ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第55話「Decode」

 ティンバー・ディーネル大佐は画面の輝度を上げながら端末を睨むように双眸を細めて眺めていた。

 

 「<UNE-009>もこの時が来たという事か」

 

 画面にはこれまで何度もアライアンスに対して攻撃を仕掛けてきた所属不明の白いAC。<UNE-009>と呼ばれ、<十字架の天使>という呼称もあった機体の残骸の写真が映されていた。

 アライアンス本部の悩みの種がひとつ、これで消える事になっただろう。当然、アライアンスの士官であるディーネル大佐もこの状況は諸手を挙げて喜ぶべき立場の筈であるが、今は素直に喜べない。

 

 『ACである以上、それはいずれ起きる事でしょう』

 

 画面越しから聞こえてくる男の声。粘着性を纏った様な独特の響き。

 

 『既存パーツの改造品では限界はあります。幾ら現行で最新のパーツを使ったところで一定の要求値は超えられなくなるものです』

 

 淡々と答える声はこの機体の撃破に対して全く驚きの色は出さなかった。これも想定内といったように。

 

 「それにしてもアークがこんなものを隠し持っていたとはな」

 『ジノーヴィーもイツァム・ナーも亡き今、彼らもシンボルが欲しかったのでしょう。これでトップランカーを仕立てるつもりだったようです』

 「そしてそれの手伝いをしたのが旧ナービスか……」

 『既にそこまで把握していましたか』

 「先の作戦で捕らえた旧ナービスの者が白状してくれた。君も噛んでいるのだろう? 旧ナービスの幹部が君とアークの接触を認めていたよ」

 『ええ、データ収集と構築の為にと泣きつかれましてね、協力をしました。彼らは良いサンプルを持っていたので興味深かった』

 

 声の主と現在の関係からしてその答えは利敵行為になり得る事であったが、男は全く悪びれる様子もなくありのままに答えていた。この男の性分を考えればそれは本能みたいなものだろう。

 技術者であり科学者。──そしてレイヴン。医者としての顔も持つらしいが、名前の通りクエスチョンマークを付けたくなる様な経歴の持ち主であった。

 

 「アークへはデータの提供をして実戦データの収集を行っていたのか」

 

 画面に映される様々なデータ。双眸を細め、一つ一つ注意深く眺めていく。ナービスによって生み出された結果の数々。それは旧世代の遺産から得た彼らの数少ない成果。

 

 『アークはアークで独自で高度なAIデータを持っていました。それらを組み合わせれば既存の技術でコストも抑えつつ量産は可能だと踏んでいたようです』

 「それは……AI研究所の遺物か」

 

 ディーネル大佐は過去に閲覧したデータの記憶からその単語を口に出した。

 57年前に起きた未踏査領域の調査から端を発したAI暴走事件。その中心に存在した組織「AI研究所」が開発した高性能AI。各企業にもたらされたAIを搭載した兵器が突如暴走を起こし、世界は混乱に陥った。

 後に”サイレントライン事件”と称されたこの事件は、かつてのレイヴン仲介組織であるグローバルコーテックスが未踏査地区の最奥部へ派遣させたレイヴンによってAI群を鎮圧した事で事態は沈静化。同時にAI研究所も消滅したとグローバルコーテックスの報告書にはそう記されていた。

 

『そうです。グローバルコーテックスはあの事件後、AI研究所の遺したデータを密かに回収して保管していました。元々、レイヴンズアークは解散したグローバルコーテックスのメンバーが中心になって創設した組織。データを彼らが引き継いで持ち続けていたのです』

「その結果生まれたのが、あの亡霊だな」

 

 ディーネル大佐は呟く。ここ数か月出没していた亡霊ACはそれらの技術で生み出されたモノであった。分析官の予想通り、無人機。そして高度なAIによって制御されていた。

 

