に撃つという事だ。

 

 「──端末のロックが……ここまでやっているとは、おいたが過ぎるにも程があるな。リサーチャー」

 

 一層低くなる声は怒りだろうか。クリフはこの男の正体を何となく掴めた様な気がした。それを確認する前に今は自分たちの命の危険が迫っているのも事実だ。だが、先程まであった悪寒は消えて少し落ち着けた。

 何度もあった死の気配。それらを潜り抜けた経験をしたからなのだろうか、この状況をどうにか切り抜けたいという気持ちの方が恐怖より勝っていた。

 

 「う……」

 KDが呻きながら身体を起こす。こめかみ付近から流血しているが、意識はあることにクリフはひとまず安心する。

 

 (大丈夫か? KD)、とクリフは囁く。

 (ああ、ちょっと痛いけどなんとか大丈夫だ)、とKDは親指を上げて応えた。

 (なんとかしてここから逃げようぜ)

 

 男はまだ端末を触っている。時折なにか呟いているが、残念ながら聞き取れない。

 

 (……僕のジャケットの左内ポケット)

 (ポケット?)

 (そこに煙幕カプセルが入っているから取って)

 (お前が取れよ)

 (手が震えてダメ……)

 

 視線を落とすとKDの手が大きく震えているのが見えた。確かにこれでは取るのが難しそうだとクリフは察する。

 

 (分かった。ちょいと待ってろ)

 

 男には感づかれない様に「大丈夫か」と言いながらKDをいたわる振りをしてクリフはジャケットの内側をまさぐると金属の感触が2つ。手のひらに収まる小さなカプセルを1つずつ取り出すと、クリフは上着の両ポケットに入れた。

 

 (よし、俺が行けと言ったら何も考えずに出口まで全力で走れ)

 

 KDはコクリと頷く。後は投げるタイミングをはかるだけだ。

 

 「──ファイルも幾つか開けているな。どこまで知った」と背後から男の声。「返答によってはタダでは済まないぞ」

 「専門用語ばっかりでね。俺には殆ど理解できなかったが、おたくは知っているのかな」

 

 クリフは振り向くと男は立ち上がっていた。

 

 「少しは知っているつもりだが、あれこれ探るのは私の仕事ではないのでね。お前にこの端末の中に入っている情報の価値など分からないだろう。この先も。そして永遠に。ここでさよならだ、リサーチャー」

 

 銃口がクリフの胸に向けられた。黒い孔が覗き込む。男の指がトリガーに掛かるのが見えた。撃つ気でいると悟った。

 ──今しかない。震える足元に力を籠める。

 

 「そうはいかねぇな……」

 

 クリフはポケットの中に入れたカプセルのピンに指を掛けた。

 

 「まだ俺は死ぬ気なんか無いんでね!」

 

 ピンを外しながら男に向けて両手からカプセルを放り投げると、カプセルから乳白色の煙が大量に吐き出され、両者の間の視界が白に染まる。

 

 「行け!」

 クリフの叫びと同時にドタドタとKDの足音。出口へ向けて走っていくのが背後で察する。

 

 「貴様……っ」

 

 男の呻き声はそのすぐ後に響く炸裂音で掻き消され、閃光が走る。咄嗟にそれを腕で覆って直視を避けるとクリフは男の方へ一気に駆け寄った。

 

 「もうひとつおまけだ!」

 

 間合いを詰めた勢いそのままに右足を前に勢いよく突き出して男を思い切り蹴り飛ばす。どこにぶつけたかは白煙でよくわからなかったが、恐らく肋骨の辺りだろう。硬いものを強く窪ませたような感触と鈍い音。

 男が小さく呻き声を上げて床に転がっていく。それを白煙の中から僅かに確認して視線を下に向けると目の前に端末。クリフはすぐさま端末を拾い上げて出口へと一目散に走った。

