ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
紺色のタンク型ACを懸架した<クランウェル>が街道跡を沿うように飛行していた。
ACはヴィラスの<ヴェスペロ>だ。殆どが倉庫で埃を被りかけていたパーツだが、整備班の手によって調整を終えた機体は組み上げた時よりもスムーズに動けるようになった。
あとは実戦で何処まで動かせるかだろう。久々に使用するタイプの脚部。感覚はまだ微かに残っている。
アークが消滅してから初めての任務。
ブリーフィングシステムを含むアークが運用していたシステムはまだ生きていた。
バーテックスはそこに対して何も手を出していなかった。その意図は今となって分かる。
──自分の判断で戦い抜いてみせろ。
バーテックスの掲げる「レイヴンによる秩序の創出」の実現にアークの様な仲介組織は要らない。レイヴン自身が自ら選び全てを請けろという事だ。
『ミッションポイントにもうすぐ到着。降下準備をしておいて』
ルシーナから通信が入る。通信状態は良好。新しいオペレータールームでルシーナも再始動という事だ。
「了解だ。それにしてもこのルートで本当に──」
『ああ、間違いない。ここに来る!』
怒気を含ませた男の声。<ヴェスペロ>の後ろに懸架された褐色の<CR-MT85B>からだ。
機体に乗っているのはレイヴンの”フラージル”で、彼がこの任務の依頼主であった。
なんでも、フラージル本来の愛機である<ダ・ルーイン>が今回のガレージ襲撃による混乱の最中、武装勢力によって奪われてしまったらしい。彼独自の情報網で強奪された機体の行方を追った結果、このルートを通って拠点に戻ることが判明した。
『あのクサレ野郎ども、タダじゃ済まさねぇ。……せっかく元に戻ったのによ……』
最後の言葉は少し沈んだように低い口調。愛機を盗られるなんてレイヴンとしては相当屈辱的だ。聞けば、フラージルは前の紛争でも同様の事があったとの事。その時は機体を盗んだクレストの反乱軍討伐に雇われたレイヴンによって機体を積んだ<クランウェル>ごと谷底に堕とされて<ダ・ルーイン>は大破。そこからこの混乱の時期を乗り越え、機体を組み直してやってきたところにこの仕打ち。かなりの怒りを感じられた。
『作戦ポイントに到着だ。機体を投下する』
<クランウェル>のパイロットから投下を告げるコール。これも以前と変わらない。それに対して妙な安心感を抱きながらの浮遊感。懸架フックが外れたのだ。
数秒後に地面へ着地。無脚であるタンク型なので関節の負荷は考える必要は無かった。各系統異常無し。そして後方に着いたフラージル機も着地に成功した様だ。
『複数の熱源反応を探知。数は8。もうすぐこちらのレンジ内に入ってくるから迎撃して』
「了解」
直後にレーダーの端に輝点が次々と表示される。ルシーナの言う通り、その数は8つ。
『やはりな。俺の言った通りだっただろ』
フラージル機が<ヴェスペロ>の前に出る。その声は興奮の色が滲み出て、既にやる気でいる様だ。
モニターにも敵機の姿が小さく映された。<CR-MT85>が3機に<CR-MT77M>が4機。そしてその後ろから腕部そのものがリニアガン<WA02-CETUS>が特徴的な重量二脚型AC<ダ・ルーイン>の姿。既に誰かが乗っている様であった。
「無傷で取り返すのは少し難しいかもしれないな」
輸送車に載せられているとかであれば車両を抑えて機体をそのまま取り戻すという手もあったが、このまま交戦だろうとヴィラスは察した。
『出来るだけ傷は付けたくねぇけどよ……まぁ仕方がねぇ、とにかく乗っている野郎をコクピットから引きずり出して全殺し一歩前までボコってやらぁ』
フラージル機がホバーを全開にして敵機へ向かっていく。向こうも既に<ヴェスペロ>側に気が付いていた様で散開する動きを見せていた。
ヴィラスもフットペダルを踏み、機体を前進──動きに違和感。少し苦笑いを浮かべて動きを再確認。これまでの様にブーストダッシュは無い。だが、無限軌道の安定した挙動には安心感がある。重装備させたこの機体には丁度良い。
右腕に持たせたバズーカ<CR-WR76B>を構える。フラージル機は既に1機撃破。かつて使っていたのだろうか、その動きに戸惑いというのは無いように見受けられた。それと怒りも含まれているのかもしれない。フラージル機は逃げる様に後退する<CR-MT85M>へホバー機動で追い込むとバズーカを一射。続けざまにパルスレーザーを放って敵機を沈黙させた。
