ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第61話「Moving」

 クリフの対面に座る人物──ジャック・O──は腕を組み、クリフの顔をじっと見つめていた。

 沈黙がふたりの間で流れる。それはまるで自分が言葉を交わすには相応しいかと値踏みをしている様であった。

 どうしても声が出せない。

 蛇に睨まれた蛙という表現が自分に置かれた最も適した状態かもしれない。空調が効いているかは最早分からないが、妙な寒気が背筋からする。

 

 「──下がって良い」

 

 右手を挙げてジャック・Oが口を開く。その言葉は壁際で直立姿勢にいたナターリアへ向けてであった。

 ナターリアは無言で敬礼して部屋から出る。だが、出て行く瞬間、ナターリアが自分へ鋭い一瞥をくれたのをクリフは見逃さなかった。

 

 「誰もが失う。それが必要な犠牲かは後に分かるだろう」

 

 彼女の方へ振り向くことなく、ジャック・Oは小さくもはっきりとした口調で言い放った。

 

 「……し、失礼だけど、本物……なのか? 何でここにいるん……です……かい……」

 

 ここでようやく声を出すことが出来た。ほんの少しだけだが、緊張が緩む。

 まだ状況を飲み込み切れていない。クリフの声も動揺の色が隠せず、震える。こんな所でジャック・Oと対面するなんてほんの数時間前までは全く思ってもみなかった事だ。バーテックスの首領という立場上、拠点であるサークシティで構えているというイメージであったがそうでは無いらしい。

 聞きたいことは山ほどある筈なのに、いきなり「本物か?」と聞いてしまっている自分に対して我ながらアホなのかと言いたくなってしまう。ただ、何を聞けばいいのかも頭から抜けてしまっているのも事実であった。

 

 「リサーチャーならばその真偽くらいは自分で確かめられるだろう。私はレイヴンだ。前線に出ることくらいは普通にする」

 

 僅かに口角を上げて言い放つジャック・O。それはごもっともだ、とクリフはそう思いながら目の前に座っている銀髪の男がジャック・O本人であると信じる事にした。

 いつの間にかジャック・Oの組まれていた腕は解かれていた。それを見てクリフは自分が過剰な緊張をしている事にここでようやく気が付く。

 話を聞くと言ってきた。それは即ち今は敵という認識は持っていないということだろう。バーテックスの首領という肩書に対して過剰に畏れを抱き過ぎた。そうビビることはないとクリフは正面を見据える。

 ジャック・Oも人間である。その前提を忘れていた。

 

 「……ところで聞きたいことがあるっていうのは……」

 

 いくらか緊張がほぐれ、姿勢を少しだけ崩してクリフは尋ねてみる。銀に輝く髪とは対照的なジャック・Oの黒い瞳はクリフへしっかりと向けられていた。

 

 「尋問の中で君が答えてくれたレイヴンの端末だ」

 

 ナターリアからの問いに対して答えたのは覚えている。詳細までは答える事無く尋問が進んでしまったが、ジャック・Oはしっかりと聞き逃さなかったようだ。

 

 「レイヴンの端末は普通、君みたいな人間の手には渡らない様に即座に回収していた筈だが、やはり例外は出てきてしまっていたか」

 「あの混乱だ。回収し損ねたモノだってある」

 「望ましくないことであるが、それは仕方が無いと割り切るしかない。──ただ、その中身を無理矢理振り回す危険性は理解しておいた方が良い」

 

 突き刺す様な強い視線と言葉。ジャック・Oの怒りを感じ取れた。レイヴンの端末の中身はその性質上、情勢を大きく変えてしまう様な情報が入っている場合がある。それは十分に実感している。

 

 「では、聞こうか。誰の端末を持っていた」

 「ジノーヴィー」

 

 言葉を濁すのも飾るのも必要無い。即座に返す。ジャック・Oはその名前に対して表情を一切変えることは無かった。

 

 「……やはりそうか」

 

 ジノーヴィーと聞いても驚きも無いジャック・O。寧ろ分かっていたという様に淡々と口を開く。クリフは困惑するしかなかった。

 

 「やはり……って」

 「ここ最近のアライアンス。特に情報部の動きに対して連動するように裏でアークも関連施設跡付近で動き出していたのはこちらで把握している。その中で戦死したレイヴンの端末。──主にナービス領での紛争に大きく関わった者の端末に関して探っている動きを見せていた。特にジノーヴィーの端末については最優先事項という報告は聞いている」