 「そうです。彼らなりの努力だったのでしょう。ところが、結果は芳しく無かった。量産化のつもりで幾つもの機体を作成しましたが、結局のところ、オリジナルを超えられないただの劣化モノを作ってしまったに過ぎませんでしたが」

 「<UNE-009>もそうだったのか」

 『少し違います』と即答が来る。『あれはオリジナルを現行のハードウェアに無理矢理移植させたモノにAI研究所製のAIを補助として入れて動かしていました』

 「オリジナルとは……聞くまでもないか」

 『ええ、ご想像の通り、新資源によって生まれた産物です』

 「結局、アークには扱いきれない代物であったか……AI研究所の遺物もオリジナルとやらも」

 

 画面に表示された白いACの情報。<メディアートル>が<十字架の天使>の本当の名。今更知ったところで何の感傷も浸らない。

 正体を知ってしまえばかつてあったミステリアス性は消え失せ、旧世代技術が混じった既存兵器にしか過ぎなくなる。

 

 『知は力なり。ただ持っているだけでは意味は無かった。AI研究所製のAIもブラックボックスな部分が多かったのでアーク単体ではどうにもならなかったでしょう。もし彼らが少しでも早くこのデータを有効的な扱いを考えていれば、もっと違ったモノが出来ていたのに勿体ないですね。だが──』

 

 続いて表示されたのはACのパーツ類が詰まったコンテナの写真。

 

 『既にこの施設は埋めてしまいましたが、一部パーツの回収は出来たので機体の復元は出来ます。こちらの戦力に加えられるでしょう。その点については私にお任せください』

 

 それは歓迎すべきだなと軍人としての視点でディーネル大佐は小さく頷く。──ただ、ひとつ確認しておかなければならない。

 

 「アークは完全に見切ったという事だな」

 

 画面越しにいる男の立ち位置。レイヴンという立場であった以上、敵に回る事もまだあり得る。金に武器。この男の場合は知識欲の充足もあるだろう。

 

 『見切るも何も、この組織は完全に力を失い、消滅しました。貴方がたへの協力をこれ以上惜しみなく尽くしますよ』

 

 それが本心であるかはその声色からでは窺えないが、今の状況で勝手に何処かへ行くという事はないだろう。互いに過剰な干渉はしない。契約通りの働きをしてくれればそれでよい。

 

 「オペレーション・オーバーチュアには……やはり参加できないか」

 『申し訳ありません。身体が癒えていないので、私のねぐらで作戦の成功を祈っています』

 「ジャック・Oはどうだったかな? ──実際に戦ってみて」

 

 男が動けない理由であった。先日、アークの仮設本部でジャック・Oと交戦した末に機体を撃破されたという。

 その報せが入った時はトゥワ大尉も珍しく動揺していたのは覚えている。どうやってあの状況から脱することが出来たのかは知らないが、こうして今話せている。

 

 『流石はバーテックスの首領です。動きに関しては相変わらずの高負荷な操縦であの機体を動かしている。──命を削っていましたよ』

 

 これは戦った者にしか分からない感覚だったか。最後に付け加えた言葉だけは妙に澄んだ声。

 

 『覚悟を持った蜂起であるのはあの演説でよく分かります。彼は彼なりに人類を信じているのでしょう』

 「もう少し穏やかな方法で来てほしかった。私はそう思っているけどね」

 『不器用なんですよ』と再び粘着性を纏った声。『私は多少となりとも彼との付き合いはありましたので理解は示せます。戦う事こそが彼が出来るメッセージ』

 

 レイヴン同士でこそ理解し合える相互関係だ。かつては自分にもそういうものが持てていた気がするが、既に忘れてしまっていた感覚であった。

 

 『それと、鍵の解析がもうすぐ済みます。完了次第、そちらへ──』

 「クリフ・オーランドはどうなったか?」

 

 ディーネル大佐は口を挟む。どうしても知っておきたい事だ。

 

