ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
ハンディライトの光を頼りに辺りを見渡す。
照らす先は染みが目立つコンクリート壁とゴミが散乱する床ばかりで何もないが、ライトの光がスイッチを見つけてそれを押すと明かりが点いた。
明るくなった部屋にクリフはホッと一息を吐く。足で周りのゴミを適当に片付けると、近くにあったテーブルに自分の端末を置き、電源を入れた。
少々カビ臭さがあるが、掃除をすれば隠れ家としては悪く無いとクリフは思う。広過ぎず、狭過ぎず、適度な静けさが保証されている。ただ、一服するには空気の循環の点から適していないかもしれない。胸ポケットに入れてある箱の中身を出すのは一旦我慢しておく。
暗号通信用の映話ソフトが起動してIDとパスコードを入力。指でリズミカルにテーブルを叩きながら映話の相手が出てくるのを待つ。
暫くして画面が切り替わる。画面にはKDの姿。ガル・パークで別れてからまだ2日しか経っていないが、元気そうな姿を見てクリフは安堵した。こめかみの腫れも大分引いているのも見える。
「KD、久しぶりだぜ。お前の顔を見てホッとしたよ」
『ちょっと大袈裟じゃないかい? でも、顔を見られて良かったよ』
両手を広げてオーバーなアクションをしたクリフに画面越しのKDは苦笑いを浮かべた。
「互いに無事に目的地へ着いたからな、嬉しくもなるよ。──後ろがやけにスッキリしだしたな。引っ越しでもやるのか?」
『当たらずといえども遠からずってとこかな。僕が今いる部屋はリモート用にして別の空きアパートに寝床を移そうと思う。外敵も増えそうだし、ここのベースの拡張及び要塞化計画の第一歩を進めるつもりだ。まぁこの街に着いた時から考えていた事なんだけどね。混乱のお蔭で、空きのアパートやオフィスやらがあるし、好都合だよ。手始めにここのアパート内の作業部屋全てをオートメイト化させたのち、ひとフロア全て買い取ってサーバールームへの改造を計画中だ』
「程々にしておけよ。そこだって一応アライアンスの管轄下だ。色々目立つとヤバいぜ」
KDの早口に今度はクリフが苦笑いを浮かべた。何だかんだ言って、この男の行動力は中々凄まじいものがある。良い言い方をすれば怖いもの知らずともいえるが、時折見ていて危ういと思ってしまう事がある。
それでもKDは自信ありげな表情は崩さず続ける。
『幾つか合法的に進めるやり方は考えてあるよぉ。いつかはここをハッカーたちの楽園。ウッドペッカー帝国として栄えさせてみよう。ンムハハハハ……』
芝居がかった笑い声を響かせて、KDの満面の笑顔が画面いっぱいに映る。本当にやりかねない雰囲気はあった。その行く末は今後の楽しみにしておこうとクリフは胸中考える。
『──と、冗談はここまでにして』とKDの表情が切り替わる。『一応、現状報告しておくと、君から預かったメモリー内のデータをここにある中で最高性能の端末使って解析を試みたけど、かなりの時間が掛かりそうなので一旦中断したよ』
「そっちでそんなに時間が掛かるなら俺の方じゃもっと難しいかな。まぁ、しゃあないか。何重にプロテクトを掛けているのもある。コイツは骨が折れるな……」
ジノーヴィーの端末に残された一部データは高度な暗号化がされている。そう簡単に見せてはくれ無さそうだった。
『やれるとしたらもっと良い性能の端末を準備するか、ソフト自体の改良。どちらも時間と人員がネックかな。あとは端末から地道にヒントを探すか……いやぁ厳しい』
「ヒントねぇ……ああ、そうだ。あの野郎の正体らしきものを掴めた。やっぱりアークの人間だ」
『アークの人員データがあったのかい? よく見つけたね』
KDの驚いた様な顔。レイヴンズアークの人員データはアークの体制上、表には中々出てこない。
