ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
それは奇妙な依頼であった。
依頼主はアライアンス。依頼内容は前線基地の防衛。それだけならば普遍的な内容。だが、その詳細は所属不明の部隊が同時多発的に複数の前線基地へ向かってきたという。当然、自分だけではなく複数のレイヴンに同様の依頼をしている。
今もなお、その所属不明部隊についての情報は更新されていない。ただ、戦力が独立勢力によくある編成の普及型MTだけではなくACに高級MTが多い事。それに関連するかは調査中であるという前置きがあるが、この直前にアライアンスの一部部隊が未帰還であるという事。
何が起きているのか? という疑問はあるが、今は任務遂行に集中するのみだとヴィラスは言い聞かせた。
<クランウェル>から投下された<ヴェスペロ>は難なく着地。各系統に異常無し。
アセンブルの構成は迷ったが、ヴィラスは結局今回もタンク型脚部での出撃する事を選んだ。だが、Mr.bigからのパーツ購入とレソナトルたちから借りたパーツで余裕は出来たのでアセンブルの選択肢は増えた。
頭部は<CR-H84E2>に変更。コアもオーバードブースト搭載の重量型<CR-C77O/U>に腕部を<CR-A89AG>に変更。前回よりも更に”ガチタン”と呼べるフレーム構成にした。
これまでは機動力を重視させた構成が多かったのもある所為なのか、重装甲は何となく安心が出来るという感覚が芽生える。動かせる機体の構成が増えるのは良い事だろう。アーマード・コアという兵器の特長を最大限に活かす。レイヴンとしては理想のひとつでもある。
『間に合ったか』と基地からの通信。安堵感が混じった声と溜息。
『レイヴン、敵部隊がもうすぐこちらの防衛ラインを突破してくる。我々の防衛戦力と共に基地の防衛を頼む』
「了解。敵の情報は?」
『……詳細はまだ不明。だが、敵機の中にアライアンスの識別マークを付けた機体が混じっていたという情報があり、それに未確認のACもいるという情報もあって、襲撃を受けている他の基地も混乱しているというのが現状だ……』
状況の不明瞭さは通信士の少し歯切れの悪い言葉から窺えた。ただ、襲撃してきた機体の中にアライアンス所属機という話は状況がまだ読めない。
ヴィラスはモニターに映る味方のMTを見据えた。僚機は<CR-MT85BP>が6機と基地周辺に設置されている砲台。恐らく、数的不利であることは予想できる。彼らの練度はともかく。果たして正確な敵の数は? 機種は? と自戦力でどういった立ち回りをするかを考える。
『敵勢力がもうすぐこちらのレンジ内に入ってくる。数は8……だけど、後続が現れる可能性はあるので注意して、ヴィラス』
ルシーナからの通信にヴィラスは「了解」と応えると、システムが戦闘モードに切り替わる。コア機能及び火器管制の制限解除。ミッションスタート。
『よろしく頼むぞ、レイヴン』
MTパイロットからの通信に「了解」と頷くとフットペダルを踏み、機体を前進。シミュレーターのお蔭でタンク型の挙動にもだいぶ慣れてきた。<ヴェスペロ>を追い越して6機のMTもホバーで前進。レーダー上に輝点が次々と表示されていく。
先行したMTが交戦開始。同時に後方から砲台による砲撃。視界に敵性機体の姿。機種はいずれも<CR-MT85>の系列機。
ヴィラスはその内の1機に照準を合わせるとトリガーを引いた。右腕のバズーカ<CR-WR93B3>から放たれた弾が僚機と交戦していた敵機の胴体に直撃。続けて別の敵機にもう一発放ち、これも直撃させた。そこへ僚機がとどめを刺す。これで2機撃破。
敵機の一部が<ヴェスペロ>へ標的を変えて向かって来る。最大の脅威が<ヴェスペロ>だと判断したのだろう。これは好都合だとヴィラスは捉える。
こちらへ引き付けさせれば、僚機が動きやすくなる。彼らがその隙を突いてくれればこちらとしても戦いやすい。タンク型脚部搭乗時の自身の立ち回りもこのミッションでしっかりとモノにしたい。戦い方としては僚機を最大限に活かす事を考えた。