 『クリフ……? ああ、端末を持っていたリサーチャーですか。アークの保安部が仮設本部へ連行したまでは聞いていましたが、状況からして戦闘に巻き込まれたのでしょう。その後はどうなったかは不明です。しっかりと確保しておけなかったのはこちらのミスです。申し訳ありません』

 

 「そうか……」とディーネル大佐は肩を落とす。死亡が明言されていないのは僅かな救いだと自分に言い聞かせる。

 

 『大佐へ身柄を引き渡せなかったのは私としても申し訳ない気持ちで一杯です。バーテックスの介入が早かったのは想定外でした。それでもあの端末からデータを引き出せたのは幸運と言っても良かった』

 「あの攻撃に巻き込まれてしまった以上、捜索も難しいだろう。仕方がない。──データが届き次第、直ぐに動こう。これでオーバーチュアが始められる。今のところ、準備は順調といったところか」

 『少々足りませんが、それはすぐに補えます。──私は向かえませんが、ミニオーグの調整が済みました。彼を向かわせます』

 「フム」とディーネル大佐は頷く。「どれ程良くなったかは実戦で見させてもらおうか」

 

 一度離脱させたミニオーグが戻ってくる。後はどれだけ戦闘力が向上することが出来たかだ。そこは本人の素質次第になってしまうが、ミニオーグは正しい選択をしたと信じたい。

 

 『では、鍵は早急に送りますので、準備をお願い致します』

 「ああ、次に会うのはポイントRで、だな。Dr,?」

 

 通信は終了。ほんの少し上がった室温に合わせて空調の音が大きくなる。

 ディーネル大佐は端末の画面を切り替えた。そこにはクリフをはじめとするリサーチャーから入手した旧企業との関わりを持つとされる武装組織の情報。

 準備は整い始めた。後はタイミングだろう。

 ふと脳裏に過ぎった瓦礫の中で泣き叫ぶ少年の姿。それは己の背負う罪。

 オペレーション・オーバーチュア。

 次の時代に捧げる前奏曲を奏でるのは受け入れる者である。

 

 

 *     *     *

 

 「狭っ苦しいねぇ。もうちょっとデカいの無かったのかい。それにさ──」

 

 小型飛行機のコクピット。その後部座席でクリフは苦笑いを浮かべる。

 

 「我慢する」

 

 前に座るチトセがクリフの愚痴を遮って言い放つ。その隣には操縦桿を握るケインズ。チトセの言葉に同意する様に僅かに頷いた。

 

 「ロチェスシティまではあとどれ位なんだ?」

 

 「14時間程だな」とクリフの方を見ずにケインズは言い放つ。

 

 「そんなに掛かるのか……」

 「アライアンスの勢力圏にその他勢力圏を極力避けながらの回り道だ。途中、補給基地に寄って燃料を入れる時間も加えてある」

 

 ケインズの言葉にクリフは「そうかい……」と言って嘆息。今乗っているのは機銃を一丁取り付けただけの小型飛行機。バーテックスの勢力圏外を突っ切って飛ぶなんていうのは確かに自殺行為であった。

 

 「しかし、いいのかい? 端末ひとつ覗く為にあんたらをわざわざ付かせてさ」

 

 ジノーヴィーの端末の復元と解析の為にシェイン・ファレムはクリフに見張りとしてチトセとケインズを付けさせてKDの居るロチェスシティに向かわせた。

 ただ、バーテックスの台所事情を考えれば情報部と工作員を出す余裕はあるのかとクリフは考えてしまう。

 

 「シェインの命令だ。従うしかない」

 

 前を見ながらケインズは答える。相変わらずの無愛想さだとクリフは肩をすくめる。

 

 「そういう事。それにその端末……私も中身には興味ある」

 

 チトセがクリフの方へ振り向き、その手に持っているバッグへと視線が向く。中に入っているジノーヴィーの端末だ。

 

 「まぁ、ただの端末じゃねぇからな……本当の中身は俺も分からない」

 

