ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第60話「Face」

 突如、ネットワーク上に流れた『リターナー』と名乗る集団の声明。ねぐらでクリフたちはそれを聞くことになった。ひとつの端末の画面に4人が食い入るように眺める。

 ただ、クリフの関心は声明の内容ではなかった。演説をする壮年の男の声によって内容は頭にあまり入ってこない。それは聞き覚えのある声であった。

 

 「ディーネル大佐……」

 

 澱みもなく、リターナーの決意とやらを話す声は間違いなくティンバー・ディーネル大佐本人によるもの。

 予感はしていた。直前のアライアンスの未帰還部隊に特務部隊本体も含まれていた事に何かが起きるだろうと思っていたが、こんな事をしてくるのは流石にクリフの胸中での衝撃が大きすぎてしまった。咥えていた煙草の灰がフィルター付近まで達している事に気が付いていない。

 

 「コイツら、いきなり出てきてどういうつもりだ?」

 

 ケインズが珍しく戸惑う様な声を上げる。それはケインズのみならずこの部屋に居る者──いや、この声明を聞いた誰もが思っている事だろう。

 

 「俺も知りてぇなぁ……」

 

 ようやく咥えていた煙草の状態に気付いたクリフはそれを灰皿に落とすとポケットから携帯端末を取り出して操作を始める。まだ情報は上がってきていない筈だが、本能的にそうしていた。

 

 「このリターナーという連中はアライアンス特務部隊の人間が多くいるだろうな」

 

 「なぜ分かるの?」とチトセ。

 

 「喋っている人物はティンバー・ディーネル大佐。アライアンス特務部隊司令。──俺のお得意様だ。よく調査依頼を請けていた」

 

 煙草の代わりにビーフジャーキーを口に咥えてクリフはリサーチャーの情報共有サイトを覗き込む。察しが付いたリサーチャーたちもこの集団の正体について考証の為の情報共有を始めていた。

 

 「今しがた入ってきた情報だけどさ」とKD。「幾つかのアライアンス前線基地に襲撃してきたという部隊にやっぱりアライアンスの部隊が含まれていたというのは別基地からの通信傍受で分かったけど、旧企業系の組織もいたっていう話も出てきたね」

 「……何処の連中かっていうのは分かるかい?」

 「今、君の端末にも暫定のリストを送っておいたよ」

 

 すぐさま端末を確認。暫く画面を眺めたクリフは頭を掻きながら大きく嘆息する。「察した?」と少し沈んだ声のKD。

 

 「──だろうと思った」とビーフジャーキーを一気に口の中へ頬張るクリフ。

 

 「合流していると思しき組織……アライアンス参謀本部からの依頼で俺らリサーチャーが動向調査結果を送った組織じゃないのか?」

 「多分そうだと思うよ。僕が情報提供した組織も含まれている」

 「俺が情報提供した組織も……な。……ああ、この組織は結構細かく調べた記憶があるぜ」

 

 画面上のリストを指で軽く叩きながらクリフは苦笑いを浮かべた。以前、ディーネル大佐から受けた旧企業の影響を受けたであろう組織の動きについての調査結果をクリフは大佐へ随時送っていた。

 

 「連中の交渉材料に利用されたという事ね」

 「俺たちリサーチャーの調査結果をどう使おうがクライアントの勝手だよ。まぁ、そういう使い方をされたというだけだ」

 

 ただ、自身がもたらした情報によって訪れる結果だけは良くも悪くも目を逸らさずに受け入れなくてはならない。それがたとえ自分自身に返ってきたとしてもだ。情報を取り扱うということはその覚悟もしておかなければならない。

 リターナーという集団の中心人物となったであろうディーネル大佐。今後、自分とはどんな距離感となるのか。今のところアライアンスを離反した”裏切り者”扱いされるのは間違いないだろう。容易なコンタクトは取れない。この集団が何処へ向けて敵意を示すのかはまだ不明確。現時点の段階ではディーネル大佐は自分の敵となり得る存在という位置付けにしておいた方が良いのかもしれないとクリフは考えた。

