ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
<クランウェル>に吊られて4時間。
見慣れない施設が眼前に見えてきた。岩山に隠れる様に建てられた施設はどの様な用途で使われていたのかは外観からでは判別できない。
『作戦ポイントに到達。AC投下後に離脱します』
無機質な機械音声と共に<クランウェル>の懸架フックが外れて<ヴェスペロ>は降下した。着地成功。機体の各系統異常無し。
フレーム構成は前回の出撃から頭部とコアを変更。使い慣れている<CR-H97XS-EYE>と<C03-HELIOS>に戻した。
『マップデータは一応これだけ。内部にいる戦力は全くの不明。言うまでもないと思うけど、気を付けて』
ルシーナからミッションポイントの情報がモニターに表示される。ブリーフィング後に多少の情報更新はあったが、内部の構成の一部が判ったくらいの微々たるものであった。
全容が判るなどといった期待なんてはじめからしていない。レイヴンズアークからの直接依頼でまともな情報が出てきた事があったかと思い返せば、そんな事は無かった。
「いつもの事だが……それとも……」
《メインシステム 戦闘モード 起動します》
ヴィラスの呟きを被せる様にメインコンピュータがシステムの切り替えを告げてくる。『早く行け』と<ヴェスペロ>が急かしている様にも思えた。フットペダルを強く踏み、ブースターを全開にして施設へ真っ直ぐ向かう。
正面に見据えた施設。その奥でゲートが開かれているのが見える。それはあたかも自分を待ち構えているようだとヴィラスは感じ取った。
ゲートを潜り抜けると、外観と違って内部は違ってしっかりと整備はされていた。レーダー反応は今のところは無い。フロアを突き進んで奥のあるゲートをパネル操作で開けて潜り抜けると、その先は長い通路。緩やかに地下へと伸びている。
そして通路の両脇は強化ガラス張りの窓となっており、その向こうは工場施設となっている様だった。稼働しているかは分からなかったが、組立途中のAC用パーツが幾つも積まれた状態。
レーダーに反応。前方からゆっくりと近づいてくる機影。数は2。角張ったシルエットはクレスト製であると一目で判る。
ヴィラスは先手を打つべくトリガーを引く。<ヴェスペロ>の右腕に装備されたリニアライフル<CR-WR93RL>から弾丸が1発ずつMTへ向けて放たれた。
直撃寸前、2機のMTは両脇の装甲板を正面に展開。弾丸の弾ける音を通路中に木霊させる。装甲板に僅かな傷が付いただけで機体本体は無傷の様だ。
敵機はクレスト製のMT<CR-MT06SB>であった。対弾性能に優れた装甲板を両腕部に備えた拠点防衛用の特化型。リニアライフルでもそう簡単には抜けられない。
MTは装甲板を展開させながらジリジリと近づいてくる。攻撃は無いが、ヴィラスもコントロールスティックを握りながら距離を少しずつ縮めてタイミングを見計らった。
MTの装甲板が展開。同時に肩部からロケット弾。<ヴェスペロ>はそれを跳躍で躱すと、ブーストで一気に接近してリニアライフルを至近距離から発射。本体側は装甲板と比べればその堅牢さは劣る。それでも一撃目は耐え抜くが、続けてざまに振るった左腕のレーザーブレード<CR-WL06LB4>の光刃までは耐え切れずに胴体を両断される。
もう1機はすかさず装甲板を展開し直すが、<ヴェスペロ>は再び跳躍して後ろへ回り込むと無防備となった本体へレーザーブレードを振るって撃破。ここの階層の妨害要素はこの2機だけの様だ。
通路の先のゲートを開くとリフト。それを操作すると下層へと降りていく。降りた先も上階と同様の工場施設があり、分ける様に通路が奥まで伸びていた。
