ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第58話「Bitterness」

 決して安くはない代金を払い、クリフたちはミラージュ領の街に着くことが出来た。

 現在はアライアンスによって管理された街。ここにも避難民が集い、ある程度は活気があるのを感じた。

 命を長らえたという意識が街の活気に触れることで一層強くなる。

 

 「まずは病院だな」

 

 携帯端末を片手にクリフは先導する。この街にも予備のねぐらを用意していたので何度か訪れていたから地理は多少知っているつもりでいたが、実は記憶と相違点がありすぎて内心焦っていた。

 最初にやるべきことは負傷したチトセの治療。後の事はねぐらでじっくりと考えることにする。

 

 「……シェインが何処へ行ったか。それを早く調べよう……」

 

 顔を歪ませながらチトセがそう呟くが、それをケインズが遮った。

 

 「応急処置しかしていないんだ。傷が酷くなる前にちゃんとした手当が先だ」

 「そうだぜ。悪化した末にその手が二度と使えなくなったらどうするんだ?」

 「だが、端末も……」

 「それについては今、KDと考えている。まあ、気にすんな」

 「対応策については何処か落ち着いた所でじっくりと準備すれば良いからね。慌てることは無いよ」

 

 その言葉にチトセは俯いた。恐らく自分のせいで端末が奪われてしまったと思っているかもしれないが、殺意の有無はともかく、あの時のシェインは確実に誰かを撃つつもりでいただろうとクリフは考えている。それが最初に近づいてきたチトセだったというだけだ。

 バーテックスを抜けた理由もジノーヴィーの端末が絡んでいる可能性は高い。それにあの行動はシェイン単独での意思では無いだろう。何らかのアクションを取る者が出てくる筈だ。どうやって調べるかという道筋はクリフの頭の中である程度固まりつつあった。だから焦る必要はない。

 「ああ、分かったぞ。病院はここから北西へ2キロ。──7番通りの先にある。問題はやっているかどうかだな」

 「この賑わいだ。医者なんて一人くらいはいるだろう」

 「そう願いたいね。ひとまず医者に診せたらどこかで飯を──」

 

 クリフはそう言い掛けた時、視界の片隅に映った人影に視線が留まった。あの姿はまだ自分の記憶の中にしっかりと残っている。やがてその人影が細い路地へ入っていくのが見えた。

 

 「……悪い、病院にはお前さんたちだけで行ってくれ」

 

 「何を……」と困惑した表情のケインズの顔を見る事無く、クリフはKDにズボンのポケットの中身を渡す。

 

 「──俺のねぐらの住所を今送っておいた。それは部屋の鍵だ。そこで落ち合おう。すぐ戻る」

 

 KDも困惑した表情を浮かべてクリフの方へ視線を向けるが、既にクリフは走り去っていた。KDは携帯端末を見ながらぼそりと呟く。

 

 「……これ別の街の住所なんだけど……」

 

 

 路地に入り込んだクリフは先程見た人影を必死に探す。そう遠くには離れていない筈。千切れんばかりに首を振り回して辺りを窺い、また走る。

 狭い路地を走った末にようやくその姿を捉えた。そこに自分の眼のピントがしっかりと合う。──間違いない。

 

 「おい、あんた!」

 

 クリフは大きく叫んで呼び止めるとその人影は歩みを止めてこちらへ振り返る。やはりな、とクリフはその顔を見て自分の記憶が正しかったことを確信した。

 

 「……お前はあの時のリサーチャーか」

 

 疲れ切った表情を浮かべてクリフと相対したのはレナシミエントの生き残り。ロドリゴの副官であった。手には紙袋を抱えている。

 

 「こんな所で会えるなんてな。探そうにも見当が付かなくて正直諦めかけていたよ。──聞きたいことがあるんだ、いいかな?」

 クリフの言葉に副官は視線を僅かに逸らす。その顔は以前会った時に比べて10年は老け込んだような印象を受けた。

 「……もう組織はなくなった」と小さな声。続けて出した声はそれでも明瞭であった。

 

 「俺の戦いも終わった。お前が望むのなら話してもいい」

 

 「ついてこい」と副官は手招く。それにクリフはついていく事にした。

 向かった先は新たに造られた仮設住居ではなく、倒壊を免れた古いアパート。その3階の端の部屋。外観に反して中はある程度整っていた。クリフはリビングのソファに座る。使い古されたそれはクッションもくたびれており、思っていたよりも深く身体が沈む。

