ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第35話「Reflexive」

 ハンガーに固定された<ヴェスペロ>を眺めながらヴィラスは整備ブースのベンチに力なくもたれかけていた。

 思っていた以上に疲労感がある。面倒な任務だったこともあるが、出撃が連続していたのも原因のひとつだ。程よい休息が必要だと実感する。

 機体は既に整備班に任せておいた。損傷は思っていたほど大きくは無く、装甲板の交換等で済む程度でヴィラスが手伝ってやることは殆どない。今はメインシステムの自己診断プログラムを走らせて致命的なエラーが無いかどうか確認中であった。むしろ、こちらの方が懸念事項でもある。

 先の任務で装備したステルスが起因となったであろうエラー。機体の再始動で収まったかに思えたが、帰還途中で機体の挙動に違和感を覚えた。ほんの僅かであったが、それでも確認をしておかなければならない。

 コアのメインコンピュータが各パーツの制御を担っており、それによって各パーツがパイロットの操縦と相まって動き、高度な戦闘機動が行える。まさに機体の核だ。ここがおかしくなってしまえば、アーマード・コアという兵器は成り立たなくなる。

 システム内の全モジュールに対して行う完全チェックなので暫くは待つ事になるだろう。手持ち無沙汰になってしまい、ヴィラスはベンチで横になる。今は何故かシャワーを浴びる事も部屋に戻る気力も湧いてこない。少し休めば多少は動く気にはなれる筈だと自分に言い聞かせて硬いベンチの上でとうとう横になってしまった。

 いつもであればルシーナが収支報告と軽食を持ってきてくれるが、ルシーナは現在、別のレイヴンのオペレーターの代行が入ってしまったのでお預け状態である。

 レイヴンの数も減ったが、オペレーターを含むスタッフも数が減っている。ルシーナが代行に回ったレイヴンにも専属のオペレーターがいた筈だが、この情勢で生き残れる道を選ぶためだろう。昨晩、担当しているレイヴンを置いて突如出て行ってしまったらしい。

 レイヴンとAC、整備士にオペレーターのバランスが少しずつ歪になってきている現状。ガレージ内の人員整理も起きるかもしれない。レイヴンズアークが判断すれば別のガレージに異動させられてしまう事だってある。

 あまり考えたくはない。どんな事柄も不変というのは無いが、アークの干渉が来る前から慣れ親しんだガレージを離れるなんてことはヴィラスにとってあって欲しくない事である。

 「どうした?」と声を掛けられる。声の主は整備班長のアントニーであった。

 

 「見ての通り、休んでいる」と寝返りを打ちながらヴィラスは答える。「自分の身体が思うように動かない」

 「機体もお前も相当キテいるって事だな。ログは見させてもらったよ。危うくってところだったなって俺の班の連中も驚いていたよ。場合によってはジェネレータが爆発していた可能性もあった」

 「再始動しろって僚機の言葉が無かったら俺は終わっていたよ」

 「ステルスだっけ? まあ、碌にテストもしないで実機に積ませちまったんだろう。起動直後からジェネレータの供給値が異様に上がっていたのが分かった。それがあのタイミングで過負荷を起こしてああなったってとこだな」

 「あのエラーコードはそこまで示していなかったな」

 「ログの状態を見て俺が推測したものさ。実際は起動時に他のシステムへの負荷も掛かっていた可能性はあるし、トリガーは他にあったのかもしれない。つまり、まだ分からない」

 「再始動してもエラーは残るのか」

 「チェック結果を見ない限り分からないが、どこかのシステムファイルがエラー発生時に破損していれば影響は残るな。制御系であればモロに出てくる。お前が言っていた通り機体のレスポンスが落ちていれば他の箇所も診なきゃならない」

 「厄介だな」

 

 身体が固いベンチの感触を拒絶し始めた。インナーに纏わりつく汗の不快感も相まってヴィラスはようやく立ち上がる。

 

