ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第53話「Daybreak」

 朝日が照らす大地。そこからは幾つもの黒煙がこの場の瘴気と共に立ち昇らせていた。

 幾つものACとMTの残骸が転がる中に佇む3機のAC。

 

 『まあまあの手応えはあった。しかし……』

 

 1機は<エイミングホーク>であった。そしてそのコクピットに座る鳥大老は疲弊した声を漏らすが、暫く実戦が出来そうで出来なかったもどかしい状況から一転したお陰でその声は充実感に溢れていた。

 

 『──本物に比べれば、圧力が足りなかったな。奴ならもっと威勢よく畳みかけてきた』

 

 <エイミングホーク>の正面にはダークグレーのタンク型ACの残骸。

 かつてのランカーAC<アイアンL-OW75>であったもの。最初の特攻兵器襲来時に同兵器によって撃破され、パイロットのMxS7HGSも死亡が確認されていた。ここに現れたのは亡霊機。それでもあの圧倒的な火力は健在で、<エイミングホーク>も相応のダメージは受けていた。

 

 『来てくれて感謝する』

 

 隣に立つ<フォックスアイ>からジャック・Oであった。珍しく安堵感に溢れた声であると鳥大老は気が付く。

 

 『早く用を済ませたからな。向こうはあまりにもあっけなく終わった』

 『あのパイロットはダメだったか』

 『ああ、ハズレだ。交戦して5分も持たずにやられた。お前の見込み違いだったよ。ジャック』

 

 鳥大老と共にアークのガレージに向かったパイロットはその期待には応えられず、その機体と共に散っていった。惜しむ気持ちは全くない。バーテックスが求める強者では無かったという事だ。死ねばそれまで。

 

 『お前も久々に楽しめたんじゃないか? しかし、惜しいな。もっと早く来ていれば楽しく観戦出来たのだが……』

 『楽しめたかと言えば、そうではない』

 

 <フォックスアイ>の向けた先には派手に飛び散ったグレーとライトブルーのACであったものが瓦礫と共に擱座していた。

 Dr.? の<ブレインウォッシュ>だ。<フォックスアイ>との交戦の末、撃破された。<フォックスアイ>も決して軽微ではない損傷を負っている。

 

 『私の掲げるものと彼の掲げていたもの。どちらが先に為すことが出来るか……それを戦いという形で決着を付けただけに過ぎない』

 

 相変わらずだな、と鳥大老は内心苦笑いをする。妙にはぐらかした言葉。仮にジャック・O自身が撃破されてもそれを受け入れる様な態度。自分の様な戦闘中毒者とは違う視線でこの戦いに赴いたのは間違いない。いつかはその真意の全てを明かす時は来るのだろうか。そして、その時に立っている者は何を知るのだろうか。

 

 『どれだけ生き残ったかな?』

 『それはもうすぐ判るだろう』

 

 その時、こちらに向かって来る3機の輸送機の機影を捉えた。識別はブルー。味方だ。

 

 『情報部と迎えの機だ。少々騒がしくなるが、君はどうする? 私はやることがあるので少し残る』

 『ガレージに居た連中が報復に来る可能性は?』

 『役に立っていなかったとはいえ、頭が潰れていればどう動くかはすぐには判断出来ないだろう。ここへ真っ直ぐ来る可能性は低い。G.ファウストとライウンがもうすぐこちらに来る。それとエージェントもいるから対応は可能だ』

 『そうか。ではナンバー2らしく、本拠地で身構えておくことにしよう。──ンジャムジも帰すのか』

 『あの損傷だ。ここでやれることは無い。それでも相当な数を相手に彼はよくやってくれた。称賛に値する』

 

 2機から少し離れたところには<ウコンゴ・ワ・ペポ>が片膝をついて止まっていた。損傷が激しく、動くのは難しそうであった。それでも多数のMTと複数のACを相手に生き残っている。