接近してきた敵機へ左腕のマシンガン<CR-WH79M2>を放って牽制。敵機がそれを回避しようと向きを変えた瞬間。僚機がバズーカで仕留める。
輝点が増える。同時にECMカウンターの数値が上昇。敵機の方角へカメラを向けてズームさせると<MT09E-OWL>の姿が複数確認出来た。
まだ頭部の防衛機能で対処できるECM濃度。左背部のグレネードキャノン<CR-WB87GLL>に切り替えて発射。直撃とはならなかったが、着弾時の衝撃で揺らぐ2機の敵MT。今度はミサイルランチャー<CR-WB75MT>を肩部の連動ミサイル<CR-E84RM2>と共に発射。7発のミサイルがMTの胴体に直撃。同時に左腕のマシンガンでもう1機のMTを頭部と右腕を吹き飛ばして戦闘不能に追いやる。
敵反応が更に増加。数は3。いずれも<MT09E-OWL>だ。ECM濃度が上昇。レーダーディスプレイにノイズが一瞬走る。
敵の戦力は高級機が多い。その内の1機に狙いを付ける。その敵機の左肩に部隊エンブレムとアライアンスの識別マークが見えた。
「本当らしいな」
通信士の言葉の通り、アライアンス所属機が敵勢力の中にいる。この状況、まさか内紛なのかとヴィラスは訝しんだ。バーテックスと正面からやり合っている最中に正気なのかと疑いたくなる。それでも詳細を知るのは後だ。まずは目の前の敵機の撃破。
機体を前進。バズーカで1機撃破。その間に僚機も1機撃破される。数的不利は交戦開始時から覚悟はしていたが、1機減る事による重みはかなりのものだ。
オーバードブーストを起動。敵陣の真ん中へ突進する。もっと近いレンジで戦い、味方の損害を減らしつつ、確実に仕留めなければならない。重装甲高火力が可能なタンク型の利点をもっと活かす。
敵機の挙動が<ヴェスペロ>へ一斉に向けられる。そして接近したことによりECM濃度がさらに上昇。ロックオンもままならない。ヴィラスはそれに頼らず、<ヴェスペロ>のマシンガンをばら撒く様に放つ。ロックオンできなくとも、現時点で敵へ対して最も効果的な攻撃。
弾丸を受けて怯む機体を見逃さない。動きが止まっていればECMの影響も関係ない。バズーカを撃ち込んで撃破。ECM濃度の低下を確認。後方から僚機が一斉にバズーカ弾の三連バースト。直撃を受けたMT3機が擱座する。
形勢が変わった。<ヴェスペロ>はグレネードキャノンで更に1機を撃破。ECM濃度も対処範囲内の数値に戻っていく。
『熱源反応、3。その内のひとつは大型……ACよ。気を付けて』
「了解だ」と更にもう1機をバズーカで仕留めながらヴィラスは応えた。ACが出てくるのであれば誰の機体なのか。雇われか、それとも。
一旦、機体を後退させてヴィラスは増援が来た方へ頭部カメラを向ける。ブースター炎を揺らめかせてこちらに向かてくるACの姿が小さくモニターに映されていた。
『機体照合……機体は特務部隊所属機<スウォンジー>!』
あの時の機体だ、とヴィラスは思い出す。旧ナービスの研究施設への攻撃で僚機となった四脚型AC。左肩には『コミック調に描かれた大槍を構えるイッカク』のエンブレム。僚機として<CR-MT98G>を2機引き連れて現れた。
「……ミニオーグか」
ロックオン警告音。直後に衝撃。<スウォンジー>の右背部に備えられたリニアガンかららしい。距離は離れていた筈だが、撃ってきた。いきなりの先制攻撃。重装甲コアでなければ出鼻を挫かれていただろう。損傷は防御スクリーンのお蔭で軽減出来ていた。
それでも機動力の面では大きく差がある。当初考えていたスタークスから借りた脚部(LH10-JAGUAR2)でのアセンブルにすれば良かったかと一瞬考えてしまいそうになるが、火力と装甲。そして僚機で押し通せられるのであればそれでいくしかないだろう。
『そのエンブレム、この間のヤツか』
ヘルメットに入ってきた聞き覚えのある若い男の声。敵意を剥き出しにした乾いた声も以前と変わらない。