そしてこの階層にも<CR-MT06SB>が2機待ち構えていたが、<ヴェスペロ>はすかさず撃破する。
ふとヴィラスは機体を止めて、窓の先を眺めてみることにした。この層もまた施設は停止状態。AC用パーツが積まれているだけ。武器だけではない。フレームパーツにインナーパーツも多数積まれている。
ここだけでもACが十数機は組めそうだとヴィラスは察する。
置かれているパーツは同型が多い。特に多いのは<WH04HL-KRSW>と<WL-MOONLIGHT>。それと<H11-QUEEN>に<LH09-COUGAR2>などの先の紛争後期に出たばかりの新型揃い。
「このパーツは……」
未塗装であるが、白く塗れば置かれていたパーツで知っている機体が組めそうであった。
「まさか……」
新興企業の関連施設だと言っていたが、この規模の施設を単独で持つには少し不自然なような気がした。本当に新興企業が所有する施設なのか。あの依頼文の内容はますます怪しいと感付く。
引き返すべきか。そんな考えがヴィラスの中で一瞬過ぎるも、この先に何が待ち構えているのだという追求する気持ちの方が強く湧き上がる。そしてそれを越えなければならないという気持ちもだ。
もう一度覚悟を決めて、ヴィラスはフットペダルを踏み抜いた。
更に下層へと下っていく。最後の階層なのか、工場施設は無くなり隔壁が何重にも一定間隔で閉ざされていたが、<ヴェスペロ>が近づくと順次開かれる。その先にゲートがあり、自動で解放。
そこを抜けると、ドーム状のフロア。障害物は一切ない。構造的にはアリーナによく似ている。
その先に白い二脚型ACの姿。そして左肩には天使のエンブレム。
『あの機体は──』
「<十字架の天使>……!」
工場施設に置かれていたパーツから薄々感づいていたが、その機体は<十字架の天使>。メイシュウシティで遭遇した時と同じ構成。
<十字架の天使>がブースターを吹かすと同時にロックオン警告。その右腕には大型のライフルが構えられている。高出力のレーザーライフルだった筈。ヴィラスはコントロールスティックを横に倒して機体を右へサイドステップさせた。
直後、左肩の傍をレーザーが掠めていく。ヴィラスは機体を切り返して<十字架の天使>へロックオン。リニアライフルを連続で発射。<十字架の天使>もブーストで切り返しを繰り返しながら回避。
バックステップしながらロケットランチャー<WB07RO-ORTHOS>を発射して距離を離し、仕切り直しを図る。
『偽りの依頼。失礼しました』
女性の声が割り込んでくる。それはブリーフィングでよく聞く声だ。レイヴンズアークの担当官。アンジェラという名だったことを今しがた思い出す。
『貴方には此処で消えてもらう。これはアークの決定です』
アンジェラがそう告げると、<十字架の天使>はブーストで前進しながら左背部のパルスキャノンを放ってきた。息の乱れなども無く、搭乗しているのはどうやら彼女ではないらしいが、その言葉からは所属レイヴンを葬る事への後ろめたさなど一切感じられない。事務的で淡々としたものだった。
『何でそんな!』
ルシーナが叫ぶ。ヴィラスもそう言いたかった。自分たちはアークから相当嫌われていたらしい。
『我々の準備したAC。それを撃破するのはまだいい。所詮は実験機』
アークの用意したAC。ヴィラスが思い浮かんだのはミッション中に何度も遭遇した亡霊AC。あれはアークが仕向けた機体だったという事だ。
『──しかし、戦闘ログと過去のデータに加えてリサーチャーを使って深入りしようとしたのは少々やり過ぎでした。一端のレイヴンとオペレーターが進んでやる事ではない』
<十字架の天使>から続けざまに放たれるパルスレーザーが<ヴェスペロ>の装甲を徐々に焼いていく。
『貴方たちを消す手段などいくらでもある。ですが──』