 鳥大老は周りを見渡す。ACの残骸はどれも過去に撃破された機体。所謂亡霊ACだ。こんなものにこの仮設本部の守りを任せていたのかと怒りと呆れが入り混じった感情が込み上げてくる。紛い物の組織には相応しいかもしれないが、死んでも尚利用されるという屈辱的な扱い。

 鳥大老の視線は奥にある仮設本部ビルへ。ビルは大きく損傷しており、そこにいた職員の大半も死亡したという。

 

 『所詮は次の時代に適合出来ない者たちだ。それにしては少々立派な墓標になってしまったか』

 

 視線を知っている筈は無いが、吐き捨てるようなジャック・Oの声。怒りが含んでいるなと鳥大老は僅かな声色の変化を察していた。

 

 『残ったレイヴンどもはこれからどうなる事か……』

 『それは彼ら次第で我々の知った事ではない。だが、枷は外した』

 

 レイヴンズアークという組織はこれで事実上、完全に消滅したことになる。特攻兵器襲来直後にそのまま消えてくれた方がまだレイヴンたちにとっては良い選択を得られたかもしれなかっただろうとジャック・Oは廃墟と化したビルを視界の端に捉えながら思った。

 これから始まる戦いに仲介者はいらない。必要なのはレイヴン自身の生きる為に戦うという意志。

 

 

    *     *     *

 

 頬に当たる固い地面の感触と共に次第に湧き出てくる全身の痛みと背中の重みで目が覚める。

 クリフは手足がしっかりと動くのを確認すると身体をゆっくり起き上がらせる。生きているという事をここでようやく実感した。

 アークのビルにいるのは分かっているが、周りは瓦礫だらけと化していた。壁には大きな穴が空いている。

 記憶の糸を手繰り寄せれば、分かっているのはラシッドと揉み合いになっている最中、ACが外にいる事に気が付き、ACがこちらへ銃口を向けた瞬間、そこから必死に逃げた。その先の記憶は無い。

 背中の重みはバッグを背負っていたからだ。バッグを下ろすと表面が少々焦げていた。中を開けてみる。少しの着替えと煙草の箱は一応無事。だが、ジノーヴィーの端末は開いてみるとディスプレイに大きなひびが入っていた。ついでに言えば自分の端末はそれ以上であった。これは後でどうにかしなければならないなとクリフは深々と嘆息する。

 上を見上げると、どうやらひとつ下のフロアへ床ごと落ちたらしい。そこでようやくラシッドはどうなったのかとクリフは周りを見渡しながら身構える。

 一緒に落ちたかと思われたがラシッドの姿は見えない。直前の状況からして恐らくACの攻撃が直撃したのか、もしくは周辺に重なり合っている瓦礫の下敷きになったか。

 そうであって欲しいと思いながらも自分が無事なのは紙一重の差でしかないのだとクリフは悟る。一歩遅ければ同じようになっていた筈。安堵感は無く、背筋に冷たいものが走った。

 外が騒がしいことに気が付く。クリフは壁の大穴から外を眺めるとビルを囲むようにMTがいる。そして、飛来してきた<クランウェル>には<パンツァーメサイア>と<ストラックサンダー>が懸架されているのが見えた。

 

 「バーテックスか……」

 

 ここに来た勢力の正体を知り、クリフはビルに銃口を向けたACの姿を思い出す。

 ──<フォックスアイ>だ。バッグの表面が焦げていたのはレーザーによるものか。クリフは視線を動かしてその姿を探すが、今立っている場所からでは見つからない。滑走路に並ぶ輸送機のどれかにいるのか。

 当然、ここに居るのは危険だ。ここから出られるルートを探す。大穴からは高さからして不可能。通れそうな場所を探して下っていくしかないとクリフは腹を括り、階段があった方へ向かう。

