ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第39話「Possibility」

 「状況は?」

 『ガラブ砂漠S53区。例の未確認機撃破の情報は確かです。ジャック・O』

 

 通信用コンソールの前に立つジャック・Oはエージェントのシェイン・ファレムからの報告を聞くと、静かにそして深く溜息を吐いた。

 

 「念のため、聞いておこう。撃破したのは?」

 『ファントムの<ストレイタス>だと聞いています』

 

 ファントム。そして<ストレイタス>。その名前にジャック・Oは微かに首を捻った。

 

 「<ストレイタス>の構成は?」

 『交戦直後に記録されたカメラログからタンク型であった事は確認しています』

 

 モニターにAC<ストレイタス>の写真が表示される。シェインの言う通り重武装されたホバータンク型。パイロットであるファントムは最近になって活動を再開した元アーク所属のレイヴンだが、このレイヴンはジャック・Oがよく知るファントムとは別のレイヴンであった。

 ジノーヴィーたちより少し前に台頭していたトップランカーのひとりで、重量二脚型AC<ストレイタス>を駆るレイヴン。軽量二脚型AC<天地人>を駆る虚空と共に二強時代を築いていたこともあった。だが、この2人のレイヴンは共にナービス領の紛争より以前、相次いで作戦中に忽然と消息を絶ち、今に至る。

 その名を聞くとどうしても感情が揺さぶられるのはトップランカーであったレイヴンの再会を望む故か。

 タンク型AC<ストレイタス>を駆るファントムと名乗るレイヴンはその名前とエンブレムを拝借した偽物とも呼べる存在。この手の者はよくいる。自称後継者や血縁者に戦友など……挙げればキリがない。

 ただ、この状況下で未だ生き残っているその実力は認めなくてはならない。紛い物から本物の強者となり得る力をこのレイヴンは持てるかもしれないだろうと、ジャック・Oは微かにその可能性を見出した。

 

 『追跡はどうされますか?』

 「<ストレイタス>についてはひとまず放っておいても良い。君は当初の予定通り、ホルボス採掘場跡周辺における武装勢力の動向調査を続行してくれ。それと──」

 

 一旦言葉が途切れるが、拳を握り締めて言葉を出した。

 

 「例の機体のアップデート機が既にサークシティ地下から出て行った。その機体の動きにも注意して行動するよう情報部全体に周知しろ。対応はこれまでと変わらない。──手を出すな」

 『了解しました』

 

 通信が切れる。ジャック・Oは真っ暗になったモニターを無言で見つめ続けた。暫しの沈黙は望まぬ事態が起きてしまったという事実をしっかりと胸に刻み込む為。

 これからもこういう事は起こり得る。まだ最悪では無いが、それに向かっているという予感はある。

 このケリは自らがつけなければならない。

 その沈黙を割り込むように背後から複数の足音が喧しく響く。

 

 「ジャック・O」と三枝博士の声。ジャック・Oが振り向くと部下の研究員を引き連れて三枝博士が立っていた。

 「サークシティ地下からのエネルギー反応値がこれまでで最高の数値が出ています。例の機体ですが、熱源の大きさと監視カメラに残された画像からしてACとの戦闘データの蓄積が大きく反映された結果、ACサイズまで成長していると思われます。恐らく火力も相応に向上しており、装甲強度もこれから検証していけば──」

 

 三枝博士は捲し立てる様に言葉を出す。その声色には興奮が隠し切れていないのがジャック・Oには分かった。無理もないのは承知しているが、やはり今の心境で努めて冷静に聞くのは難しい。右のこめかみに指を当てて込み上がりそうになる感情を堪えた。

 今から2時間ほど前の事だった。ガラブ砂漠において独立武装勢力とバーテックスの前線部隊が衝突。交戦中に正体不明機が乱入して混戦状態となった。

 その正体不明機は約2週間前にサークシティ地下から姿を消したMTに似た機体。早々に前線部隊が全滅してしまったので詳細は分からないが、独立武装勢力が雇っていたファントムによって正体不明機は撃破された。