 中身にはある程度触れられたが、肝心の部分はまだであった。新資源の深部であろうことは予想出来るが、果たしてそれが安易に触れていいモノであるか。

 それはノーであることは間違いないだろう。代わり映えしない空を眺めながらクリフはあることを思い付いた。

 

 

 長い飛行の末、クリフたちを乗せた小型飛行機はロチェスシティの郊外にひっそりと着陸する。既に陽は傾き、白い月が昇っていた。

 機体から降りると、クリフは深呼吸をしながら凝り固まった筋肉をほぐす様に身体を大きく伸ばす。ついでにバッグから煙草の箱とマッチを取り出す。だが、潰れたソフトパックの隙間から刻がボロボロと落ちてきてしまい、吸える状態では無くなっていた。

 

 「あーあ……」

 

 バッグに入れていた残りの箱も同様であった。長時間のフライトで我慢していたのに口元の寂しさは癒えない。

 その時、クリフの眼前に煙草の箱を持った手。ケインズだ。吸っていいという事だろう、箱からは1本出ている。クリフはそれを取り、火を灯す。一口吸うと普段吸っている銘柄と比べて雑味が大分あり、思わず顔をしかめた。

 

 「傭兵ご用達の安物だ。気付け薬代わりにもなる」

 「……まぁ悪かねぇ。眠気が飛んだよ」

 

 喉元に纏わりつく独特の味には慣れそうにない。それでも寂しかった口元は癒えた。

 

 「それじゃ、行くとするか」

 

 少し控えめに吸い込んで紫煙を吐き出す。

 ロチェスシティへは徒歩で入り、メインストリートから小さな路地へ入って暫く歩くと4階建ての小さなアパート。KDの組織の拠点で、以前フライボーイと訪れたアパートとは別のアパート。事前には連絡は付けてある。

 インターホンを押すとそこからKDの声。

 

 「合言葉。管制室は──」

 「──援護しない」

 

 クリフの返答に「ヨシッ」という声と共に鍵が開く音。KDではなく別の男が玄関のドアを開けてきた。スキンヘッドが特徴的な痩躯の男。

 「YIかい」とクリフはスキンヘッド男の顔を見て口元を緩める。組織のメンバーの一人でクリフの顔なじみだ。

 「KDは奥で作業中だ」と言ってYIと呼ばれた男は部屋の奥を指差すが、知らない顔であるクリフの後ろで立っているふたりに対して警戒するような視線を送っていた。

 

 「大丈夫、俺のツレだ」

 

 クリフはそう言ってYIの肩を優しく叩いて中へ入る。それでもやはり警戒心は解けないのか、無愛想な表情を浮かべながらYIは「どうぞ」と言ってふたりを中へ招く。

 

 「KD、悪いな。遅くなっちまった」

 「やあ、クリフ。生き残っていたかい。よかった、よかった」

 

 奥の部屋に入ると、端末と睨めっこをしていたKDがそれを止めて両手を挙げながらクリフにハグをする。

 

 「ああ、寿命が更に15年減った気分だ。残り少ない人生を大切にしないといけないな」

 

 知った顔を見れば安堵する。KDのハグにクリフも腕を回して喜びを示した。

 「そちらのお二人は?」とKDはずり落ちた眼鏡を掛け直しながら聞いてきた。

 

 「俺のアシスタントになってくださったチトセさんとケインズさんだ」

 「……ああ、なるほどね」

 

 KDはふたりを眺めるとコクコクと頷いて端末の方へ再び視線を向ける。

 

 「もう少しで3台目の高性能端末の準備が整うよ。いやぁ時間が掛かった」

 「2台目も逝ったか……」

 「27分13秒の短い生涯だった……」と目頭を押さえるKD。「あぁ……ガル・パークに置いてあった端末があればともっと違っていたんだけどねぇ」

 「まぁ、結局遠回りだったが、コイツで直接見るのが一番であったけど……」

 

