ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第62話「At High altitude」

 状況の急変というのは何時何処にでもある。

 その都度起こる変化に対してどうやって受け止めて対応するかで自身の生死が大きく変わっていくものだ。

 今日ここまで生き残れたのは運も絡んでいるかもしれないが、その対応が正しかったからだとヴィラスは信じている。

 ミラージュによるナービス領の強行調査から始まり、クレストの内紛、ジャック・Oによるアーク首脳部追放。特攻兵器襲来からアライアンス結成。バーテックスの蜂起にレイヴンズアーク崩壊。

 そしてリターナーという組織の蜂起。恐らく今回の件で大きく影響を受けたであろうアライアンスは難しい状況になり、大きく動揺しているというのは蜂起後にくる依頼内容や実際に受けたレイヴンの言葉からヴィラスは察することが出来た。

 今回受けた任務もそういった混乱を少しでも抑えなければならないという焦りの色が窺うことが出来た。

 依頼主はアライアンス。依頼内容は輸送機の護衛。報酬は185,000コーム。護衛任務としては破格の報酬であった。

 理由は輸送機の積み荷である。

 アライアンス本部は軍だけでなく、政治を含む中枢機関も置かれており、様々な分野の知識人もここで生活を送っている。臨時的にこの様な配置をしているとはいえ、ひとたび攻め込まれれば、アライアンスという組織は一気に存亡の危機に陥る可能性が高い。

 リターナーの構成の大半は元アライアンスの部隊。本部に配備されている防衛戦力の構成がある程度知られていると想定されている。

 万が一の状況に備えてアライアンス首脳部は一部の知識人たちを別の場所へ退避させることを決定した。ヴィラスの任務は彼らの護衛であった。

 知識人を載せた輸送機とは別の輸送機で待機。妨害要素が出た場合、そこから迎撃して彼らを目的地まで無事に送り届ける。

 

 「バット(MT10-BAT)がいないのはやはり心細いな」

 

 モニターに映る味方戦力のリストを改めて見直してヴィラスは嘆息する。護衛対象の輸送機と共に<ヴェスペロ>を載せた輸送機が随伴するが、輸送機の周囲に付いて護衛するのは十数機の<ガスホーク>のみ。性能面では機動力こそは高いが、火力を含むその他の性能では空戦型MT<MT10-BAT>と比べて遥かに劣り、重要人物を何人も乗せている輸送機の護衛としては貧弱さが否めない。

 

『流石に対バーテックスに向けての戦力を割く余裕が今のところ無いみたい。これでもなんとか掻き集めた戦力って聞くけど、確かに<ガスホーク>だけではちょっと……って感じね』

 

 ルシーナが今の状況についてフォローの説明を入れてくれた。輸送機に乗せている人材の価値を考えれば<MT10-BAT>を最低でも5、6機程は護衛として付かせるかと思っていたが、そんな事は無かった。

 ただ、バーテックスに加えて厄介な相手をしなければならないアライアンスにとって対応の取り方にはまだ混乱があるかもしれない。

 襲撃される。そんな事態が起こらない事を祈りながら愛機<ヴェスペロ>の状態を確認する。出撃前にもやっているが、待機時にもやっておくのはパイロットとしての必須項目。不調箇所は無く、何時でも出撃は可能。

 今回は<ヴェスペロ>で主に使用していたパーツの大半が戻ってきた事により、フレーム構成パーツからインナーパーツまでほぼ一新させた。

 頭部<CR-H97XS-EYE>とコア<C03-HELIOS>にして腕部は<A05-LANGUR>、脚部はスタークスから借りた<LH10-JAGUAR2>になった。

 使用パーツが共通しているところがあるのもあってスタークスからは「<シュバルツナーゲル>に似ているじゃないか」と少し笑われたが、使い慣れているパーツは挙動も把握しているだけあってやはり安心出来る。

