ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第48話「Next Order」

 空の色が茜色から自分の愛機と同じ色に染まりつつある。

 低画質のモニター越しに見えるその景色はくすんでいた。

 結局、あの褐色の機体は何であるか。

 旧世代の兵器と直接対峙するのはこれで二度目だ。<クランウェル>に吊られた<ヴェスペロ>の中でヴィラスは変わらない景色を眺めながら考えていた。

 <レッドバタフライ>──とミニオーグが呼んだ機体──と同系統だろうとは何となく察することは出来たが、その正体を探ろうにも既にカメラログからは削除済みで見直すことは出来ない。例によってアライアンスからの指示であった。任務終了後にカメラを含むすべての戦闘記録の消去をするよう言われていた。

 アライアンスにとってもデリケートな存在である事は確かだろう。ここにきて敵も味方も分からない正体不明の機体。今頃、情報部辺りが必死で探っている事だろう。

 バーテックスの動きも気になる。何故ここに現れたのか、そしてあの機体に手を出すなという言葉。ジャック・Oは何かを知っている様であったがそれが何であるかまではヴィラスにも分からない。

 この抗争の裏側で未だに蠢いている旧世代の遺産の影。

 アライアンスもバーテックスも関係ない。全てを呑み込もうとしているのか。そしてそれを煽ろうとしている者の存在。その気配が先の戦闘で感じられた。

 いつか脳裏に浮かんだ濁流の様に押し寄せてくる旧世代の遺産のイメージ。以前よりも明瞭にそして生々しく浮かび上がる。

 ガレージに戻ったら一度頭の中で残っている内に今回の事を整理しておこうと思ったその時、ヴィラスは違和感を覚える。

 

 (飛行コースが違う……?)

 

 マップデータに表示されているガレージへの帰投コースと<クランウェル>が現在飛行しているルートがズレている事にヴィラスは気が付いた。今回<ヴェスペロ>を運んでいる<クランウェル>は無人操縦である。予め設定した飛行ルートが間違っているのか。このままでは帰れない。

 ルシーナに連絡を取って飛行ルートの設定を変更してもらうように頼もうとしたその時、モニターに映る森の奥で一瞬だけ金属光沢の反射が小さく見えた気がした。

 その瞬間、ヴィラスはすぐさまシステムを戦闘モードに切り替えてフットペダルを踏み抜く。何であるかを考えるよりも身体が反応していた。

 <ヴェスペロ>のブースターが全開になる。巨体な<クランウェル>でも懸架しているACの高出力ブースターが突然噴き出せば姿勢が崩れる。

 ダッチロールをしだした<クランウェル>は高度を落とす。そしてブースターで無理矢理動かした衝撃で懸架フックの固定が緩くなるとヴィラスはブースターの指向を逆方向に向けてフックをこじ開けた。<ヴェスペロ>はそのまま眼下の森林へ降下。次の瞬間、<ヴェスペロ>の頭上で大きな衝撃。<クランウェル>が撃破されたのだ。

 爆風波の煽りも受けた<ヴェスペロ>。頭部が失われ、姿勢制御プログラムが動作しない機体は大きく揺さぶられるが、ヴィラスはフットペダルを踏んでブースターの向きを変えながら不安定な機体を何とか御して地上へ辛うじて降下出来た。

 機体は屈ませた状態にして木々に紛れ込ませる。周辺に破壊された<クランウェル>の破片が次々と落ちてくるのを見ながらヴィラスは機体のチェックを行う。爆風と破片を受けた<ヴェスペロ>はコアの装甲が損傷。背部に装備していた武器も同様であり、使用不可であった。

 

 「…………」

 

 コアの各種センサーの感度を最大にして周囲を窺う。残された火器は両腕のライフルだけだが、残弾は少ない。

 暫く様子を窺っていたが、何かが動いたという気配は感じ取れない。やがてヴィラスは長々と嘆息してトリガーに掛けていた指を外した。

 

