ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第46話「Pulverize」

 まずは目の前にいるACの撃破が最優先だとヴィラスは考えていた。

 <ディスチャージャー>の動きにもようやく慣れてくる。火力で押し切られない様に機動力の優位性を取り、側面に回り込もうとする<ヴェスペロ>の動きに反応する<ディスチャージャー>に対して<スウォンジー>が攻撃を当てていけば着実にダメージを与えられる。

 <ヴェスペロ>の放ったライフル弾が<ディスチャージャー>のコア脇に命中。それに続いて<スウォンジー>から放たれたリニアガンの弾丸は惜しくも<ディスチャージャー>の右肩上部を掠めていくも、同時に放ったマシンガンは防御スクリーンが弾ける音を響かせた。

 状況としてはこちら側が優勢に傾きつつあり、施設内の戦力も特務部隊のMTによって各個撃破されている。あともう一押しすれば終わらせられる。ヴィラスはそう感じたその時であった。

 

 『熱源反応が3つ増加。サイズはACクラス……! 気を付けて。……それと、施設奥の大型ハンガーから輸送機が1機出て来た。まさか逃げるつもり?』

 

 レーダーディスプレイの端に輝点が3つ増加。反応が出た方へ頭部カメラを向けると、ハンガーの屋根を突き破って3つの機影が飛び出していくのが見えた。

『増援機体の照合完了。2機は<RUSYANA>。──そんな……まさか、この機体は?!』

 モニターに捉えたのは<RUSYANA>、そして以前ヴィラスがキサラギの工廠で遭遇した深紅の機体であった。

 

 『<レッドバタフライ>……!』

 

 ミニオーグが小さくそう口走ったのをヴィラスは聞き逃さなかった。どうやら彼もあの機体の事はある程度知っているらしく、それがあの紅い機体の名前だとヴィラスは察した。

 <レッドバタフライ>と<RUSYANA>は<ヴェスペロ>と<スウォンジー>へ向きを変えると一斉にパルスレーザーを放ってきた。

 

 「クッ……」

 『クソ!』

 

 <ヴェスペロ>と<スウォンジー>は後退。その隙に<ディスチャージャー>も後退して互いに距離が離れる。そこへ入れ替わるように3機が飛び込んできた。3機から更にパルスレーザー。ブースト機動で躱すも何発か命中したらしく、防御スクリーンが弾ける音と装甲の焼ける音がコクピットに響く。

 まず撃破するべきは<レッドバタフライ>という名の深紅の機体だとヴィラスは優先順位を変えて狙いを付ける。あの機体の恐ろしさは前の戦闘で思い知っていたからこそ、早急に片付けなければこちらがマズいと理解していた。

 <ヴェスペロ>はECMメーカーを射出しながら両腕のライフルを発射。<レッドバタフライ>はそれを躱していきながらパルスレーザーで反撃。随伴の<RUSYANA>もそれに合わせてパルスレーザーを発射。<スウォンジー>も敵機の動きを抑えようと、両腕のマシンガンで弾幕を張りながらリニアガンを放つも、互いにそれを回避。

 横から飛びこんでくる高出力レーザー。不意に来た攻撃に対処できず、<ヴェスペロ>は被弾。右肩部装甲が損傷。モニターの右隅に<ディスチャージャー>が戻ってきたのを捉える。

 <ディスチャージャー>は<レッドバタフライ>に対して特にリアクションは無い。それにこの機体が企業製ACを伴って動いているという事は何らかの制御がこの施設にいる者たちによってされているのだろうとも察した。

 <レッドバタフライ>は2機の<RUSYANA>を引き連れるような動きで<ヴェスペロ>と<スウォンジー>の上を飛び越していくと、その先で交戦していた特務部隊のMTに向けてパルスレーザーを一斉斉射。特務部隊のMTがそれによって動きが怯んだところへ<レッドバタフライ>が背部から大量の小型ミサイルを垂直発射。火球が幾多も咲き、特務部隊のMTが吹き飛ばされる。その中には味方も含まれていた筈だが、そんなことはお構いなしの様に再度パルスレーザーを斉射して掃討する。

