ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第42話「Brainwash」

 目の前に現れた<ブレインウォッシュ>を見据えてヴィラスはどう動くべきか迷った。

 

 「コイツは亡霊か……」

 『今更この機体が……』

 

 パイロットのDr.?も特攻兵器襲来後に姿を消したレイヴンの一人であった。そのレイヴンが駆るACがこんな所に現れたという事はその可能性は否定できない。

 

 『──生きているよ』

 

 <ブレインウォッシュ>から共通チャンネルで通信が入る。思わぬ事であった為、ヴィラスは内心驚いた。

 

 『機というものは必ずタイミングがある。動くべき時に動く。それが私のやり方。この情勢でも変わることは無い』

 

 無機質の様に思えて妙な粘着性を帯びた男の声。本物かどうかはまだ分からないが、これがDr.?というレイヴンだというのかとヴィラスは身構えた。識別はレッドであるが、ガレージの屋根に立つ<ブレインウォッシュ>は両腕を下ろして武器を向けてはきていない。

 

 「何しに来た?」

 

 ヴィラスは<ブレインウォッシュ>にロックオン。トリガーに指を掛ける。この異様な事態に<ブレインウォッシュ>へ思わず声を掛けていた。

 臨戦態勢は取っておくが、<ブレインウォッシュ>はそれでも武器を向ける事無く相変わらず腕は下ろしたままであった。

 

 『この程度では君を止められない事はこれで判った』

 「ここにいた連中はあんたの差し金なのか……?」

 『あの長月波門を斃したレイヴンの実力を見ておきたかった。それだけだよ』

 

 ヴィラスの反応を試している様に含み笑いを込めた声でDr.?が返してくる。それは肯定とも受け取れる回答であった。先刻交戦した独立傭兵の名。このレイヴンは自分が関わった作戦を既に把握していた。その言葉だけで警戒心が上がる。

 

 「アークからの依頼の筈だが、これはどういう事だ」

 『君を呼び寄せる為にアークの名を使わせてもらった。私はそれが出来るのでね』

 

 言葉の端からこのレイヴンの驕慢さが滲み出ている。不快さを隠さないその声はヴィラスの神経に酷く障った。

 

 「……俺の敵だという事でいいんだな?」

 

 トリガーに掛かる力が強くなる。<ブレインウォッシュ>を見据えるヴィラスの双眸が知らずに細くなっていた。

 

 『それは今に分かる。君の行動次第だ』

 

 トリガーに掛かる指の力が更に強くなる。

 

 『逃げるも良し。抗うも良し、だ』

 

 その言葉と同時にヴィラスはトリガーを引いた。銃声がガレージに響く。

 それが戦闘開始を告げる音であった。

 ライフルから放たれた弾丸は<ブレインウォッシュ>の跳躍で容易く躱される。高く跳びあがった<ブレインウォッシュ>はスナイパーライフルを構えた。ロックオンのアラート音が響く。

 <ヴェスペロ>はバックステップ。だが、それは読まれていたのか衝撃がコクピットを襲う。動きが鈍った瞬間、<ブレインウォッシュ>は大きくフロントステップ。右腕のマシンガンを左右にばら撒く様に放ってきた。

 <ヴェスペロ>はそれを跳躍で躱そうとすると今度は右背部のリニアガンが飛んでくる。衝撃。右肩部装甲損傷。

 この動きも読まれていた。焦りが次の動きを鈍らせる。続けざまに被弾。腰部装甲も損傷。先手を取るつもりが既に相手のペースになりかけていた。

 ECMメーカーを射出してバックステップ。ミサイルランチャーに切り替えて発射させた後、オーバードブーストを起動。<ブレインウォッシュ>の側面に回り込もうとする。

 だが、モニター正面に両腕の武器を構えた<ブレインウォッシュ>の姿。

 エネルギー残量が残り少ない。オーバードブーストを切り、左へサイドステップ。だが回避が間に合わない。コクピットを揺らす衝撃は被弾によるもの。バランスが崩れるが、機体を御して立て直してブースト機動。

