ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第43話「Unclear」

 冷たい風が肌に触れる。

 

 「寒いな、おい」

 

 肌寒さを少し感じながらクリフはジノーヴィーのガレージから出た。恐らくひと雨来るだろうと鈍色の曇天を見上げる。

 ジノーヴィーのガレージで得られた情報。それは旧世代の遺産について更に掘り下げたものであった。

 情報の大元はナービスによって解析されたモノであるらしい。自立兵器群の更に詳細な設計図にそれを運用する為の施設の図面らしきモノといった兵器関連の情報が多数。

 中には人工神経系などの生体工学に、現在使われているモノよりも高度な人工知能など兵器以外の情報もあるが、それについて理解するにはクリフの持つ知識だけでは到底足らない。

 それでもどの企業も喜んで飛びつく情報ばかりであることは確かだ。アークだって欲しがるのは分かる。表面だけでもその影響力は大きいが、その先を少し潜っただけであろうこの情報は更に強大なモノになる。そう言う説得力を持たせていた。

 ハッキリ言って個人が持っていて良いものでは無い。ましてや何の力も持っていない一端のリサーチャーであれば尚更だ。

 出来るなら然るべきところへ持っていくのが得策だが、何処に預けるべきかという答えは出てこない。理由は単純。信用に足るところが無い。

 アライアンスもバーテックスもこの情報を得た時に取る行動が想像できない。だが確実に言えるのは決して良い方へ向かう事は無いだろう。それがクリフの直感で出た考えであったが、候補がひとつ浮かび上がった。

 旧世界研究所。

 考古学者のジョン・ポーターを中心とした研究者たちが大破壊以前の世界に関する調査及び研究を行う機関。恐らく特攻兵器襲来以降、ある意味ではアライアンスよりも忙しい集団である。旧世代について専門的知識を持つ彼らであればこの情報を有用に使ってくれる可能性は高い。

 クリフは携帯端末を取り出してメールソフトを立ち上げる。まずはそこに持っていくのが良いのではと思い付いたが、懸念事項が浮かんで画面を叩く指が止まった。

 旧世界研究所は元々キサラギの研究機関のひとつであった。アライアンス体制の現在はキサラギから距離を置いて独立寄りの機関となっている。それでも旧企業の影響が強いのは確かで、アライアンスからの干渉が入る可能性は高い。

 

 「ちょいと待ってみるか……」

 

 手に持った携帯端末を上着のポケットに仕舞い、クリフは車に乗り込む。端末内にある全てのデータを解析できたわけではない。ガレージで見つけたメモリースティックの中身も同様だ。旧世界研究所へ情報を出すかはもう少し考えたら決める事にする。

 それともうひとつ調べてみたいものがある。

 アルバというレイヴンについてだ。

 ジノーヴィーの報告書にあった模擬戦の対戦相手であり、彼を負かしたレイヴン。

 このレイヴンも先の紛争の核心に近づいたひとりなのかもしれない。足跡を辿ることが出来ればこの膨大で難解な情報を解くカギになり得るのではとクリフは直感する。今も生きているかは分からないが、追いかけてみる価値はありそうだ。

 新たに調達した車のイグニッションスイッチを押すと少し頼り気の無いエンジン音。それでも空調は前の車よりも快適に動く。

 まずは最寄りの街であるノースクラウンでひと仕事と腹ごしらえをして、KDに報告がてら今後の予定を決めようと考えた。

 

 

    *     *     *

 

 「……感謝します。防衛戦力の補充にレイヴンを用意して頂けるのはとてもありがたい事です」

 『我々の目的成就の為には貴方がたを守る必要がある。派遣する戦力……レイヴンが決まり次第、伝えよう』

 

 三枝博士はモニターの先に映る者へ一礼して通信を切った。その瞬間、通信している間に出していた謙虚な表情はすぐさま歪み、拳が自然ときつく握られる。

 最後の言葉には自分を含めた技術者を本気で守るという気持ちはこもっていない。モニター越しから驕慢な口調で言い放たれた瞬間、それを察した。

 

