ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第51話「Conflict」

 丸一日を掛けてヴィラスはガレージに戻ることが出来た。

 損傷して武器も失った丸腰のACで動くというのはかなりのリスクがあったが、武装勢力などとの接触は無く帰還出来たのは勢力圏を避けながらの移動とはいえ、幸運だったのだろう。

 長時間の稼働は機体の損傷をさらに広げていた。ガレージに辿り着いた時には脚部の関節もブースターのみならず、インナーパーツも悲鳴を上げている状態。直すよりも総取り換えした方が早いのかもしれない。

 既にアントニーの班が待ち構えている。それを見て安堵の溜息が漏れた。

 整備ブースに<ヴェスペロ>を戻してコクピットハッチを開けると、すぐさまキャットウォークから降りる。

 整備班の誰かが声を掛けてきたようだが、そんなのには構っていられなかった。ルシーナは無事なのか。その思いだけであった。

 いつもであれば自分の帰還を待ってくれている筈。どこだと首を振るがやけに重く、視界が狭い。そこでヘルメットを着けたままだと気が付き、それを脱ぎ捨てる。

 ヴィラスの肩を誰かが後ろから掴んだ。ヴィラスが後ろを振り向くとそこにはアントニーの姿。

 

 「アントニー……!」とヴィラスは焦りの感情そのままに声が出る。「待ってくれ、機体については──」

 

 振りほどこうとするが、「落ち着け」とアントニーがヴィラスの両肩を強く掴んで離さない。

 

 「話は聞いている。今はここに居ろ。──皆、ここに居るんだ」

 

 手を振りほどこうとしたヴィラスは止まる。

 

 「皆……」

 

 酷く焦燥していた自分に気が付き、ヴィラスは次第に頭の中が落ち着いていくのを実感した。そして──

 

 「ヴィラス……!」

 

 ヴィラスの視界に入ってきたルシーナの姿。腕にはテディベアが強く抱きしめられていた。

 

 「無事でよかった……無事で……」

 

 消え入りそうなルシーナの声。ヴィラスはルシーナを強く抱きしめる。ようやく心の底から安堵出来る瞬間であった。

 

 「ルシーナも無事でよかった」

 「少し危なかったけど、ヴィラスが先に言ってくれたおかげで何とかなった」

 「……! という事はやっぱり……」

 

 「いらねぇ客が来てねぇ……」とエリカが横から声を掛けてきた。それに対して周りにいた他の整備班も頷く。

 

 「こっちだよ」とエリカが手招きをする。それについていくと、整備ブースの片隅で後ろ手に縛られた黒いスーツ姿の男が文字通りボロボロの状態で横たわっていた。

 

 「ちょっと派手に歓迎しちゃってさ。今はお休みになって貰っている」

 「あの後、ヴィラスに言われた通り格納庫に向かおうとしたらこの男が……」

 

 ルシーナの引き攣った顔。何をされそうになったかは聞かないが、想像はつく。

 

 「──でも、その場に居合わせたあたしがコイツの顔面へこのレンチでフルスイングしてやった」

 

 「ついでにグーも入れておいた」と得意気な笑みを浮かべて手に持っているレンチを振るエリカ。男の顔は至るところに青あざ。左頬が大きく腫れ上がり、右目も同様で開けられない位になっている。既に止血しているが、鼻も折れ曲がって大量の鼻血を出していた形跡があった。

 「オラ! 起きろ」と整備班のひとりが男の腹を蹴りつけて無理矢理起こす。くぐもった声を僅かに上げて男はゆっくりと上体を起き上がらせた。

 

 「聞くまでもないと思うが、一応聞いておく。どこの者だ?」

 

 ヴィラスは男に問いただしてみる。返ってきたのは敵意を剥きだした視線。

 

 「……ノーコメント」

 

 口を開くのももどかしそうに男は声を出す。前歯も半分近く折れていた。ノーコメントなどと言ってはいるが、男のスーツは見覚えがあった。以前、ガレージにやってきたラシッドと同じもの。この男はレイヴンズアーク所属。そして保安部の人間だ。

 

 「予想通りの事をやってくれたな。アークから俺やルシーナを拘束しろと言われて来たんだろう。いや、始末か。生憎だが、俺は帰ってきた。あんたの上司は少しお喋りだったよ」

 「……失敗したという事だ……何もかも……」

 

