ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
もう半年近く経つ。特攻兵器が世界を破壊し尽くしても、人類が戦いを止める事は結局無かった。
抗争の構図が企業同士の争いからアライアンスと幾多の反アライアンス勢力となっただけで、やっている事は以前と殆ど変わらない。世界の有様が変わっても根底的なところは恐らく同じだ。それはヴィラスが生まれる前からずっとあった。
繰り返し続く戦いの連鎖。そんな中で自分はこの世に生を受け、そして今日まで生きて来たのだ。それがヴィラスにとって普遍的な事であり、この状況はある意味では違和感は無い。ただ、あれだけの一方的な破壊を目の当たりにしてもこの世界の本質的なところは変われなかったという事実に少なからずショックがあった事も否めなかった。
もしも、特攻兵器襲来後に人類が抱えている争いごとを一切止めて、一致団結しようなどという選択をしたら自分はどうなっていたのだろうか。市井に戻り、復興の為に汗水流して働いていたのだろうか、それともそんなものに馴染めず、ならず者の一人となっていたのか。
どちらもあり得るだろうなとヴィラスは想像する。戦う事が身近な世界で生きて来た自分にとっては平穏な世界というものは想像しようとするとなかなか難しいなと思う。その世界は争いの否定を選択しているが、どちらについても息苦しさが付きまとうだろうというのは容易に想像出来た。
愛機<ヴェスペロ>のコクピットからヴィラスは出ると、いつもと変わらないコンクリートの壁と天井が視界に入ってくる。機体のメンテナンスを終えたついでにシミュレーションプログラムもこなしておいた。
ほんの少し疲労感がまだ残っている気がする。昨日は久々に連続での出撃に加えて対AC戦もやっていたせいだろうが、これは少し休めばすぐに消えるだろう。
先の戦闘で負った機体の損傷は比較的軽微で済んだ。装甲板の交換のみで内装は無事。損傷したミサイルランチャーも発射機構の修理だけで済んで、買い直す必要が無くなった事にひとまず安心した。
ここ最近の戦闘の頻度は少しずつ緩やかになってきている。アライアンスの体制が整いつつあり、有象無象にあった武装勢力もある程度落ち着いた集まりになってきている所為でもあるだろう。暇すぎるのも考えものだが、心身ともに休ませる暇が出来るのは悪い事ではない。
特攻兵器襲来直後から暫くは目も回るような忙しさであった事を思い出す。多い時には1日に10回以上出撃させられる時もあった。
依頼主は主に三大企業。そして後にアライアンス。最初の1ヶ月は特攻兵器襲来による混乱によって部隊間の連携はおろか指揮系統もままならず、アライアンスになっても碌に出来ていなかった状態。大体は足並み揃っていなかった。そんな中、ただひたすら関連施設に群がっては物資を奪おうとする連中を追っ払う。そして逆にその合間で武装勢力の物資確保の手伝いもする。受けるのは報酬次第。撃破数は覚えていない。その中にはレイヴンも何人かいた。
レイヴンの数も今ではかなり減っている。1年近く前にヴィラスがレイヴンズアークに登録された時には150人程の登録数があった。そのすぐ後にナービス領での大規模な武力衝突が起き、レイヴンが30名近く追加登録されたのを覚えている。それが現在生存確認されているのは約70名。ただ、これはレイヴンズアークに登録されているレイヴンだけであり、独立傭兵や企業専属パイロット等を合わせればAC乗りはもう少しいる。それでも多くのレイヴンが散ってしまった事には変わりは無い。いつ自分がそちら側に行くか。それは己の選択次第だろうが、今はそこに行く気はさらさら無い。
グリーン・ホーンが率いる組織が中心となった反アライアンス連合部隊による大規模攻勢。レクタス平原での敗走を皮切りに次々と撤退していったが、諦めが悪いのか今日も散発的に攻撃が起きているらしく、アライアンスがその対応にあたっている。