 「下に見られている……か……」

 

 キサラギ社の主席技術者という立場であった者としてこのような扱いを受けるのは三枝博士にとって屈辱的であった。ジャック・Oですらあくまでも対等に近い立場で接してきてくれたが、モニター越しにいた者はそれすらも微塵に感じられない態度。

 所詮は逃げ出した者という嘲りであろう。それは否定できない。互いに多くを失った者同士だが、今は彼らの力を頼らなければこの状況を脱することは不可能だ。どんな罵りを受けようともここは堪えなくてはならない。

 予定されていたとはいえ、このタイミングでの離脱は早過ぎるのも確かであった。それでも一刻も早くバーテックスから逃れたいという衝動を抑えきれなかったのはジャック・Oの旧世代の遺産を滅するという確個たる意志を肌で感じ取ってしまったからであった。

 サークシティ地下にあった旧世代の遺産は破壊するよりも制御する方法を模索したいという欲求の方が強く出る。それが研究者としての本能であり、己の義務と信じているからだ。

 相反する立場であり、決して理解されないだろう。いずれは自分たちもバーテックスによって消される可能性がある。そうなる前に手を打たなければならないという思いが三枝博士をはじめとしたキサラギ派の研究員たちの胸中に渦巻いていた。

 我々は彼らとは違う。

 先の紛争末期に旧世代兵器を起動させてしまったキサラギの研究員たち。同僚でもあったが、所詮は次に起こるであろう事を予測できない愚か者たちであった。恐れを知らなければ制御は出来ない。

 旧世代のロストテクノロジーとはいえ元は人の造りしもの。そして我々は人間だ。脅威を把握さえすれば対応する術を考案して制御を出来るようになる。だからこそ何も考えずにそれを滅しようとしているジャック・Oとは相容れない。これでは火を恐れる獣と同じだ。それが三枝博士の考えであった。

 背後から扉の開く音。振り返ると部下の姿。共にバーテックスから離脱した研究員のひとりであった。

 

 「準備が出来ました。博士」

 「分かった。すぐに向かいます」

 

 握り締めていた拳をゆっくりと緩めて三枝博士はコンソールから立ち上がる。部下の声が張り詰めそうになっていた感情をもたゆませてくれた。

 

 「プログラムの流し込みは?」

 「現在、01と02のサブコンピュータへの流し込みが完了。メインコンピュータへの流し込みも順次行っています。テストプログラムでのアクセスは成功しているので、このままいけば順調に進むと思われます」

 「──思われる。そんな曖昧な言葉では困ります」

 

 不確定を含ませた言葉。それは三枝博士が最も嫌うものだ。相手をしているのはロストテクノロジーの塊。曖昧な対応ひとつでこちらの破滅が近づく。

 

 「失礼しました。駆動系への信号受信は問題なし。制御系への信号受信も問題なしと結果が出ています。メインコンピュータ内のプログラム書き換えが完了次第、こちらも受信テストを行います」

 「それでいい。だが、全システムはすぐにオンラインにはせず、各部から順番に行う事は忘れない様に。第四班に駆動系のチェックリストの最終確認をお願いします」

 「了解しました」

 

 乗り込んだエレベーターから下層に降りると、そこは格納庫。そして三枝博士たちの視界の先には深紅の機体が2機、各部がバラされて機体各所にはケーブルが繋がっている状態であるが、ハンガーに固定されて並んでいた。

 <レッドバタフライ>と名付けられた旧世代の自立兵器。

 第一〇一工廠での制御実験は失敗に終わった。開発中であったウィルスプログラムを応用して<レッドバタフライ>のメインコンピュータへ感染させ、機体の動きに制限を掛ける事で<レッドバタフライ>をこちらの制御下に置こうとしたが、それが出来たのは一時的で、簡単に制御を取り返されてしまった。

