ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第57話「Determination」

 この状況は一言でいえば絶望。

 無人の補給基地。その周りは何もない広大な荒野。ここから近い街でも300キロ以上はある。

 

 「車どころかバイクも無かったよ。これじゃ下手に動けないね……」

 

 ハンガーに戻って来たKDは小さく頭を振って溜息交じりに言い放つ。移動手段もなく、加えて怪我人が1名。

 

 「それを見越してここに寄る様に仕向けたんだろう。機体の用意とルートの提示をしたのはシェインだ。まんまとやられたな」

 

 チトセの左肩に包帯代わりの布を巻きながらケインズはそう言い放つ。

 この状況から抜け出せる方法が何か思いつかなければとクリフは今の状況を頭の中で整理させながら言葉を出す。

 

 「バーテックスがシェインを追ってここに来るって事だよな。連中は俺たちがシェインに動かされているってのはもう知っている……か」

 「……でしょうね。シェインの言葉通りであれば、私たちもシェインとグルって事にされている可能性はある」

 

 痛みを堪えた苦い表情を浮かべてチトセはクリフにそう答えた。チトセが撃たれたのは肩であり、幸いなことに意識はしっかりとしている。ただ、ここで出来るのは応急処置だけなので、早いところ病院なりに連れて行かなければならない。

 

 「事情を話して何とか穏便に出来ないものかねぇ」

 「それが出来ればいいのだが……」

 「脱走兵に関してはどんな事情であれ、始末するというのがバーテックスの基本方針よ。今回も例外では無いでしょう」

 「勘弁してくれよ」

 

 クリフは頭を抱えて呻くと床で大の字になる。

 端末を奪われた上にバーテックスの粛清に巻き込まれるという最悪のシナリオ。

 あの端末は何としても取り返したい。その為にどんな形であれ、まずはバーテックスという障害を取り除かなければならないが、どうやってやるか。それを考える事にする。

 生き残るという事を最優先にして今出来る事は何か。どんな手を使ってでもそれを為さなければ意味が無い。

 意地というモノだ。ここで朽ちるなんて絶対にしない。生き残って、そして今度はシェインにやり返してやろうという気持ち。何度も死線を潜り抜けた経験はクリフに踏ん張らせるという考えを強く根付かせていた。

 少しの間考えた末、クリフは起き上がると自分の端末を起動させる。

 

 「ひとつ、何とかなるかもしれない方法が思い付いたが、聞いてくれるか?」

 

 それに対してKDたちはクリフの方に視線を寄せた。

 

 「──ただ……」と一呼吸おいてクリフはチトセとケインズを見やる。「これは間違いなく完全にバーテックスを敵に回すだろう」

 

 「俺は雇われだ」とケインズはあっさりと言い放って話を聞く姿勢になっていた。一方でチトセはまだ迷っている様で顔を俯かせる。それに対してクリフは無理に意見を求めようとはしなかった。相当デリケートな問題だとは察している。

 

 「……聞こう」

 

 チトセはそう言って決心したように顔を上げた。これで話すことが出来るとクリフは考えて口を開いた。

 

 「まあ、単純な話だ。これからレイヴンを雇って追手をぶっ潰してもらい、そして逃げる。その後レイヴンには街まで送ってもらうとしよう。どうせ輸送機か何かで運んでもらって来るんだ。便乗する」

 

 その言葉にクリフ以外の3人は呆気にとられたような表情。それは想定していた反応だ。

 

 「依頼文はたった今作成した。あとは送信するだけだ」

 「結構大胆にいくね。支払いは大丈夫なのかい?」

 「ああ」とクリフはKDの問いに頷く。「16,000コーム、前払い。ドロップアウト資金として貯めていたヤツだ。ここは全部出す」

 「すぐ来られるのか……それが気掛りね」

 「緊急の依頼という事で出すつもりだが、暇なレイヴンがここら辺をうろついているのを祈るしかない」

 「16,000コームを出して命のギャンブルか。クレイジーだな」

 「4人の命にしては安い金額だ。せめてあと10,000コームくらいあれば良かったが……これが全てなんでね」

 