あれほどの大勢の相手との戦闘は経験が無い。戦術部隊との共闘でなければ難しかったかもしれないと改めて思った。そして、グリーン・ホーンがあれだけの兵力を集められることに驚いた。アークのランキングが自分と近い位置にいたレイヴンという事だけは記憶している。ただ、処世術に関しては彼の方が上手であると断言出来た。そうでなければあの連合を組むことは不可能だろう。これは自分には真似が難しいとヴィラスは感じた。戦闘技術だけではない生き残り方も必要になるという良い見本かもしれない。
「なんでだろうな」
ヴィラスは独り呟く。ひとまず、この世界を握ったのはアライアンスと言えるだろう。アライアンスに与した方がメリットは大きい。そんな事をせずに組織を作って真っ向から挑む事を選んだ。そして似た様な選択をしたレイヴンは少なからずいる。
傍目からは無謀にも見える選択。なにが彼らをそうさせているのか。少し考えてみる。パッとは思い浮かばないが、先の戦闘の様子を見るには自分自身の力を示したいという純粋な思いは見て取れた。特攻兵器の襲来でトップクラスのレイヴンの多くが犠牲になり、消息が不明な者も多数いる。ある意味、この状況は彼らが抜けた席に座ることが出来るチャンスでもあり、逆にアライアンスについたレイヴンも似た様なことを考えている者がいるかもしれない。
では、自分はどうなのか? アライアンスの駒として使われるなんて自分にとってはあり得ない事であり、グリーン・ホーンの様に組織を結成して運用するに必要なコミュニケーション能力は人並みに備わっていないと自覚している。どちらも自分の性に合っていないというのが正しいが、レイヴンとして一応中立でいようと考えて、今はどちらの側にも立たないつもりだ。それが正しいかはヴィラス自身まだ分からない。
ヴィラスは<ヴェスペロ>を見上げた。物言わぬ愛機はガレージの照明に照らされて、その紺色の機体が艶めかしく輝いて見えた。
部屋に戻ると、机の上に置いてある端末から電子音が鳴った。ブリーフィングシステムの新着通知だ。ヴィラスは冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して、一口飲んでから机に向かう。
ブリーフィングシステムを起動。依頼主はまたアライアンス。件名は「新型MT奪還」。報酬は83,000コーム。
内容は先の作戦の後も動いていた一部の組織がアライアンスの前線基地を強襲。同基地に配備されたばかりの新型MT<CR-MT91L2>を複数強奪して逃走したという事だ。アライアンスとしては機体の奪還を希望しているが、状況によって奪還が無理であれば撃破をしても構わないという文言もある。連中の戦力にされるよりも破壊した方がマシだという事か。
<CR-MT91L2>の画像と図面も添付されている。知らない機体ではなかった。型番からしてナービス領の紛争時にクレスト社が試験的に配備していた<CR-MT91L>の改良型だ。だが、シルエットは大きく違う。
原型機であった<CR-MT91L>は肩部に強力なレーザーキャノンが備わっていたが、外付けのエネルギーポッドに接続していなければ使用することが出来なかった。この機体はそのエネルギーポッドを小型化したものを背部に取り付けて、腕部のマニピュレータの代わりに腕自体をプラズマキャノンに置き換えた砲撃型と化している。その部分だけを見る限りだと、汎用性より特化性に舵を切った設計という印象を受けた。それ以外にも原型機から改良された部分が確認出来る。
依頼を受諾次第、すぐに出撃をして欲しいという。この辺りで行う作戦は戦術部隊がやるという事だった筈だが、どうやら手が足らないらしい。報酬は良い方だ。ヴィラスは受諾するという返信をすると、すぐに部屋から出た。
* * *
レクタス平原L04区。
<ヴェスペロ>を吊り下げた<クランウェル>が低空で飛んでいる。
アライアンスからの事前情報で敵部隊はここから北西の方角へ移動しているとの事だった。その方角の先は幾つかの武装勢力の拠点があることが確認されている。恐らく、強奪した機体をそこへ持ち帰るつもりだろう。
『敵部隊の反応を捉えたわ。距離7キロメートル。反応数……10、11、12――』
「強奪された機体か?」
『ここからでは識別は不明。強奪された機体は5機だからあの中にいるはずよ。――反応が更に増加。結構数がいる模様』
「そんなにいたのか? 事前情報は強襲してきたのはMT7機にヘリは5機程だったと聞いているが」