 失敗の原因は<レッドバタフライ>が持つ機能を理解しきれていなかったことが大元にある。<レッドバタフライ>に搭載されている防衛機能によってウィルスプログラムが無効化されたのち、こちらのコントロール下から離れて暴走。工廠にいた研究員たちはそれに巻き込まれて死亡した。

 当然の失敗。だがその失敗を無駄には出来ない。報告を受けた三枝博士たちは対応策をサークシティで密かに検証した結果、ひとつの考えを思い付く。

 防衛機能が働くと同時にプログラムの書き換えを行い、制御を維持し続けるという方法であった。効率は決して良いとは言えないが、現時点で限られた時間と機材で制御が出来るベストな方法だと判断した。

 <レッドバタフライ>の各部にプログラムの受信用モジュールを増設。稼働時に制御プログラムに割り込んで防衛機能の動きを止める。

 更に<レッドバタフライ>の高機動によってプログラムの送受信が不安定になってしまう問題も随伴機として用意した<RUSYANA>を3機使うことによってフォローさせる。<RUSYANA>には中継用のモジュールを両肩部に増設。これにより戦闘機動時にも安定して送受信できるようになり、同時に<レッドバタフライ>の援護もこれによって分厚く出来て撃破されるリスクを減らせると期待した。

 

 「01、02のメインコンピュータへのプログラム流し込みをこれより開始します」

 「……お願いします」

 

 三枝博士の呼びかけと共に格納庫の中央に備えられたコンソールに光が灯る。同時に<レッドバタフライ>の各部が一瞬身震いするような動きを見せたのを三枝博士は見逃さなかった。

 体の自由を奪われ、こちらの思い通りにしか動けなくなっていく。その姿が毒薬を刺されて鎮静する猛獣の様に見え、三枝博士は胸の奥底で興奮を覚えたのを実感する。

 自分たちの掌で旧世代の兵器が動く。これこそが自分たちの求めている光景。どんなに驚異的な力を持とうが、現代技術の粋をもってすれば抑える事は可能なのである。

 先の紛争では失敗したが、今度は違う。アライアンスの様に脅威だけに目を逸らし続けるのではない。ジャック・Oの様に滅する事だけを考えるのではない。

 

 「流し込みが完了するまで相当の時間が掛かります。博士、少しお休みになられた方が……」

 「大丈夫です」と研究員の言葉を遮る「暫くこのまま見届けたい」

 

 僅かに明滅させた<レッドバタフライ>のカメラアイを見つめながら三枝博士は己の取った選択の正しさを確信した。

 

 ──我々は旧世代を支配する。

 それが世界にとって正しい選択であり、正しい時代の姿だ。

 

 

    *     *     *

 

 代替肉のステーキをゆっくりと噛みしめてクリフは食事を努めて堪能する。それ程厚さもなく、固いだけの代替肉は添えられたウスターソースの味だけが舌に残る。正直なところ手放しで美味しいとは言えないが、それでもこの代替肉も今は貴重なものであり、ここで食事をしている食堂では一番高値なメニューである。

 そしてこの食事の代金はクリフ持ち。協力者に対してはこうやって高い食事を奢って礼をする。クリフなりの仕事上の人付き合いのやり方のひとつである。

 

 「まあ、今の食糧事情からしてこれでも上等な飯だ。やはりタンパク質はしっかり取らなないとな」

 

 クリフの対面に座る眼鏡を掛けた黒い肌の男も固いステーキに難儀しながら呑み込んでそう言うと、続けて口を開いた。

 

 「聞いた話によると、企業の各畜産プラントはまもなく順次再開していくが、俺ら一般市民が美味しい肉やらチーズやらにありつけるのはまだ暫く掛かるらしい。少なくともあと半年は新鮮なお肉はお預けだろう」

 「牛も豚も鶏やらも結構犠牲になったって話だからな。プラントの機能が蘇っただけじゃどうしようもない」

 「グルメ雑誌の編集者どもは暫く休業だな。いや、どうせならこの不味い代替肉の美味いアレンジを是非とも提案して貰いたいね」

 