 「エラーがあれば修正プログラムを走らせてから設定のやり直しをする必要があるから、もう少し時間が掛かる。"ヘリオス"(C03-HELIOS)は暫く使えないと思っておいた方が良いな。──早いところ部屋に戻って休めよ。顔色も少し悪いし、そんな固いベンチで寝転んでも良くはならねぇよ」

 「"C84"(CR-C84O/UL)を出すよ。それで組み直す。アセンブルが決まったら知らせるからよろしく頼む」

 

 顔を軽く拭いながらヴィラスがそう言うとアントニーが「任せておけ」と親指を立てて応えた。少し休んで頭をスッキリさせてから取り掛かろうとヴィラスはそう考えた。

 

 

 シャワーを浴びて自室に戻ると水を取り出してベッドに腰かける。疲労感はまだ完全に抜けていないが、幾分マシにはなった。一気に水を飲み干してひと息つけると机に向かう。

 端末のアセンブルソフトを立ち上げて画面を眺める。機体構成を考えなければならない。メインで使用していた<C03-HELIOS>が暫く使えなくなる可能性があると分かればベースを作り直す事だ。損傷で一時的に使えないというのはこれまでもあったが、長期でというのはあまり経験が無い。

 予備を買って置けばよかったと思うが、このご時世は調達自体難しかった。

 それでも幾つかは別のコアでの構成を作っていたので該当の図面ファイルを呼び出して見てみる。それ程数は無かったが、後は<C03-HELIOS>での構成をベースに直していくのもアリだ。

 ファーストチョイスは同じオーバードブースト搭載の軽量級コア<CR-C84O/UL>にする。アライアンスの前線基地へ攻撃した時以来の使用。操縦感覚はそれ程変わらないだろうが、スペックが異なる。シミュレーターでもう一度慣らしておく必要があるだろう。

 所持しているパーツを確認しながらどれをチョイスすればいいかセッティングを考える。総合的な攻撃力と装甲の強度。重量バランスに機動力。それに伴う使うべき適正なパーツ。既にあるセッティングを基に再構築。端末の画面と睨めっこが続く。

 こういう時間はあっという間に過ぎる。3,4つの構成を考えたところでドアをノックする音。叩き方からルシーナだとすぐに気付く。ヴィラスはドアを開けた。

 

 「やあ、ルシーナ。お疲れ様」

 

 ドアを開けるとルシーナの姿。手にはバスケットとタブレット端末といつも通りであった。だがその表情は憔悴していた。

 

 「ヴィラスもお疲れ様。……ちょっと急いで作ってきたから味が変かもしれないけど……許して」

 

 差し出してきたバスケットを受け取りながらヴィラスはルシーナの表情を見つめる。疲労とはまた違う表情。恐らく、代行で受けたミッションで何かあったのだろうと察する。

 

 「何があった?」

 

 その言葉に俯き気味だったルシーナの顔が少し上がるが、開きかけた口からは言葉が出てこない。

 

 「──無理なら言わなくてもいい」

 

 無理に聞く必要は無い。一旦は落ち着かせることも大切だ。パートナーとの距離感の取り方は出会って半年の間で分かっているつもりであった。

 

 「味はルシーナの腕なら少しの誤差さ。食べられるよ。報告は後にしよう」

 

 そう言ってドアを閉めようとした時、ルシーナが何か発した。

 

 「……破されたの」

 

 閉め掛けたドアを止めてヴィラスは「何だって?」と思わず聞き返す。

 

 「撃破……された。ミッションが完了する直前、ACが……<バレットライフ>が乱入して……何も指示出せずに彼が……やられるのを黙って見ているしか……出来なかった……」

 

 再び俯いたルシーナの肩が震えている。担当していたレイヴンが撃破される事は初めての出来事なのだろう。ましてや相手はあのリム・ファイヤー。そのショックはヴィラスでも計り知れない。

 

 「……怖かった……彼は……タナトスは……『どうすればいい?』と……聞いてきたけど……私は──」

 