 高度計が急激に上がる。高高度まで到達したらしい。ここまで来れば余程の事が無い限り妨害は出てこない筈。ひとまずの脅威はやり過ごせたと言っていいだろう。

 静かだ。レーダーディスプレイも変化は無い。

 何処まで行くのかと気流によって僅かに揺れるコクピットに身を任せてヴィラスは考える。知識人たちを乗せた輸送機の行く先はアライアンスの勢力圏の何処かだろうが、ヴィラスたちには明かされていない。可能性としては厳重な守備体勢を整えた軍事基地だろうと勝手に予想を立てる。

 カーゴに揺られて2時間程、相変わらず静かなコクピット内でヴィラスはあくびをかみ殺す。目的地までは遠いらしい。やる事が無いのは寂しいが、この任務の性質上良い事ではある。これで185,000コームをそのまま貰えるのであれば儲けものだ。

 ヴィラスはマップを呼び出して現在地を確認。アーカイブ空域と呼ばれるエリアに入った。西の方へ大分向かっている様だが、前線の方に近づいているのは果たして大丈夫なのであろうかと首を傾げる。

 その時、輸送機のパイロットから通信。

 

 『レイヴン、後方から複数の反応が接近してきているのをこちらのレーダーで捉えた。警戒しておいてくれ』

 

 静寂は破られる。コクピットにただ座っているだけで高額報酬が貰えるなんていう甘い展開は無かった。状況からして敵だろうと推測。

 メインシステムを戦闘モードへと移行。臨戦態勢を整える。

 

 「ルシーナ、敵の詳細は?」

 『今のところ確定はしていないけど、熱源の大きさ及び、接近スピードから恐らく<ガスホーク>ね。数は10から15……いえ、25までに増加。IFFに応答はないとのこと。──こちら側の<ガスホーク>が7機、迎撃に向かったわ』

 「多分だが、抜かれるな」

 

 純粋な数の差もあるが、輸送機の護衛に付いている<ガスホーク>は全て無人機。AIの性能次第では同型機との戦闘で後れを取る可能性が高い。

 赤い輝点と青い輝点が混じり合い、レーダーディスプレイの端が一気に騒がしくなるが、それはすぐに収まる。

 青い輝点は1分もしないうちにその数を2までに減らし、赤い輝点はその数を大きく減らすことなく輸送機までの距離を縮めてきていた。このままでは輸送機周辺に残った<ガスホーク>だけでは持ち堪えられないだろう。

 

 「ハッチを開けてくれ。迎撃する」

 『了解だ。迎撃頼むぞ、レイヴン』

 

 輸送機のカーゴハッチが開くとともに雲一つない星空が目の前に現れた。横を飛んでいた輸送機が速度を上げて前に出ると、<ヴェスペロ>が載る輸送機がその後ろに付く。ハッチが開き切ったカーゴ内に気流が入り込み、<ヴェスペロ>を大きく揺さぶる。

 カーゴの端に立った<ヴェスペロ>はバランスを取る為に股を開いて腰を少し落とした姿勢を取り、武器を構えた。

 敵機視認。機影は予想通り<ガスホーク>だ。射程距離に入る。右背部のミサイルランチャー<WB01M-NYMPHE>を発射。6発のミサイルが<ガスホーク>の編隊へ向かっていく。

 4発のミサイルが直撃して撃破するも、残った<ガスホーク>の編隊は散開。残った敵へ左腕に持たせたマシンガン<WL06M-FAIRY>をばら撒く様に発射。更に右腕のマシンガン<WR07M-PIXIE3>を使って迎撃する。

 マシンガンによる弾幕はそれ程上手くいかず、掠める程度。こちら側の<ガスホーク>もドッグファイトを始めている。しかし、挙動は敵側の方が鋭い機動を見せている。仮に無人機だとすれば優れたAIを使っているのだろう。

 状況は不利。元々、防衛側として分が悪いのは承知しているが、場所も悪い。狭いカーゴの中からでは攻撃可能範囲が正面のみで迎撃が思うように出来ない。

 やるべきことはすぐに思い付いた。

 

 「外に出る」

 

 回り込まれると防衛対象を無防備な状態に晒してしまう。攻撃範囲を広げなければならないが、その為にはカーゴから出るしかない。

 

 『……っ?! 待ってくれ、レイヴン。それは……』

 