「2年前のものでちょっと古いし、欠けているところもあったけどな。なんとか見つけた」
そう言ってクリフは端末を操作して画面上に男の写真を表示させた。
見覚えのある顔。あの日2人があった男の顔そのものであった。
「名前は”ラシッド・アル・ザハムディ”。保安部門の主任だ。アーク在籍前はミラージュの公安組織にいた。評判は泣く子はもっと泣き叫ぶバリバリの武闘派ってヤツだ。お前さんなら多分、聞いたことあるかもしれん」
『──ラシッド……あぁ、思い出した。ミラージュ領でヤンチャをするとすっ飛んで来る”鬼のヒゲ男”ってヤツかぁ。暫く見なくなって死んだかもって話があったけど、アークに移籍していたのかい』
KDは苦い表情を浮かべながら声を上げた。裏の仕事をやっている人間にとってこの男は天敵の様な存在。クリフも過去に何度か名前を聞いたことがあった。リサーチャーも場合によっては彼らの敵になり得る存在だ。
過去の写真の顔と2日前に撮った写真が表示される。髪型や髭の形は違えども、あの剣呑な目つきは同じであった。
「今はアークの忠犬として職務を遂行しているんだろう。ま、問題はこのヒゲ野郎じゃなく、アークが何故ジノーヴィーの端末を欲しがっていたか……」
『中のデータの内訳を見ているけど、ファイル名からしてナービス社絡みが多そうだね』
「ああ、俺もそれは見た。レイヴンとしてだけじゃなく、クレストの最高戦力としてナービス領の紛争の最前線にいたからな。見られるモノの大半はクレストかナービスから受けた任務の報告書だ」
『……で、ブラックボックスと化しているのが新資源絡みのファイルって事かな』
「その可能性は高いと俺は踏んでいる。それの先端に触れているのは見られたが、肝心なのは見せてはくれなかった。アークもそれを知りたがっているんだろうなと思っている。けど、アークがそのデータを狙う理由っていうのがまだ見えてねぇがな」
2人は暫く沈黙。それに耐えるには辛抱が足りず、クリフは胸ポケットに手を伸ばした。
<十字架の天使>に続いて今度はアークの不可解な動き。他にもやることがあるが、情報量の多いこの事態に頭が揺れ動いて落ち着かせるのも難しい。
だが、この状況に陥った原因は嬉々としてそれに飛び込んだ自分自身。臆病者と自認しているが、ここ最近の行動は自制が効いていたかと言えば答えはノーになる。時間が掛かったとしてもケリは付けなければならない。
『──やっぱり、亡霊ACじゃないかな』
沈黙を破り、KDが呟く。
『アライアンスと違ってアークは亡霊ACの動きを探っているというよりもその挙動を確認している。そんな気がするよ。通信記録を見る限りではね』
「確かにテストやら何やらあの野郎は言っていたからな。わざわざ戦死したレイヴンのACを再現させて……」
クリフは一瞬だけ上を向いて考えるとひとつの可能性に思い当たった。
「まさか……あのACは無人機か? いくらAIでもACであそこまでの挙動は……」
『そうでもないんじゃないか』とKD。『AIの研究は各企業でも行っていたし、アライアンスになってからも引き続いて行われている。今は確か、ミラージュ系列の技術者が主導で行っている筈』
「確かにあそこが無人機化を一番推し進めていたからな。今だと三大企業の技術者だけじゃなく民間のアーキテクトも呼び寄せているみたいだが、ここまで出来るようになるのか」
『最近はオペレーションチップの性能も上がっているからねぇ。競技用のモノよりも良いのを使ってはいるだろう。軍用は制約なんて殆ど無いと言っても過言ではないから』
「企業と繋がっていたアークがそれを譲ってもらって亡霊機をこさえて動かしている……まあ、可能性としてはアリか。しかし、あそこまで飛躍させられるかと言えば……まさか……新資源か」