 

 「一応ここが仮の住処でね。古いが住み心地は中々良い」

 

 そう言いながら副官はショットグラスを2つ持ってきた。そして紙袋から琥珀色の瓶を取り出す。

 

 「飲めるか?」

 「ビール党なんだけどね。でも、陽が昇り切っているときに飲む酒は別だ。喜んで付き合うぜ」

 「……恐らく話の内容によっては酒の力を借りないと口に出来ないかもしれん。情けないが……」

 

 自嘲気味に浮かべた笑み。その奥底に渦巻く感情は暗く窪んだ瞳が語りかけようとしてきている。

 ショットグラスにそれぞれ琥珀色の液体が注がれる。古いウイスキー。テーブルの上で少しずつピート特有の芳香が広がる。

 副官は一気にそれを口に含んだ。クリフもひと口含む。スモークの香りが口と鼻腔を突き、クセのある苦味。その後にくるスパイシーな風味が舌を刺激する。クリフにとっては慣れない味だった。それでもビール以外もたまには良いもんだとウイスキーを舌全体に染み込ませる様に味わう。

 

 「こういうの好きなのかい?」

 「いいや」と副官は首を振る。「ロドリゴが好きだった。俺は付き合わされて飲んでいたのさ。俺はどちらかというとワイン派なんだが、あいつとサシで飲むとほぼウイスキーになる」

 

 数少ない休息時の思い出だったのだろう。懐かしむ様に副官の口元が緩む。

 

 「今は何をしているんだ?」

 「非戦闘員だった者に仕事の伝手を都合していた。先程、最後のひとりを送り出したところだ」

 「それは……」

 「安心しろ、全部合法で堅気の仕事だ。実はUSE運営メンバーの一部に顔利があってね。それを活用した」

 

 グラスにウイスキーを注ぎながら副官は答えた。

 

 「これで俺の最後の任務は遂行した。──で、他に聞くことがあるのだろう?」

 「ああ」とクリフはグラスを飲み干して副官を見据える。「あの調査依頼のことだ。ついでにお前さんたちの組織についてもだ」

 「……」

 「あんたがノーバ・ホリゾントのメンバーだったって事は分かっている。ロドリゴを含む主要メンバーもだ」

 

 副官の顔が一瞬強張った様に見えた。クリフは瓶を手に取り、自分のグラスにもウイスキーを注ぐ。

 

 「顔写真付きの手配書が出ていたしな。──あんたのもあったよ。60,000ドルまたは600コームの賞金付きだ。ちなみにロドリゴは85,000ドルか850コームだ。実働部隊の隊長のひとりだったからな」

 「もうそこまで調べていたか。まあ、隠すつもりはなかったからどうでもよい事だな。そうだ、レナシミエントはノーバ・ホリゾントの生き残りを中心に結成した組織。──かつて企業に潰された亡者の拠り所さ」

 

 ひとつずつ懐かしむかのようにアルコールの匂いを篭らせながらその言葉を出した。

 

 「でもやることは変わっていないな」クリフはグラスを傾ける。「こう言っちゃ悪いが、他の反アライアンス勢力の真似事だろ」

 「そう思われても仕方が無いか」

 「あの時は何も知らない体で喋っていたからな。後々になって気が付いたよ。あの場所に何があるのか、全部把握していたんだろう。あそこはハナからアルバトロスの拠点じゃなかったな」

 

 クリフの問いに対して副官は「そうだ」とあっさり言い切った。

 

 「ただ一つ間違いがある」副官は表情を崩し、喉を鳴らして微かに笑う。「俺たちは別にアライアンスをどうにかしようだなんて思っていないし、他の組織の様に勢力圏争いにも首を突っ込むつもりもなかった。あくまでもあの辺りでの衝突は火の粉を振り払っていたに過ぎない」

 

 続けて唸るような声で言葉を吐き出した。「──復讐だ。ナービスへの、な」

 「復讐……」とクリフは口の中で小さく声に出す。ナービスという単語が出てくることに最早驚きはない。

 

 「やっぱり生きていたのか」

 「前の紛争で跡形もなく滅んでくれていたらどれだけ良かったか。流す血の量はもっと少なく済んだ筈だ」

 