 

 『見えている』

 

 Dr.?の言葉と共にロックオンのアラート音。ミサイルが接近してくるのがモニターの右端に捉える。

 咄嗟にマシンガンを左右に揺らして発射。2基程破壊したが、高機動ミサイルに迎撃装置も対処しきれない。ヴィラスは身構えて衝撃に備える。

 4発被弾。コアの装甲の一部が吹き飛ぶ。それでもコントロールスティックを握る力とフットペダルを踏む力は緩めない。相手はトップランカー。僅かな隙が致命的な失敗へと繋がる。

 ロックオンサイトに捉えてもう一度ミサイルランチャーを発射。放たれた8発のミサイルは<ブレインウォッシュ>の肩部から射出されたデコイによって逸らされてサイドステップで躱される。

 

 『その程度か?』

 

 高く跳びあがった<ブレインウォッシュ>。安直だったとヴィラスは自分の判断を悔いた。簡単に読まれる攻撃は無駄弾を増やすだけ。それはDr.?も分かっていたのだろう。

 

 『番狂わせというのは好きだが、やはりあの一戦のみだけでは評価は出来ないか。もう少し調べておくべきだった』

 

 嘲る様な口調の言葉がヴィラスのヘルメットに入ってきた。<ブレインウォッシュ>が<ヴェスペロ>の頭上を回る様な動きを見せている。無論それは煽る為ではない。背部のリニアガンを構えているのが見えた。

 ロックオン警告。ブースト機動をさせるにはエネルギー残量はまだ心許ない。ECMメーカーを射出しながらサイドステップで射程から逃れる。

 

 『だが、君は若い』

 

 足下にリニア弾が落ちる。一瞬、足を止めそうになるが、ここは止めずに<ヴェスペロ>を動かす。ここで足を止めれば完全に向こうのペースに傾くだろう。

 

 『長月波門の老いた身体に比べればその身体も弄り甲斐というものがある』

 

 今度はライフル弾が落ちてくる。エネルギー残量が十分な量まで回復した。フットペダルを強く踏み込んでブースターを全開。一気に<ブレインウォッシュ>から距離を離す。

 

 『──私の検体になってもらおう』

 

 <ヴェスペロ>を反転させると、モニターに映ったのはオーバードブーストで迫って来る<ブレインウォッシュ>の姿。

 

 「冗談じゃない」

 

 ライフルに切り替えると、正面から突っ込んでくる<ブレインウォッシュ>へヴィラスはトリガーを引く。FCSでの狙いは付けない。

 相手が速ければその動きに合わせて当てるのは難しい。それならば先を読む。敵機のブースター炎の動きを見ながら撃つ。放たれた弾丸は<ブレインウォッシュ>に吸い込まれる様に命中。これは流石に予想外であったか。<ブレインウォッシュ>は横に逸れて逃げていく。

 そこに隙が出来た。すかさずマシンガンと合わせて追撃。<ブレインウォッシュ>の側面に弾が命中していく。肩部に備えられた追加装甲のお蔭で防御スクリーンの展開範囲が広がり、致命傷は与えられていないが、それでもダメージは与えられている。

 

 『やるな。それでこそ観察が楽しめるというものだ』

 

 Dr.?の声がヘルメットに入ってきた。その口調は相変わらず驕慢さが混じっている。先に戦った長月波門とは少しタイプは違うが、このレイヴンも中々煽ってくる。それが癇に障って腹立たしい。黙らせてやりたいという気持ちが強くなる。

 

 「これが最後になれ」

 

 マシンガンを放ちながらもう一度メイン武装をミサイルランチャーに切り替えた。引き付けさせてから、これで一撃入れて、そのまま両腕の武器でラッシュを掛ける。ヴィラスは頭の中で攻撃の手順を組み立てた。