敵MTの後方から<ダ・ルーイン>がフラージル機に狙いを付けてきた。<ヴェスペロ>もバズーカでMTを1機撃破すると、肩部ハッチからECMメーカーを射出。<ダ・ルーイン>が一瞬だけ動きを緩めた隙を突いて左背部のチェインガン<CR-WB69CG>を展開して発射。射程距離ギリギリの所からの発射は射線が見切られて躱されてしまうが、フラージル機から離す事は出来た。誰が乗っているかは知らないが、MTとACでは性能差はある。それに本来の持ち主が愛機によって撃破されるなんていうのはあってはならない。
<ダ・ルーイン>は<ヴェスペロ>の方へ向きを変えた。同時にリニアガンが発射される。ロックオンされていない状態での発射で弾丸は明後日の方へ飛んでいく。
どういう意図なのかとヴィラスは一瞬考えるが、<ダ・ルーイン>の発射後の挙動を見る限り乗っているのは素人らしいと判断した。小さくジャンプをしながら横に跳んで何もしない。距離を取りたいのか追撃をしたいのかどっちつかずの動きだ。
それが判ればやる事は簡単だ。操縦慣れしていない素人搭乗の機体であれば隙は突きやすい。上手くいけば<ダ・ルーイン>を少ない損傷で抑えられる。
<ヴェスペロ>はチェインガンを放ちながら前進。<ダ・ルーイン>は碌な回避行動を取れずにコア付近に被弾。防御スクリーンが弾ける音が大きく木霊する。
『あんまし壊すなよなぁ!』
「努力はする」
ビビらせれば向こうが勝手に折れる可能性が高い。コアへ撃ったのはそれが狙いだ。続いてバズーカを足元へ放つ。勝手に体勢が崩れる<ダ・ルーイン>。このまま押し込もうとしたが、ロックオン警告。側面にいたMTから。
ヴィラスはコア<C01-GAEA>のイクシードオービットを起動。コア後方に備えた攻撃端末が立ち上がり、敵機に向けて自動でレーザーを発射。直撃を受けたMTが大きく吹き飛ばされるとフラージル機が追撃のバズーカ弾を放ち、とどめを刺した。
『さっさと俺の<ダ・ルーイン>から降りやがれ!』
もう1機MTを撃破してフラージルが大きく叫んだ。パルスレーザーが<ダ・ルーイン>の周りにばら撒かれる様に落ちる。
『ヴィラス、こちらに接近する反応を捉えたわ。数は1。熱源の大きさからこれは……ACよ』
「誰だ……」
ヴィラスはMTを撃破しながら反応のある方へ機体を向ける。レーダーディスプレイに輝点が1つ。識別はレッド。敵だ。
その直後、フラージル機が大きな音を立てて吹き飛ばされる。状況からして狙撃されたか。
モニターにもブースターを全開にして接近してくるACの姿が映る。その姿を見て「アイツか……」とヴィラスは不快な感情を滲ませた。
紫色の逆関節型AC。左肩には「毒々しい色の爪を構えた獣」のエンブレム。
<サウスネイル>だ。そして聞き覚えのある不快さを隠しきれない声。
『お使いのひとつも碌に出来ねぇなんて、クソの役にも立たねぇ奴らだ』
ズベン・L・ゲヌビの声。言葉の端で小さく舌打ち。
『それにその色のAC……この間のいけ好かねぇガキか』
ロックオンアラート。ヴィラスは機体を後退させながらインサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。一時的ではあるが、攻撃を抑える。
「フラージル、距離を取った方が良い」
フラージル機の隣まで下がり、ヴィラスは呼び掛けた。フラージル機は左腕が吹き飛んでいるが、戦闘はまだ出来そうであった。
『あの野郎……!』
機動力では今の<ヴェスペロ>では大きく差がある。向こうは使い慣れている機体であり、レイヴンだ。前回交戦したようにはいかない筈だ。
<ダ・ルーイン>が体勢をようやく持ち直した。フラージル機がホバーを全開にしながら後退。<ヴェスペロ>も同様に後退する。
『なんとなく分かったぞ。あのクソ野郎が俺の<ダ・ルーイン>を連中に盗ませたのか』
フラージルの言う通りだろう。組織の戦力か、はたまたパーツ取りかは分からないが現在の状況をしっかりと好機だと捉えられる嗅覚を持っている。こういう時にあの旺盛な物欲が遺憾なく発揮するらしい。
ヴィラスは<ヴェスペロ>をフラージル機の前に滑らせる。衝撃。コア右脇に被弾。<サウスネイル>の右腕が上がった瞬間に察していた。フラージル機を当然狙って来るのだろうと。
