ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
「マズい事になっている様だ」
食事を終えて休息をとっていたヴィラスの方に来たレイヴンのストリングプラーが青ざめた表情でそう言ってきた。
「俺の知り合いのリサーチャーからで、まだちゃんとした確定情報は無いが、バーテックスが現存するアークのガレージを次々と襲い掛かっているらしい」
「という事はここにも来るという事だな?」
「まあ、そういう事だ。本部との通信が途絶しているっていうのはこういう事なんだろう。多分、本部も含まれている」
深い溜息を吐いてストリングプラーは自身の愛機<ギミックボックス>が収まったハンガーを見つめる。<ギミックボックス>も1時間前に任務から帰投して修理を受けている最中であった。
いつ、バーテックスがこのガレージに来るか分からない状況。ヴィラスはパーツ単位でバラされはじめた<ヴェスペロ>を見て、修理よりも組み直した方が早いのではないかと考えた。
「端末でしょ? ちゃんと持ってきてあるから」
自分が向けた視線で何をしたいのか察してくれていた。ここまで来るとルシーナは自分の心を読み取る力でも持っているんじゃないかと思いたくもなる。ほんの少しだけだが、畏れみたいな感情がヴィラスの中で沸いた様な気がした。ただ、それだけお互いを知れたという事だ。悪い気はしない。
アセンブルソフトを起動して完調なパーツを確認する。フレーム構成パーツに関しては損傷の激しい腕部と脚部の取換は必須だろう。
腕部は軽量級の<CR-A88FG>に、脚部は四脚型の<LF04-LIZARD>に変更。比較的損傷は軽微と言える頭部は修理で継続。コアも損傷はあるが、拡張パーツの入れ替え等に時間が掛かる。修理と予備パーツで切り抜ける事にした。インナーパーツも同様だ。
武装も全て換えなければならない。右腕はライフル<WH01R-GAST>。左腕はマシンガン<WL06M-FAIRY>。右背部はマイクロミサイルランチャー<KINNARA>。左背部はチェインガン<CR-WB69CG>。肩部には連動ミサイルランチャー<CR-E84RM2>。インサイドにミサイルデコイ<I05D-MEDUSA>。
これらの構成を整備班に伝えて準備を進める。時間は少ないと考えておいた方が良い。ヴィラスも整備と組み立てを手伝う事にした。
「もう良いのか? 休めたのかよ」
整備班の心配する声。それでヴィラスは「大丈夫だ」と応えて作業を進める。間に合ってくれと祈りながら。
「近くのガレージにバーテックスが来たみたい!」
所属オペレーターのクレア・カーソンが急ぎ足で格納庫へ報せに来た。オペレータールームでは各ガレージと可能な限りの情報収集をしていたが、事態は悪い方向へと向かっていくのを格納庫に居た全員が実感していた。
「襲撃してきた戦力はMT多数にACが1機から3機の模様。幹部扱いのレイヴンの機体の姿が確認されたガレージもある。W05エリアのガレージにはΩの<ClownCrown>が来たって情報があったわ」
「最悪だ……」と、どこからか呟く声。それはさざ波の様に不安というモノをガレージ内にいた者たちに伝染させる。それでもパニックにならないのは彼らなりに覚悟は持っていた。これが最後の仕事になるのかもしれないのだと。
敵は迫ってきている。ヴィラスも作業をする手は止めない。次の出撃で自分というモノが喪っても、それが後悔しない為にだ。
「先に出るぞ! 連中がやってきたら知らせる!」
このガレージを間借りしている独立傭兵のジュリョが大声で叫ぶと同時に駐機していた重量二脚型ACのコクピットハッチが閉じて、整備ブースから上がっていく。