 

 『味方部隊MT4機、シグナルロスト。残る2機も損傷が甚大、任務続行が不可能……。それと、先程の輸送機の離陸していく』

 

 ルシーナが一連の動きで起きた状況を知らせて来た。モニターの片隅に輸送機と思しき小さな影がここから離れていく姿を捉えていた。実質残るは自分とミニオーグだけになってしまったとヴィラスはコントロールスティックを強く握りしめる。

 

 「任務はこのまま続行か?」

 『特に指示はないからこのまま継続と思っていいかも。でも、危険だと判断したら後退して』

 

 「了解」と応えながらヴィラスはフットペダルを蹴飛ばす。<ヴェスペロ>がバックステップすると、そこへ高出力レーザーとパルスレーザーが同時に落ちてくる。

 

 (どうする……)

 

 レーダーディスプレイに映る輝点が一斉に向かってきた。次の狙いは自分たちだ。旧世代兵器1機だけでもキツイが、それに加えてACが3機と攻撃に巻き込まれて少し数は減ってしまったがMTを含むガードメカもまだ多数いる。

 

 「まずは……!」

 

 ヴィラスは<レッドバタフライ>に狙いを付けてトリガーを引く。脅威度の高さは変わらない。ミニオーグも同じ考えであったのだろう。<スウォンジー>の両腕のマシンガンが<レッドバタフライ>に向けて放たれている。

 だが、それらの攻撃を<レッドバタフライ>は空中を舞う様な機動で躱すと、頭部をスライドさせ、胴体内部に格納。背部からキャノンを迫り出してきた。見覚えのある動き。狙いは<スウォンジー>。ヴィラスは「避けろ」と叫ぶ。

 <レッドバタフライ>から放たれたグレネードは<スウォンジー>に直撃。左腕が吹き飛ばされる。そこへ随伴の<RUSYANA>が追い打ちを掛ける様にパルスレーザーを雨の様に浴びせてきた。

 ヴィラスはそれを抑えるべく、<RUSYANA>の1機に狙いを付けるが、直後にロックオン警告。次の瞬間、自機正面に<ディスチャージャー>が滑り込んできた。コア<C01-GAEA>のイクシードオービットが展開され、レーザーライフルが構えられている。

 

 『……標的……設定……AC……紺色……』

 「──邪魔だ……!」

 

 ヴィラスはオーバードブーストを起動。相対的に至近距離とも言えるレンジ。一瞬で間合いを詰めて<ヴェスペロ>は右脚を振り抜いた。金属同士が激しく激突する音とレーザーが金属を焼く音が混じり合う。

 蹴りを受けた<ディスチャージャー>はバランスを崩して激しく転倒。対する<ヴェスペロ>はイクシードオービットによるレーザーをコアに2発受けたが、損傷は軽微。

 ヴィラスはすぐさまメイン武装をミサイルランチャーに切り替えて近い距離にいた<RUSYANA>にロックオン。肩部のミサイルランチャーと共に8発のミサイルを発射。<スウォンジー>への攻撃に集中していたのが仇になったのか、<RUSYANA>は左側面からミサイルをほぼ全弾受けて墜落。

 墜落した<RUSYANA>は立ち直ろうとするも、そこへ<スウォンジー>がリニアガンを放ってとどめを刺す。

 

 『……クソACが。舐めたマネしやがって……!』

 

 ミニオーグの怨嗟を滲ませた声。機体は装甲が更に焼けて、弾け飛んでおり、損傷が広がっていた。

 

 「無事か?」

 

 ヴィラスの呼びかけを無視して<スウォンジー>は右腕のマシンガン放ちながら<レッドバタフライ>目掛けて飛び向かっていく。血が上っているのか、回避の事を全く考えていない様な直線的な動き。そこへ<レッドバタフライ>は両腕を構えてそこからプラズマを放つ。

