ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
照明の輝度を控えめにした部屋の中。クリフは椅子から立ち上がって身体を伸ばすと、机に置いてあったコーヒーカップを手に取り、口に付ける。既に冷め切っていた代替豆のコーヒーは中途半端に苦味だけが残り、あまり旨くなかった。
ディーネル中佐から受け取った資料を基に所属不明機<十字架の天使>と名付けたACの調査を進めているが、進捗状況は前進したかといえばまだ手応えが無い。
資料にあった映像、画像の殆どがブレやノイズが入って不鮮明であるため、画像の補正を行うソフトウェアを使ってある程度見られるようにした。その画像から映っている機体は白いACであることは間違い無い。機体のシルエットはそれぞれの戦闘時では違って見えるが、そのことについてクリフは気にしなかった。
アーマード・コアという兵器の最大の特徴である、コアを中心とした換装機能は機体の姿形を任務毎に自在に変える事が出来る。この機体もそうしているだけだ。ただ、外見はACとしてはスタンダードなフレーム構成である中量級の二脚型は共通であり、頭部はミラージュの新型<H11-QUEEN>を使用。そして、いずれの画像も<WH04HL-KRSW>と<WL-MOONLIGHT>が装備されていることを確認できた。
恐らく、この機体構成は単機で多数を制圧可能な火力と機動力の両立をさせる為にこのようになったのだろう。<WH04HL-KRSW>と<WL-MOONLIGHT>の持つ攻撃力は高いが、両武器の重量はそれなりにある。これ以上武器を積めば機体脚部の荷重制限を超えてしまい、機動力は落ちる。そのためか画像等を見る限り、背部には武器やレーダーが装備されていないのが確認できた。
戦闘スタイルは補給基地での戦闘の映像と撃破されたACのカメラログの画像によるタイムラインから高火力高機動を駆使しての短期決戦に特化した戦い方であるとしか予想できない。だがこの2つを装備しない構成もあるかも知れないので現状でそう決めつけるのは難しい。
あの特徴的なエンブレムについてはレイヴンズアークのデータベースに登録された過去40年の物に加えてリサーチャーのネットワークが独自に構築した更に30年遡る情報を基に調べてはみたが、該当するエンブレムを付けた機体は発見されていない。企業軍や独立傭兵、更には反企業勢力に所属していた機体も現在調査しているが望みは薄いといったところだった。
白いACの出現ポイントも先の補給基地はアライアンスの勢力圏内にあるが、アライアンスの部隊が襲撃された場所はそこから500キロ離れた中立圏をギリギリ掠めたポイント。ディーネル中佐から受け取った情報から所属不明機による攻撃があった地点も合わせると結構バラバラで最大で12,000キロ以上の距離の差があった。いくつかは武装組織の勢力圏内と中立圏での攻撃がある。詳細は軍機で明かされていないがいずれも作戦行動中であったとされる。
目的もまだわかっていない。その標的は様々で、ACにMTはもちろん、施設の徹底的な破壊があったことも記されていた。これら全てが<十字架の天使>によるものであるかはまだ定かではないが、AC単体で動くには範囲が大き過ぎる。何かしらの後ろ盾があるのではと感じた。
標的は無差別だが、他の武装勢力の様に声明等はここまで一切出していない。沈黙だけがこの機体からのメッセージ。
そして所属不明機によって撃破されたとされるACのリストを開く。リストには撃破された機体名とパイロット名、そしてエンブレムが表示されている。
アライアンス結成後からACに乗り始めた新米に旧企業軍所属ACパイロット。独立傭兵もいれば、AC乗りのテロリスト。そしてレイヴン。様々な名前が出てきているが一際目を引く名前があった。
“ガク・キリシマ“、”リュミエール”、”ムニール”、”ジェリー・ビーン”
この名前は皆、レイヴンズアークに所属していたレイヴンで、中にはアーク内で設定されているランキングでトップ30圏内にいた実力の高いレイヴンもいる。特にガク・キリシマとリュミエールはトップ15位圏内に入っていた事もある実力者だ。