このガレージで所属しているのはヴィラスとストリングプラーにジュリョ。もう1名レイヴンがいたが、出撃したまま未だに帰還していない。
「……どれくらい掛かる?」
ヴィラスは頭部のレーダーを付けながら近くに居たエリカに尋ねる。頭部の修理はこれで完了。後はコアに差し込めばいい。
「──機体の組み上げはあと20分ってとこかな……あんたがやる調整までバーテックスが待ってくれるかは向こうの気分次第だね」
その顔には不安の色を覗かせている。普段は賭け事好きで不遜な態度も隠さない彼女でさえ、次も見えないこの状況に戸惑いがあった。
「……インナーの組付け、すぐ済ませるよ」
そう言ってエリカが離れていく。コアと頭部が組まれるのを見届けてヴィラスは次の作業を始める事にした。
警報。それがガレージ中に響き渡った。
『ガレージに接近する敵影、多数。今、<ジャーン・ドゥ・マルブル>が迎撃に向かった』
コクピットに収まったヴィラスはルシーナからの現状の報告を聞く。遂に来たかという妙な興奮に近い感情はやはりレイヴンである故か。
それでもまだ出撃は出来ない。機体の組み立ては終わったが、最終チェックが済んでいないのに加えて装備する筈であった左腕の武器に発射機構の不調が見つかり、代替の武器に換えている最中であった。
場合によってはチェック項目の幾つかは飛ばす必要があるだろう。
「ACはいるのか?」
『MTだけで、今のところは確認されていない。でも、他のガレージの状況からしてほぼ来ると言っても良いわ』
左腕には代替としてライフル<CR-YWH05R3>を持たせた。今の時点で自分が使えると判断したベストの選択だ。
これ程までに動けない事に対してもどかしい気持ちは今まで味わったことは無かった。コントロールスティックを握る力が強くなる。モニターに流れる機体チェック結果も心なしかゆっくりと感じられた。
ストリングプラーの<ギミックボックス>も整備ブースから上がっていく。焦燥感はさらに増す。
機体チェックが完了するが、そこにはエラーの表示。噴出系と出ている。ブースターであった。正常な噴出が出来ない。
「こんな時に……!」とヴィラスは腹正しく呟きながらコントロールスティックを動かす。これ以上は待てない。多少機動力が落ちてもこの状況下ではやるしかないだろう。
『馬鹿野郎! 待て、ヴィラス!』
外からであった。アントニーの声。モニターにはキャットウォークを跳ねる様に上がってくるアントニーの姿。ヴィラスはコクピットハッチを開ける。
「ブースターのエラーをこっちでモニターしたぞ! それで出るんじゃねぇ!」
鬼のような形相を浮かべてアントニーがヴィラスに食って掛かる勢いで両肩を掴んだ。
「時間が──」
「アホか。こんな機体で出れば、間違いなくやられるだろ……! オイ! ブースターの交換だ。
アントニーは下にいた整備班に声を掛けて準備を始める。
「やるのは俺とグレゴール、ジャン、カルロスだけでいい。他はシェルターに避難しろ」
残るのは一部のベテランだけ。エリカが何か言おうとするが「すぐに済む作業に大勢いらねぇ」といって強引に追い払う。
「
アントニーたちは素早くブースターを取り外し、代替のブースターを取り付け始める。元々は別の機体、戦死してしまったレイヴンが所有していた予備パーツであるが、一部は残しておいた。それを使う。
爆発音。そして振動。
『ガレージ内に敵機が侵入! <ギミックボックス>も迎撃を開始』
流石に堪え切れなかった。早く終わってくれとヴィラスは願うだけ。しかし、この状況でも機体を万全にしてくれようとするアントニーたちには感謝しかなかった。
「終わった。もう一度チェックを走らせろ。大丈夫な筈だ」
アントニーがそう言って知らせると、ヴィラスはすぐさまセルフテストプログラムを走らせる。暫くしてチェックは完了。全て正常。
