ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第44話「Doze」

 淡い光が視界に現れる。

 それが端末のモニターだと気が付いたディーネル大佐は目を擦りながらゆっくりと上体を椅子から起き上がらせた。

 うたた寝をしていた。ここ最近は睡眠時間が結構削られていた所為もあり、少し気を緩めるとこれだと大佐は独り苦笑いを浮かべる。

 夢を見ていた気がするが、どんな夢であったかはもう思い出せない。

 ただ、何となくではあるがトリガーを引いていた気はする。であれば昔の夢だろう。

 ACから降りて15年。少ない時間を見つけては体力トレーニングをしているのでやろうとすれば操縦ぐらいはこなせそうだが、流石に本格的な戦闘機動までいくと、肉体がもう数分と持たないだろう。

 アーマード・コアという兵器は端的に言えば、急加速に急減速。それを上下左右の三次元機動の組み合わせをしながら敵を察知して攻撃に回避。それの繰り返し。パイロットは密閉された空間でそれら一連の行動を瞬時に判断してするのだから肉体の負担はもちろん、精神的なストレスも膨大だ。

 それ故にACパイロットが肉体的限界を迎える年齢が一般的に30代後半と言われた。それを延命する為の強化手術もあり、かつてディーネル大佐と同時期にレイヴンになった者の何人かはそうしていたが、大佐は結局手術を受けることなく引退した。だが、お陰で今日まで生きてこられたのだと思っている。同時期になった者は結局皆、戦場で散っていった。

 負傷や加齢による肉体的な限界の自覚がACから降りた理由のひとつでもあるが、トリガーを引いた先に見える光景に嫌気が差したというのもある。それでも戦場から離れられなかったのは自分にはそこしかないという未練がましい感情があったからだ。

 瓦礫の記憶。時折フラッシュバックする光景は硝煙と血の匂いと共に蘇ってくる。こちらに戻って来いと言わんばかりに。

 

 (戻りたくても、この衰えた身体が拒絶するのだよ)

 

 モニターに僅かに反射するスカーフェイス。そして右の袖口から覗く火傷の跡。

 ノックする音。「入って良い」と返事すると副官のグレッグ・トゥワ大尉が入ってきた。

 

 「報告いたします。大佐」

 

 相変わらず抑制の少ない声。ミラージュ軍情報部出身であるトゥワ大尉。元々はレイクスタイン少将直属の部下であった。それだけに情報戦も優れている。特務部隊と情報部への関係がしっかりと構築されているのは彼の働きによるのも大きい。

 

 「”オペレーション・サンダウン”の編成が完了です。作戦開始は本日1730時を予定。”ディナータイム”は本日1830時に決行と参謀本部から決定の連絡がありました。それと──」

 

 トゥワ大尉はタブレット端末を見やってから言葉を続けた。

 

 「追加で入りました旧ナービス研究施設の攻撃部隊の編成も完了しており、こちらは本日の1230時に出撃を予定しております」

 

 トゥワ大尉がタブレット端末を操作してディーネル大佐の端末に情報を送る。端末の画面には情報ウィンドウが表示され、そこにはナービス社の主力戦車<セントー>。先の紛争時にクレスト社から供与されたと思しきグレー系統のカラーリングがされた<CR-MT77>に<CR-MT85>。それに加えて多数のガードメカが配備されていると記されている。先の紛争で本社壊滅直前に消息を絶ったナービスの部隊と思しき戦力。

 先日、アライアンス本部から脱走したキサラギ派の研究員たち。彼らは現在、旧ナービスの研究施設跡に逃げ込んで、そこで旧ナービス残党部隊と合流したという。

 その掃討に特務部隊が向かうようにと参謀本部から命令が来ていたが、これから行う作戦の直前であり、出撃チームの編成が完了したタイミングでの指令はディーネル大佐をはじめとする特務部隊とって歓迎し難いものであった。

 だが、断りたくてもこの指令はレイクスタイン少将から直接の要請で入ってしまったもの。拒否は出来ない。

 