 3人の顔を順繰りに見据えながらクリフは頭を下げる。自分の提示したプランは正直言って出す金額に見合わないリスクが大きいのは承知。もし3人の中でひとりでも拒否すればこのプランは止めるつもりでいる。

 

 「僕はいいと思うけどね。もうここまで来たら腹は括っておかなきゃ」

 

 KDがクリフを向いてサムズアップ。ケインズは少し躊躇いながらも小さく頷く。

 チトセの方はまだ首を捻らせてまだ迷っている様であった。無理もないとクリフは思う。元々所属でもない自分とKD、雇われの身であるケインズとはこの決断をする意味は全く違う。帰る場所を完全に失うという事だ。

 

 「──シェインが何故このような行動を取ったのか。私は知る必要がある」

 「このプランに賛成って事で良いかい?」

 「やって来るレイヴンに賭けるしかないが、もし失敗したら化けてでもお前を呪ってやろう」

 

 吹っ切れたという感じの表情を浮かべたチトセ。全員、覚悟をしたという事だ。

 

 「それ位、覚悟は出来ているさ。それじゃ、やるとしますか」

 

 クリフは依頼の送信ボタンを押下した。この決断が正しいと祈りながら。

 

 

 1時間程してハンガーから双眼鏡で外を監視していたケインズが「来たな」と呟く。

 

 「<クランウェル>が2機。MTが3機ずつ……いやその内1機は形が違うな。緑色の塗装……ACか」

 

 ケインズから双眼鏡を受け取って覗き込んだクリフはこちらに向かって来る機影を確認する。バーテックスの追手だというのはすぐに分かった。

 

 「まあ、シェインもいるっていう前提で動いているんだろうけど、俺たちを始末するには中々大袈裟な面子だな。MTはいずれも85式(CR-MT85)でACは中量二脚型。右手にショットガンを握った見慣れない機体。──知ってるか?」

 

 今度はチトセに双眼鏡が渡る。

 

 「バーテックスのエンブレムだ。ということはレイヴンのACではなく、バーテックスで組んだ機体だろう」

 「レイヴンじゃない可能性は高いか……それでもACであるのには変わりはねぇ……」

 

 クリフはそう力なく呟いて頭を振る。もう一度双眼鏡を借りて周辺を探るが、他には機影はいない様であった。

 依頼を送信してから5分くらいに依頼の受託と報酬の支払いが完了したという通知は来たが、レイヴンが現れる気配はまだ無い。

 

 (前払いはやめておくべきだったか……)

 

 報酬だけ持ち逃げされるという最悪のパターンが頭に過ぎる。誰が受け取ったのかとシステムで見てみるが、そこには「unregistered(未登録)」の文字。つまり、誰であるかも分からない。ACに乗れるだけの素人が来る可能性だってあり得る。

 <クランウェル>からACとMTが投下されるのが見えた。ズシンという地響きの音にクリフたちの顔が一斉に強張る。

 

 「KD、チトセさん。ハンガーの奥に避難していてくれ。──ケインズ、銃は返す。2人を守ってやってくれないか」

 「……お前は何をするつもりだ」

 「──俺は連中の出方を見る。もしかしたら穏便にいくかもしれないし、最悪、俺一人で犠牲は済む。もしそうなったら脱出とか全部お前さん任せになってしまうが勘弁してくれ」

 

 クリフは3人に手を振って奥に行くように促すが、ケインズはそのまま動かない。

 

 「何しているんだ? お前も──」

 「そんな小さい拳銃一丁ではどうにもならない。まあ、俺もこの拳銃しかないがな。……せめてライフルさえあれば良かったが」

 

 拳銃の安全装置を解除したケインズ。ライフルも持っていたが、それは飛行機ごと潰されてしまった。

 