「ACは俺の方でどうにかする。あと1機、MTを片付けて後ろへ下がった方が良い」
『そうしたいけどな』と唸る様にフラージル。『俺の<ダ・ルーイン>を盗んだ主犯と仲間だ。一発ぐらいぶん殴らなきゃ気が済まないってモンよ』
フラージルは退く気は無いらしい。
『まあ、流石にこの機体では勝てる見込みは薄いからな』
そう言いながら向かってきたMTをパルスレーザーとバズーカで仕留めてフラージル機はホバーで<ヴェスペロ>の周りを回る様な機動。
『援護に徹してやる。ズベンのクソ野郎は任せた。ついでに懸賞金も取って来い』
「そうしよう」
ヴィラスは<ヴェスペロ>を前進させて右背部のミサイルランチャー<WB05M-SATYROS>に切り替えて<サウスネイル>にロックオン。2発ミサイルを発射。回避行動に入った<サウスネイル>へ左腕のバズーカ<CR-WL95B>を放つ。
ミサイルは<サウスネイル>のコアに搭載された迎撃装置によって破壊されるが、バズーカ弾は<サウスネイル>の腰部付近に命中。防御スクリーンが弾ける音と共に機体を大きく揺さぶった。
続けざまに左背部のチェインガンに切り替えて追撃。被弾によって体勢を崩した<サウスネイル>へしっかりと射線を捉えた。弾ける音が更に高くなる。
<サウスネイル>はコアの装甲を一部吹き飛ばしながらもブースターを全開にしてそこから逃れようともがく。弾幕から逃れると、後方に回り込む動きを見せた。
その動きにヴィラスはふと気が付く。
「動きが悪い……?」
先日交戦した時と比べて<サウスネイル>の機敏さが低下しているのが目に見えて判った。向こうも一杯一杯らしい。独立で動く者もあのガレージ襲撃による影響は出ている模様だ。それでも機動力を含めて運動性能では<サウスネイル>の方にまだ分がある。
イクシードオービットを再展開。死角へ回り込もうとする<サウスネイル>への牽制だ。オービットから放たれたレーザーは<サウスネイル>の装甲を掠めていく。それを受けて<サウスネイル>が距離を置いて後退。
旋回が間に合った。すかさず左腕のバズーカを発射。サウスネイルの左肩に命中。装甲が吹き飛ぶのが見えた。
そのまま押し切ろうとしたが、ロックオン警告音が耳朶を打つ。右側面。モニターの端には<ダ・ルーイン>が腰を落として両背部のキャノンを構えているのが見えた。狙いを変えて<ダ・ルーイン>へミサイルを発射。同時に<ダ・ルーイン>からグレネード弾が2発放たれる。
大きな衝撃。1発は外れた様だが、2発目は避け切れずに右肩部に命中。装甲に損傷するが、稼働に支障はない。<ダ・ルーイン>はミサイルの命中を受けてそのまま後退していく。そこへフラージル機が追撃するのが見えた。
『一々ビビりやがって……』
ズベンの小さく吐き捨てるような声。相変わらず連携は殆ど考えていない様だ。フラージル機に追い込まれる<ダ・ルーイン>へ対してフォローをするような動きは見受けられない。このレイヴンの性質からしてそんなものは望めないだろうが、こちらからすればそこに隙が突けるとヴィラスは考えた。
右腕のバズーカとともに左腕のバズーカを構えて<サウスネイル>に向けて発射。<サウスネイル>も右腕のリニアライフルを放ってきた。
互いにコアに命中。先に動けたのは<ヴェスペロ>の方だった。バズーカで更に追撃を掛ける。
だが、<サウスネイル>は体勢を無理矢理立て直して左腕のスナイパーライフルを発射。まっすぐ突っ込もうとしていた<ヴェスペロ>は避け切れず、頭部に直撃して吹き飛ばされる。
「しまった……!」
モニターが一瞬ブラックアウト。コアの非常用カメラに切り替わる。頭部の戦術コンピュータが失われた。レーダーも使用不能。
大きく仰け反らせた<サウスネイル>を見て、いけると踏んでそのまま前進したのがまずかった。ズベンはしっかりと左腕のスナイパーライフルをこちらに向けていた。
イクシードオービットを展開させてもう一度牽制するが、<サウスネイル>は大きく一跳びして距離を詰めてリニアライフルを放ってくる。
コアに命中。オービットが揺らぎ、狙いが外れた。ヴィラスは機体状況から後退を選ぶ。バズーカはl構えたままだ。
<サウスネイル>はサイドステップで<ヴェスペロ>の側面、そして後方へ回り込もうと動き出す。