 「そんな事が……」

 「アークが血眼になって追っているとすればそれしかあるまい。目的は端末内に残っているであろう新資源……いや、旧世代の遺産の情報」

 「そう言う事か。確かにジノーヴィーはそれを多く持っていた」

 「見たのか?」

 

 双眸を針の様に細めたジャック・O。初めて見せた大きく変化させた表情はこの話題が極めてデリケートなものであることを知らしめていた。この次に使う言葉は慎重に選ばなければならない。そして偽りなく話さなければならない。

 

 「中身は見た。アークとクレストの任務報告書にメール。それとナービスから持ってきたであろう新資源の情報の一部」

 

 ジャック・Oの双眸は変わらず細めたままだ。

 

 「……手に入れたのは、ジノーヴィーの個人ガレージでだ」

 「どうやって場所を知った。個人ガレージの場所は公になっていない筈だ」

 「フライボーイから教えてもらった。経緯は所属不明AC<UNE-009>の調査依頼の一環だ」

 「フライボーイ……ジノーヴィーの義息か」

 「セントラル・アークで調査任務の最中、件の機体と遭遇した。そいつについての調査。これはフライボーイと共に交戦したヴィラスとスタークスからの依頼だ。フライボーイがその手伝いをしてくれた。端末はその時に託された」

 「<UNE-009>か。何の因果か、それはヴィラスによって撃破されたという報告は受けている。我々にとっても邪魔になり得る存在だったが、お陰で手間も省けた」

 「ああ、知っている。アークの仮設本部でシェインから聞かされた」

 「あそこにいたのか。どこにでも顔を出している様だな、君は」

 「アークにジノーヴィーの端末を持っている事がバレて目を付けられちまってね、不本意ながらあそこに連れて行かれた際に丁度良いタイミングでおたくらが来てくれたよ。──意識していないだろうけど、あんたが撃ったレーザー、俺がいた部屋に当たったんだぞ」

 「それは申し訳なかったな」とジャック・O。「それでも生き残れているのはある意味で君には素質があるかもしれん」

 

 必死で逃げてきた末で出会えたジャック・Oへほんの少しだけ怒りを込めた声で言った筈だったが、淡々と話すジャック・Oの言葉にクリフは自分の力が次第に抜けていく感触を味わう。ジャック・Oにとっては自分がどうなろうが、あまり関係ない事であったようである。

 その時、ふとヴィラスの事が気になりだした。出来るだけ面倒事に巻き込まれないようにして欲しいという気持ちが湧き上がる。リターナーの出現によって大きく影響を受けるのはレイヴンたちAC乗り。

 

 「本題に入ろうか、リサーチャー。端末内の内容はどれくらい把握している?」

 

 鋭く突き刺す様な声。クリフはジャック・Oから視線を外すことなく正面を向く。ジャック・Oは声のトーンを微妙に変えてこちらの心に揺さぶりを掛けてくるのが得意なのかもしれない。

 クリフはジャック・Oからの視線を逸らさず、言葉を出した。嘘偽りが無いという証の為に。

 

 「最初に目に付いたのはACに酷似した自立兵器。コードネームは<ガーディアン>。それと特攻兵器の設計図。それと大型の機動兵器らしき図面もあった。……兵器体系だけでもインパクトは強かったよ。ナービスが算出したスペックだけでも既存の兵器は超えているのは分かったからな。大破壊前は既存の兵器なんて子供の玩具に見えてしまう様な兵器がゴロゴロとこの地上を駆けまくっていたんだろうなと思うと結構ゾッとするモノがあるよ。それにこの兵器群は──」

 「君の感想は不要だ」

 

 クリフの言葉が遮られる。余計なことは言わなくていいという事だ。

 

 「……悪かった。それ以外には人工知能についての情報もあった。旧世代で使われていたプログラム。管理者にも使われていたという原始言語ってやつだろう。恐らくだけど、兵器群の制御に関する資料もそれに含まれている。それと医療系だろう、人工神経と再生医療に関する情報もあった」

 「あの連中の言った通りか」

 

 小さく、ジャック・Oが呟いたのを聞き逃さなかった。やはり旧世代の遺産についてはある程度把握している事をクリフには理解できたが、興味を示す様な態度は出していないことに気が付いた。寧ろ拒絶している様にも感じ取れる。それはバーテックス全体の意思ではなくジャック・O個人の感情な気がした。