 「俺に付き合うメリットはゼロだ」

 「──お前こそ、こんな事に命を投げるメリットがあるのか? 16,000コームをつぎ込んでのギャンブル。今のお前はかなり危うく見える。出方を見るのならば、逃げる見切りもしっかりと付けろ」

 「……」

 

 クリフは何も言わずに扉の外を覗く。かつてフライボーイへ自分が言い放った言葉とフライボーイの言葉が頭の中で蘇る。

 半ばやけくそ気味になっていたことに気が付いた。常に生き残る事を考えて動いていたつもりだが、先程までの自分の動きと言動はどう考えても命を投げ捨てている。

 死に掛けた経験が自分の命を安く見積もらせていたらしい。フライボーイの言っていた死生観がおかしくなったというのはこういう事かと思い知る。

 

 「……戻ってこられたよ。済まない、ケインズ」

 

 今度はケインズに助けられたのだ。手に持っていた拳銃の重みが今になって表れてきた。

 ──爆発音。

 外を覗くと、ACとMTが発砲。周辺を破壊し始めた。警告は無い。

「やっぱりか……」ケインズは身体を屈めてクリフにも身を低くするように促す。「すぐにこっちにも撃ってくるぞ」

 奥へ逃げる様にケインズが手招きしながら奥にある整備台を指差す。その下にスペースがあるのが見えた。そこに逃げ込む。

 頭上で轟音。天井板が破壊され、クリフとケインズの間に落ちる。

 

 「……走れるな?」

 「ああ……」

 

 後ろから響く巨大な足音。やけくそでも今度は生きる為に足掻かなければならないと本能が叫んでいる。

 その時、頭上で再び轟音。

 今度はブースター音。上を見上げると一瞬、ACらしき機影が横切ったのが見えた。

 

 「今のは……?」

 

 クリフがそう呟いた次の瞬間、外から複数の銃撃音。そしてAC用ブースターの甲高い音が混じって聞こえてきた。

 

 「どうやら来てくれたようだな」

 

 ケインズの口角が僅かに上がっている。クリフは大きく頷いて走り出した。

 

 

 どれくらい経ったのだろうか。いつの間にか音と振動が止んでいた。

 戦闘が終わったかもしれない。整備台の下で亀の様に丸くなっていたクリフはそこから顔を出すと戦闘で吹き飛ばされたであろう<CR-MT85>の頭部が目の前に転がっていた。そしてハンガーの壁と天井の大半は吹き飛んでいる。

 隣接していた整備台の下からケインズが「終わったか」と言って顔を出す。だが、その表情には安堵感は無い。

 クリフも同様であった。状況はまだ不明。来てくれたACが撃破された可能性だってある。その時はもう覚悟は決めなければならない。

 攻撃の音は無い。そして動く機影も見えない。戦闘は終わったと判断したクリフは整備台から出る事にした。周囲からは様々なモノが焼け焦げた臭いが混じり合って鼻腔を刺激する。

 後ろからゴソゴソと物音。KDも出てきた。それに続いてチトセも整備台の下から出てくる。彼らもまた強張った表情を浮かべていた。それでも全員が無事であることにクリフは安堵した。

 最早ハンガーとは呼べなくなった建屋を出るとそこにはMTの残骸らしきものが複数。この様子だとMTは全滅したか。

 そして、その先に2機のACの姿。未塗装の中量二脚型ACは立ち尽くし、緑色の中量二脚型ACは建屋の壁にもたれ掛かる様に擱座していた。

 どうやらこちらが雇ったACが勝った。それは断言出来た。

 ただ、2機とも全く動かない。擱座しているACのコアには幾つもの弾痕が穿ち、機体そのものが機能停止している様だ。

 立ち尽くしている方のACは右手にショットガンを握り締めたまま擱座したACを見下ろしていた。微動だにしないのでこのACも機能が停止しているのかと思いそうになるが、ジェネレータの駆動音が微かに聞こえる。

