ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

68 / 68
第64話「The Other Side」

 輸送機から目標地点に降り立つと、ヴィラスはすぐに<ヴェスペロ>のシステムを戦闘モードに切り替えた。

 辺りは草一本も生えていない荒地で何もない。

 左背部のレーダー<WB10R-SIREN2>をアクティブ。更新されたレーダーディスプレイ上にも反応は見受けられない。

 

 『この辺りには反応が無い……もう少し西の方へ向かってみましょうか』

 

 今のところ消息を断った調査隊から何かしらの通信が来たという情報は入ってきていない。最悪の状況は覚悟しておかなければならないだろう。ヴィラスはルシーナの言葉に頷いて機体を動かす。

 モニターに映る景色の奥、その先はナービス領。

 自然と顔が強張っていく。何故だかはヴィラスには分からないが、ひとつ溜息を吐いてフットペダルを踏んだ。

 硬い地面を踏みしめる感触がコクピット越しに伝わる。変わらない景色を眺めながら周辺を捜索するが、動くものは未だに見つからない。

 10分程進んだだろうか、センサーに金属反応。大きさはバラバラだが複数、自機の前方に出ている。嫌な予感がした。移動速度を上げて向かう。

 やがて月明かりに反射する幾つもの金属光沢が見えてきた。

 

 「ダメだったか……」

 

 そこにあったのは多数のMTやACの残骸と思しきもの。どれも原型は留めていなかった。

 

 『バイタルセンサーを確認中……。──待って、微かだけど反応を1つ検知。<ヴェスペロ>の70メートル右前方からよ』

 「了解。確認する」

 

 生命反応があるという残骸に機体を向けた。そこには上半身だけが辛うじて残っている<CR-MT85BP>の姿。大きく凹んだコクピット周辺からパイロットの状態が危険であるのは一目瞭然であった。

 コクピットハッチをマニピュレータでこじ開けると、ヴィラスは機体から降りてMTのコクピット内を確認する。

 

 「……」

 

 そこから猛烈な血の臭いが漂ってきたのを鼻腔で嗅ぎ取ると、このパイロットはもう助からないだろうとヴィラスは察した。

 微かな呼吸音が残された命の時間はあと僅かであると知らせていた。コクピットに入ってきた月明かりがパイロットの腹部に深々と突き刺さった機体のフレームを伝って流れ出る血と共に照らす。

 

 「……う……」

 

 パイロットの意識はまだ辛うじてあった。痙攣する頭部をゆっくりとヴィラスの方へ向ける。目は見えている様だ。ヴィラスが手を挙げるとそれに応えるように小さく頷いた。

 

 「きゅ……う……え……ん」

 「……ああ、もうすぐ来るぞ。病院に行けばそんな傷はすぐに治せる」

 

 助からないと分かっていてもパイロットの手を握って慰めになる精一杯の言葉を投げかけるしかない。

 

 「……ほか……のた……い……いん」

 「今、確認している。まだ無事なヤツはいる筈だ」

 「ぉっ……へ……ぃ……ぁ……」

 

 次第に声も掠れて呼吸も弱まっていく。やがて焦点の定まらない眼は開いたままその動きを止めた。

 

 「……」

 

 ヴィラスはパイロットの瞼を静かに閉じさせると、パイロットの胸元から認識票を取り出して<ヴェスペロ>のコクピットに戻る。

 

 「ルシーナ、他に生命反応は?」

 『……ダメね、全く検知出来ない。恐らく全滅よ。生き残っていた方は?』

 「ついさっき亡くなった。アライアンスへ照会を頼む。認識番号AW231295。名前はマルコ・ファルコメリ」

 『了解。──ヴィラス、アライアンスから任務中断の通告がたった今来たわ。回収ポイントはS-16845。これから向かうとのこと』

 「これ以上は捜索出来ないか……」

 『それと亡くなったパイロットの照会が完了。あの基地に所属しているパイロットね……』

 