 クリフはバッグからジノーヴィーの端末を取り出す。

 「オオゥ……」とKDは壊れた端末を見るや頬に両手を当てたオーバーなリアクションをしながら深く嘆息する。

 

 「アークのご招待を受けた後に激しいパーティーが始まっちまってね。お陰でこれだ」

 「思っていたよりも壊れているねぇ……」

 

 首を大きく横に振りながらKDは苦笑いを浮かべるが、クリフの隣に立っていたYIの方に目線を合わせるとYIは大きく頷いて部屋の隅に置いてあったプラスチック製の箱を持ち上げた。

 

 「クリフが来る間に使えそうなパーツを集めておいた」

 

 YIはそう言って箱からパーツを取り出して見せる。

 

 「その端末に使われていたパーツの一部は昔手に入れて保管していた。足りなければ他の端末から流用すればどうにかなるだろう」

 「それはありがたいぜ。──どれくらい掛かる?」

 「今から見る。最短でも……そうだな、2時間は掛かると思ってくれ」

 「任せたぜ。そいじゃ、頼むよ」

 

 クリフはYIに端末を渡すとYIはそれを箱に入れて部屋から去った。それをチトセが懐疑的な視線で見送る。

 

 「彼は端末いじりが十八番だ。任せられるよ」

 

 この組織の端末の構築も担当しているYIには全幅の信頼を寄せている。問題は無いだろう。修理が済むまでは待ちの状態だ。クリフは部屋を見渡す。

 

 「それにしても大分すっきりしたなKD。ここの要塞化計画は順調ってとこかい?」

 「ぼちぼちってとこ。機材の半分はこちらに移して、向こうのオートメイト化も進捗率10%ってところかな。人手が足りないからしょうがないけど」

 

 以前映話で話していた事は本気で推し進めている様だ。将来は本当にこの街がハッカーたちの楽園となる日が来るのかもしれない。

 行動力というのは大切だ。それが失敗になったとしても行動を起こさなければ結果は得られない。今ここにいられるのもなけなしの行動力を振り絞った結果。

 だからこそクリフは考えていた。もし解析できたとしたら彼らには渡すことなく消去してしまおうと。端末には盗られた時に備えてトラッププログラムを仕掛けてある。

 偽装ファイルを開けば自動的に端末内のデータが全て消える。「NICE JOKE」というメッセージと共に何もかも無くなるのだ。当然、それはふたりには明かしていない。

 渡した時には既に空っぽ。正に素晴らしい冗談。

 どんなリアクションをするかは分からないが、その時は満面の笑みを浮かべてやろうとクリフは決めた。

 

 「時間が掛かるだろうし、ゲストルームで待つか。ここは何処になるんだ?」

 「4階の奥だよ。灰皿も置いてあるからそこで吸ってもいいよ」

 「ちょいと休ませてもらうよ、実はもうヘトヘトでね」

 

 あとはタイミングだろう。それさえ間違えなければ良い。

 

 

 端末の修理が終わったと8割がた寝ながらクリフはその連絡を受けた。腕に巻いていた時計を見ると4時間程経っていたことに気が付く。

 あんな目に遭ってから1日と少ししか経っていない。意識し出すと身体に受けたダメージが痛みとなって表れてくる。治療をしてもらってもやはり痛いものは痛い。傷口を刺激しない様に起き上がるとチトセとケインズはしっかりとクリフの方へ視線を向けた。どうやらソファに座ってクリフが起きるのを待っていたらしい。

 寝ているなりしてくれればもう少しこの後の事がやり易かったのだが、しっかりと自分の見張りという役目を果たしているのは流石だとクリフは褒めたくなる。

 クリフはケインズの方を向いて右手の人差し指と中指を振る。その意味を察したケインズが懐から潰れたソフトパックを放り投げてきた。それを受け取ると、その中から煙草を1本取り出して火を灯す。さっきは顔をしかめた味だが、こういう時にはうってつけだった。