 そこへ下から複数の足音が聞こえてきた。バーテックスの者だろう。これは逃げられないと悟ってクリフは立ち止まって待つ。上がって来たのは武装した兵が複数。そして彼らと同じ装備をした女性がひとり。

 

 「お前はこの前の……何故ここに?」

 

 女性は驚いた様な声を上げる。そこいたのはチトセ・コールレイ。以前メイシュウシティの調査で共にしたバーテックス情報部の人間。クリフへ銃を向けた兵に対して「待ってください」といって手で制するが、クリフへ向けられた視線は警戒心で双眸が細くなっていた。

 

 「……アークの保安部からディナーに呼ばれちまった……って言ったら信じるかい?」

 「茶化すな。何をしにこの場所にいる?」

 「ディナーは冗談だが、呼ばれたのは事実だ。いや、連れてこられたっていうのが正しいな。まあ、俺は職業柄、色々とトラブルが起きやすい。ここにいたのもそのトラブル対応ってヤツさ。……俺はもう部外者だ。なので、ここは失礼するよ」

 クリフは両手を振りながら口早にそう言ってチトセたちの脇を通ろうとするが、しっかりと襟首を掴まれてしまう。

 

 「そんな適当で曖昧な回答で帰すと思うか? もっと詳しく聞かせて貰いたいな」

 

 警戒心を解かない声を耳元で告げられると、チトセは無線で誰かと話し出した。話し相手はチトセの口調でクリフは察する。

 

 「彼を下へ送ってください。──1番機の方に」

 

 チトセは兵のひとりにクリフの身柄を預けるとそのまま残りの兵と共に上階へ昇っていく。残されたクリフは肩を掴んでいる兵へ愛想笑いを向けるが、その兵は仏頂面のままクリフを引っ張っていった。

 ビルから出されたクリフはバーテックスの輸送機へと連れられて行く。カーゴ内には青い逆関節型ACが武装した状態で固定されている。シェインがレイヴンとして搭乗する機体<ユーアンヴェール>だった筈。

 キャビンの一角に備えられたブースまで連れていかれると、そこにはシェインが端末を触りながら座っていた。

 

 「久しぶりね。相変わらず身綺麗さが全くない恰好をしているのね」

 「タイミングだよ。タイミング。あんな状況で綺麗な格好のままでいられるか」

 

 煤や土埃に血や汗が混じった身体。意識し出すと至るところに痛みを覚える。五体満足で動けられるのが不思議なくらいだ。

 

 「それもそうね。それにしても悪運だけは強いのね、あなた。──お茶でも飲む?」

 

 シェインはテーブルの上に置かれたポッドの中身をアルミコップへ注ぐと、クリフに渡す。

 コップに注がれたモノをじっと見つめるクリフ。シェインはそれを見て微笑を浮かべる。

 

 「お茶の中には自白剤なんて入っていないわよ」

 「……そうでないのを信じるよ」

 「これからじっくりとお話をするのにはリラックスは必要でしょ」

 

 正直言って喉の渇きが限界だったクリフはコップを手に取り、口へ傾ける。紅茶だ。ベルガモットの香りが鼻腔を刺激する。柑橘系の香りはそれ程好きでは無かったクリフも今はこの香りは心地良いと感じられた。

 

 「ここ最近、妙におたくらの動きが鈍っているなと思っていたが、こんな事やるとはねぇ……」

 

 紅茶を飲み干して、一息つくとクリフは溜息交じりで呟いた。

 バーテックスの動きが不自然になったというのは以前から察していたが、そればアライアンスへ何かしらの攻勢を仕掛ける準備だと思っていた。しかし、実際はレイヴンズアークへの攻撃だとはクリフは思ってもみなかった。

 

 「この組織は次の時代には不要の存在だとジャック・Oは判断した。それだけよ」

 「なんだかんだで共存すると思っていたよ。一時的とはいえ、ジャック・Oが率いていた組織だったからな」

 「彼にとってそれは過去の話に過ぎない」

 「それにしたってこれは必要なことだったのか」

 「時代が変わる時、その良し悪しは別として、変化を受け入れる者と受け入れない者が必ず出る。それの選別も起きる。今回もそうしたのよ、彼は」

 