『多分、別動隊がいて、それと合流してこの数になった……ってところかしら。戦力については引き続き、確認次第知らせるわ』
状況を分析したルシーナの言葉に「そうか」とヴィラスは相槌を打つ。相手がMTと戦闘用ヘリコプターとはいえ、数で囲まれるとACでも危ない。素早く数を減らすようにしなければならないと考えた。
『作戦ポイントに到達した。投下をするぞ』
続けざまに<クランウェル>のパイロットから通信。「了解」と応答するとすぐに懸架フックの固定が外れ、機体が浮く。100メートルも無い高度からだとすぐに地面だ。タイミングよくフットペダルを踏み、機体を着地させた。今回は脚部を中量二脚型の <CR-LH80S2>に腕部を<CR-A92XS>に換えている。これが<ヴェスペロ>のスタンダードの構成で、ヴィラスがよく使うフレーム構成であった。
着地後すぐに行った機体の簡易チェックは問題ない。各系統異常無し。
《メインシステム 戦闘モード 起動します》
システムが戦闘モードに切り替わる。火器管制系のロック及びコア機能の制限が全解除。ミッション開始。
『敵機の総数が判明。MT15機、戦闘用ヘリコプター18機。強奪されたMTは輸送車にそれぞれ載せられている模様』
「分かった。作戦行動を開始する」
ヴィラスはオーバードブーストを起動。一気に加速を掛けて敵部隊に強襲を仕掛けることにした。
レーダーディスプレイに複数の輝点が示され、モニターにもMTと思しき影が小さく映る。機種はMTの方が<CR-MT77M>と<CR-MT85>。ヘリコプターは<CR-AH79>と判明。
オーバードブーストを切って、機体を滑らせる。敵機もこちらに気付いて振り向いてきたが、既に射程内。右背部の<WB01M-MYMPHE>は既に展開済み。前方にいた<CR-MT77M>4機にロックオンサイトに捉えて発射。ミサイルは真っ直ぐに4機のMTに命中。その内2機は上半身を吹き飛ばされて大破。残りの2機も転倒して動けなくなる。そこへ右腕に持たせたレーザーライフル<WR05L-SHADE>でしっかりととどめを刺す。
前方から更に2機の<CR-MT77M>と<CR-AH79>が5機接近。一斉にミサイルを放ってきた。
既にオーバードブーストで消費したジェネレーターのエネルギーは回復している。ヴィラスはフットペダルを踏み込んでブースト機動を開始。ミサイルはAC用のものと比べると誘導性はあまり高くなく、容易に回避できた。そのまま機体を跳び上がらせてレーザーライフルを発射。直撃を受けたヘリコプターはあっさりと火を噴いて墜落。MTも同様に沈む。
着地すると同時に側面からパルスレーザー。流石にそれは回避しきれずに被弾。バチバチと音を立てて防御スクリーンにレーザーが衝突するも、損傷は軽微。レーダーは自機右方向に反応。<CR-MT85M>が1機迫って来る。<ヴェスペロ>はMTの方へ向きを変えてレーザーライフルを斉射。MT胴体部分に幾つもの風穴が空き、機体は機能停止。
その時、ロックオン警告。今度は後方からもう1機の<CR-MT85M>がマシンガンを放ちながら接近してきた。機体を旋回させて敵機と相対。MTの左肩には海鳥を模したエンブレムが付けられているのが見える。
マシンガンの発射を止めたMTは更に加速。ヴィラスはトリガーを引こうとするが、警告音。エネルギー残量がレッドゾーンに近い。MTは左腕に備えたレーザーブレードを発振。<ヴェスペロ>に向かって振るってきた。だが、ブレードのレンジは短い。バックステップで光刃を躱すと、今度は<ヴェスペロ>が左腕のレーザーブレードを発振。先端から青い光刃が伸び、それがMTの胴体を捉えて両断した。
レーザーブレードは昨日の戦闘でジェランの<エクリッシ>から奪取した<CR-WL06LB4>という新型。威力とレンジ共に高パフォーマンスであって中々良いなとヴィラスは感じた。
スクラップと化したMTの残骸を飛び越えて加速。ヘリコプター3機が急接近。いずれの機体も民間用のヘリコプターに装甲車の機銃やミサイルランチャーを無理矢理取り付けた改造機だった。それもレーザーライフルで近い位置にいた2機を一気に撃破。最後に残ったヘリコプターにもブースタージャンプで接近して一撃を加えようとしたがブースターの勢いが余って肩部から衝突。防御スクリーンが弾ける音と共にヘリはローターが吹き飛び、そのまま墜落。こちらはほぼ無傷。