 リターナーが最初にしてきたのはアライアンスの前線基地複数に向けて攻撃を仕掛けてきた事だ。これは現在のアライアンス体制へ敵対するという意思表示のパフォーマンスだと考えておく。そしてそれはバーテックスの前線にも近い場所でもあった。バーテックス側の被害はまだ不明ではあるが、声明を聞く限りだとバーテックスもこうなるぞというメッセージも含まれている気がする。

 いずれにせよアライアンス、バーテックスの両陣営と事を構える気ではいる筈だ。

 戦力はアライアンス特務部隊がベースだろう。そこに本部所属の部隊に加えて幾つかの武装組織。戦闘用MTが戦力の大半を占める。ACは少数。互いに戦闘による消耗をしているとはいえ、正直言って両陣営と比べるには貧弱な印象が否めない。それを補える戦力を持っているのか。

 

 「リターナーが何処に拠点構えているか、そこも調べてみるとするかい」

 

 兎に角、今出来そうな事を口に出してみる。物事の方向性を決めておかないと今後の行動も迷走してしまいそうだったからだ。彼らが現れた基地と撤退した方角。それらから居場所くらいであれば掴めるかもしれない。

 そう考えだしたその時、クリフの携帯端末に通知音。メールであった。

 「ヴィラスか」と差出人の名前を見てクリフは口元を緩める。

 「誰?」とチトセが聞いてきた。

 

 「レイヴンだよ。この間、メイシュウシティでおたくらが雇ったレイヴンだ」

 

 そう言いながらクリフはヴィラスからのメールを開いて読んでみる。目元も緩くなったのは知り合いからの便りに安堵感が生まれた所為もあるかもしれない。

 

 「どうやらヴィラスはアライアンスからの任務でリターナーと交戦したようだ。アライアンス本部所属の部隊と特務部隊所属のレイヴンを相手にしたってよ」

 

 クリフはメールを更に読み進めていく。だが、添付されている画像を開くとその表情を強張らせた。

 

 「……どうやらバーテックスへ疑いを晴らせる証拠材料が出てきてくれた様だぜ、チトセさん」

 

 携帯端末をチトセに渡す。添付されていたのは青い逆関節型ACと思しき機影が映った画像。

 

 「見覚えあるだろ?」

 「…………」

 

 クリフの問いにチトセは首を捻るだけであった。

 

 「確かに機体カラーと形状は<ユーアンヴェール>には似ている……」

 

 一緒に覗き込んだケインズが代わりに答えた。シェイン・ファレムことシュエットの搭乗機<ユーアンヴェール>の姿を連想させる機影。

 

 「ヴィラスもその可能性があると言ってきている。残念ながらまともに交戦せずに撤退させてしまったということではっきりと見ていないらしい」

 「……だが、全体像がブレすぎて断定は出来ない」

 

 ようやくチトセが答える。チトセの言う通り、画像の機影は高速で動いていた所為もあり、正確に捉えている状態では無かった。

 

 「まあ、精査はそっちに任せるか」とクリフはKDの方へ振り返る。「オーケイ」とKDはサムズアップ。

 

 「補正ソフト入っている端末が手元に無いからウチの拠点のを使おうか」

 「拠点で思い出したよ。そっちは大丈夫そうなのか?」

 「定期連絡では今のところ特に変わった様子は無いってYIからはそう聞いているよ。ただ、用心して寝床とかは変えているけどね」

 「それは良かった。──早速、向こうに送っておいたよ。ちょいと待つか」

 

 何かしらの動きは掴めそうな流れになった事にひとまずの安心感を得られる。今回の様な大きな動きが出てきた時はその動きがどういった性質なモノであるかをいかに早く掴めるかにかかっているとクリフは考えている。

 早く掴めればその分、変化に気づき易くなり、同業者より次の情報の取得に先手を取れる。それがクライアントへ質の良い情報を渡せることに繋がり、良い循環が生まれ、自分のペースで仕事を進められる。

 