 ロックオン。トリガーを引くと背部と共に肩部から吐き出されたミサイルが<ブレインウォッシュ>に殺到する。

 

 『またそれか。稚拙な動きは寿命を縮めるだけだ』

 

 <ブレインウォッシュ>はバックステップ。デコイを射出しながら離れていく。ミサイルはデコイに吸い込まれ、地面へ激突。

 

 『──ほう……』

 

 Dr.?の喜ぶような声。<ヴェスペロ>は<ブレインウォッシュ>のバックステップに合わせてオーバードブーストを起動。そしてECMメーカーを射出していた。

 ミサイルとECMを目くらましにしての強襲。<ヴェスペロ>は<ブレインウォッシュ>の頭上から両腕の武器を発射。この動きに対応が遅れた<ブレインウォッシュ>の頭部や肩部に命中。機体が揺らぐのが見えた。

 トリガーを引き続けて攻撃の手は緩めない。防御スクリーンが弾ける音がドラムの如く鳴り響く。

 だが、それはほんの一瞬。ビートを止める打撃音。

 <ブレインウォッシュ>のリニアガンが<ヴェスペロ>のコアを撃つ。空中で無防備になったところにもう一撃。衝撃でヴィラスは一瞬、気を失いかけるが、ロックオンのアラート音が意識を留めた。

 フットペダルを蹴飛ばして機体を大きくバックステップ。ガレージの陰に降り、追撃を逃れる。ロックオン警告は解除されていない。

 

 『多少の反撃は出来る様だが、まだ甘さがある』

 

 <ブレインウォッシュ>が頭上から狙ってきた。スナイパーライフルによって左腕のマシンガンが破壊される。

 ハンガーからレーザーブレード<CR-WL79LB2>を取り出すとガレージの扉を蹴破って中へ入る。態勢を立て直さなければいけない。機体のチェックをする。

 コアの損傷は思っていた以上に大きい。ミサイル迎撃装置は沈黙。中枢部分にもダメージが出ている。右腕部にもダメージ。脚部は装甲が一部破損したが、稼働には支障はない。残弾は少ないが、右ハンガーには武器を残してあるので戦闘は継続できる。

 ──まだ動ける。ヴィラスはガレージ奥部の壁をレーザーブレードで斬り、そこから飛び出るとミサイルランチャーに切り替える。

 敵機の側面の位置に付いた。既に動きは気付かれている。こちらを向いた瞬間を狙ってヴィラスはトリガーを引こうとした。

 

 『新たな反応を確認。……AC……!』

 

 ルシーナからの通信にヴィラスは攻撃を一旦キャンセルして後方へ機体を跳ばす。

 反応は自機正面。識別はレッド。増援の可能性が大きいと思われた。

 だが、Dr.?はこの事態を想定していなかったのか、<ブレインウォッシュ>は<ヴェスペロ>から大きく距離を取って反応のある方へ向ける。

 機影が見える。黒い中量二脚型ACがブーストダッシュで向かって来るのが見えた。

 黒いACからミサイルが1発発射される。狙いは──<ブレインウォッシュ>。

 <ブレインウォッシュ>はそれをスライド機動で躱してスナイパーライフルを黒いACに向けて放つが、黒いACもブースターを駆使して回避。今度はライフルで反撃を始めた。

 

 『敵ではない? それにあの機体もしかして……』

 

 突如乱入してきたACの動きを見てルシーナは小さく声を上げた。見覚えがある。それはヴィラスも同様であった。

 

 「ああ、多分あのACは──」

 

 射程圏内から少し離れてヴィラスは黒いACに向けてカメラを拡大させた。

 フレーム構成はスターター機。装甲が一部剥がれた箇所には継ぎはぎの装甲板。そして黒いのは塗装ではなく汚れによるもの。以前、メイシュウシティで共闘したACとほぼ同じ。唯一違うのは別のACから取り付けたのだろうか、左腕が緑のカラーリングがされた<CR-A69S>になっており、レーザーブレード<CR-WL69LB>が付けられている。