「……ああ、僕もそれが今脳裏に浮かんだよ」
一昔前なら突飛し過ぎて鼻で笑われる考えだが、新資源の存在はそれらに現実味を帯びさせる。これらにも実は旧世代の遺産が絡んでいた可能性だって有り得るのだ。
『それを踏まえての仮説だけど、アークもこのご時世で独自に動かせる兵力を求めていた。そこで使えそうだったのが高性能AI。亡霊ACはそれのテスト機ってなるね』
「──それでも足りねぇから、新資源から持ってこられそうなものが無いか調べていた……一番自分たちから近くてナービスと関わりも深そうなジノーヴィー。で、この端末か」
『そういう事になるかな。ジノーヴィーがそこまで深く関わっていたというのが前提になるけどね』
「レイヴンの数が少なくなってきているからな。要は直ぐに使える強力な駒が欲しいって事か」
新資源、旧世代の遺産。ナービスと三大企業だけでなくレイヴンズアークもそれを欲していたという事になる。
理由としては分からなくもない。これらの持つ力はアークの持つ戦力、すなわちレイヴンたちを凌ぐ可能性がある。仮にどこかの企業がそれを掌握したとなれば、レイヴンズアークという組織の存在意義が崩れ去る。レイヴンという存在、そしてアーマード・コアという存在すらも覆されてしまうかもしれない。
「……良い線いっているかもしれんが、まだ仮説の段階だし、何か証拠になりそうなモノが欲しくなるな」
『そうだねぇ……ここで陰謀論じみたトークを2人で繰り広げても袋小路に陥るだけだし、調べられる範囲で探してみようか。そうなると、ここ最近あったアライアンスの動きかな。あんなのを潰すじゃなく、アークに情報を渡している素振りはちょっと引っかかるねぇ』
「アライアンス本体は亡霊を調査しているが……実は……ってのもあり得る。KD、可能なら通信した形跡のある部隊の連中が元々は何処の所属かを調べてみた方が良さそうだ」
『アークと密接な関係を持っている連中がいるって事かい?』
「アライアンスも一枚岩じゃねぇからな、裏でコソコソと企んでいるのがいてもおかしくは無さそうだ。なんせ、ジャック・Oのアーク掌握が起きたのはアークとミラージュの癒着が発覚したのが元々の発端だし、今のアークは追放されたメンバーもいるって話だ。関係は維持されていると思った方がいいかもしれない」
新資源を巡る戦いはまだ水面下で起きている可能性がまだある。もしそうだとすれば、あれだけの被害を受けながらも懲りずに求めようとしている。クリフ個人の考えからすれば、それをするにはいささか早過ぎてまた同じことを繰り返すのが目に浮かんできてしまう。
そうあって欲しくないという気持ちが高いが、彼らの執着心を考えれば最悪の事態は想定しておいた方がいいのかもしれない。
『そこも探ってみよう。竜の尻尾を踏まない程度にね。──そうだ、データについては、とりあえず適当なタイミングに放流してみようと思うけど、流して良さそうなデータのピックアップは任せてもいいかい? 纏めたらこちらで流そう』
「ああ、そこは確認しておくよ。俺の方でも流せそうなものは流してはみる。リサーチャーの情報網は圧倒的に広くて密がある。良い情報に繋がるものが出てきてくれるのを祈るさ」
リサーチャーにはそれぞれ得意としている分野がある。そこから得られる情報もあるかもしれない。
新資源というデリケートな情報は前の紛争時も調査対象に挙がっていたが、各企業系列のメディアは報道管制を敷いて露出は殆ど無く、それらに関する情報は厳重な管理下にあり、容易に手が出せなかった。
時折、向こう見ずなリサーチャーや独立系のメディアがそれに触れる事はあったが、その結末は全て碌なことにならなかった。
今の状況であればその制限もかなり緩くなっているはず。どれだけ出てくるか、不謹慎ながらも楽しみだという気持ちは抑えきれない。