仮に彼らを全て単独で撃破していたとすればこの<十字架の天使>を駆るパイロットの実力は相当なものである事は間違いない。ディーネル中佐が興味を示すのも分からなくはないなとクリフは思った。
ここまではアライアンス側の被害であったが、他の武装組織はどうかとクリフは自分が所有している端末を動かす。
リサーチャー間で情報共有するサイトからいくつかの情報をピックアップすると幾つかの武装組織でもディーネル中佐が言っていたような事態が同様にあった模様だ。いずれも所属不明のAC単機による攻撃で部隊が壊滅させられた、基地が破壊されたといった情報が数件ある。
以前に目を通した情報もあったが、リム・ファイヤーやジナイーダ等といった単独行動を取るレイヴンによるものと思っていたが改めてみるとそうでもなさそうに思えてきた。
そして、クリフはサイト内のあるページにアクセスしてみる。この間、このサイト内に「最近出没し始めた機体らしい」と一文を添えてACの画像を早速流しておいた。もちろんディーネル中佐の言い付けの通り、アライアンスからの依頼である事は悟られない様にしてある。
画像のトピックにはいくつかコメントが記されていた。
・--はぐれレイヴンの誰かだろう。最近出来た組織にいるかもしれないな。1週間前に2つ程、中規模の組織がまた出来ているが、そこの構成員と兵器編成はどうなっていたかな--
・--<ファシネイター>とシルエットが微妙に似ている。姉妹機の可能性があるな。交友関係を洗えば何か見つかりそうな気がするが、どうだろう--
・--高価なパーツを幾つか使っているが、金回りの良いレイヴンの誰かという線はあるね--
・--アライアンスのテスト機じゃないのか。キサラギ派が新型AC用パーツ開発のデータ取りをやっているという噂は聞いている--
等々といったコメントがあるが、その中にはクリフの興味を引くものもあった。
・--8日前、反アライアンス組織の基地を襲った機体に近い形をしているぞ。かなりぼやけているが、生き残りが撮った画像を付けておく--
そのコメントには1枚の画像が添付されていた。画像には不鮮明であったがACらしき影が映っている。シルエットも件のACとそっくりだ。
それに加えて2件、同じようなコメントと画像が記されてきた。どのコメントも記載された内容は情報としては少し乏しいが、いずれも精査する必要はある。
反アライアンス側の情報が少ないのは彼らでも現状がまだ把握できていないかもしれない。その中でも幾つかは規模の大きい組織はあるが、その組織でも情報部等の組織体系がアライアンスに比べるとしっかり整ってはいないのが現状。もう少し様子を見れば向こうからアプローチをしてくる可能性もある。
クリフはコーヒーカップを置き、壁に掛けてある時計を見た。時計の針は3時を指している。午後ではなく午前。
「だいぶ夜更かししちまったな」と独り呟くと、端末を閉じた。今日はこれ以上情報が上がってくる気配もないし、以前受けた別の調査依頼の準備もしなければならない。そして何より身体が休息を求めていた。クリフは部屋の隅に置かれたベッドに横たわるとそのまま眠りについた。
* * *
樹木が青々と生い茂った小高い山の斜面の中にMTが1機、うずくまる様にして佇んでいた。
機体は深緑を基調とした森林迷彩柄のマントに覆われおり、同様の塗装が機体にも施されている。機種はミラージュ製のMT<MT08-OSTRICH>であるが、頭頂部に本来備え付けている筈のライフルが無く、代わりに大型のカメラ。そして機体側面には小型の球形ポッドが1基、備えられている。
実はこの機体本来の型番と名称は<MT08R-OSTRICH-Recon>で、偵察用として改修された機体だ。脚部関節の構成等、細かいところでも原型機から改良されている。
MTの狭いコクピットの中にいるのはクリフで、固いシートに身を縮めながら昼食代わりのビーフジャーキーをかじっていた。片方の手はコンソール横にあるカメラのコントローラを動かしている。
カメラが向けられた先にはこの山同様に木々が深く生い茂った森が映し出されているが、所々には特攻兵器によるものだろう、小さなクレーターが幾つも点在していた。そしてその森の先には似つかわしくない人工的な光が見える。