 

 『戦場荒らしか。感心しないな』

 

 Dr.?の声が聞こえた。その声には不快感を滲ませている。この男にもこういう感情はあるのかとヴィラスは気が付く。

 

 「そこのAC、何しに来た?」

 

 応答があるかは分からないが、呼び掛けてみる。<ヴェスペロ>は黒いACの側面に回り、<ブレインウォッシュ>と相対する位置に付く。

 応答は今のところないが、黒いACは接近してきた<ヴェスペロ>に攻撃する様子は見せていない。

 

 「せめて敵か味方かは知らせてくれ」

 《ソレハオマエシダイダ》

 

 頭部カメラアイの発光信号。黒いACからの回答にヴィラスはひとまず敵ではない事を悟る。ただ、それは自分の立ち回りによっては変わるということだ。

 そうならない事を願って、ヴィラスは<ブレインウォッシュ>に向けてトリガーを引く。この状況には流石に動揺したのか<ブレインウォッシュ>はミサイルを放ちながら後退。ガレージの陰に隠れていく。

 

 『識別信号の変更完了。でも黒いAC側の信号は変わっていないから動きに注意して』

 

 ミサイルを躱し、敵機との距離を詰めながらヴィラスは「了解」と応答する。レーダー上のシンボルが1つ青い輝点に変わり、黒いACが味方機として識別された。

 <ヴェスペロ>はガレージの屋根を越えて大きくジャンプ。後ろから黒いACも追従。

 ガレージの陰から<ブレインウォッシュ>が飛び出してきた。<ヴェスペロ>の正面。すれ違いざまにマシンガンが放たれる。弾丸がコアを掠めていくが、直撃ではない。

 上を取られた。反転した瞬間にロックオン警告。<ブレインウォッシュ>が2機へ向かってミサイルを放ってきた。

 迎撃装置が機能しないのでブーストで回避行動に移行。ミサイルをガレージの壁面にぶつけさせて逃れる。

 黒いACは? とヴィラスはモニターの端に視線を向けた。黒いACも迎撃装置とライフルを駆使してミサイルに対応していた。被弾した様子は無い。

 やはり腕は良い。誰が乗っているという興味が尽きないが、続けざまに来る攻撃がその思考を中断させる。

 

 『想像以上の動きだ。実に惜しいな。機体がそんなものでなければもう少し楽しめた筈だ』

 

 やはり動きの良さに気が付いている。Dr.?の関心は黒いACにも向いていた。

 

 『しかし将来の脅威になり得る。消えて貰おう』

 

 黒いACへ<ブレインウォッシュ>がスナイパーライフルで狙い撃ってきた。黒いACの右腕に持っていたライフルが破壊される。

 そこへすかさず<ブレインウォッシュ>はマシンガンでの追撃。今回はハンガーユニットに武器を持ってきていないのか、ミサイルで反撃をしながら黒いACはブースト機動で後退。

 火力では圧倒的に不利だ。ヴィラスは最後のミサイルを発射。<ブレインウォッシュ>がミサイルへの対処で動きを逸らした隙に黒いACの前に立ち、右腕のライフルを置いた。

 

 「使え。まだ弾は残っている」

 

 黒いACはライフルを拾い、構えた。

 

 《ツカワセテモラウ》

 「元々はあんたが使っていたモノだ。返すよ」

 

 <ヴェスペロ>はハンガーからハンドガンを取り出して構えると、肩部と背部のミサイルランチャーをパージ。ヴィラスはフットペダルを踏み込んで機体を飛翔させる。

 ハンドガンを連射。<ブレインウォッシュ>はそれをブースト機動で躱していくが、身軽になった<ヴェスペロ>であれば追従できる。素早く反転させて追撃。回避行動に入った<ブレインウォッシュ>に合わせて黒いACもライフルを発射。防御スクリーンの弾ける音。