 男はコップの水をひと口飲んで両手を上げながら溜息を吐く。クリフも男の言葉に同感と言わんばかりに頷いた。

 

 「連中は批評家だらけだ。俺らの舌に合うようなアレンジが思い付けるかな」

 

 クリフはそう言って水をひと口飲んでひと息つけると、男は「それは彼らの舌の飢え具合次第だろう」と言ってテーブルの下から鞄を取り出し、中から書類を5枚程取り出した。

 

 「さて、依頼があったアルバというレイヴンについてだが、集められたのはこれだけだった。……すまないね」

 「……短い期間じゃ無理もねぇ。これだけでもありがたいよ、シモン」

 「探すのに中々苦労したよ。Raven’s Fan編集部に残った資料を全てひっくり返しても多分これだけだ」

 

 男の名はシモン・バレンシア。レイヴン及びACの情報を取り扱う専門誌「Raven’s Fan」の編集長。レイヴンの動向やAC全般に関する情報を数多く取り扱うため、リサーチャーはもちろん、レイヴンや企業の軍関係者などとも数多くのパイプを持っていた。

 

 「最初にこのレイヴンがフィーチャーされたのは先の紛争初期。ナービス領のベイロードシティに侵入した所属不明機の排除任務だ。実はこの任務、ジノーヴィーも介入したが、彼が来る前には大勢がほぼ決まっていたらしい。この後ナービス直轄のメディアが大々的に報道したおかげでアルバはスポットライトの当たる場所に引っ張り出された」

 「腕は悪くないっていうのは知っていたが、ルーキーと呼べる時期から実力は遺憾なく発揮していたらしいな」

 

 クリフは資料に載るアルバの愛機<ティシュトリヤ>の写真を指で叩く。この時の<ティシュトリヤ>は逆関節型をベースとした機体構成。同じ構成での出撃は殆どしたことが無いというこのACはやはりここでも姿形が変わっている。

 それだけこのレイヴンには操縦適正があるという事の裏付けになるだろう。アーマード・コアという兵器の特長を最大限活かせるパイロットなのは間違いない。

 それにジノーヴィーとの縁はこの時から既にあった。腕の良いレイヴン同士は惹かれ合うのか。

 

 「レイヴン登録前から何かしらの戦場経験は持っていそうかな」

 「確証が取れる情報は無かったが、その可能性はある。登録から早いペースでランキングが上昇するのは既に操縦慣れしているレイヴンにはよくある傾向だ。それにアルバは確認出来るだけで任務遂行率が8割超。アリーナ勝率に至っては9割寸前だ。操縦慣れをしていたとしてもこれ程の実績。実力はランカーレイヴン、それもトップ10に匹敵していると言っても過言ではない」

 「派手さはそれ程ないが、堅実に任務もアリーナもこなしている。特攻兵器の襲来さえなければ確かに今頃は総合のトップ10に食い込んでもおかしくは無さそうだ」

 「Raven’s Fan編集部の歴史の中でもこれは大きな失態だろう。このレイヴンをもっと追いかけられなかったのは俺たちジャーナリストの敗北だ。エヴァンジェとの1戦目の後、うちのヤツに特急で取材をしに行かせたが、見事に煙に巻かれたよ。……あの試合は正直びっくりした。大方、エヴァンジェの勝利だという予想であったからな」

 「ああ、俺もびっくりした。まあ同期があのエヴァンジェじゃ、どうしても控えめに映っちまうのはしょうがねぇ。あの試合、俺もエヴァンジェに150ドル賭けていたのにな……アルバに賭ければよかったよ」

 「2戦目は万全を期してあのレイヴンの周りを張り込んだが、試合後に機体トラブルだとかで整備班の連中に止められてガレージから締め出された隙に逃げられた」

 「姿顔も拝めなかったか。せめて性別くらいはと思ったが……」

 「何かを隠しているのか、このレイヴンは相当な秘密主義だ。パーソナルデータは一切非公開にしている」

 「しかしまあ本当にコイツはミッションを地道に、そして淡々とこなしているようだが……」

 