 輸送機のパイロットが言おうとしていることは分かる。当然、そんな運用は想定していないのでそれをすれば輸送機のバランスは大きく崩れる可能性がある。ACは長時間自由に空を飛ぶことは出来ない。足場となるものが必要だが、この場所では輸送機の背中しか無い。

 

 「しっかりと操縦桿を握っていてくれ」

 

 パイロットの声を聞き流してヴィラスはフットペダルを踏み抜いた。カーゴから飛び出した<ヴェスペロ>は近づいてきた<ガスホーク>をマシンガンで堕とすと、輸送機の背中に乗り移る。

 足裏のフックを展開してしっかりと輸送機の背中に噛ませた。これである程度は動かせるが、コントロールスティックの感触が違う。

 

 「重いな……」

 

 気流によって機体が思うように動かせない。少しでも迂闊な挙動をすれば吹き飛ばされる。ACも高高度での戦闘はそれ程考慮していない。慎重な操作が要求される。

 フットペダルをゆっくりと踏み、機体の向きを変えると両腕のマシンガンで迎撃。<ガスホーク>の装甲はMTに比べれば幾分脆い。1機ずつ確実に堕としていく。

 <ガスホーク>の編隊は全機撃破。それでも護衛機は残り5機までにその数を減らしていた。

 これで終わったとは思えない。レーダーレンジを最大限に、そして各種センサー感度も同様にして周囲を警戒。普段とは違う状況は自然とコントロールスティックを握る力を強くさせた。

 

 『輸送機後方、同一高度で接近する熱源反応あり。敵の第二波が接近。数は6。大きさからしてMTよ』

 「やはり来たか」

 

 レーダーディスプレイの端に輝点が次々と現れる。頭部のカメラをズーム。機影が見えたが、見慣れないシルエット。

 

 「あの機体は……」

 『照合したわ。機種は<トラーゲン>……?!』

 

 「旧式じゃないか」とヴィラスはモニターに表示された敵機の情報を見やる。30年以上前に生産が終わり、現在は<MT10-BAT>に置き換えられて戦場から姿を消した空戦用MT。当然、ヴィラスに交戦経験は無い。

 ロックオンアラート。先手を打たれる。レーザーが数条、輸送機の方へ向かって伸びてきた。直撃を受けた<ガスホーク>が次々と堕ちる。

 ヴィラスはインサイドトリガーを引くが、ECMメーカーは射出した瞬間に気流で流されてしまい使い物にならない。身動きも難しい状況でECMも使えないという事だ。

 <トラーゲン>が接近してくる。ロックオンアラートはまだ解除されていない。レーザーが飛んでくるが<ヴェスペロ>の肩を掠めていくだけで済んだ。それは輸送機が揺れたタイミングが合っていただけであって運が良かったに過ぎない。

 メイン武装を左背部の高機動ミサイルランチャー<WB12M-EMPUSA>に切り替えて、肩部ミサイルランチャー<CR-E73RM>もアクティブにする。

 目の前で炸裂音と火球。<トラーゲン>に搭載されているハウザーだ。1発だけではない。<ヴェスペロ>の周りで火球が複数咲く。

 激しく揺れる輸送機。ヴィラスはフットペダルを踏み込んで<ヴェスペロ>を小さく跳躍。気流に機体が押し出されるのをブースターで相殺しながら<トラーゲン>をロックオンサイトに捉えるとすぐさまトリガーを引く。

 6発のミサイルが<トラーゲン>の1機に命中、そして爆散。

 焦るな、とヴィラスは自身に言い聞かせて<ヴェスペロ>をその場で旋回させながら左腕のマシンガンで迎撃。機動力こそ高いが、この機体の装甲は薄い。弾丸を受けた<トラーゲン>は大きく機体を傾がせて高度を落としていった。更にもう1機を高機動ミサイルで撃破。

 突然目の前が白くなる。レーザーを受けた。出力そのものはそれ程大きくなく、防御スクリーンで対処できたが、衝撃はある。機体が揺らぎ、輸送機の前方まで吹き飛ばされるもフックを噛ませてなんとか踏みとどまった。