<十字架の天使>が跳躍すると5発のマイクロミサイル。それをサイドステップで躱すも、次の瞬間には<ヴェスペロ>の真上に位置を取られる。
『その戦闘力だけは一定の評価を下しています。それはこの機体の糧となると我々は判断──』
右腕のレーザーライフル──<YWR27HL-KRSW2>と呼ばれたモノ──が構えられた。
『──戦闘データだけでも我々がしっかりと持っていかせてもらう事にしました』
高出力レーザーが真上から放たれる。
『AR200584P0304。『ヴィラス』をこれより排除します』
咄嗟に後ろへ跳ぶと、目の前にレーザーが落ちてきた。
敵意を強く込めて告げられた言葉。アークから直々に要らない存在だと訣別された瞬間であった。
腹立たしいというのが最初に抱いた感情。生きる為に黙々と依頼をこなしてきただけであった日々が次第に変わっていき、実はアークに利用されていたという事実。
真正面に降り立った<十字架の天使>。純白の機体。頭部<H11-QUEEN>のカメラアイが青く、そして鋭く輝いている。
「壊してやる……」
ヴィラスは<ヴェスペロ>の左腕を振らせる。殆ど何も考えずにコントロールスティックを握る手がそうさせていた。
<十字架の天使>のコア目掛けて伸びていく青白い光刃。それはスライド機動で躱されてコア装甲の先端を掠っただけであった。
横に回り込まれる。モニターの端で今度は<十字架の天使>が左腕を構えているのが見えた。ヴィラスはブースターの指向を横に向けてそのまま肩口からぶつけていく。<十字架の天使>はブーストで後退。
再びロックオン警告。ヴィラスはオーバードブーストを起動。射程外に逃れようとするが、<十字架の天使>もオーバードブーストを起動させて追従してきた。
「どうするか……」
これまで遭遇した時は隣に<スピットファイア>に<シュバルツナーゲル>。そして黒いACがいて、何とか切り抜けられた。今回は自分独りだけ。援護は無い。
自分の操縦技術。これまでもそうしてきたようにそれをあの機体にぶつける。それだけだ。変わりは無い。
オーバードブーストを切り、機体を反転させたヴィラスはECMメーカーを射出。一瞬だけ構えを緩めた<十字架の天使>へリニアライフルを発射。1発は<十字架の天使>の左肩部に命中するも、次弾はスライド機動で逃げられる。手応えが無いのは防御スクリーンによって弾けた音で判った。
再び側面に回られた。至近距離。ロックオン警告。旋回が間に合わない。パルスレーザーが<ヴェスペロ>の防御スクリーンと装甲を焼いていく音が連続して響く。
一瞬音が止む。<十字架の天使>の正面を向くと、右腕のレーザーライフルの銃口。コントロールスティックを横に倒すと同時に甲高い発射音。近距離での高出力レーザーは防御スクリーンを貫く。右肩部の装甲が吹き飛ばされた。
<ヴェスペロ>はバックステップ。リニアライフルを構えるが、<十字架の天使>がフロントステップからレーザーブレードを発振させる方が早かった。フットペダルを強く踏み、機体を跳躍。コアへの斬撃は免れたが、脚部の装甲が裂かれる。
すかさず、リニアライフルを下に向けて発射。これもバックステップで躱されると、パルスレーザーによる反撃に加えてマイクロミサイル。重心移動でそれを回避するも全ては難しく、2発受ける。空中でバランスが崩れるが、何とかそれを御してブースターを全開にして射程外へと逃れる。
以前交戦した時よりも動きが鋭い。そう感じられた。搭乗しているのが誰であるかなんて考えている暇は無い。実力では向こうの方が上と認めるしかない。それでも隙はある筈だ。