 観念したかのように男は力なく呟く。それでも敵意を向けた視線は変わることは無い。

 

 「俺の……知った事では……無いが、要らぬ事に首を突っ込んだ……代償だ」

 「連中に伝えろよ。もう俺たちに干渉するな、と」

 

 これ以上問いただしても意味は無いのかもしれない。この男はただ命令に従って来ただけだ。

 

 「……そうしてやってもいいが……繋がらない……」

 

 憮然とした表情を浮かべて男は言い放った。そこには困惑の色が含まれている。

 

 「どういう事だ? 失敗したから見捨てられたというのか?」

 「いや、そうでも無いんだ」

 

 男の代わりにアントニーが口を挟んできた。アントニーも男と同様、その声と表情には困惑の色が窺えた。

 

 「今から3時間程前くらいから本部と通信が一切出来ない状態になった。他のガレージも同様らしい。だから今は近場のガレージと連携して情報収集しているが、状況が一向に分からないんだ」

 「何があった? おい、お前は何も知らないのか」

 

 ヴィラスは男の胸倉を掴み上げて問いただす。

 

 「……知っていたら……真っ先に連絡……している……ここには……チンピラしか……いないと」

 

 傷だらけにも関わらず、精一杯の皮肉を込めた笑みを浮かべる男。腹立たしさはあるが、そのまま放置しておくことにした。もっとも、外に放り出して視界から消した方が精神衛生上良いのかもしれない。

 何が起きているのか。帰還したばかりだというのに様々な事が自分の周りで起きている。それを頭の中で冷静に整理しなければならないとヴィラスは思った。

 傷ついた愛機。まずはそれの修理だろう。これから起こる事に対しては全て万全な状態にしておかなければならない。アークからの支援などもう出来る状態ではなのだから。

 整備班と共にヴィラスも<ヴェスペロ>の修理に交じろうとするが、後ろから肩を叩かれる。ルシーナだ。

 

 「取りあえず、食事をしましょう。ヴィラス」

 

 ルシーナの手にはいつもの様にバスケット。そしてベーコンとトーストの香ばしい匂い。忘れていた空腹と喉の渇きが蘇ってきた。

 

 「まずは身体を休めて。それが一番大事なことよ」

 

 アントニーたちも「機体は任せておけ」と言って休むように促していた。そうさせてもらおうとヴィラスはその言葉に甘える事にする。緊張が解けた身体は休息を求めていた。

 これから起こるであろう闘いは自分を護る為だけになるのだろうか、それとも──

 ヴィラスはガレージを見渡すとバスケットに手を入れた。

 

 

    *     *     *

 

 丁重なおもてなしなんてもとより期待なんてしていなかったが、やはり銃を突き付けられた上にラフな扱いをされれば腹立たしさが自ずと湧いてくる。

 操縦しているパイロットの気質も悪ければ乗り心地にも直結するのだろう。頭痛は相変わらず止まない。

 クリフの正面にはラシッドが座っている。銃を突き付けている髭面の男と目的地まで見つめ合いなんてしたくもない。代わり映えしない景色を眺めていた方がマシの筈だが、クリフの両隣にはラシッドと同じスーツ姿の男が座っている。窓の外も眺められないので代わりに天井を眺めていた。

 暫くしてヘリは高度を落とす。

 

 「到着かい?」

 

 それに誰も答える事無く、クリフは無理矢理引っ張られながら降ろされた。

 広大な施設。ここがアークの関連施設であるというのは想像つく。格納庫が複数建っているのが見えた。ACくらいは配備されていそうな気はする。

 用意されていた車に乗せられると、最奥の建物に向かう。14、5階くらいの高いビル。

 

 「豪華そうなホテルだね。ルームサービスも充実しているのかい?」

 

 クリフは努めて明るく言うと、隣に座っていた男から「黙れ」と一喝される。冗談も通じねぇのかとクリフは心の中で毒づいた。

 ビルに到着してエントランスホールにはラシッドの部下と思われる者が2人待っており、そのまま一緒にエレベーターへ向かう。4階と9階のボタンが押されるのが見えた。

 ラシッドはクリフのバッグを部下に渡して「システム部へ」と耳打ち。4階に着くとクリフはラシッドたちと共に降ろされた。

 奥の部屋に入れられる。倉庫なのか窓がなく、物も一切置かれていない部屋。クリフはパイプ椅子に座らされる。後ろ手に手錠を掛けられた状態だ。

 「さて……」とラシッドはクリフを見下ろして呟く。その目つきは当然だが友好的なコミュニケーションを取ろうという意思は皆無。周りに居る者も同様であった。

 