『分かった。じゃ、それを待ちながら解析作業と更に高性能な端末の準備をしておこう。クリフはこれからどうするんだい?』
「足は見つかったから寄るとこに寄っていこうと思う。ここの自家発電機の燃料もあと半日もつか分からんし、直ぐに発つよ」
『了解だ。ああ、そうだ。あの端末、発信器の位置が判ったよ。今、出せるかい? あと工具も』
「おう、ちょっと待ってろ…………出したぞ」
ジノーヴィーの端末をカメラの前に出す。
『端末の裏蓋のビスを外して開けてみて。右端にも蓋があるかい?』
KDの言葉通りに端末を分解すると確かにプラスチックの蓋に覆われている箇所がある。
「──これか?」
『そうそう、それそれ。それもドライバーあたりでこじ開けちゃって。そしたらヘソみたいなのがあるでしょ』
蓋を開けると確かに丸いプラスチックの黒い塊が固定されている。
「これだな。なるほど……コイツか」
『そう、それが発振器。それをブチッと取っ払ってしまえばもう大丈夫だ』
工具でそれを引き剥がし、床に落として踏みつけるとあっけなく粉々になった。
「これであのヒゲ野郎も追って来るのが難しくなったかな」
『多分ね。いやぁ探した甲斐があったよ。過去にレイヴンの端末の回収に成功したリサーチャーがいて、それを基に作成した端末の分解図を昔取ってきたのを思い出して良かったよ』
「助かったぜ、KD。情報料として後で10コーム振り込むよ。それと場所の提供ありがとな。こんな場所も用意していたのはやっぱ、お前さんがさっき言っていた計画の内だったのかい」
クリフが今いる場所。実はKDの組織が所有していた空き店舗の地下であった。
『ガジェットショップの立ち上げも考えていてね。表向きは健全なショップで地下に裏の仕事で使うツールを取り扱う……これやってみたかったんだよ。色々問題が出てきて頓挫しちゃったけど。これもどこかタイミングを見計らってプロジェクトを再開させるつもり』
「いつかはお世話になるかもな。──じゃあ、落ち着いたら連絡を入れる。あと、ヤバいと思ったらすぐ逃げられるようにしておいてくれ」
『危険は承知さ。お互い生きてまた会おうじゃないか』
2人は敬礼もどきな挨拶をして通信は終了。
静けさが戻った部屋に寂しさを感じながらも端末の電源を切り、出る準備を整えておく。
ケリは付けなければならない。
やるべき事は分かっている。
ここまで踏み込んでしまえばもう引き返そうという考えはクリフには無かった。
* * *
敏感になった聴覚にようやく慣れてきたか。愛機<エクリッシ>から降りたジェランはそう感じられた。
これは強化した身体が馴染んできたといえばいいのだろうか。強化手術を受けた直後は基地内の喧騒全てに対して耳を塞ぎたくなるくらいに苛立ったものだが、今では少し騒がしいなと思う程度までに落ち着いた。
整備士の言葉に対してもじっくりと耳を傾けられる。機体のチェックはほぼ問題は無さそうだ。
新しい<エクリッシ>での実戦は今日でようやく10回を超えた。それでもいずれの戦闘もレイヴン等のACとの交戦はまだ無く、機体の性能を全て引き出したかと言えばノーである。
──そろそろこの機体の本気が出せる相手と戦ってみたい。そんな欲求がジェランの胸の底から湧き上がっていた。レイヴンであった本能だろう。新しい武器やパーツを動かす事は好きだ。それを開発した企業の技術力を確かめられ、そして自分がそれを使いこなせるか腕の見せ所でもあるからだ。
だが、今はレイヴンとしてではなく軍人として任務を遂行する。昔と違い、任務を好きに選んで出撃できるわけではない。
もどかしい気持ちを押し込めて整備班に機体を預けると、ジェランはブリーフィングルームへと向かう。帰還した直後にディーネル大佐から呼び出されたからだ。幸い、先の戦闘はこちらが一方的に圧倒して敵勢力を壊滅させたのだから機体はもちろん、身体に関してのダメージは無い。