 直後にハウザーが自機前方で炸裂。姿勢を落として堪えるが輸送機のコクピット付近まで機体が押されて落ちそうになる。

 

 『レイヴン! 敵を早く排除してくれ!』

 

 自身のすぐ頭上で行われている戦闘は己の神経を大きくすり減らされるものだろう。輸送機のパイロットからの悲痛な叫び。

 

 「努力する」

 

 正面から<トラーゲン>が突っ込んでくる。ミサイルのロックオンは間に合わない。レーザーがコアの右脇に受けるが、ブースターで堪えながら左腕のマシンガンを放って迎撃。直撃を受けた<トラーゲン>はバランスを崩してバウンドしながら落ちていった。

 残りは2機。レーダーを見やると輝点は自機後方。護衛対象の正面に回り込まれている。

 

 『敵の第三波が接近! 数は9。<トラーゲン>が3機と<ガスホーク>が6機。迎撃をお願い!』

 

 ルシーナが増援を知らせてきた。この状況での敵増援。敵は移送計画を知っている様な動きだとヴィラスは感じた。その瞬間、敵が誰であるかを察する。

 直後に激しい振動が襲い、輸送機の高度も下がりだした。

 

 『左翼第一、第二エンジン出力低下! 速度が……』

 

 輸送機のパイロットの狼狽する声。護衛対象機との距離が離れていく。このままでは孤立してしまう。

 迷うことは無かった。ヴィラスは<ヴェスペロ>を旋回させるとオーバードブーストの起動レバーを引く。気流を高出力ブースターで無理矢理逆らいながら<ヴェスペロ>は前方にいる輸送機の方へと跳躍。

 機体を滑らせながら辛うじて着地。輸送機の背中は足裏のフックによって歪な傷が刻まれる。

 ブースターで無理矢理姿勢を抑えた<ヴェスペロ>はすぐさま両腕のマシンガンを構えて<トラーゲン>へ向けて発射。碌に狙いは定めていない。ばらける様に放たれた弾丸は2機の<トラーゲン>の動きを一瞬乱れさせた。それを見逃さず右背部のミサイルに切り替えて発射。1機目の<トラーゲン>の胴体に3発突き刺さる。更にもう1機へマシンガンで追撃。安定翼を撃ち抜かれた<トラーゲン>は機体を錐揉みさせて墜落していった。

 これで終わりではない。輸送機後方から接近して来る敵機。息つく暇もない。全身から流れ出る汗と激しい息遣いをようやく自覚する。

 両腕のマシンガンで先行してきた<ガスホーク>を迎撃。既に他の護衛は全滅している。援護はもう求められない。耐え切れるかという不安がヴィラスの頭に一瞬過ぎる。

 3機の<トラーゲン>は散開。<ヴェスペロ>は左背部の高機動ミサイルランチャーを展開して構える。動きの速い<トラーゲン>に対して有効であるのは先の接触で証明した。

 ヴィラスはフットペダルを短く踏み、小さくブースターと併用したステップをさせる。この気流の中でしっかりと動く方法も自分の中で確立させた。

 確実に仕留めるだけだ。ファーストコンタクト時の様な焦りはもうしない。マシンガンを斉射して残りの<ガスホーク>を仕留めると、側面に回り込もうとしていた<トラーゲン>の1機に狙いを付けてミサイルを発射。

 <ヴェスペロ>は即座に反転。対角線上にいたもう1機の<トラーゲン>へもミサイル発射。撃墜確認はしない。攻撃を遅らせれば上出来だ。

 今度は輸送機の上に位置を取ろうとした<トラーゲン>へ両腕のマシンガンで狙いを付ける。<トラーゲン>からレーザーが放たれると同時のタイミングでの斉射。レーザーを左の肩口で敢えて受けながらもトリガーを引き続ける。直撃を受けた<トラーゲン>は破片を撒き散らして堕ちていった。

 

 「残りは……」

 

 レーダーを見やると輝点は1つ。1機は撃墜出来たが、残り1機は回避した様だ。再び輸送機の前方に回り込もうとする動きを見せていた。

 「やらせない」とヴィラスはブーストで機体を御しながら敵機をロックオン。放たれた高機動ミサイルは<トラーゲン>の頭部、胴体、安定翼を次々と吹き飛ばした。

 