 「最初に言っておく。あの端末は我々レイヴンズアークの所有物だ。お前はそれを勝手に持っていった犯罪者だという事をしっかりと自覚しておけ」

 「悪いね。今度拾った時は正直に警察に届けるとするよ」

 

 そう言った瞬間、ラシッドの拳がクリフの右頬を打った。クリフは椅子ごとそのまま倒れる。

 

 「これから色々と質問をさせてもらうが、今みたいなふざけた態度を取るとこうなるぞ。口の利き方には注意しておけ」

 

 ラシッドがそう言って振った右拳の中指と薬指には太いシルバーリングが嵌められていた。

 

 「……ああ、そうさせてもらうよ……ラシッドさん。でも、加減はしてくれ。死んじまったら喋れなくなっちまう」

 

 乱暴に身体を引き上げられながらクリフは言い放つ。殴られた際に切れたのだろう、口の端から血が滴り落ちてきた。

 

 「安心しろ、殺しはしない。上からは殺すなと言われているからな。だが──」

 

 ラシッドはそう言って今度はクリフの胸に足の裏で思い切り蹴りつけた。再びクリフは椅子ごと倒れる。

 

 「痛めつけるなとは言われていない。だから正直に答えろ。──分かったか?」

 

 「ちなみにこれは前のお返しだ」と言って部下にクリフの身体を再び引き上げさせた。

 

 「まず、一つ目だ。このACの事はどこまで嗅ぎ回っていたんだ?」

 

 ラシッドはタブレット端末をクリフの眼前に持ってきて見せてきた。そこには天使のエンブレムを付けた白いAC。──<十字架の天使>だ。

 

 「あれはおたくらの機体だったのかい? お洒落な機体じゃねぇか──」

 

 頭を打ち、視界が揺れる中でクリフは辛うじて口を開く。自分の答え方に対してどこまで彼らが寛容なのか。

 

 「質問に答えろ」

 

 端末と入れ替わって眼前に迫るラシッドの顔。流石はミラージュ公安の鬼のヒゲ男。迫力は満点とクリフはラシッドの表情を評価する。

 

 「……機体の構成予想と出現傾向。結局はそいつのパイロットを含めて完全に掴めなかったよ。きっかけはアライアンスからの依頼だ。暴れすぎて目ぇ付けられていたんだぞ」

 「それは織り込み済みだ。もう一つ質問する。レイヴンのヴィラスにも情報を与えていたらしいが、それは?」

 「俺の調査の途中経過を渡した。理由はアイツが任務中にそのACと交戦したからだ。所属不明のACから攻撃を受ければ誰だって気にはなるだろう。どこまで参考になったかは知らねぇよ。なんせ、あのACはとても恥ずかし屋だからな」

 「それだけか?」

 「俺の情報収集力じゃそれが限界だった。……それにしても、あの機体は何を目的に動かしているんだ? 教えてくれよ」

 

 「知るか」とラシッドはあっさりと即答。余計な事を聞くなという圧の入った言葉であった。

 

 「そういうのは上が取り仕切っている。我々保安部は要らない茶々を入れてくる連中の排除も仕事だ。正にお前がそうだ」

 「やはり、俺のねぐらに来たのはあんたらだったんだな」

 

 クリフは分かっていたが一応の質問をぶつけてみる。

 

 「正直言って私が行くべきだったよ。そうすれば端末を持っている事も知れて、こんな面倒な事をしなくて済んだ。そう、厄介事をお前が二つも抱えているなんて思ってもみなかった。──では、二つ目の質問をさせてもらおうか。あの端末はどこで入手した?」

 

 やはり聞いてきたな、とクリフは気付かれない様に小さく嘆息する。答え方によっては他の人間に害が及びかねない。それだけは極力避けたかった。

 

 「……ジノーヴィーの個人ガレージだ……」

 「個人ガレージ……そんな情報まで持っているとは……場所は?」

 「ノースクラウンから更に北へ行ったところだよ。詳しい座標は俺の端末内だ」

 「そうか、後で見させてもらおうか。では、次の質問。協力者がいる筈だ。そいつらについて聞こうかな」

 