 「そうなのか」とヴィラスは頷く。調査隊の同行者だ。周りに散らばる残骸の下にも彼の同僚がいるのだろう。

 輸送機を護れていれば起きなかった犠牲の筈だ。

 調査隊の全滅という最悪の結果。一体何が起きたのか。パイロットは語ることなく死んでしまった。基地司令には望ましくない報告をしなければならない。そう思うと心が重くなる。

 ハッチを閉じてコントロールスティックを握り締めたその時だった。

 

 『──ヴィラス、遠方から熱源反応を感知。数は……多い……!』

 「多いっていうのは……」

 

 ルシーナが珍しく曖昧な言葉を使ってきたことに困惑するが、その理由がすぐに分かった。

 故障を疑ってしまうくらいにレーダーディスプレイの端が壁の様に赤く染まっていた。それはこちらへ近づいてきている。

 

 「これは」

 

 反応がある方へ頭部カメラを向けてズームさせると小型の飛翔体を多数捉える。──紅い機影。

 

 「……特攻兵器か……!」

 『すぐに逃げて!』

 

 調査隊が全滅した理由が分かった気がした。ヴィラスは<ヴェスペロ>のブースターを全開にしてこの場から離れる。だが、レーダー上の輝点、いや輝塊は急速に<ヴェスペロ>へ向かって来る。

 ヴィラスは機体を反転させて両腕に持たせたライフル<WR10R-MOLD>とハンドガン<CR-WH73H2>を発射。スピードで敵わなければ数を減らして少しでも逃げられる状況を作るしかない。特攻兵器自体それ程頑強ではない。ある程度密集していれば狙いは定める必要は無く、1機破壊すれば周囲を巻き込んで爆発する。

 一旦は収まるが、それはほんの少しだけの沈黙に過ぎなかった。

 破壊を免れた特攻兵器が二手、三手と別れると今度は個々がうねる様な動きで再び<ヴェスペロ>の方へ向かって来る。

 特攻兵器の恐ろしいところはそこにある。標的にぶつかる為にただ真っ直ぐに向かって来るのではなく、まるで意志を持っているかの様にその都度動きを変えてくるところだ。

 近い所で爆発。更に続けて連続で火球が荒野に咲いた。それに怯む事はせずにフットペダルとコントロールスティックを動かし続ける。少しでも動きを緩めれば食いつかれてしまう。その動きは昔、記録映像で見たピラニアという魚を彷彿させた。

 向かってきた特攻兵器を破壊。だが、横から飛んで来た1機へ対応できずに激突。防御スクリーンを突き破って肩部装甲が大きく窪んだ。

 

 「ぐ……っ!」

 

 機体が宙に浮く程の衝撃。動きが一瞬緩んでしまった。そこへ容赦なく特攻兵器の大群が迫ってくる。ヴィラスは<ヴェスペロ>の上体を咄嗟に捻らせてコクピット付近への直撃を避けた。そして衝突の勢いを利用して大きくバックステップ。

 

 「……クソっ」

 

 <ヴェスペロ>の両腕を振り回しながら武器を発射。僅かな隙を突いて反転させるとオーバードブーストを起動させた。

 これで距離は稼げるはずだが、特攻兵器が活動を止める前にエネルギーが尽きてしまえば同じ事だ。

 マップをモニターに表示させるが、周辺に機体を隠せるような遮蔽物などは見当たらない。

 

 「迎えはまだか?!」

 『回収班がポイントに到着まであと7分』

 「長いな……」

 

 思っていた以上の時間。耐え切れるか難しい時間。それまでに特攻兵器が到着前に活動を止めてくれるのを祈るしかなさそうだ。特攻兵器は一定の時間が過ぎると活動を止めて自壊するのは知っているが、いつ止まるかは特攻兵器の気分次第。