 禍々しい紫光は<スウォンジー>の右肩の装甲を吹き飛ばしていった。『クソォ!』というミニオーグの叫びが耳朶を打つ。

 それに加えてその後方から高出力レーザーが<ヴェスペロ>を狙ってくる。<ディスチャージャー>も体勢を立て直していた。一斉に来られると火力の差で圧倒的に不利だ。

 

 「──後退する」

 

 ヴィラスはミサイルの発射態勢を整えたまま機体をバックステップさせるが、<スウォンジー>は右腕のマシンガンを構えたまま応戦する態勢を取っていた。

 

 「後退しろ、危ない」

 『俺に指図するな!』

 

 ヴィラスの声を無視してミニオーグはそう叫んで攻撃を続行。それを見てヴィラスは後退を止めてトリガーを引くと、インサイドトリガーも同時に引いてECMメーカーを射出。10発のミサイルが<ディスチャージャー>へ目掛けて飛んでいく。それとほぼ同じタイミングで<レッドバタフライ>からのグレネードが<ヴェスペロ>に目掛けて飛んで来たのをヴィラスは小さく舌打ちしながら察知した。

 サイドステップで逃れようとしたが間に合わない。左肩部に直撃。肩部装甲が吹き飛んだというメッセージ。

 機体ダメージが上昇しているという警告メッセージも耳に入ってきた。<スウォンジー>は相変わらず強引に敵機へ攻撃を仕掛けているが、<RUSYANA>からの反撃でとうとう右腕にも致命的なダメージを受けた様だ。

 

 (これ以上は無理だ)

 

 ここは<スウォンジー>を置いてでも退くべきだ。その考えがヴィラスの脳裏に過ぎる。このままではこちらがやられるだけだ。

 

 『ヴィラス、味方の増援がもうすぐこちらに来るって通信が』

 

 ルシーナがそう伝えてくると、レーダーディスプレイの端に味方機のシンボルが1つ表示された。

 それはすぐに2つになり、猛スピードでこちらに向かって来るのが分かった。後方確認モニターにはACが2機、ブーストを全開にして近づいてきたのが見える。黒と銀の重量二脚型とすみれ色の軽量二脚型。

 

 『こちらジェラン。援護に回る』

 

 増援の1機は<エクリッシ>であった。

 

 『シグリッド、敵機視認。攻撃を開始する』

 

 そして若い女の声と共に後方からレーザー。それは<RUSYANA>の頭部を捉え、吹き飛ぶ。そこへもう一発別のレーザーが<RUSYANA>のコアを貫き、爆散。

 

 『こんなものとやり合っていたか』

 

 <エクリッシ>が<ヴェスペロ>の横に付くとそのまま<レッドバタフライ>へ向けて右腕の高出力レーザーライフルを放ち距離を離す。<スウォンジー>の前にはすみれ色のAC。頭部コンピュータによると<ブリュンヒルド>という機体だと告げていた。

 

 『ミニオーグ、退け』

 『俺はまだ……』

 

 ジェランからの言葉にミニオーグは反論しようとするが、『強がるな』とシグリッドが口を挟む。

 

 『そんな損傷でまだ戦えると思っているのか? お前は邪魔だ』と突き放す様なシグリッドの声。『死にたくなければさっさと退け』

 『命令だ。撤退しろ』

 

 ジェランからの言葉にミニオーグは小さく舌打ち。<スウォンジー>は後退していく。隊長からの命令は絶対なのだろう。だが、どういう心境で今はコントロールスティックを握っているかヴィラスは察することが出来た。

 

 『さっさと片付けるとしよう』

 

 ジェランがそう言って機体を前進させると左背部のキャノンを展開させて高出力レーザーを<レッドバタフライ>に向けて発射。それは躱されるも、その動きは先程よりも鈍っているとヴィラスには何となく感じられた。戸惑っていると言えばいいのか、随伴の<RUSYANA>が撃破された辺りで動きにムラが出来た様な気がする。

 ヴィラスは<エクリッシ>がリアタックを仕掛ける瞬間にオーバードブーストで<レッドバタフライ>の側面に回り込んで両腕の武器を発射。2機の動きに対する反応が遅れた<レッドバタフライ>は装甲を散らして吹き飛んでいく。