 あの男の視覚も聴覚も暫くは麻痺して碌に動けないだろう。逃げる時間はこれで作れた。遠くから男の怒声みたいなのが聞えたが、それが心地良い。完全に勝った気分でいた奴が一杯食わされたようなものだからいい気味だとクリフはほくそ笑んだ。

 ビルから出ると、KDが息をはずませて座り込んでいるのが見えた。無事であった事にひと安心する。ふと傍を見るとビルの脇に車が停められていた。部屋から出る際に見た車だと気が付く。ドアに手を掛けると開いた。

 

 「馬鹿め」

 

 エンジンを掛けられる状態で置いてあった。当然、使わせてもらう。

 

 「KD、乗れ。こいつを貰っていこう。あの野郎には必要ねぇ」

 「こいつはラッキーだね」

 

 KDが助手席に乗り込むとクリフは即座に車を発進させる。

 

 「どうするんだい? クリフ」

 「まずは中心街の近くまで行こう。アライアンス兵や避難民が動いている。仮に奴が来ても迂闊に手が出せないはずだ」

 「それより、色々と聞かせてもらいたいんだけどねぇ……これはどういう事なのかな?」

 「ああ、落ち着いたらちゃんと話す」

 

 KDの刺す様な視線を感じながらもクリフは真っ直ぐ前を見つめてハンドルを握る。悪路で乗り心地は最悪だが、そんなことは言っていられない。逃げ切ることが最優先だ。

 

 

 中心街の近くに車を停めて手近な所にあった商店跡でようやく落ち着けた。クリフとKDは床に座り込んで水を飲む。

 外では何機ものアライアンスのMTが動く音が聞こえてくる。アライアンス兵と思しき声も時折聞こえ、まだ現場の方は慌ただしい雰囲気であった。

 

 「……で、単刀直入に聞くけど、この端末の持ち主は誰なんだい?」

 

 一息ついてKDはクリフを見据えて聞いてきた。視線は端末に向けられている。当然の質問だろうとクリフは思う。あんな目に遭った原因となったレイヴンの端末だ。それに関わらせてしまったKDには知る権利がある。

 

 「ジノーヴィーだ」

 「……聞き間違いかな? 今、ジノーヴィーって言った?」

 「いや、間違いなくジノーヴィーって言った」

 

 KDはその言葉を聞いた瞬間、目と口を丸くして奇妙な叫びをフロア中に響かせた。慌ててクリフはKDの口を押える。

 

 「──本気で言っているのかい?! ジノーヴィーだよ?! トップランカーだよ?! ランク1だよ?!」

 

 クリフの手を剥がしてKDは尋ねる。かなり興奮気味であった。

 

 「ああ、マジもマジモンで大マジだ。ジノーヴィーだ! それにフィーラインとかの最下位クラスのレイヴンだったら来ない……と思うぜ」

 「ジノーヴィーだったら立場上、やばい情報を大量に持っていそうだし……竜の尻尾どころか顔面踏みつけているって! というか何でそんな端末が君の手に入ったのさ?!」

 「調査依頼でジノーヴィーの関係者と縁があってね。その過程であの端末が手に入ったんだ。依頼内容は悪いが機密なんで言えねぇけどな」

 「関係者……もしかして、あの時君と一緒にいた人? 端末の事、結構気に掛けていたよね」

 「フラ……ジョニー・バーダーさんだ。まあ……遠縁と言っておくか」

 「あぁ……あの時、先に聞いておくべきだったよ……彼の端末だったと分かっていたらもう少し料金を吊り上げていたのに……少なくとも550コームくらいは取っておかないと割に合わないよ、これは」

 

 本気で悔しそうな表情を浮かべると、KDは頭を抱えて天井を見上げながら嘆く。少なくともと言いつつ、それは通常の10倍の値段であった。

 

 「断るっていう言葉が出ないのはお前さんらしいな」

 「当然だよ」とKDは指を振る。「お宝が眠っているであろう宝箱を前にビビッていたらこんな仕事は出来ないじゃないか」

 