アライアンスが所有する基地のひとつ。アルバタ基地であった。
クリフがここへ来たのは依頼である。依頼主はとある独立武装組織。
近々アルバタ基地へ攻撃を仕掛ける計画があるので、現在の基地周辺の設備や設置されている火器、機体の配備状況を知りたいとの事だった。
最近はこういった偵察任務じみた依頼も多い。軍事作戦に疎い素人同然の集団が多くなってきている所為もあるだろう。依頼主の組織もそういった手合いのひとつで、彼らの組織はアライアンスや他の武装勢力との戦闘による敗走の繰り返しで現在存続の危機に瀕しており、生き残りの為に他の反アライアンス組織と合流する為の交渉材料を探していた事をクリフは知っていた。
ある程度の線引きはしているが、この程度なら大丈夫だろうとクリフは判断してこの依頼を受けた。
MTの操縦免許を持っている事はこういう依頼も受けやすく、仕事の幅が広がって良い。ただ、戦闘機動は素人同然なので後方からコッソリと動くしかないが。
アルバタ基地は元々この広大な森林帯を管轄していたミラージュがこの地で稼働している林業プラントの警備部隊を駐留させる為に築いた小規模な基地のひとつでしかない。
そんな基地を攻撃する理由は大方予想つく。小規模とはいえ軍事基地であることは確かだ。基地を制圧したという実績を手土産に別組織に合流したいという考えなのだろう。もちろん、そんなことで別組織へと合流することは難しいが、彼らの今ある戦力で出来る精一杯の作戦なのだろう。
調査対象としてはやや物足りなさがあるが、自身が率いる組織を生き長らえさせる為に必死な感じが依頼主である組織のリーダーの声からは伺えたし、貰える報酬額が割と良かったのもクリフがこの依頼を受けた理由である。<十字架の天使>の調査に集中し過ぎるのは心身共に良くないだろう。
<十字架の天使>の調査を始めて6日経つ。進展は大きく進んでいないが、少しずつ情報が纏まってきた。
あれから分かったことはムニールとジェリー・ビーンを撃破したのがそれぞれ、リム・ファイヤー。そして彼と同様に独立行動を取っているレイヴンの1人、”Ω”の可能性が高いことが判ったこと。そして、いくつかの基地襲撃がレイヴンの”ムーム”が率いる武装組織の仕業であることが判明したことだ。<十字架の天使>に関する情報ではないが、これはディーネル中佐に報告できるものだろう。
そして、特攻兵器襲来後は武装組織を率いていたレイヴン、”パーム・パーム”が所属不明の白いACと交戦の末、撃破されたらしいという情報があのサイトにクリフが載せたトピックに上がった。
反アライアンス勢力側から具体性が少しある情報が出てきたのは初めてだった。ディーネル中佐が懸念していた反アライアンス勢力の協力者という可能性は低くなった。
この情報も早く精査したいところだったが、今は狭いMTのコクピットの中でカメラの設定を弄っている最中だった。大事な商売道具が肝心な時に動かなかったってことはしたくはない。
暫くしてカメラの動作テストが完了して準備も整い、メインモニターの横にあるサブモニターに映像が映し出される。
クリフのいる位置からアルバタ基地までは10キロ以上離れているが、偵察任務を遂行するために開発された高性能カメラなだけあって精度が非常に高い。サブモニターに映されたアルバタ基地のディテールがはっきりと見える。
だが、そのディテールが小規模基地にしては大きい。クリフはまさかと思い、コンソール右側にあるスイッチを押すと、機体側面に備えた小型のポッドが上空に飛び上がり、球形の本体横から2枚の回転翼を展開してそのままアルバタ基地に向けて飛行を始めた。これは偵察用ポッドで、自動操縦で目標座標まで飛ばして撮影出来るものだ。頭頂部のカメラで撮影できない死角もこれでフォローできる。
20分後、サブモニターを見たクリフは「あっ」と小さく声を上げた。木々に紛れさせながら基地周辺まで到着したポッドから送られてきた映像は自分が知っているアルバタ基地とは違うものを映し出していたからだ。