 こちらで抑えることが出来れば理想的であったが、野に放たれたと言っても良いあの機体が他の勢力と交戦して撃破されてしまうという望ましくない事態。

 予想通り機体の撃破が確認された直後、サークシティ地下で大き目の地震とエネルギー反応が観測された。そして以前と同様に地下から機体が飛び出していき、行方をくらます。

 三枝博士が見せたタブレット端末の画面には<ストレイタス>との戦闘データが反映されたのか、タンク型ACによく似たシルエットの機体が表示されている。これも成長途中の姿だろう。この抗争が長引き、ACとの交戦機会が増えれば更なる成長が見られるのかもしれない。

 だが、それを見届けるつもりはジャック・Oにはなかった。

 

 「やはり……」

 

 早々に行動を移さなければならない。その思いが強くなり、待たなければならないという状況も相まって拍車をかける。しかし、何の策も取らずに対処は出来ないのも事実だ。

 状況によっては自ら出向いていくしかない。バーテックスの首領という立場であればそれは組織の存亡に直結し兼ねない危険な賭け。それでも可能性があるのであればその選択肢もあり得る。

 

 「──今回の新型機の出現において地下施設で起きた一連の動きは前回までとは違う反応値の推移を示しており、この事象は特攻兵器群の動きにまた変化が表れる可能性があります」

 「……段階が変わるという訳か」

 

 思考に割り込んできた三枝博士の言葉の意味を辛うじて受け止める。

 

 「そうです。現段階であればまだ地下施設の動きは小康状態にあります。ですから──」

 「許可は出来ない」

 

 三枝博士の言葉を遮る。その言葉の先に潜む危うさを予見できたからだ。冷静さを失っているのは言葉の端から感じ取られた。何を起こすのか分からないが、彼女らの力では不相応の事であるだけははっきりと分かる。

 

 「この変異は地下施設全体に影響を及ぼしております。特攻兵器の動きも弱くなりつつある今であれば、中枢に調査させる人員及び機材を出せます。このチャンスを生かし、あの兵器を……いえ、施設を制御する術を見つけられる事が出来る──」

 「くどい」

 

 本音が漏れたか、とジャック・Oは食い下がろうとする三枝博士の言葉をもう一度遮ってひと睨みする。

 

 「やるべきことは変わらない。先程出現した機体はこれより要監視対象として我々で抑える方針でいく。三枝博士、君たちはあの機体についてのスペック確認と地下施設の変異の傾向調査だ」

 「ですが……」

 「これ以上の手出しは許さない」

 

 三枝博士の小さな右肩にジャック・Oの大きな左手が置かれる。小さく身震いする三枝博士。それがどんな感情なのかジャック・Oは知る由もない。

 

 「力と知識の過信は大きな過ちを呼ぶ。貴方はよく知っている筈だ」

 「……はい、それは十分に……」

 

 肩に食い込んできた指。微かに痛みが走る。それ程強い力ではないので振り払う事は出来る筈だが、それが出来なかったのはジャック・Oの圧の所為だろうと三枝博士は畏れを抱く。

 

 「貴方には相応の振る舞いがある。それに見合う役目を果たせ」

 そう言ってジャック・Oの手が肩から離れる。それで解放されたと捉える事が三枝博士には出来なかった。

 遠ざかっていく足音を聞きながら三枝博士は痛みの残る肩をさすり、ジャック・Oとは別の方へ足を向けた。

 

 

    *     *     *

 

 やり直す。これが自身に課せられた使命。そうクリフは考えている。

 コネと金を駆使してノースクラウンの果てにあるジノーヴィーの個人ガレージに再び戻ってきた。

 何故この場所にというのもクリフには漠然としていたが、ここしかないという直感であった。

 もう一度情報を集めていくことから始める。

 あの男、いやその後ろに居る者がこの手に持っている端末を狙ってきた理由を。当然、その過程で<十字架の天使>の情報も拾う事が出来れば尚よし。

 フライボーイへはアークの関係者らしき人物に襲われた件は連絡しておいた。アークの関係者であれば、フライボーイにも何かしらの干渉が出てくるかもしれない。

 フライボーイからは今のところ身の回りで特に変わった事はないとのことだが、こちらの身の安全の心配とアークが絡んでいる可能性も触れて互いに注意し合おうという旨のメッセージ。それと共に自分がジノーヴィーの端末を渡してしまったばかりに厄介事に巻き込まれてしまった事についての謝罪の言葉が送られてきた。