更にもう一撃リニアガンが放たれる。距離が離れているとはいえ、タンク型ではその速い弾速に対応が難しい。再び被弾。それでもヴィラスは<スウォンジー>に向けてバズーカとマシンガンを放ちながら後退。<スウォンジー>はそれをブースト機動で素早く回避する。
「特務部隊が何をしている?」
アライアンスの精鋭部隊のひとつである特務部隊。その所属機が所属元であるアライアンスの基地を攻撃する。にわかに信じ難い光景であった。末端の部隊が謀反をしたとはまた訳が違う。
『アライアンスでやることは無くなったんだよ』
<ヴェスペロ>の後方へ回り込むような動きを見せた<スウォンジー>。その後方から2機の<CR-MT98G>がグレネードを放ってくる。ヴィラスはインサイドトリガーを引き、<HOHSHI>のECMメーカーを射出して追撃を阻止する。
『どうせ奴らの役目なんて終わる。それを少し早めてやるだけだ』
ロックが外れたグレネード弾に対して左右を振るような機動で回避するが、突如死角から飛んで来たレーザーには全く対応することが出来なかった。
視界の端に高速で飛ぶ小型の物体。オービットだ。<スウォンジー>の左背部から射出されたようだ。レーザーの出力は低いが、機動力の低いタンク型では回避は困難。ECMによる妨害もあまり効いていないらしい。レーザーによって防御スクリーンが弾ける。
「……っ!」
ダメージは少ないとは言え、ジワジワと削られる様な感触は焦燥感に駆られる。<スウォンジー>は自機後方に回り込んでいた。正面にはMT。囲まれた状態となる。
ヴィラスは迷うことなくオーバードブーストを起動。そのまま正面に立っていた<CR-MT98G>の1機へすれ違いざまにグレネード弾をぶつける。撃破までには至らなかったようだが、損傷は与えてやった。
反転するとすぐさまロックオン警告。グレネードと共にナパームが飛んでくる。射出したECMメーカーは既に破壊されてしまっていた。
機体を後退させて逃れようとするが、アラート音は鳴り止まない。<スウォンジー>の姿を見失ってしまった。
「どこに……?!」
レーダーディスプレイを確認する。敵機シンボルは自機と重なり合っていた。
すぐさま頭部カメラを上に向けると<スウォンジー>がリニアガンを構えている。<ヴェスペロ>は左腕のマシンガンを振り回しながら発射。弾幕によって狙いがずれたのか、<スウォンジー>から放たれたリニアガンは<ヴェスペロ>の左肩を掠めていく。
<ヴェスペロ>はそのままマシンガンを放ちながら後退。もう一度ECMメーカーを射出。ミニオーグの舌打ちが微かに聞こえる。仕切り直しをする時間は稼げた。
有脚型で長い滞空からのキャノン発射。一連の動きにヴィラスはミニオーグが強化手術受けたことを察した。それがこの戦況でどのような影響を及ぼすのかと考える。ヴィラスは自身の不利を悟るが、ミニオーグが強化手術をして間もない筈だということも思いつく。まだ身体が馴染んでいなければ隙は出来るかもしれない。
<スウォンジー>は着地してすぐに右腕のマシンガンを発射。<ヴェスペロ>は横へ動きながら弾幕を耐える。
『ここで潰してやるよ。テメェの最期の記憶に俺の名を刻ませてやる』
<スウォンジー>が大きくフロントステップ。ヴィラスは機体の向けを変えて迎撃態勢を取ると、<スウォンジー>の右側面から僚機のMTがバズーカを構えて突っ込んでいくのが見えた。その傍らには1機の<CR-MT98G>が黒煙を上げて擱座している。
『邪魔だ。雑魚』
既に見切っていたのか、<スウォンジー>は向きを変えずに左腕だけをMTに向けてグレネードを放つ。直撃を受けたMTは頭部を潰されてよろけた瞬間、<スウォンジー>はサイドステップで<ヴェスペロ>が放ったバズーカ弾を躱しながら前脚でMTを突き飛ばした。脚部の先端がコクピットに深々と突き刺さったMTはそのまま動かなくなる。
『この感触。良いな。気持ちいいぞ』
満足気な声を上げてミニオーグは機体を大きく前へ跳躍させると両腕を構えた。
ヴィラスはインサイドトリガーを引き、肩部からECMメーカーを射出。ロックオンを外そうとするが、アラート音は鳴り止まない。それでもフットペダルを踏み続けて回避に徹する。