 「……いなくなったか……」

 

 機体を立ち上がらせてヴィラスは周囲を見渡した。動くものは無い。木々が風によって揺れる音が聞こえてくるだけだった。

 ヴィラスは通信機をオンラインにしてルシーナと繋ぐ。

 

 『ヴィラス、無事なの? 反応が無くなったから、何があったのかと……』

 「襲われた。遠距離から撃たれた可能性がある」

 『……ッ! 怪我は?! 大丈夫なの?!』

 「無傷だよ。やられたのは<クランウェル>だ。機体も少し損傷したが、動ける」

 

 『良かった』と安心したような声を出すルシーナ。ヴィラスも彼女の声を聞いて安心できたという感触が込み上げてくる。

 

 『襲われたっていうのは……』

 「詳しい事は分からない。まずは帰還する事を優先だ。現在地の座標を送る。代わりの迎えを手配してくれ」

 『了解。周囲の警戒は怠らないで』

 「分かった」

 

 ヴィラスは一旦通信を切る。システムは念のために戦闘モードのままにして警戒態勢を整えた。

 誰が襲ってきたかは分からないが、少なくとも偶々居合わせた野盗といった類の者ではない。<ヴェスペロ>を載せた<クランウェル>がここに来るのが分かっていたかの様に待ち構えていたと感じられた。

 こんな真似が出来るとしたら、確証は無いが、襲撃者の正体はある程度見当が付いた。

 シート脇の物入れからウォーターパックを取り出してひと口飲むと、もう一度機体を回らせる。今のところは周囲で何かしらの動きは見られない。

 

 「仕留めたと思っているのか……それとも……」

 

 あのレイヴンの声を思い出す。無機質さの中に粘着性も持った妙な声。ガレージでの交戦後は表立った動きは見せていない。

 今後も自分の目の前に立ち塞がるだろうとそれは確信できる。ただ、今日のところは積極的に動いてはこないのか、迎えが来るまで何も起こらずただ時間が過ぎるだけであった。

 

 

 ガレージには5時間遅れての到着となった。心配してくれていたのか、ガレージの前でアントニーの班が全員で出迎えてくれた。

 コンソールパネルでの表示を見る限り、機体の損傷はやはり大きい。直すよりも換えた方が良さそうなレベルのパーツが複数ある。

 修理をするにしても時間が掛かるのは予想できた。整備班たちの小言を受けることは覚悟する。

 

 「派手にやったね。こりゃ、今回もアタシの勝ちかな」

 

 整備ブースへと降ろし、コクピットハッチを開けると外から第一声。声の主である草薙エリカと目が合う。目元が緩くなっているのは賭けの勝ちを確信しての表情だろう。

 

 「──頭部喪失。コア後部ハッチ損傷大。背部武器も損傷。両肩部装甲の損傷大。腕部装甲の損傷も大だけど内部はまあ……どうにかなる……かもね」

 「相当酷いってことだろ。しかし……こんなになっていたか」

 「でも、コアの前面装甲はまあまあ綺麗だ。肝心なところはやらせていない。それは良い事じゃないか」

 

 機外から損傷具合をあらためて見てヴィラスは嘆息した。出撃を優先するのであれば機体構成を新たにした方が良い。予備パーツと修理上がりのパーツの確認はすぐにしようと決めた。

 キャットウォークから降りるとアントニーが待ち構えていた。エリカとは対照的に渋い顔をしていたのは恐らく賭けに負けたことによるものだろう。

 

 「派手に壊すのは構わないが、今回に関してはもう少しお手柔らかにしてくれ。430ドルがパァ、だぞ」

 「俺に言うなよ……文句は相手側にしてくれ」

 「言いたいけど、どうせ遠い所にいっちまっているから届かないだろ? だからお前に当たるんだ」

 「せめて心の中に押し留めておいてくれ」とヴィラスは首を振る。「幾つか換えるつもりだ。後でアセンブルデータを送る」

 「この損傷じゃあ、少なく見積もっても3時間。換える方が確かに早いだろう。そうだ、ヘリオス(C03-HELIOS)の修理と調整は完了している。それに戻すのもいいかもしれないな。ヘリオス以外にも修理が上がったパーツのリストもすぐに出してやる」