アライアンスの勢力圏内で反アライアンス組織の勢力圏に近い方にある基地ではあるが、その規模は小さく、戦略的な重要度はそこまで高くない。戦闘用MT4、5機程度とついでに戦闘ヘリも2、3機付けておけばあれば簡単に制圧可能そうな基地。それがアルバタ基地に対するこれまでの評価だった。だが、今映っているのはかつてのアルバタ基地とは全く違う姿を見せていた。
格納庫が増築され、基地周囲に高く設けられた壁の上には防衛用の対空機銃に加えて砲台もある。加えて複数の戦闘用MTの姿も確認できた。機種はいずれも<CR-MT85>の系列機。恐らくACも基地の大きさからいって配備されている可能性が高い。基地面積も3倍以上に広がっている。小規模なアルバタ基地が今では本格的な前線基地として増強されていた。
カメラが捉えた光景を見てクリフは「やってくれるな」と呟き、半ば呆れながらも感心した。
これこそがアライアンスの強みである。物資、兵力に関しては圧倒的なアドバンテージがある彼らからしてみれば、小規模基地の1つや2つはあっという間に増強出来る力を持っている。
さらに言えば、基地や輸送路が奪取されても、敵の情報網外にある拠点はいくらでもある。それを把握できる彼らにとってはそこを接収して整備して新たな拠点を作る事は容易い。
奪取されては別のところから接収しての繰り返しと、そうでなければ圧倒的な物量戦で奪い返せば良い。実質ここ数か月はずっとこの応酬である。それでも反アライアンスを掲げる組織が一向に減らないのは、彼らの強引過ぎる手段に嫌気を差す人間が増えている所為だ。
ポッドのカメラは輸送機等の離着陸させる為の滑走路も映していた。まだ1本だけだが更に増やすのだろう、作業用重機の姿もある。
「かなり増強しているぞ、この基地。これじゃ迂闊に手が出せねぇだろうな……」
そう言いながら、空になったビーフジャーキーの入っていた袋をシートの下に押し込む。もはや依頼主の組織程度の戦力では基地の制圧は無理だろう。返り討ちにされて全滅が関の山だ。この情報を彼らに渡した時、どんな反応をするのだろうか。このまま抵抗を続けるのか、それとも諦めて別の道を探すのか。
どちらを選ぶかは彼ら次第だが、クリフは後者であってほしいと思った。今の時代、生き残るためであればその選択も決して悪くない。自分がもたらす情報も無駄ではなくなるものだ。
「じゃあ、戻るとするか」
そう言ってクリフは偵察用ポッドを帰還モードにセットしようとした。いつまでも飛ばしておけば、いつ発見されるか分からない。そうすれば自身にも危険が及ぶ。
操作パネルに伸ばした手が止まる。サブモニターに複数の影が上空を動いているのが見えたからだ。鳥にしては等間隔で綺麗に飛んでいて、なにより大きい。それはアルバタ基地に向かって来ていた。
ポッドの操作を手動に切り替えてカメラをズームすると影の形がはっきりと見えてきた。戦闘用ヘリ6機と<クランウェル>1機がACを吊り下げている。地上にカメラを向けると、同じ方向に僅かであるが土煙が複数上がっているのが見えた。木々に隠れて姿は見えないが、速度からしてMTかACだろう。駐屯している部隊か。
だが、それが違うことにクリフは直ぐ気が付いた。<クランウェル>からACが2機切り離されて降下するのが見えたからだ。同時に随伴していた戦闘ヘリの速度が上がり、土煙も大きく舞い上がるのが判る。明らかに帰還する為の動きではない。これは武装勢力による襲撃だ。
「エライもんに出くわしちまったな」
そうクリフが呟いた瞬間、基地から警報のサイレンが鳴り響き、森のあちこちからは火柱が上がった。基地の格納庫から複数のMTとACが出てくるのも見える。静寂に包まれていた深い森は瞬く間に戦場と化した。
* * *
アルバタ基地から飛び出てきた四脚型ACは目の前から飛んでくる3機のヘリに向かって、右手に装備したアサルトライフルを発砲。しかしそれは命中することは無かった。ヘリ編隊が機体側面に備え付けてあるロケットを一斉に発射。ロケットはACに当たることなく、地面へ激突して小さな爆発を起こす。