 それでも致命的な直撃を咄嗟に躱した<レッドバタフライ>は体勢を立て直して両腕を構え直そうとするが、動きが止まった機体へ<ヴェスペロ>と<エクリッシ>は追撃。地面に叩きつけられた<レッドバタフライ>はそのまま爆散した。

 

 「撃破確認。──後は」

 『もう少しで片付く』

 

 シグリッドの声。モニターの端に右腕を吹き飛ばされた<ディスチャージャー>が後退していくのが一瞬だけ見えた。

 一気に形勢逆転出来た。ヴィラスにはそう思えたが、そう簡単にいくものではない。

 

 『──熱源反応確認。数は1。ACクラス……いえ、またあの機体よ!』

 

 ルシーナが新手を察知。レーダーディスプレイには<レッドバタフライ>が飛び出してきたハンガーから反応が出ている。その直後、屋根の穴からもう1機の<レッドバタフライ>が飛び出すのが見えた。

 

 「まだいるのか」

 

 もう1機の<レッドバタフライ>は真っ直ぐ<ヴェスペロ>と<エクリッシ>に向かって来る。その動きは吹っ切れたというべきなのか、まるで憑き物が落ちたかのように1機目と比べて動きが鋭く、速い。

 2機の間をすり抜けて一気に上昇した<レッドバタフライ>は背部からミサイルを吐き出していく。そのミサイルは2機を狙うというよりも敵味方関わらず無差別に放っていた。

 回避行動を取ろうとしたヴィラスの耳にロックオン警告音。咄嗟にフットペダルを踏み込むが間に合わなかった。<レッドバタフライ>から放たれたプラズマは<ヴェスペロ>の頭部を吹き飛ばした。

 

 「しまった……!」

 

 モニターがブラックアウト。すぐさまコアの予備カメラに切り替わり、低画質の映像がモニターに表示される。更に頭部の戦術コンピュータを失った為、戦闘サポートが無い状態での戦いになる。

 ロックオン警告音は鳴り止まない。インサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。攻撃を遅らせようとするが、立て続けに放たれたパルスレーザーで防御スクリーンが弾ける音がコクピットに響き渡る。

 

 『距離を取れ』

 

 ジェランの声と共に<エクリッシ>が前に出てレーザーライフルを連射。<レッドバタフライ>が回避行動に移行するのを見計らいヴィラスは自機を後退させる。

 <ヴェスペロ>は両腕の武器を構えて発射。<レッドバタフライ>はそれを急加速で躱す。<エクリッシ>への対応で反応が遅れると思いきや、しっかりとこちらの動きも察知していたらしい。

 レーダーも失われているので<レッドバタフライ>の動きで位置を割り出さなければならない。<レッドバタフライ>が逃げた方向へ機体を向けるとキャノンを展開する<レッドバタフライ>の姿。

 

 (やられる……!)

 

 再び鳴り響くロックオン警告音。敵機との距離が近くて回避が間に合わない。位置関係から<エクリッシ>のフォローも難しい。致命的なダメージを覚悟した。

 だが次の瞬間、巨大な青い光芒が<レッドバタフライ>の側面から襲い掛かる。直撃を受けたレッドバタフライは左側面の装甲を大きく散らして地面に墜落した。

 

 「何だ?」

 

 突然の事態にヴィラスはアライアンス側の増援だと思ったが、ジェランの『何だ?』と驚く様な声にこれは想定外の事態だと気が付く。

 

 『高エネルギー及び熱源反応。これは……一体何なの……』

 

 ルシーナもこの状況に困惑している。ヴィラスは光芒が飛んで来た方へ機体を向ける。

 そこには巨大なブースター炎を出して高速で向かって来る機影の姿。シルエットが段々と明確になってきた。

 

 『何だ、コイツは?!』

 

 その姿にジェランは困惑した声を思わず上げていた。

 識別は”UNKNOWN”

 タンク型ACに酷似した機体。褐色のボディカラーに機体各部はセンサーなのか青く発光している。背部には4門のキャノン砲らしきもの。そして両腕はマニピュレータがなく、先端から青いレーザーブレードらしきものが展開されていた。