 「その構成も考えておくよ。使い慣れたパーツが戻ってきたのは良い報せだ」

 

 安堵の溜息が思わずヴィラスの口から漏れるが、アントニーの表情は渋いままだ。

 

 「その話だけじゃなかった。もう一つ話がある」

 「何の話だ? あんたの顔を見る限り、明るい話題じゃなさそうだが」

 「ああ……」

 

 そう頷いてアントニーは喫煙ブースの方を指差してヴィラスを付いてくるように促した。

 

 「パーツの調達についてなんだが、お前が5日前に要請したパーツが来ない」

 「ルートに何かトラブルが出たって事か」

 「いや、そうじゃないらしい」とアントニーが煙草に火を灯して紫煙を吐き出して続けた「アークが調達ルートに干渉を掛けてきたという事だ」

 

 「……何でそんな事──」そう言い掛けた時、ヴィラスは先日から起きている一連の出来事を思い浮かべる。

 保安部門がやってきた事、<ブレインウォッシュ>に襲われた事。

 もしかしたらそれ以外の事も関わっていたのかもしれないが、見当はつかない。

 幾つかの任務での結果がアークにとっては好まざる者として見られたのか。そうなれば厄介だ。パーツの調達はおろか、このガレージが使えなくなる可能性だってある。

 

 「委託の輸送業者が事前にタレ込んでくれたんだ。『このガレージに送る予定のパーツの一部が一方的にキャンセルになった』ってな。まぁ、取りあえず別ルートで要請し直した。ちょいと高くなるが、独立傭兵ご用達で信頼は出来る。あと2日は待っておいてくれ」

 「分かった、ありがとう。しかしこんな事になるなんて……こういう事って予兆があったりするのか?」

 「ヤンチャなレイヴンがアークから叱られたついでにガレージで監視を受けるって事はあった。けど、今回の件は違う。何か胡散臭さはある。俺の方も出来る限り注視はしておくが、気を付けた方が良い」

 「それは心掛けておく」

 「アークがこれに感づいてまた同じ動きをする可能性はあるが、ルートは幾つかあるから安心しておいてくれ」

 「すまない。手間を掛けさせる」

 

 場合によってはここから逃げるという言葉が脳裏に過ぎる。それだけはしたく無いが、アーク側の動きがどう出るか分からない。周囲を巻き込む可能性を考えればその決断は早い方が良いかもしれなかった。

 そうなれば自分は何処へ行けばいいのか。独立傭兵のように拠点を転々としていくのが今、考え得る限りそれが一番現実的なのだろう。

 

 「備えてはおくよ。すぐにデータは送るようにする」

 

 それでも準備は必要だ。ヴィラスは喫煙ブースから出入口へ向かうとルシーナが入り口から走ってくるのが見える。その表情はかなり困惑していた。

 

 「ヴィラス……!」

 「どうしたんだ。何があった」

 「アークが私たちへの任務割り当てを制限するという通知が来たの」

 

 ルシーナは手に持っていたタブレット端末をヴィラスに見せてきた。そこにはヴィラスとルシーナへ対する任務の割り当てを制限させるというアークからの通知文が表示されている。恐らく、ヴィラスの端末にも同様の通知が届いているに違いない。

 

 「……仕事をさせないという事か」

 

 今回の任務の特殊性に加えてあの襲撃。自分たちへ対してのアクションが出てくるのではとヴィラスは考えていたが、アークから今度は意外と早い干渉が来た事に驚く。

 そうだとしてもまだこれで見逃されたとは思っていない。いずれはもっと直接的な干渉が来るという確信めいたモノがヴィラスの心中にあり、それはルシーナも同様であった。

 最早杞憂ではない。そして心の余裕が無くなってきているのも事実だ。同時に疲労感もドッと押し寄せてきた。

 