 シェインも自分のコップへ紅茶を注ぐと口に付ける。自白剤は本当に入っていないらしいとクリフは内心ホッとする。

 

 「……で、何でこんな所にいたの? アークとトラブルを起こしたらしいって聞いたけど」

 

 少しだけ前のめりになってシェインが聞いてきた。目は笑っていない。はぐらかした答えをすれば何されるか分かったものじゃないとクリフはシェインのもう一つの職業を思い出して観念した。

 

 「<UNE-009>の事だ。どうやらアレはアークがこしらえていたACだったらしい。俺が探り入れていたのが気に食わなかったんだろう。それでご招待を受けたって訳だ」

 「やはり……か」

 「そっちでも調べはある程度ついているらしいな」

 

 シェインの声色の変化にクリフは感付いた。シェインはそれに対して僅かな沈黙の後に答えた。

 

 「ええ、その機体、つい数時間前レイヴンによって撃破されたわ。あなたも知っているでしょ、ヴィラスっていう名のレイヴン」

 「何だって?」

 

 クリフは思わずシェインの顔を覗き込むように前のめりの姿勢になってしまった。その反応にシェインは驚くこと無くクリフの反応を見て微笑んだ。

 

 「あなたが最初の情報を持ってきてくれたという礼の意味でも話しておきましょうか。<UNE-009>……あなたが<十字架の天使>と呼称したACの調査は情報部でも進めていたところ、先日アーク内にいる協力者から見慣れないACの動向が出てきたという情報がもたらされた」

 

 「アーク内にもか……」とクリフは協力者の存在に頷いた。各都市にもそういう者を複数揃えているからアーク内にもいたとしても違和感は無い。寧ろアークの主宰であったジャック・Oだからこそ簡単に準備は出来る筈だと納得する。

 

 「その情報を基に追跡調査を行った結果、1年前に突如消滅した新興企業の工場施設跡がまだ稼働しており、その周辺でその機体が動いていた事が判明。そこへ鳥大老が向かったけど一足先にヴィラスがそこに乗り込んで施設を止めてしまった。ヴィラスが去った後に施設を調べたら、例の機体の残骸と予備パーツがあったらしいの」

 「らしい?」

 「自爆装置か何かが作動したのでしょうね。施設が崩壊して調査隊が生き埋めよ。詳しい情報は掴めなかった」

 

 そう言ってシェインは操作していた端末の画面をクリフに見せてきた。そこには粗い画質ではあるが、ACの残骸と未使用のパーツ。それらは<UNE-009>こと<十字架の天使>が使用していたモノだと辛うじて判る。

 その時、クリフはエド・ワイズの拠点で拾った資料の中身を思い出す。<メディアートル>という名の機体。やはりあの機体はアークの駒として何か行動を取っていた。そんな気がしてきた。そしてパイロットのフォルセティというのは何者だ? という疑問。

 亡霊という単語が真っ先にクリフの脳裏に浮かぶ。ここ最近賑わせている亡霊AC。あれと何か関係があるのではないかとだしぬけに考え付いた。アークが運用していたとすればガル・パークで見た<ドローン>と同様な存在である可能性が高いからだ。

 

 「──ところで、お呼ばれされた理由はそれだけなの?」

 

 シェインの声が不意に飛んでくる。何か感付いたのか、視線はクリフとバッグへ交互に向けていた。

 

 「何の事か──」

 

 不意にシェインの左手がクリフの首へ伸びてきた。仰け反る暇もない。綺麗に揃えられた指先が肌へ僅かに食い込んでいた。

 