 エネルギーゲージがレッドゾーンに達する。思っていたよりも消費が早いのはジェネレータがまだ完調ではなかったらしい。オーバードブーストを切り、バックステップで距離を取る。エネルギーが回復するまでどれくらい掛かるか。

 距離が再び縮まる。エネルギーの回復はまだ掛かりそうだが、ここでヴィラスは自分のミスに気が付いた。回収ポイントから離れてしまっている。逃げる際に位置を見失っていた。

 逃げる為の距離が延びてしまったという事だ。無意識の焦りが致命的なミスを引き起こしてしまった。更に距離が縮まってくる。両腕の武器を発射しながらECMメーカーも射出するが、効果は見受けられない。

 バックステップにも限界がある。攻撃をすり抜けてきた特攻兵器が<ヴェスペロ>に激突。大きく揺らぐ機体へ特攻兵器が殺到。

 

 (耐え切れない……)

 

 正面から多数の特攻兵器。オーバードブーストを使うには十分なエネルギー容量まで回復していない。両腕の武器での対処も厳しい状況。

 一瞬の逡巡の後、ヴィラスはオーバードブーストの起動を選択。それ程距離は稼げないし、同じことになるだろう。それでも諦めるという選択をするよりもやってみなければ、という気持ちの方が強い。ここで死ぬわけにはいかないという意地でもある。

 オーバードブーストが起動。<ヴェスペロ>は一跳びする。だが、それが限界であった。そしてチャージングのアラート音。

 失敗か。そう思った瞬間、レーダー上に新たな輝点。識別はブルー。モニターの片隅に輸送機<C06-STORK>が小さく映っていた。

 

 『味方……? 向こうから通信が──』

 『動けますか? あと数秒耐えてください』

 

 ルシーナの声に割り込んできた若い男の声。知っている声だ。輸送機かららしい。

 

 『着弾時の巻き添えに注意を』

 

 男はそう言って通信を切ると、輸送機から大量のミサイルが発射されるのが見えた。それを察知したのか、<ヴェスペロ>に向かってきていた特攻兵器の動きに動揺を思わせるような揺らぎ。その隙を突いてヴィラスは<ヴェスペロ>を全力で走らせる。

 壁とも言えるミサイルの束と衝突した特攻兵器が次々と火球に変わり、それによって発生した衝撃波が<ヴェスペロ>を揺さぶった。

 特攻兵器の数は大きく減る。チャージングをした状態でもある程度は逃げられる余裕が生まれるが、それでもレーダーの端から新たな輝点が次々と表示される。

 輸送機から再びミサイルが発射。それと同時に小さくブースター炎が輸送機の下から現れるのが見えた。レーダー上にも味方識別の表示。ブースター炎が大きくなり、一気に<ヴェスペロ>の方へ向かって来る。

 ACであった。ACは<ヴェスペロ>の頭上を通り越していくと、ミサイルの着弾に合わせて着地。残った特攻兵器を右腕に持ったレーザーマシンガンで破壊していく。

 

 『どうやら限界の様ですね』

 

 溜息交じりで男はそう言った直後、波が引いていくようにレーダー上の輝点が消えていく。理由は機体を振り向かせることで分かった。特攻兵器が次々と動作を停止して自壊していくのが見えた。

 

 『間一髪と言ったところでしょうか、無事で何よりです』

 

 ACが<ヴェスペロ>の横についた。ライトブルーの中量二脚型。左肩には「裁きの光を降らせる天使」のエンブレム。ジャウザーの<ヘブンズレイ>であった。

 

 「何故ここに……いや、助かった。感謝する」

 『アライアンスからの依頼を受けている以上、今の貴方は味方であると認識しています。私もこの辺でうろついていた反乱分子を追撃する任務を受けていましたので、ここに居合わせられたのは幸運でした』

 「反乱分子っていうのはリターナーか?」

 『撃破した機体に本部部隊所属らしきACが含まれておりました。現在照合していますが、恐らくそうでしょうね』

 「投降させなかったのか」

 『……そうするべきでしたが、少々加減を誤ってしまいましたよ』

 「そうか……」

 