 どの様な戦いをしたかは定かではないが、決して楽な戦いでは無かったのは機体に刻まれた幾多の傷に吹き飛んだ装甲板で判った。

 ここでクリフはふと気が付いた。ACが持っているショットガン<CR-WR84S>はバーテックスのACが持っていた筈。──敵からむしり取ったか。無茶なこともやってのける丹力も持っている様であった。

 当然誰が乗っているのか気になるが、左肩にある筈のパーソナルエンブレムは付けられていなかった。

 声を掛けてみるも、聞こえていないのかACからの応答はない。

 その時、クリフにある考えが頭を過ぎる。この機体、姿形を変えているが、以前遭遇した黒いACなのではないかと。

 ACの首が動く。<CR-H72S3>のカメラアイがハンガーの向こう側に向けられていた。

 一体何がとクリフは気になるが、それはすぐに分かった。その方向からローター音。<クランウェル>の姿が見える。

 迎えが来た。それを察したクリフは<クランウェル>に近づいて両腕を振ってみる。<クランウェル>は速度を落として降下してきた。

 <クランウェル>のコクピットからタラップが下りてくる。有人機であったことにクリフは安心した。

 タラップを昇り、コクピットに入ると<クランウェル>の操縦士と副操縦士が2人。それ程驚いた様子は見せずにクリフを見つめていた。

 「あのACの関係者か?」と操縦士が尋ねてくる。

 

 「いや、依頼人だ。実はACのパイロットとコンタクトを取りたいんだが、出来るかな?」

 「多分出来るが……」

 

 副操縦士が歯切れの悪そうな口調で通信機を渡してくる。それを受け取ったクリフはすぐさま呼び掛けてみた。ただ、「──パイロットじゃなさそうなんだよなぁ」という続いて出された言葉までは聞こえていなかった。

 

 「ACのパイロット、聞こえるかい? まずは助けてくれたことに礼を言わせてくれ。──ありがとう」

 

 それに対しての応答は無いが、それに構わずクリフは続けた。

 

 「ついでの相談で申し訳ないが、あんたのねぐらに帰る前に近くの街まで寄ってくれないかな?」

 『──それは依頼内容に入っていなかったけど?』

 

 女性の声。彼女がパイロットなのかとクリフはその声に耳を傾けた。

 

 「急いで依頼してしまってね、そこまで入れるのを忘れてしまったんだ」

 『悪いけどタダでは出来ない。そこまでの運賃はしっかりと払ってもらうわ。ここから近い街なら……そうね、1000コームってところかしら』

 「……! オイ、かなりボッたくるじゃねぇか! そんなに払えるか!」

 『なら徒歩で頑張って』

 「怪我人がいるんだ。少しまけてくれ。レイヴンでもそれ位の慈悲くらいはあるだろう」

 『……そうね。では750コーム』

 「もうちょい下げてくれ。俺の財布にそこまで余裕は無い」

 『じゃあ、600コーム。かなり譲歩したつもりよ。ダメなら怪我人おぶって頑張りなさい』

 「……ああ分かった。それで払おう」

 『交渉成立ね』

 

 女性の明るい声。してやられたなとクリフは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。中々の銭ゲバ的な思考の持ち主だと感じた。

 取れるものはしっかりと取る。これぞレイヴンだとクリフは感心する。

 

 「それにしても良い腕だな。ACもいたって言うのに全機撃破。来てもらって感謝するよ」

 『それはどうも。レイヴンにも伝えておきましょう』

 「……あんたがACに乗っていたんじゃねぇのか?」

 『私はオペレーターよ。マネージャーも兼任していると言っても良いかもしれないけど』

 

 「そうかい……」とクリフは少し落胆した声。レイヴンと会話していたと思っていたが、どうやらこのレイヴンはそう簡単に正体を割らせないつもりらしい。

 

 『あなた、依頼主のクリフ・オーランド?』

 「──ああ、そうだ」

 『あなた宛てにメッセージがあったわ。伝えておきましょう』

 「……なんだ?」

 『コーヒー代は4ドル50セントだ。……これで分かる?』

 