 「急な編成の変更をさせてしまって申し訳なかった。今朝の5時に目覚まし代わりに来た参謀本部からの追加の任務だ。動かすのは難しかっただろう」

 「今回はすぐに決められたので、それ程難儀はしませんでした」

 

 新たに表示された情報ウィンドウ。急遽入った任務の出撃チーム編成だ。それを眺めながらディーネル大佐は「ミニオーグか……」と小さく頷く。

 

 「……ミニオーグなのはどうしてだ?」

 「オペレーション・サンダウンの出撃チームはジェラン隊、シグリッド隊、ヴィルヘルム隊、コーカサス隊と振り分けておりますが、今回の追加任務、ACならミニオーグの<スウォンジー>にMTを隊からそれぞれ1機または2機ずつ割り当てられました。ミニオーグになった理由は先日参加した戦闘で機体の損傷に彼自身も軽傷を負って調整が遅れていましたが間に合ったとの事で、どの隊に充てるかを直前まで検討しておりました。その為、ミニオーグならすぐに動かせると判断してこのような編成となっております」

 「彼に部隊指揮の経験は?」

 「なしと聞いています。レイヴンであったからというのもありますが、彼の性格上、単機で突撃していく事が多く、先の戦闘で受けた損傷もそれが原因でした」

 「……若い証拠だ。ここではもう少し控えてもらいたいが、新型を任せたというのも却って増長させてしまったか」

 

 ミニオーグのパーソナルデータを頭の中で思い出しながらディーネル大佐は端末の情報ウィンドウを眺める。

 特務部隊の中では最年少であるミニオーグ。戦技シミュレーション上では高いスコアを挙げてはいたものの、実戦では然したる戦果はあまり挙げられていなかった。新型受領前の<スウォンジー>の機体構成もそれ程熟していなかったというのもあり、新型を任せてみたが今のところ大きな変化は出ていない。

 

 「彼はサンダウンの実働部隊に編入させたままにして別の隊員を出しますか?」

 「いや、任務に合わせた編成をこの土壇場で大きく変えるのは良くないな。この編成でMT隊に指揮経験のある者は? 最低限の指揮は取れるようにしておかなければならないだろう」

 「ウォルトン中尉とテイラー中尉は前所属でMT隊の小隊長を務めた経験があります。いざという時は彼らに任せられます」

 「そうであれば良い。彼も貴重なレイヴンだ。ここで喪っては痛手だからな。これで進めよう、大尉」

 

 まだミニオーグにはフォローが必要だ。新型をここで壊す訳にもいかない。それにパイロットもだ。才能はある筈。これからも戦ってもらわなければならない。

 

 「了解です。大佐」

 「今回の情報の大元はDr.?からだったな。それもこちらを通さずにレイクスタイン少将へ直に協力要請の許可を取ってきたのだから。我々の事情もお構いなしにこれはな……」

 「それは同意です。しかし、あのレイヴンはアライアンス結成時に我々への協力的立場を取ると一番に表明してくれました。彼の動きは情報部にとって有用ですので無下には出来ないのも事実ですが──」

 

 トゥワ大尉は言葉を止めて手に持っていたタブレット端末に目を見やる。

 

 「大佐、通信が入っております。──Dr.?からです」

 「噂をすれば影か」

 

 トゥワ大尉は敬礼して退室しようとするが、ディーネル大佐は「待て」と言って止める。

 

 「この通信は大尉も聞いておいても良いだろう」

 

 それを聞いて「分かりました」とトゥワ大尉は部屋に留まる。このタイミングでの連絡だ。次の作戦に影響が出る情報の可能性も高い。ディーネル大佐は端末を操作して通信を繋ぐ。

 

 『お久しぶりです。ティンバー・ディーネル大佐』

 

 Dr.?の声。カメラは作動していないのか、映話ウィンドウには彼のパーソナルエンブレムだけが表示されていた。

 

 「1ヶ月ぶりか……色々と手を回してくれた。感謝する。ジェランの調整手術の手配もご苦労だった」

 『私も情報部から幾つか情報提供の協力を頂いておりますので、礼には及びません。我々は常に持ちつ持たれつの関係。企業とレイヴンはそうやってこれまでの時代を築いてきたのですから』