オービットのコントロールが回復。レーザーが<サウスネイル>に向けて自動発射。
『しつこいんだよ』
苛立ち紛れの声を上げるズベン。リニアライフルの弾が<ヴェスペロ>のコアと脚部を叩く。防御スクリーンが大きく弾け、コア機能の一部損傷を知らせるメッセージが流れる。
<ヴェスペロ>は旋回させながらチェインガンに切り替えて発射。更にはECMメーカーを射出。少しでも敵機からの攻撃を遅らせておきたいというヴィラスの考えであった。
チェインガンから放たれる射線が<サウスネイル>を追いかける。だが、サイドステップで距離を取られると今度はスナイパーライフルが放たれた。それがオービットの片割れに命中。破片がコアに刺さる。
『テメェの懸賞金は俺が貰う』
殺気を剥き出しにしたズベンの低い声。ブースターを全開にして<サウスネイル>が迫ってきた。チェインガンの弾幕は躱される。ミサイルへの切り替えが間に合わない。
『ヴィラス、フラージル機の信号がロスト。<ダ・ルーイン>がこちらに来るけど、タイミングを見て』
ルシーナからの通信。防御スクリーンがどれだけ持つか。その間に武装の切り替え、そして至近距離で叩くと決めた。
『馬鹿が』
ズベンの声がヘルメットに入ってきた。コクピットの中で嘲るように薄ら笑いを浮かべているのが想像できる。リニアライフルの弾丸がコアに直撃。大きく揺さぶられるが、それでも踏ん張って機体を御す。
<サウスネイル>の後方から<ダ・ルーイン>の姿が見えた。片腕が吹き飛んでいる。それでもリニアガンはこちらに向けられていた。
切り替え完了。ロックオン。トリガーを引くとともに<ダ・ルーイン>がリニアガンを発射。
<ダ・ルーイン>から放たれたその弾丸は<ヴェスペロ>──ではなく、<サウスネイル>の背部を直撃。その数瞬後には<ヴェスペロ>からのミサイルが<サウスネイル>のコアに命中。
『んあぁっ!』
突然の不意打ち。ズベンの情けない悲鳴が入ってきた。恐らく面白いくらいに間抜け面をコクピット内で出しているのだろう。見られないのが残念なくらいだ。自然とヴィラスの口角が上がる。
『トチ狂ったか! テメェ! 何を──』
『俺だよ! このタコ野郎!』
ズベンの怒声にフラージルの叫び声が覆いかぶさる。
『おめぇの仲間は地面でおねんねだ! 俺の<ダ・ルーイン>は返してもらったぞ!』
レーダー上の<ダ・ルーイン>の識別がレッドからブルーへ切り替わる。
『じょ、冗談じゃ……』
「残念だったな」
メイン武装をバズーカに切り替えると左腕のバズーカと共に発射。被弾して動きの止まった<サウスネイル>のコアに直撃。<サウスネイル>は装甲を散らしながら吹き飛ばされる。
<ダ・ルーイン>に乗っているのはフラージルだった。機体を取り戻して<サウスネイル>の後方から不意を突いた。
『こんなはずじゃ……』
損傷しながらも<サウスネイル>ブースターを駆使して2機から逃れようとする動きを見せた。まだ撃破までに至っていない。
「お前の懸賞金を貰う事になったな。44,000コームだったか」
損傷具合からしてあとワンショットあれば機体も沈黙するだろう。後退していく<サウスネイル>にバズーカで狙いを定めた。──その瞬間であった。
『──高熱熱源体の反応……多数……こちらに向かって来る!』
ルシーナからであった。モニターの端にはミサイルと思しき影が複数見える。
「何だと……?」
攻撃態勢を止めてヴィラスは<ヴェスペロ>を後退させる。<ダ・ルーイン>も同様に後退する素振りを見せていた。
『……ようやく来やがったか、高い金払ったんだから役に立ってもらわねぇとな』
2機が後退した隙に<サウスネイル>もブースターを全開にして後退していく。
『今度会ったときはタダじゃおかねぇ……この俺に舐めた態度を二度も取った事を後悔させてやる。絶対にな』
恨み節を吐き捨てていくズベン。追いかけようにも飛来してきたミサイルによって行く手を阻まれてしまった。
ミサイルの飛来がようやく止む。ルシーナが<サウスネイル>が作戦領域から離脱していったと伝えてきた。
「逃げられた……」
ヴィラスはシートに身体を預けて長々と嘆息する。
『逃げ足だけは速いな、あのクソ野郎。──懸賞金は次の機会にってか』
撃破寸前であったが、それでも逃げる手を残してあったズベンの方が一枚上手であった。それは認めるしかない。