『目標の輸送車を確認。輸送車の足を止めるか、撃破をお願い』
モニターには<CR-MT91L2>を載せたMT用輸送車が5機映されている。周りにはMTと戦闘ヘリコプター。逃げるつもりだろう、輸送車は<ヴェスペロ>に気付き、速度を上げた。まずは輸送車を優先に狙う。近い位置にいる方からだ。
『同志が……くそっ……ACがこっちに来るぞ』
『このままだと全員やられる! キャリアを上げろ! 迎撃させてくれ!』
『……やむを得ん、キャリアを動かせ。MTを起動させろ』
混線した無線が拾われ、敵部隊の誰かの声がヘルメットに入って来る。自分たちの死期を抗う様な焦りと怒りが混じった声だ。
『輸送車のキャリアが起立を始めた……強奪した機体を動かすつもりよ。ヴィラス、急いで撃破を』
「了解」
輸送車のキャリアが動いているのが頭部カメラの望遠で確認出来た。どうやら不測の事態に備えてパイロットがそのまま搭乗していたらしい。起動させれば流石にこちらが不利になる。ヴィラスはこの状況での奪還は難しいと判断して輸送車の撃破を優先に任務を進める事に決めた。
起動までの時間を稼ぐつもりなのだろう。<ヴェスペロ>の近くにいたMTとヘリコプターが一斉に<ヴェスペロ>を囲むような動きを見せる。
MTとヘリコプターからそれぞれマシンガンとミサイルが放たれる。ヴィラスはインサイドトリガーを引き、肩部からミサイルデコイを射出。フットペダルを踏み込んでブースターを全開にして一気に接近。ミサイルを逸らしながらの機動で被弾を最小限に抑えて、レーザーライフルを発射。前方にいたヘリコプターを3機撃墜。レーザーを受けて動きを止めた2機の<CR-MT77RO>も左背部のロケットで撃破した。
ミサイルランチャーに切り替えると、2機の輸送車にロックオン。エクステンションもオンにして連動ミサイルランチャーと共に発射。輸送車目掛けて5発ずつ放たれたミサイルによって輸送車は搭載していたMTごと爆散する。
『やられた……レイヴンめ!』
『輸送車を護れ! やらせるな!』
また声が入ってきた。先程よりも焦燥の色が濃くなっている。当然と言えば当然かとヴィラスは相手の心情を察した。
「あと3機」
レーザーブレードで斬り掛かろうとしてきたMTを<ヴェスペロ>は跳躍で回避。その先にいた輸送車へレーザーライフルを発射。右後部車輪を撃ち抜かれた車両はバランスを崩し、横転してひっくり返る。搭載MTは固定されたまま下敷きとなる。これで動く事は出来なくなった。残り2機。
ミサイルでヘリコプターを4機撃破して前進。1機のMTがホバーで後退して輸送車の盾になりながらマシンガンとパルスガンで迎撃してくる。それをブースト機動で躱してレーザーライフルを放つ。流石に向こうにも意地があるのだろう。被弾してバランス崩してもそれに構わず撃ってきた。だからといって畏縮はしない。転倒したところをロケットで確実に仕留めて撃破。
まだ周囲には敵機がいるが、それに構わずブースターを全開にして輸送車の射程内に接近。敵機からの攻撃をいなしながらミサイルの発射体制を整える。2機の輸送車のハンガーは直立状態になりつつある。
間に合うかとヴィラスは少し焦りながらもロックオンを完了させてミサイルを発射。これで仕留められると思った時、<CR-MT85>が2機、ミサイルの射線に割り込んできた。
「庇ったのか……」
輸送車に向かうはずのミサイルがMTに突き刺さる。直撃を受けた両機体は吹き飛び、爆散。
『……これ以上は……!』
『あの機体は……護る』
機体が爆発する寸前、MTパイロットの最期の声がヘルメットに入ってきた。せっかく奪取した機体を何もさせずに破壊されるわけにはいかなかったのだろう。彼らの意地がその言葉に込められていた。
『新型MTの起動を確認。……気を付けて』
彼らの決死の行動が功を奏した。輸送車のキャリアが直立。同時にキャリアの固定が外れて2機の<CR-MT91L2>が<ヴェスペロ>と相対する。起動させてしまったか、とヴィラスは小さく舌打ちをした。