 「ただ──」とディーネル大佐は言っておかなければならない言葉を出す。「──直前での注文はこれっきりにしてもらおうか。君は分かっている筈だ。今がどういう状況であるかは」

 『ええ、承知しております。お叱りの声、返す言葉がございません。申し訳なく存じます』

 

 今の特務部隊の状況は協力者であるDr.?にも共有されている。レイヴンである彼であれば突発な任務の煩わしさは知っている筈。ディーネル大佐の抗議に対してDr.?は素直に謝罪の意を示す言葉を発した。

 

 『今回追加された任務ですが、既に施設機能が生き返っている事が確認されました。キサラギ派の技術者たちは恐らく──』

 「旧世代の遺産か」

 

 Dr.?の言葉の先は分かっていた。彼らは先日、本部から重要機材を奪って脱走。逃走先の旧キサラギ社第一〇一工廠において重要機材こと<レッドバタフライ>の稼働実験の末に死亡した。

 後の調査で発見された遺体の数から別に動いているグループがいるのは分かっていた。ただ、協力体制があったとはいえ、レイヴンに彼らの行方先の判明を先越されてしまったのでは情報部としては立つ瀬がないのではと少し情けない気持ちになってしまう。

 

 『その通りです。状況からして稼働実験を再び行っていようとしている事は明白です。ですが、彼らも愚かではない。第一〇一工廠の時の様な失敗はしないでしょう。直近の脅威となり得る可能性があります』

 

 ディーネル大佐は端末に転送された情報を眺める。

 以前確認された自立兵器<レッドバタフライ>。彼らが動かした数からして残りは少ない筈だが、前回の交戦によってどれだけ戦闘能力が以前よりも向上しているのか。不安要素は増えた。こちらも無傷では済まされないというのは覚悟する。

 

 「ディナータイムもサンダウンも予定通り行う。この任務も我々で済ますようにしよう。君は来られるのか?」

 『申し訳ありません。私も野暮用を済ませなければなりませんので、遅れての合流となるでしょう。特務部隊に任せっきりになってしまうのは大変心苦しいです』

 

 それは承知している。互いにやるべきことはある。例外はあるものの、基本的には互いの行動への干渉は極力しないのが不文律として成立していた。

 

 『……あともうひとつ、報告がありました』

 「聞こう」

 『例の端末ですが、所在が分かりました。リサーチャーのクリフ・オーランドという者が現在所有しています』

 「クリフが、か……」

 

 唐突に現れた名前。知っている者の名前を聞いてディーネル大佐の背筋が一瞬跳ねあがる。

 

 『知り合いでしょうか?』

 「……懇意にしているリサーチャーだ。まさか、彼が持っているとはな」

 『レイヴンのフライボーイと接触していた形跡がありました。恐らくは彼経由で手に入れたかと思われます。現在、私の兵が追跡しておりますが、行方がまだ掴めておりません』

 「──各都市の検問所から情報を回させよう。動き回るのが好きな彼の事だ。すぐに引っ掛かる筈だろう」

 『これ以上ない施し、感謝申し上げます。これで鍵が手に入り、我々の目的の成就は大きく近づきます』

 「ただし、ひとつだけ要望がある。彼を捕獲するのは良いが、生かしてはおいてくれ」

 『それは……?』とDr.?は怪訝そうな声を上げる。『どういう事でしょうか?』

 「そのままの意味だ。彼を殺すな」

 『この男は既に触れている可能性があります。その相談はいたしかねます』

 「別にずっと生かせとは言っていない。それに君には貸しをひとつ作った。……断れないだろう?」

 『ですが──』

 「彼には大きな借りがあってね、それを清算するまでは生かしておいて欲しい。すぐに済むことだ。そう長くは待たせない」

 『……分かりました。クリフ・オーランドの身柄拘束は速やかにそして生かして行うようにします』

 「そうしてくれ。こちらも準備は進めよう」

 