 リターナーに関する情報はもう少しだけ待たなければならないらしい。それでも時間は掛からないと思ったのは戦術部隊もリターナーの掃討に絡んでくるだろうというのが分かったからであった。スタークスの言う通りアライアンスとバーテックスの双方からの激しい攻撃に遭う事が容易に予想できた。

 

 「蛮勇、か」

 

 何を隠しているのかは分からないが、リターナーの行動がそれにしか今は感じられない。今後の依頼の色も変わっていくだろうとヴィラスは予想する。

 

 『今後ともアライアンスの為に戦って頂ければありがたいのですが』

 「俺はレイヴンだ。そんな頼み、聞くことは出来ない」

 『やはり相容れられない存在ですね。貴方たちとは』

 

 ジャウザーの微かに低くなったのを聞き逃さなかった。それはジャウザーの頼みを拒否したことよりもレイヴンという言葉に対しての様な気がしたからだ。そしてそれは合っていたらしい。

 

 『私はアライアンスに忠誠を誓ったとは言え、レイヴンであることを忘れていない。勘違いしてもらっては困りますよ。世界の秩序を戻す為の正当な道がアライアンスで戦う事だと確信しているからです』

 「考え方を否定しない。だが、これだけは保証する。リターナーとは組まない」

 『結局は敵として相まみえるかもしれないという事には変わりないですよ』

 「意思表示だ。少なくともリターナー所属の機体と一緒になってあんたらを叩くような真似はしない」

 『いずれにせよ、敵として来るのであれば容赦はしません。──それではまたお会いましょう』

 

 <ヘブンズレイ>は大きく跳躍すると、上空で旋回待機していた輸送機へと乗り移っていった。そのまま輸送機は南の方へ飛び去っていく。

 それを見届け終わると、騒がしかった周辺が静かになったのに気が付いてヴィラスは我知らずに張っていた肩の力を抜いた。

 相変わらずの堅物ぶりだが、あらためて言葉を交わせばジャウザーなりの信念があることが窺えた。確たる信念というものを持つ者であるからこそブレない強さがあるのかもしれない。

 自分にも持てるようになるのだろうか。少しばかりジャウザーに対して嫉妬の念を覚えた。

 遠くから<クランウェル>のローター音。ヴィラスは自分の胸に掛けている認識票を一度強く握りしめると、回収ポイントへ向けて機体を動かした。

 

 

 基地に戻り、デブリーフィング。そして戦死したパイロットの認識票を基地司令に渡した。

 

 「彼のだけしか回収できなかった、すまない」

 「消し炭になって回収すら出来なかった事なんて過去に何度もあった。ファルコメリ少尉のだけでも回収できたのはありがたい事だ。──まあ、落ち着いたら他の隊員のも回収に行ける筈だ」

 

 血の跡が残る認識票を暫く見つめた後、基地司令は小さくそして深々と嘆息した。

 

 「……しかし、一気に寂しくなってしまった」

 

 結果としてこの基地に所属するパイロットの殆どが喪われてしまった。その原因はまだ分かっていないが、ヴィラスが受けた状況からして特攻兵器によるものである可能性が高いと思えた。

 

 「少なくなってきたと思ってきたが、ここ最近は特攻兵器の出現が増加傾向にありますね」

 

 <ヴェスペロ>の戦闘ログと直近の作戦報告書を交互に眺めながらアライアンス士官が青ざめた表情で小さく声を出す。

 

 「特攻兵器にはアライアンスもバーテックスもない。兵器とあらば突っ込んでくる。バーテックスとのドンパチが派手になればそうなってくるって事らしいな。生き残れただけでも上等だぞ、レイヴン」

 「ジャウザーの援護が無ければ危うかった」

 