 ここまで大きな事態になるとは思ってもいなかったのだろう。寧ろそちらの方をフライボーイは気にしていた様だった。

 確かに端末さえ受け取らなければこんな事にはならなかっただろう。だが、これは自ら飛び込んでいった事であり、これは予想外の出来事でもあった。この件に関してフライボーイが負い目を感じる必要は全く無いとクリフは思っている。

 怖くないというのは嘘になるが、リサーチャーという仕事柄、いつかはこういう事にも遭遇するかもしれないと覚悟はしていた。踏み込んでしまった以上、後戻りはもう出来ないし、もう少しで掴めそうなものを目の前にして逃げるのはリサーチャーの沽券に関わるという小さく一丁前なプライドもあった。

 どこまで臆病になり、どこまで果敢になれるか。後は自分の立ち回り方次第だ。

 ──だからもう一度戻ってきた。

 ドアの鍵は掛けられていたのでピッキング道具で開けて入る。先日来た時と同じ風景。若干埃が増えたくらいか。そして再び地下のガレージ本体へ。

 照明が点いたガレージを見渡す。あの時は隅々まで見られなかったが、改めて見ると結構な広さであった事を認識する。パーツ保管棚に置かれている<CR-H97XS-EYE>のカメラアイがクリフを静かに見下ろしていた。照明に照らされてもその漆黒の装甲は輝く事無く静かに佇んでいる。

 

 「お前さんは何を見て来たんだい?」

 

 その問いに答えは返っては来ない。持ち主がもう戻ることの無いガレージでこのパーツもやがて静かに朽ちていくのだろう。

 手掛かりがあるとすれば居住スペース周りだろうか。フライボーイも恐らくそこならば何かあるのかもしれないと伝えてくれた。整理整頓されたスペース。かつての自分の部屋と違って探し回るには苦にはならなそうであった。

 「失礼するよ」と呟いて手始めにデスク周りの棚に入れてあったフォルダを開けてみる。ここは義理の息子であるフライボーイですらあまり触れられていなかった場所だ。

 中は愛機<デュアルフェイス>の整備記録。大抵は電子化されている筈だが、ジノーヴィーは紙でも残しておくタイプだったのだろう。機体各所のチェックリストには直筆でパーツの状態や要求値等を細かく記載している。

 恐らく整備後のテスト稼働での気付きをこれで整備士たちに知らせていたに違いない。これもトップランカーとして長らく君臨していた理由のひとつだろうなとクリフは思う。機体も常に完璧な状態まで妥協なく仕上げる。万全な機体に卓越した操縦技能が合わさってあの強さが生まれるという事だ。

 人機一体。ジノーヴィーをはじめとするトップクラスのランカーにこそ、この言葉が相応しい。

 精査するのは後回しにすべきだが、この膨大な資料を目の前にして素通りする程無頓着な人間ではない。クリフは幾つか手に取ってみる。

 デスク周りにあるフォルダは全てそれであった。膨大な量があり、奥にはルーキー時代と思しきものもある。この頃から習慣づけていたらしい。ある意味で整備士泣かせなレイヴンだったのだろう。

 最後の記録は日付からしてベイロードシティでの戦闘の前日。この日の記録書は余白が無くなるくらいにかなり細かい修正指示が記載されていた。まるでその後の戦いを予見していたかの様に。

 別の棚には任務報告書。レイヴンズアークでの任務とクレストでの任務はしっかりと分けて保管されていた。この几帳面さは自分とは大違いだとクリフは実感する。書類は種類毎に分けているつもりだが、割と大雑把なところがあったりするからだ。端末内にも保管されていたのは知っているが、やはり紙に残してあるものにはジノーヴィーが直筆でメモを残してある。

 ミッションのタイムラインに沿ってどの相手にどの様な動きをしてどの武器を使ったか。恐らくはメインコンピュータ内に保存された戦闘ログを基に自身の動きと機体の動きを検討して更なる高度な戦闘機動の可能性を探って得られたものをこうして書き残しているのだ。戦場で戦い抜く為であり、生き残る為でもある。

 1発被弾しただけでパニックになってしまう様な自分とは違う。臆病とは別の冷静さ。それも兼ね備えていたのだろう、被弾状況にその対応もしっかりと書かれている。

 