 通信が切れる。ディーネル大佐は背もたれに身体を預けた。妙な疲労感が押し寄せて来たのは気のせいでは無い。

 余計な依頼もあるが、思わぬ名前が出てきたことによる影響もあるかもしれない。出来れば関わって欲しくは無かったが、こうなってしまっては仕方がない。

 喪う事も覚悟はしなければならないだろう。

 「さて……」とディーネル大佐は椅子から立ち上がり、トゥワ大尉の方へ視線を向けた。

 

 「聞いた通りだ、トゥワ大尉。済まないが、不測の事態があるかもしれん。レイヴンを1人雇おう」

 「レイヴンを……ですか?」

 「旧世代の遺産が出てくる可能性を考えれば、用心に越したことは無い。第一〇一工廠の時と同様、他言しない様に釘を刺しておけば大丈夫だろう。これでミニオーグ隊の編成を行ってくれ。それと、状況によっては援護が必要になる。サンダウンの攻撃チームからも出せる様にしておこう。誰が出ても良い様に準備を進めさせておいて欲しい」

 「至急、調整します」

 「Dr.?が色々と情報を回してくれたというのもあるが、事は順調に進んでいると思っていいか。お陰で少将が薦めてくれた慰安音楽会に行く段取りがこれでようやく出来そうだ。……大尉は行く予定はあるのか?」

 「私は今のところは予定に入れておりません。ですが、スケジュールに余裕と日程が合えば考えてはおります」

 「クラシックだそうだ。聴くことは?」

 「ミラージュ在籍時に当時大佐であった少将との付き合いでよく聴いていたので、結構ありますよ。でも私の趣味には合っていると思います」

 

 それは初耳であったが、レイクスタイン少将とトゥワ大尉の波長が似ているなとディーネル大佐が前々から感じていた事はどうやら合っていた様だ。思わず「フフ」と笑みが零れてしまう。それにトゥワ大尉が首を僅かに傾げるが、すぐに姿勢を正す。

 

 「大尉。1時間後に公安部とブリーフィングを予定している。それもエゼル中尉と共に準備をしておいてくれ。済まないが、少し休みたい」

 「了解です。大佐」

 

 トゥワ大尉は敬礼して退室していく。少し騒がしい雰囲気になった執務室に静けさが戻る。だが、ディーネル大佐の胸中はまだざわついていた。

 

 「出来れば深入りして欲しくなかったが、こうなってしまっては仕方が無いだろう」

 

 椅子に深く座り直し、落ち着きを取り戻そうとする。自分らしくはないのは分かっていた。自分が調査依頼を出しているとはいえ、知っている者が巻き込まれるのを知るとやはり冷静さが失われる。

 だが、峻別はしなければならない。これから起こす行動の為に障害になるのであればその時は──

 

 「私自ら、手を汚そう」

 

 腰にある重みを改めて実感。それを手で撫でて、ディーネル大佐は目を瞑る。

 悪夢を見るかもしれない。

 そう予感をしながら短い眠りに就いた。

 

 

    *     *     *

 

 数珠の様に連なる車の列。

 その中にはクリフの運転する車も含まれていた。煙草を咥えてハンドルを握りながら眉間に皺を寄せている。

 普段であれば渋滞なんてすることは無い街道の筈だが、今日に限っては何かあったらしい。

 

 「早く動けよな……オイ」

 

 思わず呟いたその率直な言葉は前で止まっている大型トラックに、後ろで止まっているワゴン車の中に居る者たちも恐らく同じ気持ちだろう。

 かれこれ1時間は同じ状態だ。流石に我慢出来なくなる。クリフはサンルーフを開けると、そこから半身を出した。ノースクラウンとは打って変わって初夏の熱い空気が肌に纏わりついてくる。

 車列は遥か前方まで伸びており、後方も同様であった。動くにはまだ時間が掛かるのが一目で判ってしまい、うんざりとした気分になる。先は何処になると双眼鏡を出して覗き込んだ。