『俺は勝者になる。テメェはそこで這いつくばれ』
以前共闘した時に感じた攻撃的な性格。それに加えて嗜虐性が強まったようなミニオーグの声。グレネードこそは躱せたが、既にオービットが<ヴェスペロ>を囲んでいた。
四方からレーザー。回避は難しい。装甲の焼ける音は防御スクリーンが消耗している証だ。重装甲とはいえ、限度がある。跳躍した<スウォンジー>がリニアガンを構えた。
敵機正面。距離は近い。その時、ひとつの方法をヴィラスは思い付く。迷う時間は無かった。無意識にそして既にオーバードブーストの起動レバーを引いていた。
<ヴェスペロ>のコア後部のハッチが展開。高出力ブースターによって一気に急加速。ブースターで機体を浮かび上がらせて空中にいた<スウォンジー>へ体当たりを敢行。回避手段ではなく、攻撃手段としての使用。かつてTATARAの<ZANBA>が見せた技。今の<ヴェスペロ>ならば機体自体を武器に出来る。
リニアガンを構えて無防備だった<スウォンジー>に<ヴェスペロ>の脚部の先端が激突。重量級の質量に加えて防御スクリーン同士による干渉によって激しい衝突音。そして、質量が勝っていた<ヴェスペロ>によって大きく吹き飛ばされる<スウォンジー>。それでも衝突寸前にコアを咄嗟に捻ってコクピットへの直撃は避けたのは強化手術による賜物だったのだろう。
『……なっ……に……』
ミニオーグの呆気にとられたような声と共に<スウォンジー>は不格好に地面へ堕ちる。両腕の武器は衝突の衝撃で脱落していた。
<ヴェスペロ>はすかさず空中からグレネードを発射。動きの止まった<スウォンジー>へ簡単に命中する。更にもう一撃。<スウォンジー>の装甲板が吹き飛ぶのが爆風越しから見えた。
そのまま着地した<ヴェスペロ>はバズーカを構える。至近距離でならば外しはしない。このままとどめを刺せるとヴィラスは確信した。
だが、爆風が晴れ出した先には<スウォンジー>がリニアガンを構えていた。吹き飛んでいたのは右腕だけ。
しまった、とヴィラスが悟った時には遅かった。──衝撃。だが致命傷ではない。咄嗟にフットペダルを踏み込んだおかげでコクピットの直撃を避けた。
『この……野郎……』
<スウォンジー>は激しいダメージを受けたその機体はこれ以上の戦闘の継続は困難であるように見えたが、それにも構わずフロントステップを踏むと、残った左マニピュレータを突き出して殴りかかってきた。思わぬ攻撃を受けた<ヴェスペロ>。右肩へまともに受けてしまい、バズーカを落とす。
「やってくれたな」
動揺を隠しつつ、武装をミサイルに切り替えて発射。至近距離で火球が幾つも咲く。これもすんでのところで<スウォンジー>は中枢部への直撃を躱す。これも強化による力なのか、それとも執着心が勝っているのか。
それでもこのまま押し切ればいずれ倒れるだろうとヴィラスは追撃を掛けようとするが、ルシーナから敵の増援の報せに一瞬だけ動きが緩む。
「ACか?」
レーダーには高速接近する機影。そして識別はレッド。ミサイル接近のアラートが鳴り響く。
モニターの奥に一瞬、ACと思しき機影が映り込む。誰の機体だとはすぐに判別出来なかったが、逆関節型のシルエットだけは判った。
増援のACは<ヴェスペロ>の後方へ回り込む動きを見せている。
「どっちを……」
新手への対応をしなければならないが、瀕死の<スウォンジー>を取り逃がす訳にもいかないという状況。迷いが生じた隙は大きかった。防御スクリーンが弾ける音が背部から大きく響く。音の具合からレーザーだ。それも出力の高いもの。機体熱量も上昇。このまま受け続けるのは良くない。最後のECMメーカーを射出。
痛恨の念をオーバードブーストの起動レバーに押し込める。今度は回避の為に使う。それは望んでいなかった事だ。
距離を離したところで機体を旋回させて<スウォンジー>へ向けてミサイルをロックして発射。すかさず<スウォンジー>のコアから数条のレーザーが発射され、ミサイルが撃ち落とされていくが、ミニオーグは後ろに退くという判断はせずにブースト機動で回り込みながら間合いを縮めようとしてきた。