「OKだ。ありがとう、みんな」
ヴィラスは整備班に礼を告げるとコクピットハッチを閉じる。『生きて戻って来いよ!』という整備班たちの声が聞こえる。彼らの努力に是が非でも応えなければならない。
待機ブースに上がると、格納庫の扉がゆっくりと開く。
《メインシステム 戦闘モード 起動します》
メインシステムが切り替わり、火器管制のロック及びコア機能の制限が解除される。
「ルシーナ。後の事はいい、シェルターに逃げろ」
『……ヴィラス。私は──』
「他の機体とのデータリンクで凌ぐ。お互いにこんなところで死ねないだろ? 生き残る事を考えてくれ」
『……分かった。でも、必ずあなたも戻ってきて!』
「……了解」
ヴィラスはフットペダルを踏み、<ヴェスペロ>を格納庫から出した。すぐ目に付いたのは幾つも立ち上がる火柱。そして複数のMTの影。レーダーディスプレイ上にはおびただしい数の輝点。
「これ以上は……!」
ブースターを全開にして<ヴェスペロ>は敵機へ接近しようとした瞬間、後方確認モニターに大量のミサイルがガレージへ目掛けて飛来してくるのが見えた。その中には巡航ミサイルも含まれている。
「……っ!」
<ヴェスペロ>は反転して跳びあがると、デコイを射出しながら両腕のライフル発射。──しかし、間に合わない。
ミサイルが次々と着弾。格納庫が轟音と炎を上げて崩れていく。地上だけではない。地下への被害は免れないだろう。
「アントニー……!」
無事であって欲しいと祈りながらヴィラスはオーバードブースト起動レバーを引く。8機の<CR-MT77M>の姿。
<ヴェスペロ>はライフルを発射。MTは散開するも、その内の1機に直撃して撃破。すぐさま背部のチェインガンを展開してばら撒く様に放つ。反撃させる暇を与えない。次々と崩れる様に倒れるMT。
側面からロックオン警告。機体を振り向かせるとMTの姿。<CR-MT85BP>であった。どうやらアライアンスから奪取したらしい。厄介なのは以前の戦闘で身に染みて分かっている。
<ヴェスペロ>は敵機の側面へ回ると両腕のライフルを放ち、MTの装甲が弾けるが撃破までには至らない。それでも被弾によって動きは鈍るが、それを気にせずにMTが<ヴェスペロ>へバズーカ弾。スライド機動で三連バースト弾を掠らせながらもヴィラスは反撃。捲り上がった装甲の隙間へ撃ちこんで撃破。
「硬い……」
分かっていたが、手強い。一息つく間もなく後方から敵機の反応とロックオン警告。反転すると<CR-MT85BP>がバズーカを構えている。
しかし、横から高速で飛んで来た弾がMTに直撃。大きく揺らいだところに<ヴェスペロ>がライフルで追撃して撃破。
『ウォッカで良い。後でおごれよ』
ストリングプラーからだ。<ギミックボックス>の両腕のリニアガンでMTを吹き飛ばしてくれた。
『まだいるぞ。俺たちが出る前にジュリョがある程度抑えてくれたが、囲まれちまっていた──』
建物の間から飛び出してきた<CR-MT85M>2機へ<ギミックボックス>がリニアガンをぶつけて撃破。更に前方から向かってきた3機の<MT08M-OSTRICH>へ<ヴェスペロ>がライフルで撃破。
「ここは片付いた。次に──」
『ACが近づいてきた! ……2機いる。フロートと……二脚……!』
ガレージの外側で迎撃にあたっていたジュリョからの通信。──やはり来たかとヴィラスは機体を向けると、猛スピードで迫ってくる機影が3機。<MT10-BAT>だ。苛立ちながらもマイクロミサイルランチャーに切り替えて発射。先頭の1機を撃墜。パルスレーザーで受けながらも、ミサイルでもう1機を仕留める。残り1機も<ギミックボックス>が背部ミサイルで撃墜。
『クソッコイツら……!』