 大きく溜息を吐き、副官はソファに深く座り直す。自嘲気味な表情は相変わらず変わらない。

 

 「それとメイシュウシティは何の関係があったんだ?」

 「メイシュウシティにいたのは旧ナービスの連中だ。あそこには旧ナービスが管理していた施設があって、連中はそれを再利用していたんだ。俺たちレナシミエントは密かにその動向の監視をしていた。アルバトロスがそこに居たのは合っている、ただ、連中には俺たちの手伝いをやって貰った」

 「正確に言えばお前さんたちの使い走りになった、だろう」

 

 その言葉に副官は微笑を浮かべてグラスを呷る。

 

 「連中はアライアンスや他の武装勢力との度重なる交戦で疲弊しきっていた。物資と寝るところを出してやると言ったらあっさりとこちらの言いなりになってくれたよ」

 「……で、連中に街の様子を探らせたのか」

 「タダで譲ってやる程俺たちは親切ではない。それなりの働きをすれば対価として出すという条件で強行偵察に行ってもらったが、結果は芳しくなかった。連中の練度では街の先端を少し見られた程度で終わり、生き残りはそのまま逃げてしまったというオチ付きだ」

 「ひでぇ話だ」

 

 クリフはそう言いつつも、アルバトロスへ対する同情心はそれ程湧かなかった。その生き残りとやらも結局はアグリゲートという寄り合いに参画した末に散っていった。

 

 「ナービスと何があったか当ててみようか」

 

 新たに注がれた副官のグラスと副官の顔を交互に見やり、クリフは続ける。

 

 「『Closed Horizon』と関係あるとみたが、どうだ?」

 

 4年前、三大企業が起こしたノーバ・ホリゾントをはじめとする反企業勢力への大規模掃討作戦。それによってノーバ・ホリゾントは壊滅へと追いやられた。

 

 「そう思ってくれていい。──あの作戦に関わっていたのか?」

 「連合軍側だ。あんたらの組織に関する情報を掻き集めていたよ」

 「そうだろうな」

 

 副官の眼光が一瞬鋭くなったのを見逃さない。どんな形であれ、クリフは彼らの仇もある。黒い感情が向けられることはこのソファに座った時に覚悟していた。

 

 「だが、終わった事だ」

 

 副官はその感情をウイスキーで流し込む様に一気に呷った。肝臓の強さには自信があるらしい。吐いた息に混じるアルコール臭は強くなっても目元はまだ酒に呑まれていない様だ。

 

 「ナービスは俺たちに資金援助をしてくれていた。正確にはUSE加盟企業があと6社程だな。俺たちのスポンサーだ。ナービスはその筆頭だ。他の反企業組織も似た様なものだろう」

 「あれだけの潤沢な装備が持てたのはそのおかげなんだな。まあ、何かしらの後ろ盾があるとは当時から思っていたが……。──それにしてもUSE加盟企業が揃いも揃って大層な真似をするよな」

 「俺たちと中小企業連中の利害が一致していた。OAEも見て見ぬふりだ。なんせ三大企業がダメージを受けてくれればOAEとしても連中へ付け入る隙が出来るし、対応策を取るというアピールもして点数稼ぎも出来るからな」

 「OAEの発言力なんてたかが知れているからな。とどのつまり、お前さんたちはナービスの私兵ってことだな」

 

 反企業主義と謳いながら結局は彼らも企業の庇護が必要なのだ。それが無ければ銃の一つも握れなかっただろう。

 

 「矛盾を抱えているのは重々承知だ。所詮は企業主義とは名ばかりの三大企業による専制。中小企業群が入り込める余地なんて殆ど無い。それを揺るがせる手段としては互いにとってベストな方法だった。時にはナービス警備部門の身分を借りて各企業軍の軍事演習に参加して、どさくさ紛れで内部情報の持ち出しなんてこともやったよ」

 「増々ナービスの私兵感が出てきたな」

 「お陰で組織のパイロット練度向上の役に立たせてもらったよ。それである程度やれていた」

 「──で、上手く行き過ぎた結果があの掃討作戦に繋がった……か」

 

 グラスを傾けていた手が止まる。その言葉を待っていたかのように。

 