MTの腕部の先が赤く光る。同時にロックオン警告。ヴィラスはコントロールスティックを横に倒しながらフットペダルを踏み込んだ。右へ機体をスライドさせると、モニターの左側が赤く照らされる。機体の横をプラズマが掠めていった。
まだ警告は解除されていない。更にもう一発放たれた。今度はコントロールスティックを反対方向へ倒し、機体を切り返す。次の瞬間、モニターの右側が赤く照らされ、プラズマが<ヴェスペロ>の右肩を掠めていった。
<CR-MT91L2>は小さくジャンプしながら後退していく。そこへ入れ替わるように<CR-MT85M>が前に出てきてパルスレーザーを放ってきた。どうやらプラズマは連続では撃てないらしい。<CR-MT91L2>は他に武器を持っていないのはブリーフィングで確認済みだ。次弾発射までは僚機のフォローが必要になるようだ。
再びパルスレーザーが飛んでくる。この機体に時間を掛けていれば射程外から一方的に狙われると予測できた。
パルスレーザーを躱すと、ヴィラスはオーバードブーストを起動させる。<ヴェスペロ>は正面で対峙していた<CR-MT85M>の脇を高速ですり抜けて一直線に2機の<CR-MT91L2>へ向かっていく。後ろから射撃を受けるが、今の損傷度であれば許容範囲内だ。一気に本命にぶつける。
2機の<CR-MT91L2>はこちらの強襲に戸惑ったのだろう、フラフラと機体を揺らして回避をしようと試みる。同時にMTのパイロットはその機体にまだ慣れていないと判った。コクピットが企業毎の共通規格で作られていても機種によってレイアウトやパネルの役割に差異はどうしても出てくるし、操縦感覚も全く違って来る。
それに初めて搭乗する機体にはどうしても戸惑いはあるはずだ。機体そのものが良くてもパイロットはその性能をまだ引き出しきれていない。そこに大きな隙は出来る。
ヴィラスはその内の1機にロックオン。ミサイルを放つ。6発のミサイルが碌に回避行動を取れていないMTに全弾命中。直撃を受けた機体は部品と装甲片をまき散らしながら地面を転がっていった。撃破を確認。
「あと1機」
オーバードブーストを切る。もう1機のMTとはジャンプひと跳びで触れられる距離だ。MTは慌てて後退を始める。妙におぼつかないのは慣れない機体のせいだけではないのだろう。
『うあっ……』
パイロットの怯えた声がヘルメットに入って来ると同時にプラズマが放たれるが、それはもうわかっている。パイロットの心理状態は機体の動きに結構表れてくるものだ。まともにロックオンされておらず、明後日の方向へプラズマは飛んでいった。回避するまでも無い。
フットペダルを踏み込み、MTに肉薄するとレーザーブレードを発振。青い光刃がMTの胴体を捉えた。この機体はそれ程丈夫ではないようだ。いとも簡単に光刃が胴体を両断していく。
「全機撃破……か」
あのMTパイロットの身を挺した行動も無駄になったなとヴィラスは破壊した新型MTを見つめる。だが、これも任務だ。彼らにも意地があろうともそれを覆して叩き潰す。それがレイヴンとしての戦い方。
ロックオン警告。後方からだ。先程のMTに、残りの敵機もこちらに向かって来る。
「逃げないのか。それがお前たちの選択か」
ヴィラスは一息吐くと、機体を振り向かせて前進させる。まずはヘリコプターからだ。ミサイルをロックして発射。ミサイルは突出してきた1機のヘリコプターへ向かっていき、命中。
直後に軽い衝撃。MTのマシンガンによる被弾。大半は防御スクリーンによって対処されて損傷は軽微。モニターにはマシンガンを構えた<CR-MT85M>が接近してくるのが見えた。
レーザーライフルに切り替えるが、モニターに使用限界が近づいてきている事を示すメッセージが表示されている。あと5、6発が限界だろう。狙いを定めてトリガーを引く。
だが、MTも急加速を掛けてこれを回避。そこから放たれたマシンガンの弾幕が<ヴェスペロ>を捉える。
『――レイヴン! よくも……』
怨嗟で塗りつぶされた若い男の声がヴィラスの耳を打つ。
『金でしか敵味方を区別出来ず、故あれば寝返ることも躊躇わない――』
弾切れになったのだろう、右手に持っていたマシンガンを投げつけてきたがそれは躱す。後方で乾いた音がした。