 

 「兵器生産プラントの図面もあった。あの端末内にあった情報の約8割は兵器関連だった筈。他にもあった気がするが、正直、俺の知識では理解が難しいモノだ。言葉にするのも難しいよ」

 

 それでジャック・Oを納得させられるかは分からない。相も変わらず無表情でクリフを見つめている。

 

 「それともう一つあったな。アクセスロックが掛かっているのもあって見られないのもあったよ。レヴェラティオという名前だ。コイツだけはどうしても見られなかった」

 「レヴェラティオ……」

 その単語にジャック・Oの首が少し傾げる。

 

 「ナービスが発見した旧世代関連施設にそんな名があったな」

 

 「確か、あの女の……」と小さく口走ったが、すぐにジャック・Oは再びクリフの方を見やる。

 

 「それで端末は……そうか、シェインだな」

 「ああ、シェインが持っていっちまった。──で、リターナーって連中に……てとこだろう。俺が知っているのはここまでだ」

 「……そうか。十分とは言えないが、聞けることとしてはこんなものだろう」

 

 深く嘆息をしてジャック・Oは椅子の背に身体をゆっくりと預けた。

 一応、話はひと区切りと思っていいのか。クリフも同様に椅子の背に身体を預けて一息つく。緊張がほぐれていたと思っていたが、実際はそうではなかったらしく、両手の指先が震えている事にようやく気が付いた。

 

 「俺たちはこれでシェインの仲間っていう疑いは晴れたと言っていいのか……?」

 「疑いか。──私は別にそう思ってはいない」

 「それって……」

 「下の者はあらゆる可能性を考慮しての判断ではあるだろうが、彼女はレイヴンだ。余計なモノは持って行かない」

 

 それは即ち自分たちは価値の無い者みたいだと感じ、クリフは内心苛立ちを覚えた。自然とと口角が下がる。

 そんなクリフの様子を察したのか「すまないな」とジャック・Oは一言詫びを入れる。

 

 「今の彼女にとってジノーヴィーの端末以外は持っていくには目立ちすぎるということだ。あれでもひっそりと立ち去ったつもりなのだからな。とはいえ、シェインを含めて4名のレイヴンが離脱した。勧誘でもやったかは分からないが、我々も少しひと手間を掛けなければならない」

 

 リターナーの動きはやはりバーテックスにとっても無視は出来ない事だろう。アライアンスとの戦いに思わぬ横やりが入ったかたちとなる。

 だが、そんな状況でも焦りの感情を見せないのはバーテックスの首領らしさが垣間見えた。

 

 「いちリサーチャーの動きに構っている状況ではないということだ」

 「それでも俺はレイヴンを雇って追手を潰した。それについては何もないのか?」

 

 クリフの言葉にジャック・Oは机の上で手を組み、僅かな沈黙。

 

 「弱者に用はない」

 

 彼らを切り捨てる言葉が冷たく言い放たれた。

 

 「君が起こした行動。──それは生き残る為だろう。そして我々が差し向けた追手は君が雇ったレイヴンに敗れた。彼らは生き残るに値しなかった弱者であった。それだけの事だ」

 

 そこには怒りも無く、嘆きも無い。自分の兵の喪失にも動揺を見せない冷徹な顔というよりも不必要な存在が無くなっただけだという無感動の仮面がジャック・Oの顔に張り付いている様に見えた。

 バーテックスは、いや、ジャック・Oは何と戦っているんだ? という疑問が改めてクリフの頭の中で過ぎる。

 リターナーの出現もこの男にとっては単なる障害がひとつ増えたに過ぎないという事なのかもしれない。だが、このままその真意を語ることは無いだろう。ジャック・Oは席を立つ。話は終わりだとその目で伝えてきていた。

 「ジャック・O」とクリフは呼び止めるとジャック・Oは振り向いて一瞥。気負いしそうになるが、それを堪えて尋ねてみることにした。

 

 「ひとつだけ聞きたい。あんたが掲げたレイヴンによる新たな秩序の構築ってやつ、それは本気で実現出来ると思っているのか?」

 

 クリフの質問にジャック・Oはクリフを見つめながら微動だにしない。ただ、その質問に対して回答を拒絶するような表情は出していない。

 

 「過去は断ち切らなければならない」

 