ジュリョの狼狽する声。バーテックスのACと交戦を始めた様だ。早く援護に向かわなければならないが、後方、そして側面から敵機の反応。少なくともレーダー上には20機程の反応。
『また来たか……どれだけいるんだよ』
<ギミックボックス>はすかさずミサイルを発射してMTを迎撃。<ヴェスペロ>もライフルで接近してきたバーテックスのMTを迎撃する。
『おい、ヴィラス。お前はジュリョの援護に向かってくれ。こっちは引き受ける』
「大丈夫なのか?」
『所詮はMTだ。数はあれども問題は無い。それよりどいつかは知らんが、ジュリョだけでAC2機相手させるのはマズイ』
ストリングプラーの言う通り、ジュリョだけでは押し切られる可能性はある。ACを撃破すればある程度状況を楽に出来る筈だ。
「分かった。すぐに片付ける」
<ヴェスペロ>は目の前にいたMTをライフルで始末すると、オーバードブーストを起動。敵MTの囲いを突破してガレージの外壁部へ。
幾つもの閃光が飛び交っている。そしてその中心にジュリョの乗機<ジャーン・ドゥ・マルブル>がプラズマライフルを発射していた。だが、それは当たることなく虚空を飛んでいき、代わりにパルスレーザーが白と黄色の機体に容赦なく浴びせられる。
「援護する」
ヴィラスがジュリョにそう呼び掛けた時、ECMカウンターの数値が急上昇。レーダーディスプレイがノイズに掻き消され、ロックオンサイトも使用不可。
その瞬間、別角度から狙撃されたのか<ジャーン・ドゥ・マルブル>の頭部が吹き飛び、続いて飛来してきた複数のミサイルが<ジャーン・ドゥ・マルブル>のコアに突き刺さっていく。
『……ッ……ァァ……──』
ノイズ交じりの悲鳴はジュリョのものだ。<ジャーン・ドゥ・マルブル>がコアに幾つもの火球が咲いた直後、コアが爆散した。
──間に合わなかった。既に標的はこちらに変わっている。ロックオン警告音と共にパルスレーザーが装甲を焼く音。ヴィラスは機体をバックステップさせるが、アラートは鳴り止まない。ヴィラスは反射的に機体をサイドステップ。その刹那、<ヴェスペロ>の横を弾丸が飛んでいくのが分かった。ECMカウンター数値が下降。
『惜しいねぇ』
女性の声。相手側のパイロット。以前聞いた声。
オーバードブーストのブースター炎が2つ見える。敵ACの姿が近づいてきた。それは両機体共に紫のカラーリングが施されたフロート型ACと軽量二脚型AC。識別を確認してヴィラスの双眸が細くなる。
敵ACは<ウォッチャー>そして<ダークチャーム>であった。
『久しぶりだね、ヴィラス君』
『今度はお前と戦う立場となるとはな……まぁ、レイヴンとはこういうモノだ』
コープス・フールとクイン・クラフティー。この2人のレイヴンと今度は敵として戦場で再開することになった。
側面に回り込んだ<ウォッチャー>からパルスレーザー。<ヴェスペロ>はブースト機動で回避行動に入るが、機動力の高い<ウォッチャー>は<ヴェスペロ>の動きに追従してくる。
オーバードブーストを起動させようとした瞬間、強い衝撃。<ダークチャーム>からの狙撃によるものだとモニターに表示された機体構成で察した。
『バーテックスにつくことにしたよ。私にとってこれがベストな選択だと決断した』
コープス・フールの声。アークを捨ててバーテックスを選んだ。その声には何の未練も無いかのように淡々としていた。
『特に恨みはない。しかし、これが任務だ。死んでもらう』
『多勢に無勢で申し訳ないけど、そういう事』
クイン・クラフティーの冷徹な宣告に続きコープス・フールがそう言い置くと、ECMカウンターの数値が再び上昇。ヴィラスは即座にチェインガンに切り替えて機体を左右に振りながら発射。それをあざ笑うかのように<ウォッチャー>はブースト機動で躱していく。