 書類に書かれた文字を指でなぞりながらクリフは大きく溜息を吐くと、2枚目の書類に書かれた一文に指が止まる。

 

 「──所々で大きなインパクトを残している。大物喰いが得意なのかな、このレイヴン」

 

 そこに書かれていたのはミラージュからの依頼で駐屯地に侵攻したクレストの部隊を迎撃する任務。

 クレスト側の戦力は<CR-MT98G>が8機に加えてクレストの”赤い星”ことアグラーヤの<ジオハーツ>。アルバはそれらと交戦の末に全て退けた。

 ジノーヴィーだけでなくアグラーヤを退けた実績も持っていた。エヴァンジェをアリーナで二度破ったのは偶然でもまぐれでもないという事だ。

 

 「まさかと思うが……アグラーヤもコイツがって事はねぇだろうな」

 

 クリフの声が自然と震える。これだけの戦績であれば有り得なくない。

 

 「<ジオハーツ>の姿が最後に確認されたのはベイロードシティ付近。その直後に消息を絶った。そしてアルバも同時期に近い場所で動いていたのは分かっている」

 「可能性大って事か……」

 

 資料を読み進めていくとミラージュからの依頼でホルボス採掘場への攻撃の際に”ピン・ファイアー”の<バレットライフ>を撃破している。

 あのレイヴンとも関わりがあったとはとクリフは内心驚いた。

 息子のリム・ファイヤーとはアリーナで試合して勝利しているのは知っていたが、因縁はあったらしい。あの狂犬ともいえるレイヴンが生まれたきっかけがアルバなのかもしれないという事だ。

 他にも上位クラスのレイヴンを何名か撃破をしているのが分かった。クリフは声にこそ出さなかったが、ジノーヴィーの最後の相手としての説得力が更に増していく。シモンの出した資料にもベイロードシティでの戦闘については記されていなかった。それは当時のアークの状況を鑑みれば当然かもしれないが、やはり惜しいという気持ちが湧く。

 

 「分かるのは腕利きで、どの勢力であろうとも平等に接しているって事か。今どきのレイヴンにしては珍しいことかもしれねぇ。依頼主の思想は関係ない。依頼を受ける基準は報酬と生き残れる保証だけ……か」

 「レイヴンの理想像ではあるな。この時世では何処かの企業寄りになりがちだ。まぁ、アークがそういう流れにしてしまったというのはあるが……ある意味企業主義の社会には相容れない存在になり得たという訳か」

 

 その言葉にクリフはある存在を脳裏に思い浮かべる。ふたりのレイヴンだ。

 

 “レイヤードの解放者”

 “領域を超えた者”

 

 ひとりは言わずもがな、レイヤード時代末期に管理者を破壊したレイヴン。そしてもうひとりは地上回帰後、”サイレントライン”と呼ばれた未踏査領域の最奥に辿り着いたとされるレイヴン。

 多くを語られることは無いが、それでも共通で語られることがある。

 それはこのふたりのレイヴンは特定の勢力に傾く事無く依頼をこなしていたという事だ。

 任務中に以前共闘した相手が敵対して出てこようとも全て破壊していく。そこには遠慮も加減も慈悲も無い。思想も関係なかったのだろう。恐らくそこにあったのは純粋に戦うという本能。

 ──制御出来ぬ者。そしてイレギュラー。彼らをそう呼ぶ者もいる。

 アルバがどうだったかは分からない。ただ、行動思考は似ている様に思えた。今の時代においてはそれが際立って異質に見える。

 “レイヤードの解放者”の頃は管理者という絶対的な存在があり、”領域を超えた者”の頃は管理者がいなくなったとはいえ、その直轄組織グローバルコーテックスの影響力がまだあった時代。レイヴンはあくまで中立的存在という大義名分は残っていた。