 「食堂で食べない?」とルシーナはバスケットを持ち上げて言った。「私もこれから食事を摂ろうと思っていたから。それにこの状況、あなたと一緒に整理しておきたいから」

 

 緊急の依頼で出撃だったのでランチは碌にとっておらず、意識すれば腹も鳴る。「そうしよう」とヴィラスが頷く。バスケットから漂ってくるサンドイッチの匂いが心の緊張を僅かながらほぐしてくれた。

 まずは心身ともに落ち着かせるのが最優先だろう。これから起こるかもしれない事態に備えておかなければならない。

 

 

    *     *     *

 

 PM: 18:30

 アライアンス本部・第4司令ビル。

 長い回廊を足早に歩くスーツ姿の壮年の男女が2人。

 

 「──ショウル技術研究所との通信は完全に途絶。既に公安部が動いています。やはり、三枝博士らの動きを察知されたのが……」

 「分かっていた……が、やはり早かったな。もう迎えが来たようだ」

 

 女の声に男が小さく頷いて窓の外を見やる。25階からは小さく映る地上。自分たちがいるビルの入り口付近には幾つもの車両が乗りつけられているのが見える。隣に立った女の息を呑むような表情はまだ出来ていない覚悟の表れ。

 足音が聞えてくる。男が振り向いた先には2人と同様、スーツ姿の男女が数名近づいてきた。皆、表情はこれから起きる事を予感しているのか、強張っている。

 

 「既に非常口を含む出入り口には兵がいて、囲まれています。ですが、貴方だけでも──」

 「無駄だ」男は俯く。「──私だけが逃げ隠れしてもどうにもならない」

 

 ポーンと気の抜けた様な音が一斉に鳴る。彼らの視線の先にある3つのエレベーターの扉が一斉に開き、中から武装した兵が飛び出してくる。

 

 「抵抗するつもりは無いが、これは……」

 

 大袈裟だな、とこちらに近づいてくる集団に男は自嘲気味な笑みを浮かべた。銃口を向けられても不思議と恐怖心は沸かない。ただ、目的を成し遂げられないという無念さ。

 

 「公安部の宍倉瑛士大尉です。リヒャルト・ハフトバーゼン殿、我々がここに来た理由はお分かりですね?」

 

 先頭に立つ大柄の男がそう告げて来た。彼だけは銃を手にしていないが、大柄なことに加え、制服越しからでも見える強靭そうな体躯は抵抗をするという気概を挫くには十分な圧力があった。自分の貧弱な体ではあっさりと組み伏せられるだけだ。

 

 「ああ、分かっている。銃は……下ろして貰えないか。私も後ろに居る者たちも抵抗はしない」

 

 リヒャルトと呼ばれた男は両手を上げて力なく言葉を出す。同時にリヒャルトの後ろにいる者たちも両手を上げる。かつての同僚や部下たちを巻き込んで色々と手を汚してきた結末。恐らくアライアンス各部に潜ませた者たちにも既に手は入っている筈だ。もはや受け入れるしかない。

 本来なら先の紛争で消えゆく筈の存在であった。

 アライアンスに保護という形で半ば強引に拾われたのはかつて発掘した新資源の情報を引き出させる為。連合になったとはいえ、本体は三大企業。彼らに再び利用されるという屈辱はあってはならない事であり、許されない。

 だからこそ新資源の情報を餌にしてキサラギ派の技術者たちを動かし、旧世代の兵器を蘇らせて彼らに復讐を果たす。瓦礫となった本社ビルを見た時にそう考えて生き残りの者たちと共に起こした行動であった。