 

 『面白い。即席とは思えない連携だ。組んだことがあるのか?』

 

 手応えはあまりない。Dr.?の余裕の残した声と共に<ブレインウォッシュ>から再び2機に向けてミサイルを発射。2機は互いにサイドステップするが、照準がしっかり定まっていないのかすぐに逸れていく。

 すぐに本当の狙いが分かり、ヴィラスはインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。その数瞬後、リニアガンの弾丸が<ヴェスペロ>の頭部脇を掠めていった。ミサイルは2機の分断と動きを鈍らせる為の手段。狙いやすい方へリニアガンを放ったのだ。

 2機を相手しても臆することなく対処。トップランカーはそれを可能にする力がある。以前TATARAと交戦した時にそれは思い知らされた。

 左肩部の損傷を知らせるメッセージ。<ブレインウォッシュ>のスナイパーライフルによるものであった。マニュアル操作での狙撃。ECMで照準を妨害しても視界内にいれば正確な射撃をしてくる。それくらいの事はこのレイヴンは余裕で出来るのだろう。

 <ブレインウォッシュ>の側面へ回り込む様に動かす。黒いACはその相対する位置に付ける様にブースト機動。

 

 《コチラノコウゲキゴ ウテ》

 

 ──何故自分がこれから取ろうとしている動きを知っている。

 援護射撃を頼もうとしたところであったのに、とヴィラスは驚く。確かにDr.?の言う通りだ。一度だけであったが、このACとは組んだ事はある。ただ、戦術理解度も高いのか、黒いACのパイロットはヴィラスのやりたいことを把握している様であった。

 それはありがたい事ではある。ヴィラスは機体を加速させて攻撃位置に付けると、黒いACがライフルを連射した後、ミサイルを1発発射。

 タイミングも完璧だ。<ブレインウォッシュ>が躱す動きを見せた瞬間、ヴィラスは<ヴェスペロ>を跳躍。そしてオーバードブーストを起動した。

 ハンドガンを放ちながら一気に敵機へ肉薄。防御スクリーンが弾ける音。

 <ブレインウォッシュ>が揺らぎながらも<ヴェスペロ>へ向きを変えて両腕の武器を構えたその時であった。

 周りの音が次第に遠くなり、時間が徐々に間延びしていく感覚。以前もあった。アライアンスの輸送ルートでジェランの<エクリッシ>と交戦した時だ。

 そして以前とは違う感覚も出てきている事にも気が付く。ぼんやりとではあるが、自機を後ろから俯瞰して見ているイメージが浮かび上がっていた。

 自分の位置と敵味方に距離感が手に取るように分かる。どのタイミングで攻撃すればいいか、握っているコントロールスティックの感触が知らせてきているようであった。

 <ブレインウォッシュ>の両手のマニピュレータが動くのが見えた。発射されるタイミングはもう読めた。ヴィラスはフットペダルを少し踏み、コントロールスティックを横に倒す。直後に<ブレインウォッシュ>が持つマシンガンとスナイパーライフルから弾丸がゆっくりと放たれると<ヴェスペロ>がそれに合わせて横に逸れる動きをするのを感じ取る。

 サイドモニターには自機の脇を飛んでいく弾丸。それを脇目に正面を見据えると<ブレインウォッシュ>の右背部が動くのが見えた。レールガンを構えてくるらしい。だが、こちらの方が速いとヴィラスは<ヴェスペロ>レーザーブレードを振らせた。

