ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第38話「Change」

 何だったのだろうか? 

 ヴィラスの頭の中はその言葉に支配されていた。

 <プロトエグゾス>との交戦。恐らく件の亡霊ACだと思われるその機体はスタークスの<シュバルツナーゲル>と共に撃破することに成功した。

 相次ぐ亡霊ACとの遭遇。<クランウェル>に吊られた愛機<ヴェスペロ>のコクピット内で揺れるヴィラスはその正体について考えた。

 思考を巡らせてもそう簡単に答えは出てくるものでもないが、ただ一つだけ確信めいたモノが頭の中で浮かんでくる。

 

 ──旧世代の遺産。

 

 具体的なモノまでは分からない。ただ、それが旧世代の遺産と繋がりがあるように感じてしまう。確証も無いのにそう考えてしまうのはやはりキサラギの工廠で遭遇した紅い機体の所為であろう。<プロトエグゾス>とあの機体の色が重なった。

 あの機体が何か関係あるのか? 旧世代の遺産は死んだ人間までも蘇らせる力があるのか? あの技術はどこまでできるのか? 未知なるものに対する色々な憶測がヴィラスの頭の中で駆け巡っては消えていく。

 過去の遺物が濁流の様に押し寄せて全てを飲み込み、自分たちもその一部になる。あの日見た光景と重なって、そんなイメージが浮かび上がる。

 くだらない。

 安直過ぎると頭を激しく振ってヴィラスは掻き消そうとする。疲労の溜まった脳が余計な事を考えさせている。そうに違いない。

 

 『ガレージにもうすぐ到着する。脚部は大丈夫だろうな? 到着準備をしておいてくれ』

 

 <クランウェル>のパイロットの声が不意に入ってきてハッとする。

 ──もう着いたのか。ヴィラスはコンソールパネルを触り、機体状況の確認。脚部にも損傷はあるものの、動かすには支障はない。コントロールスティックを握り、機体を降ろす準備をする。

 ガレージに到着後、<ヴェスペロ>を整備ブースへと降ろすと、すぐさま整備班が駆けつけて修理の準備を始めるのが見えた。ヴィラスは機体から降りる。

 場合によっては手伝う必要があるかもしれない、というのが<ヴェスペロ>の姿を見たヴィラスの第一印象だ。思っていた以上に機体の外装は損傷していた。修理に時間が掛かるのは容易に想像出来る。それから整備班からの小言も。

 ただ、乗り手の事は抜きにしても、トップランカーの機体相手にしてはまだマシと言っても良いかもしれないと心の中で慰めた。

 アリーナのエキシビションマッチでランカーAC<アイアンL-OW75>と戦った時の事を思い出す。狭い倉庫内での戦闘で敵機の高火力の前に30秒も持たずに沈んだ。修理費こそはアーク持ちであったが、ほぼ全損に近いくらいに破壊されたフレーム構成パーツを見て、実戦であったらと想像するだけでゾッとした記憶が蘇る。それだけ自分とトップクラスのランカーとは機体性能はもとより実力の差があったという事だ。

 

 「久々に派手に壊してしてきたな。今日の賭けはエリカが総取り。俺は162ドル持っていかれちまった……最近は負け続きなんだ。これで酔えなくなっちまったらどうしてくれる」

 

 アントニーがスパナで肩を叩きながら上がってきた。不機嫌そうな声は機体を壊してきた事より賭けに負けたことの方への比率が高そうである。下を見ればエリカが両手に持った大量の紙幣をヒラつかせて満足気な表情をヴィラスに向けていた。

 

 「やらなきゃいいのに……」と溜息交じりにヴィラス。「勝ちは無くなるが、負けも無い」

 「アホ抜かせ。俺らの楽しみが無くなっちまうよ。ただでさえ娯楽らしい娯楽なんて半年以上ご無沙汰なんだ。退屈で死んじまう」

 「──俺の金じゃないからいいけど……それより、どれくらい掛かる?」

 「各パーツの装甲板は言わずもがな。内装はこれから見るけど、帰還時の動きを見た限りでは致命的な損傷はなさそうだ。最短で6時間。予備パーツ使えば2時間短縮出来る」

 「予備のストックがある。それを出すよ」

 「あいよ。しかし、この壊しっぷりは……ACとやりあったか?」

 「……? ああ。そうだが、どうした?」

 「もしかして……噂の亡霊か?」

 

 声を小さく落としてアントニーが聞いてきた。

 