 「三大企業が一つに纏まればどうなるか。──分かっていたつもりであったが、当時の企業間の関係から過小評価してしまったのが俺たちの致命的な失敗だ。連合を組んでもどうせ暫くは足並みを揃えられないと高を括ってしまった。だが、本気を出せば連中はその埋め合わせをすぐに出来ると気付くのが遅すぎた」

 

 手に持ったまま宙に浮いたグラスをテーブルに置き、副官は少しの沈黙を置いて再び口を開く。

 

 「OAEはあっさりと三大企業の圧力に屈した。USE加盟企業すべてに強制査察を入れる事を許し、そして金をばら撒いて情報を売らせた。連中にとっては端金でも中小企業で働く人間にとっては同志を売る事に躊躇いを無くす金額だ」

 「──まあ、そうなるよな。実際、武装組織の情報のリークは中小企業関連のところからが多かった。向こうからの圧力を前にしたら、我が身は恋しくなるもんだ」

 「そうして外堀を埋められて反撃する力を奪われたところに連合軍による総攻撃。──結果は知っての通りだ」静かに吐息を漏らして視線を上げる。「結局は企業主義社会という汚泥の波に俺たちの理想は容易く飲まれていった」

 

 見上げた先は虚空またはかつての友が居る場所か。それを語ることは無い。

 

 「頼みの綱が無くなれば脆いもんだな。ご愁傷様としか言いようがない」

 「そんなものは強制査察が始まる前には切られていたよ。……不思議に思わないか。少しでも俺たちとの繋がりが発覚していれば、連中は俺たち諸共ナービスを潰すことが出来た。だが、そんなことはしなかった。何故だと思う?」

 

 その問いはこれまでの経験から容易に思い浮かぶ回答であった。クリフはひと口飲んで、言葉を吐き出す。

 

 「おたくらの情報それプラス……新資源ってところだな」

 「概ね合っている」と言って副官はグラスを手に取って飲み干す。「これは後々になって知った」

 「あの時からもう確認されていたのか」

 「当時の時点では確定ではなかったが、ナービスの領内にそれらが大量に眠っている事は間違いないとしてナービス上層部は発掘調査の展開拡大を指示するが、新資源の調査に充てる人材諸々のリソースと俺たちの両方を取る余裕など無かった彼らは新資源を取った。それらの情報の提供を三大企業に約束して自分たちへの追及を免れた」

 「……お前さんの前でこう言っちゃ悪いが、将来的な投資を考えてリスクが少ない方を選んだろうな。お抱えのテロリストと新資源。秤にかけるまでもない」

 「そうだろう。俺が彼らの立場なら、その決断をする。企業として正しい判断だ。──だが、あの時はそんな冷静な分析なんて出来なかった」

 「そりゃそうだろうな。誰だってそうなるよ」

 「ナービスまでもが三大企業側に付いた。切り捨てたのではない。”裏切り”だ。その事実だけを突き付けられて上の者たちは阿鼻叫喚。下の者へそれが伝染して混じり合い、残るのは憎悪だけ。組織の理想も信念もそれに塗り潰され、組織の舵が乱れる。そうなればもう連合軍にとっては七面鳥撃ちってやつだ。長年掛けて築いた組織の戦い方なんてあったもんじゃない」

 

 もう一度ソファに深く座り直して副官は半分ほど空になった瓶を見つめる。

 

 「最初はナービスに対して復讐を考え、生き残ったメンバーを中心にもう一度兵力を集めた。それでも足りないから同様に生き延びた他の組織からも掻き集めて戦うつもりでいた。そしていざ蜂起するという時にナービスの愚かさを知った。──馬鹿な奴らだ。三大企業への情報提供の約束を反故にして新資源を独占しようとした。その結果があの武力衝突だ」

 「顛末はある程度聞いていたけど、ここまでとはな……。それを聞くと素直に渡していれば……」

 

 そう言い掛けてクリフは頭を振った。最終的に同じ結果となってしまうと頭の中で結論付けた。早いか遅いか位の違いしかないだろう。

 

 「実際、俺たちが手を下すまでもなく、三大企業の前に連中が勝手に崩れていってしまった。当然の帰結であったよ」

 「ナービスの規模では無理があっただろう。立ち回りも迷走していたからな」

 「はじめから相手にならなかったのさ。向こうはレイヤードの時代からその世界の中心となり、文字通り血で血を洗う争いをしていた企業。かたや設立してようやく10年な辺境の新興企業。政治的にも軍事的な力も差が開き過ぎている。向こうからすればナービスの立ち回りなんて子供のごっこ遊び程度にしか見られていなかっただろう」