ブリーフィングルームに入ると既にディーネル大佐と副官のトゥワ大尉の姿があった。ジェランはラフに敬礼をして席に着く。
「ご苦労だった。急な出撃要請であったが、よくこなしてくれた」
「敵戦力がそれ程でもなかった。あと3倍いれば状況は少し違っていただろうが、生憎、連中の練度は低かった」
ディーネル大佐の言葉にジェランはそう応えると、「救援要請を出してきた本部の部隊も含めてな」とそう付け加えた。
「そこまで酷かったのか」
「彼らの退避を援護する方が難しかった。操縦自体、全然なっていない」
苛立ちを隠せないジェランの言葉にディーネル大佐は思わず溜息を吐く。そこへトゥワ大尉がタブレット端末を大佐に見せると「これは……」と言って納得したように深く頷いた。
「君が苛立ったのがよく分かったよ。この部隊員は本来、まだ実戦に出てはいけないパイロットたちだ。操縦時間が皆、500時間どころか100時間も満たしていない」
「新兵か」
「そういう事だ。交戦に至った原因が訓練中の偶発的な事故か、操縦時間を偽っての実戦投入かは後で調査が入るだろう」
そう言ってディーネル大佐はテーブルの上にタブレット端末を置いた。画面にはジェランが救援した部隊員の情報が表示されている。部隊再編後に新規で編成されたであろう、平均年齢の若い新米隊員で構成されたMT部隊。12名中、4名はジェランが駆け付ける前に機体と共に散っていた。
「俺は彼らのお守りではない」
「本来なら基礎訓練を終えた後、我々特務部隊で教育するはずだったが、バーテックスの動きが思っていたより早くてね。それが殆ど出来ていない。当初の計画通りには中々上手くいかないものだ」
「早く対処しなければ、今後も同じ事は起きる。使えない兵を無駄にするほど愚かな事は無い」
自身の経験を思い返して痛感する。実戦に立てる兵を育てる難しさに実力のある人間を引き入れる難しさ。小さな組織を率いても感じたのだから、アライアンスという巨大組織の中で指揮を執る立場であるディーネル大佐の苦労は自分が思っている以上に大きいのだろうとジェランは同情的な視線を送る。
「敵が待ってくれれば良いが、そうはいかない。人員の配置ももう少し考えなければな」
「最近は本部部隊の手伝いか尻拭いだ。彼らの練度と特務部隊の性質を考えれば仕方が無いが、実が無い気がするよ」
今度は素直な気持ちが言葉に出る。不満を言うつもりは無かったが、会話の流れで思わず出てしまった。
つまらない言葉だ。とジェランは心の中で舌打ちをする。
「分からなくもない。本来であれば近場にいた本部の部隊を送るべきだったと私は思う。本部は元々戦術部隊に頼り切っている傾向だったが、特務部隊が設立されてからは本部直属である我々にこれ幸いと依存先を変えてきた。それは構わないが、ま、限度はある」
心情は察してくれていたか、とジェランは大佐の言葉を聞いて少し安心する。
「そんな状況ではあるが、それに並行して我々でやるべき事も進めなければならない。君を呼んだのはそれを話す為だ。──そろそろ来るかな」
左腕の時計を眺めてディーネル大佐はそう言うと、タイミング良くドアをノックする音。
入ってきたのは2人の男女。「お待たせしました」と2人は席に着いていたジェランたちに敬礼をする。
ジェランも顔は知っている。情報部から出向している分析官と呼ばれた者だった。その腕前の方はよく知らないが、ディーネル大佐が直々に呼んだという話は小耳に挟んでいたので悪くは無いだろう。
「先日の戦闘の分析が完了しました。分析の結果、敵機については興味深いものが見えてきました」