 「協力者……ねぇ……」

 

 クリフが口ごもった瞬間、ラシッドの右手がクリフの首を強く掴んだ。指が食い込んでくる。クリフは首を振って振りほどこうとしたが、それは無理であった。

 

 「変に言葉を濁すなよ。ガル・パークで一緒にいたデブがいたな? それにガレージの場所も偶然見つけた訳じゃないだろう。情報提供した者がいるな。それを言え」

 

 ようやく指の力が抜けて解放される。窒息しかけたクリフは大きく深呼吸。

 

 「……ガレージについては……リサーチャーのネットワークコミュニティの噂話を基に行ったらヒットした」

 「……デブは?」

 「ガル・パークのフードファイターことケビン・ダニッチ君。有名カレー店『スパイス・ボム』の特盛カレーライス7キロ完食チャレンジ達成者だ」

 

 そう言い切った瞬間、ラシッドの拳がクリフの腹へめり込む。今度はラシッドの部下が支えていたので倒れることは無かったが、しっかりと拳を受け切るかたちとなったクリフは肺の中の空気を全て吐き出して呼吸できなくなる。

 

 「お友達を庇うその姿勢は感心するが、最初に言っただろう? お前の立場を自覚して正直に話せ」

 「…………ああ、分かった。……そうだ、あのおデブ君が今どこでナニをしているか思い出したよ」

 「何だ。言ってみろ」

 「悪い、口の中切ってハッキリ言えないから近くで聞いてくれ」

 

 クリフは笑みを浮かべながらそう言うとラシッドがしゃがみ込んでクリフの口元に耳を近づけた。

 「ちゃぁんと聞けよ」とクリフは短く溜息。そしてぼそりと一言。

 

 「テメェんちで、テメェの母ちゃんとヨロシクやっているよ」

 

 ラシッドは大きく頷きながらゆっくりと立ち上がった。口元には笑みが見える。だがその一瞬後、ラシッドの表情は怒気に溢れ、左脚がクリフの頭を振り抜いた。クリフは椅子ごと派手に吹き飛ぶ。

 

 「……一緒に……キャレパチェを食べているよ……という意味なんだけど……なぁ……ナニ想像した……?」

 「非協力的な態度を取り続けるその気概は大したもんだ。もっと痛めつける必要があるという事だな」

 

 ラシッドが低く唸るような声が床に突っ伏して呻くクリフの耳に響く。流石にマズかったと反省する。

 

 「道具を用意するか。爪でも剝ぐか、それとも関節を──」

 

 その時、着信音。ラシッドが懐から携帯端末を取り出して通話を始めた。

 短い通話であるが、その声は緊張したものとなっており、心なしかその背筋も伸びている。

 

 「──『ドクター』が来る。チコ、お前はこのカス野郎を見張っていろ」

 

 椅子に座らされたクリフの頭を小突いてラシッドは部下と共に部屋を出て行く。

 

 「……お前が初めてかもしれないな、主任にあんな口を利いた奴は。死なすなというお達しが無ければお前、今頃死んでいたぞ」

 「……ああ……優しい上のお方に感謝しなくちゃな……」

 

 唯一部屋に残るチコと呼ばれた男はクリフを憐れむように声を掛けてきた。ラシッドの怖さは知っているのだろう、鬼のヒゲ男のあだ名通りの怖さは十分に味わった。

 だが、これ以上は味わいたくない。そして今は見張りがチコという男のみ。逃げるチャンスは今しかないだろう。手段はすぐに思い付いた。あとはミス無くうまく進められるかだ。クリフはチコに声を掛ける。

 

 「……なあ、兄ちゃん。頭痛薬無いか? あれば欲しいんだが」

 「あぁ? 薬?」

 「この間から風邪気味でね。頭が痛くてしゃあねぇんだ」

 

 頭が痛いのは事実だが、それは風邪によるものか殴られ蹴られた事によるかは最早分からない。

 

 「ここには無い」

 「さっきの態度は……反省している。でもちゃんと話すには少しでも体調を戻しておきたい。簡単な話だ。あんたが医務室に行ってチャチャッと薬を持ってきてくれれば良い。俺はこの通りだ。逃げやしない」

 