<ヴェスペロ>はブースターを全開にしたままの状態で後退。右背部のミサイルランチャー<WB01M-MYMPHE>に切り替えてロックオンサイトに捉えると同時に肩部ミサイルランチャー<FUNI>を起動。すぐさま発射する。8発のミサイルが<十字架の天使>へ目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。それを<十字架の天使>はブーストで左右の切り返しをしながら肩部インサイドからデコイを射出。ミサイルが四方に散っていく。
それは想定していた動き。<ヴェスペロ>は間合いを詰めてリニアライフルを構える。
その時、レーダーディスプレイにノイズ。ECMカウンターの数値の上昇を確認。以前、セントラル・アークでも使用していたECM。インサイドの併用が出来たのか? 普通のACの機構とは違う──いや、元々この機体はカスタムされた形跡があった。これぐらい事はやるだろうとヴィラスは思い直した。
距離を取ろうか考えたが、遮蔽物も無いこの場所でやり過ごすなんてことは出来ない。この距離を維持して活路を見出す。
左背部のロケットランチャーに切り替えて<十字架の天使>を視界内に入れる。距離は300から400。<十字架の天使>は自機の後ろへ回り込もうとしている動き。<十字架の天使>の動く先を予想しながらそうはさせないとヴィラスはトリガーを引く。
ロケット弾は<十字架の天使>の前方を掠めていく。その瞬間、<十字架の天使>はブースターの指向を切り替えて反対方向へ向きを変える。以前も見せた動き。
「やると思った」
<ヴェスペロ>は<十字架の天使>の動きに合わせてサイドステップ。もう一度ロケット弾を発射。<十字架の天使>の足元に着弾。<十字架の天使>の体勢がぐらつく。その一瞬を突いてブースターを全開にして距離を詰める。
<十字架の天使>がレーザーライフルを構えるが、ヴィラスはインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。ロックオンを阻害。発射タイミングを遅らせてレーザーを回避すると再度ロケット弾を発射。
今度はコアに命中。<十字架の天使>は動きを止めるも、パルスレーザーで弾幕を張って接近を阻止しようとする。何発か命中するが、ヴィラスはそれに構わず<ヴェスペロ>にレーザーブレードを振らせた。
最早、誰が乗っているかなんてそんな事は考えていられない。──倒す。それだけだ。
光刃が<十字架の天使>のコアを捉え、防御スクリーンが大きく爆ぜながらその装甲を裂いていく。<十字架の天使>がその衝撃で機体が仰け反る。
「まだだ……!」
更に踏み込んでもう一撃。光刃が奥まで達した感触。それは正しかった。コアに深い斬撃を受けた<十字架の天使>がそのまま後ろへ倒れてその機能を停止した。
『……やった……』
ルシーナの小さな声が耳を打つ。ヴィラスは大きく息を吐いた。額から流れ出る汗の感触。コクピット内が静まる。
『我々の機体が……』
アンジェラの声。しかし、その声には動揺は全くない。
『ここまでやってくれるのは想定外。ですが──』
ジェネレータの駆動音。<十字架の天使>からだった。有り得ない。コクピットは潰した筈──
『まだ終わりではありません』
<十字架の天使>が立ち上がる。頭部カメラアイを青く瞬かせて。
「まさか……!」
ヴィラスは目の前の状況に戸惑うも、反射的にトリガーを引いた。<ヴェスペロ>から放たれたロケット弾はブースト機動で躱される。
先程と遜色ない動き。そして撃破した筈の機体が再始動。間違いなくこの機体は無人機である。
あの機体は何故再始動出来たのか。ジェネレータまで破壊しきれなかったのか。自分の知らない技術が使われているのか。頭の中を次々と考えが廻ってコントロールスティックを握る手が震えだす。
<十字架の天使>がマイクロミサイルを発射。それに対する反応が一瞬遅れる。気が付いた時には目の前に5発のミサイル。咄嗟に上半身を右に捻らせてコアへの直撃を免れるが、次にヴィラスが見たのはオーバードブーストを起動して間合いを詰めてきた<十字架の天使>の姿。