 だが、今の時代はそんな絶対的な存在は消えて、代わりにレイヴンズアークという仲介組織が現れるも、やはり企業主義社会の時代の流れの中、レイヴンにも企業の影響力が少しずつ浸透して純粋な中立的存在はほぼ皆無となった。

 アーマード・コアは決して万能な兵器ではないが、それでも企業のパワーバランスを崩壊しかねない力を愛機と共に手にした存在はふたりのレイヴンと重なる。

 そして両レイヴンには共通で伝説の続きがある。彼らはそれぞれの目的を為し終えた後、忽然と姿を消した。生死も不明。もし違う点をひとつ上げるとすれば、アルバのような存在をもってしても旧世代の遺産を止めきれなかった。

 

 「ただ、俺は疑問に思うんだよね」とシモンは水を一口付ける。「こいつの亡霊は今もなお現れていない。腕利きのAC乗りの亡霊機体を見たという奴はいくらでもいるが、<ティシュトリヤ>を見たという者はまだいない」

 

 「そりゃまあ……」と残った最後の一切れを口に運んで咀嚼するクリフ。時間を掛けて呑み込んだ後、自然と言葉が出る。

 

 「生きているから……か」

 

 クリフの言葉にシモンは大きく目を開いて頷いた。

 

 「……確かに言われてみればそうだったな。生きていれば化けて出てくる事はない……至極真っ当な答えだ。特攻兵器とこの抗争の所為でその可能性をすっかり見落としてしまったよ」

 「だが、確証がない。あんなにコロコロと構成を換えていれば、パッと見では判らねぇよ……せめて目立つマークを付けてくれれば良いんだけどな」

 

 クリフは資料に記されたアルバのエンブレムを指で叩く。

 「燦然と輝く白い星を背に飛翔する鴉」──アルバが愛機<ティシュトリヤ>に付けていたエンブレムであった。

 

 「それがあれば苦労はしないな。しかし探ってみる価値はある」

 「この資料上で最後に姿を確認されたのは……コイロス湖の浄水施設か」

 「ああ……それ以降はアークが情報管制を敷いて動向が全然読めなくなった。アルバだけじゃない。他のレイヴンも同様さ」

 

 その頃のアークの動きはかなり読めなくなったのは覚えている。丁度、ジャック・Oによってアークの主要メンバーが追放された時期でもあったからだ。

 

 「しかし、このコイロス湖での任務、依頼主……不明?」

 「ああ、そう記されているんだが……この施設の襲撃の件は反企業主義組織がレイヴンを雇って攻撃したのではと噂されているけど、実は違うらしい」

 「……どういうことだ」

 

 急に息を潜めるような声になったシモンにクリフは前のめりの姿勢になる。

 昼下がりの食堂はまだ大勢の客で喧騒していた。それでも誰かに聞き耳を立てられるのは好ましくないという事か。

 

 「本当の依頼主はレイヴンズアークだったって事なんだ。なんでもこの襲撃以前、ミラージュがコイロス湖での作戦行動で雇っていたレイヴンごと攻撃をしたんだとか。その報復でアークが奴らのミサイル基地となっていた浄水施設を攻撃した……らしい」

 「……なるほどね、契約を反故された上に所属レイヴンを攻撃されたんだ。アークならそれくらいの事はやるだろうよ」

 

 資料に記されたコイロス浄水施設の作戦状況を読んでみれば、その圧倒的な戦闘能力に閉口するしかない。

 アーク直々の報復攻撃の依頼だ。徹底的にやれと言われたのだろう。重武装を施した重量二脚型に姿を変えた<ティシュトリヤ>が駐留していたミラージュ軍を蹂躙していく様が実際に見てもいないのに目に浮かんでくる。

 

 「──当ててやるよ」

 「何がだ?」

 「ミラージュに攻撃されたっていうレイヴンはアルバだろ。アークの性格上、そういう返しをやるくらいのユーモアは持っている」

 「それについての資料は見つからなかったが、恐らくそうだろう。それに打算的な考え方が大好きなミラージュの事だ。攻撃の際、どさくさに紛れて将来の脅威は消してしまおうという考えもあったかもしれない」