 翡翠色の光刃が<ブレインウォッシュ>のコアを捉える。じわりとコクピットに目掛けて迫る光刃。

 ──これで決着がつく。

 だが、光刃がコアに触れる寸前、<ブレインウォッシュ>は胴体を捻り、左肩を前に出して肩部の追加装甲に光刃を受けさせた。

 防御スクリーンを爆ぜさせながら追加装甲に光刃がゆっくりと食い込んでいく。金属が弾ける音も遠くにゆっくりと聞こえている。

 ──躱された。

 攻撃の失敗をヴィラスは悟った。クソッ、と心の中で舌打ち。その瞬間、感覚が元に戻っていく。一瞬のうちに追加装甲の上半分が吹き飛んでいき、計器の音が一斉に耳を打ってやかましい。

 <ブレインウォッシュ>がブースターを吹かして離れていく。撃破する絶好のチャンスを逃した。咄嗟に身を捻らせてコクピットへの斬撃を逃れたDr.? の動きの方が勝っていたと認めざるを得ない。

 

 『今──』Dr.?が少し感嘆するような声。『<ブレインウォッシュ>の射線を直前で見極めて躱したか。そのような動きが出来るとは想定外だった』

 

 黒いACから放たれたミサイルをデコイでいなし、<ブレインウォッシュ>はリニアガンを構えながらガレージの屋根を伝って跳躍していく。このまま反撃に出るのかと思われたが、大きくバックステップをして後退。作戦領域から離れていく素振りを見せた。

 

 『失礼、所用が出来た。またいずれお会いしよう』

 

 反転してオーバードブーストを起動させた<ブレインウォッシュ>の姿が一気に小さくなっていく。それを追う余裕もなく、ヴィラスは呆気にとられた。

 

 『<ブレインウォッシュ>の作戦領域からの離脱を確認。……これで終わったの?』

 

 急な幕切れにヴィラスもルシーナも茫然とするしかない。システムが通常モードに切り替わる。

 見逃してもらったと言えばいいのか。助かったと安堵する一方、碌にダメージを与えることが出来ずにやられただけであったという実力の差も痛感する。Dr.?があの戦闘で全ての実力を出し切っていたとは思えなかった。

 黒いACの方に機体を向けると、黒いACも通常モードに移行したらしく、武器を下ろしていた。

 

 「今回も助けられたよ。礼を言う、ありがとう」

 

 黒いACは<ヴェスペロ>の方へ向きを変えると発光信号。相変わらず通信機は不調なのか。

 

 《イキノコレタナ》

 「ああ、あのレイヴンはまた現れるだろうな。そんな気がする。あんたも気を付けた方が良い」

 《ソナエテオコウ》

 

 黒いACはマニピュレータをヴィラスが撃破したACの方を指す。コアに装備されていた武器は機体と共に破壊されてしまったものの、両腕部に持たせていた武器は多少の損傷はありそうだが、残っていた。

 ヴィラスは<ヴェスペロ>にそれを拾わせると黒いACに差し出す。バズーカとリニアライフル。

 

 「助けてくれた礼だ。どちらかを持っていってくれ」

 

 バズーカを受け取った黒いACは後退する素振りを見せた。

 

 《タガイニヤルベキコトハアル ソレマデハイキロ》

 「ひとつ聞かせてくれ。誰なんだ? あんたは。旧世代の遺産の事やら少し事情は知っていそうだが……」

 

 問いの答えを考えているのか、黒いACは一旦立ち止まる。そしてカメラアイが明滅。

 

 《タダノレイヴンダ》

 

 望んだ答えでは無い。小さく嘆息が漏れた。恐らくこの発光信号も通信機の故障等ではなく、正体を悟らせない為の小細工なのだろうと察した。

 

 《ケリヲツケルタメニ コノセンジョウニイル》

 

 白みだした空。黒いACの背後から昇る暁の太陽がその傷だらけの装甲を照らす。

 

 「それは──」

 《ソレダケダ》

 

 ヴィラスが問い詰めるよりも先に黒いACは素早く後退。ブースターを全開にしてガレージから去っていく。残されたのは<ヴェスペロ>ただ1機のみ。

 追いかけようとしたが、レーダーの端に別の味方機の反応。直後に<クランウェル>のローター音を音響センサーが捉える。

 迎えがもう来た。アークの動きが今回は早い。

 