 「もういい」とヴィラスは震えているルシーナの両肩を掴む。これ以上聞くのも言うのも互いに辛い。後はどうなったかは想像がつく。

 間近にいた者の死。戦場では普遍的に起きる事。だが、それを受け止めるにはオペレーターとしてはまだ駆け出しともいえるルシーナには重かったようだ。

 自分もそうだった。ヴィラスは思い返す。初めて僚機を喪った時、何も言葉を発することも出来なくなった。

 自分より少し年上のMTパイロット。決して仲は良く無かったが、操縦の腕は高く、頼りにしていた。

 そんな僚機が撃破され、そして死んだという現実と逃げるしか出来なかった己の無力さに打ちひしがれて帰還した先に言われた言葉。

 ──忘れろ。

 叱責も慰めの言葉は一切無く、上官でもあった父が発した言葉はただそれだけであった。

 当時はあまりにも非情にも聞こえた言葉。今にして思えばそれは戦士の理であり、死を引き摺ってはならないという教えであった。

 ただ、それをストレートに言ってもルシーナにはまだ伝わらないと思った。言葉を考えてヴィラスは震えているルシーナの肩を叩く。

 

 「アイツもレイヴンだ。戦場で散る覚悟はしていた筈だ。気にするなとは言わない。けど、気にし過ぎてもしょうがない。だから割り切るんだ。難しいことかもしれないが、今日の事は早く忘れる様にしろ」

 

 「ヴィラス……」とルシーナは顔を上げた。眼には涙が溜まっている。

 

 「明日は1日休め。俺も依頼は受けない。ここ最近、出撃続きだったからお互い疲れている。こういう時は何も考えずに心身共に休ませることが一番だ」

 「私は……」

 「こういう経験したのはルシーナだけじゃない。クレアもそうだっただろう? 他のオペレーターもしているんじゃないか……俺もある。語弊があるかもしれないが、これも通過儀礼ってやつだ。レイヴンにもオペレーターにも平等に起きる事だ」

 

 ルシーナは目を拭うと、一旦顔を伏せて暫く黙り込む。どういう考えを巡らせているのだろうか、プラチナブロンドの頭を眺めながらヴィラスは思う。

 

 「……ヴィラスには……死んでほしくない」

 

 ようやく顔を上げたルシーナが発した言葉にヴィラスは少し固まる。

 

 「死ぬつもりは無いさ」

 

 「今はまだ」という言葉は呑み込んでヴィラスはルシーナの顔を見据えた。

 いずれ自分の番が来るかもしれない。帰還する度に込み上げてくるその考えをここで悟られたくはなかった。

 死線を潜り抜けた分、その考えは大きくなる。レイヴンの数が絞られてきている所為もあるだろう。生き残りが確認されているのは生き残る術が長けているか、ランカーの様な実力の高い者の名前が目立つ。

 彼らと今後は戦場で相まみえる可能性が高い。その時、自分はどう戦うか。

 

 「私はレイヴンの死を受け入れられるほどまだ強くない。あなたを喪う事なんて考えたくもない」

 

 ルシーナはそこで一度言葉を区切ってヴィラスを見据えた。

 

 「──だから私はあなたに何かあったら『逃げて』と叫ぶ。『帰ってきて』と叫ぶ。それを精一杯やってみる」

 

 先程までの沈んだ表情より少し晴れた顔。そこには溢れた出た涙がとめどなく流れていた。

 ヴィラスはただ抱きしめるだけであった。何か言えば良かったかもしれないが、不器用過ぎて何も出てこない。ただそれが今の自分に出来そうな事だったからだ。

 

 生き残る。

 

 その言葉が胸の内にまた強く刻み込まれる。

 

 「──また作り直す。そしたら一緒に食べましょう」

 「ああ、そうしよう」

 

 どれくらい経ったか分からないがその言葉で一旦離れる。互いに安堵した表情であった。

 部屋のドアを閉めると、バスケットを開ける。中はいつものベーコンサンドとコーヒー。

 一口齧ってみると焦げてしまったせいか、確かに苦味がある。胡椒やマヨネーズの配分もいつもと違う。

 だが、悪くは無いとヴィラスはゆっくりとそれを噛み締めて飲み込んだ。

 