 「それは……」とクリフが言い掛けたところでオペレーターは『じゃあ、伝えたからね』と言って通信を切ってしまった。誰が乗っていたのかという大事なことを聞きそびれてしまった。

 コーヒー代。身に覚えがある。これはエド・ワイズだ。このレイヴンにはエド・ワイズもついている様だ。

 携帯端末を眺める。口座に残っているコームはこれでほぼ無くなった。現金もそれ程残ってはいない。暫くは節制だなとクリフは大きく嘆息した。

 しかし、まずは生き残れた。それを考えればこの出費は安いもんだとクリフは自分自身を慰める。

 

 

    *     *     *

 

 ──静かだ。

 キャビンの座席に座るティンバー・ディーネル大佐はそう小さく呟いた。

 音楽プレーヤーでもあればよかったかと今更ながら思うが、特攻兵器襲来の混乱の最中で紛失してしまった。

 これから行う事へ対するプレッシャーが今になってジワリとのしかかってくる。らしくはないかもしれない。ディーネル大佐はシートに座り直して窓の外を眺めた。

 陽が落ちていく。黒に染まりつつある空。

 もうすぐだ。

 ここまで少しずつ進めてきた。それが今日、始まる。

 自分たちが為せることが出来るのか。最初の一歩を踏み出すのが自分だ。失敗すればそれまでとなる。

 「大佐」とグレッグ・トゥワ大尉が耳打ちしてきた。

 

 「そろそろ到着します」

 「……そうか。では、覚悟を決めよう」

 

 窓に向けていた視線を正面に戻してディーネル大佐は着陸に備える事にした。

 

 

 アライアンスの前線基地に到着したディーネル大佐はトゥワ大尉と共に指令管理室に向かう。

 そこで待ち構えていたのはこの基地の司令官であるトーマス・アリド中佐。ディーネル大佐の敬礼に合わせて敬礼を返すが、その目は大佐に対して気を許してはいないかのように双眸を細めていた。

 それに加えてアリド中佐はレイヴンという存在に対して嫌悪感を持っているのは以前からディーネル大佐は知っていた。自身の経歴からして歓迎されるとは思っていない。大佐は中佐の視線を見据えた。

 

 「特別任務でこの基地の一部を使わせてもらう。これは参謀本部からの指令書だ」

 「確かに、受け取った」

 

 指令書を受け取って目を通したアリド中佐は静かに答える。

 

 「早速だが、ここの施設に我々のシステムを導入させてもらう」

 

 そう言ってディーネル大佐は懐からメモリースティックを取り出した。

 

 「難しい事はしない。この基地のシステムに我々が使用している作戦用コードを追加するくらいだ。特務部隊という立ち位置ゆえ、このようなことをしなくてならないのは許してほしい」

 「指令書通りに従う」

 

 アリド中佐は僅かに溜息を交えて答えたが、元レイヴンである自分に対して嫌悪感を剥き出しにするような態度をここで取らないのは流石アリド家の人間だとディーネル大佐は感心する。軍人一族の三男。2人の兄はもし健在であればアライアンスの指揮系統はもっとマシだっただろうと言われるくらいの優秀な軍人だったが、彼は残念ながらその兄たちには及ばないという評価であった。

 

 「メインシステム用の端末は?」

 「こちらだ。──開けろ」

 

 端末の前に座っていたオペレーターをどけさせてディーネル大佐はその端末にメモリースティックを挿入した。

 ディスプレイ上に一瞬だけ何かが表示されたがそれが何かはすぐに察した。

 Dr.?から預かったプログラム。彼曰く、この基地のシステム全体を新たに書き換えられるプログラム。それは遺産からもたらされた原始言語によって組まれたものだという。大元を辿れば現在人類が使用しているプログラム言語はこの原始言語をベースに管理者から提供された言語から派生していったもの。そういう事であればシステム全体の書き換えに加えて外部からの再書き換えも容易ではなくなる様だ。