『信念も持とうともしない貴様らなどに――』
パルスレーザーを放ってきたが、それも直ぐに切れる。
『俺たちの理想をコケにする資格はないんだ!』
憎悪に満ちた声を張り上げて、更に加速を掛けてきたMTは左腕を突き出してレーザーブレードを振るってきた。それを後方へのブースト機動で回避。MTパイロットの張り上げた言葉にヴィラスは思わず顔をしかめた。
もはや捨て身と言っていいだろう。MTはホバーの出力を全開にして回避など考えていない動きで<ヴェスペロ>に食い下がってくる。二撃目を入れてこようと踏み込んできた瞬間、<ヴェスペロ>は前に踏み込んでカウンター気味に左腕を振るった。ほぼ密着状態から発振されたレーザーブレードはコクピット付近の装甲を容易く貫き、そのまま胴体を裂いていった。MTのパイロットは断末魔を上げる間もなくレーザーによってその体は一瞬で焼失。切断面から火を噴いたMTの上半身が爆発を起こして崩れ落ちた。
「残りは――」
レーダーに残る反応は3つ。距離は300。それは近づいてきていた。フットペダルを踏み込んでブースタージャンプ。敵機との距離を詰めるとロックオンサイトに1機の<CR-MT85B>を捉える。レーザーライフルを撃ちこんで反撃する暇も与えずに沈黙させると、残りのヘリコプターに向けてミサイルを発射して全機撃破。レーザーライフルの使用限界により発射不可の警告がモニターに表示されていた。
『レーダーから敵性反応のクリアを確認。作戦は成功ね。迎えの<クランウェル>が10分後に到着予定。ここで待機して。――お疲れ様。ヴィラス』
ルシーナから通信。任務はひと段落と言ったところだろう。シート脇の物入れからウォーターパックを取り出して一口吸った。冷たい水の感触が全身を覆っていた緊張が少しずつほぐしていく。
「キャリアが上がった時点で奪還は難しいと判断したけど、これで良かったかな」
機体の向きを変えると、モニターにはMTごとひっくり返った輸送車の姿。1機だけは辛うじて残った形になった。輸送車の側には乗組員とパイロットと思しき姿。脱出している間に起きた状況をどう受け取れば良いのか分からずに皆が茫然と座り込んで仲間の亡骸を見つめていた。
『損傷はしているけど、原形は一応残してはある。アライアンスには知らせておいたから、じきに回収部隊が来るはずよ。後は彼らに任せましょう』
「そうだな。そうしよう」
残った水を飲み干してヴィラスはそう答えた。
モニターには敵機の残骸が幾つも映されていた。MTもヘリコプターも平等に破壊した跡。残骸の中に海鳥のエンブレムが黒く煤けて残っている。彼らのシンボルだ。大方、反アライアンスを掲げた武装組織のひとつだろうとヴィラスは予想した。
信念。理想。
口の中で小さく声に出した。自分に斬り掛かってきたMTパイロットの言葉が頭の中で繰り返される。
怒りに任せて張り上げて来たあの言葉はヴィラスにとっては虚しいものでしかない。軽い響きだ。パイロットは恐らく若い。自分と同じくらいだろう。
どんなものかは知らないが、彼の言う信念も理想も自身の意思で持ったものなのか。そうでなければ不幸なことであるとヴィラスは思った。他者から施された思想に染まってしまう程愚かなことは無いというのがヴィラスの考えであった。自分の意思を他人に制御されて動かされているようなものだ。それが過ちであったと気が付いた時には四方を塞がれて動けなくなり、持っていたもの全てが虚像と化して何も役立たなくなる。
かつての自分を思い出す。与えられた言葉と思想が自身の未来に繋がるものと思い込み、ただ動くだけの駒になりかけていた事を。そしてそれを与えていた者がよく使うのがこの言葉であった。
信念。理想。
ヴィラスが最も嫌いな言葉だ。その言葉は使う者によっては人を惑わせ、道を外す。少なくともヴィラスが知っている者は皆そうした使い方をしていた。
《作戦目標をクリア システム通常モードに移行します》
頭部コンピュータがシステムの切り替えを告げた。ミッション終了。音響センサーが遠くから聞こえるローター音を拾ってきた。迎えの<クランウェル>がもうすぐ到着する。