 「これで全滅か」

 

 自機周辺、そしてレーダー上の敵性反応は全てクリア。

 第三波の可能性も考えて、変わらず各センサー感度を最大にして警戒態勢を維持。同時に機体のチェックを行うと弾薬の消耗も機体損傷度も思っていたより少ないことに気が付いた。それでも安堵の溜息は出ないのは不安要素がまだ残っているからだ。機体状況を見ればまだ戦えるが、敵の増援が続くのであれば少々厳しい。改めてこの環境下でのACの戦闘が難しいものであることを気付かされた。

 静かになった空域。青白く輝く月がモニターの正面に映り込む。

 護衛対象の輸送機はレーザーによる損傷が少々出ているが問題ない。<ヴェスペロ>を載せていた輸送機も速度と高度を若干落としているが追従出来ている。後は目的地まで辿り着けるかだ。

 気流によって生まれる装甲越しの振動に心地良さは無い。たった一機のACが雲一つない空の上で佇む。妙な孤独感をヴィラスは覚えた。

 暫くして月に小さな影が浮いている事に気が付く。

 

 『えっ……熱源反応が1つ』

 

 反応は丁度その方角。そしてそれは猛スピードで接近してくる。

 

 「──増援か」

 

 ヴィラスはコントロールスティックを強く握りしめた。やはりそう易々と目的地へは行かせてもらえない。

 頭部カメラを最大望遠にすると機影がはっきりとしてきた。機種は黒のカラーリングがされた大型輸送機<C06-STORK>が1機。

 相当な速度で近づいてきていると思った次の瞬間、敵輸送機から大量のミサイルが発射されるのが見えた。狙いは当然、こちらの輸送機である。

 着弾まで数秒程度しかない。<ヴェスペロ>は輸送機の後部の端に立つと、両腕のマシンガンで迎撃を開始。

 次々と破壊されていくミサイル。とにかく輸送機には当てさせない事だけを考えてトリガーを引き続ける。夜空に幾つも咲く火球が輸送機を揺さぶった。直撃は無い。

 ミサイル攻撃は止んだが、それでも敵輸送機は変わらず速度を上げて向かって来る。

 

 「突っ込む気か」

 

 向こうが無人機であればそれもあり得る事だ。もし衝突されたらひとたまりもないだろう。

 食い止めなければならない。ヴィラスはメイン武装をミサイルに切り替えて発射。小型ミサイルと高機動ミサイルを交互に放った。

 敵機は急上昇。大型輸送機の回避にしては無茶な機動だ。それでも追尾をしたミサイルが2発、3発と敵輸送機の胴体と主翼に突き刺さるが、それでも機体を揺らがせながらこちらへ向かって来ることを止めない。

 敵輸送機は高度を維持したまま更に増速。突っ込んでくるというよりも<ヴェスペロ>の上をパスしていく様な動きであった。

 それでも見逃して貰えたという考えは全く無い。ヴィラスは敵輸送機へ狙いを再度つける。

 

 『熱源が増えた……! ヴィラス、敵の輸送機からよ』

 「ACか?」

 

 敵輸送機からブースター炎が1つ飛び出てくるのが見えた。直後にそこから紫の閃光が走る。

 伸びてきた紫光が後ろについていた輸送機の背中を貫き、輸送機が炎を上げて堕ちていく。

 

 「……!」

 

 輸送機のパイロットの悲鳴が一瞬聞こえたが、ロックオンアラートがそれを掻き消す様に響いた。ヴィラスは<ヴェスペロ>に両腕のマシンガンを構えさせて敵機を捉える。

 敵機は<ヴェスペロ>が放ったマシンガンの弾を細かいブースト機動で躱しながら降下。その次第に近づく機影にヴィラスは双眸を細めた。

 

 「ジェラン……!」

 