『レイヴンズアークは消し去る。これはジャック・Oの……そしてバーテックスの意思だ』
『時代遅れの組織の出番はここで終わり。まぁ、幕引きという事だよ』
再びECM数値が正常になったところに2人が語る。アークのガレージへの攻撃はジャック・Oの意志だという事だ。その言葉に違和感は無く、素直に受け入れられる。だが、今のヴィラスはアーク側の立場。そしてここを乗り切らなければ生き残ることが出来ない。
2機からの攻撃の手は緩まず、反撃がままならない。防御スクリーンの消耗度に装甲の損傷度も上がっていく。死角に入られるとまたパルスレーザーとミサイル。それから抜けようとすると、今度は遠距離から狙撃。装甲が吹き飛ぶ。レーダーはECMによって無効化されて位置が掴めない。
不意に正面に入り込んできた<ウォッチャー>。──至近距離。両腕のパルスライフルの銃口内の収束レンズがハッキリと見えた。
──やられる。ヴィラスは覚悟をした。だが、<ウォッチャー>は攻撃を止めて後退。そこへミサイルが落ちてくる。モニターの端に<ギミックボックス>の姿。
『敵機ってコイツらかよ。厄介者コンビめ……』
<ヴェスペロ>の正面に割り込んできた<ギミックボックス>がリニアガンを放ちながらイクシードオービットを展開。被弾した<ウォッチャーはオーバードブーストでその射程から離れていく。
後方へ回り込もうとする<ウォッチャー>へ<ヴェスペロ>は反転してマイクロミサイルを肩部のミサイルと共に放つ。<ウォッチャー>の肩部に数発命中するが、それでも決定打とはいかない。
『……無駄な行動だ。お前たちがしていることは。ここだけではないんだぞ』
クイン・クラフティーは不快さを滲ませた声を出しながら乗機の背部ミサイルランチャーを展開して発射。それをヴィラスはインサイドトリガーを引いてデコイを射出。ミサイルを逸らすが、すかさず放たれた次弾への対応が遅れた。
ヴィラスはコントロールスティックを咄嗟に横に倒すが、クイン・クラフティーの狙いは違っていた。ミサイルは<ヴェスペロ>の脇を逸れ、その後ろにいた<ギミックボックス>へと向かっていく。
避け切れない。<ダークチャーム>への対応に追われていた<ギミックボックス>の背面に全弾直撃。背部の装甲を激しく散らしながら吹き飛ぶ<ギミックボックス>へ今度は<ダークチャーム>がライフルでとどめを刺しにいく。
脚部の安定翼、頭部が次々と吹き飛ばされて<ギミックボックス>は瓦礫の中に擱座。沈黙する。
『ヴィラス君。どうだい? バーテックスに来る気はあるかな?』
擱座した<ギミックボックス>を飛び越えて<ダークチャーム>がスナイパーライフルを構えて近づいてくる。余裕を持ったコープス・フールの声にヴィラスは不利を悟り、態勢を立て直そうと損傷した建屋の間に機体を隠した。
『フール。敵とお喋りは──』
『一緒に戦った仲だ。せっかくだし、勧誘しておこう。少し時間をくれよ』
『……勝手にしろ』
<ダークチャーム>は<ヴェスペロ>の周りを回るような動きを始める。攻撃はしてこないが、銃口だけは向けられていた。<ウォッチャー>も同様に<ヴェスペロ>を挟むようにして動く。
『ヴィラス君も見ただろう。あのプリンシバルが腹だけは偉そうなオジサンにペコペコと敬礼している様を』
ガル・パークでの事だ。ブリーフィングで見た光景。ヴィラスにとって少なからずショックな光景ではあった。コープス・フールも同様の事を感じていたのだろう。
『幻滅したよ。かつての上位ランカーが企業に飼われてしまう姿を見るとね。──君は何も思わなかったのかい?』
コープス・フールがプリンシバルに向けていた言葉を思い出した。アライアンスの兵となっていた上位ランカーの姿へ対する失望の言葉。コープス・フールなりにプリンシバルへの敬意は持っていたのだろう。それが失われた瞬間であった。