 素直な気持ちが言葉に出る。タイミングが悪ければ<ヴェスペロ>は致命的なダメージを受けてヴィラスがここに居る事は無かっただろう。

 

 「これでまた面倒事が増える。また戦術部隊頼りになりかねんし、こちらも早いところ補充戦力を寄こしてもらわないとな」

 

 「……あいつらの弔いもおちおち出来やしない」と基地司令が言葉の最後にそう付け加えた。

 所属パイロットたちの戦死報告も彼らはしなければならない。これは辛い仕事になるだろう。

 

 「すまない……」司令の言葉の後にヴィラス。「俺が輸送機を護り切れていれば……」

 

 ヴィラスの口から後悔の言葉が漏れた。護衛任務を全う出来なかった故にこの犠牲が出たと痛感する。

 

 「あの任務の結果報告書は私も読んだ」

 

 基地司令は肩を竦めて言葉を続けた。

 

 「失敗の原因はレイヴンの力量であると断じれば楽ではあったが、こちらの戦力も重要なパッケージを護衛するには少々脆弱であったのも否めない。失敗の要因や連中の意図についてはこれから精査しなければならないし、時間も必要だ。……気にするなとまでは言わないが、抱え込んでも仕方ない」

 

 小さな溜息をひとつ出して司令官は椅子に座る。

 

 「レイヴン、君が彼らの死を悼むのならば、早いところこの面倒事にケリをつけてくれ。彼らの墓前に手を合わせるのはそれからだ」

 

 基地司令からの視線にヴィラスは目を逸らせなかった。強い怒りがその視線から込められていた気がしたからだ。それは様々なものに向けられている。

 

 「バーテックスや他の勢力との戦闘であればまだ割り切ることが出来たかもしれないが、これは必要のない犠牲であった。それだけは忘れないでくれ」

 「……分かった。リターナーの連中に彼らの無念をぶつけさせる」

 

 「それでいい」と基地司令は頷いた。

 「今後についてだが、この基地の所属機がいない状況だ。まだ残る必要があるだろう」

 

 「ああ、そうだった」と士官が声を上げる。「空域の閉鎖が順次解除されることが先程決まった。これで他の基地から救援が来てくれる。防衛力に関してはこれでどうにか凌げるだろう。到着次第、交代だ。それまではここで待機してくれ」

 「了解だ」

 「なんにせよ、この基地が無事でいられたのはレイヴンのお蔭だ。これに関しては礼を言わなければならない。私たちは生き残れた。これで次に繋げられる。感謝しているぞ、レイヴン」

 

 司令はそう言って右手をヴィラスへ差し出した。

 

 「依頼をこなした、それだけさ。ここでの施しのお蔭で戦う事が出来た。こちらこそ、感謝している。ありがとう」

 

 ヴィラスはそう言って右手で握り返して握手。隣にいる士官にも同様に握手する。ふたり共、長く軍に居た証であろう硬い掌の感触があった。

 

 「次はなるべく格安で頼みたい」

 「依頼内容次第かな」

 

 互いに安堵の表情がようやく浮かび上がる。これでひとまずの任務は完了ということになった。

 5時間後、ヴィラスと<ヴェスペロ>は迎えの輸送機でガレージに戻る。

 

 

 

 *     *     *

 

 クレスト領ガル・パーク。

 クリフの提案でこの街に身を寄せる事にした。当初は先日までいた街で作業を続けることを考えていたが、バーテックスの監視の目を考えて変更することを決断。ここならばクリフのねぐらもあり、雨風を凌いで調査作業などがやり易いと思ったからだ。

 ガル・パークに着いて2日経つ。街の様子は既に先日起きた占領事件以前の雰囲気が戻りつつあるのを感じ取れた。それは良い事であるが、市民があの日受けたであろう恐怖は果たして取り除けたのだろうか。

 自分自身、死生観がおかしくなっていた経験もあり、クリフは妙な不安を覚えたが、代替豆のコーヒーの香りで無理矢理押し出した。

 