ルームの正面デスクに立った男の方がそう言って手に持っていた端末を起動させる。セバスチャン・ボラックという名前だったか。落ち着きの払った声。
正面壁のモニターに映像が出る。ガル・パークでの戦闘。<サンダイルフェザー>と<ドローン>の戦闘が様々な角度から映されている。
実際は<サンダイルフェザー>には僚機として5機のMTが付いていたが、僚機のMTは基本的に手を出さず、<ドローン>から一定の距離を置いて包囲するだけ。あくまでも1対1での戦闘という体裁を保っていた。
この戦闘の様子は避難民がいる全都市部へ向けて中継された。戦術部隊がテロリストを打ち破るさまを民衆に見せる為であったと聞く。かつてアークの上位ランク帯にいたプリンシパルであれば勝てる見込みはあったという事だ。
プリンシパルは元々素顔を含めたパーソナルデータを公開していたレイヴン。モデル顔負けの美貌で人気のあったレイヴンの駆るACが悪辣非道なテロリストのACをやっつけるという構図。正義の執行者アライアンスという姿を見せつけるにはうってつけのシチュエーションである。
ショーアップされた戦闘。ジェランからすれば下らないとしか言いようのない事ではあったが、中継を見ていた者たちからすれば実力のあるレイヴン同士の戦闘はある意味中断されてしまったアリーナの代替みたいなものであり、かなり刺激的なものであったらしい。その反響は凄まじく、ネットワーク上で拡散された動画が相当数再生されていると聞いた。
戦闘はジェランが思っていた以上に<サンダイルフェザー>が優勢に進めていた。<ドローン>は<サンダイルフェザー>からの攻撃を回避し続けるも、反撃がままならない。攻撃に移りたいがそれがなかなか出来ずにいる様に見えた。
その理由は直ぐに分かった。<サンダイルフェザー>に随伴していた僚機は全て<MT09E-OWL>。機体に装備されたECM発生器で<ドローン>の動きに制限を掛けていた。1対1の様に見えて、実は始めからアンフェアな戦い。だが、相手はテロリスト。正々堂々とした戦いなんて元よりやるつもりは無かったはずだ。
<ドローン>の頭部が攻撃を受けて破損。動きが止まったところに<サンダイルフェザー>が放ったスナイパーライフルの弾が<ドローン>のコアに命中。そこから更に3発。コクピット付近に撃ち込まれた<ドローン>は機能を完全に停止させた。
「お見事なものです」とボラック分析官。映像はそこで止まる。
「これまで戦死が確認されたレイヴンを含むAC乗りの機体、所謂亡霊ACはこれまでも目撃され、交戦もしましたが、いずれも機体の爆散、もしくは逃げられてしまって詳しい調査が出来ませんでした」
モニターが切り替わり、<ドローン>の残骸がアップで映される。
「ですが今回、戦術部隊の尽力もあり、原型を留めた状態の機体残骸を収める事に成功しました」
更に切り替わったモニターにはその残骸から取り出した部品らしきものが幾つも表示された。ジェランが現場で見たものだ。
「残骸の調査の結果、機体からパイロットの死体は確認できませんでした。無論、焼失や機体損傷による圧壊の形跡もありません」
「無人機か……?」
現場で見た時に感じた予感。ジェランは思わず口走った。
「ええ、そうです。亡霊ACの出現当初からその説はあったのですが、これで実証されました」
呟き程度の声だった筈だったのだが、ボラック分析官は答えてくれた。耳は良いらしい。
「やはりというべきか。これらを所有している勢力は同一か」とディーネル大佐。
「その可能性が大いに高いと思われます。それに関しても検証をしました」
ボラック分析官はそう言って先程の映像を再生。それに加えて別の映像も重ねて表示される。画質は少し粗い。恐らくACのカメラの映像データ。逆関節型ACが両腕のマシンガンを放ってきている。