 「ミラージュならやりかねないな……実績はたっぷりとある。──まあ、これだけあれば十分だ。感謝するよ、シモン」

 「役に立てそうでなによりだ」

 

 クリフの差し出した右手にシモンも右手を差し出して握手をする。

 

 「これからどうするんだ?」

 「情報収集を続ける。それだけさ。そうだな……”エド”に接触してみようと思うんだが、今どこにいるか知っているかい? ここ最近コンタクトが取れないらしく。ネットワークコミュニティにも姿を見せた形跡もない」

 「3週間前だったか、ちょうどバーテックスの蜂起が起きた直後だ。レイヴンの情報について少しやり取りしてそれっきりだよ」

 「……そうかい。じゃあ、心当たりのある拠点を回ってみるしかねぇか。くたばってなきゃいいが……」

 

 エド──リサーチャーのひとりである”エド・ワイズ”。企業、軍、傭兵、そして裏社会にと幾多の繋がりを活かして仕入れてくる情報は正確性にやや難があるものの、その量は豊富で「情報収集で行き詰った時はエドに頼れ」と言われるくらい、リサーチャーの何でも屋として有名であった。

 

 「彼はしぶとい。それに悪運も妙に強いからそう簡単にはくたばらないさ」

 「そう信じたいね」

 

 コップの水を飲み干してクリフたちは席を立つ。決して美味しくはなかったが、腹は満たせた。現状はこれで十分と納得させるしかない。

 外に出ると小雨がぱらついて肌寒い。ここの土地柄、もう一枚羽織っておけばよかったと少し後悔する。

 

 「君が来る直前だったか……レイヴンが1人戦死したって情報が出た」

 

 シモンが煙草を咥えながら呟く。手に持った煙草の箱はクリフに向けられていた。

 

 「ああ、”ブルブル”だったか。どうやらジャウザーにやられたって話らしいが……」

 

 1本拝借して火を点けると深く吸い込む。久々の煙草だが、メンソール系特有の感触が喉を刺激した。普段吸わないタイプなのでクリフは一瞬だけ顔をしかめる。

 

 「あのレイヴンの性質上、アライアンスに所属すると思ったが、まさかバーテックスに居付くとはね……」

 「アライアンスの体制には合わなかったか。連合体っていうのは各企業のアイデンティティを薄めていくからこいつの様な企業の子飼いは居づらいっていうのはあったかもしれないな」

 「そう意味では既に戦死しているが、”ディーバ”もそうなっていた可能性もあったか……。アライアンス内に派閥が幾つも出来始めたとはいえ、居心地は良くないのは確かだな」

 クリフとシモンは同時に紫煙を曇天へ吐き出した。

 

 「直近で戦死が確認されたのはブルブルと独立傭兵のACパイロットが1名。残るAC乗りはこれで50名は切ったな」

 「そこまでになっちまったか……」

 

 シモンが発した言葉にクリフは空を見上げる。特攻兵器襲来から続くこの抗争がもたらした結果。恐らく、いや間違いなく更に増えていく。互いに生存権を賭けた喰らい合い。これはどこまで続くのだろうか。

 

 「ジャック・Oは本当にレイヴンによる秩序の構築なんて考えているのかねぇ……」

 

 思わず漏れた言葉。これはジノーヴィーの端末内にあったジャック・Oとのやり取りを見た時、明確に浮かび上がってきた疑問であった。

 

 「声明ではそう言っていたな。ただ、具体的な言葉が無かった。正直なところ、あの演説は如何にもな言葉の飾り付けをして民衆の注目を浴びるだけのパフォーマンスにしか聞こえなかった。そこに戸惑いはあるのは否めない」