 「確かに」とクリフは頷いた。このKDという男は三大企業の本丸から色々と情報を盗んで来ようと何度もトライをしているような人間だ。ある意味で相当肝が据わっている。伊達に何十人ものハッカーを束ねてはいない。

 

 「けど、まだ半分も見ていねぇ。だからここでじっくりと解析して見るつもりだったんだがな。それどころじゃ無くなってきたか」

 「盗られなかったから良かったけど……君の事だ。取ってあるんでしょ、バックアップ」

 「まあな。まあ、アイツもそこまで気は回っていなさそうだったが、本体を取り返せてよかったよ」

 

 クリフはバッグの底から小さなハードケースを取り出すと、蓋を開ける。中にはメモリースティックが2本。

 

 「保険はちゃんと掛けてあるよ。それにこの端末にも仕掛けはしておいてある。持っていて良かったぜ」

 「”デンジャーマイン”かな? 僕が以前売ったトラッププログラム」

 

 「ああ、偽のファイルを開けば即座にデータ抹消プログラムが動く。”NICE JOKE”というメッセージと共にな。今回は出番は無くて良かったが」

 

 クリフはそう言って煙草に火を点けた。残り本数が少ない。バッグに入れてある分も含めれば2日で尽きてしまう。残りは自分の部屋の中。取りに行きたいが、あの男、もしかしたらその仲間がうろついているかもしれない事を考えれば諦めるしかなかった。

 

 「あの野郎の正体は何となく分った。多分、アークの人間だ」

 「何か言っていたかな?」

 「お前さんが殴られて気絶していた時、端末についてベラベラ喋ってくれた。発信器が付いているとかどうのってね。それを知っているのはアークかなって察した。まあ、ジノーヴィーと関わりのあるクレスト。大穴でナービスって可能性もあるが」

 「普通の端末じゃないと思ってはいたけど、なるほど。今度レイヴンの端末を見る機会がある時はそこを注意しないといけないか。戻った際に調べてみようか。もう点けっぱなしは出来ないねぇ」

 「俺らを殺す前に冥途の土産話のつもりでしてくれたんだろうけど、結構な秘密事項じゃねぇか? これは。それと、ちらりと言っていたが、テスト結果って何だろうな」

 「……この街でテストねぇ……テスト……兵器……アグリゲートの戦力……まさか、あのAC?」

 

 KDの言葉にクリフは「ああっ」と声を上げる。

 アグリゲートの戦力に紛れ込んでいた青い四脚型AC。ククルカンの<ドローン>。その機体は先程、<サンダイルフェザー>によって撃破されていく様を中継映像で見たばかりであった。

 戦死した筈のレイヴンのAC。最近よく聞くレイヴンの亡霊。ここでも出たかとハッキングして覗いた監視カメラの映像でお互いに溜息を吐いたのは覚えている。

 ゾロゾロと出てくる亡霊とここ最近のレイヴンズアークの動き。そしてあの男。まだぼんやりとしているが線が見えてきたような気がした。

 ──アークが亡霊そのものに一枚噛んでいる。

 死にかけの組織だとばかり思っていたが、思っていた以上に怪しい行動を取っていそうだ。リサーチャーの勘がそう伝えている。それがこの抗争にどう影響するかはまだ分からない。巻き込まれたくないという気持ちもあるが、既に足を踏み入れてしまっている。紫煙を吐き出すペースが自然と早くなっていた。

 アライアンスとバーテックス。それとは別の勢力が見えないところから這い出て、抗争を大きくさせようとしている。まだ特攻兵器の脅威も去っていない状況。どういう意図であるかは分からないが、混乱を引き出すのは簡単だと思わせるような動きだ。

 特攻兵器をはじめとする旧世代の遺産の脅威をそっちのけにして始まっている人類同士の争い。

 元を正せば、特攻兵器襲来は新資源の可能性を過剰に抱いた人間同士の抗争の末に起きた。善意、悪意。どちらがという訳ではないが、コールタールの様にドロリとしたものがこの大地から染み出て侵食していくイメージがクリフの中で湧き上がった。