 最大倍率でようやくそれらしいものが見える。装甲車の影に作業用MTらしきものもぼんやりとだが視界に捉えた。アライアンスが何かをやっているのだけは分かる。検問であればこの先にある街の入り口でやるのでそれは無いだろう。

 双眼鏡を下ろすとアライアンスの兵が2人、こちらへ歩いてくるのが見えたのでクリフは車内に戻ると2人が来るのを待って話し掛けることにした。

 

 「これは一体どうしたんだ?」

 

 声を掛けられたアライアンス兵は武器こそ構えてはこなかったものの、警戒した表情そのままにクリフの車へ近づいてきた。

 

 「特攻兵器がこの先の街周辺に落ちて来たんだ」

 

 2人組の年上と思われる方が答えてきてくれた。よく見ると髭には白いのがまばらに混じっている。その横で若い方が何時でも武器を構えられる準備をしていた。思っていた以上に物々しい。

 

 「何だって? いつ起きた? 被害は?」

 「つい2時間前だ。シティガードが対応したが、幸い襲来してきた数は少なかったらしい。街道の方にも複数落ちて道路に大きな穴が出来たので今はそれの対応中だ」

 「どれくらい掛かる?」

 「修復には少なくとも……あと4時間は掛かる見通しだ。──キャメリアシティに行くのか?」

 「……いや、その先のジャサントシティへ友人の見舞いにね」

 「そうか。実はそちらの方も街道を含めてやられている。すまないが、まずはアライアンスとOAEの車両を優先的に通すことになるが、そこは了承しておいてくれ」

 「それは分かった。それじゃ、気長に待つとするよ。ありがとう」

 

 クリフは2人に礼を言って窓を閉めると、空調から冷たい風が出てくる。

 

 「──まいったね。見ていなかったよ……」

 

 そう呟いて携帯端末からニュースサイトを開くと、この件に関するニュースが速報で出ていた。先に知っておけば、この長い車列に並ぶ事無く別の方法を探れたのにと後悔する。

 目的地は旧ミラージュ領のジャサントシティ。そこにエド・ワイズがいる可能性が高いからだ。

 KDによると、エドとは1週間前に新しい端末の調達についての相談があり、組織のメンバーがそれについての短いやり取りをしたのが最後。恐らくはジャサントシティの拠点からだと思われるとのことだった。

 彼もかなりの変わり者だ。部屋に1週間篭りきりかと思えば、突然姿を消しては突拍子もない所に現れ、そして大量の情報を収集してきていた。情報の質の良し悪しは別にしてもその豊富さが頼りになる。それが何でも屋と言われる所以であった。

 あとは安い値段で譲ってくれれば嬉しいが、そこは自分の財布と相談だろう。

 あの男の事なので既にいない可能性もあるが、巻き込まれていない事を祈るだけだ。

 盛大なくしゃみ。寒暖差の激しい移動もあったせいか、風邪をひいたのかもしれない。軽い頭痛と寒気を覚えた。

 空調の温度を少し上げて座席をリクライニングさせると、シートに身体を預けて横になる。暫く動けないのであれば、こうしていても問題は無い。後は指定時間を待つだけだ。本来ならばこの先の街に着いて落ち着ける所でする筈だったが、こうなってしまっては車内でやるしかない。

 1時間16分後、きっちりと端末からアラームが鳴る。少しばかり重くなっていたまぶたを擦ってクリフは端末の暗号通信用の映話ソフトを起動させた。

 

 「よう、KD。順調かい?」

 『やあ、クリフ。まぁ、ぼちぼちってとこさ』

 

 クリフの端末の画面にKDの顔が映る。その顔は少し、疲弊している様に見えた。

 

 『放流するデータのリストありがとう。これからちょいちょいと小出しして様子見ってとこだね』

 「ああ、俺の方でもやっていく。これで動きが出てきてくれれば万々歳ってところだな」

 

 以前話をしたジノーヴィーの端末内に入っていた情報の事だ。放流させても問題は無さそうなデータをKDと分担して順次放流していく。

 狙いはリサーチャーのネットワークで情報を回させて新たな情報を得るというのが一番の目的であったが、クリフたちを狙ってきた勢力。レイヴンズアークへの牽制と攪乱もあった。