 「ここまでやるのかい。俺の想像以上だ」

 

 単なる才能だけではない。地道な研鑽と経験の積み重ねの末に確立された強さ。

 かつてレイヴンを目指そうとしたクリフにとって、この資料は自分では到達できない領域にジノーヴィーというレイヴンがいたという事を改めて思い知らされることになった。

 

 「こいつは……」

 

 1枚のクレスト側の報告書を手にして視線が留まる。そこに書かれていたのはとあるレイヴンとの模擬戦闘の報告書であった。この任務は限られた者にしか知らされていなかったらしい。初めて見る資料だ。端末でもこの報告書は見られなかった。

 内容は至ってシンプル。AC同士1対1の模擬戦闘。形式はアリーナ同様、フレーム構成パーツの総合的な装甲強度を数値化させたアーマーポイント(AP)を先にゼロにさせた方が勝利。

 これだけは少し厚い。報告書を眺めてみると、そこには先程まで見たものよりも細かくメモが残されている。それでも書き切れなかったのか、付箋で継ぎ足している。厚くなっているのはその所為だ。

 そしてこの報告書は何度も見返してはその度に記載をしていたのだろう。他の報告書に比べてかなりヨレヨレになっている。

 模擬戦闘の対戦相手はアルバ。搭乗機<ティシュトリア>。

 「ほう……」とクリフは溜息を吐く。以前、フライボーイとの会話の間で話題になったレイヴン。このレイヴンとジノーヴィーは非公式で模擬戦をやっていたらしい。

 あのエヴァンジェをアリーナで二度破ったレイヴンとジノーヴィーの対決だ。興味深い。どんなもんだったんだ、とクリフは報告書を頭から読んでみる。

 

 「……オイオイ、マジかい?!」

 

 クリフの口から思わずそんな言葉が漏れた。模擬戦闘は50秒近くで終了している。それ自体は珍しくも無い。相手がジノーヴィーであればそれで終わってしまう事もあるだろう。だが、この模擬戦闘の勝者はジノーヴィーではなくアルバであった。

 当時の<ティシュトリア>の機体構成は中量二脚型。イクシードオービット搭載型のコアに右腕にマシンガン。左腕はレーザーブレード。右背部には小型ミサイルランチャー。左背部にはレーダー。肩部には連動のミサイルランチャーを装備していた。

 報告書通りの内容に従っていけばこうだ。開始直後、<デュアルフェイス>は跳び上がって背部のグレネードキャノンを発射。<ティシュトリア>はそれを回避。マシンガンとイクシードオービットを放ちながら<デュアルフェイス>の後ろへ回り込むような機動で徐々に接近してくる。

 <デュアルフェイス>はそれを避ける為にアサルトライフルで応戦。距離を保ったところで再度グレネードを発射。今度は命中するものの、それに怯むことなく<ティシュトリア>は背部のミサイルランチャーを発射。<デュアルフェイス>の肩部にある迎撃ミサイルとコアの迎撃装置が放たれたミサイルを全て堕としたが、その隙に<ティシュトリア>に懐へ入り込まれてレーザーブレードを受ける。一撃目は咄嗟に後退して直撃こそ免れたが、更に踏み込んでの二撃目は躱しきれず深い斬撃を受けた。これにより<デュアルフェイス>のAPが大きく減らされる。

 機体の動きが大きく鈍ったところに<ティシュトリア>によるマシンガンの斉射を受け、<デュアルフェイス>もグレネードで反撃したところで模擬戦闘は終了。互いにAPは残っていた筈だが、クレストが一方的に終了を宣言したらしい。理由は<デュアルフェイス>側の機体不調をモニターで確認したから。だが、APの減少値から<ティシュトリア>の勝利という事になった。

 恐らくであるが、ここで終わらなくても先にAPが尽きたのは<デュアルフェイス>だったのではないかとクリフは唇を強張らせた。底知れぬ強さをこのレイヴンも持っている。

 報告書内に記載されている挙動だけでは想像は難しいが、対峙したジノーヴィーはコクピットでどの様に見ていたのだろうか。報告書に書き記したメモにはどの様に動けばその機動を封じられたかや攻撃を回避出来たかを細かく分析している。報告書の一番下には「自分に似た者が現れた」と小さく記述されていた。