 長いようで短い沈黙の後にジャック・Oは言葉を出す。

 

 「人類がこの荒廃した世界をやり直すのに必要な事だ。企業主義社会に旧世代の遺産。そのふたつは未だに我々の足元で茨の様に根深く絡まっている。それを断ち切らなければ人類はいつまでも停滞したままだろう」

 

 クリフの方へあらためて向き直って優しく諭す様な声で話す。

 

 「過去を断ち切る力。アーマード・コア、そしてレイヴンこそがそれを為せると私は信じている」

 「あんたがレイヴンだからそう言えるだけじゃないのか?」

 「その答えは過去に存在した。レイヤードの解放者に領域を超えた者。彼らの様な力こそが今の時代に必要だ。それに最も近い存在……今生き延びているレイヴン」

 「全員がそうとは限らないじゃないか」

 「それは君の言う通りだ。レイヴンになる理由などその人間次第であり、才能も同様」

 

 「だからこそ……」とジャック・Oは一呼吸置いて言葉を続けた。

 

 「この状況がレイヴンの本質を引き出す絶好の場でもある」

 

 続けて出した言葉は淀みなく言い切った。その言葉に対してクリフは自身の血の気が引いていく感覚を覚える。それはまるで……

 

 「……答えになっていない」

 

 辛うじてジャック・Oの顔を見据えてクリフは言い放つ。

 

 「今、私から言えるのはそれだけだという事だよ、リサーチャー。生き残った者の権利だ、このまま仕事を続けるがいい」

 

 そう言ってジャック・Oは部屋から去っていく。

 結局、真意を聞くことは出来なかった。そう易々と答えてはくれないと予想していたが得られたのはバーテックスの目的をぼやかした言葉だけであった。

 ただ、去り際に放たれた言葉からリサーチャーとしての活動に対して今後も干渉は無いと捉えていいのだろう。クリフはここでようやく安堵の溜息が出る。

 シェインの行方もジノーヴィーの端末もこれからも追っていいということなのか。やってみろと言わんばかりに寛容的な言い方であったが、どうすればよいのかまだ判断が付かない。

 KDたちはどうなったのか。自分たちに掛けられていた疑いはもう晴れた筈だが、やはり気になる。とりあえず部屋から出ることにした。

 ドアを開けるとそこにはナターリアが立っていた。静かにそして怒りを滲ませてクリフを見つめている。

 

 「互いに納得できるとは思っていない。しかし……!」

 

 ナターリアがそう口走った瞬間、彼女の右拳が目の前に飛んでくる。硬い衝撃音と鈍い痛みと共にクリフは部屋の中へと殴り飛ばされた。

 

 「これは無意味だと分かっている。お前たちの状況も分かっているつもりだ。それでもお前はアイツらの仇なんだ。……だから一発殴らせてもらった」

 

 起き上がることが出来ず、クリフはただ床へ仰向けに転がったまま天井を見つめるだけであった。次第に足音が遠くなり、鼻の奥から鉄錆に似た臭いがしてくる。

 自分の手を汚さずに事を起こした代償。本来であればあれだけでは全く足りない筈である。

 何も言い返すことは出来ない。ナターリアらからすれば、クリフはレイヴンを雇って仲間を殺させた憎き仇。それが基地で尋問だけ済んだら無事に帰すなんていうのは本来あってはならない事で、殺されても文句は言えない。あの怒りを込めた一発はナターリアたちの気持ちであった。

 

 「──黙って受けたのか」

 

 ケインズの姿が不意にクリフの視界の端から現れた。どうやら殴られたところを見ていたらしい。

 

 「……そうするしかなかった。もしあの場で殺されるのであればそれも黙って受け入れるよ」

 

 口を開くと奥歯も少々ぐらついていることに気が付く。

 

 「クリフ! 大丈夫かい?!」

 

 KDの声も聞こえてきた。クリフは「大丈夫だ」と応えながら片腕を上げてサムズアップ。

 

 「すごい音がしたよ」

 

 KDに支えられながらクリフは立ち上がった。同時に鼻から血が滴り落ちてくる。

 

 「良いパンチだったよ。痛かった……それだけだ」

 

 鼻血を手で拭いながらクリフは努めて明瞭な声で言う。

 

 「そっちも終わったみたいだな。どうだった?」

 「まあ、色々と……。端末はどこまで解析したのかとか、拠点で遭遇した自称協力者についてとか事細かく聞かれたよ。僕は途中から乗っかったってことだから結構曖昧になってしまったかもしれないけどね」

