ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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インタールード「9 Memories」

 滝の様に降り注いだ雨が不意に止み、分厚い鈍色の雲の僅かな切れ目から太陽の光が大地に差し込む。

 無数の瓦礫が散乱する大地からはか細い黒煙がひとつ、曇天へ真っ直ぐ燻らせていた。

 黒煙はコアに大きな穴が空いたACの残骸からであり、それを紫と黒の中量二脚型AC<ファシネイター>が見下ろしていた。同様にこの機体のパイロットであるジナイーダもコクピットの中で静かに見つめている。

 勝者と敗者。生き残ったのは自分。その結果だけあれば良い。

 それでも己の心が満たされることは無い。”紛い物”を追い続ける今の生き方は却って消耗するだけだと分かっていてもそれを止めるのは己の否定にもなる。

 それに加えて戦った相手があまりにもあっけなく散ったせいもあるだろう。交戦時間はたったの2分弱。アライアンス戦術部隊所属のACらしいが、何という名前であったか、それ以前に誰が乗っていたか。恐らくレイヴンであっただろうが、ジナイーダにとっては最早どうでもよかった。あまりにも弱い敵に対して憐れみすら持てない。

 寧ろ怒りだ。アライアンスという強力な後ろ盾を持ったのであればそれなりの恩恵を受けた筈にも関わらずこの弱さ。生き残る術を活かさない、ただいるだけで満足したのであれば最早レイヴンを名乗る資格など無い。

 いや、アライアンスという企業の連合体に所属している以上レイヴンを名乗るのは許されない事なのである。どの権力にも与しない存在こそがレイヴンである理由なのだから。

 その理屈で言えばバーテックスも同様である。レイヴンによる新たな秩序の構築を謳っているが、所詮は理想などといった言葉で縛り付けて徒党を組んでいるだけの連中でしかない。

 何もかもが冷たく乾いている。仮に”紛い物”を討ったとしてその先に何があるのだろうか。存在意義に失望してもそれしか生きる道が無い己の行く末は見えてこない。

 ここにはもう何も無い。渇きは一向に癒える事無く、ただ去るのみ。

 突如に響くアラート音が耳朶を打つ。敵性反応接近の報せ。

 反応は自機後方からであった。熱源反応が一つ出ている。まだいたのかとジナイーダは機体を旋回させた。戦術部隊であればACだろう。腕利きであれば少しはこの渇きは癒えるのか。嘆息しながら機体を反転させた。

 そこで呼吸が一瞬止まる。

 視界の先に映る機影にジナイーダは双眸を微かに細めた。

 雲が薄れ、次第に明るくなる曇天。そして瓦礫の山の奥に赤い影がひとつ。

 灰一色に染まる景色の中でそれはくっきりと浮かび上がる。鮮血の如き赤と常闇の如き黒の二色で彩られた中量二脚型AC。

 そして、左肩には「9」を象ったエンブレム。

 レイヴンのみならずAC乗りの間では古くから伝説となっている深紅のAC。レイヤード時代からそんな話が出ていたという言わば戦場の都市伝説。言い伝えは幾つもあるが、共通しているのは圧倒的な戦闘力を持つ機体である事。ACがいる戦場でしかその姿を現さないという事。

 曰く、死の運び手。紅き絶望。捕食者。破壊の具現化。血染めの悪魔。終着点に立つ者。──挙げればキリがない。

 その名は──

 

 「<ナインボール>」

 

 無意識にその単語がジナイーダの口から漏れた。

 こんな所で遭遇するとは思ってもみなかった。酔狂な物好きによる悪戯であれば冷笑をひとつ浮かべて終わってやれたが、あの特攻兵器の襲来から全てが狂った戦場。現にジナイーダは過去に旧世代の兵器と思しきモノと遭遇し、交戦した経験もある。何が来てもおかしくはない。試してやってもいいという気持ちへと既に傾いていた。

 <ナインボール>の右腕に持っているのはリニアライフル<CR-WR93RL>だ。昔聞いた話だと出鱈目みたいな連射力を持つパルスライフルだと聞いていたが違うらしい。背部のミサイルランチャーとグレネードキャノンに左腕のレーザーブレードはほぼ伝聞通り。

 本物であればその強さは言い伝え通りなのか。ジナイーダはモニターに映る<ナインボール>を見据えると、それに応える様に<ナインボール>の頭部<YH12-MAYFLY>の特徴的なカメラアイがこちらの力を値踏みするかのようにゆっくりと青く明滅した。

 戦いの臭いに引き付けられたのか、それとも──

 <ナインボール>の右腕が上がる。リニアライフルの銃口がこちらに向けられたその瞬間、ジナイーダの足もフットペダルを強く踏み抜いていた。<ファシネイター>の真横を弾丸が飛んでいったのを感じ取った。それも1発だけではない。2発いや3発は飛んできていた。ただのリニアライフルではない。

 すぐさま敵機へロックオン。<ファシネイター>はマシンガンを放つ。<ナインボール>はブースターを細かく吹かして掠らせながらもその射線から逃れていく。<ナインボール>はそのまま左背部のグレネードキャノンを構えて空中から発射。