 「アライアンス、バーテックス。共にリターナーからの攻撃を受けているそうだ。だが、どれも成功しているわけじゃないか。所属ACが何機かやられている」

 

 端末の画面を眺めながらクリフは対面で同様に端末と睨めっこをしているチトセへ何気なく言葉を向けた。

 

 「どの機体?」

 「元西部方面軍所属のACが2機。それに加えてたった今、元特務部隊所属のACが1機やられたっていう情報が入ってきた。特務部隊のACはアルマンディンの<ズレリヤヌアル>らしい」

 

 そう言ってクリフは端末の画面をチトセに見せた。小さく溜息を吐いたその表情は心なしか安堵していた。

 

 「──ちなみに戦闘が起きたどの場所でも<ユーアンヴェール>の姿が確認されたという情報は無い」

 「シェインの立ち位置的にそうだろうと思っている。今どこにいるかを探るのはなかなか難しいだろう」

 「アイツ、レイヴンとしての任務は偵察とかのピーピングを主にしていた。余程の事が無い限りは前に出てこないだろうな」

 「そうでしょう。あの画像は正に幸運ってとこだった。バーテックスでもACで前線に出るなんてメイシュウシティの時を含めて私が知る限りあれで2回目だ」

 「シェイン・ファレム……いや、シュエットは256年にレイヴン登録。登録後はキサラギ領アリーナに所属。総合順位を74位まで上げてその翌年にミラージュ領に転属。その後は順位を大きく変動することなく翌年にはクレスト領に転属。ここでも順位を変動させずに……ってコロコロと所属アリーナを変えているねぇ。最終的にはキサラギ領に戻ったみたいだが」

 

 少ない時間を使ってシェインのレイヴンとしての経歴を調べ上げていた。シュエットというレイヴン自体は知っていたが、こうしてじっくりと見るのは初めてだった。

 中々面白い経歴だ、という印象だ。それに加えて大手調査会社の調査員の仕事も両立していた。多忙な生き方だったのだろう。

 

 「……そういや、お前さんは何でバーテックスに入ったんだ? 何処かの武装組織にでもいたのかい」

 「元々はキサラギの諜報部所属よ。特攻兵器が襲って来た直後の混乱で部隊が全滅して彷徨っていたところを拾われた。最初は企業軍の何処かだと思っていたらまさかのバーテックスだったというオチ。その時にシェインの部下になったの」

 「キサラギの人間だったとはね。……あの紛争は前線に居たのか」

 「いるには居たが、紛争の末期に差し掛かる頃だ。私が所属していた部署も領内にいる支社部隊を支援する為にナービス領入りしたが、結局のところ撤退が決定してね。やることがもう殆ど無かった」

 

 そう言ってチトセは視線を下ろして嘆息した。

 

 「後になって分かった事だが、同様に現地入りした部隊の中に例の研究者グループが紛れ込んでいたらしい。誰でも良いからそいつらに気付いて止められていれば、と時々思うよ」

 「確かにあいつらを止めていればって思うが、結局は三大企業のどれかがやっちまっているだろうな。遅かれ早かれそうなっていたさ。……それにしてもバーテックス所属で良かったのか。企業軍所属だったなら──」

 「──バーテックスに所属している人間全員が反企業勢力に属していた訳じゃない。私の様な企業所属の人間も割といたし、進んでバーテックスに入ったっていう者もいた。企業の人間だって今までの体制を手放しで肯定していたわけじゃない。私だって思うところがあったからすぐに受け入れられたよ」

 「そういやそうか。レイヤード時代から変わった事といえば青空の下で生活出来るようになったくらい……だよな」

 

 特攻兵器襲来前の生活を思い出し、クリフは苦笑いを浮かべて煙草に火を灯した。

 リサーチャーという不安定な職業であるためにとやかく言えないが、やはり三大企業に属し、最低でも下級の幹部にでもならなければ将来のビジョンを末長く見据えるのは難しいだろう。それが出来ないと悟ってしまった者から脱落して、やがて反企業主義の思想へと走っていく。