『私は思ったよ。アライアンスに飼われる世界では私たちレイヴンは存在意義をいずれ完全に失われるってね。レイヴンは確立した存在であり続けなければならないんだ』
それがバーテックスについた理由らしい。不意に接近してくる<ダークチャーム>。そろそろ答えが聞きたい様だ。
『ヴィラス君は腕も良いし、今後も一緒にやっていけそうな気がする。どうかな? 返事は?』
優しく語りかける声。この状況、その言葉に委ねたくなる。少し緩めた手は半ば受け入れようとしている。
──警告音。それがけたたましく聞こえた。<ヴェスペロ>が『目を覚ませ』と言わんばかりに。
無意識にヴィラスはトリガーを引いていた。ライフルから放たれた弾丸は<ダークチャーム>の脇を掠めていく。
『……そうか、それが答えかぁ……』
『もう聞く気が無いらしい。フール、コイツは敵だ』
『残念。君とは仲良くなれそうだったのにねぇ』
『チャンスはもう無いぞ。ヴィラス』
ECM濃度が上昇。視界の端から2機の姿が離れていくのが見える。ヴィラスはオーバードブーストを起動させた。ECM範囲外に逃れて、攻撃の組み立て直しを図る。
回復したレーダーには5機の機影。2機はAC。残りはMTだ。あれだけいたMTをストリングプラーはここまで撃破してくれた。簡単に片付けられる。周りでウロチョロと動き回られると面倒だ。<ヴェスペロ>はライフルとミサイルで手早くそれらを撃破。
その間に接近してくる2機のAC。──どちらから仕留めるか。短い時間でそれを決める。
『ジャック・Oはレイヴンを本当の意味で自由にする道筋を作ってくれる。私はその可能性に賭けた』
『企業の都合で飼われるのはもう終わり。レイヴンの時代だ。それがもうすぐ来るんだよ』
2人の声が重なって聞こえてきた。覚悟の声。
『そろそろ私たちの番だという事だ。時代の担い手の、な』
『アライアンスの体制では同じことの繰り返しさ。それはもう終わりにする。新しい時代にするんだ』
──己が見る未来。バーテックスによる新秩序というモノ。
ECM濃度が再び上昇。<ウォッチャー>がブーストを全開にして接近してくると同時に<ダークチャーム>がワンテンポ遅れてスライド機動。挟撃の態勢に入った。<ウォッチャー>が接近戦を仕掛ける間に相対する方向から<ダークチャーム>の狙撃。
レーダーディスプレイにノイズが混じり出す。攻撃を確実にさせる為の目くらまし。意図は分かった。
『時代が変わる時、価値観もまた変わるものなんだよ。信念もまた然り、だ』
『相容れられないのなら、消すまでだ。バーテックスの理想の障害となる者は排除する』
信念、理想。また聞く言葉。だが、相手が誰であろうともレイヴンである以上、それに相対しなければならないという事をヴィラスは思い直す。
最初の狙いは決まっている。まずは損傷している<ウォッチャー>からだ。挟撃とはいえ、2機の戦闘スタイルだと距離は離れての動きとなる。単純に考えてみれば、手早く各個撃破をすればいい。ただ、それを易々と向こうが許してくれるかは自分次第。
ヴィラスはフットペダルを踏み込んで、<ウォッチャー>へ接近。<ダークチャーム>が今どの位置にいるかは分からないが、建物を盾にするように<ヴェスペロ>を動かす。狙撃されるリスクは多少減らせる筈。大分冷静になってきた頭は本来するべき動きを思い出させてくれた。
後方確認モニターで一瞬、<ダークチャーム>が横切っていくのが小さく映った。後ろから狙撃する位置とタイミングを見計らっている。そして<ウォッチャー>も必要以上に接近せずに一定の距離を取り出した。