 特攻兵器が空を埋め尽くすのと終わりを見せない抗争とどちらがマシなのだろうか。

 クリフは水を飲み干すとおもむろに立ち上がって外を見やる。近くに人の気配は感じられない。

 

 「そういえば、お前さん、撮ってあるか? アイツの顔。そのメガネに付いているだろ、カメラ」

 クリフはKDの眼鏡を指差して聞いてみた。

 彼の眼鏡は単なる眼鏡ではないのは前々から分かっている事だ。右側の智先端に超小型カメラを備えている。

 

 「ちょっと見てみようか……掴まれた時に咄嗟に押してはいたけど」

 

 KDは携帯端末を操作する。備え付けのカメラから転送された画像が暫くして出て来た。

 

 「おお、結構しっかりと撮れているねぇ。この目つきの悪さ、いやぁまさにザ・悪人って感じの顔だよ。アクション映画の敵キャラその1って感じ」

 「照会出来るか分からねぇが、アークの人員データがあれば漁ってみようぜ。何か分かるかもしれん。──取りあえず、一旦ここから出ようか。あの野郎から少しでも離れなきゃな。早いところ避難民たちに紛れ込んでやり過ごそう」

 

 KDも「そうだね」と頷いて立ち上がる。こめかみの出血は止まっているが、腫れあがって痛々しい。

 通りに出ると、運よく難を逃れたのだろう、様子を見に来た避難民が通りに溢れていた。それに封鎖線を敷いて遠ざけようとするアライアンス兵。救助された人質を載せたと思われる輸送車両が列を成してゆっくりと動いている。

 金属にプラスチック、その他諸々が焦げて混じり合った独特な臭いが辺りにまだ残り、潮の匂いを打ち消してしまっている。あまり好きになれない臭いだ。

 封鎖線の向こう側にはMTの残骸らしきもの。幾つかは原形が留めていないくらいに破壊されてしまっている。レイヴンの駆るACとの戦闘はほぼ一方的な蹂躙であった事を物語っていた。

 敗者たちの末路が瓦礫の一部となり、そこかしこに塗りこめられている。

 いずれも既に壊滅又は壊滅寸前の組織。それが寄り合ったところでたかが知れている。結局はこうして圧倒的な力で押しつぶされるのだから引き際と己の現状を見極めていればこんな事にならずに済んだだろう。

 

 「──まあ、多分」とクリフは小さく呟く。「これも裏の方で手を引いていたヤツがいたんだろうな」

 

 確認出来ているアグリゲートに参画した組織はいずれも規模としてはそれ程大きくは無く、兵力も財力も殆ど残っておらず、<C06-STORK>を所有、運用出来るような力など無いような組織ばかり。そんな連中が複数の巨大輸送機をどこからか持ち出して、いきなり街を襲うというのはあまりにも短絡で突拍子もない話だ。

 それと亡霊AC。冷静に見なくても嫌というほどに胡散臭さが出ている。前まで持っていた亡霊ACに対する不気味さは消えて、代わりに人間が持つ生々しさが垣間見えた気がした。

 何者かが死者を利用している。禁忌感さえも覚えてしまう行為にクリフは思わず顔をしかめた。

 もう少し眺めてみると、あるMTの残骸に視線が止まる。

 黒焦げで分かり辛かったが、海鳥をモチーフにしたエンブレム。アルバトロスのものだ。どれだけの人数がいたかは分からないが、こんなところにいたという事は、彼らはアグリゲートに参画し、敗れた。機体の損傷状態からして生存はしていなさそうだ。これでメイシュウシティ周りに関する手掛かりになりそうなモノがひとつ消えたことになる。

 それでもクリフには惜しいという気持ちはそれ程湧き上がってこなかった。せっかく生き永らえた筈の命を無駄にしてしまった彼らへ対するやるせなさの方が強い。他の選択肢もあっただろうに、とクリフは思う。