 

 2日後、ヴィラスは任務に復帰する。

 前日はシミュレーターも体力トレーニングもやらずにルシーナと三食付き合って自室でゆっくり過ごした。

 担当オペレーターとなんでもない時間を共有するなんて以前のレイヴンズアークであれば絶対出来なかった事だろう。

 規則でプライベートでの接触が禁じられていたのでしょうがないが、担当になったオペレーターはヘレンという名前の女性であること以外素性は分からなかった。こういう経験は自分にとって初めての事かもしれない。ヴィラスは過去の記憶を辿りながらそう感じ、久々に休日というものを満喫した。

 自分自身のリフレッシュは問題ないが、ルシーナの事を考えればもう少し休んでも良かった。

 だが、ルシーナの方ももう大丈夫だという事だった。それならばとある程度難度の低そうな任務で自分はしっかりと身体を慣らして、ルシーナはリバウンドメンタリティの面で問題ないかの確認だ。

 今朝がた組み上がった新しい<ヴェスペロ>は<クランウェル>のフックに吊り下がって出撃の時を待っている。出撃前と先程まで行っていた機体チェックに問題はなかった。後は実際に動かすのみだ。

 

 『作戦ポイントに到達。AC投下後に離脱します』

 

 今回も無人操縦の<クランウェル>だ。未だに聞き慣れない機械音声が終わると同時にフックが外れて<ヴェスペロ>はそれ程ない高度から降下する。着地成功。各部異常なし。

 機体の感触は良好だ。コントロールスティックのレスポンスは問題ない。フットペダルを踏むと、脚部とブースターの動きもスムーズだ。そのままミッションポイントまでひと跳びする。

 頭部は変えず、コアは<CR-C84O/UL>。腕部を<CR-A88FG>にして、脚部を新たに調達していた<LH07-DINGO2>に変更した。

 脚部は<オラクル>や<スピットファイア>を見て、旋回性能の高さなどから自分のスタイルに合うのではないかと思い、以前から買う事を決めていた。中古とはいえ決して安くは無かったが、良い買い物をしたと言える。

 ミッションポイントに到着。ガラブ砂漠E11エリア。依頼主はOAE。ミッション内容はトラブルで不時着した輸送機をアライアンスから派遣される救出部隊到着までの護衛。レーダーで輸送機の反応を見つけて、そこへ向かう。

 機体を確認。輸送機は砂の山にコクピットから突っ込むようにハードランディングをしていた。大きな損傷は無さそうだが、エンジン部分から黒煙が上がっている。ヴィラスは無線を開いた。

 

 「こちらはヴィラス。救援部隊到着までの護衛につく。状況を知らせてくれ」

 『レイヴンか……助かった』と輸送機から応答。『飛行中、機体後部から衝撃があったと思ったらエンジンが停止してこの有様だ。不時着時に何人かの乗員が怪我をして、中には重傷者もいる。状況としては良くない』

 「あと30分程で救出部隊が到着する。しかし、エンジン停止にしては派手に吹き飛んでいるな。何が起きた?」

 『こちらでも確認したが、普通じゃ起きない吹き飛び方だ……故障ではなく攻撃かも知れない』

 

 ヴィラスは輸送機のエンジン部分に頭部カメラを拡大させて見てみると、確かに破損したエンジンには下から弾が貫通した跡らしきものがある。

 状況から高高度で飛行中に狙撃されたか。攻撃したのがACであればスナイパーライフルで撃ったのだろう。

 だが、攻撃の意図がよく分からない。撃墜するにしては中途半端であるし、積荷が狙いなのであれば不時着後にすぐさま襲ってきそうであるが、そのような気配も無い。

 