<十字架の天使>は左腕を構えている。レーザーブレード。ミサイルで受けた衝撃でまだ動けない。
<WL-MOONLIGHT>の先端から光刃が伸びてくる。ヴィラスはコントロールスティックを千切れんばかりに倒す。動けと祈りながら。
その祈りが通じたのか、<ヴェスペロ>は僅かながらに後退。それでも光刃は左肩部の連動ミサイルランチャーと共に装甲を裂いていき、インサイドも使用不可。それでも可動部分まではやらせていない。
『諦めた方が良いですよ』
アンジェラの諭す様な声が耳を打つ。
『この機体はこれまでの戦闘データを蓄積させた集大成。並みのレイヴンでは──』
ロックオン警告音が耳を強く打つ。そして、<十字架の天使>がレーザーライフルを放つのが見えた。
避け切れない。<ヴェスペロ>の左腕を前に出してコアへの直撃は阻止するも、レーザーブレードごと左前腕が吹き飛んだ。
『──倒せません』
攻撃は止まない。パルスレーザーによって防御スクリーンが削り取られていく。機体の損傷アラートがコクピット中に鳴り響き、機体が悲鳴を上げるのをヴィラスは感じ取った。
次に来るのはブレードか。それともまた高出力レーザーか。いずれにせよ、これ以上は致命傷になり得る。
──考えろ。
──ロドリゴならどうしていた?
──タキージョならどうしていた?
──フィーネならどうしていた?
これまでもACとは何度も戦い、生き残ってきた。パイロットして、レイヴンとしての経験全てを振り絞って身体に問いただす。どう動く。
『そうとも限らない』
ルシーナの声。それはアンジェラに向けられていた。
『再始動したからと言って機体が元通りになったわけではない。損傷はそのまま。付け入る隙なんて幾らでもある』
そうだ、とヴィラスは頭の中が次第に落ち着いていく。
相手は化け物でも何でもない。ただのAC。──起き上がるのならばまた倒すだけだ。
フットペダルを小さなステップで踏み込む。<ヴェスペロ>の右脚が上がりながらフロントステップ。ブーストを使っての浴びせ蹴り。攻撃までの僅かな隙を突いた奇襲に近い攻撃は<十字架の天使>の体勢を崩すには充分な効果あった。
ロケットランチャーに切り替えて連続発射。至近距離で火球が咲き、装甲と防御スクリーンが弾ける独特の音が木霊した。
<十字架の天使>がバックステップしながら反撃。パルスレーザーがロケットランチャーを破壊する。今度はミサイルランチャーに切り替えて発射。6発のミサイルが<十字架の天使>へ刺す様に向かう。
<十字架の天使>のコア<CR-C84O/UL>の迎撃装置は潰れている。<十字架の天使>はデコイを射出しながらブースト機動で後退。それに合わせて<ヴェスペロ>はオーバードブーストを起動。
確実にぶつけられる距離。リニアライフルを一射。<十字架の天使>のコアに命中してその体勢が大きく傾いだ。
オーバードブーストを切らずに突進。右脚を振りかぶってそのまま蹴り上げた。だが、<十字架の天使>左腕をかざしてそれを受けきると、レーザーブレードをハードポイントから脱落させながら左腕を突き出して<ヴェスペロ>のコアを打った。
コクピットに激しい衝撃。それでもヴィラスは両脚で精一杯踏ん張らせると、<ヴェスペロ>のコアを右へ捻らせて左肩口からタックル。そしてブースターを点火させて押し出す。
ラジエーターが損傷して機体温度が上昇しているが、それでもかまわず押し込む。どうせ使えない左肩だ。接合部が嫌な音を上げて砕けていくのが装甲越しでも分かった。
『無駄な足掻きを……!』
アンジェラの声。冷静を装っているが、不快感を僅かに滲ませている。──どんな気分だ? と聞いてやりたいが、それは後回しだとヴィラスはフットペダルを限界まで踏み込んだ。