『……ミサイルが来た直後、チラッとだけ見えたが、撃ってきたのはヤツの仲間と<バレットライフ>ぽかったぜ』
「<バレットライフ>……リム・ファイヤーか」
モニターに<ダ・ルーイン>のカメラの望遠で捉えた画像が送られてきた。四脚型ACと思しき機影が複数の<MT08M-OSTRICH>と共にいるのが映っている。ミサイルはそれらの機体から放たれたモノであった。
画像に映る機影は望遠の所為でぼやけてしまい詳細は分からない。ただ、茶系統のカラーリングであるのは判る。そのカラーで四脚型と言えば<バレットライフ>というのが真っ先に思い浮かぶ。
とりあえず、今は生き残れたことに対して素直に喜ぶべきだろう。手動でシステムを通常モードに戻した。
「それにしても、よく取り戻せたな。あれが無ければ危うかったかもしれない」
『片腕は犠牲になったけどよ。それで案の定、乗っていた野郎はビビッて動けなくなってな。その隙に奪い返してやったのさ。それにこの機体のクセは俺がよく知っている。動きはちゃんと読めていた』
上機嫌で語り出すフラージル。戦闘中に機体を奪い返すなんていうのはかなりの無謀であった筈。それを為せたのはこのレイヴンの執念の強さなのだろうとヴィラスは感心する。
「乗っていたヤツは?」
『コクピットから引きずり出した際に顔面に3発……いや、4発ぶち込んで放り投げた。さっきのミサイルに巻き込まれてなきゃ……おおう、いたな。コソ泥野郎め、ざまぁみやがれってんだ』
今度は<ダ・ルーイン>のカメラ映像が共有されてモニターに出される。人影がひとつ、あてもなくふらついているのが見えた。
『生かしてやるだけでも慈悲深いってもんだ。体力がもてば、街までたどり着けるだろうよ』
ここから近い街までは確か100キロメートル以上はあった筈。運があれば助けはあるかもしれないが、それはあのコソ泥次第。ヴィラスも助けるつもりはもとよりない。
『まあ、お前の助けもあって<ダ・ルーイン>は取り戻せた。感謝する』
安堵したような落ち着いた声に戻ったフラージル。機体を取り戻すという目標は達成できた。それは素直に喜ぶべきだろう。
『5分後に迎えの<クランウェル>が到着予定。ヴィラス、お疲れ様』
任務は完了。
ヴィラスは胸に掛けている認識票を握り締め、少しの間目を瞑った。
ガレージに戻ると1機の輸送機が着陸しているのが見える。何処の輸送機だと見てみると尾翼に「様々な武器とともにDEATH MERCHANT(死の商人)」と書かれたエンブレムが見えた。
Mr.bigの所有する輸送機。恐らくACのパーツ類を積んでいると思われる。
予備パーツが殆ど無い状況。これでなんとか凌げそうだとヴィラスは購入するパーツを考えておこうと決めた。
<ヴェスペロ>を格納庫へ戻すと、整備班が駆けつけてくる。
「早速、壊してくれたね」
コクピットから降りてすぐにエリカからの第一声。言われるのは覚悟していた。
「あたしの言った通りだっただろ。200ドル貰ったからね」
キャットウォークの下にいた人物へエリカが手を振りながら声を掛ける。その相手はスタークスであった。
「流石、整備班。担当レイヴンの乗機破損傾向はお見通しってとこかな」
観念したかのような声を上げたスタークスはジャケットの内ポケットから紙幣を取り出してヒラヒラと手を振る。
「機体のタイプに任務の性質を分析すれば大体は──と、言いたいところだけど実は割と直感なんだよ」
「直感というのは大事なモノさ。ボクも任務中、それに頼って救われたことは何度もある」
怪我をしている筈だが、割と軽いステップでキャットウォークを昇って来たスタークスは紙幣をエリカに渡す。「ありがとね」と満面の笑みを浮かべるエリカ。つなぎのポケットには他の整備班から巻き上げたと思しき紙幣がはみ出ていた。
「スタークスも参加したのか」
「賭けられる側から賭ける側になった。案外ドキドキするモノなんだね、これって」
ヴィラスの呆れ声に介さない様に楽しげな声で返すスタークス。既にエリカたち整備班と打ち解けている様であった。
ただ、一緒になってやっていたのは例の賭け事である。思わず苦笑いも浮かべたくなるものであった。
「退屈しのぎには丁度良いかもね。中毒にならない程度に嗜むさ」
だが、スタークスの視線が<ヴェスペロ>に移るとその声色は一変する。
「タンク型での実戦経験は? シミュレーションはしていたと聞いたが」