 「何がしたかったんだ?」

 『ヴィラス。熱源反応を1つ確認。大きさはACクラス。もうすぐレンジ内に入って来るから注意して』

 ルシーナからの通信。程なくしてレーダーディスプレイに輝点が1つ。識別はレッド。当然、敵だ。

 機体を反応がある方に向けると、ACらしき機影がこちらに向かって来るのが見える。

 

 『撃つんじゃねえよ。俺は銃口を下ろしているぞ』

 

 相手ACからの通信。男の声。やけに馴れ馴れしい口調だ。

 

 『お前は……まぁ当たりという訳では無いが、外れでもないか』

 

 ACが<ヴェスペロ>の約200メートル前方の所で着地する。逆関節型。色は紫。左肩には「毒々しい色の爪を構えた獣」のエンブレム。

 ズベン・L・ゲヌビの駆る<サウスネイル>だ。左腕にはスナイパーライフル<CR-WL85RS>が握られている。

 輸送機を攻撃したのはこの機体だろうとヴィラスは察する。

 

 『アライアンスの犬じゃなきゃいいか。餌に食いついてきてくれて嬉しいぜ。なんてたってご友人になり得る存在だからな。今の時代、大切なのは助け合いの精神だ』

 「何が言いたい?」

 

 ズベンの言葉にヴィラスは首を傾げる。言葉の意味がまだ理解出来ていなかった。

 

 『別に俺はお前を潰そうだなんて思っちゃいない。──今はな。アライアンスにバーテックス。それに加えて武装勢力同士の抗争。俺たちレイヴンはその中に飛び込んで生きるか死ぬかで常にピリピリしている。そしてアークはあのザマ。正に一寸先は闇ってヤツだ』

 

 軽い口調で語りかけてくるが、このレイヴンの品性だろう。妙に神経に障るその声は耳を傾けようという気持ちが全く湧いてこない。

 

 『──そこで俺は考えた。この時代を生き残る為には肩を並べられる同等の力を持った戦友が必要だってな。互いに長生きはしたいだろう?』

 「勧誘か? お前の組織に」

 『吞み込みが早いのは良い事だ。組む気は無いか? 俺とお前でこの世界を自由気ままに生きる。他のレイヴンも呼ぶつもりだが、お前は最初のパートナーとして優遇してやる。アライアンスもバーテックスも無い。レイヴンの理想的な生き方だ。そう思わないか?』

 「そんな事であの輸送機を襲ったのか」

 『あれは俺の組織に入った際のご祝儀代わりだ。物資がたんまり積まれているだろうし、食うには暫く困らないだろう。──で、どうなんだ? 返事は』

 

 ヴィラスは黙り込んだ。こんな事を提案してくるレイヴンがいた事に驚く。アライアンス、バーテックス等に付く事無く戦おうなんてある意味レイヴンらしい事を言ってくれる。──あのレイヴンにしては。

 だから返す言葉は決まっていた。

 

 「断るよ」

 

 このレイヴンの評判は特攻兵器襲来以前から聞いている。悪い意味で。襲来後の今も同様の評判だ。

 

 ──目的の為に手段は選ばない。物欲と功名心が旺盛な俗物──

 

 そんな人物の言葉は心に響かない。ただ苛立つだけ。

 

 「戦友じゃなくて、捨て駒だろ。あんたが欲しがっているのは。そんな品性の無さそうな声と上っ面だけの言葉で俺が動くとでも思ったのか。チンピラの連れになる程、俺は安くない」

 『ケッ……ガキが』

 

 ズベンの不愉快そうな声と同時に<サウスネイル>の両腕が上がる。ロックオン警告。コントロールスティックを横にして機体を右へスライド。左側面で弾丸が飛んでいくのが見えた。

 

 『後悔するぞ』

 

 先程までの馴れ馴れしい口調から一変。殺意を持った声。少々怒らせたかもしれないが、本性が出たかとヴィラスは察する。

 フットペダルを踏み、ブースト機動で一気に射程内。トリガーを引くと、<ヴェスペロ>の両腕に備えた<WR07M-PIXIE3>と<WL06M-FAIRY>から弾丸が放たれる。軽量級の<サウスネイル>であればマシンガンの弾幕を効率的にぶつけていけば勝機は十分にある。