 「待つ間に連中の構成とやらを調べておくか。今のところ合流した組織は……規模こそは小さいが、そこそこの数だな」

 「ミラージュの息がかかっていた組織が多めだね」

 「規模がデカい分、数もあったしな。それとリターナーに加わった本部所属部隊ももう少し情報が欲しいが、何か盗み聞きは出来たかい?」

 「……いやぁ、あの基地は今のところ混乱の極みで右往左往しているって感じだね。もうちょっと落ち着けばある程度情報が入ってきそうだけど」

 「そりゃそうか……。多分だが、参謀本部の人間と繋がりがある士官が所属している部隊が大半だろうな」

 

 ビーフジャーキーをもう1枚咥えてクリフは呟く。

 「根拠があるのか?」とケインズも同じ袋からビーフジャーキーを1枚引き抜いて口に入れた。

 

 「ディーネル大佐は元々参謀本部の作戦参謀というポストに就いていた。まあ、引き抜きをするのであれば近い間柄を持つヤツだろうという俺の予想だけどな」

 

 一連の動きは明らかに突発的な行動ではない。何時から始めていたかは分からないが、予め準備はされていたものであると思われた。

 ディーネル大佐はこれまでどのような心境で自分と向き合っていたのか。真意を見せずにこうなる事を分かっていたうえで付き合っていたという事だ。

 だが、悔しさどころか怒りすらも湧き上がることはない。元レイヴンであったディーネル大佐なら寧ろそれくらいは誰であろうとやってくれるだろうという説得力が急に湧いてきた。沈黙は傭兵の武器でもある。

 

 「……画像の補正が完了したそうだな」

 

 暫くしてクリフの携帯端末に返信が来た。送られてきた画像は元のよりも精細になっている。クリフはそれをまずじっくりと眺めてみる。

 

「青のカラーで逆関節型は確定。コアはウラヌス(C02-URANUS)。この横の張り出しが目立つ腕はギボン2(A06-GIBBON2)だ。頭部のシルエットは形状からシケイダ(H04-CICADA)だろう。……角度でちょっと見難いが、右手にはホロウ( WR19L-HOLLOW)を持っているな」

 

 画像から機体構成を推測する。この構成は一度見たきりでもクリフの記憶にしっかりと残っていた。

 

 「──<ユーアンヴェール>だ」

 

 端末をチトセに渡す。端末を握るチトセの右手が次第に震えてくる。

 

 「……確かにそれっぽい構成をした機体だ」

 

 肯定のようでどこか否定したいという声である。チトセの立場からしてそれは無理もなさそうではあった。

 

 「ここまで補正されればこの機体がシェインのACという可能性が高いと言い切れる」

 

 ケインズの方がまだ冷静にこの事を受け入れている様であった。やはり雇われと直属の部下では抱く感情は違う。

 

 「これがシェインの機体だとして……」とチトセは暫く間を置く。「何故ここにいたのか……だ」

 

 それに答えられる声は無く沈黙が続く。その答えはまだ見つけられない。

 

 「実は本人にコンタクトを取ってみたんだが、回答は無いな」

 

 「返ってくるものか」とチトセが唇を尖らせて言い放つ。

 

 「やってみなきゃ分からん。試せるのであればやってみる価値はある」

 

 どちらかと言えば堅物ではあるが、洒落っ気が全くない訳ではない。数少ないコンタクトではあるが、シェインに対してクリフはそういう印象を持っている。案外返信してくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。

 

 「──それに元々、奴さんはレイヴンだ」

 

 ただ、次会う時はシェイン・ファレムではなく、レイヴンのシュエットとしての再会だろう。別の顔を見せてくるのか、それとも──

 

 『生きる為にベストな選択をしただけ。──視線を常に動かし続ける。そして生き抜ける方を選ぶ。それが私の生き方』

 

 別れ際に言い放ったシェインの言葉を思い出す。初めて会った時もそれに近い言葉を口にしていた。

 生きる為というシンプルで難しい選択。バーテックスとはまた違う価値観を持つ集団に入り込むにはそれはどんな打算があったというのか。声明の冒頭でディーネル大佐が口にしていた第三の選択肢とやらがどんなものかはまだ分からない。ただそれを選ぶだけの価値がリターナーという集団にはあるのか。