 遺産の力。これも一部分に過ぎず、そして上辺の部分。魔法と呼ぶには及ばない小手先の技術らしい。深部になればどれだけのことが出来るのか。それを引き出すにはまだ”対話”が必要だ。

 画面上に「complete」と短く点滅させながら表示される。「始めろ」とそう伝えているかのように。

 

 「協力に感謝する」

 

 そう言ってディーネル大佐はインカムを付けながらコンソールを操作した。通信を始める。

 

 「──聞こえるか。祭壇から鐘が鳴る」

 『ラッパを鳴らす。墓に鳴り響かせる。以上』

 「よろしい。作戦を開始しろ」

 『了解しました』

 

 通信が終了。

 

 「即時実行か。内容をまだ聞いていないが、何を?」

 

 アリド中佐はディーネル大佐とトゥワ大尉を交互に見やりながら訊いた。

 

 「これより、ウエストロウ、イザイ、セザール、アルフテルの各基地へ我々の戦力を送り込み、掌握する」

 「何を言っている……?」

 「言った通りだ。目的は基地に配備されている戦力及び基地機能の確保だ。その後、我々はアライアンスから離脱して独立行動を始めさせてもらう」

 「……言葉の意味が分からない」

 「そのままだ。そして目的は企業主義社会のリセット。ここまで辿り着くのに幾つも回り道をしたがね。ようやく始める事が出来る」

 「予行演習にしては物騒な言葉を使っているぞ、ディーネル大佐。この作戦の目的は? 答えろ」

 「先にも言った通り、我々特務部隊は独立する意思の証としてアライアンスの前線基地に対して攻撃を開始する。最初のインパクトは大事だ。派手に行わせてもらおうか。まずは拠点としてこの基地機能を借りるとしよう。──ついでにこの基地の最深ブロックに保管中である例の機体も拝借させてもらおう」

 「……ディーネル大佐、自分が何を言っているのか分かっているのか? これは明確な裏切りだ。正気じゃないぞ貴様。頭をやられたか」

 「正気だよ、私は。いや、我々だな。あの指令書は正式に参謀本部から発行されたものだ。──そうするように仕向けたがね」

 「バーテックスにでも寝返るつもりか」

 「彼らとは主義主張が合わない」とディーネル大佐は答える。「レイヴンだけによる秩序の構築など夢物語だ。ジャック・Oが本気で成就出来るとは私は思っていない」

 「お前たちだけでどうにかなるものでは無いだろう」

 「社会体制がアライアンス一本になったところで秩序は変わらない。秩序の再構築には管理すべき存在が必要になる。我々はそれを可能にする力をもう少しで借りる事が出来る」

 「寝言は寝て言うものだ、ディーネル大佐。貴様は──」

 

 アリド中佐は腰のホルスターに手を掛けるが、トゥワ大尉が中佐に銃を向ける方が早かった。

 

 「動かない方が良い」

 

 直後に外で爆発音。同時に指令管理室のモニターが一斉に切り替わり、外部の様子が映し出される。そこには基地のガードメカと無人MT。そしてAC<エクリッシ>が各施設に向けて銃口を向けていた。

 

 「この基地のガードメカは全てこちらのコントロール下にある」インカムに指差したディーネル大佐はそう言い放つ。「私が一言撃てと言えばここを攻撃出来る」

 「そうなればお前も巻き込まれる。警備を呼ぶぞ。今のうちに──」

 「そうかもしれん」と言うと部屋に武装した兵が入り込み、オペレーターたちに銃を向けた。「こうすることも出来る」

 「貴様……!」

 「もし、生き残りたければ我々の下に付くという選択肢を与えても良い。駒は多ければ多いほど使い道が出来る」

 

 ディーネル大佐は再びモニターを見やると<エクリッシ>がちょうどこちらに頭部を向けている。

 あとは他の基地の状況が知れればいいとディーネル大佐は思うが、制圧に成功したという報告を聞くのに然程時間は掛からなかった。

 

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