 

 「AC……とは少し違う……」

 『バーテックスの新型か?』

 

 ジェランも初めて見る機体らしい。そしてあの機体が標的にしているのは<レッドバタフライ>だけではない。背部のキャノン砲がこちらにも向けられている。

 

 「ジェラン、避けろ」

 

 褐色の機体背部の砲口から青い光芒が2発放たれる。先程<レッドバタフライ>を襲ったのはこれだった。光芒はサイドステップをした<ヴェスペロ>の左脇を掠めていく。どうやら高出力レーザーらしい。立て続けに今度は<ブリュンヒルド>と<ディスチャージャー>に対して同様に放つ。

 

 『こんな攻撃など……!』

 

 <ブリュンヒルド>は即座に反応して攻撃を躱すが、損傷で動きが悪くなっていた<ディスチャージャー>は避け切れずに脚部に直撃。完全に動きが止まる。そこへ褐色の機体は<ディスチャージャー>に猛然と襲い掛かってきた。

 脚部を破壊されて動けなくなった<ディスチャージャー>のコアに褐色の機体はレーザーブレードで何度も突き立てた。ヴォルテックスの声にならない悲鳴がオープン回線から一瞬聞こえたが、それはすぐに激しいノイズ音で掻き消される。

 

 『何なんだ? コイツは……』

 

 シグリッドが嫌悪感を隠さない声で小さく漏らす。それは死肉を漁る餓鬼の姿そのものであった。褐色の機体は<ディスチャージャー>のコアの原型が無くなるまでレーザーブレードを突き立てた末、その残骸を周囲にぶちまけると、頭部をゆっくりと上げて<ヴェスペロ>の方へ向けた。次の標的は当然こちらだろう。

 

 『──待って。南からACクラスの熱源反応が1つ。……それと通信が入ってきた?』

 『……こちらはバーテックス。その機体には手を出すな。繰り返す。その機体には手を出さずに撤退しろ』

 

 聞き覚えがある女性の声。それは以前、メイシュウシティでの任務で会ったシェインの声。モニターの奥で小さく動くACと思しき機影が見えた。こちらへの攻撃意思は無いらしく、両腕は降ろされた状態だと辛うじて判る。

 

 『ジャック・Oの言葉を伝える。今、あの機体に手を出してはならない。それが互いの為だ』

 

 更に強い口調でシェインが警告してきた。バーテックスはあの機体について何か知っているらしいとヴィラスは感付く。

 

 『──こちらも撤退命令が出た。バーテックスの奴がいるのに癪だが、そうさせて貰おうか』

 

 ジェランはそう言葉を漏らす。その言葉とは裏腹に納得のいかないような声であったが、<エクリッシ>は反転してブースターを吹かす。<ブリュンヒルド>もそれに倣い、後退する素振りを見せていた。

 

 『彼らの言う通りね。こちらも撤退命令が出た。帰還しましょう。回収ポイントはE-33051。既に回収班が向かっているから。早く逃げて』

 「了解だ」

 

 飛んで来た高出力レーザーを躱すと、ヴィラスはオーバードブーストを起動。作戦領域から離脱した。

 

 「あの機体は一体……」

 

 褐色の機体は姿こそはACに似ていたが、<レッドバタフライ>と雰囲気が似ていた。恐らくあの機体は旧世代の兵器の一種だろうとヴィラスは直感した。

 褐色の機体が追って来ているという気配は無い。回収班の<クランウェル>の姿をモニターに小さく捉えてそれにひとまず安心すると、システムを手動で通常モードに切り替えた。

 そこでようやく全身に冷汗が出ていたことに気が付く。今日もまた生き残れた。それでも悪寒がまだ止まらない。

 

 

    *     *     *

 

 輸送機のキャビンの席で落ち着かない様子で座っていた三枝博士は窓の外を眺めていた。黒い煙が何本も昇る施設は既に視界の端で小さくなっていた。

 

 「博士、<レッドバタフライ>及び、<RUSYANA>が連中によって撃破されたとの事です」

 