 「俺も似たようなものだ」

 「……いずれにせよ、俺たちの疑いは晴れたって事だ。無事に帰してくれるだけありがたいよ」

 「──お前たちも終わったのか」

 

 声のある方へ振り向くとチトセの姿。

 

 「何があった? 殴られたのか」

 

 「セクハラ発言をした」とチトセからの問いに口元歪めて答えるクリフ。

 

 「何やってんだ……お前……」

 「いいんだ。……自業自得ってやつさ……。とりあえず、皆お咎めなしってとこか。よかったよ、お前さんたちはバーテックスでまた活動できるんだろ」

 

 クリフは窓の外を見やる。陽が傾き、月が顔を出し始めていた。

 これからどうするべきか。考えてみようとするが、痛みのせいでなかなか集中できない。本当に良いパンチだったとクリフは殴られた方の頬をさする。

 「クビになった」とチトセ。

 「ああ、実は俺も契約解除になった」とケインズ。

 あっさりと出てきた言葉にクリフとKDは唖然とする。

 

 「……そりゃ一体何で……」

 「直属の上司が離反して敵対組織についたんだ。部下である私にもその行動を抑えることが出来なかった責任があるという理由だそうだ。──私は納得していないが……」

 「俺も補給基地でシェインを取り押さえられることが出来なかったということでそうなった」

 

 バーテックスの掟かもしれないが、状況を知っている身からすれば少々理不尽な通告ではあるとクリフには感じた。

 

 「すまねぇ……」

 

 それだけしか言葉が出なかった。

 色々と巻き込み過ぎてしまったことにあらためて気が付く。不意に身体の力が弱まり、クリフはその場に座り込んでしまった。

 

 「疫病神だな」

 

 チトセの低い声がクリフの頭上でする。

 

 「中身に魅力があったかもしれないが、想像以上に影響力があり過ぎる。早い段階で棄ててしまえば良かったかもしれないな、その端末」

 「その選択はいくらでも出来た」とクリフは長々と嘆息しながら言う。「それでも出来なかったのは、リサーチャーとしての役目よりも俺自身の好奇心が勝ってしまったからだ」

 

 今にして思えば旧世界研究所に渡してしまえば良かったかもしれないという思いも出てくる。面倒事を他者に投げ出すという選択。クリフにとって最後の手段であった。

 結局、それが正しいか判断出来ないまま端末を持ち続けた結果が今の状況となってしまっている。

 何が自分にとって正しいのか。

 クリフは逡巡する。

 ここでひと区切りつけるという選択も出来る。この先、余計な火の粉を被らなくて済むと意味ではそれも正しいだろう。思っていた以上に重いものを背負ってしまった。

 それでもその選択を良しとしない気持ちも同時に強く出てくる。──端末を取り戻すという選択だ。

 生き長らえたいという安寧を求めるか。やられっぱなしでいられるかという意地か。相反する選択がクリフの胸中でせめぎ合う。

 自分の生死に関わってくる問題でもある。安寧を求めるにしろ、かなり踏み込んでしまった故に不安を抱えながらこの先の人生を送り続けるだろう。取り戻すにしてもそれをする為の手段が今のところ頭の中で浮かび上がってこない。

 そこでクリフはあの端末が何をもたらすのか? それを考える。

 中身を見る限り、新資源──旧世代の遺産の復活。それが上手くいくかは先の紛争の末に起きたことで証明済みだ。そう考えればクリフが求めようとしている安寧というものは殆ど無いのかもしれない。

 ふと、ジノーヴィーがジャック・Oに出したメールの一文を思い出す。

 ジノーヴィーは新資源の深部に企業が触れさせることを遅らせようとしていた。クレストのパイロットとしてではなく、新資源に関わった者として企業と抗う事を選択していた。

 自分も触れてしまった。それを改めて自覚すれば自ずと選択肢はひとつしかないと気付かされる。

 

 「──このケリは俺自身でつける」

 

 自然と出た言葉。それは戦うという選択をしたクリフの決意であった。

 

 「端末は取り戻す。このまま黙って引き下がるってのは後々の人生で絶対に悔やむだろう」

 

 そこまで言い切ってクリフは立ち上がる。今思っている事を言葉に出せば気持ちも楽になれた。

 後はどうやって行動するかだ。殆どゼロからのスタートとなる。リサーチャーの仕事はある程度抑えないと難しいだろう。

 