一方、7機の<CR-MT85M>が基地に向かって森の中を駆け抜けていく。すると、木々の間から大きな火球が飛んできて、進攻してきた1機に直撃する。火球は周りの草木に巧妙にカモフラージュされた砲台から放たれたものだろう。MTはジェネレーターをやられたのか、大きな爆発を起こして辺りの草木を焼き払っていく。
残ったMTは、それを掻い潜り、依然として基地へ前進していく。その後ろから<クランウェル>から切り離された2機の中量二脚型のACがブースターを吹かしながら基地に向かってミサイルを放つ。基地の外壁に備えた砲台が直撃を受けて炎を上げた。
基地の格納庫から更に2機の中量二脚型ACが飛び出し、すぐさま左背部に備えたミサイルランチャーを構え、ミサイルをヘリ編隊に向けて放った。ミサイルがヘリの1機に命中して爆発。残ったヘリは散開して機銃をACに向けて発砲する。ACは攻撃を受けながらも右腕に装備したマシンガンを構えて反撃に転ずる。
襲撃部隊のMTとACが基地手前の防衛網を掻い潜り、基地に侵入。基地内にいたアライアンスの部隊と交戦を開始した。基地内から火柱が上がり、閃光が飛び交う。
すると、襲撃の部隊が侵攻してきた同じ方角から<クランウェル>がACを2機吊り下げて、基地の真上まで侵入してきた。
<クランウェル>はACを投下させると、そのまま戦闘領域から去ろうとするが、アライアンスのACが放ったミサイル攻撃を受け、機体各部から炎が噴き出した。堕ちる前にせめてはと思ったのか、本当にコントロールを失ってしまっていたのか。<クランウェル>は基地の格納庫の真上に墜落して爆発を起こす。
クランウェルから切り離されたACはブースト機動を駆使して地上からの対空砲火を避けながら基地内に降り立った。
機体はフロート型と重量二脚型で、フロート型は両腕にマシンガン、右背部にはミサイル、左背部にはレーダーを装備。もう一方は、右腕にバズーカ、左腕にはシールド、両背部にはミサイルを装備している。2機は機銃と砲台を素早く破壊して、アライアンスのACとMT部隊と戦闘を始めた。
カメラに映る襲撃側のMTには翼を広げた鴉を象った赤いエンブレムが付けられている。エンブレムには何か文字が書かれている様だが、流石に今いる位置からでは読み取れない。
見たことのない組織のものであったが、状況からして反アライアンス勢力のひとつで、グリーン・ホーンの組織と連合関係にある組織だとクリフは予想した。昨日、グリーン・ホーンの組織が率いる本隊が戦術部隊に敗走したというのは既に聞いていたが、作戦自体は継続している様だ。
彼らはアルバタ基地が増強していた事を知っていたのは間違いない。この襲撃はしっかりと準備されて行われたものだ。反アライアンス勢力も優れた情報網を持ったのだろう。優秀なリサーチャーを雇った可能性がある。
「グダグダになってきたな。この戦いにアライアンスが勝っても、この基地が使えるかどうか微妙だぞ……損害がデカくなってきやがった」
クリフはサブモニターの映像を眺めながら呟いていた。戦闘が始まって既に20分程経つが、未だに終わる気配はない。
モニターには映されているのは幾つかの火柱が立ち、数本の閃光が走っている基地の中に転がるMTの残骸と、双方の部隊のACが撃ち合いをしている光景だった。
森の中でも未だに戦闘は続いている。ここまで戦闘が長引いているのはお互いの技量が不足している為だろう。それはクリフにも一目でわかった。
パイロットが未熟でも、戦闘用ヘリはもとより、低出力レーザーや小型ライフル程度しか装備できない旧式MT相手なら火力の差では圧倒することはできた。それだけ戦場に於けるACの存在感は圧倒的で、戦局の大事な一手を担っていることを証明している。
しかし、いまだに基地から敵戦力を追い出せていないのは、兵の錬度が高くない状態で規模を増やしすぎた所為であることを露見させてしまっていた。
「あのおっさんはこの状況をどう見るんだろうね」
クリフはディーネル中佐の言葉を思い出した。彼は本部部隊と戦術部隊との技量の差を嘆いていた。この映像を見ると戦術部隊との差を縮めるにはまだまだ時間が掛かりそうなのが判ってしまう。
基地の中ではアライアンスのMTが武装組織のMTとヘリに向かってミサイルを発射している。その横では、双方のACが2機ずつ、建物を盾にしながら腕や肩に装備している武器を撃ち合っているが、一向に当たらず無闇に基地を破壊しているだけだった。