 「正直に答えた方が身の為よ」と双眸を細めるシェイン。「<UNE-009>の事で呼び出されるならば、我々やアライアンスにだってアークは直接的なアプローチをもっと仕掛けてきてもおかしくはない。他の事もあるのだろうとは容易に予想付くわ」

 「鋭いね、あんた……色々な意味で」

 

 首をさすりながらクリフは唇を震わせた。

 

 「その中に入っているのね。出してもらいましょうか」

 

 シェインはクリフのバッグを指差す。流石にここまで迫られれば、惚けるなんて出来ない。クリフは観念してバッグの中身を出した。

 

 「私も使っていたモノね。懐かしい」

 

 バッグから取り出した端末を見てシェインは大きく頷く。

 

 「これは誰の端末なの? アークが目の色を変えて追っていたモノならば一端のレイヴンでは無さそうね」

 「…………」

 

 言うべきかクリフが口ごもるが、さっさと言えとシェインは鋭い視線で語らずにそう圧を掛けてきた。

 

 「いずれにせよ話す事になるのよ。さっきのコップ、自白剤入っていたから」

 「なっ……?!」

 

 クリフはシェインの言葉に思わず椅子から立ち上がる。

 

 「自白剤なんて入れていないって言っただろうが?! 嘘かよ!」

 「お茶の中には入れていないと言った。コップにはとは言っていない」

 

 詭弁だろうが、とクリフは心の中で毒づく。こうなればもうすべて話すしかない。

 

 「……ジノーヴィーの端末だって言ったら信じるか?」

 

 クリフの言葉にシェインの肩が一瞬だけ跳ねたが、すぐに平静な表情に戻る。

 

 「彼らに呼び出されるには中々の説得力があるシロモノじゃない。そんなモノよく手に入れたわね」

 「ジノーヴィーの個人ガレージでフライボーイから託された。……まあ、依頼だ。<十字架の天使>絡みでな」

 「あなたが彼と接点があったなんて驚きだわ。私の知るフライボーイはそういう伝手はあまり利用しないというイメージだったから意外ね」

 「結構肝が据わっているが、意外とお茶目だぞ、アイツ。仕事中の俺のところへ依頼の為にACで直接乗り込んできたくらいだからな」

 

 あの日の事を思い出して、クリフは思わず笑みが零れた。当時はACが間近に来たことに恐怖したが、今となれば笑い話の種にはなる。あんな経験は後にも先にもこの一回だけだろう。それをスリリングだったと思えるようになるくらいにはACに対する恐怖の耐性は多少付いた事にも気が付く。

 

 「中身は見たの?」

 「ああ、見た。ハッカーの協力はあったけどな。アークとクレストの任務報告書。それと……」

 

 一瞬、言葉が詰まる。赤い記憶がそうさせたが、フッと息を吐いて続けた。

 

 「旧ナービスが持っていたであろう、新資源についての情報だ。ただ、全部は見ていない。一部は高度な暗号化されて見る事出来なかった」

 「少しは見られたのね?」

 「旧世代の技術で産まれた兵器と始めとする技術体系の先端と言えばいいんだろうな。それくらいだ」

 「……それだけ?」

 「悪いね。俺の知識量じゃ、理解が追いつくには少し時間が掛かるモノばかりだった」

 

 ほんの少しだけ苦笑いを浮かべたシェインはジノーヴィーの端末を開く。

 

 「壊れているわね。モニターが破損。電源も点かない」

 「レイヴンに渡される端末は頑丈だって聞くが、あんな状況じゃあこれくらいにはなるよ。俺の端末はもっと酷いことになっている」

 

 「あらあら」とわざとらしく首を振って嘆息するシェイン。

 