 クリフは辛そうな表情を精一杯作ってアピールしてみる。通じろと心の中で祈った。

 祈りが通じたのか「……分かった」と小さく舌打ちしながらチコは扉の方に向かう。

 ──背中を向けた。その瞬間、クリフは立ち上がり、全力疾走でチコに体当たりを敢行。

 そのまま倒れ込んだチコに対してクリフは素早く馬乗りになると、上体を振りかぶってチコの顔面目掛けて頭突きをかました。

 鈍い衝突音。鼻の骨が潰れ、砕ける音であった。「待て……」とチコがくぐもった声を微かに上げるが、それに構わずもう一撃、更にもう一撃と頭突きを入れる。

 

 「……悪いね。嘘つきで……」

 

 鼻が潰れて鼻血を盛大に噴出しながら気絶したチコの姿を見ながらクリフはチコのズボンのポケットをまさぐると手錠の鍵。それを取って手錠を外すと、上着と拳銃を奪い取る。

 

 「さて、返してもらわないとな」

 

 チコに手錠掛けて部屋の奥に放り込むとクリフは上着を羽織って部屋から出て行った。

 端末はシステム部というところに持っていかれたということは聞き覚えていた。エレベーターに乗せられた際に9階のボタンを押していたので恐らくそこだろう。クリフは逃げ場が無くなってしまう恐れがあるエレベーターを避けて階段から向かう事にした。

 9階に着くとクリフは目の前にある扉に手を掛ける。

 扉はロックされているが、扉の横にあるカードリーダーにチコの上着に付けられていたIDカードをかざすとロックが解除された。

 扉を抜けた先は端末が大量に置かれた部屋。それと職員と思われる者たちがせわしなく動き、端末を操作していた。何人かがクリフの姿を見るが、保安部の上着を着ているお陰なのかあまり気に留める様子はない。好都合とクリフは捉えて部屋の中を探る。

 部屋の奥で作業をしている白衣の男を見つけた。机にはクリフのバッグ。そして、男が触っているのはジノーヴィーの端末。

 見つけたとクリフは喜びもそこそこに男に声を掛ける。

 「何の様ですか?」と神経質そうな表情を浮かべる男。作業中に声を掛けられたのが気に食わなかったらしい。

 

 「……保安部の者だ。……実は……その端末とそのバッグの中身について……再確認したいと……上司の指示で回収しに来た」

 とりあえず、それらしいことを言ってクリフは男の反応を窺う。

 

 「そんな事……」男は訝しむように顔をしかめる「聞いていないのですが」

 

 やはり怪しまれるか。それでもクリフは畳みかける様に言葉を続ける。

 

 「ついさっき言われたんだよ。緊急の案件で見なくちゃならないってラシッドさんがそう言っていたんだ。持ってこないと俺がドヤされちまう。ほらこっちに渡してくれ」

 

 「待ってください、今確認を──」と男は手元にあった携帯端末を取ろうとする。それはまずいとクリフは焦って。それを制する。

 

 「ちょっと……どういうことですか? 確認をしないと渡せませんよ」

 

 必死でもがく男。それに対して「もどかしいな」とクリフは拳銃を取り出して男に突きつけた。「ヒッ」という小さな悲鳴。

 

 「さっさ渡すんだ! ほら!」

 

 「分かりました……分かりました」と怯えた声を上げて男はジノーヴィーの端末とクリフのバッグを差し出す。これが手っ取り早いか、と小さく呟いてそれをひったくるように取るとクリフは部屋から足早に去る。

 

 「これは俺が譲ってもらったモノなんだ」

 

 端末をバッグに入れながら、どうやって逃げるかと考えた瞬間、エレベーターが開く音と共にそこから出てくる人影。

 

 「……っ! この野郎……!」

 

 髭面の男。ラシッドだ。──バレた。クリフはすぐさま踵を返して階段へ向かう。

 

 「逃がすな!」

 

 ラシッドの怒鳴り声を背にクリフは階段を滑る様に降りていく。外に出るのが最優先事項だ。

 

 「いたぞ!」

 