「ACに乗っているのは、襲撃側は2人ともアークのランキング下位クラスのヤツ。そんでもってアライアンス側は動きからしてどちらも新米パイロットだな。これがアリーナだったらブーイングの嵐だろうよ……」
滑走路付近で小さく、フロート型ACと中量二脚型ACが戦っている様子も画面端に映されていたが、今のクリフの眼中に無かった。
「これじゃ泥沼だな。どうせならもうちょい腕の良いレイヴンに来てもらいたかったぜ」
襲撃してきた部隊の展開の仕方を見て、クリフは基地の機能を最低限奪ってこの基地を奪うと予想していたが、どうやら基地自体を破壊するつもりらしい。
基地機能を徹底的に破壊して、自身の勢力圏に向けて展開している戦力を喪失させて一時的でも攻撃力を無くす。これならまだ十分な技量をもっていないパイロットでもこなすことは何とかできる。自分の予想が大きく外れてしまったことに軽い溜息が出た。
その時ポッドのカメラが新たな影を捉える。襲撃部隊がやってきた同じ方角であった。襲撃側の増援に違いない。影の正体はACを2機吊り下げた<クランウェル>。基地から少し離れたところでACは切り離される。
茶系統の迷彩塗装された逆間接型ACと赤と黒で塗装された中量二脚型のACが地上に降り立った。
「こいつらが真打ちって事か」
それを見てクリフは口元を緩めた。良いものが撮れそうだと確信出来る機体だと分かったからである。
<キャットフィッシュ>。そして<スカルスカーレット>
それはかつてアークのランキングトップ30圏内にいた実力者の駆るACだった。
* * *
『素人が。無闇に戦場を荒らし過ぎだ。大人しくMTと戯れていれば良かったものを』
『そう愚痴るな、パーシガー。俺たちの任務は敵戦力の無力化だ。おかげで獲物が弱り始めていると考えろ。ACもいるんだ。こいつらを仕留めて報酬を上乗せするとしよう』
<キャットフィッシュ>を駆る”パーシガー888”の吐き捨てる様な言葉に<スカルスカーレット>を駆る”サバス”は諭した。
火柱と煙が立ち込める基地に猛スピードで向かう2機は早速、最初の標的を定めた。滑走路でフロート型ACと撃ち合いをしている中量二脚型ACだ。
中量二脚型ACのパイロットは目の前にいる敵に向けて自機の持つアサルトライフルのトリガーを引くことだけに集中していた。しかし、フロート型の特徴である機動力に翻弄され、悪戯に弾を消費するだけ。一方でフロート型を駆るパイロットも機敏な機体に操縦の腕がついてこられないのか、急な減速をしてはまた加速をして繰り返しながらマシンガンを撃っている。両機体とも決定打が無い。
周りに他の機体がいないお陰で1対1の勝負を持ち込んでいると思っていた二脚型ACのパイロットは機体の異変に気が付いた。レーダーにノイズが走っている。頭部が損傷したのかと思ったが、ECMカウンターの数値が異常に上がっているのを見て、そうでは無い事に気づくが既に手遅れだった。
続いて機体に襲い掛かった衝撃。同時に機体の右腕が吹き飛ばされたと機体の損傷表示アイコンは右腕部分を赤く点滅させて知らせる。再び衝撃が襲った時には頭部が壊されたのか、モニターが一瞬ブラックアウトをしてコアの非常用カメラが映す低解像の画面になる。
そして、そこに映されていたのは自機の正面から両腕にバズーカを構えた逆間接型ACが今まさに自分に向けてバズーカを放つところだった。
一際大きい火柱が滑走路付近で立ち上がるのがクリフの機体のモニターに映される。
あっという間の出来事だ。<スカルスカーレット>のインサイドに装備されたECMメーカーでレーダーを無力化。位置を掴めなくなったところをメインカメラの死角から機体の各部を両腕の武器で破壊して反撃手段を奪う。機体の動きを封じたところで<キャットフィッシュ>がバズーカで確実に止めを刺す。
アークのランキングトップ30圏内にいた実績を持ったレイヴンだからこそ成せる業。ここがアリーナなら拍手喝采の嵐であることは間違いないだろう。だが、ここは戦場。返ってくるのは撃破された敵の断末魔と炎の華。