 「中身を見るには修理が必要ね。出来る?」

 「パーツが無きゃ無理だろうな……」

 「あなたに依頼しましょう。端末を直してちょうだい。ついでに暗号化されていたという情報も解読もお願いできる? 興味があるわ。その中身」

 「──何言っていやがる? 俺の専門じゃねぇぞ」

 「ハッカーに頼めばいいじゃない。協力してもらったんでしょ? そのハッカーってKD辺りだと予想しているけどどうなの?」

 「鋭いな、本当に」

 「彼の組織にはハッキングに加えて端末の調達などで協力してもらっているから察したわ」

 「……当たり。つまりアレか、KDの所に行ってジノーヴィーの端末を完全に見られるようにするって事かい」

 

 意図が読めたクリフは大きく頷く。シェインは「そういうこと」と言って口元に笑みを浮かべた。

 

 「──まぁ、元々そうするつもりで動いていたところに連れてこられたからな……でも、いいのかよ。そのまま逃げるかもしれないぜ?」

 「ちゃんと見張りを付けるに決まっているでしょ」

 「だよな」

 

 とうとうバレてしまった。あまり歓迎したくない事態。ただ、アライアンスに知られるとどちらがマシか。今の時点では全く分からない。クリフは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 「今からか? 少しは休ませてくれないか。こんな身体で更に自白剤なんて飲まされたんだぞ」

 「嘘よ」

 「あぁ?」

 「コップにも自白剤なんて入ってないわよ。少し協力的になってもらうために嘘言ったの」

 

 一杯食わされた。「くそっ」と小さく叫びながらクリフはコップを床に叩き付ける。このリアクションは想定内か、シェインはそれを見て口元を僅かに歪めて笑っていた。

 

 「冗談にしちゃ、たちが悪いぞ。そんな事をしなくともちゃんと話したぜ。俺はお利口さんだからな」

 

 怒りより安堵か。不意に身体の力が抜けた気がした。クリフは椅子を並べて横になる。

 

 「まあ、ひと眠りくらいは良いでしょう」

 「ケッ……そういや、あそこにいた連中はどうなったんだ? まあ大体はあの中で……ってとこか」

 「チトセたちからは死体となっているのは大半が下っ端。一部の主要メンバーは見つかっていないとのこと──」

 「ああ、その先を言わなくとも察したぜ。そいつらは一足先にトンズラしたな」

 「……そうかも……ね。まあ、仮設本部が消滅した今、彼らに出来る事はもう限られている」

 「連中の性質から、逃げた先はアライアンスだろうな。先の紛争以前からのお友達がいる筈だ」

 

 主要メンバーが旧企業相手にやっていた事を思い返せばそれが一番あり得るだろう。しぶとさだけはこの世界でも随一なのかもしれない。

 ひとまずは命の危険は無くなったとそう信じてクリフは目を瞑り、僅かな休息に就いた。

 

 

    *     *     *

 

 黒煙が僅かに立ち昇る3機のACの残骸。生き残ったのはヴィラスの<ヴェスペロ>だけ。

 分厚い雲の合間から朝日が差し込んできた。その強い光に目を細めながらヴィラスは格納庫があった場所の方へ視線を向ける。

 外に運び出された死体袋。その中に入っているのはアントニーをはじめとする<ヴェスペロ>の調整を最後までしてくれたベテランの整備士たちであった。格納庫の崩壊に巻き込まれ、彼らは命を落とした。

 悔やむ気持ちで一杯になる。もし、ブースターの不具合さえなければシェルターへの避難は間に合っていた筈だ。

 

 「今頃はあっちで負け逃げされた分を連中から取り立てているだろうね」

 

 エリカが優しく肩を叩く。前に話していた負け逃げされたという12,000コームの事だろう。

 

 「チーフたちは<ヴェスペロ>をベストの状態にして送り出したんだよ。──気にするな……って言うのも……その……なんだ……」

 

 その声は少し枯れていた。あの場にいられなかった事への悔やみ。

 

 「これが現実だって……受け入れなきゃいけないのさ。あんたもあたしらも……」

 