 機影の正体は<エクリッシ>。黒と銀の重量二脚型。月に照らされてその機体が青白く輝いていた。

 要人が乗っている輸送機を破壊する気が無い為か攻撃はまだしてこない。だが、輸送機の背中にいる<ヴェスペロ>はその限りでは無いだろう。

 輸送機の背中に着地した<エクリッシ>はすかさず右腕に持っていたレーザーライフルを<ヴェスペロ>に向けてきた。

 気流に翻弄されそうになる機体を御しながらブースターを吹かして射線から逃れようとする。だが、<エクリッシ>の右腕から放たれた高出力レーザーは正確に<ヴェスペロ>の左肩を撃ち抜いた。

 ジェラン自身に施された強化のおかげなのだろうか、<エクリッシ>はこの環境下の中でも地上にいる時と殆ど変わらない挙動を見せていることにヴィラスは気が付く。

 ブースターの出力を限界値まで出しての制御。気流が激しい小さな足場ではそれが出来ない<ヴェスペロ>に不利なことは明白であった。

 挙動がどうしても<エクリッシ>よりもワンテンポ遅れる。攻撃は悉く躱され、逆に<エクリッシ>からの攻撃を受け続ける。

 距離が離れている状況では一方的にやられるだけだ。それを悟ったヴィラスは接近戦で挑む事を考えた。リスクはあるが、攻撃を当てるにはそれしかない。

 <ヴェスペロ>はオーバードブーストを起動。狙いは<エクリッシ>の懐一点。

 一気に<エクリッシ>の懐へと飛び込む。コアへ向けて両腕のライフルを向けた。

 ──筈だった。

 ヴィラスが気付いた時にはモニターに捉えていた筈の<エクリッシ>の姿は無く、横から巨大な鉄棒で叩き付けられたような強い衝撃を受けていた。

 

 『……敵機、排除完了……』

 

 何とも言えない浮遊感の中でジェランの抑制のない声。それが遠くに聞こえた様な気がした。

 

 

 ぼやけていた視界が急に明確になる。ほんの数秒であるが、気絶していた。

 反射的に機体の状況をチェック。右腕に持っていたマシンガンが脱落。右肩装甲も吹き飛んでおり、装着していた連動ミサイルランチャーが喪失していた。

 気が付けば急速に高度計が落ちていくのが見え、シートベルトで身体が固定された状態でも判る浮遊感。それでも重力の方向は自分の頭から尻へと垂直であるのは確かだった。

 頭部コンピュータ内の姿勢制御プログラムが必死に<ヴェスペロ>の姿勢を御しているお陰で逆さまにならずに済んでいる。仮に頭部が失われれば、たちまち機体は為す術も無く気流に呑み込まれながら振り回されて、ヴィラスの肉体はさながらミキサーの中に入れられたかのようにコクピットの中でシェイクされて潰れていただろう。

 だが、状況としては危ないという事は分かっている。このままでは地面に激突するだけだ。墜落を免れる為にはブースターで落下速度を緩めなくてはならないが、高高度からの落下スピードを相殺するにはブースターの出力が足りず、結局のところ地面に激突という結末だ。

 だからと言って為す術がない訳ではない。方法がひとつある。

 ヴィラスは左腕のマシンガンを投棄させると両背部及びの肩部のミサイルランチャーをパージ。更に各ハードポイントのエネルギー供給を完全停止させた。これで待機エネルギー分もジェネレータに回すことが出来る。

 頭部の戦術コンピュータがブースターの点火ポイントとその到達時間を算出。

 下準備は整った。ヴィラスはコンソールのキーにコマンドを入れる。

 小さな電子音が鳴った瞬間、独特のアラート音がコクピットに鳴り響き、コンソールモニターにメッセージが表示される。

 

 《LIMITER ELEASE(リミッター解除)

 

 それは各メーカーによって秘匿されていたコマンドではあったが、AC乗りの間では既に公然と知られている最終手段。

 各パーツのリミッターが解除された状態となった。これでパーツ本来の性能が完全に出すことが可能となる。ただ、それは共通規格での稼働は考慮されない状態。少しの加減を誤ればあっという間にバランスを欠き、操縦不能となる。