「ない。ブーストでの機動が出来ないのは少し戸惑ったよ。だが、ある意味新鮮だった」
「シミュレーションだけか、セントラル・アークでの任務の時もそんなこと言っていなかったかい? あの時は四脚型だったか」
「まあそうだが、慣らしていけばいい」
「1回2回の実戦だけでは不十分だろう。他のパーツは?」
「生憎、持ってこられなかった。向こうの保管庫に置いてあったものは全損。コイツが壊れると少々まずいかもしれない」
「そうか……」と言ってスタークスは暫く格納庫の外を向いて考える仕草。
「予備の
「それは助かる。しかし良いのか?」
「ボクは暫く出撃出来ないし、ガレージの防衛力の事を考えれば、倉庫でそのままにするよりも使ってくれた方が良い。それに──」
スタークスはキャットウォークの下を見やる。そこにはルシーナの姿。
「頼れるパートナーが独り泣く姿をボクに見せない様にしてくれよ」
「ああ……そうだな」
機体は整備班に預けてヴィラスとスタークスはキャットウォークを降りる。下ではルシーナがタブレット端末を持って待っていた。
「お帰りなさい、ヴィラス」
「良いタイミングでの識別切り替えだったな、ルシーナ。ズベンの慌てる顔が簡単に想像出来た」
「あの声はオープン回線で入ってきたから。私も笑いそうになった」
微笑を浮かべてルシーナはタブレット端末をヴィラスに見せた。
「当初の提示通り、フラージルから96,000コームの振り込みが確認出来た。あと奪還の協力の礼という事でパーツをひとつ送るとのことよ」
報酬の備考欄に追加報酬として<CR-YWR98GP>と表示されている。画像も添付されていた。どうやらグレネードライフルらしい。
「武器も足りない状況だったからな。良い補強になるよ」
スペック表を確認してヴィラスは安堵の溜息。機体の構成も少しずつ元に戻しておけばいい。
アセンブルソフトで機体構成図の更新もしなければと考えた。
「──ただ、ズベンを逃がしたのは痛かったか」
これでズベンも仕留めれば上出来だった。ただ、仕留める寸前に現れたACはあの<バレットライフ>かもしれないという事。
リム・ファイヤーは何処にも属さずに単独で動いている筈だが、仮にあの機体が<バレットライフ>であればリム・ファイヤーはズベンに雇われたという事だろう。そこにどういう意図があるのか。
「アイツか……中々しぶといね。キサラギ領のアリーナでよく知っているよ」
「リム・ファイヤーを雇ったかもしれない。ズベン単独ならともかく、リム・ファイヤーはキツイな」
「上位ランカーへのゴマすりはよくやっていたと聞く。あのレイヴンにもやったか」
「まだ確定したわけではないけど……」とルシーナの震える声。「もしあのレイヴンであったら……」
「大丈夫だ」とヴィラスはルシーナの肩を叩く。「ヤバいと思ったら全力で逃げるさ」
あの狂犬と呼ばれるレイヴンをズベンが制御出来るとはとても思えないが、再びズベンと相まみえる事になった際は気を付けなければならないだろうとヴィラスは考える。
あの時も状況によっては交戦したかもしれなかった。そうなれば機体の状態からして勝ち目はほぼ無かったのだからだ。
「そこに居たか、ヴィラス」
格納庫の外から男の声。極彩色のアロハシャツと白のハーフパンツにサンダル履きをした大柄な男が立っていた。
「Mr.big。──よく覚えてくれたな」
ヴィラスがMTパイロットの頃に何度か武器と弾薬の調達で世話になった事があった。それでも両手で数えられるくらいであった筈。
「客の顔を覚えておくのは商売人の基本だ。特に金払いが良さそうなのはな」
「レイヴン稼業は引退か?」
「今はこっちの方が儲かる。ま、元々はこっちが本業だ。戻っただけよ」
「けど、あの機体の腹の中にどうせ置いてあるんだろ? 君の<Gブレイズ>」
スタークスはMr.bigの輸送機を指差す。高火力武器で固めたタンク型AC<Gブレイズ>。レイヴンとしてMr.bigが乗り込む愛機の事だ。
「このご時世、自衛手段は必要さ」
口の端を歪めてMr.bigはラメの入った派手な金扇子を取り出して大きく仰ぎながらヴィラスたちを眺める。
「両手に花か。随分良いご身分になったな」
「そうじゃない」
「勘違いしていないかな。ボクは違うぞ」
「……まあいい。無粋だったな」
Mr.bigはルシーナの方にも一瞬だけ視線を向けるが、すぐにヴィラスの方を見やる。