 放流させたデータを見てアーク側がどういった動きを見せるか。少々危険な賭けではあるが、そこから別の情報が引き出せる可能性もある。

 だが、クリフが新たに解析したデータはKDにはまだ渡していない。全容を見ていないというのもあるが、それを渡すのはリスクがまだ大きいと感じたからだ。

 

 「解析はどうだ? 順調かい?」

 『……良い報せと悪い報せがあるけど、どっちから聞くかい?』

 

 疲れた顔の意味が分かった気がする。何かあったかと察した。

 

 「ありきたりな台詞、ありがとう。じゃあ、ここはセオリー通りに良い報せから聞こうか」

 『良い報せ。高性能端末が準備出来た事』

 「それは良かった。これで解析作業が進むって事だな。──で、悪い報せは……?」

 『その端末が解析作業を始めて4分でお釈迦になった。いや、正確には4分27秒か』

 「……総合的には悪い報せじゃねぇか。何があった」

 

 画面越しのKDは大袈裟なリアクションで溜息を吐く。

 

 『トラッププログラムが仕込まれていたよ。偽装ファイルがあって、それを掴んだ瞬間──プッツンと逝った。800コームの端末……まいったね、これは』

 「予想以上のガードの硬さだな、これは……」

 『多分だけど、これは指定の端末外にデータが置かれると発動するタイプのプログラムだと思う。外部に持ち出された時に備えていたんだろうねぇ……。用意したのはクレストのセキュリティ部門か、もしくは僕らみたいな人間なのかもしれない。簡単にいくとは思ってはいなかったけど……いやぁ手強いね。今度再トライするとしたら、最低でもスキャンプログラムにカウンター用のプログラムを用意して臨まなきゃならない』

 

 それを聞いて思わず頭を抱えたくなるが、KDの表情と声は段々と明るくなってきている事に気が付く。

 

 「なんかネガティブな表情が無くなってきているのは気のせいか? KD? 口角が上がっているぞ」

 『ネガティブ……? いやぁとんでもない。あのジノーヴィーの端末のデータを覗き見なんて、こんな事出来るなんて貴重な経験だし、ハッカーとしてはやっぱり興奮が抑えられなかったよ。まぁ、800コームは授業料みたいなもんさ。ただ、解析作業はこれでちょっと足踏み状態になるからどうするべきか……一番手っ取り早いのはそうだねぇ──』

 

 「俺が持っている端末を持ってきてじっくりとやる……だな」

 

 クリフの言葉にKDは『正解!』と手をポンと叩く。

 

 『──外部に持ち出された時に備えてデータ自体には強力な暗号化がされていると思うし、それの解除に莫大な時間が掛かる筈だからやっぱりそれが一番。でも、持ってこられるのかい?』

 「ジャサントシティでの野暮用が済んだら、そっちに戻って試してみるか。ただ、時間は掛かるかもしれねぇけど」

 『特攻兵器が来たんだってね。まさかこのタイミングで来るとは……』

 「ああ、キャメリアシティの前で足止めを食らっちまった。今は見ての通り、車の中で寝っ転がってお前さんと話している」

 

 クリフはそう言って窓の外に視線を向ける。青い空と白い雲。その先から赤い特攻兵器がまた飛来してきた。

 ここ最近は飛来してくるという事は殆ど無かった筈だが、バーテックスの蜂起以降、戦場で何度か飛来してきたという話は小耳に挟んであった。規模としてはまだ小さい方だが、日に日に増えている傾向にあるという。この抗争が続けばさらに増えることは間違いないだろう。

 特攻兵器は戦いの臭いを嗅ぎ分ける力も持っているというのか。いや、他にもあるであろう旧世代の兵器も同様かもしれない。

 

 『……ああ、それとこの間話していた、アークと通信していた形跡のあったアライアンスの部隊について少し調べてみたよ』

 