 「そうですか」と研究員の言葉を三枝博士は冷静を装って聞き流す。ただ、胸中は激しく動揺していた。

 

 「しかし、アライアンス側も損害は大きく、彼らは撤退していきました。追手の心配はなさそうです。それと我々が脱出後に例の機体も現れたことが確認されました」

 「あの機体も……?! 記録は残せたのですか?」

 

 動揺から一転して興奮の表情を浮かべる三枝博士。敗北感しか得られなかったあの戦場で唯一の希望が窺えたからだ。

 

 「<ディスチャージャー>の戦術コンピュータのログに僅かながら戦闘記録が入っていました。しかし、<ディスチャージャー>を撃破した後はあの場所から離れていったそうです。――あとひとつ報告が……」

 

 「何ですか?」と途中で口ごもった研究員に三枝博士は尋ねる。

 

 「……バーテックスも現れたようですが、彼らも同様に撤退したと思われます」

 

 バーテックスという単語に一瞬背筋に冷たいものが走るが、三枝博士はネクタイを緩めて深呼吸する。

 次第に冷静さを取り戻す。今はもうあの場所から離れた。振り返ることは無い。

 <レッドバタフライ>が僚機共々再びレイヴンに撃破されたという事実。そして、敗走しているという現実は先程まであった興奮がいかに短絡過ぎたことであったかと思い知らされる。

 

 「彼らはあの機体に対してまだ積極的な行動は取らないでしょう。今、手を出せばどうなるかはジャック・Oがよく知っている筈。オスカー、この機をキサラギ第六兵器技術研究所へ向けさせるよう操縦士に伝えてください」

 「了解です。──しかし、研究所は既にアライアンスの管理下です。同士がいるとはいえ、彼らが我々を再び受け入れてくれるでしょうか?」

 

 オスカーと呼ばれた研究員は当然の疑問を三枝博士にぶつけた。一度は逃げた身であり、裏切り者でもある。そして結局は敗走する羽目になった自分たちをアライアンスがすんなりと受け入れるとは思えなかったのである。

 

 「それには心配及びません。あそこにいる我々の同士には既にコンタクトは済ませてあります。暫くは彼らに匿ってもらい、然る後に本部へ寛大な措置を取ってもらうように約束を付けました。それに──」

 

 三枝博士は席に置いてあった鞄から鍵付きのハードケースを6つ取り出す。それら全ての中身は5本のメモリースティック。

 

 「我々は旧世代の遺産の情報を新たに得ることが出来ました。そしてバーテックスの本拠地であるサークシティの情報も掴んだ。これで彼らが我々を拒絶する理由はない」

 

 ようやく落ち着きを取り戻すことが出来た三枝博士は自信を持って口に出す。

 大きな失敗ではあったが、教訓と次につなげる道は既に見つけた。

 このメモリースティックの中身は第一〇一工廠とサークシティで得られたデータ。これを手土産にすれば彼らも受け入れざるを得ないだろう。

 <レッドバタフライ>は全て喪失してしまったが、これまで収集したデータでそれに近い機体を作れるようになる。惜しむべきはあの制御システムを完全に解析できなかった事だが、どこかでまた似た様な機体が手に入れれば良い。サークシティ地下の施設と同様の施設がまだどこかに眠っている可能性はまだある筈。

 もし上手くいけば研究施設のひとつくらいは任せてもらえるかもしれない。アライアンスの資金と物資さえあれば自分が掲げた使命をまだ果たすことが出来る。それらを使いこなせるのは自分たち以外にいない。だからこそアライアンスは自ずと自分たちを求めてくる。

 遠回りをしてしまったが、結局はこれが正しかった。これらのデータを有効に扱えば行く末はアライアンスすらも支配できる。そんな前向きな妄想が自分の脳裏に浮かんで三枝博士は思わず笑いを堪える。

 突如、そんな三枝博士の思考を断ち切るかのように警告ブザーがキャビン内に鳴り響く。

 

 「何事ですか?」

 