損傷をしても尚、リニアガンを構えながら向かって来る<スウォンジー>。それは元来ミニオーグが持っていたモノなのか、強化されて表面化されたのか。餓えた肉食獣の様な執拗さに背筋に冷たいものが走るのをヴィラスは感じた。
<スウォンジー>の接近を阻止させようと<ヴェスペロ>はマシンガンを放つ。コア付近に被弾しても動きを止めない<スウォンジー>。リニアガンが放たれるも、<ヴェスペロ>は身を捻らせて右肩に弾丸をぶつけさせる。右肩装甲が破損。コアへの被弾はこれ以上避けなければならない。
もう一機は何処へ行ったかとレーダーを見やる。側面から正面へ回り込むような動きを見せているが、射程外。何かを狙っているのか。
まだ<スウォンジー>の射程からは逃れていない状況。損傷が激しい<スウォンジー>をどうにか仕留める事を考えた。ミサイルは残っている。
ヴィラスは機体を旋回させてマシンガンを発射。数発被弾した<スウォンジー>は流石にこれ以上の損傷は不味いと判断したか、今度は距離を取る様な動きを見せる。
その瞬間を逃さない。ミサイルをロック。ミサイルを発射。<スウォンジー>のコアの迎撃装置は損傷したらしく、作動しない。ミサイルの束が真っ直ぐ吸い込まれる様に<スウォンジー>へ向かっていく。
だが、そのミサイルは増援ACから放たれたであろうレーザーとミサイルによって撃ち落された。それでも増援ACは積極的には向かってくる気配は無い。その意図は分からないが、ここで前に出てこられると圧倒的に不利になるのは承知している。
『──撤退だと……! まだ仕留めていないんだぞ!』
突如ミニオーグの悔恨の言葉がヘルメットに入ってきた。それはヴィラスに対してではなく、援護に来たACのパイロットに向けて発している様だった。
『……ッ』
ミニオーグの苦々しい舌打ちと共に<スウォンジー>が損傷したその機体を鞭打つ様にブースターを強く吹かして一気に作戦領域から離脱する動きを見せた。
逃げられてしまうと察したヴィラスはもう一度オーバードブーストの起動レバーに手を掛けるが、増援ACからの攻撃を受けて<スウォンジー>への対応が遅れてしまう。なによりも機体の損傷状況からいくら重装甲とはいえ、これ以上は耐え切れなくなる。
オーバードブーストを起動。ジェネレータのエネルギー残量から使えるのは僅かだが、増援ACからの攻撃から逃れる為の手段として使う。これにより<スウォンジー>への攻撃はほぼ不可能となった。
『<スウォンジー>が作戦領域から離脱』
ルシーナからの通信と同時に残った敵機も撤退する素振りを見せ出した。基地周辺で飛び交っていた火線が不意に弱まる。
増援ACも攻撃の手を緩めて領域外へ向かう動きを始める。攻撃の手を緩めたとはいえ、損傷の少ない機体は軽快な動きで<ヴェスペロ>からの追撃を容易く躱していく。やがて、増援ACも作戦領域から離脱。
『敵勢力全機、作戦領域を離脱。……今はとりあえず追跡をするのは不要との事よ。作戦は終了。……お疲れ様、ヴィラス』
「了解した」
力無く呟くヴィラス。ヘルメットを脱ぎ、流れ出る汗をぬぐう。勝てたというよりも凌ぐことが出来たという感触。モニターには損傷が激しい僚機のMTの姿。6機いた筈が2機までに減っている。
ヴィラスはコンソールを操作して増援としてやってきたACの姿をモニターに表示させる。高速で動く機体は大きくブレて判別を難しくさせたが、青い逆関節型で機動力に重点を置いた構成の機体だろうと辛うじてそのシルエットから予想した。
「見たことある機体だな」
似た様な構成の機体を自分の記憶の中から呼び戻す。バーテックスにいたシェインという女が乗っていたACによく似ている。仮にそのACだとしたら何故この女が特務部隊と共にいたのかという疑問は出てくるが、それをあれこれと考えるのはまずアライアンスに任せておく。