 「……なんだよ、急に」

 「ウィルソンの班が受け持っているストリングプラーが30分程前に帰ってきたんだが、野郎、戦死したローナー・コーナーの<サッドスマイル>に遭遇したってパニくっててよ。この間の事もあるし、どうかなって聞いてみた」

 「多分、そうだ。スタークスの協力があったが、俺が相手したのは<プロトエグゾス>だった」

 「オイオイオイ……」とアントニーの動揺する声。「トップランカーの一人じゃねぇか。なにサラッと言っているんだよ。マジで言っているのか」

 「嘘じゃない。後でログを見れば分かる。ちなみにスタークスは俺と合流前に<ヴェーネルネージュ>と交戦したらしい」

 「今日だけで3機もか……<ヴェーネルネージュ>は分からんが……一体どうなっているんだ?」

 「俺も知りたい。死者が蘇って戦場をうろつく。まだそんな時期じゃないだろう」

 「まあ、この世に舞い戻りたいって気持ちは分からなくもないかもしれん。特攻兵器にやられたヤツなんて特には」

 「アントニーは信じているのか? 幽霊なんてのは」

 「一応、肯定派かな。見た事がないんでね」

 「普通逆じゃないか? 見たこと無いのに信じるって」

 「いるともいないとも実証されていない。なら、いるって事にしておいた方が色々と都合がいい。話のタネにも出来るからな。だが、コイツらは偽物だと俺は思うね。機体まであの世から化けて出てくるなんていくら何でもそりゃないだろ」

 「それは、俺も同じ考えだ」

 「まあ、本当にいるならばこっちに顔を出して欲しいものだよ。俺が受け持ったヤツらには一言言っておかなきゃ気が済まないんでな」

 「何かあったのか?」

 「負け逃げは許さねぇぞってな。レイヴンの何人かからは賭けの勝ち分回収出来ていねぇんだよ。取り立てたくても出来ねぇ。あの時はコームでやり合ったから、確か12,000コームくらいはあったよ」

 「12,000?!」

 

 ヴィラスの目が思わず見開いた。12,000コームは比較的難度の低いミッション報酬くらいの金額で、レイヴンからすれば安い方だと見られがちだが、それはアーマード・コアという兵器を運用するという前提での見方。一般市民からすれば数十年は遊んで暮らせる金額である。

 

 「レイヴンってのは気前の良いヤツが割といるからな。カモになるのがいればこれくらいは稼げるのさ」

 

 得意げな表情を浮かべるアントニー。結構荒稼ぎをしていたらしい。

 

 「俺の方でやる事は?」

 

 溜息を吐きながらヴィラスは尋ねた。

 

 「今のところは俺の班だけで大丈夫かな。トップランカーのACとやり合ったんだろ? お前は休んでおけよ」

 

 そう言って視線を下に向けたアントニーに倣い、ヴィラスも下に視線を向けるとそこにはバスケットを持ったルシーナの姿。それを見ると安堵感と空腹感が同時にやって来る。

 お言葉に甘えて休ませてもらおう。「何かあったら呼んでくれ」とアントニーに告げてヴィラスはタラップから降りた。

 

 「お帰りなさい。ヴィラス」

 

 ルシーナの表情も安堵感で溢れていた。あの戦闘をオペレーションルームから眺めていたのだから当然だろうとヴィラスは思う。

 

 「スタークスは救護班と共に病院に向かったとの事よ。もう大丈夫」

 「そうか。骨折の具合がどうかは気になるけど……意識もはっきりとしていたし、問題は無さそうだな」

 

 報告を聞いてヴィラスはホッと息を吐く。あとは早期復帰できる程度で済んでくれればいいと祈るだけだ。

 

 「──あと、ルシーナ……」

 

 ヴィラスはルシーナの顔をしっかりと見据えた。

 

 「ありがとう。君の判断が無ければ俺はあのままやられていた。生きて帰ってこられたのはルシーナのおかげだ」

 「私はヴィラスが生き残れる為にやれる事をやっただけ。でも、まだまだよ。スタークスと合流した後は戦況を見つめる事しかほぼ出来なかった」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべたルシーナであったが、声には覇気がある。前の様に自信を喪失したか細い声ではない。「次こそはもっとやってみせる」という意思が感じ取れる。この間の事はもう引き摺っていない。そこにヴィラスは安心した。