 「見ていて爽快……ではなかったか」

 「ナービスへ対して俺たちがまだ生きているという証を残せなかった。そして特攻兵器……」

 

 グラスに注いだウイスキーをジッと見つめ、低く唸るように呟く。

 

 「我々や同じ思想を持つ者たちが何十年も掛けても出来なかった事をたった一日……いや一晩で為してしまった力。痛感するのは無力さだけ。あの紛争で俺たちは二度の敗北感を味わった」

 

 クリフは副官のその黒く窪んだ瞳を見つめる。刻み込まれた赤い記憶。この男も例外ではない。アルコールでも決して熔けることなくこれらからも残り続ける。

 

 「特攻兵器襲来は俺たちにも少なくないダメージを与えていたのでもう潮時だと思っていたが、アライアンスにナービスの人間がまだ紛れていることに加えて、それとは別に残党勢力の存在を知った。せめて奴ららだけでもと戦いを続ける事を選択したが、そう簡単にはいかなかったのはお前も知っているだろう?」

 

 クリフは頷いてグラスを傾けた。あの日の戦闘が脳裏に蘇ってくる。

 アライアンスの規模拡大に加えてバーテックスの台頭。レナシミエントの目的がアライアンスの打倒ではないとはいえ、時代に迎合出来なければ意味が無い。ある意味では三度目の敗北を彼らは味わった。

 

 「何もかも失った。そして何も残せなかった」

 「これからどうするんだ?」

 「……アライアンスに明朝、投降をする。仲間が向こうにいるのに俺だけ外でのうのうと生きるつもりはない。敗者としてしっかりと清算する」

 

 娑婆にいる最後の時間だったという事だ。そして話をする時間も終わった。

 クリフはグラスに一杯注ぐ。

 

 「これを飲んだらおいとまさせてもらうよ。──最後に聞かせてくれないか? お前さんはこの世界はどうなっていくと思う?」

 「もう二度と娑婆に戻れないかもしれない人間に聞く事か?」と副官はひとしきり笑う。「俺の知った事ではない」

 

 副官もグラスにウイスキーを注ぎ、手に持つ。

 

 「──だが……特攻兵器によってリセットされた世界は人類にとって綱渡りの連続になるだろうと思っている。企業主義社会の復活か。無秩序の跋扈か。──それとも旧世代の遺産によっての絶滅か。俺は壁を隔てた所からその経過を眺めることにする。そしてこれから起きる事も黙って受け入れよう」

 

 そう言ってソファへ身体を預けながら副官は一気に呷る。この様子だと瓶の中身はすぐに空になるだろう。

 何も残せなかったという自嘲なのか、先の見えない世界へ対する嘲笑なのか。何とも言えない笑みを顔に張り付けて副官は空になったグラスを手の平で転がす。

 クリフはそれに目を逸らさずグラスを呷った。舌に感じる苦味をしっかりと己の記憶に刻ませる様に飲み込んだ。アルコールの熱い感触が喉を伝う。

 アパートを出て、副官の部屋を見る。中の様子は見えないが、これから娑婆にいる最後の時間をどのような思いで過ごすのか。せめてアルコールの力を借りてでも良いので穏やかに過ごしてほしいものだと願うだけであった。

 携帯端末を覗くとKDから早く戻って来てくれという旨のメッセージが何通も来ていた。すぐ戻ると言っておいて2時間も離れてしまっている。それに加えて送っておいたねぐらの住所が間違っている事にここで気が付いた。

 

 「まいったね……」

 

 クリフは急いで戻る旨を返信すると、彼らの待つ場所へ足早に向かう。

 吐く息から強烈に漂うアルコール臭でかなりの顰蹙を買ったのは言うまでもない。

 

 

 「──さて、端末を取り返さなきゃ……な」

 

 酔いを醒ます為に水を飲みながらクリフは自分の端末を動かすが、思いのほか酔いが回っていたので手元がおぼついている。

 

 「どれだけ飲んできたんだ……お前」

 

 ケインズの呆れかえった声。向けられる視線も呆れの色。KDとチトセも同様の視線を向けていた。

 