 言い切る前に空を見上げたエリカ。暫くそのままであったが、自分で頬を叩くと「片付け手伝ってくれよ」と言って去っていく。

 自分の居場所が崩れ去ってしまった。

 分かっているつもりだった。レイヴンになっても同じだ。万能な存在にはなれないという現実と守り切れなかった無力さ。戦士としてそれは未熟で、甘い人間だというのだろうか。割り切ることが必要だということをかつて教わったが、それでもヴィラス自身が持つ感情の奥底ではそれを躊躇ってしまいそうになる。

 ヴィラスは<ヴェスペロ>を見上げた。傷だらけの愛機は動くのがやっとの状態。修理したくても格納庫もパーツ保管庫も崩壊している。戦う力は残っていない。未帰還のレイヴンもそのまま戦死したらしいという情報も入ってきていた。

 

 「ヴィラス。無事で……よかった……」

 

 ヴィラスは背後からの声に気が付き、振り向くとそこにはルシーナの姿。全身が煤だらけになっており、両手で抱きしめているテディベアも同様であった。シェルターに避難していた時もずっとそうしていたのだろうか。

 どう声を掛ければいいか少し迷ったが、ヴィラスはルシーナの目を見据えた。

 

 「ルシーナも無事でよかった」

 「ヴィラス……」

 

 こんなにも心細い戦闘は無かった。AC同士のデータリンクだけではどうしても限界がある。オペレーターのサポートが無いというのは戦う上で相当な制限が掛かる事を思い知らされた。

 

 「私は怖かった。ヴィラスがこのままいなくなるのではないかと考えてしまっていたし、そうなったらどうすればいいのかって先も分からないようなことも考えてしまって……」

 

 それはヴィラスも同じ思いであった。先の見えない時世の中、自分一人で生き残るというのは結局のところ無謀でしかない。

 そんな選択を直前までしようとしていた。全てを捨てて逃げるという選択は単に死ぬのを少し先延ばしにするだけだろう。そう気付かされた。

 

 「……すまない」

 

 思わずヴィラスの口からその言葉が漏れる。

 

 「俺は逃げる事を考えていた。何もかも捨ててしまおうとしていた。けど、それは間違っていたよ。オペレートが無ければ戦うのは難しい。レイヴンにはやはりオペレーターは必要だ」

 

 今の素直な気持ちである。この現状から目を逸らしてはならないというヴィラスの本心であった。

 

 「弱気なのはヴィラスらしくない」ルシーナが微笑を浮かべた。「いつも通り無愛想なままが一番似合っているよ」

 

 ルシーナの言葉にヴィラスは僅かに口角を上げた。大事なことを忘れかけていた。ルシーナが信頼できるパートナーであると確信した時を思い出す。彼女を捨てるという選択はやはり出来ない。

 生き抜く為の手段をこれからもう一度見つけ直さなければならない。それはここに居る者たち皆が考えている事だろう。

 

 「私は怪我人の手当てを進める。あなたも手伝いをお願い。疲れているかもしれないけど、今ここで戦えるのはヴィラスだけだから……」

 

 まずは出来るところから始めなければならない。ルシーナは他のオペレーターたちのところへ向かっていく。自分もただボーっとしている場合ではないだろうと身体を一度伸ばす。

 パーツが残っていればそれを拝借して修理する。この場所を護るのであればヴィラスがやるべきことなのだろう。

 ヴィラスは<ヴェスペロ>に乗り込み、機体を動かす。重機類は全て破壊されてしまっている為、これが唯一瓦礫の除去が可能な機材だ。

 

 『──……聞こえるか……こちらカントリクス。W13・エリアガレージの者だ。聞こえているのならば、応答を』

 

 オンラインになっていた通信機に女性の声が入ってきた。知らない名だがレイヴンらしい。バーテックスが生き残りを炙り出しする為に偽装している可能性もあったが、話を聞くだけであればと考えてヴィラスは応答した。

 

 「こちらヴィラス。聞こえている」

 

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