 「やっている事は派手だが、実にはそれ程なっていないよなぁ。ただ単にレイヴンを含むAC乗りの数を減らしているだけだ」

 「アライアンス体制の打倒をしてそれに成り代わるのであれば、これでは味方は少なくなる一方になり、民衆の熱も下がるだけだ。このままだと彼の目的の実現は茨の道になるぞ」

 

 やはり慣れない味であった。それ程吸うことなく、短くなってきた煙草をクリフはジッと眺める。この煙草が燃え尽きるかの様にAC乗りたちもいつか全て果てるのか。

 

 「もしかしたらジャック・Oは……」と地面に落ちていく灰を見つめながらクリフは言葉を綴る。「──レイヴンという存在に執着していないんじゃないか」

 「どういう意味だ?」

 

 何となく出た言葉であった。シモンの問いに暫く黙り込むが、己の言葉をもう一度思い直してその問いの答えを出す。

 

 「本当の目的が何であろうと、達成させるのがレイヴンじゃなくても良い。ジャック・Oも自分の命をベットしているのではないのか。そう思っただけさ」

 「すなわち今はジャック・Oを含めた全AC乗りで生き残りを決めているって事か。何の為に?」

 「それが分かれば苦労しねぇな……。もしかしたらもう少し数が減れば何かしらのアクションはしてくるんじゃないか。そんな気はしてきた」

 

 そう言い切ったところでクリフは思い切り紫煙を吸い込み、吐き出す。自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。

 もう一度言葉の意味を頭の中で整理させる。喉を刺す様なメンソールの味は意外とこういう時には有効なのだろう。AC乗りの全滅? レイヴンの否定? 連想される意味は少し飛躍している気がしていた。

 

 「言葉通りに受け止めると、生き残ったAC乗りに何かさせようって事か?」

 「悪い、脊髄反射みたいに出てしまった言葉だ。あまり考えていなかったよ」

 「まあ、面白い考えではある。ただ、その考えが正しかったとして結局はジャック・Oが破滅主義に走っていたというオチであれば笑えないがね」

 

 決して嘲る意味で言ったわけではない。紫煙を弱々しく吐き出したシモンの表情は強張っていた。

 

 「この抗争の日々を過ごしていると時折思うよ。レイヴンという存在。それが近いうちに消えてしまうのではないかってね」

 「この状況を見ればそう考えてしまう……分からなくもねぇ」

 「端から見るとバーテックスは局地的には勝っている。だが、長い目で見ればアライアンスの強大な戦力がいつか彼らを呑み込むだろう。そこに残っているのは企業に飼われたヤツ。純粋なレイヴンはもういない」

 「──アルバがそう意味で最後のレイヴンになるかもしれないってか」

 「そう願いたいが、生きているかも分からない。後はジナイーダくらいだろう」

 

 「彼女もそうだったな」とクリフは今なお、どの勢力にも属さない孤高の女レイヴンの名前を思い出す。アライアンス、バーテックスに寄ることなく、レイヴンズアークの支援も受けずにここまで戦って来ているのは恐らくはジナイーダとそしてリム・ファイヤーくらいだろう。

 ──レイヴンズアーク。

 口の中で小さく呟いたその単語。仮にクリフの考えが当たっているとすれば、ジャック・Oはこの辛くも生き延びているこの組織の行く末はそう遠くないうちに相応の結末が訪れる。

 紺色のACを駆るレイヴンの姿を思い浮かべた。そうあっては欲しくないと願うだけしかない。

 

 「レイヴンたちの行く末に世界の行く末……仮にアルバに会えたとしたら……」

 

 シモンはフィルターギリギリまでになった煙草を吐き捨てた。

 

 「聞いてみたいよ。あの紛争は何をすれば正しかったのかってね」

 

 全てを狂わせた新資源。それを止められる方法。

 アルバに聞いても明確な答えが聞ける事は出来ないのは分かっている。それでも吸殻を踏みつぶして空を見上げるシモンの表情は何かに縋る様な脆い表情であった。

 クリフも空を見上げた。その空の表情は今のクリフたちと同様、先が見えない分厚い雲で覆われていた。

 

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