──自分の意図はもう読まれているか。ECMはギリギリで許容範囲内。狙える。腹は括るしかないとヴィラスは決めて、<ヴェスペロ>をブーストで<ウォッチャー>へ一気に踏み込ませてライフルを放つ。
<ヴェスペロ>の動きに一瞬だけ動揺したのか動きを緩めるも、<ウォッチャー>はスライド機動でそれを躱してパルスライフルを発射。機動力では勝る<ウォッチャー>の動きとクイン・クラフティーの高い射撃精度。装甲の焼ける音と弾ける音が混じる。
『鬱陶しいな』と不快さを隠さないクイン・クラフティーの声。
だが、これくらいのダメージは想定済み。ブーストで更に距離を詰めてメイン武装をミサイルに切り替えると、肩部のランチャーと合わせて発射。<ウォッチャー>はデコイの射出を選択したが、11発のミサイルを逸らすには足りない。<ウォッチャー>のコア、脚部へ命中。大きく吹き飛んだ<ウォッチャー>はそのまま格納庫の壁に背中から激突。
ヴィラスはフットペダルを強く踏み込んでブースターを全開にしてチェインガンを放ちながら突進させた。超高速で放たれる弾丸が動きの止まった<ウォッチャー>の防御スクリーンをそして装甲を剥ぎ取っていく。
『何だと……こんなっ……──』
動こうともがく<ウォッチャー>へミサイルをもう一撃ぶつける様に発射。
『──私は……っ……』
11発全てのミサイルが<ウォッチャー>のコアを貫き、その機体は火球を大きく咲かせて吹き飛ぶ。
『クイン……』
コープス・フールの茫然とした声。ちょうど、ECM濃度が正常値まで下がったところであった。クリアになったレーダー上には自機の斜め後ろ。直後にロックオン警告。ヴィラスはコントロールスティックを横に倒して機体をスライドさせるが、被弾した。そう安易に躱させてはもらえない。
『しょうがないなぁ……クイン。仇は討ってあげよう』
レーダーレンジから遠ざかっていく<ダークチャーム>。遠距離から一方的に狙撃する腹積もりだ。それは分かっている。どうやってこちらの距離での戦いに持ち込ませるか。
──衝撃。後方からだ。後方確認モニターには一瞬だけ映る機影。見失えば、一方的にやられるだけだ。レーダーだけではなくセンサーも駆使して位置を探る。それでも、高機動の構成である<ダークチャーム>を捉えるのは難しい。
『クインとは結構古い付き合いだが、それは任務上の話。けど、やられれば結構腹が立つもんだね。ここで自覚できたよ。彼女は良い友人だった』
コープス・フールは噛みしめる様にそして懐かしむ様にじっくりと声を出す。そこには強い怒りが込められているのが次に出した言葉で分かった。
『クインが向こうで寂しがる。死んでくれ』
再び衝撃。今度は右肩。装甲が吹き飛び、可動部が損傷。咄嗟に動いていなければコアに命中していたであろう狙撃。位置は後方。ヴィラスは<ヴェスペロ>を反転させると、モニターの奥にその姿を捉える。
オーバードブーストを起動。距離を詰めて射程内。最後のミサイルを発射。だが、それはいとも簡単に躱され、ライフルによる反撃を受ける。
それでも射程内は維持させる。<ヴェスペロ>はミサイルランチャーをパージして更に踏み込んでライフルを発射。同時に<ダークチャーム>は左腕の特殊ブレード<FUHJIN>から光波を放った。互いに受けた衝撃音がガレージに木霊する。
「お前がクインと仲良く向こうへ行った方が手っ取り早いだろ?」
『言うねぇ。でも、私は死ぬ気など今はさらさら無くてね。向こう側へ行くのなら、新しい時代の恩恵を十分に堪能してからって決めている』
先に動いたのは<ダークチャーム>だった。バックステップしながら跳び上がり、ブレードを振って光波を<ヴェスペロ>にぶつける。<ヴェスペロ>もライフルを構えるが、右腕の動きが鈍い。そこへ<ダークチャーム>がライフルで<ヴェスペロ>の右マニピュレータを破壊。その間に距離が離れていく。