 「そんなに飲んだつもりは無かったが……ちょいとキツイ酒だったかもな」

 

 それでもあの特徴的な味は忘れることは無いだろう。銘柄くらいは聞いておけばよかったと今更ながらに思う。

 「まあいい」とケインズは小さく嘆息して狭い部屋の窓を開けた。夕方に差し掛かる時間であるが、まだ気温は下がることなく、部屋に吹いてくる風も熱気が篭っている。

 

 「端末の行方を追うにはシェインが何処に行ったかを探る……だが、行先は……アライアンスくらいしか思い浮かばない……」

 「シェインが誰かとコンタクトを取っていた形跡があれば良かったけど、私にはそれを知る暇もなかったからな……」

 

 「そう悲観することは無い」とクリフは水を飲み干して言い放つ。

 

 「アイツはレイヴンだ。ACと一緒に動いている。何処かと接触すれば目立つ動きが出る筈だ」

 「丁度、アライアンスの幾つかの基地の端末に入り込んで目ぼしい情報を掻き集めてみようと思っているよ」

 「連中、まだ対策とっていなかったのか?」

 「流石に向こうも対策しだしたけど、全てではない筈」

 

 以前、クリフがKDに渡したアライアンスの端末及びネットワーク構成の情報。その穴を突いてKDの組織はアライアンスの情報を抜き出していた。流石に対策は取られ出しただろうと思っているが、全ては済んでいないと思いたい。規模の大きさ故に隙はまだある筈。

 

 「二手で攻めてみるか」

 

 先程よりかは手元の感覚は戻ってきている。KDは「それでいこう」と親指を立てて応えた。

 

 「……私はバーテックスとコンタクトを取り直してみたいと思っているが、良いかな?」

 

 その言葉にクリフたちの視線がチトセに集まる。

 

 「危険があるのではないかという懸念は理解している。けど、私たちは潔白であることを証明しなければこのまま追われる身だ。もちろん今すぐではなく、シェインの居場所がある程度絞れたらという段階で一度試してみたい」

 

 チトセの提案にクリフは少し首を捻って逡巡してみる。チトセの言う通り、まだバーテックスからはシェインの仲間と見做されている可能性はある。今後の行動において怖いのはバーテックス側からの不意打ちだ。

 各都市に協力者を配置しているという話。以前も自身のねぐらの場所がバレていた件もあり、このままにしておくのは良くない事だろう。潔白だとバーテックス側が理解してくれれば協力体制を取って貰えるかもしれない。それらを踏まえればチトセの提案は悪いものではない。

 

 「──俺は別に良いが……そっちはどうだ?」

 

 クリフはKDとケインズを見やり、意思確認してみる。ふたりともチトセの提案には肯定的な返答をしてくれた。

 

 「OKだ。──じゃあ、早いところ居場所は絞らねぇとな」

 「そういう専門的なことは任せる。──飯の準備くらいなら手伝おう。それと武器の調達もな」

 

 各々の今やるべきことは決まった。あとは行動に移すだけであった。

 

 

 翌朝、照り付ける太陽によって気温が上がりはじめる頃。クリフとケインズは中心街へ赴いていた。

 朝食と昼食の調達の為である。ケインズひとりでも良かったが、夜更けまで作業して凝り固まった身体をリフレッシュさせたかった。

 そしてあの場所はどうなったか一度見てみたいという欲求もあることも否めなかった。

 中心街へ向かう道の途中でアパートへと繋がる路地がある。もしかしたら最後にもう一度顔を拝めるかもしれない。

 だが、路地の近くまで差し掛かると、人だかりが出来ている事に気が付く。

 それをかき分けた先にはフラットブラックに塗られたアライアンス公安の車両の後ろ姿。その後部窓の向こう側。スモークガラスによってはっきりと見えないが、人影がぼんやりと見える。

 人影は動く事無く、そしてうなだれる事も無く、ただ真っ直ぐ前を見据えている様にも見えた。車中で何を思っているのか。それは本人にしか分からない事だが、少なくとも安堵はしているのではとクリフは昨日の事を思い出す。

 車が発進。控えめなエンジン音と共に遠ざかっていく。

 誰かが「テロリストが潜伏していたらしい」と小さく漏らす。その言葉に他の誰かが嫌悪感を示す言葉を出し、それがさざ波の様に広がり、非難と恐れの言葉が溢れ出す。

 誰もその男が何者であったかは知らない。そしてすぐに忘れられる。

 抗って敗れた者。

 この日、誰にも知られる事無く、ノーバ・ホリゾント。そしてレナシミエントという組織はこの世界から消滅した。

 