 ルシーナも確実に経験を積んで成長しているという事なのだろう。一気に変わるのは難しいが、意識して変化をしようとしている。

 ヴィラス自身もパイロットとしてはある程度経験はしているが、レイヴンとしてはまだ1年と少ししか経っていない。そういう意味ではまだ成熟しているとは言い難い。これまで以上に頼れる存在になってくれるのはお互いにとって嬉しい事だ。生き残れる可能性が大きく上がる。

 

 「それにしてもあの機体は……」

 「機体自体は間違いなく<プロトエグゾス>だったよ。けど中身は多分違う。スタークスもそう言っていた」

「前と同じように亡霊機の可能性が高いという事ね。一応ヴィラスが戻る前に少し調べてみたの──」

 

 そう言ってルシーナはタブレット端末を動かして画面を見せた。

 

 「アリーナを含む戦闘データから挙動の傾向を確認してみたけど、確かに今回の戦闘における挙動は過去のイツァム・ナーの戦闘機動とは少し異なる傾向にあった事が確認できたの」

 

 端末には細かい数値が項目ごとに記されている。項目はブースター持続時間に平均速度や滞空時間、各武器の使用率や命中率等であった。それが今回の戦闘で得られた数値と比較されている。

 

 「トップアタックの比率が少ないな」

 

 それは戦闘中でも何となく感じてはいた。イツァム・ナーが得意とするトップアタックからのラッシュ。強化手術による神経接続でブースト出力のリミッターカットをしているらしく、長時間の滞空時間はそれによって可能にしていた。だが、今回の戦闘はその傾向は少なかった。どちらかと言えば地上戦が多い。これが乗っているのがイツァム・ナーではないと考えられる一番の要因であった。

 武装の使用比率も距離ごとの使用率と命中率に過去のデータと幾分差がある。1対2の状況であったからかもしれないが、無視は出来ない数値。

 更にルシーナは端末を動かしてそれらの数値をグラフ化させる。図式化しての比較で違いがより分かり易くなった。パッと見たところ今回と過去のデータから出された各種項目の比率は真逆に近い。戦闘スタイルをガラリと一新させたとは少し考えにくい。別物と考えた方が良いだろう。

 

 「このデータ、もう少し見させてもらっても良いか?」

 「ヴィラスの端末にはもう送ってあるわ。そう言うだろうと思って」

 「早いな……」とヴィラスは思わず苦笑いする。流石はパートナー。自分の考えはお見通しであった。

 「もう少し調べてみたい。場合によってはリサーチャーに依頼しようか考えている」

 「リサーチャーってこの間のクリフっていう人?」

 「彼は忙しそうだが……俺がコンタクトを取れるのはクリフしかいないからな。聞いてはみようと思う」

 

 「じゃあ、これ」とルシーナはバスケットを渡した。中にはいつものハムとベーコンのサンドに紅茶とコーンスープが入ったポッド。それに加えて冷凍したストロベリーとブルーベリーを解凍したもの。時々出す貴重なフルーツだ。

 

 「亡霊機かもしれないけど、<プロトエグゾス>を撃破したという事でアークが報酬に少し色を付けてくれたの。だからこれは私のからもささやかだけど、追加報酬」

 

 ほんの少しだけ豪華になった食事だが、これはヴィラスにとって嬉しい事だ。疲れている身体にこれらのフルーツはありがたい。

 

 「ありがとう。部屋でゆっくりと食べさせてもらうよ」

 あらためて生きて帰れて良かったと実感する。まずは食事で英気を養おう。それからデータの調査をどうやるか決める。そうヴィラスは考えた。

 

 「アーク登録番号AR200584P0304。レイヴンネーム、ヴィラスは君だね」

 

 後ろから男の声。不意に来た声にヴィラスとルシーナは一瞬驚くも、すぐに声のある方に身体を向けた。

 

 「お喋りの途中に失礼した。私はレイヴンズアーク保安部のラシッド・アル・ザハムディ。帰還直後でお疲れのところ悪いが、聞きたいことがある」

 

 両手を前に組んで突っ立つ髭を生やした黒いスーツ姿の男。顔は怪我をしたのだろうか、数か所に絆創膏が貼られていた。アークの人間と名乗っているが、友好的な態度を取るつもりは無さそうだとヴィラスは直感する。

 

 「保安部? それが俺に何の用だ」

 