 弾丸は<サウスネイル>の装甲を叩き、防御スクリーンが弾ける音が響く。<サウスネイル>は後方へジャンプしながら右腕のリニアライフル<CR-W05RLA>を放ってきた。

 それもサイドステップで回避。<ヴェスペロ>は側面に回り込んだ。すると<サウスネイル>は垂直にゆっくりと跳び上がる。

 判断ミスか。<サウスネイル>の機体下部が無防備な状態を晒していた。<ヴェスペロ>は上へ銃口を向ける。

 

 『熱源反応よ。数は6。……地中から……?』

 

 ルシーナからの声と同時に<ヴェスペロ>の周りを囲むように6つの輝点。次の瞬間、地面が盛り上がり、そこからパルスレーザーが飛んで来た。

 

 「──うっ……」

 

 咄嗟に機体を跳び上がらせて躱そうとするが、上に意識を向けた状態で6方向から飛んでくるパルスレーザーの回避は無理であった。バチバチと装甲の焼ける音が複数上がる。

 咄嗟に下に向けるが、そこには敵機の姿は無い。だが、地面には6つの穴が穿っていた。

 

 『多分、<モール>よ。地中に潜っている。攻撃用プログラムで一定の間隔で地面に出てくる筈。パターンを確認するから逃げ切って』

 

 モニターの端に<モール>のスペック表と図面。ミラージュ製の砂漠用に開発されたガードメカ。地中への潜行機能が備わった特殊機体だ。このタイプは初めて見る機体であった。

 地中にいては攻撃が出来ない。地面を気にしながら<サウスネイル>を相手しなければならないという事だ。

 ヴィラスは迷いながら<サウスネイル>から距離を取ろうとしたが、別方向からライフル弾。それは輸送機の尾翼を撃ち抜いた。仲間がいる。

 

 『1対1だと思ったのか? 甘いんだよ。俺と組まないってんなら、その首を取って懸賞金を頂くだけだ』

 

 勝ち誇ったような声と共に<サウスネイル>が距離を詰めて来た。ズベンがコクピットの中でどんな表情を浮かべているのか容易に想像がつく。

 バックステップで離れる事を考えたが、レーダーレンジ外にいる敵機の存在がそれをさせるのを止めた。距離を離せば間違いなく連中は輸送機を攻撃する。敵の囲いの中で戦わざるを得ない状況だ。

 

 『逃げてもいいんだぜ。輸送機の積み荷は逃げないからな。どちらにせよお前は詰んだんだよ。この俺に舐めた口を利いた代償はデカかったな? オイ』

 

 ヴィラスは機体を跳び上がらせて両腕のマシンガンを放つ。その際にモニターを確認。画面の両端にMTらしき機影が複数小さく映っていた。機種までは判らなかったが、数は4であることは確認出来た。

 地中から反応。<モール>が一斉に飛び出して、パルスレーザーを放ってきた。それをブースト機動で躱してオーバードブーストを起動。<サウスネイル>の裏を取ろうとする。リニアライフルの弾が頭部左側面を掠めていった。

 

 『敵機から信号を確認。<サウスネイル>が<モール>のコントロールを握っている様ね。ACに攻撃を集中して。アレに無理に付き合う必要は無いわ』

 

 その言葉に「了解」と短く返答。<サウスネイル>の後方に回り込んでマシンガンを発射。だがズベンも弾丸を受けながらも機体を反転させてリニアライフルで反撃。コア付近に被弾。機体が揺らぐ。

 衝撃を堪えながら機体を踏みとどまらせると、左右に揺れながら再度マシンガンを発射。それを嫌がったのか、<サウスネイル>は大きくバックステップ。

 

 『気を付けて、<モール>が上がって来る。パターンは2機ずつでのコンビネーション』

 