あの若いパイロットは最期の瞬間まで自分の持っていたものを信じ切れたのだろうか。彼らが持っていた信念と理想を踏みにじったレイヴンへその事を捨てずに最期まで抗ったと思えたのか。もはや何も語らない残骸が炎と黒煙を空に昇らせるだけだった。
* * *
ガレージに帰還。機体を整備ブースへ下ろすとヴィラスはコクピットから出た。
キャットウォークに足を掛けて機体を見直すと、自分の想像よりも損傷が少ない事に気が付いた。多数のMTとヘリコプター相手に立ち回っていたのに対して防御スクリーンがしっかりと働いてくれたのだろう。
「昨日よりは綺麗に帰ってきてくれたな。毎回そうしてくれれば、俺らも大助かりなんだが」
後ろから聞こえてきた声にヴィラスは振り返った。そこには帽子を被った髭面の男が大きなスパナを持って立っていた。
「今日はそれ程忙しくは無くなるはずだ。アントニー」
男の名はアントニー・ベスティ。このガレージの整備士のひとりで、<ヴェスペロ>を含む幾つかのACの整備を受け持つ整備班長であった。
「残念だがそうじゃない。グリーン・ホーンって野郎の組織のおかげでこのガレージにいるACが殆ど出撃しちまっている。面倒を見ているACはお前のだけじゃない。昨日から全ての整備班がフル回転だ」
「そうだったな」
「派手に壊して帰って来てくれれば俺たちは大儲けだが、限度ってもんがあるからな。ようやく過労死に怯える日から解放されそうだって時にこれだ。連中は俺たちの都合なんてお構いなしだから参るよ」
「都合を考えてくれたらこんな事はしない。しかし、過労死は笑えないな……手間を掛けさせてすまないと思っている」
「クラッシャー、整備士たちの天敵、戦場のダミー人形」
「何だ、それは?」
「お前さんのあだ名だよ。それだけ壊し過ぎているってことだ」
「なるべく機体を壊さないように努力はしているよ。けど、向こうはそうはいかない」
戦場に立つ者のお互いの気持ちである。何の苦労もせずに勝てればベストだが、そう簡単にはいくものでは無い。最終的には生きる為にどんな状態であろうとも勝てばいいとなっていく。
「しかし、今日は俺の負けの様だ。お前が機体の片腕のどちらかを吹っ飛ばして戻ってくるに賭けたんだが……260ドル損した」
「……悪趣味だな」とヴィラスは呆れ顔で肩をすくめた。
「アークの整備班の間じゃ、この賭けは結構昔からやっているぞ。機体をどんな状態にして帰ってくるのかってね。アリーナは止まっているし、少しでも娯楽はないとやってられないよ」
「VRアリーナの賭博もあるだろ」
「アリーナに見慣れていると、VRの方はちょっと味気が無いんだよ。何度も見ているとランカーACの動きにパターンがあるのが段々と判ってきて展開が読み易い。やはり本物のレイヴン同士の試合の方が面白いよ」
そう言ってアントニーは笑うとスパナで肩を叩きながら<ヴェスペロ>を見上げる。
「両肩の装甲の一部が溶けかけているな。――プラズマか?」
「クレストの新型だよ。正確には<CR-MT91L>の改良機だ。機動性はそれほどでもないが、プラズマを放ちながら動いていた」
「なるほど、例の外部供給が無ければキャノンを撃てない問題は解決したか。大方ミラージュ辺りからの技術提供があったんだろうよ。この手の機体は今後増えるかもな。アライアンスになった利点はそこにある。互いの技術を持ち寄って新型開発も進むぞ、今後は」
それはヴィラスも分かっていた。実際にそんな改修をされたと思しきアライアンス所属の機体は戦場で何度か見掛けている。
「チーフ。今度はこっちの機体っすね」
キャットウォークの下から女性の声。そこには上をはだけた作業ツナギに黒のタンクトップを着た赤髪ショートカットの若い女性。整備士の草薙エリカだ。彼女を中心にアントニーの班が集まってきている。
「そうだ。お前たち、ランチは終わったよな? 仕事の時間だ、すぐに掛かろう」
アントニーがそう呼び掛けると「じゃあ、預かるからな」といってヴィラスの肩を叩いた。
「任せるよ。手伝える事があれば呼んでくれ」
キャットウォークから降りると「今日は儲けさせてもらったよ」とエリカがヴィラスの背中を叩きながらニヤニヤと笑っている。その手には何枚もの紙幣をひらひらとさせていた。その後ろでアントニーを含めた整備士たちが渋い表情を浮かべているのが見えた。今日はエリカが総取りしたらしい。