 そういった人間はこれまで数多く見ていった。そしてそのきっかけを幾つも作っていたのかもしれない。

 窓に顔を向けて紫煙を吐き出す。部屋に残しておいた煙草で、これも久々に味わう感触。やはり吸い慣れた銘柄が一番だ。

 

 「一応、形にはなったかな」

 

 隣の部屋からKDが口元を緩めて入ってきた。手には端末を持っている。

 

 「どれくらい出来たかい?」

 「あー……恐らく5割から6割程ってとこかな。バックアップをベースにしての再構築で、暗号化されっぱなしのデータが多数だからね」

 

 ジノーヴィーの端末から取っておいたバックアップデータを基に端末を再現しようと試みたが、結果は芳しくなかった。「まあ、想定内かな」とクリフは言ってKDと笑い合う。

 

 「難しいだろうとは思っていたからそんなにガッカリはしないよ。無理しないで出来るところから見ていこうか」

 「放流したデータからネットワークコミュニティ上である程度の情報が精査されるかなと思っていたけど、情報に関しての堂々巡りと陰謀論に都市伝説考察の加速に拍車をかけちゃった感があるねぇ。リサーチャーによる調査内容が埋もれてしまったよ」

 

 自身の端末を持ってきて画面を見せるKD。ネットワークから取得してきた情報の一部が表示されているが、一見しただけでノイズの多い情報であることがクリフには分かってしまう。一緒に見ていたチトセにもそれが理解したらしく、口角を下げて呆れた表情を出していた。

 

 「リサーチャーのコミュニティだけじゃなく、一般のコミュニティにも出したらこうもなるかぁ。でもまあ、突拍子な与太話をさも真実であるかの様に力説する様は今の世界における一種の清涼剤にはなりそうだよ。僕、こういうノリ大好き。特にこのAMIDA宇宙生命体説なんて昔出た明らかなフェイク画像に更に加工を加えて無理矢理なこじつけをして盛っているのはやり過ぎて笑っちゃう」

 「もうちょい上手く加工してやれよな。これ、ケージに入れられている<AMIDA>もどきがイラスト感丸出しで浮いちまっているぞ」

 「元の写真は特撮番組のワンシーンを切り抜いたやつだね。確かキサラギ系列の映像会社が60年前に制作した番組だったと思う」

 「AMIDAもどきは確かどこかのパイロットが初遭遇した時の証言を基にイラスト化したのだろう。あからさま過ぎて逆に感心するぜ」

 「他には……管理者の暴走は予め設定されていた説に、大破壊は宇宙から到来した人型兵器との戦争説……ミラージュ代表は代々レプティリアン……キリが無いね」

 「これ面白れぇな。キサラギのアザーズ計画。前々から聞いていたけど、これの情報提供者、内部資料とやらもアップしているけど……まぁこれは……」

 

 クリフは画面に表示されたリンクを開いた。そこには「Others Educational Facilities」というタイトルが記された資料のスキャン画像が十数枚上げられている。

 レイヤード時代にキサラギが管理者から直々に依頼されていたというクローン人間の製造計画。優秀な才能を持つ人間をベースとしたクローン人間を作成させて先導者として立たせ続けようとする計画だったらしい。ただ、ここで上がっている資料というのは一昔前にフェイクだと断定されたものを再加工した作り物だというのはクリフとKDは既に気付いていた。

 

 「私のいたキサラギってこんな事もしていたのか……確かに癖の強い企業だとは思っているが……」

 「あくまでも噂だよ。元々バイオ系の分野に強いキサラギだからこそ出てくる噂だ。似た様な与太話なんてたくさんあってキリがねぇ」

 