『フーン……』
<ヴェスペロ>の周りを動きながら<ダークチャーム>が狙いを定める。ECMを使ってこないのは全て使い切ったのだろうかとヴィラスは察する。
『ヴィラス君の懸賞金……結構いい額じゃないか。君を殺せば、新参だけど良い地位貰えるかな』
値踏みしている様なコープス・フールの声。<ヴェスペロ>の攻撃力を奪った状態。勝ちを確信している。後はどうやって処理するかを考えているらしい。
今度は脚部に被弾。動きが大きく鈍る。確実にとどめを刺しに来るとヴィラスは予感した。
『……さあ、終わりだ』
殺気を滲ませた声。<ヴェスペロ>の真後ろについた<ダークチャーム>がブーストで距離を詰めてきた。反転が間に合わない。
その時、<ダークチャーム>の左側面から激しい衝撃音。<ダークチャーム>が吹き飛び、建物の壁に激突する。
『……この……クソ……アマがぁ……』
<ギミックボックス>のリニアガン。ストリングプラーは大破した機体を引き摺らせて更にもう一発放つ。<ダークチャーム>の側面の装甲が更に吹き飛び、その体勢が大きく傾ぐ。
『──横から……! 死に損ないがさぁ、無駄な足掻きをしないでもらえるかい?』
声を震わせてコープス・フールは狙いを<ギミックボックス>に変えてライフルでコアに撃ちこんだ。<ギミックボックス>はそのまま沈黙。だが、それが大きな隙となるのにコープス・フールが気付くにはワンテンポ遅かった。
「よそ見をしている場合か?」
オーバードブーストで一気に距離を詰めた<ヴェスペロ>は両前足を突き出して<ダークチャーム>のコアに重い蹴りを浴びせると、<ダークチャーム>に乗り掛かり、右腕をコアへ振り落とす。
『……ミスっ……た……』
一度だけではない。二度、三度と殴りつけた末、右前腕がフレームごと砕ける。
「アークがどうなろうとも知った事じゃないが、俺は生き残る」
コアの前面が潰れた<ダークチャーム>の姿。コープス・フールの息はもう絶え絶えであった。
『ハハッ……ここ……で……おわ……る……か……ぁ……』
<ダークチャーム>の左腕が動き出すが、トリガーは既に引かれていた。ほぼ密着状態で撃たれたライフルの弾丸が<ダークチャーム>のコアを貫く。
『まいった……ね……ぇ……──』
大きく穿った穴から大きな火花と火柱。<ヴェスペロ>は飛び退くと、<ダークチャーム>の上半身が火球に包まれて全てが吹き飛んだ。
「…………」
周辺に敵機反応はない。ヴィラスはレーダーを確認。正直なところ、<ヴェスペロ>はこれ以上戦うには厳しい。
暫くしてバーテックスはこれ以上来ないだろうと判断してヴィラスはシステムを通常モードに切り替えた。
周りをあらためて見渡す。最早使い物にならない施設とあちこちに散らばる残骸。
<ギミックボックス>はコアに複数の穴が穿ち、損壊した格納庫にもたれ掛かる様に擱座している。既にストリングプラーは事切れていた。
「……感謝する……」
ストリングプラーの動きが無ければ自分もやれていただろうとヴィラスは思い返す。生き残ったのは自分一人だけ。
自分の居場所が失われる。それはこの時世、覚悟はしていた。それでもすぐに受け入れられるものでは無い。喪失感が胸にこみ上げてくる。そして居場所を守り切れなかったという無力感。
「バーテックスの理想か……」
コープス・フールやクイン・クラフティーの語っていたバーテックスの理想。ただ、2人はそれを心酔していた訳ではない。信ずるべきものをバーテックスに見出したという決意。
かつては自分もそうだったとヴィラスは思い出す。それが偽りのものであったのに時間は掛かってしまったが、決意だけは偽りではなかった。
「どうすればいい」
その問いに答える者はいない。
夜が明けていく。