 対等に戦える存在が現れたという事か。レイヴンという職業柄、そういう存在は自身の生存を脅かしかねないので真っ先に排除しなければならないというイメージだが、トップランカー故にあった強者の渇望か。文面からは悔しさよりも楽しさが垣間見えた気がした。

 メモを読むたびにそれを望むような記述が増えている。そして幾つも重ねて貼られた付箋の奥に一文だけ記述された小さな付箋を見つけた。

 

 “可能性はある”

 

 インクの染み具合から見て一番古そうであった。ただ、この一言だけは他の記述とは違い、プラスの感情が抜け落ちた様であった。

 可能性。アルバと<ティシュトリア>の事を示している様であったが何に対しての可能性だろうか。

 純粋な強さに対する期待。将来のトップランカー。またはクレストの戦力もあり得る。

 しかし、そんな俗的な希望的観測をあのジノーヴィーがするのかという勝手な先入観があるせいか、その考えはどうしても否定の方向へ向く。無論、そういったナイーブな考え方は誤った判断を起こしかねないので捨てなければならない。

 もう少しこの辺りを探ってみる必要はある。もしかしたらこのレイヴンがジノーヴィーの最期の相手かもしれない。

 その時、携帯端末に新着メールの通知音。メールの送信者はルイ・レインウォーター。<十字架の天使>のエンブレムの件についてだろうか。クリフはメールを開く。

 

 

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 From:ルイ・レインウォーター

 To:クリフ・オーランド

 Subject:ステファニー・チェンバレンについて

 

 久しぶりだね。

 あの後、ステファニー・チェンバレンについて少し調査してみた。

 そこで奇妙な点が見つかったので報告させてもらうよ。

 

 彼女が4年前に自動車事故で大けがを負ってから表に出なくなったのは前に知らせた通りだが、実は3年前にマイナーな美術誌で作品を2つ発表していた事が判明した。

 それについては特段気にすることは無いだろうけど、気になったのはその作風。

 ステファニーは主に抽象画を描いており、風景等の具象画はあまり描いていなかった。

 しかし、発表された2作品共に翼に空。そして天使をテーマにした作品。それも抽象画ではなく具象画でだ。

 そしてこの絵なんだが、描き方が調査依頼をしてくれた例の天使のエンブレムとよく似ている。

 あまりにも作風が違い過ぎてステファニーの友人も困惑していたよ。作品を発表していた事も知らされていなかったらしい。

 事故がきっかけで変わったという可能性もあるが、彼女が描いていたという数少ない具象画も今回発覚した作品とは絵のタッチが大きく違う。

 描き方を変えるにしても線のクセまではなかなか難しい筈。でもこれらの絵は全く違い過ぎてまるで別人だ。

 ステファニーの友人は事故以降、彼女とはメールでのやり取りしか行っていなかったということだが、少し変な予感がする。

 もしかして、天使のエンブレムのデザインはステファニーでは無かったのではないか。

 ユーコもその友人も不安がっている。ステファニーは何かに巻き込まれたのではないのかと。

 

 リサーチャーの嗅覚でもし真相を解明できるものならぜひお願いしたい。

 

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 作風が違う? 

 クリフは添付されていたファイルを開く。中身はメールであったステファニー・チェンバレンが美術誌で発表したという2作品が載ったページのスキャンと過去に描いたという具象画が数点。

 

 「まあ、確かに違うな……これなら俺でも判る」

 

 過去に描いた作品は湖と森の風景画に、窓辺で佇む黒猫の肖像画等。美術誌で発表された作品は大空へ大胆に羽を広げた白い鳥の絵と雲を椅子代わりにしてくつろぐ天使の絵。比べてみると線の描き方が過去の作品は少々粗いが、美術誌の2作品はかなり繊細に描かれているのが一目瞭然であった。

 そしてその絵に描かれた天使の表情は確かにルイの言う通り、<十字架の天使>のエンブレムに酷似していた。

 ここに来て疑問がまた増えた。クリフは思わず頭を掻き散らす。

 あのエンブレムはステファニー・チェンバレンが描いたものでは無い? もしそうであれば何故ステファニーの名前を使ってこんな事をしたのか。

 