<十字架の天使>がよろめきながら後退。だが、レーザーライフルが構えられている。撃たせはしないと<ヴェスペロ>は密着状態になり、右肩の接合部へリニアライフルを発射。激しい衝撃がコクピット中を襲うが、それに構わず二発、三発と撃ち込むと<十字架の天使>の右腕が肩ごと千切れ落ちた。
『もう少しよ、ヴィラス!』
<十字架の天使>の動きが大きく鈍る。もう一撃入れようとヴィラスはトリガーを引くが、発射不可の警告がモニター上に表示される。どうやら接射した際に銃口が破損した。ならば、とリニアライフルを<十字架の天使>の頭部に叩きつけて破壊。膝から崩れ落ちる<十字架の天使>を見てヴィラスは勝利を確信した。
「もう立ち上がれないようにしてやる」
千切れた右腕からレーザーライフルをもぎ取る。未登録の武器というアラートが出てFCSが動作を停止するが、それに構わずマニュアル操作でそれを発射。高出力レーザーが<十字架の天使>のコアを撃ち抜き、ついにその白い機体が爆散した。
派手に飛び散った<十字架の天使>の破片。これでもう再始動なんていう芸も出来ない。
『まさか……そんな……』
アンジェラの声がヘルメットに入ってくる。信じられないモノを見てしまったかの様な酷く狼狽した声。
『ただのレイヴン如きに……こんな事が……』
切り札であったらしいあの機体を撃破されたショックは相当なモノだろう。戦闘中に見せていた冷徹な仮面は崩れ落ちていた。
敗者に掛ける言葉なんて無い。ヴィラスは傷ついた愛機を動かして外に出る事にした。
『この機体は我々の理想実現の為の駒になる筈だった……それを……』
その言葉にヴィラスの機体を動かす手と足が止まる。
戦闘中あれ程あった腹立たしさ。既にクールダウンした今は寧ろアークに対して憐れみすら覚えてくる。
「勝手に俺を理想の踏み台にするな」
利用された事に対する怒りが僅かに蘇り、思わず言葉が出た。傭兵という立場である以上は常に付きまとう事ではあるが、それをいつまでも甘んじて受け続けてやる程、空っぽの頭ではない。生き残る為であればそれに対して反抗するのは躊躇わない。
──意地汚くても生き抜く。レイヴンになると決めた時からヴィラスにとってそれは変わらぬ事であった。
『これで終わりではない』
再びアンジェラの声。少しは落ち着きを取り戻した様だ。ヴィラスにとっては耳障りな声に戻っている。
『貴方は我々にとってのイレギュラーとなった。必要のない力だ。それに消す手段はこれだけではない。幾らでもある』
アンジェラはそう言い切って通信を切った。こちらからは呼びかけてももう応答しないだろう。完全にアークの敵となった。それでも悲観しないのは覚悟が出来ていたからだ。
「……ルシーナ。ガレージの何処かに隠れているんだ」
『隠れるって……』
「整備班に紛れるのが良い。とにかく身を隠すんだ」
アークが次にやってくる事はヴィラスには大体予想が付いた。自分はともかく、ルシーナにも危害が加わる可能性が高い。せめてルシーナの安全だけでも確保してあげたいとヴィラスは考えた。
早く戻りたいが、ゲートはロックされている状態。ここに閉じ込めておくのか。もしくは2機目、3機目の<十字架の天使>を送り込んでとどめを刺す気なのかもしれない。
「何とかしなければ……」
損傷は決して軽微ではない。どうするべきかとヴィラスは周囲を窺うと、天井の隅に通気口を見つける。AC1機はギリギリ入れる大きさだろうとカメラの望遠でザっと概算した。
ここから脱出出来るのではないのかとヴィラスは判断。通気口の真下に付くと、先程<十字架の天使>からもぎ取ったレーザーライフルで通気口の金網を破壊。