 ラシッドの部下が2人が階段の付近にいる。エレベーターで先回りしていたようだ。クリフは拳銃を抜いて躊躇い無く撃つ。当たりはしなかったが、怯ませる事は出来た。

 その隙に階段を蹴り、両足を突き出してドロップキック。全体重を掛けたそれは部下のひとりにそれも胸部のど真ん中を捉え、そのままクリフの下敷きとなった。

 クリフは素早く立ち上がって、隣にいたもう一人の膝頭を蹴飛ばしてよろけさせると、後頭部をつかんで顔面を壁に叩き付けた。

 階段へ戻ろうとするが、下からも足音が聞えてきたのでクリフは廊下の方へ逃げる。降りられる場所もしくは隠れられる場所は無いかと首を振る。

 正面からまた2人。銃を取ろうとしたが、ドロップキックをした際に落としてしまったらしい。クリフは近くにあった消火器を取って彼ら目掛けて噴射。消火剤で視界を奪うとそのまま突進して消火器を振り回す。視界がほぼゼロであったが、頭部あたりをぶつけた感触はあった。小さな悲鳴と共に倒れる音。そこから抜けると突き当たったところに非常扉。それを開けるとそこにはラシッドがいた。

 

 「この……ガキが……!」

 

 クリフは咄嗟に反転して逃げようとするが、背中を蹴られてそのまま転がると、ラシッドはクリフの襟首を掴んで床に叩き伏せた。

 今度はクリフを無理矢理引き起こすと、壁に打ち付けて拳を振りかぶる。クリフも黙ってやられるわけにはいかないと右脚を突き出してラシッドの腹部を蹴りつける。そのまま反対側の壁に追いやると勢いづけてもう一度腹部へキック。ラシッドは倒れ込んだ。

 振り向くと、ラシッドの部下がひとり向かって来る。クリフは先程の消火器を拾うと、相手の顔面へ思い切り振りかぶった。

 その時、警報がけたたましく鳴る。するとフロア内の扉が一斉に開き、そこから職員がバラバラと飛び出してきた。

 「何が起きた……?」とクリフが呟いた瞬間、外からであろう爆発音。そして地響き。明らかに戦闘状態になったという事が判る。

 

 「敵襲……? でも、どこの連中が?」

 

 逃げなければと階段へ向かおうとしたが、肩を掴まれた。ラシッドだ。クリフは肘をラシッドへ打ち付けて離れようとするが、ラシッドの掴む力の方が強い。クリフは扉の向こうへ投げ飛ばされる。職員たちがいた部屋の方だ。

 

 「なあ、おい。ここは一旦休戦した方が互いにいいんじゃあないかなぁ」

 

 警報は鳴り止まない。そして再び爆発音。窓の外からは遠くで火柱が立つのが見えた。

 

 「この私をここまでコケにしてくれたヤツはお前が初めてだ」

 

 ラシッドはそう言って座り込んでいたクリフ目掛けて踏みつけようとするが、クリフは近くにあったキャスター付の椅子を転がしてそれを阻止。その隙に立ち上がって机の上に置いてあったペンや携帯端末をラシッドへ投げつけながら後退。

 とにかくここから離れなければという思い。更に近くになった響く爆発音と大きくなった地響きがその思いを強くさせた。

 目の前にいる人物にはそんな事はお構いなしなのか、ラシッドはクリフに掴み掛かり、押し倒そうとする。クリフもそうはさせないと掴み返して踏みとどまった。歯を鳴らし、激憤の表情を浮かべているラシッド。殺意は剥き出しの状態。

 

 「殺すなとは言われているが、もういい……死ぬ一歩手前まで。それでも死んだら適当な理由つけて……」

 

 ラシッドの方が力は勝っている。徐々に押されていくクリフは机の上にあった鋏を咄嗟に掴んでそれをラシッドの右腕に深々と突き刺す。

 絶叫と共に腕を放したラシッド。その顔面へ拳を打ち付けるとラシッドは床を転がっていった。

 これ以上ラシッドの事を気にしている暇はない。クリフは扉の方へ向かおうとするが、後ろから物音。振り向くとラシッドが起き上がっている。そして左手には拳銃が握られていた。

 大きな衝撃音。外からであった。クリフは窓の方へ振り向くと、そこにはACの姿。重量二脚型のシルエット。

 ──よく知っている機体。そしてそのACは右腕の大型ライフルの銃口をこちらに向けていた。

 

 「──ヤバい……!」

 

 何が起きるかを予見したクリフは全力で走る。一瞬だけラシッドの方を見たが、ラシッドはようやく事態を理解したのか、目と口を大きく全開にして窓の方を茫然と眺めていた。

 次の瞬間、クリフの後ろで轟音と衝撃。そして熱風が吹き荒れた。

 