 KDの部屋に向かう。既に解析作業は始まっていた。

 

 「直ってよかったよ」

 

 ケーブルに繋がれたジノーヴィーの端末を見ながらクリフはホッと溜息を吐く。

 

 「肝心の中身が殆ど無事だったからね、流石レイヴン用端末。頑丈に出来ていている」とKD。「使えるパーツで何とかなったのは幸いだったらしい」

 「そりゃあ良かった。YIはもう次の仕事か?」

 「うん。ハッキング依頼のヘルプに入ったよ」

 

 あらためてあの端末が頑丈であったことに一安心する。もしここでも直せなければもうやれる事は無かっただろう。

 

 「やっぱりこれが一番だったね」

 

 解析用端末の画面を見ながらKDは頷く。今のところは順調な滑り出し。

 

 「遠回りにはなっちまったが、まあ、回り道したおかげで色々と見られた。損はしていない」

 

 それはクリフの素直な気持ちであった。決して多くは無いが、得られたものもある。後はそれを活かせられるかだ。

 

 「どれくらい掛かりそうかな?」

 

 解析用端末画面には作業進捗が表示されている。それだけを見るとまだ時間が掛かるだろうと予想する。

 

 「3時間から5時間だろうと思っている。解析ツールも改良したからそれなりに早くなっていれば良いけどねぇ。──ああ、そうだ。これを渡しておこう」

 

 KDはそう言って机に置いてあった端末をクリフに渡した。壊れてしまった仕事用端末の代替機。これでまた仕事が出来るようになる。

 「助かるよ」とクリフ。

 「105コーム、毎度アリ」とKD。ここはしっかりと商売の間柄だ。

 後は待つだけ。そしてタイミング。画面を眺めながらクリフは新しい端末の設定を始める。

 そして4時間半後、クリフが新しい端末の設定を終わらせたタイミングで端末の解析が完了したという通知の画面が解析用端末に表示された。

 

 「終わった……みたいだな」

 

 画面の表示を見てクリフは小さく声を上げる。いざ終わったとなると妙な緊張感が走る。

 KDも同様で、ずり落ちた眼鏡を掛け直して画面を凝視していた。

 

 「一旦、ジノーヴィーの端末を立ち上げ直してみるか……」

 「そうしてみよう。解析したファイルがこれで復号化されて見られるようになっている筈だけど……」

 

 ジノーヴィーの端末を再起動。やけに長く感じる。クリフの後ろで見守っているチトセたちも固唾を飲んで画面を見つめていた。

 画面が表示される。アクセス不可だった幾つかのファイルが見られそうであった。

 

 「……うまくいったな。魔法使い」

 「最高……! これは僕のハッカー歴に残る大きな功績のひとつとなるだろうね」

 

 クリフは右手を上げるとKDが左手を当ててハイタッチ。成功だ。

 「見られるのか?」とチトセが素早く身を乗り出して聞いてきた。それにクリフは「まあ、落ち着けよ」と言って宥める。

 

 「今慌てることは無いぜ。これから精査しなきゃならないだろ」

 

 そう言いながら画面を操作。「Break Point」というファイルがあることを確認する。これがトラッププログラムの起動ファイル。

 クリックするだけでいい。それでプログラムが起動してデータの消去が開始される。だが、一応は見ておきたいという欲求も出てくる。

 ──今更になってという気分。これを手に入れた時に決めたひとつのゴールが目の前にあるとどうしても揺らぐ。

 どちらが正しいのか。無意識に端末の端を指で叩き出していた。

 その時、玄関から衝撃音。ドアロックが壊されたのか、乱暴にドアが開かれて複数の足音。突然の事態にKDは思わず文字通り飛び上がる。

 

 「……! あんたらかい。何でここにいる?」

 