 

 ねぐらに戻り、買ってきた食料をシンクに放り出す。買えたのは保存食の缶詰とビーフジャーキーとドライフルーツのパックに飲料水。それが複数。これでも数日は持たせられる。

 チトセが壁に寄り掛かって左肩をさすり続けていた。包帯には血が滲んでいる。

 「どうだ?」とクリフは尋ねる。

 「最悪よ」と不快感剥き出しなチトセの声。

 治療が済んだとはいえ、痛みの所為であまり寝付けなかったらしい。目の下には隈が出来ていた。

 

 「暫くはそんな状態だ。我慢しろ」

 

 そう言ってケインズは一緒に買ってきた包帯を取り出して交換の準備を始める。経験があるのだろう、慣れた手つきで包帯を巻き直した。

 KDの方は日の出過ぎまで作業をしていた為、疲労のピークでそのまま寝落ちしている。

 

 「もうちょいしたら起こしてやるか」

 「進捗はどうなんだ?」

 

 ケインズは煙草の箱を差し出しながら尋ねてきた。

 

 「苦戦中」とクリフは箱から1本取り出す。「昨日一晩、KDと目ぼしいところをあたってみたが、今のところ忍び込むのに失敗している」

 

 思っていた以上に対策は進んでいた。流石に向こうもそこまで愚鈍ではなかったようだ。別の方法を模索する時期かもしれない。今取られている対策もそれを抜ける方法がまた出ては……の繰り返しだ。とはいえ、今は時間が足りない。

 

 「……規模がそこそこある基地だけじゃなくて、小規模基地もあたってみるよ」

 

 クリフは煙草に火を灯すと、肺に煙を入れた。癖のある雑味が喉を強く刺激すると同時に目が冴える。

 端末を立ち上げて作業を再開。少し賑やかになる部屋の気配にKDも起き上がり、共に端末と睨めっこ状態。時折水を口に入れながら唸り声。

 1時間くらい経ったところでクリフが「おっ」と小さく声を出す。

 

 「入れた」

 

 「どこの基地?」とKDが囁く。

 「西部方面の小っちゃい警備隊の基地だが」とクリフは返す。

 ようやく掴み取った感触。僅かに残っていた眠気はここで吹き消された。

 

 「何かしらのやり取りが見つかれば良いが……」

 

 クリフは端末を操作して探ってみることにした。僅かなことでもいい。変化が判るようなやり取りがひとつでも見つかればいいがという期待を込める。

 

 「僕も入ってみたけど、この基地……配備されているのがオストリッチ(MT08M-OSTRICH)だけかぁ……しかもたったの15機」

 「前線側だが、こんな基地にいるとモチベーションなんて無ぇだろうな」

 

 「だから隙が出来る……か」と端末を覗き込んだケインズ。手に持っていた缶詰をクリフとKDに渡す。

 再び部屋は沈黙。キーを叩く音と咀嚼音が僅か。

 暫くして端末を操作していたクリフの手が止まる。

 

 「前線の一部がちょいと騒がしいみたいだ」

 

 基地間の通信ログが見られた。小規模基地でもその辺のやり取りはしっかりしているらしい。

 

 「昨日の夜半辺りからだな。幾つかの基地で所属部隊が作戦外の出撃……?」

 「帰還したという報告も無いようだけど、これは一体何だい?」

 「最新のやり取りは今から10分前。どうも変だ。複数の所属不明部隊がそれぞれ前線基地周辺で動いているか」

 

 思っていた以上の事態。まだ表には出ていないかもしれないが、これも時間の問題だろうとクリフは画面に表示される情報を目で何度も追う。

 

 「未帰還の部隊ってどれだろうね……」

 「幾つか出てきているな。これは──」

 

 部隊の名前が複数出る。その中に表示されたひとつの名にクリフの視線が留まる。

 

 「……アライアンス特務部隊」

 

 仕事上、自分と親しい間柄ともいえる人物が率いる部隊。

 何かが起きる。そして何かが失われる。そんな予感がクリフの脳裏を一瞬過ぎっていった。

 

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