 「一歩進んだと思ったら二歩下がったか……これは」

 

 絵を眺めて今すぐに何か分かるわけではない。ただ、この絵から暫く目が離せなくなってしまった。

 繊細そうなタッチで描かれた天使の微笑んだ顔。今のクリフにはそれが嘲るような笑みの様に見えてしまっていた。

 思わず胸ポケットに手が伸びる。残り少ないので大事にとって置いた1本。唇に挟んだそれに火を灯して深く吸い込むと大きく紫煙を吐き出した。

 箱に入っているのはこれが最後だ。後はバッグに入っている1箱だけ。補充したいが、街に行かなければならない。それにあったとしても適正価格では恐らく売ってくれないだろう。懐事情が少し厳しくなってきた今は我慢してやりくりするしかない。

 じっくりと1本吸いきって気持ちを落ち着かせる。まず見るべきは目の前にある任務報告書の方だ。ステファニーの事は一旦置いておかなければ収拾がつかなくなるだろう。

 幾つかの報告書を読み進めていくうちにひとつの報告書に目が留まる。クレストから直接の依頼でナービスの実験施設において発生した緊急事態の対応であった。時期は紛争が本格化し出した頃で、まだナービスとは協力関係にあった時期。これも端末では確認出来なかったものだ。

 ジノーヴィーを呼び出さなければならないという状況。只事ではない。

 任務の詳細は実験施設でテスト稼働中の試作機が制御不能となり、暴走。施設周辺を破壊しだしたという。テスト相手として雇っていた独立傭兵のACもその暴走に巻き込まれて行動不能になってしまったのでクレストへ鎮圧の協力を仰いだという事らしい。

 

 「ナービスの試作機ねぇ」

 

 大方、新資源……旧世代の遺産による技術が使われたモノだろうと想像つく。それらの技術を流用した大型の試作MTがあったのは紛争末期に確認されている。

 事の顛末は言うまでもなく<デュアルフェイス>によって試作機とやらは破壊されたという旨が報告書に記載されていた。これにもしっかりとメモが記載されている。どうやらその試作機はACかMTに準ずる兵器の様で、パルスレーザーを主武装にプラズマにミサイル、グレネードも備えていたという。

 試作機とは言っているが、恐らくこれはジノーヴィーの端末内の資料にあった機動兵器だ。スペック表に記載の武装を思い出す。ナービスでは<ガーディアン>というコードネームで呼ばれていたモノだ。

 性能面では火力の高さに加えて機動力に注意すべきだが、ランカークラスであれば対処は可能と記載がある。

 旧世代の技術で作られたモノがそれ程強力ではない? 単に自分が特攻兵器の印象で過大評価し過ぎていたか。それは意外だとクリフは拍子抜けした。

 更にもうひとつの資料。クリフはそれを見て自ずと顔がしかめるのが分かった。

 

 「懲りてねぇのかよ……」

 

 ナービスからの協力要請で今度はジノーヴィーとアグラーヤが試作機のテスト相手になったという。互いに試作機と1対1で交戦。結果は2人とも勝利。だが相当苦戦したのか、先に交戦した時よりもその兵器は高度な動きをしていたようだ。これに記載のメモは先の報告書よりも状況の記述が細かい。ジノーヴィーにしては珍しく動揺したようなコメントも見受けられた。

 そしてこの兵器に対してだろうか、嫌悪感を示すコメントもある。

 

 “旧世代への過剰な追及と模倣は可能性の否定である”

 “制御出来ぬ力を求めてもその先は滅びだ”

 “大破壊の記憶は無くとも、私にはそれが人類に仇なす存在であることが判る”

 

 ジノーヴィーは察していたのだろう。新資源の正体を。そしてそれがもたらす結果を。

 

 「だからなのか……? あの反乱は」

 

 紛争後期に起きたクレスト本社と前線の支社による衝突。ミラージュへの攻撃を最優先と考えていた支社側による独断行動だと思われていたが、実は違うのか。クリフはジノーヴィーの端末を出して中を見てみた。もしかしたら支社の人間とのやり取りが出てくる可能性がある。そこにアクセスロック解除のヒントが出てくるかもしれない。