 リターナーのエンブレムである「地球を両翼で包む白い鳩のシルエット」のエンブレム。

 白い鳩(Dove)。それは平和の象徴としてのアイコンであったが、同時にあるモノの名でもある。

 ──管理者。

 それを連想させるのには充分な印象を持たせたエンブレムであり、それらに近い力を持つことを示唆させている様であった。

 

 「……ああ、そういう事か」

 

 シェインがジノーヴィーの端末を奪った理由はリターナーへの手土産だ。目的はその中身。旧世代の遺産の情報。その深淵にどうしても触れたいらしい。

 

 「興味を持つことには否定しないけどよ……」

 

 制御出来るか分からない代物をこの期に及んで求めようとする彼らの精神性は恐らくクリフには一生理解出来ないだろう。

 

 「──バーテックスにコンタクトを取ってみよう。この画像の情報だけでも私たちの疑いを晴らせるには十分な筈だ」

 

 少し晴れた声でチトセは自身の携帯端末を動かし始める。後はバーテックス側がどんなリアクションをするのか。出来るだけ穏便な対応を取って欲しいものだとクリフは願うのみであった。

 

 

 生き残れるかもしれないという希望が心に余裕が生まれる。ここ最近の目まぐるしく変わる状況で忘れていたものであった。

 食事半分、調査半分な状態。それでも割と仕事が進んでいるという感覚があるのはやはり情報のやり取りが久々に活発になったからであろう。

 当初よりもリターナーに加わった部隊と組織の情報がある程度纏まってきた。合流した勢力の詳細が分かれば今度は繋がりを調べる。勢力内のメンバー間の繋がりが分かればコンタクトした時期、とその組織の性質を更に浮かび上がらせることが出来て、質の良い売れる情報になるのだ。

 KDは相変わらずアライアンスの基地から情報を取ろうと奮闘しているところだ。これらを合わせてバーテックスへ情報を売って印象良くさせておこうかという俗な考えも思わず過ぎるが、流石に媚びすぎるかと思い直す。余裕が出来るとこういった浮ついたことまでも考え付いてしまうものだ。代替豆のコーヒーを啜りながら出来上がってきた資料を眺める。

 

 「バーテックスから連絡が来た」

 

 チトセからの声に部屋の中の空気が一気に変わる。つい先程まであった緩みつつあった雰囲気から硬直するような感覚。気休めの時間は終わりだ。

 

 「指定する場所へ30分後に全員で来い、とだ」

 

 そう言ってチトセは手に持っていた携帯端末の画面をクリフたちに見せる。本文の末にこの街の住所と待ち合わせ時間が記載されていた。

 

 「……ここにもバーテックスの協力者とやらがいるのか」

 

 チトセの提案が無くとも、ここに居る事はいずれバレていただろう。

 ありとあらゆる場所にバーテックスは網を敷いている。その用意周到さもバーテックスが他の武装組織と違って勢力圏を大きくすることが出来た要因のひとつでもあるのはこれまでの動きで分かっていた。

 後は自分たちがどうなるか。メッセージにはどういった処遇をするかの記載はない。

 いきなり撃ってくるなんていう暴挙はしてこないと思いたいが、バーテックスからはまだシェインの仲間という疑いが掛けられている状態。万が一、銃口を向けてきたらどうなろうとも自身を守る行動だけはしようと心に決めた。ここで死ぬつもりは無い。

 

 「それじゃ、準備が出来たら出るとしようかい」

 

 自然と明るい声が出る。ここまで来た経験によって余程の事が無い限り動じない立ち振る舞いを無意識にクリフは作っていた。

 

 

 指定された場所は中心街にあるビル。その1階だ。そんな所を指定するのは意外であった。

 午後に差し掛かる時間帯。人出は活発にあり、通りに面しているこの場所で叫び声をひとつ上げればすぐに人目に付く。そういう意味では命を取るなんて真似はしてこないという事か。

 安心はできないが、命の保証はされている筈だ。

 元々はホビーショップだったらしい。壁にはボロボロになり色褪せてしまった玩具や模型の宣伝ポスターが数枚張られている。

 