少しでも軽くしておくためにレーザーライフルとミサイルを投棄してヴィラスは<ヴェスペロ>を通気口へ向けて飛ばす。フレームパーツの損傷に比べればジェネレータ含むインナーパーツの損傷は少ないのは幸いであった。
「早く戻らないとな」
この様子だと迎えが来るという望みも薄い。ヴィラスは自分が戻るまでルシーナが無事であることを祈るしかなかった。
* * *
輸送機のカーゴ内で待機状態にいる<エイミングホーク>。そのコクピット内で鳥大老は興ざめた表情を浮かべていた。
向かう予定であった作戦ポイントまでもう少しというところで引き返すという通知が来たのだ。
「どういう事だ。説明してもらおうか、シェイン・ファレム」
不満を剥き出しにした声を上げて鳥大老は通信機越しの相手──シェイン──へ問いかけた。
『申し訳ありません、鳥大老。先程、目標が撃破されたという報せが入りましたので作戦ポイントに向かう必要が無くなりました』
「先を越されたか」と鳥大老は短く嘆息。「不完全燃焼だな。ここ数日は」
逃走したキサラギ派研究員の追跡任務で出撃はあっても交戦は殆どなかった。大体は後始末。死のリスクは少ないが、心は滾らない。
『だが、早い合流が出来るのは悪くないだろう』
ジャック・Oの声がシェインとの通信に割り込む。
「不完全燃焼だと言ったのだが、聞いていなかったか? 久々に楽しい遠足になるかと思いきや、つまらんお散歩だ。身体が鈍る。ここ数日で俺が上げた戦果は女狐とその仲間が乗った輸送機1機だけだ。そして今回の任務は目の前で中止。退屈に俺の身体が殺されてしまうぞ、ジャック」
溜まっていた不満をジャック・Oへ向けて鳥大老は吐き出した。だが、その鳥大老の憮然とした声を微かな笑みを含めて受け流す。
『確かに君にとっては不本意であったかもしれないが、結果として余計な消耗を避けることが出来た。それは良い事だと捉えよう。その退屈はすぐに無くなるぞ。鳥大老』
ジャック・Oがそう言うと、<エイミングホーク>のモニター上に座標が表示される。
『合流ポイントだ。そこへ向かうように輸送機のパイロットには既に伝えてある』
「……例の作戦か。手応えありそうなヤツが相手であればそれで良い」
『パイロットが1名合流する。共同で遂行してくれ』
「……誰だ?」
『我々に合流してからACを宛がった者だ。見込みはある』
「俺は子守りなんてしないぞ、ジャック」
『必要ない。僚機としてどう使おうが構わない。強者であれば生き残る。逆に君を利用してくるかもしれない』
「それは良いな。当たりであることを祈ろう」
モニターに新たに表示されたACの情報を眺める。火力を重視した構成の逆関節型AC。高機動戦を想定した愛機<エイミングホーク>と組ませるのであれば悪くはない。──納得させられる腕であればという前提ではあるが。
見込みがあると言ってACを宛がったパイロットは何名かいたが、どれも短命で終わっている。ジャック・Oが敢えて脅威度の高いミッションポイントへ送り込んでいる所為だが、見込みがあるのであればそれ位は切り抜けてもらいたいというのが鳥大老の正直な気持ちだ。
「お前は予定通りだな? ジャック」
『ああ、私はンジャムジと共に行く。もし早く済むようであれば来てもらってもいい』
この作戦はバーテックスに所属するほぼ全てのレイヴンとACパイロットを投入する”区切り”の作戦。
ジャック・Oが求めている強者。それは組織の名に込められている。頂点の存在。それを見出してどうするのか。ジャック・O自身もそこには到達していないというように自ら前線へ出る。場合によっては撃破されるというのも考えられるが、ジャック・Oはそれも覚悟している。
「楽しみだ」
果たしてどれだけ生き残れるのか。闘いというのは派手であればあるほど良い。鳥大老は自分の向かう先が心を滾らせるような激戦になるのを期待して目を閉じた。