「それにしても早い到着だ」とスタークス。「最初に通信した時はもう少し時間が掛かる様な雰囲気があったのに」
「優先順位が少し変更になった。もうすぐ、資材を運んだ別便も来る。これで雨風くらいは凌げるぞ」
「それは助かる。丁度パーツを発注しておきたいとボクも思っていたところだ。頼めるかい?」
「ノーだ。お前さんはこれだよ」
Mr.bigは足元に置いてあったバッグをスタークスに差し出す。
「怪我を治せってことね」
バッグを開き、中を覗いたスタークスは小さく嘆息。中身は医薬品らしい。
「──俺なりのレディへの気遣いだ」
「結構。気遣いなんてされる程、ボクは女という自意識は無い」
スタークスの声が少し低くなる。彼女にとってはこの様な扱いはあまり歓迎しないらしい。
「それでも今は使っておけ。もう少しマシになったらパーツの発注を受けてやろう」
「分かったよ」とスタークスは不満げな声を上げてバッグを抱えた。愛機の<シュバルツナーゲル>が完調であれば今の怪我の状態でも出撃しかねない気配がある。そういう意味ではMr.bigなりにスタークスを気遣ってくれているのだろう。
不満を隠さない仕草を見せるスタークスを尻目にMr.bigはヴィラスの方へあらためて視線を向けると、閉じた扇子でヴィラスの鼻先を差して言い放つ。
「お前にパーツを持ってきておいた」
「俺に……?」
突然の言葉にヴィラスはハッと首を上げて聞き返す。パーツの発注はまだしていなかった筈。
「アントニーからだ。お前の機体に使うパーツをこちらで受け持っていたんでな」
思い出した。以前、パーツの発注後にアークから調達ルートへの干渉でパーツが届かなくなった事。それに対してアントニーがルートの変更を独自に行っていた事を。それにMr.bigの協力があったという事だ。
外に駐機している輸送機のハッチからコンテナが複数出てくるのが見える。「漏れは無い筈だ」とMr.bigはヴィラスの肩を叩いてパーツのリストを見せた。
「……ああ、大丈夫。全部あるよ」
リストを握り締めてヴィラスは嚙みしめるように小さく言った。リストの上に一滴落ちて僅かに濡らす。
「有効に使ってやれ。アイツもそれを望んでいる」
満足そうな笑みを浮かべてMr.bigは再び扇子を開き、「それじゃあな」と言ってそのまま去っていく。
アントニーが遺してくれた戦う力。
生き残る為の力ともなるそれは繋がり、活路を取り戻すことが出来る原動力となる。
「余裕が少し出来た。アセンブルの構築をやり直すか」
目を拭い、一度キャットウォーク側に戻ろうとした時、腹の鳴る音。ヴィラス自身から。ルシーナが肩を叩く。
「少し休みましょう。食堂の機能が完全じゃないからちゃんとしたものは出来ないけど、用意するね」
「そこも早いところ直してもらいたいよね。ボクも付き合うとしよう」
今は疲労した身体を癒すのが優先か。
やり直しとなる最初の任務。
今日も生き残ることが出来た。
* * *
バーテックスの補給基地の姿を窓から目視で確認できる位置まで来た。
それでも安堵という感情が湧き上がらないのはこの先の事が全く予測できないからだろう。小型飛行機の後部席に座っていたクリフは終始上着の内側を意識して前の座席に座る2人を片時も離さず見続けていた。
携帯端末にメッセージ。隣で端末を触っていたKDからだ。
《準備は出来たよ》
《後はこれをどうやって持ち逃げするかだな》
《段取りは?》
《燃料補給が終わった瞬間、ちょいと気が引けるが、アイツらに銃突きつけて抑える。素早くコイツに乗っておさらばだ》
《どこ向かおうか?》
《ここからだと俺の隠れ家No.3のある街が近い。そこにしよう》
《分かった》
バーテックス側にいつまでもいられない。クリフは今乗っている飛行機を奪って逃げる事を考えていた。逃げた先でジノーヴィーの端末の中身を見て最後はデータの消去をしてから廃棄するつもりだ。
レイヴンズアークにバーテックス。もし今度はアライアンスにでも狙われるようなことになれば命が幾つあっても足らなくなるだろう。それだけジノーヴィーの端末には触れざるモノが入っている。
緩やかに高度が下がっていく。地平線の向こうから太陽が出てくるのが見えた。
補給基地に降りるとすぐにケインズが燃料補給の準備を始めた。それを横目にクリフたちは機外に出て凝った身体をほぐす。