 「確認します」と別の研究員がコクピットに向かう。まさか例の機体が追ってきた。もしくはアライアンスの可能性もある。先程まで再び高まっていた興奮から一転、冷汗が体中を覆う。

 その時、輸送機全体を揺さぶる振動。三枝博士を含め、キャビン内にいた者たちが転げまわり、一斉に悲鳴が上がる。一瞬であったが、窓の外でACの影が横切ったのを三枝博士は見逃さなかった。

 その正体を何となく察した三枝博士は立ち上がると、おぼつかない足取りでコクピットに向かう。頭から温い感触が伝ってくる。どうやら転倒した際に出血したらしい。

 コクピットには状況を確認するクルーと研究員。その表情は焦燥していた。

 

 「味方の識別信号を出していない機体が近づいてきたとの事で……」

 「それは分かりました。機体は何処の──」

 

 正面窓の外に1機のACの姿が回り込んできた。”アンテナ頭(CR-H95EE)”が特徴的な茶色の軽量二脚型がブースター炎を大きく噴き出して待ち構えている。

 

 「<エイミングホーク>……」

 

 その姿に三枝博士の目が大きく見開き、声が自然と震える。

 

 『思っていたよりも早い再会で嬉しいよ。……なぁ、三枝博士』

 

 通信機から鳥大老の声。意外にも穏やかな声であったが、その声の裏には強い殺気を押し留めているのは自分たちのこれまでの立ち振る舞いで察している。

 何か言わなければならないと思っているが、この通信は鳥大老からの一方的なものであり、こちらの声は届かない。

 それは即ち、交渉など一切しないという事であった。だからこそ、この後に起きる事が三枝博士には分かり、顔が青ざめる。無駄だと分かっていてもキャビンに逃げ込もうという本能。しかしその本能よりも恐怖が勝り、足がすくんで動けなかった。

 

 『──ジャック・Oからの言伝だ。弱者が不相応の振る舞いをするな、だ』

 

 その言葉と同時に<エイミングホーク>の両腕が上がるのが見えた。その直後、コクピットに大きな衝撃と共にコクピットの前面が大きく崩れる。そしてその様子が三枝博士にはゆっくりと見えた。

 パイロットがマシンガンの弾丸を受けてその身体が四散するのも、レーザーによって研究員の身体が消し炭になる様子も嫌というほどじっくりと見届けるしかなかった。

 そして、攻撃によって穿った穴で与圧が一気に失われ、三枝博士は為す術も無く機外へ放り出される。

 

 「……こんな……終わり方……」

 

 機外から放り出された末に見えた景色は真っ青な空と全身から流れ出る血。それがやけに透き通って見えた。

 ──弱者が不相応の振る舞いをするな。

 今際の時であると悟ったが、その言葉の意味を噛み締めるにはまだ少しの猶予はあるらしい。あの力を制御しようとした事の何処に弱者の振る舞いがあったか。人間として、そして技術者として当然のことをしただけである。それの否定こそが弱者の考えではないのか。

 それともレイヴンの様に力を持てというのか。それが出来るのは、ほんの一握りの人間だけだ。力が無かったからこそ、この頭脳で旧世代の遺産に立ち向かった。ただそれだけだ。

 力を持てない者であるからこそ、どんなに味方を売る様な判断をしても、どんな手段を使ってでも為さなければならない。力が無いからこそ足掻かなければならない。それの何処に間違いがあるのだと三枝博士は心の中で叫んだ。

 ジャック・Oにとって何が正解なのか。それを見届ける事はもう叶わない。ふと込み上がるのは悔恨の涙であった。

 首を僅かに振ると<エイミングホーク>によって破壊される輸送機。そしてその破片の一部が自分に向かって飛んでくるのが見えた直後、三枝博士の意識は永遠に失われた。

 

 「弱者が強者ぶった真似をしても得られるものはなにも無いのだよ」

 

 輸送機の残骸が雲海に沈んでいくのを見届けた<エイミングホーク>はオーバードブーストを起動して去っていった。

 ほんの一瞬だけ喧騒した空に再び静寂が戻る。

 




次回更新は2026年1月14日以降の予定です。
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