「こりゃまたアライアンスにとっちゃ厄介な奴らだ。ランカーが相手じゃ新米だとどうしようもねぇな」
クリフはモニターに映る2機のACを見やり、ヒュウと口笛を吹いた。そうしている内に2機は建物越しで撃ち合いを続けていたAC1機とMT2機を撃破していた。電光石火の素早い仕事。そう言うには相応しかった。
このAC2機の増援のお陰か、拮抗していた戦況は襲撃側へと傾き始める。虎の子であるACの数がアライアンスの方が上回っていても、パイロットはACの操縦を覚えたての新米。相手は特攻兵器襲来以前から戦い続けている正真正銘のレイヴン。実力差があまりにも違いすぎる。
『相手は素人。単独でも大丈夫そうだ。パーシガー、お前は連中の後退の援護と南側の残った火器類と敵を叩き潰せ。俺は素人共を潰す』
『了解だサバス。だが、報酬は山分けだぞ』
<スカルスカーレット>は隊長機と思しきACの方に。<キャットフィッシュ>は撃ち合いを止め、西側に後退をする味方機の方へと二手に分かれる。
隊長機のパイロットは正面から向かってくる<スカルスカーレット>の姿を確認すると背部のミサイルランチャーを発射した。6発のミサイルが<スカルスカーレット>に向けて突っ込んでいく。
<サバス>は飛来してくるミサイルを冷静に見てエクステンションを起動。<スカルスカーレット>の肩に装備された迎撃ミサイルで全て打ち落とすと、機体を急加速して敵ACから放たれるライフルの弾を回避しながら敵機の側面に回り込み、両腕に装備された武器を構えた。同時にコアに装備されたイクシードオービットを起動する。
アサルトライフル、ハンドガン、そしてイクシードオービットの一斉射撃による反撃を受けた隊長機のコアの装甲にいくつもの穴が穿ち、機体がよろめく。そこへ止めのミサイルを放つ。ミサイルは装甲を失ったコアへ命中。機体は爆散した。
キャットフィッシュも装備を失い、後退を始める味方のACを庇いながら外壁の砲台と格納庫付近で機銃掃射していた装甲車をミサイルで粉砕する。
「ああ、やっぱ本当は此処を占拠する気満々だったみたいだな」
2機の手際を見て自分の予想は間違ってはいなかった事に気付く。一方は脅威となる敵ACおよびMT部隊の掃討。もう一方は基地の防衛力の無力化。基地施設への攻撃は一切行ってはいない。
理想としては先遣隊が露払いをしてから本隊が本格的に防衛戦力を叩いて出来る限り無傷で手に入れる筈だったが、先遣隊の手際が悪すぎた。基地施設の大半は瓦礫と化してしまっている。
モニターからは、基地から何台かのヘリや装甲車が基地を離れていく様子が映し出されていた。先程まで戦っていたアライアンスのACやMTも抗戦しながらも基地の外へと後退しようとしている。
「この感じだとこの勝負はアライアンスの負けだな。まあ、しょうがねえか。基地があんなにボロボロになっちまったら、守る意味ももう無いからな。賢明な判断だよ」
アライアンスと武装組織の本格的な戦闘を見る事になるとは全く予想外の出来事であったが、息の合ったコンビネーションで戦闘を行う元ランカーレイヴンの戦闘が見られたのは良い収穫だった。そろそろ潮時だろう。長居は無用だ。
「さて、今度こそ戻るとするか」
そう言ってポッドを戻そうとした時だった。再びポッドのカメラがひとつの影を捉えた。今度は襲撃部隊がやってきた方角とは全く違う方角。低空で飛んできている。大きさからして恐らくACだ。
「アライアンス側の増援? 1機だけ? 戦術部隊のレイヴンか」
大勢はほぼ決した戦場で何が出来るのだろうか。やれることは撤退の支援位しか無いはずだが、もしかしたらあの2人とやりあうのかもしれない。クリフはポッドのカメラをズームさせてその姿を確認した。
だが、そこに映された姿にクリフは驚嘆した。
雪原に降り積もる新雪のような純白のAC。コアから発動されるオーバードブーストを使って周りの木々を震わせながら高速で飛ぶ姿はあたかも天使が羽を広げ、空を舞っている様に見えた。
大げさな表現かもしれないが、今のクリフにはそう見えたのだ。
「あれはまさか<十字架の天使>か?」
それは喜びなのか恐怖なのかはわからない。予想外の展開から更に予想外の来訪者の登場にクリフの体は震えていた。