 

    *     *     *

 

 轟音を立てて大穴が空いた施設。狙ったわけではないが、特に何も感情が沸かないのはそこに居たであろう者たちがどうなろうともこれからの時代には不要の存在であると分かっているからだ。

 

 「庇う事はしなかったか。君の居場所だろう?」

 

 右腕のレーザーライフル<WH04HL-KRSW>を構えた重量二脚ACのコクピット。そこに座るパイロットはモニターの端に映る逆関節型ACを見据えた。

 

 『所詮は仮初の居場所のひとつでしかない』

 

 逆関節型AC──<ブレインウォッシュ>──を狙った筈の攻撃であった。後ろにこの機体のパイロットでありDr.?の所属であるレイヴンズアークの本部施設。彼は自機の後ろにそれがあると知っていても躊躇うことなく躱すことを選んだ。

 

 『意外と早い行動であったな。──ジャック・O』

 「次の時代に進む為の段階を早めておく必要があった。それだけだ」

 『君らしい。機を掴むという事に関してはやはり長けていると認めざるを得ないか』

 

 重量二脚型AC──<フォックスアイ>──を駆るジャック・O。Dr.?に向けて静かに言葉を吐き出した。

 

 「随分と下らない玩具をこしらえてくれたな」

 『ナービスの忘れ形見だ。──もう少しもってくれるかと思っていたが、レイヴンの力は侮れない』

 

 粘着性を帯びた声。どんな顔をしているかは分からないが、その口角は上がっているだろうとジャック・Oは察する。

 

 「Dr.?──」

 

 <フォックスアイ>はレーザーライフルを放つ。

 

 「裏で色々と動いている様だが、あまり目障りな事はしないでもらいたい」

 

 高出力レーザーを躱しながら<ブレインウォッシュ>は跳びあがると、右背部のリニアガンを発射。

 

 『君と同じだ。私も人類にとって一番正しい選択をさせたい』

 「一緒にされては困る」

 

 リニアガンを重装甲で受け切りながら<フォックスアイ>は左腕のグレネードライフルを放つ。

 

 『同じだよ、ジャック・O。私は人間の持つ可能性を信じている。君もそうであって組織を築いた。そうだろう?』

 

 オーバードブーストを起動させた<ブレインウォッシュ>はグレネード弾を掠めさせながら大きく距離をとった。そのまま後ろに回り込むと、両腕の武器を構える。

 だが、既に<フォックスアイ>は反転して両背部のミサイルを放つ方が早かった。

 

 『しかし、君とひとつ決定的な思想の違いがあるとすれば──』

 

 飛来してきたミサイルを肩部の追加装甲でいなしながら<ブレインウォッシュ>は後退。

 

 『──旧世代の遺産を受け入れるか否か、だ。──無論、私は前者』

 

 粘着質を帯びた声を響かせてDr.?が言い放つと同時に<ブレインウォッシュ>両腕の武器から弾丸が放たれる。

 その時、射線の間に褐色の中量二脚型ACが両肩部のエネルギーシールドを展開しながら割って入る。

 ンジャムジの駆る<ウコンゴ・ワ・ペポ>。

 

 『ジャックはやらせない』

 

 そう言って両腕を構えた<ウコンゴ・ワ・ペポ>の前に<フォックスアイ>は立つ。

 

 「手出しは不要だ、ンジャムジ。私と彼、どちらが正しいかこれで決める」

 『ジャック・O。君の悪い癖だな。なんでも自分だけで抱え込もうする。それは心身ともに良くない。カウンセリングが必要だ』

 「今更、医者みたいな事を言うな」

 『失礼な。これでも医師免許は持っている』

 

 これはひとつの試練だろう。ジャック・Oは目の前に立つかつてのトップランカーのAC。

 自分が斃れてしまえばそれまでだ。この機体くらい斃して見せなければ、これから始まる戦いは一端のレイヴンによる単なる反乱行動のひとつとして後の歴史で片付けられてしまうだけ。

 己の使命。それを為す為、まだ生き残らなければならない。

 

 「ひとりのレイヴンとして相手をさせてもらおうか。──Dr.?」

 

 <フォックスアイ>の後部ハッチが展開。オーバードブーストを起動した。

 咆哮を上げて<フォックスアイ>が突撃していく。己の選択が正しい事を証明する為に。

 

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