 画面に情報ウィンドウが表示される。そこにはアライアンスの部隊とその指揮官の名前と前所属が複数表示されていた。

 

 『完全ではないけどね。所属はミラージュ、クレスト、キサラギとバラバラで、パッと見た感じでは関連性はゼロ。そう見える』

 「アライアンスっていう組織の構造上、そうなるだろうな。要はこのリストに載っている連中が前の紛争で何処にいたか、だ。こいつら全員ナービス領のドンパチに大きく関わっていた士官だろ」

 

 画面に映るリストをクリフは指で叩く。横にはクリフが作成していたリストも表示させて照会していた。

 

 『ご名答。彼らは皆、ナービス領の前線にいた。後方にいた者は1人も無し』

 「全員あの紛争の前線で戦っていた士官。それとミラージュ所属のヤツはもしかして……」

 『アークとの癒着に大きく関わっていた派閥に属していた士官だね。彼らもジャック・Oによるアーク上層部の追放と時同じくして、ミラージュからお咎めを受けている』

 「罪状はそんなに大きくは無かったけどな。こんな感じだと他の企業もミラージュの奴らと同じ様なもんだろうと察してしまうぜ。レイヴンの囲い込みといい、アークと何らかの形で繋がりはあったって事だろうな」

 『怪しさは一段と上がったね。通信内容も取ることが出来ればよかったんだけど、やっぱりこれは流石に駄目だった。後は狙いが何なのか……』

 「ちょいと踏み込んでみれば答えのヒントくらいは出てきそうな予感はする。──じゃあ、こっちでの野暮用を済ませたら、足を見つけてそっちへ向かう事にするよ。どれくらい掛かるか分からないが、行く前に連絡するから、よろしくな」

 『オーケイ。僕の方はもう一度端末を準備しておくよ』

 「──端末で思い出した。あれからエド・ワイズからの接触はあったかい?」

 『いやー……無いね。あれからどうしているんだろうとは少し心配しているけど、エドの事だ。多分大丈夫だろうという変な信頼もある』

 「悪運の強さは多分、この界隈一だろうからな。もし会えたら握手でもしておくか。少しは幸運を分けてくれるかもしれん」

 『もしエドに会ったら、ついでに調達する端末について僕が知りたがっていると伝えておいてくれ』

 「あいよ。ここ最近、バーテックスの動きが妙に鈍いからな。エドも動いている可能性はあるからいてくれるのを期待するよ」

 『確かに変な気がするね。進攻が滞っているって訳でもなさそうだけど』

 「今まで最前線に出していたACは引き上げさせているな。その代わりにMT部隊を前に出し始めたが、それでも積極的には動いてこない。何かを待っているみたいだ。バーテックスの基地間での動きはあるらしいがまだちょっと掴めていない。多分ACの移動だと思うが」

 『バーテックスなりに一気に攻勢を掛ける準備とかかな? 以前あったグリーン・ホーンの組織みたいに』

 「まだ攻略できていない拠点はあるからな。どれかをブン盗るって事もあり得ない話じゃない。その中には試作MTを製造しているっていう噂の施設だってある」

 『バーテックス寄りの組織からの依頼もここ数日減ったからねぇ。目立つ行動は極力避けていそうだけど。どのタイミングでまた動くんだか……』

 「まあ、いずれにせよ下手に巻き込まれねぇようにお互い慎重にいこうぜ。また生きて会おうや」

 

 2人は敬礼もどきの挨拶をして映話を終了した。

 アークが何かしらのアクションをしてくる前に仕事は済ませておきたい。まだ動きは掴まれていない筈だが用心するには越したことは無いと先日の事を思い出す。

 もう一度盛大なくしゃみ。頭痛も強くなってきた気がする。生憎、今は風邪薬を持っていない。街に入れたらまず薬を買おうと考えた。どうせ動くのはまだ時間が掛かる。少しでも身体を休ませておくのが良いだろう。

 窓を半分開けると、クリフは目を瞑った。初夏の熱い空気を纏った風が頬に当たる心地良さを感じながら少しの眠りに就いた。

 

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