ただ、妙な胸騒ぎがする。バーテックスの蜂起は違うまた別の戦いの動き。混迷続くこの世界で更に混乱を増やすのか、それとも終止符を打つのか。
ローター音が聞こえてきた。既にシステムは通常モードに切り替わっている。タンク型での操縦の慣熟にはまだ時間が必要であると再度認識させられた。一朝一夕で身に付くとは思っていないが、生き残るためにはこのスキルも早いうちにモノにしておきたいというのがヴィラスの思いであった。
基地に帰還したヴィラスは<ヴェスペロ>を整備班に預ける。修理にどれくらいか掛かるかはこれから見てみないと分からないが、損傷具合と整備士の首の捻り具合からまあまあの時間になると予測した。
「苦労したそうだね」
スタークスが後ろから声を掛けてきた。少しむくれた様な声。
「折角パーツを貸したのに使わなかったのかい?」
「……色々と考えた結果、こうなった。ECMメーカーは使わせてもらったが」
今回の任務はスタークスから借りたパーツは<HOHSHI>以外は使用せずにタンク型のまま重装甲を重視した構成で挑んだ。スタークスにはそれが少々不満だったらしい。慣れない構成で実戦に挑む事に対して良い感情は持っていない。
借りたパーツを使いたくないわけでは無かった。前回の出撃で身に付き出したタンク型の操縦感覚を残したまま更にその感触を深めていきたかったし、任務の内容から重装備で向かった方が良いのではという自身の判断も相まっての選択だった。ただ、改めて今回の任務を振り返ると、敵機の状況や機体の損傷具合から素直に使い慣れている脚部にすれば良かったかもしれないという思いも出てくる。
「もう少し慣れなければならないとも思ったよ。シミュレーション不足を否定出来ない」
「この情勢だ。機体のアセンブルと任務の選択はもう少しちゃんと考えた方がいいと思う。慎重になり過ぎるということは別に悪い事じゃないよ」
「そうしよう。俺の中でも知らずに焦りというのがあったな。……時には臆病者になった方が良い……か」
最後に口走った言葉。それもかつて教わった言葉だ。果敢過ぎて却って視野を狭くするなという教え。いつの間にかこの言葉を意識の外に追いやってしまった気がした。
「ヴィラス、お帰りなさい」
ルシーナもバスケットとタブレット端末を持ってやってきた。
「今回の結果はこの通りとなったわ。提示通りの94,000コームよ」
これから修理費と弾薬費が引かれるが、どれだけになるのかは機体状況である程度察した。
「……それと、この任務で現れた敵戦力について少し分かったわ。やはりアライアンス特務部隊が中心となってアライアンスの各基地に対して攻撃を仕掛けてきた模様よ」
「やっぱりか」
「特務部隊って最近新設された部隊じゃないか」
「ええ、それに加えて一部のアライアンス本部所属部隊も加わっているらしくて、今アライアンスが調査しているところよ」
「内紛……?」とスタークスが首を傾げた。
「俺も同じことを考えた」とヴィラスは頷く。「だが、あそこにいたのはアライアンスだけじゃないらしい」
「他にもいたのか?」
「ああ……いや、まだ不確定だが、バーテックス所属機らしきACもいた。シェインと名乗っていた女パイロットの機体かもしれない」
「単なる内紛じゃないってこと?」
「他の基地に襲撃してきた戦力に武装組織と一緒にやってきたという報告も上がっているらしいから。何かしら大きな動きは出てきそうよ」
ルシーナがタブレット端末をふたりに見せた。そこにはヴィラスが請けた任務とほぼ同時刻に発生していたアライアンスの基地への攻撃に参加していた武装勢力のMTとそれに雇われたであろうレイヴンが駆るACの姿。
この基地は駐屯していた部隊によって追い返すことが出来た様だが、壊滅した基地も複数あるという。
「何が起きている……?」
「……その答えはちょうど今、出てきたみたいだね」
スタークスが手に持っていた携帯端末をふたりに見せてきた。それはネットワーク上に流れてきた動画であった。
「これは……」
端末の画面には黒い背景の上に『地球を両翼で包む白い鳩のシルエット』のエンブレムが表示されていた。