 だが、結局はアライアンスとレイヴンの力によって押し潰されるという以前と変わらない結果に終わりそうであった。キサラギ派のコントロールも上手くいかず、最後に彼らへ寄こしたレイヴンに託した一抹の望みも先程入ってきた情報で潰えた。

 残されたのは何も無い。もしあるとすれば完膚なきまでに叩きのめされたという敗北感だけ。

 

 「キサラギ派技術者の脱走及び重要機密機材強奪の手引き。反アライアンス組織への機密情報流出。各都市へのテロ行為扇動の罪で貴方たちを逮捕します」

 

 宍倉大尉がそう告げると、大尉の後ろにいた兵たちが一斉にリヒャルトたちを囲み、手錠をかけた。

 リヒャルトの口から思わず溜息が漏れる。本社を失った時に受けたあの惨めな気持ちが蘇ってきた。

 

 「公正な裁判を……」というか細い声が後ろから聞こえてくる。声のする方へ視線を向けてみれば同志の目から涙が溢れ、足が震えているのが見えた。自分たちは大罪人として裁かれる。極刑は免れないだろう。

 

 「まずは貴方たちがやった事を正直に全て話してくれれば良い」

 

 宍倉大尉がそう言ってリヒャルトの肩を優しく叩く。それで刑が軽くなる筈もない。窓の外の景色を見やると、鈍色の雲の切れ目に紺色の空が僅かに見えるだけ。これが最後に見る外の景色になるかもしれない。頭を押さえ付けられるまでリヒャルトはそれを眺め続けた。

 エレベーターで地上に降りて、それぞれ割り当てられた護送車にリヒャルトの同志が次々と乗せられていく。最後はリヒャルト。首謀者として見られているのか、リヒャルトだけは別の車になるようだった。

 せめて最後に同志と会話くらいはと思っていたリヒャルトは無念さを抑えきれないまま護送車に乗せられると、暗い車内には既に1人乗っているのが見えた。

 

 「リヒャルト・ハフトバーゼン。こうして対面するのは初めてかな」

 

 男の声。だが、手錠は掛けられていない。となればこの男はアライアンス側の人間であり、自分と会話をする為に乗っているのだと気が付いた。

 

 「そうでしょう。我々ナービスの人間はこのビルに押し込められて常時監視の下、旧世代の遺産についての調査研究をしていましたからね」

 

 意外と気安い感じで話し掛けられて一瞬戸惑うが、それを悟らせまいと椅子に深く腰掛けると、男の姿をじっくりと眺めながら言葉をひとつずつ出していく。大佐を示す襟章が見えた。

 

 「失礼、私はアライアンス特務部隊司令、ティンバー・ディーネル大佐」

 

 最近新設された部隊の司令。名前と顔だけは知っている。暗さに慣れた目に映るスカーフェイスの風貌に反して穏やかな声。

 

 「今回の件、君たち旧ナービスの一派が起こしたのはアライアンスへ対する重大な叛乱行為。分かっているとは思うが、終身刑か死刑しかない」

 「覚悟はしています。私の同志……ナービスの者は皆、それを承知で私に付いてきてくれたのだから。今更喚きたてるような真似はしません」

 

 諦めの境地にあったリヒャルトの心は冷めた感情のままの声をストレートに出した。意外とはっきりと声が出る事に自分でも驚く。

 

 「君が今考えている事を当ててみよう」

 

 ディーネル大佐は頬の古傷を撫でながらリヒャルトの顔を覗き込むように声を掛けて来た。

 

 「私の様な人間がまさか事務的な事を伝える為だけに同乗しているのか? かな?」

 

 リヒャルトのこめかみが微かに動く。当たらずといえども遠からずであった。この男は何を当たり前の事を言っているんだと。辺境の新興企業の人間相手に真剣になることも無い、むしろからかってやろうとしているんじゃないか、とやけくそ気味になった心境になるとそんな事すら考えてしまう。

 もしかしたらこれから始まるであろう尋問のテストなのかもしれない。それに答えず、リヒャルトは視線を落とす。

 