 もう少し見てみたいと身を伸ばして覗き込もうとするが、神経質そうな表情を浮かべたアライアンス兵に「ここは危険なのであっちへ行って!」と怒鳴られてしまったので大人しく身を引く事にした。

 

 「さて、どうするかね?」

 

 辺りを見渡しながらクリフはどことなく呟く。今のところ自分の視界には剣呑な目つきをしたスーツ姿の男の姿は無い。

 

 「今しがた手に入った情報だと、OAEの輸送機が約1時間後にゾロゾロとやってくるようだ。多分、避難民向けの物資と警備にあたる兵を載せてくるんだろうけどさ」

 

 自身の携帯端末を眺めながらKDはそう応えた。その言葉の続きは大体予想付く。

 

 「それに乗せてもらう。だろ? まずはここを離れないとな」

 

 「当たり。輸送機が来るまではどこか適当な場所で隠れておこうか。2人分乗せてもらえる位には十分なお金も入っているし、なんとかなるでしょ」

 「いや、乗るのはお前さんだけでいい。ベースに戻れ」

 「君はどうするんだい?」

 「俺は別便だ。あの野郎が付け狙ってくる可能性がある。一緒じゃ互いにリスクが大きい。それと、これを持っていけ」

 

 クリフはメモリースティックを1本取り出してKDに渡した。

 

 「端末のバックアップデータかい?」

 「もう1本は俺が持っているからな。万が一ってのもある。何処かに隠しておいてくれ。まあ、どうするかはお前さんに任せる。適当に棄てても良いが、勝手に解析してデータを放流するとかそんな悪い事やるんじゃないぞ。いいか、絶対にするなよ。絶対に、だ」

 「──やれって事でしょ……そのフリは」

 

 メモリースティックを手の平で弄り回しながらKDは少し呆れた表情を浮かべた。

 

 「俺の方でもやるつもりだが、お前さんの事なら言わなくともやりそうだから先に言っておいた」

 「酷い言い草だ」KDはニヤリと歯を見せて笑顔を浮かべた。「この僕にこんなものを渡して何もするな、なんて生殺しも同然だよ。欲求が抑えられない」

 「俺ひとりじゃこの端末の事は抱えきれねぇと分かった。協力してくれる人間が必要だ」

 

 これがクリフの正直な言葉であった。ひとりのリサーチャーが扱うには少しばかり手に余る代物。恐らくであるが、先日ねぐらを襲ってきたのは彼らの仲間であろう。

 

 「まあ、乗っちゃった船だしね。付き合うのも良いかもしれない。──あぁ、ワクワクしてきたぁ。解析用に高性能端末準備しなきゃ」

 「500コーム渡す、好きにやっちゃってくれ。リサーチャー間で情報を回しておけば連中も困惑するさ。それにこちらの情報網を使えば思いがけないものも拾えるかもしれん」

 「彼らしか知りないものをこちらでも持っておけば狙われるリスクが分散できるって事だね」

 「あと、端末内にある幾つかの情報の価値もある程度落とせる。オープンなものになるからな。引っかき回してやるよ」

 

 そう言って煙草を指に挟み、火を点けて力弱く紫煙を吐き出した。己の限界。万能な人間ではないというのは分かっているが、それでもクリフの胸中には無力さを痛感した。

 ふと視線を移すと黒い中量二脚型ACが視界に入ってきた。<ピンチベック>だ。<デュアルフェイス>と瓜二つの機体はどうやら輸送機に向かっている。ただACが動いているだけなのにその姿が弱々しく見えるのはパイロットの差なのか。中継映像で何度か戦闘の様子が映されていたが、かなりフォーカスされていた<サンダイルフェザー>と比べてもその動きには稚拙さが出ていた。