『我々は……”リターナー”と呼ばせてもらおう。アライアンスの企業主義社会の復興ともバーテックスのレイヴンによる新秩序の確立とも違う第三の選択肢を示す者だ』
動画の内容は壮年の男の声による演説。意志表示がはっきりとさせた様な強い声という印象であった。
『特攻兵器襲来は我々人類に一つの答えを提示させた。それは──”早過ぎてしまった”──という事だ。これは教訓とも言うべきかもしれない。新資源の発見から発端した先の紛争は辛うじて保たれていた人類社会の秩序を崩し、滅びへの道を再び形成させてしまった。新資源、いや旧世代の遺産と呼ぶべきか。これらの脅威は未だに残り、また誰かがそれに触れて過ちを繰り返されるという可能性は残念ながら今の人類の性質上まだ高いと言える。我々にはそれらの本質を理解し、制御するべき術が確立出来ていない。ではどうすればベストな選択が出来るのか? それはやはり厳重な管理だろう。旧世代の遺産だけでなく、人類を含めてという意味だ。人類にはまだ管理すべき存在が必要であり、その役目は現在の企業群では力が足りない。現状維持では衰退の一方となるのは想像に難くない。では、バーテックスが社会システムの一新更始が出来るかと言えば恐らく大半の者がこう思うだろう。──”レイヴンだけで何が出来る”──と。では、我々は何をするのか。それは原点回帰だ。かつての人類がそうした様にもう一度最初からやり直す。絶対的な力による管理の下、時を待つ。世界が受けた傷はそれによって癒し、再起させる。そしてそれを可能にする力を我々は持った。当然この選択は容易なものでは無い。何世代も先を超えた永い時間を要するだろう。だが、かつてのレイヤードから地上への回帰もそのようなプロセスを踏んで実現をさせた。──人類がこの先どのような選択が出来るのか。これから見極めさせてもらおう』
ここで映像が終了。僅か3分にも満たない声明。ガレージ内が静まりかえっている事に気が付く。そしていつの間にか整備班も後ろからスタークスの携帯端末の画面を覗き込んでいた。ヴィラスはそれに気が付くが、追い払う真似はせず、もう一度画面を見つめ直す。
「今回襲撃してきた連中だな。母体がアライアンスの部隊らしいから少々厄介になりそうだが……」
あらためてリターナーのエンブレムを眺める。平和の象徴をモチーフにしたエンブレムであるが、やってきた事はそれとは大きくかけ離れた事。皮肉かと内心呆れる。
「厄介事が増えた。レイヴンにとっては仕事が増えるのは良いけどね」
スタークスは無感動に言い放つ。その後に「惜しむらくは怪我のせいで出撃が出来ない事だが」と付け加えた。
「とにかく、この組織について情報収集を始めないと不味そうね」
「リサーチャーを雇ってみるか?」
クリフ・オーランドの名前がヴィラスの脳裏に浮かび上がる。この状況は既に彼の様なリサーチャーも把握し出しているだろうとこの職業のやり方を思い出す。
「それにしてもこのリターナーっていう集団は結構いい加減な連中な気がするよ」
動画をもう一度再生させてスタークスが呟く。
「アライアンスとバーテックスが盛大にやり合っている最中にこうやって割り込む真似をするなんて双方から攻撃してくれって言っている様なモノだよ」
「自分たちに対する自信なのか、ただの蛮勇なのか。それはこれから分かるだろうけど、他の勢力とは少し性質が違うから用心するには越したことはない」
ここに来てまた別の勢力が出るというのは割とどうでもよかったが、アライアンスの部隊が離反して出来た勢力となれば話は違ってくる。アライアンスはもちろん、バーテックスも相応の対応を取ることは予想できた。
ジェランもあの集団の中にいる筈だ。恐らく敵として相まみえる可能性が高いだろう。
アライアンスの兵としてではなく今度はリターナーという集団の一員としてだ。その時、どんな言葉を交えられるのか。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は2026年7月8日以降の予定です。