 メールを見てみる事にする。本社との対立が明確になった時期のメール。まだこの辺りは見きれていなかった。

 そこにはレイヴンのジノーヴィーではなくクレスト軍のパイロットであり、指揮官としての顔を垣間見た。

 意気盛んで興奮状態にある下士官たちにどう接すればいいか悩む士官を気に掛けるようなメールや、突発で起きたミラージュ側の奇襲への対応の指示などもある。

 そこから結びつけるのはやはり無理があるか。決め手には欠ける。それでも目を皿のようにして1件ずつ開いては中を読んでの繰り返し。

 どれくらい経ったか、1通のメールに目が留まる。タイトルは「役目」。そしてこのメールの送信者を見れば興味を引かないという事は無い。

 送信者はジャック・O。

 ここでこの名前がという驚き。いや、彼の立場であればあってもおかしくはないのかもしれない。レイヴンズアークの主宰となった男がトップランカーに何の話をしたのか。

 

 

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 From:ジャック・O

 To:ジノーヴィー

 Subject:役目

 

 クレスト本社はアークへ様々な形で前線支社攻撃の依頼を出してきている。

 狙いは間違いなく君だろう。

 

 企業という立場からすればトップランカーといえども一介のパイロットにしか過ぎないという事だ。

 突出し過ぎた行動の代償は大きかったな。

 

 新資源。企業によって起こされた過ちを止めるにはレイヴン一人の力は微々たるものだ。

 役目を果たすのであれば、私はある考えを持っている。

 

 どの様に立ち回ろうともそれは君の勝手だが、今後を見据えるのであれば、命の安売りをするような真似はしないでもらいたい。

 

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 短い文章であるが、主宰としての立場でジノーヴィーへの助言であるように見えた。ジャック・Oも新資源の脅威はある程度は分かっていたらしい。──ある考え? 

 

 「まさか……バーテックスか」

 

 ひとまず先に思い浮かんだ単語。ふと初めてバーテックス蜂起の声明を聞いた時に覚えた違和感を思い出す。現実離れの様なあの主張は建前なのか。

 ジノーヴィーもジャック・Oへ返信をしていた。それを見てみる。

 

 

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 From:ジノーヴィー

 To:ジャック・O

 Subject:Re:役目

 

 忠告に感謝する。

 

 君は既に知っているが、私はレイヴンであると同時にクレストのパイロットであり、前線にいる者たちと共に最後まで戦う事を誓い合った。

 彼らを捨てるという選択は一切ない。

 

 役目。

 あるとすれば、今の私は企業が新資源の深部に触れるのを少しでも遅らせる事だ。

 既に先端を触れてしまった以上、止める事は最早不可能だが、思い止まらせる時間は作れる。

 企業に関わった者としてやれる事はそれだけだ。

 

 レイヴンが私を倒す為に雇われてくるのであればそれは構わない。

 私を超えられるのであればそれは未来の可能性だ。

 

 生き残ることが出来れば、君の考えを聞く準備はしておこう。

 

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 討ち取られる事は覚悟していた。退かなかったのは新資源がもたらす脅威をあの時の戦闘や報告書の内容で判っていたからだろう。ジャック・Oもジノーヴィーの覚悟を察したのか、これ以上のやり取りは無かった。

 後は前線支社とのやり取りだけがあの日まで続くが、日を追うごとに数は減り、内容も悲観的なものになっていく。それでもジノーヴィーは変わることなく彼らを振起させる言葉を送り続けていた。

 一通り見終わる。最後に送信されたメールは残った部隊長へ撤退についての協議を行おうという相談のメール。

 生き残る事は叶わなかったが、もし生き残っていたらジノーヴィーはバーテックスに合流したのだろうか。その問いに答えは出てこない。どちらの立場でも彼は戦う事が出来るだろうというのは想像つく。

 あと見るべきものはと探ると、未送信メールのフォルダに1通。送信できなかったものがあった。

 宛先はフライボーイとなっている。日付はベイロードシティの戦いの日。これが最後のメッセージとなったかもしれないものであった。

 義理の息子へのメッセージはどんなものだったのか。迷いながらも中を見てみる事にした。

 

 

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 From:ジノーヴィー

 To:フライボーイ

 Subject:

 