 「コットブーキ堂の1/72ACプラモシリーズか。昔、幾つか作ったな」

 

 人気のあるレイヴンの愛機がプラモデル化される傾向にあるこのシリーズ。ポスターに写っているのは<オラクル>だ。当時と今では使用しているパーツが異なっているが、頭部と一部の武装は変わっていない。

 デビュー時から高難度任務の遂行とアリーナでの連勝により破格なスピードで総合ランクを上げていた天才レイヴンという印象が強い。注目度が高くなればこのようなグッズ化もされるようになる。

 

 「さて……もうすぐ来るんだろうけど」

 

 周辺を見渡すが建物内に人影はない。外を歩いている人々の風体からは誰がというのも全く分からない。

 「誰が来ると思う?」とクリフはチトセに声を掛けてみる。

 

 「記載は無かったが、恐らく情報部辺りだろうと思っている」

 「同僚か」

 「私はシェインの直属だったから他の情報部の人間で顔を知っているのは数人程度だ。顔見知りが来るかは……」

 

 その時、建物の外で黒いワゴン車が停まるのが見えた。

 

 「来たな」

 

 上着の裏にある拳銃はすぐに抜けられるようにしておく。それを出すことが無い事を祈りながら。

 

 「4人……連絡通りだな」

 

 車から降りてきたのは男1人。手に何も持っていない。ジーンズに薄手のTシャツというラフな格好からは特に武器は持っている様には見受けられなかった。

 

 「迎えに来た。乗るんだ」

 

 外に停めたワゴン車を男は指差す。クリフたちは黙って従う。車内に入ると運転席に女がハンドルを握って座っていた。男が最後に乗り込んで車は発進する。

 

 「これからどこへ行くんだい?」

 

 クリフの問いには前の座席に座る男女は答える事無く車は中心街から離れていく。まだどうなるかはやはりまだ分からない。

 車はそのまままちの外れにある臨時の飛行場へ。そこで乗り物を変えるらしい。ハンガーには飛行機が1機ある。

 乗るのは変わらないが、操縦するのは男の方になる。飛行機はそのまま離陸。

 誰も言葉を発さない。沈黙が機内を包む。窓の外は何もない荒野と曇天だけ。口元の寂しさをクリフは自覚した。

 4時間程のフライトの末、飛行機はバーテックスの基地と思われる施設の滑走路に着陸した。

 飛行機から降りると複数の戦闘用MTと共にバーテックスで組んだACの姿が見える。

 基地内の部屋へそれぞれ個別に入れられる。狭い部屋でひとり待たされるクリフはやはり尋問くらいはあるだろうと考えていた。

 ただ、今のところ武器などは没収されずにそのままだった。それで良いのかと思うが、バーテックス的にはクリフたちの疑いはほぼ晴れたと言っていいかもしれない。

 暫くしてスーツ姿の女性が部屋に入ってきた。手には端末を持っている。

 

 「クリフ・オーランドだな」

 

 女性からの問いにクリフは「ああ」と軽く返事した。

 

 「私はバーテックス情報部のナターリア・アレンスキーだ」

 

 元軍人あたりなのだろうと対面に座ったナターリアと名乗る女性の太く鍛えられた首元を見てクリフはそう分析する。

 

 「情報提供に感謝する。あの画像から<ユーアンヴェール>がアライアンス前線基地で行動していたのはほぼ確定した」

 「あれだけで判断しても良いのかい?」

 「当然それだけではない。あの襲撃後に我々も偵察部隊を送っての調査はしている。それらの情報と突き合わせて総合的に判断した」

 「じゃあ、今シェインが何処にいるかは分かって──」

 「質問するのは私だ。お前ではない」

 

 圧の強い声でクリフの言葉は遮られる。クリフは「すみません」と言って姿勢を正した。

 

 「シェイン・ファレムとはどれくらいのコンタクトをしていた?」

 「依頼でっていう事ならば2回。所属不明AC<UNE-009>の情報とキサラギ領メイシュウシティの調査で直接コンタクトした」

 「すまない、それは把握している。それ以外でのコンタクトだ」

 「……レイヴンズアーク仮設本部襲撃後。それも直接だ。おたくらのチトセさんと一緒にね」

 「依頼か?」

 