 「当然だが、そんなことで大罪人である君と二人きりになることはない」

 

 「それもそうだった」とリヒャルトは心の中で呟く。よく見てみれば護送車の後部座席にいるのは自分とディーネル大佐だけだ。本来いる筈であろう見張りの兵はいない。

 

 「一体何を……?」

 「それは君の返答次第で変わる。もちろん君と共に捕らえられた者たちの命運も」

 

 逮捕するだけではない、これは取引だと察する。

 

 「何を……求めているのですか……?」

 「──秩序」

 「……?」

 「軍人らしいだろ。それが務めであるからな。それ以上に望むものは無い」

 

 ディーネル大佐の返答に首を傾げる。確かにそれは軍人としては普遍的な回答なのだろうが、今求めている回答とはかけ離れていた。

 

 「我々は何を……すれば」

 

 質問の仕方が悪かったかともう一度聞き直す。これから生かされるのも自分の答え方次第なのだ。しっかりと聞いておかなければならない。

 

 「秩序だ」

 「それは、どういう事でしょうか」

 

 物ではなく、概念。再び返ってきた同じ答えに戸惑うしかなかった。

 

 「もし、我々に同調するのであれば、それを大事にして欲しいという事だ。データやその産物はその秩序の下で厳正に動かしていかなければならない。君たちの協力者も討伐され、結果的に君たちがこれまで蓄積させてくれたモノを我々が回収することになった。ある意味、良いタイミングで重なってくれたよ」

 

 ここでようやくディーネル大佐の返答の意味がおぼろげに分かった。決められたルールから逸脱するような勝手な行為は許されない枠組みの中に組み込むつもりだと。

 

 「では聞くとしよう。君たち旧ナービス派の今後を」

 

 そして、自分たちナービスの一派は敗北したという現実を改めて思い知らされる。生き延びたければアライアンスに絶対的な忠誠を誓えという事だろう。

 

 「私の一存では……」

 「そんな猶予を貰える立場だと思っているのか? 回答は今ここですぐに聞きたい」

 

 ディーネル大佐の視線がリヒャルトに突き刺さる。同志との相談はおろか、悠長に考える時間も与えてはくれない。

 

 「ディーネル大佐、許されるのであればせめて我々の役目を教えていただきたいです」

 「推進剤。そんなところだ。我々の計画を進めるにあたって、効率的にそして手早く進める為の駒として君たちを使う。いなくてもいい。だが、いてもらった方が我々にとって都合がいい。それだけだよ」

 

 はっきりと駒だと言い放った。予感はしていた。そしてこれまでキサラギ派と共に得たデータも全て隠さずに差し出すことになるだろう。

 自分たちでさえも模索中のモノを彼らがどう制御するするのか。これらをアライアンスに与えればどんな事が起きるのか全く読めない。

 その時、リヒャルトの頭の中でこれはチャンスなのかもしれないと思い付いた。隙を伺える位置に付けられれば今まで積み上げてきたモノをもう一度取り戻すことが出来る。

 問題はどうやって彼らに対してアプローチしていくかだ。ティンバー・ディーネル大佐が隙を突ける鈍感な人間であれば手っ取り早いが、そう簡単にいくものではないだろう。

 後はこの考えを同志たちにどう伝えるか、そしていかに彼らに対して察知されないようにするか。リヒャルトは掛けてみることにした。

 静かに、そしてゆっくりとリヒャルトは言葉を出す。

 

 「──我々もその新しい秩序の生み出す手助けをさせてください。ディーネル大佐」

 

 ディーネル大佐はその言葉に「そうか」と言って小さく頷く。

 

 「君たちは最後のチャンスを掴んだ。後戻りは出来ない」

 

 リヒャルトへ鋭い視線を向けてそう言い放つと、護送車のエンジンが始動して車体が小さく揺れる。

 

 「では、これより次の秩序を構築する準備の場へ向かうとしよう」

 

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