 <サウスネイル>の左腕が上がると同時に周りの地面が盛り上がる。ルシーナの言う通り<モール>が2機飛び出してきた。左背部のロケットランチャー<WB23RO-CACUS>に切り替えて発射。3発のロケット弾が地面に着弾。衝撃で宙に吹き飛ばされた2機の<モール>はひっくり返り、行動不能。<ヴェスペロ>はそれを蹴飛ばして右肩にライフル弾を掠めませながら前進。

 トリガーを引いてロケット弾を再発射。<サウスネイル>のコアに2発命中。体勢が大きく崩れた。

 

 『……この……野郎っ』

 

 機体を無理矢理飛ばしてズベンが呻くのが聞こえた。その声は少し動揺している様であった。

 

 『ボケっとしてんじゃねぇ……さっさとこっちに来い!』

 

 この状況は想定外だったのか、焦るようなズベンの声と共にレーダー上に輝点が4つ。レンジ外にいた随伴機が近づいてきた。

 左肩部被弾。頭部コンピュータが遠距離からの攻撃を知らせて来た。随伴機の内、1機は<CR-MT83RS>らしい。直後にロックオン警告音。<サウスネイル>がリニアライフルを構えている。ヴィラスはインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。敵機からのロックを無理矢理解除すると、ブースターを最大出力にして回避行動。足元にリニアライフルの弾が落ち、砂柱が幾つも上がる。

 

 『<モール>の上昇、確認。今度は0.5秒毎に1機ずつ上がって攻撃のパターンよ。気を付けて』

 

 ルシーナからの警告の直後、砂柱に紛れて<モール>が飛び出してきた。狙いを付けずにマシンガンをばら撒くように発射。所詮はガードメカでしかない。数発直撃を受ければあっさりと動作不能に陥る。

 <モール>の群れを飛び越してエクステンションをON。右背部のミサイルランチャー<WB01M-MYMPHE>に切り替えて発射。肩部の連動ミサイルランチャー<FUNI>と共に飛び出したミサイルは<サウスネイル>とその後方から接近してきた1機の<CR-MT85B>に命中。<サウスネイル>は肩部とコアの装甲を散らせながら吹き飛び、MTは爆散した。

 既にこちらのペースに持ち込めた。このまま一気に追い詰める。ヴィラスは勝ちを確信した。

 弾数が少なくなっていた左腕のマシンガンを放し、ハンガーから<CR-WL06LB4>を取り出して<サウスネイル>に斬り掛かる。

 コアを狙った斬撃だが、<サウスネイル>は咄嗟に横へ逃げて頭部の一部を斬っただけに留まる。

 それでも十分なダメージを与えられたが、逃げた先にマシンガンを向けた瞬間、強い衝撃がコクピットを襲い、ヴィラスは大きく揺さぶられた。

 頭部コンピュータの姿勢制御プログラムで転倒こそは避けられたが、機体の動きが止まってしまった。込み上げてくる吐き気を堪えながらヴィラスはモニターを見据えると、<サウスネイル>も膝をついて動きが止まっている。

 どうやら蹴飛ばされたらしい。右ハンガーが解放不可というメッセージがモニターに表示されている。だが、<サウスネイル>もそれは捨て身の攻撃だった様で、左膝の関節から火花が散っていた。

 先に動いたのは<サウスネイル>。リニアライフルを放ってきたが、狙いを澄ましての射撃ではなく、こちらの動きを牽制させる為の様であった。<ヴェスペロ>は咄嗟に後退。そこへミサイルの束が向かってきた。

 コアのミサイル迎撃装置が作動してそれらを落とす。その隙に<サウスネイル>は後退。

 

 『なに熱くなってんだよ』

 

 機体を大きくバックステップさせながらズベンは嘲る様な声で言い放ってきた。両機の間に<サウスネイル>を護る為か2機の<CR-MT85M>が割り込んでくる。

 パルスレーザーとマシンガンの弾幕。動きを止められてヴィラスは思わず舌打ちをした。それでも頭を切り替えてマシンガンとロケット弾を放ち、2機を退けるが、<サウスネイル>との距離は離れていく。