一見すると放棄されて使え無さそうであるが、実はカモフラージュはされており、ケインズが言っていた様に無人で稼働できるようにされている。
「どれくらい掛かる?」
「暫く使っていなかった施設らしい。機能の復帰をさせて……30分程度だろう」
「その後、どうするかい?」
「そうだな──」
ケインズが答えようとした時、遠くからブースター音が聞こえてくるのに気が付いた。
ACだと察したクリフたちはハンガーの方へ駆け込む。ブースター音はこちらへ近づいてきている。
扉越しから外を覗くと機影が見えた。機体カラーは青。逆関節型。
「あれは……」とチトセが安堵したように声を漏らす。クリフも知っている機体であった。<ユーアンヴェール>という名のシェインのAC。
ACはそのままハンガーの前に着地。コクピットハッチが開く音と共にパイロットスーツに身を包んだシェインが出てくるのが見えたのでハンガーからクリフたちは出る。
「シェイン、何でここに俺たちがここにいるって分かった?」
「あなたたちの機体の燃料容量と飛行ルートは把握していたからここに立ち寄るのは想定内よ」
機体から降りたシェインはクリフからの問いに答える。
「これは一体どういうことなのですか、シェイン。クリフ・オーランドに発信機を仕込んでいましたね。我々の協力者と名乗る者が端末を横取りしようとしてきて対処しなければなりませんでした。あれはあなたの送った者なのですか? 私は全く聞いていないので──」
チトセがロチェスシティで起きた顛末を話そうと近づくと「そう」とシェインは頷いて腰に手を掛ける。
「待て!」とケインズが制止しようとするが、既にシェインの右手には銃が握られており、その銃口はクリフたちに向けられていた。
「──それでもこのタイミングで来られたのは運が良かったのかしら?」
銃声。そしてチトセが弾かれた様に吹き飛び、チトセの声にならない悲鳴が響く。
「何しやがるんだ?! お前!」
「ジノーヴィーの端末。こちらに渡しなさい」
その言葉は冗談とかそういう類ではない。シェインは銃をそのまま向けている。
「ジャック・Oからなのか?」
「いいえ、そして私はもうバーテックスではない」
「裏切りか。アライアンスに行くのか? それともまさかアークか?」
「そんな未来のない組織でも崩壊した組織でもない。──新たな秩序を作れる場所とだけ言っておきましょうか」
銃を構えたままシェインが一歩近づく。こちらが何か反撃しようとする動きを見せれば間違いなく撃ってくるだろう。こんな事は想定していなかったとはいえ、ケインズたちの武器を預かったままなのがまずかった。
同時にシェインがバーテックスを抜けるという事にショックを受けているのにクリフは気が付く。
「睨めっこは好きじゃない」とシェインは銃口を倒れているチトセに向けた。
「まず、彼女から死ぬことになる」
このまま何もしなければシェインは間違いなくチトセを撃つだろう。クリフは観念した。
「分かった……持っていけよ」
クリフはバッグからジノーヴィーの端末を取り出してシェインに渡す為に近づく。
「お前……何でこんな事を」
「生きる為にベストな選択をしただけ。──視線を常に動かし続ける。そして生き抜ける方を選ぶ。それが私の生き方」
端末を受け取るとシェインはそのまま銃をクリフたちに向けながら<ユーアンヴェール>に乗り込む。
「バーテックスを裏切ったんだぞ。追手は来る筈だ! 逃げられるのか?!」
ケインズが叫ぶ。彼もシェインの突然の行動には少なからずショックは受けている様であった。
『覚悟はしている』と外部スピーカーでシェインは答えると<ユーアンヴェール>を飛行機の方に向きを変えてそのまま足でコクピットを潰して、周辺の設備を右腕に持っていたレーザーライフルで破壊する。
『追手はもうすぐこちらに来るでしょう。生き残ってみせなさい。出来るものならね』
ブースターを全開にして<ユーアンヴェール>はそのまま去っていく。それをただ見送ることしか出来なかった。
既にケインズとKDがチトセを介抱している。チトセは左肩から流血しており、致命傷ではなさそうだが出血の量は多い。
「……シェイン……どうして……」
止血の処置を受けるチトセが涙を流している。それは痛みだけでは無いだろう。
クリフはもう一度シェインが去った方を見る。既にブースターの甲高い音は消えていた。