 不相応の力を持っても結局はそれに振り回されてしまう。ある意味似ているなと黒いACに乗っているレイヴンに対して勝手ではあるが、微かにシンパシーを感じた。

 まだまだこの場所は騒がしくなる。次の準備の為にクリフとKDはゆっくりと息を潜めるように離れて行った。

 

 

 

 

 モニターに映る<ドローン>の残骸。アライアンスから派遣された数名の技術スタッフが残骸に取り着いて機体の調査をしている。愛機<エクリッシ>のコクピットに座るジェランはシートに身体を預けながらその様子を眺めていた。

 コクピット付近は弾痕が大きく穿ち、パイロットの生存は望めそうにない。

 ──パイロットが居れば、であった。

 この機体の本来の持ち主はこれより前に戦死しているのは知っている。では、誰が乗っている? それを知る為の調査。ジェランはその護衛だ。

 正直自分でなくてもよさそうだが、戦術部隊の後始末も任務の内であるし、何より亡霊ACの調査は参謀本部でも現時点では優先度が高いもの。命令とあれば行かざるを得ない。それに他の隊員の稼働状況などを鑑みて直ぐに来られたのが自分しかいなかった。

 やることは残骸の調査をしているスタッフの護衛であるが、これは外部の敵へ対してというよりもここに居る戦術部隊に対してという意図が強い。ここ最近、独断行動が目立ち始めた戦術部隊に戦場以外で好きに動かせたくないという本部の考えが垣間見えた。ここで内紛を起こされても困るが、それを止める力はジェラン個人では持っていない。

 コクピット備え付けの時計を見るが、こういう時の時間の進みは遅く感じる。時折スタッフが残骸から部品らしきものを取り出してコンテナに積んでいるのが見えたが、どういうモノかはジェランには知る由もない。

 ただ、コクピット付近に直撃を受けたにしては綺麗すぎるというのはジェランには感じられた。人が乗っていた形跡がどうしても見受けられない。そしてそれに対してスタッフが戸惑う様子も無いように見えた。

 彼らにとってこの状況はある程度想定内なのだろうか。亡霊ACには人が乗っていない。そう思えた。何となくであるが、ディーネル大佐もその辺りは把握しているだろうと直感した。

 それに対して深掘りする気は無い。しようとしたところで上から止められるのが関の山だ。もう少しオープンにしてもらえればこの任務もストレスなく気楽に出来ただろうなとジェランは内心苛立ちながらそう思った。

 頭部カメラを動かして辺りを探ってみる。特に意味は無いかもしれないが、そうでもしなければこの狭いコクピットの中で退屈さに押し潰されてしまいそうだからだ。<エクリッシ>に装備された新型の頭部パーツ<YH18-SCARAB>のカメラの精度は非常に高い。辺りを眺めるには絶好の良さを発揮している。

 モニターに映るのは野次馬根性で現場を覗き見ようとしている避難民とその対応にあたっているアライアンス兵の姿ばかり。この情勢でもやる事は変わらないかという呆れに近い感情が湧きたつ。だが、あの惨劇から半年経てばこの状況にも慣れて刺激が足りなくなるというもの理解できる。人間の性というものだ。

 しばらく眺めていると、ある人影に視線が止まる。スーツ姿の男。服は少々乱れて、顔のあたりから出血をしている様だが、避難民にしては身なりが綺麗だ。封鎖線の向こうで興味あり気に現場を眺めている避難民とは違い、周辺を伺う様な素振りをしている。

 どうすべきか。挙動不審な人物がいるとMPに通報しておくかと考えたが、向こうも頭部カメラがそちらへ向けている事に気が付いたようで、群衆に紛れて姿を消してしまった。元レイヴンとしての勘があの男は何か違うと告げている。あの機体と何か関わりがあるのか。

 カメラのログには男の姿は残されている。ズームで映された男の表情は不遜さを醸し出しているが、どこか余裕が無いようにも見受けられた。一応報告はしておこうとジェランは考えた。

 夜はまだ長い。この窮屈さから解放されるのはまだ時間が掛かるだろう。

 

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