 「呼んであったのか」

 『こちらからはまだ任務完了を知らせていないけど……どうして』

 

 ルシーナの困惑した声。レイヴンズアーク本体の方は今回の事を把握していたのか、早いところこのミッションを切り上げろと暗に知らせている気がした。

 

 「……帰還する。──ルシーナ、後は頼む」

 

 姿を見せた<クランウェル>の固定フックが下りてくる。<ヴェスペロ>を固定させる準備を始めた。

 

 

    *     *     *

 

 背後からアントニーたちの小言が飛んで来たような気がしたが、それをほぼ無視するようにキャットウォークから駆け足で降りていった。

 ガレージに帰還した<ヴェスペロ>を整備班に預けてヴィラスはすぐにシャワーを浴びて着替えると、オペレーター用の宿舎に向かう。

 大体はルシーナの方から自室に来てくれるのでヴィラス自らが滅多に来るところではないが、迷うことなくルシーナの部屋に到着した。

 ドアを3回ノック。1回叩いた後、一瞬間をおいて2回。すぐにドアが開き、ルシーナが顔を見せる。いつも着ているアークの制服ではなく、ゆったりとしたジャージ姿になり、いつもはポニーテールにしている髪は解いてあった。

 

 「いいわ、入って」

 

 ルシーナの初めて見るスタイルに内心戸惑うも、顔には出さない様に努めてヴィラスは部屋に入る。部屋の前までは来た事は何度かあったが、中に入るのは初めてだ。

 綺麗に片付けられた部屋。特攻兵器襲来当時、着任していたアークの支部から着の身着のまま逃げて来たというだけあり、私物は殆どない。

 強いて言えばデスクの上に置かれた小さなテディベアくらいか。首元の大きな白いリボンが特徴的だ。

 

 「小さい頃、姉と一緒に作ったものよ。お揃いでね。姉のものは赤いリボンになっているの」

 

 テディベアを眺めていたヴィラスに気付き、ルシーナはそれを持たせてくれた。毛並みはしっかりと手入れされて整っており、とても大切にされているのがよく分かる。

 

 「姉さんや家族と連絡は……」

 「──まだ取れない……」とルシーナは首を横に振る。「姉の住んでいた街も実家のある街も壊滅に近い被害を受けたって聞いているから覚悟はしている」

 「そうか……すまない。余計なことを聞いてしまった」

 

 テディベアをルシーナに返す。両手に持ったテディベアへ微かに力を込めて握ってからルシーナはデスクにそれを置き直した。

 

 「大丈夫よ。──それよりも先程の任務について確認できた事を報告するわ」

 

 端末を起動させてルシーナは画面をヴィラスに見せる。

 

 「時間もそんなに無かったからしっかりとまとめ切れていないけど、Dr.?が昨日までの時点でどの戦場にも姿を見せたという情報が一切無いのが現状よ。共用ガレージにもいたという情報も無い」

 「偽物の可能性は?」

 

 確証はまだ持てないが、<ブレインウォッシュ>に乗っていたのは生身の人間であった。そしてACに乗って戦闘機動をこなせるスキルの持ち主。ヴィラスはそう思っている。

 

 「分からない……去年のアリーナはオーダーマッチとエキシビションマッチを1試合ずつしかしていなくて、その試合映像も中途半端に途切れてデータを取り切れなかったの」

 

 画面に出された試合映像は最初の1分がノイズ交じりで映っただけですぐにブラックアウトした。

 

 「カメラログと照らし合わせて機体挙動を出来るだけ照合してみたけど、これだけでは全然足りなかったわ」

 