 それでもこの状況から生き残るにはこの方法に賭けるしか今は無い。

 愛機の力、そして自身の操縦技術が試される。

 点火ポイント到達まで残り十数秒。遅ければ減速しきれずに地面に激突。早過ぎても許容高度外でエネルギー切れを起こして墜落だ。

 モニター上に表示されるタイマーの残時間を見ながらフットペダルに掛ける足に全神経を集中させる。

 カウンターがゼロ。ヴィラスはフットペダルを強く踏み抜いた次の瞬間、<ヴェスペロ>のブースターが大きな唸るような音を立てて巨大な噴射炎を噴き出した。ブースターも通常以上の出力での噴出でその分熱量も大幅に上がっていたが、それもリミッターを切ったジェネレータとラジエータによって辛うじてカバーできている。

 落下速度が急激に減少。その瞬間に足元から来る衝撃に対してヴィラスは両足を踏ん張って懸命に堪える。

 コクピット中にけたたましく響き渡るアラート音。それがヴィラスの意識を繋ぎ止め、再び<ヴェスペロ>が叫んでいる様であった。──『生きろ』、と。

 永遠にも感じられた重力の暴力は不意に止まり、アラート音が鳴り止む。同時に別のリズムで響くアラート音が変わりに耳朶を打つ。緩やかなリズムに合わせてモニターには別の警告メッセージが赤く明滅していた。

 

 《OB DOWN》

 

 リミッターの解除時間が終了。機体内にある全エネルギー。すなわちジェネレータのコンデンサも全て使い果たした状態。暫くは何も動かすことが出来ない。

 だが、高度計の表示は許容高度内にいる事が確認出来た。自由落下でも対応可能な高度。地表が見える。

 ようやくコンデンサ内のエネルギーがブースターをひと噴射出来る程度まで回復する。地表がモニター一面になるタイミングでフットペダルを踏む。

 ブースターからこれまで聞いたことが無い腑抜けたような音。一瞬だけ噴射して動作が止まり、そのまま着地。

 生き残れた。

 任務の成否よりもその結果だ。生き残れた者が次を繋げる。

 機体チェックを行う。状態は言わずもがなだが、それでもレイヴンとして習慣的にやる事が身体に刻み込まれていた。

 ジェネレータはコンデンサに異常が出ており、正常なエネルギー供給は出来ない。ラジエータは動作停止。ブースターも噴射系に異常。既にジェネレータはフェイルセーフが作動して必要最低限の動作しかしない。武装も全て棄ててしまったので当然、戦闘機動は出来ない。

 座標を確認。四方限りなく荒れ果てた大地が広がっているが、アライアンスの勢力圏内にいる事はマップで判った。それだけでもひと安心出来る。武装勢力に襲われる危険性は少ないと判断できるからだ。

 通信機をオンライン。ルシーナと繋ぐ。

 

 『ヴィラス! 無事なのね?!』

 

 たった数分間の出来事であったが、この声をまた聞くことが出来た喜び。ヴィラスは「ああ、大丈夫だ」と応える。

 

 「輸送機から叩き落とされてしまった。現在の座標を送る。迎えの手配を頼むよ」

 『了解、その地点なら近くのアライアンスの基地から呼べると思うから待機していて』

 「……輸送機はどうなった?」

 『そのまま西へ向かったまま信号が途絶えてしまったわ。アライアンスが追跡部隊を出す様な動きはまだ見せていないけど、もうじき騒がしくなると思う』

 「そうか……」

 

 ヴィラスは深く嘆息する。ここにきて任務の失敗を実感。輸送機に乗っていた知識人たちはどうなるのか。アライアンスへ対する人質として扱うのか、それとも。

 敵の正体は特務部隊、もうリターナーと呼ぶべきだろう。そしてその戦力は旧式の機体が含まれていた。

 魑魅魍魎の集まり。何故かそんな言葉が出てくる。まだ完全に正体を掴み切れていない敵に対する妙な畏れの所為なのかもしれない。

 あれだけの決起声明を出したのだから大人しくするわけがないと思っていたが、中々大胆だとヴィラスは敵ながらに感心せざるを得なかった。

 コクピットハッチを開けてヴィラスは夜空を仰いだ。西から吹く風が火照った顔に触れる。

 

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