 「まずどうやって探すんだ?」

 

 チトセが問いかけてくる。至極当然な疑問だろう。それが最初にやらなければならない事はクリフにも分かっている。

 

 「……現在、リターナーが占領しているであろうアライアンスの基地からACの出入りがあったところを絞り込む。そこから配備された機体の情報を取ってきて特定……っていうのが俺の想定しているプランだ。まあ、細かいところは随時修正ってとこだが」

 「シェインを見つけられるという確信はあるか?」

 「リターナーの規模によるが、やれると思っている」

 

 チトセの問いに対してクリフはそう言い切った。シェインはレイヴンでもある。何処か裏で動こうとも、絶対に尻尾くらいは掴める筈だとクリフは考えていた。

 そしてこれまでの死線を潜り抜けてきた経験がやってみせろと自分自身に言い聞かせてくるのを感じる。今度はこちらが攻める番だと。

 

 「お前を雇おう」とチトセ。「私にもそれなりに蓄えはあるし、報酬はしっかり払う。やって貰うのはシェインが何処にいるか、そして彼女が何を考えてあんな行動をとったか。リターナーに向かった目的。そして誰が引っ張ったのか。それらを調べてもらいたい」

 

 突然の調査依頼であった。畳みかける様に言葉を続けたチトセにクリフは呆気にとられた。

 

 「当然、私も調査のバックアップはする。必要ならば同行もしよう」

 「まさかと思うが……」

 

 一気に捲し立ててきたチトセの勢いに飲まれそうになるが、辛うじてその言葉を受け止め切ったクリフはチトセの最終的な目的を察した。

 

 「──この傷の借りを返さなければならない。一発返す権利は私にあるだろ」

 

 左肩に巻かれた包帯を見せたチトセ。やっぱりな、とクリフは肩をすくめた。

 

 「……シェインは私を拾ってくれた恩人だ。だからこそもう一度会わなければならない」

 

 チトセの覚悟は理解できた。だが、どうリアクションをすれば良いかクリフは一瞬迷うが、考える余地は出来た。

 端末を取り戻す。それが一番の目標。それに加えてシェインの行方。だが、端末を持って行ったのはシェイン。持って行った先は十中八九リターナーの基地の何処か。

 お互い、近い所に目標がある。協力関係を築くのはベストな選択だとクリフは確信。自然と右手が前に出る。

 

 「OKだ。チトセさん、受けさせて貰うよ」

 「そう言ってもらえると嬉しい。よろしく頼む」

 チトセも右手を出して握手。流石に彼女はパイロットではないらしいと手の平の感触でクリフは察した。

 

 「──俺もチトセと共同で依頼させてもらうとしよう」

 

 ケインズが手を挙げる。今までで一番はっきりとした口調であったので全員が驚く。

 

 「お前は16.000コームを賭けてあの死地から俺たちを生き残らせた。借りが出来ている。ドロップアウト資金とやらまでとはいかないが、出せるものは出そう」

 

 正面から言われると少々こそばゆしさが出るが、寡黙そうに見えたケインズの堂々とした声に対する驚きの方が勝っている。それが妙に面白く感じてたまらない。クリフは思わず吹き出してしまった。

 

 「何がおかしい?」

 「すまねぇ、いつもボソッとした声をしたお前さんがそんな声を出してくれるなんてな。ちょいとびっくりした」

 「地声なのだが……まあいい。武器調達の伝手がある。俺たちの身を守る手段も手に入れよう」

 「──じゃあ、僕も協力しないわけにはいかないね。あの端末絡みはしっかりとケリをつけないと僕自身」

 

 待ち構えていたかのようにサムズアップを決めてクリフたちを見やるKD。

 

 「言ってくれると思っていたよ」

 

 クリフは肩をすくめて苦笑い。決して悪い意味ではない。信頼できる友の言葉は期待を裏切らない。嬉しさの照れ隠しであった。

 何が何でも端末は取り戻す。ただ取り戻すのではなく手遅れになる前に。そう決めたら早速行動に移さなければならない。

 最初にやるべき事──

 窓の外を指差したクリフ。その先にはクリフたちを乗せてきた飛行機。

 

 「──まずはここを出て、腹ごしらえするとしようか」

 




次回更新は2026年8月5日以降の予定です。
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