 このメールをお前が読むとき、隣に私が居るかは分からない。

 ただ再び私の僚機として共に戦ってくれる事を望む。

 

 本来であれば私の口から直接言うべきだが、出撃続きで時間が無く、現在の戦況も芳しくない為、言うタイミングがなかったのでここに記しておく。

 この厳しい状況の中、合流してくれた事に礼を言う。

 ありがとう。

 

 レイヴンとしてよくここまで育ってくれた。

 お前の<スピットファイア>が横にいてくれれば間違いなく勝てると確信が持てる。その評価は今後も変わらない。

 

 そしてお前も独り立ちした。

 私の僚機としてではなく、レイヴンのフライボーイである事を誇ってくれ。

 

 共に過ごした日々と訓練は無駄ではなかった。

 血の繋がりは無くとも、私たちはそれ以上の繋がりが出来た。

 私はそう思っている。

 

 心残りは本来あるべきであった父親らしい振る舞いを殆どしてやれなかった事だ。

 不器用な私をどうか許してほしい。

 

 お詫びではないが、戻ってきたら一緒に酒を交わそう。

 どこまで酒に強いかは分からないが、時には倒れる位まで飲んで共に夜を明かすのも悪くは無い筈だ。

 良い店を知っている。かつて私と

 

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 作成中に出撃の時間になったのだろうか、本文が途中で途切れている。だがその文面はどの文章の中でも最も人間らしい感情が浮かび上がっていた。誰もが思い浮かべるジノーヴィー像の完全無欠な超人ではない。一人の平凡な人間であった。

 これはフライボーイへ渡してやるべきだろう。先に覗いてしまったのは申し訳ない事をしてしまったと反省する。

 ただ、ジノーヴィーと最後に戦ったレイヴンがアルバであってほしいという気持ちが強まる。

 確証は持てない。だが、ジノーヴィーの感情を高揚させてくれたレイヴンが最後の相手として相応しいと一方的な思いだけ。

 どこまで出来るかは分からないが、アルバというレイヴンの足取りは調べてみる必要はありそうだ。確認出来た幾つかの報告書の内容から高い戦果は挙げていたし、総合ランキングもランカー圏内に近い位置にいた。足取りを追えれば何か分かるかもしれない。

 あとはアクセスロックの解除キーだが、メール中にはヒントになりそうなるキーワードは思い当たらなかった。どこかにあれば良いが結局分からず仕舞い。

 何か他に役立ちそうなモノはと、机の引き出しに手を掛ける。案の定、鍵は掛かっていたがアナログのモノ。ピッキング道具で引き出しを開けると、奥にメモリースティックが1本。それだけであった。

 試しにそれを自分の端末に挿してみる。中身はファイルが1つ。試しにアクセスしてみるが、他のファイル同様にアクセスロックが掛かっていた。

 

 「コイツもか」

 

 クリフは大きく肩をすくめた。中々見せてはくれないものだというガードの硬さに辟易しそうになる。椅子に深く座り込んで天井を仰いだ。一気に襲い掛かってきた疲労感に身体が沈み込む。

 暫くそうした状態で佇んでいると、ふと自分が持っていた報告書を読み直す。目に付いたのは新資源絡みの報告書のコメント。

 コメントは様々だが、必ず共通の単語がほぼ出てくる。

 

 “可能性”

 

 時系列ごとに読んでいくと、当初は新資源に対してある程度ポジティブ気味に使われていた。だが、それはすぐになくなり、その単語はレイヴンや企業、そして人類そのものへ対して使われる。未来を憂える様に。

 現人類が旧世代に造られた機械群に翻弄されている事。過去の過ち。それを脱する為の手段。そしてレイヴン。

 クリフはジノーヴィーの端末のファイルフォルダにもう一度アクセス。表示された解除キーの入力ウィンドウに単語を入力してみる。

 単なる直感でしかない。だが、ジノーヴィーはこの言葉を大切にしていた様だった。

 

 “possibility”

 

 決定ボタンを押下。今まではエラーメッセージが表示されるだけであった画面ではなく、その先の画面が表示された。

 

 「これは……」

 

 ひとつの扉が開かれた。それが何を意味するのか。クリフの神経がざわついた。

 本当の触れざるモノが現れたのだと。

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