 

 『今日のところは見逃しておいてやる。最後に生き残るのはこの俺なんだ。お前はこの俺と組まなかった事をいつか後悔するだろうよ』

 

 そう言い残すと<サウスネイル>はブースターを全開にして作戦領域外へと去っていった。追撃は難しい。

 逃げられた。そう言っていいだろう。MTはズベンが逃げる時間を稼ぐための捨て駒にされた。戦友だなんだと言っていたが、これがあの男の本性だ。躊躇なく彼らを置いて逃げて行ったのを見ると、そこに仲間意識など一切無かった。

 <サウスネイル>からのコントロールが無くなり、地中から出て来た残りの<モール>があてもなく動き回っているが、それは1機ずつマシンガンで破壊する。

 

 『救出部隊が到着。思っていたより早かったわね』

 

 レーダー上に味方機を示す輝点。そちらに機体を向けるとアライアンスの輸送機がMTを吊り下げた<クランウェル>を2機引き連れて向かって来るのが見えた。

 <クランウェル>からMTが降下。残されたズベンの部下たちは観念したのだろう、次々とMTのコクピットハッチを開けて出て来た。

 ボスに見捨てられれば、命は惜しくなるものだ。元々信頼関係がそれ程築かれていなかったのだろう、モニターに映し出されたMTパイロットの表情はどこか安堵感が漏れている。

 

 『アライアンスからよ。これから救助活動に入るとの事。回収部隊ももうすぐ到着するから帰還の準備をしましょう。お疲れ様、ヴィラス』

 「ああ」と応えてヴィラスは固いシートに身体を預ける。<ヴェスペロ>は通常モードに切り替わった。任務完了。

 「……大丈夫か?」

 

 シートの物入れからウォーターパック取り出しながらヴィラスはルシーナに尋ねた。この間の事もある。簡単なミッションのはずがこんな事になったのだからどうしても気になる。オペレート自体は問題なさそうに思えたが、それでも胸中は聞いてみないと分からない。

 

 『それは……?』

 「今日のミッションだ。言うのは難しいのならば、それでいい」

 『そうね……相手がここ最近、脅威度が上がっているレイヴンだったから……正直怖かった』

 

 そこで一度言葉が途切れる。だが、声には震えは無い。

 

 『──でも、あなたなら戦えるってズベンと対峙した時のヴィラスの声で確信できた。だから私も戦えた』

 

 この間のか細い声がまるで嘘の様な明瞭な声。ルシーナなりに覚悟が出来たという事だとヴィラスはそう捉えた。

 ならばそれに応えるのがレイヴンである自分だ。パートナーとしてルシーナの覚悟を受け止めなければならない。そう改めて決心する。

 

 『──レイヴン。護衛に感謝する』

 

 OAEの輸送機からだ。輸送機のハッチからは怪我をしたであろう乗員が次々と運ばれているのが見えた。

 

 「怪我人の無事を祈るよ。それと積荷は大丈夫そうか?」

 『皆、意識はある。敵機が君に集中してくれたおかげで、こちらで出来る処置は施せた。後は医者に任せるだけだ』

 

 それを聞いてヴィラスは安堵のため息を吐いた。ルシーナも同様に『よかった』と声を漏らす。

 

 『それと積荷だが、ガル・パークに全て降ろしてきたので空のコンテナが数個あるだけだ。生憎だったが、アイツらには持っていけるモノは無かったのさ』

 

 「そうだったのか」とヴィラスは頷いた。知っていたかは分からないが、ズベンたちには何の実入りが無かったという事だ。

 <クランウェル>のローター音が聞こえてくる。迎えが来た。また整備班から小言を言われるなとコンソールを眺める。

 

 『帰還しましょう。軽食作って待っているから』

 

 その言葉を聞いて、ヴィラスは生き残れた事の喜びをほんの少しの空腹感と共に再度噛みしめて機体を動かした。

 

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