 機体挙動傾向を示すデータも表示されるが、幾つかはデータ照合の不足で出ていない箇所もある。それでも分かったのは全ての武器において距離ごとの使用率がほぼ均等の比率であった事。Dr.?はどのレンジでの戦闘もそつなくこなせるらしい。

 

 「オリジナルの映像がこれではな……これよりも過去のは?」

 「消えていた。それもDr.?だけピンポイントに。出撃記録も同様。これじゃお手上げよ」

 

 「何だって?」とヴィラスは驚く。アークのデータベースが破損した影響による可能性もあるが、偶然にしては出来過ぎている。自分の動きは一切見せないというDr.?の意図があるように思えた。

 

 「数少ない情報からもうひとつ辛うじて分かったのは、Dr.?は前の紛争の直前から出撃回数を大きく減らしていたみたいだってこと。今回の行動と何か関係しているかは不明だけど」

 

 前の紛争では三大企業とナービスの間には様々な思惑が動いていた。当然、レイヴンも企業の動きを受けて取る行動も様々であった。Dr.?も同様に思惑があっての行動があったのだろう。

 

 「まだ分からない事が多すぎる……しょうがないけどね」

 「これだけでも十分収穫だ。感謝するよ、ルシーナ」

 

 端末を閉じながら溜息を吐くルシーナの頭をヴィラスは優しく叩く。

 

 「ありがとう。でも、アークの動きにもなにか不自然なモノがある。第三者がアークの名を使って偽りの依頼を出してきたのにそれに対するリアクションは未だ無し。それに回収班をこちらが連絡する前に来るのも」

 「アークは多分、それは承知済みなんだろう。Dr.?の事も把握している」

 

 それがヴィラスの考えであった。Dr.?は現在のアークの中枢に食い込んでおり、そこで何かをしようとしている。

 

 「敵になるって事なの?」

 「俺たち……いや、俺の行動次第になるかもしれない」

 「アークの規約に逸脱した行為はしていないのに?」

 「今のアークには──」ヴィラスは俯く。「そういったモノが正常に機能しているとは言い難い」

 

 それはルシーナもヴィラスの言葉に頷けるところはある。今回の依頼ではアークの行動には信用できる部分が殆どなかった。

 アークにもなにか思惑があり、ヴィラスと<ヴェスペロ>はその障害要素となりえる。そう判断されたかもしれない。

 

 「今回は切り抜けられたけど、また同様の事が起きる……ってことね」

 「可能性は高い。どんな手を使ってくるかは分からないが……」

 

 暫く沈黙が部屋を支配する。今いる場所も状況によっては安全ではなくなるという事であった。

 「ルシーナ」とヴィラスは口を開く。

 「──断るわ」とルシーナがヴィラスの言葉を遮る。

 

 「逃げろって言いたかったんでしょ。そんなの分かっている」

 

 ルシーナの刺す様な視線がヴィラスに向けられていた。

 怒りだ。ルシーナからこのような視線を向けられたのはこれで2回目。1回目は厨房を煙まみれにしてしまった時。火の取り扱いに気を付けろと強く言われた。

 

 「あなたが目を付けられたという事は私も同様よ」

 

 緩やかな口調であるが、芯の通った声。ルシーナは覚悟をしている。

 

 「自分の身に危険が及ぶかもしれないぞ?」

 「パートナーを置いて逃げるなんて選択は私には無い」

 

 その言葉にヴィラスは驚くとともに安堵できた気がした。強い意志を持ったパートナーが目の前にいる。それは自分が最も望んでいた事だったのかもしれない。

 

 「身の回りにはこれまで以上に気を付けておくんだ」

 「そうね。お互いに生き残りましょう。一緒に」

 

 ヴィラスの手を握り、引っ張るルシーナ。

 

 「──その為にも英気を養っておきましょう。何か作るから」

 

 だが、こそばゆさは感じられない。生き残るための最も重要なこと。信頼できる存在がいること。それが自分にとってはルシーナであったとヴィラスには思えてきた。

 

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