 アークに連れていかれた後の事はバーテックスもしっかりと把握していないらしい。ジャック・Oがあの場にいたにも関わらず、シェインは何も伝えていなかったのか。そうなればあの依頼はシェインの独断で行った事になる。

 

 「……まあそんなもんだ。依頼は……端末の調査。レイヴンの端末だ」

 「ハッカーとの合流はそこだな」

 「そうだ。ロチェスシティの拠点だ。……確認したいんだが、ひとつ質問してもいいかい?」

 

 ナターリアは一度クリフの顔を見つめてから「良いだろう」と許可してくれた。

 

 「ロチェスシティで俺たちはバーテックスの協力者とやらに襲われた。それは聞いているか?」

 

 その言葉にナターリアは双眸が少し開く。

 

 「それは初めて聞くな」

 

 目線は泳ぐことなく小さく頷く。嘘をついている様には一見では思えなかった。

 

 「ついでに聞いて申し訳ないが、協力者っておたくらって把握しているのか」

 「協力者については各都市で独自に募っていた。一応情報部が取り纏めているが、正確と言えるかは正直、その担当した者に委ねてしまっている……な」

 

 深々と嘆息したナターリア。やはりバーテックスの組織体系がアライアンスよりかは堅実性で劣っていると感じる。企業と武装組織。組織構築のベースの違いの差がこの様なところで如実に現れてくるものだ。

 

 「その襲撃者はどうした?」

 「取り押さえたが、詳しく聞く前に奴さんらは自害したよ。身元の判る物もなしでお手上げ。どうしようもないんで、街外れに埋葬しておいた」

 

 「そうか」といって開いていた端末の画面を睨みだしたナターリア。苛立ちの隠せない表情は想定外が多い事か。襲撃者はシェインの私兵という可能性が高い。

 

 「最後に接触したのは我々の補給基地だが、こちらから出した追手はどうやって返り討ちにした」

 「…………」

 

 この質問にはどう答えようか一瞬迷ったが、隠し立てしても意味が無い。

 

 「俺がレイヴンを雇ってやらせた。レイヴンは未登録のパイロットらしく、不明だ。必要なら依頼表も見せるよ」

 

 クリフは携帯端末を出してナターリアに渡す。無言でそれをしばらく見つめて無言でクリフへ返した。

 

 「良い度胸をしている」

 

 ナターリアの拳が強く握られているのが見える。それを見て次にくるアクションは想像ついた。クリフは口を結び、歯を食いしばることにした。

 その時、部屋の内線が鳴り響く。ナターリアがそれに出るとそれに数回小さく返事して内線を切った。受話器を置いたナターリアの肩が下がると同時に怒気が若干落ちていくのを感じ取る。

 

 「お前と話したいという方が今から来るから、話せることは全て話せ」

 

 それだけ言ってナターリアは壁に背中を預けた。話したい方? 誰だというのかとクリフは尋ねてみたいとナターリアの顔を見上げるが、双眸を細めて視線をこちらに向けているナターリアに聞く勇気は持てなかった。

 5分程待ったか。ドアを開く音。そこから入ってきたのは大柄の男であった。

 その姿にクリフは視線が固まる。

 銀色のパイロットスーツの上にはこの暑い季節にも関わらず、分厚いファーが付いたジャケットを着こんでいる。天井のライトに照らされた色素の薄い髪も青みがかった銀色に輝いていた。

 

 「実は君たちの会話はモニタリングさせてもらっていた。特に君の言葉に興味を持ってね。私が直接聞かせて貰う事にした」

 

 冷徹と温和。対照的な感情が入り混じった様な声。それは何度も聞いた声であるが、実際に聞くと、圧を感じる。

 

 「……あんた……もしかして」

 

 男はクリフの対面に座る。鑿で荒々しく削いだような堀の深い顔からはどのような感情が渦巻いているかは分からない。

 

 「ジャック・Oだ。よろしく、リサーチャー」

 

 バーテックスの首領、ジャック・Oがクリフの眼前に立っていた。

 

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