 咄嗟に躱すも、爆風に煽られて<ファシネイター>は体勢を崩す。そこへ容赦なくリニアライフルの弾丸が打ち付けられた。機体が揺さぶられる。それでも<ファシネイター>はブースターを全開にして体勢を無理矢理戻しながら距離を取った。

 <ナインボール>はすかさずミサイルを発射。それをマシンガンで迎撃するとその隙を突いて<ナインボール>がグレネードを発射。<ファシネイター>はサイドステップで回避して難を逃れる。

 2機の距離が一度離れて僅かな沈黙が流れる。

 ──思っていた以上だ。ジナイーダは突如現れた赤いACの動きに感心した。

 以前、この機体によく似たACとVRアリーナで手合わせをした。あの伝説のACを再現したという触れ込みであったが、所詮はプログラム。何の苦戦もせずに勝利してしまった。

 だが、この機体とは死合う価値がある。そうジナイーダは確信した。自然と口角が上がるのが止められない。己の渇きを満たせるであろう強者が目の前にいるのだ。死闘を求める本能が久々に刺激される。

 フットペダルをもう一度強く踏み込む。同時に右背部のマイクロミサイルに切り替えて肩部連動ミサイルと共に発射。11発のミサイルの束が一斉に<ナインボール>に襲い掛かるが、直前で軌道が逸れてあらぬ方向へと飛んでいってしまう。ミサイルジャマーも搭載しているらしい。あの機体には効果的ではないと悟ったジナイーダはすぐさまパージさせた。無駄弾を消費するよりも機動力で追い込むことを選択。

 <ファシネイター>は加速して一気に距離を縮めるとマシンガンを斉射。リニアライフルが向けられるが、ECMメーカーを射出してロックオンを妨害。更に加速させて懐へ飛び込むと左腕のレーザーブレードを振るわせた。

 翡翠色の光刃が<ナインボール>のコアを捉える。だが、<ナインボール>はバックステップで躱すと今度はレーザーブレードを構えて逆襲してきた。見た目は<CR-WL69LB>の筈だが、発振時のレーザー射出音が従来のものと違うことに気付く。そして出力も違う。咄嗟にスライド機動をすることで掠らせるに留まったが、それでも肩部装甲が防御スクリーンの干渉を破って切り裂かれていた。

 すぐさまリニアライフルが向けられる。<ファシネイター>は上半身を捻って損傷した左肩を敢えてぶつけさせて追撃を阻止。そのまま左背部のロケットランチャーを展開して発射をしようとしたが、<ナインボール>が<ファシネイター>のコアを蹴り上げる方が早かった。不意に来た衝撃。吐き気を堪えながらもジナイーダは機体を御して転倒を避けた。

 <ナインボール>との距離が再び離れる。敵機からマイクロミサイルが放たれるのを見てジナイーダはすぐさまコントロールスティックを傾けた。コアの迎撃装置でミサイルを全て破壊するが、直後にグレネード弾が目の前に飛んで来たのに気が付く。

 避けられないと悟ったジナイーダは損傷した左肩を突き出させて防御を選択。左肩装甲が完全に吹き飛んだ。

 

「──面白いじゃないか」

 

 状況として不利である筈なのに何故かそんな言葉が出てくる。そして笑いを堪えられない。レイヴンとしてこの状況、楽しまなくては損だ。胸の内から滾る感情が抑えきれない。

 “紛い物”を追い続ける。そんな心を摩耗するだけの生き方ではない。飢えが満たされていく様な感覚。こんな愉快なことは無いだろう。

 フットペダルを蹴飛ばして前進。ロックオン。既にこちらもされている。だが、畏れは無い。ジェネレータが唸りを上げる。愛機<ファシネイター>もこの強敵の出現を悦んでいるかのように感じた。

 自然と神経接続している各パーツの制御系のリミッターを切っていた。このACはここで撃破して見せるという思い。頭の中はそれだけしかもう考えていない。

 胸に刻み込まれた新たな言葉──

 

 Destroy Nine-ball(ナインボールを破壊せよ)

 

 伝説というのはいつか破られるものだ。それをこの日にさせてやる。

 頸椎と腰部に僅かな熱さを感じ取りながらジナイーダは円を描く様な機動で<ナインボール>へマシンガンを放つ。<ナインボール>はそれを察してリニアライフルを連射。グレネードを放ってくるタイミングを機体の挙動から注視しつつ、飛んでくる弾丸を回避。

 決めるのは一瞬だ。左手の指に掛ける力が僅かに強めて<ナインボール>を見据えた。<ナインボール>の頭部カメラアイが青くそして冷たく瞬いている。

 <ナインボール>はリニアライフルの発射を止めて小さくバックステップ。同時に左背部のキャノンを展開。

 そのタイミングを待っていた。ジナイーダはフットペダルを踏み込む。<ファシネイター>が獲物を捉えた獣の如く飛び跳ねた。

 懐に飛び込もうとした<ファシネイター>へ<ナインボール>は回避を選択せずにそれを迎え撃つような姿勢。余裕すら見せつけているかの様な佇まいに見えて、是が非でも潰してやろうとジナイーダは唇の端を噛み締める。