 当然の疑問だった。保安部と言えばアーク内の秩序を乱した者やアークに対して敵対行動を取った者を取り締まる部門だとは聞いている。自分が品行方正な人物だとは思っていないが、少なくともアークで彼らの目に付けられるような行動を起こした覚えはない。

 

 「聞きたいのは君の事ではなく、あるリサーチャーの事だ。名前はクリフ・オーランド。彼を知っているな?」

 「ああ、調査依頼をしたことがある。それだけだ」

 

 どうやらクリフはアークとひと悶着起こしたらしい。ヴィラスの顔を真っ直ぐと見据えて聞いてきたラシッドの質問に即答した。短い言葉だが、声に圧があり、尋問に手慣れていそうな雰囲気だ。下手にはぐらかす様な答え方をしないのが賢明だと判断した。

 

 「結構。クリフ・オーランドには何の依頼を?」

 「ミッション中に遭遇した所属不明ACについて。セントラル・アークでの調査任務だ。それと独立武装勢力からの依頼で受けたミッション中に遭遇した亡霊ACについてもだ」

 「それだけか?」

 「その2つだけだ」

 

 依頼の事を話した時、ラシッドの双眸が細くなったのを見逃さなかった。

 

 「亡霊ACか……まあいい、彼が何処にいるか君は聞いているか?」

 「聞いていない。俺とクリフは専属契約なんか結んでいないからな。互いに個人的なやり取りはしていない」

 「彼と最後にコンタクトしたのは? ついでにコンタクトの方法も聞いておこう」

 「5日前にこのガレージで依頼した結果の報告を直接受けただけだ。これ以上は分からない」

 「──よく分かった。手間を掛けさせたな。質問は以上だ」

 

 直立不動だった状態を少し崩してラシッドはそう言うと、踵を返す。言葉の通り、話は終わりという事だろう。やけにあっさりとしている。だが、歩き出す前にラシッドはヴィラスたちに振り向いた。

 

 「私から忠告をしておこう。リサーチャーとの関わりは考えて持った方が良い。少なくとも、あのリサーチャーは君にとって不利益をもたらす者だ。もし、彼からコンタクトがあった場合、保安部に知らせる様に」

 

 先程よりも圧の強い声。隠し立てはするなと暗に言っている様だ。

 ヴィラスは無駄だと半分確信しているが、取り敢えず聞いてみる。

 

 「クリフが何をした? 俺の知っている限りではリサーチャーの職務をこなしているだけだったようだが」

 「機密だ」ラシッドは即答。「これは君らの出る幕では無い。余計な口は挟まないでもらおう」

 

 そう言ってラシッドはあらためてヴィラスたちの方を向き直す。

 

 「それともうひとつあった。亡霊ACとやらには深入りする必要は無い。我々のデータベースサーバに無駄なリソースを割かせるな」

 

 今度はルシーナの方にも視線を向けている。監視対象はレイヴンだけではない。彼女の行動も把握しているようだった。

 

 「規定の逸脱行為は場合によってはAC使用資格剥奪にガレージからの追放。君もだ。ルシーナ・フローベルガー。オペレーターも同様に資格剥奪があるのを忘れるな」

 

 随分な物言いだ。保安部の人間であろうが言われっぱなしも癪に障る。

 

 「あんたは幽霊を信じているのか?」

 

 一歩前に出てヴィラスは言い放つ。

 

 「何が言いたい?」

 「言葉の通りだ」

 「そんな見られないものを信じられる程、私はロマンチストではない」

 「俺も同じだ。信じちゃいない。今回ルシーナの取った行動はそれの証明する為の検証だ。交戦相手についてのデータ検証でデータベースへのアクセスは俺たちにも権利がある。ルールからは外れてはいない筈だ。いちゃもんを付けてくるな」

 

 「口答えする気か」とラシッド。声が低くなっている。

 

 「アークの規約にも記述されている。確認することだ。それとも亡霊ACについて突っ込まれるとあんたらに何か不都合があるのか?」

 「私を困らせるなよ、若造」

 

 少々言葉が過ぎたかとヴィラスはラシッドの両拳が強く握られるのを見て何かしてくるのかと身構える。

 だが、ラシッドは深く溜息を吐き、すぐに拳を緩めた。視線はヴィラスの後ろに向かれており、そちらに向けるとアントニーたち整備班がそこに立っていた。中には大きな工具を手の平で強く叩きながら威嚇している者もいる。

 