 部屋に入ってきたのは2人組の大柄な男。クリフは見覚えがあった。以前クリフのねぐらにいたバーテックスの協力者。どうしてこの場所が分かったのか。

 

 「……その端末だ」

 

 2人組の片割れが端末を指差す。クリフは視線をチトセたち向けるが、意外にもその表情は困惑していた。どういう事かとクリフは思うが、まずは目の前の2人組への対処を考えなければならない。

 

 「寄こせって事かい。それにしては態度が横柄過ぎねぇか?」

 

 視線を再び2人組に戻すとひとりは銃を取り出して、クリフとKDに向けている。

 

 「上の意向だ」

 「それはシェインか? それともジャック・Oか?」

 「そんなのどうだっていいだろ。さっさと渡せ」

 「俺は気になるタチなんでね、聞いておかなきゃ気が済まないんだよ。夜も6時間しか眠れなくなる」

 

 クリフは口角を上げて2人組へ微笑を浮かべた。

 

 「そんなの、すぐに解消される」

 

 「そうかよ」とクリフの視線は2人組の後ろに注がれる。彼らがそれに気が付いて振り向いた時にはYIが片割れの肩へ金属バットを打ち下ろしていた。

 硬いものが折れた様な不快音。男の手に持っていた銃が指から離れたのを見て、クリフとKDがタックルを仕掛ける──つもりだったが、それよりもチトセとケインズが2人組へ抑えにかかる方が早かった。

 床に組み伏せられる2人組の男。それを見てクリフはホッと胸をなでおろす。そしてYIの方を向き、サムズアップ。YIもそれに応える。

 

 「ったく……いきなりノコノコと現れたかと思えば、端末を寄こせだぁ? 礼儀も知らねぇのかよ。……じゃあ、さっきの質問に答えて貰おうか──」

 

 「待て……」とチトセが手のひらを突き出してクリフを止めた。

 

 「やってくれる……もう手遅れだ」

 

 チトセの声が強張る。目を大きく開かれた男の口の端から赤い筋が流れてそれが床を汚す。

 「こっちもか」とケインズ。もう一人も同じようになっているのが見えた。

 

 「口の奥に即効性の毒を仕込んでいたか。失敗したらこうしろと命令されていたのか……見上げた忠誠心ってやつだな」

 

 そう言って拘束を外し、物言わぬ死体となった男を冷たく見下ろすケインズ。チトセも長々と嘆息して拘束を外して死体を調べる。

 

 「身元の判るものは何も持っていないか……それと──」

 「待ちな」

 

 そう言ってクリフは懐から銃を出してチトセとケインズへ交互に銃口を向ける。

 

 「お前ら、本当に見張りだけなのか? コイツらはバーテックスの協力者だ。何しようとしていた?」

 「これは私たちも知らない事だ」とチトセは唇を微かに震わせた。「奴らがバーテックスの協力者だというのは今しがた知った」

 「チトセと同じだ……」

 

 ケインズも手を前に出して何もしないという意思表示を見せた。

 

 「しかし、何でこいつらはここが分かった……」

 

 この場所は外部の人間へ対してはクリフの様な少数のリサーチャーのみしか知らされていない。いきなりピンポイントでここに来られる筈がない。

 「ちょっといいか」と言ってチトセがクリフの上着の襟裏に指を入れて引っ張る。指先には1センチ四方の黒いプラスチック板の様なモノ。

 

 「──これだな」

 「あーこれって発信機だね」

 「そうね。──アイツが持っていた」

 

 チトセは手に持っていた携帯端末をクリフに渡すと、視線をふたりの死体に向けた。端末の画面にはマップが表示されており、クリフたちがいるところにシンボルマークが明滅されていた。

 

 「やられた……シェインだな。多分、横になっている時だ」

 

 クリフは手で顔を覆い、大きく嘆息した。自分の迂闊さをここにきて痛感する。シェインの立場を考えればそれを仕込む事なんて躊躇もないだろう。互いに味方では決してない。利用して、利用される。