 <ナインボール>はコアのイクシードオービットを展開。内蔵のマシンガンによる弾幕。そしてそれを防御スクリーンが受けたことによる干渉で視界が眩む。僅かな隙。けたたましく鳴るアラート音がジナイーダの耳朶を強く打った。

 眼前に火球が迫る。機体の動きがコンマ数秒緩くなったその瞬間に放たれたグレネード弾。喰らえば間違いなく致命傷。それでもジナイーダが浮かべた表情は驚愕でも恐怖でもない。──悦び。

 思考よりも速く動く身体。次第に脳へ熱が帯びていく感触にジナイーダは愛機<ファシネイター>と一体になれたのだと微かに感じられた。

 上半身を傾がせた<ファシネイター>の頭上をグレネード弾が掠めていく。機体の加速はそのまま変わらず<ナインボール>の懐へと飛び込んでいく。

 次に起こすアクションのビジョンはもう見えている。この一撃で終わらせると決めた。<ファシネイター>は左腕をアッパーカットの様に突き上げながらレーザーブレードを発振。<ナインボール>のコア目掛けて光刃が振り上げられる。

 

 「……」

 

 ジナイーダは小さく舌打ち。コアを下から抉ってやろうとしたが、<ナインボール>は寸前で躱した。代わりに<ナインボール>の左肩が根元から鮮やかな音を立てて吹き飛んでいった。

 <ナインボール>は左肩が吹き飛んだ勢いそのままにサイドステップしながらマイクロミサイルを放つ。不意に飛んで来たミサイルに対して反応が一瞬遅れた<ファシネイター>の脚部に被弾。2機の距離が一気に離れる。

 

 「まだだ……!」

 

 まだ戦えるという直感。そして全神経が研ぎ澄まされていく感触。ここまで満たされると思えたのは久々だ。心臓が激しくビートを刻み、全身が燃えるように熱いが、頭の中は冷静に次にどのようにしてあのACに打撃を与えるかを考えている。

 <ナインボール>は右へサイドステップ。だが、重心の移動でその動きを読んだジナイーダはステップに合わせてロケット弾を発射。吸い込まれる様に飛んでいったロケット弾は<ナインボール>のコア付近に直撃。<ナインボール>の動きが止まる。

 更にもう一発放つ。次はコクピット。外さない。しかし、次に見た光景にジナイーダはこの戦闘で初めて驚愕の表情を浮かべた。

 必殺の一撃……と思われたそのロケット弾に<ナインボール>はグレネード弾をぶつけて相殺させた。巨大な火球が空中で咲き、視界が遮られる。

 

 「くっ……」

 

 今度は自分が動きを止めてしまった。迂闊だったとジナイーダは己の判断を悔やむ。

 火球の向こう側で甲高いブースター音。レーダーディスプレイを見やると敵機反応が遠ざかっていくのが見えた。

 すぐさま機体を前進。火球を振り払って行くとブースター炎を大きく揺らめかせて<ナインボール>が去っていくのが見えた。既に全兵装の射程外。間に合わない。

 まだ戦えるのにこの突然の幕引き。滾り切った感情が爆発する。

 

 「逃げるなーっ!」

 

 思わずコクピットの中で絶叫を上げていた。だがそれも既にモニターのドット一つ分と変わらない大きさまで遠ざかっていった<ナインボール>へ届くことは無い。

 敵性反応が消失したことでメインコンピュータが自動でシステムを通常モードへと切り替える。同時に機体への神経接続もオフライン。

 安堵感など無く、逃がした事に対する怒り。だがその感情も力が抜けていくと共に収まっていく。それは宴の時間が終わり、現実に戻っていく感覚にも似ていた。

 代わりに沸き上がってきたのは充実感に似た感情。全ての感覚をフルに使い切って強敵と戦ったという感触であった。

 あの戦いで焦燥や恐怖などといった負の感情は一切湧くことは無かった。終始あのACをどうやって撃破するか。命を賭して戦うことに寧ろ楽しさを覚えていた。

 漠然とした生き方では得られないこの感触はかつて自分が追い続けていたものへ近づく為に持っていなければならないモノでもあることに気が付く。

 次第に冷静になっていく頭は帰還するという考えにようやく行き着き、ジナイーダはコントロールスティックを握った。再び相まみえる時は来るのだろうか。それとも同等の者が自分の前に現れてくれるのか。

 機体を動かすと金属の塊を踏みつぶした感触。頭部カメラを下に向けるとそこには斬り落とした<ナインボール>の左腕。「9」を象ったエンブレムが崩れていた。

 ──私はレイヴンだ。最強の人型兵器アーマード・コアを操る傭兵。

 戦場の絶対的な存在として最強という名の称号を追い求め続ける。

 それが自身の本来あるべき姿。

 <ナインボール>はそれを思い出させてくれた。

 暫くはあの紛い物の事は忘れてこの戦場を楽しむべきだろう。

 

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