 「ここで厄介事を起こすんじゃねぇぞ。オイ、この野郎。保安部だか何だか知らんが、ここはガレージ関係者以外許可なしでの立ち入りは禁止だ。分かってんのか?」

 

 先頭に立っていたアントニーが手に持っていたスパナをラシッドに向けた。

 

 「顔面に沢山青たんを作ってもっと派手な顔で病院行くか、そのまま真っ直ぐ帰るか。どっちを選ぶんだ? モヤシ野郎」

 

 アントニーの隣に立つ大柄な男が指を鳴らしながら続けて言ってきた。

 

 「ここにいる連中、あたし以外素寒貧になって機嫌が悪いからどうなっても知らないよ」

 

 更にエリカが啖呵を切る。騒ぎに気が付いたのか、他の整備班やレイヴンも集まってきた。

 

 「このままじゃ、穏便には済まなさそうだな」

 

 そう呟いて周りを一瞥したラシッドは小さく鼻を鳴らし、「互いに痛い思いはしたくないだろ」と吐き捨てて足早に去っていく。暫くして外から輸送機のエンジン音。この日ガレージには物資の輸送があったが、それに乗ってきたのだろう。

 ガレージにほんの少し漂っていた緊張は程なくして解かれ、またいつもの喧騒が戻る。それぞれの持ち場に戻るなか、残ったのはヴィラスとルシーナ、そしてアントニーだ。

 

 「すまない、アントニー。助かっ──」

 

 頭を下げたヴィラスの頭にスパナが軽く小突かれる。

 

 「厄介事を起こすなっていうのはお前にも言っているんだぞ。アークの規約にも書いてあるだろ」

 「悪かった。ついカッとなってしまったよ」

 

 ヴィラスは頭をさする。軽くとはいえ、先端でやられたので結構痛い。

 

 「カッとなるって……お前らしくもないじゃないか。まあ、喧嘩沙汰にならなくて良かったよ。頭を冷やすという意味でもさっさと休んでおきな」

 

 そう言ってアントニーも持ち場に戻っていく。確かに自分らしくなかったと先程の立ち振る舞いを思い直す。だがそれでもあの時は言い返さずにはいられなかった。規約云々よりもルシーナの事を非難しようとしたラシッドの態度がどうしても許せなかったというのが正直な気持ちだった。正当な手段でアクセスしている筈だ。外からあれこれ言われる筋合いはない。

 

 「ルシーナ、気にするな」

 「大丈夫。怖くなかったから」

 

 あっけらかんとした表情を浮かべているルシーナを見て、表情には出さなかったがヴィラスは驚く。なかなか強かになってきているなとパートナーの顔を見つめた。

 

 「でも、ヴィラスが私を庇おうとしてくれたのは分かったわ。ありがとう」

 

 自分の気持ちは読み取られていたらしい。表に出したつもりはなかったが、自分の感情がそんなに出ていたのか。

 あの時どんな表情を浮かべていたのだろう。確かに怒っていたが、努めて冷静に言い放ったつもりだ。だがそれもルシーナから見たら相当単純でかつ分かりやすい顔をしていたのかもしれない。

 案外自分は感情コントロールが下手なのか。いや、そうであるのを分かっていながらもその事から目を逸らしていたのが事実で、単にそれを悟られないような振る舞いをしていただけだ。それを露呈しただけである。

 しかし、それが不愉快ではないのはルシーナを含むこのガレージの人間関係がヴィラスの心境を変えていたからだろう。特攻兵器襲来によるアークの機能低下という特殊な状況が対人コミュニケーション不全の矯正をする機会を作ることが出来た。無意識であったが、結果としてそれが良い方向へ変われた。

 

 「クリフとの連絡はどうするの? 保安部にマークされちゃったぽいけど……」

 「頼れる伝手が彼しかいない。なんとかしてみるつもりだ」

 

 リサーチャー等の伝手はちゃんと築いておくべきだったなと今更ながら後悔する。自分のコミュニケーション構築能力の足りなさがこういうところでツケとなって出てきた形になった。グリーン・ホーンの様にまでとは言わないが、もう少しそういう能力が欲しいと思ってしまった。

 

 「私の方でもあのデータをもう少し精査してみる。何かあったら知らせるから、今は休んで」

 「……そうさせてもらおう」

 

 ラシッドの所為で余計に疲れた。早いところそれらをサッパリとさせておきたい。それとバスケットに入っているサンドイッチは温かいうちに食べておきたいのがヴィラスの今の思いであった。

 

 

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