 今回は後者。そして、自分にとってかなり不利な状況であるとクリフは感付いた。

 

 「──まずはここを離れるべきだろう。コイツらだけじゃない可能性はある」

 ケインズはそう言って死体を持ち上げる。

 「ああ……」と呟いてクリフは発信機を踏みつぶした。ケインズの言う通り、ここに留まっていられなくなった。

 一度は落ち着けたかと思いきや、そうはいかなかった。そして、バーテックスもこの端末を狙っている。

 

 「僕らが使っている車が下にある。これ使って逃げた方が良いだろうね」

 

 KDが荷物を纏め始めていた。もう逃げる気でいる。選択肢はない。クリフは一旦銃を下ろしてもうひとりの死体を持ち上げた。

 

 「YI」とKD。「メンバーを総動員してもいい。すまないけど、ここの後始末を任せてもいいかな? 僕も暫く姿を隠しておこうと思う。定期連絡は行うから」

 

 「それが良い」とYIは短く返答して部屋から素早く立ち去っていく。

 

 「また別の場所を探さなければならないね」

 「ああ……すまねぇ……もう竜の尻尾どころか逆鱗だな、これは」

 「まあ、アークに目を付けられた時に予感はしていたけど──」

 

 「──あと……」と言ってKDは急に小声になる。

 

 (「Break Point」って判り易過ぎじゃないかな? あれが起動ファイルだね)

 (バレてたか)

 (デフォルトネームだからね。でももうちょい待ってみようよ。直ぐ消すんじゃ勿体無い)

 (本音はやはりどこかでじっくりと見てはみたい。だが、奴らには渡したくない)

 (何とか手を打ってみよう)

 

 この端末との付き合いはもう少し続きそうだ。だが、何故か悪い気がしない。背中に載せた重みは妙な心地良さを感じ取れた。

 

 「──で、何処に行く?」

 

 ハンドルを握ったクリフが助手席に座るケインズに尋ねた。

 

 「途中で死体は棄てて、飛行機で補給基地まで行こう」

 「俺らにとっては好ましくはねぇな」

 「あそこは無人だ。俺たち以外にはいない筈。──それと……」

 

 ケインズは懐から拳銃とナイフ。そして携帯端末をクリフに渡した。

 

 「俺たちもこの状況は想定外だった。今更『信じてくれ』という言葉は薄く、価値が無いも同然だが、敵対しないという意思表示だと思ってくれ」

 「ああ、そうさせてもらう」

 「目的地に着いたらどうすべきか決めよう。決定権はあなたたちに委ねる」

 

 後部座席に座るチトセもそう言って持っていた武器と携帯端末を隣に座るKDに渡す。

 暗闇の中、車に荷物諸々を載せてクリフたちは夜の闇に紛れて街から出て行った。

 

 

    *     *     *

 

 ベルガモットの香りが漂うカップ。そこから唇が離れるとシェイン・ファレムは端末の画面を少しの間眺めては頷く。

 

 「──分かりました。明朝には合流出来るようにします」

 

 画面の向こうにいる相手へ対して控えめな声でシェインは答えると、「それと……」と付け加えた。

 

 「端末の回収は直接出来ます。彼らは余計でしたよ」

 

 それに対して画面越しの者は一瞬含み笑いを忍ばせた様な気がするが、表情は顔の代わりにパーソナルエンブレムが表示されていたので見ることは出来なかった。

 続いて詫びの言葉が出てくるが、それは軽く聞き流しながら髪を整える。どうせ見えはしない。シェイン側も同様に向こう側も自分のパーソナルエンブレムが表示されているだけだろう。

 視線は端末の画面上に表示させたマップデータに注がれていた。

 これから向かう先に目的のモノがある筈。まずはそれを手にしてから、次の段階へ。

 

 「さあ、始めましょうか」

 

 ベルガモットの香りを残して、シェインは部屋から去っていった。

 

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