「お帰りなさい。ヴィラス」
ガレージの入り口にはルシーナがタブレット端末を持って既に待っていた。
「今回の収支報告よ。新型機の撃破報酬でとして35,000コームを追加してもらったわ」
タブレットの画面をのぞき込んでヴィラスは「良い値段だ」と頷く。成功報酬と含めれば弾薬費とこれから算出される修理費を含めてもプラスになる。結果としても十分に満足できるものだ。
「金も大分溜まってきた。予備を含めたパーツ購入の手続きを後で頼むと思う。そしたら知らせるよ」
「了解。じゃあ、次の出撃までしっかりと休んで」
床に置いておいたバスケットをヴィラスに渡す。中はベーコンのサンドイッチと紅茶が入ったポッド。
「レタス位は入れたかったけど、実は冷凍野菜のストックがそろそろ限界なの。調達ルートを探っているから少しだけ待って」
「ああ、それは大丈夫だ。我慢できるさ。ありがとう」
いい具合に焼けたベーコンの匂いが空腹感を煽った。早く食べたい。
部屋に戻り、ベッドに腰かけようとした時、端末から電子音。今度はメールだ。ブリーフィングシステムを介さないで直接メールで依頼をしてくるクライアントもいるので一応見ておかなければならない。
メールソフトを起動して確認。送信者はアライアンスであった。
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From:アライアンス本部
To:ヴィラス
Subject:ご協力に感謝します
任務の完遂、お見事でした。
どんな勢力であれ、新型機をみすみす渡すようなことがあれば、敵に付け入る隙を与え、それが将来の脅威になりかねません。
それを未然に防げたのはレイヴンの実力のお蔭と言っても良いでしょう。
今回起きた一連の反抗活動に関してはほぼ私たちの勝利となりました。
所詮、弱小勢力が集まっただけでしかない彼らの力など私たちの前では微々たるものなのです。
グリーン・ホーンを含む不逞の輩どもは近いうちに滅ぶ運命にあるでしょう。
残る勢力もいずれ同様に駆逐するだけです。
世界の安定を取り戻すのにあと少しのところまで来ています。
今後はレイヴンとしてではなく、新しい時代を築く同志としての付き合いを考えてみてはどうでしょうか。
私たちアライアンスはいつでもあなたを受け入れる準備をしてお待ちしております。
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いかにもアライアンスらしい内容だ。それ程長くは無い本文のそこかしこに尊大な態度が滲み出ている。しかも何気に勧誘もしている。読んで損した気分だ。ヴィラスは端末を閉じた。
ベッドに腰かける。ヴィラスにとって生きて帰ってこられたという感触が一番大きく出る瞬間であった。ミッションの難度は関係ない。生還出来た者が偉い。それが今を生きているレイヴンの共通認識みたいなものだった。
今日みたいな新型機を相手にする依頼も今後は増えるに違いない。今回は操縦に慣れていないパイロット相手で上手くいったが、訓練された正規兵が乗った機体と相対したらもう少し手を焼くだろう。
そういう意味では厄介になるのはやはりアライアンスか。兵器も強化されていけば生半可な連合程度ではもはや揺るがない。武装勢力側は恐らく押されていくと想像できる。
「どうくるのかな」
今回グリーン・ホーンが起こした大攻勢は失敗に終わり、彼らの戦力は大きく落ちたが、黙ってやられる程ヤワではない。対策を取ってくる筈だ。今回みたいに機体の奪取。性能調査に製造工場の破壊などはやってきそうだ。そしてそれをレイヴンへ依頼してくるのは予想できる。
なりふり構わずやってくる方が厄介な時もある。それを考えると、アライアンスが一方的になるとは一概に言えない。
レイヴンの持つしぶとさと流れを読む力は侮れないところもある。彼らの選択がアライアンスでなければメールに記していた世界の安定はアライアンスの想像よりも少し先になるのかもしれない。更に難しい選択が迫られるだろう。
ヴィラスはバスケットを開けてサンドイッチを一口齧る。良い具合に焼き上がったベーコンと胡椒が舌を刺激してうまい。この時だけは世界よりも今の休息を選択した。