「この機体も2週間前に確認された亡霊ACで、元々は独立傭兵の機体。特攻兵器の襲来時に死亡が確認されています。更にこれも」
今度はグレネードライフルを構えた緑色のタンク型ACに赤と白の軽量二脚型ACの映像がそれぞれ重ねて表示された。いずれも先程と同様のカメラから捉えたもの。
「タンク型は<アイアンホース>。二脚型はクレスト軍のニコライ・ヘインマン中尉の機体。当然ながら彼らも既に死亡しています」
「それが<ドローン>と何か関係があるのか」
ジェランは続けざまに映される映像に亡霊AC以外での関連性をすぐには見出せなかった。
「スピードが速いので少し見辛かったかもしれません。速度を落として再生させます」
ボラック分析官は先程の映像を更にスローで再生させる。
それを数回眺めるとジェランは4機のACの動きに共通の特徴が見えた様な気がした。ディーネル大佐も気が付いたらしい。
「似ている動きがある」
「はい、その通りです。この機体全て姿形は違えども一部の動きに共通したものが僅かながら確認出来ました」
映像がある一部分のところで拡大される。4機のACが右腕の武器を使う直前、左右に細かく揺れる。プリセットされた動きではない。機体特有の動き。
更に別の映像。<アイアンホース>を除く3機がブースト機動での機体の切り返しをするタイミング。それも各パイロットによって大きく変わるが、映像の機体はほぼ同じタイミングであった。
「ベースがある。なるほど、それを使い、無人機を量産して戦場に投入か」
「恐らくはそうではないかと思われます。ただ、これらの癖も学習を進めていけば完全に無くなり、独立したパイロットそのものとして遜色なくなっていくでしょう」
古傷を撫でながら聞いてきたディーネル大佐の言葉にボラック分析官はそう答えた。
「しかし、これら一連の動きですが、過去に試験的に導入された無人ACよりも高度な戦闘機動を実現しています。無人機は基本、行動制御用のチップを組み合わせての動きですが、こちらはパイロットがいるようなスムーズな動き。大佐が仰っている様にベースがいるのではないかと調査を開始しました」
ボラック分析官に代わって女性の分析官がそう言って端末を操作する。チャオ・リーロンというネームプレートを付けている。
「AIのモデルとなったパイロットがいる……そういうことか」
「今も精査を続けていますが、ACパイロットに精通しているリサーチャーの協力も取り付けられましたので、近いうちに結果は報告できると思います。また回収した部品には用途不明なモノも含まれていました。製造元も不明。どのような方法でまでは分かりませんが、分析班では高度な学習機能を持たせた無人機用のモジュールではないかと推測しています」
「つまり、レイヴンまたはACパイロットの戦闘データを何らかの方法で得たのち、学習させてそれを利用しているという事か」
「それはもう少し調査が必要ですが、これを持つ勢力は高い技術力持っているのは確実でしょう。それこそ三大企業……それ以上かもしれません」
リーロン分析官の言葉に「こいつはまさか……」という言葉がジェランの口から思わず零れる。
「……新資源。特攻兵器とは別の形で現れたか」
「多少は把握していたようだな」
ジェランとは正反対にディーネル大佐とトゥワ大尉は表情一つ変える事無くモニターを眺めながら頷いていた。
「立場上、君よりも色々と情報を触れられる」
その言葉は肯定である。そうジェランは捉えた。
「君が特務部隊に着任した時に私が言った言葉を覚えているかな。旧世代の遺産絡みの任務も起きるだろう、と。そしてそれに立ち向かう覚悟をして欲しいとも」
「それが今なのか」
「やるべき時が来たのだよ。我々の任務をね」
ディーネル大佐はジェランの顔を見据えて言い放つ。それは特務部隊本来の役目を果たすという宣告の様であった。