 そう言ったクリフの脳裏に以前、ディーネル大佐に調査依頼の報告をした際に出てきた人造人間の話を思いだす。あの話もアザーズ計画から派生した与太話のひとつでもあった。

 管理者からもたらされた技術。仮に計画が真実だとすれば、この技術も旧世代の遺産のひとつと言えるのかもしれない。

 そういう意味ではAI研究所製の高性能IAIも同様だろう。知らずのうちに特攻兵器以外の旧世代の遺産はこの現代に侵食していたことになる。

 その恩恵も驚異も同時に受けていたというのか。妙な寒気を覚えてクリフは話題を変えることにした。

 

 「それにしても、リターナーは妙な動きをするよな」

 

 自身の端末を取り出してクリフは画面を出した。

 

 「どんなに貧弱な組織だろうと動きにはパターンがある筈だが、リターナーは動く場所がバラバラで一貫性が無い。時間もそうだ。同時に動いている様でも実際は大きくずれている。これが参謀本部の作戦参謀がいる組織なのかっていう位に連携が出来ていない」

 「ブラフじゃないかな?」

 

 今度はKDが自身の端末を見せてきた。

 

 「例のセキュリティガバガバ基地の通信、まだ盗み取れるよ。アルマンディンはダメだったらしいけど主力である特務部隊所属機は占領したアライアンス基地から旧ナービス領方面へ向かっていったという情報がアライアンスの部隊間で出てきている様だよ」

 「……ということは今しがた掴んだ、参謀総長が数名の部下と共に姿を消したって言うのもそれに関しての事みたいだな。態勢を整える為の時間稼ぎってとこか」

 

 クリフは端末の画面を睨んで小さく唸り声を上げた。参謀本部の総長であるアルバート・レイクスタイン少将の所在が昨日の未明から不明になったという情報。これから精査する必要がある情報であったが、優先順位を変えなくてはならない。

 リターナーの動きがにわかに騒がしくなってきたようだ。また大きな戦闘が起きるだろうと予想出来る。

 

 「チトセさん、シェインは多分ナービス領の何処かにいるぜ」

 

 チトセの右瞼が微かに動いた。

 

 「たが、ナービス領も広い。何処の都市跡か基地かは討伐に向かう連中の動きを見てみないと分からんがね」

 「ナービス領かぁ」と沈む声のKD。「あそこはまだ手付かずの施設が多いから何があるか……」

 「あちらさんで開発した兵器を漁ってんじゃねぇだろうな。──いずれにせよ、行くにはこの面子じゃまず無理だな」

 

 先の紛争の主戦場であるナービス領は紛争による被害に加えて特攻兵器の被害が最も大きい。それ故に立ち入りが厳しく規制されている場所が多数あり、手ぶらで入るには相当なリスクがある。

 

 「行くとなればもっと強力な味方とコネが必要だ」

 

 両手を挙げてクリフはまた紫煙を吐き出すと床の上で大の字になる。この状況を打破するには何かひと工夫が必要だ。

 玄関が開く音、「戻ったぞ」とケインズの声。背中には大きなリュックサックを重そうに背負っていた。

 

 「銃と実包が手に入った。これで身を守れるようになる」

 

 リュックの中身は銃と大量の弾であった。

 

 「よく手に入ったな」

 「レイヴンやリサーチャーにネットワークがある様に、俺たちの様な傭兵にもある。この街で警備をやっている奴が数名いて、そいつら経由で買ってきた」

 「全部拳銃か」

 「ライフルも欲しかったが、俺の懐が……な。それに移動が多くなるかもしれないから持ち運びしやすい方が良いだろう」

 「俺は持っているから良いが、KDは?」

 「ああ、僕は煙幕カプセルとテーザーガンがあるけど、念の為に1挺持っておこう」

 「では、残りは俺とチトセで持つ。それで良いか?」

 「OKよ」

 「──とりあえず目指すべき場所は分かりそうだ。後はどうやって絞り込むか……だな」

 

 クリフは大分短くなった煙草を指で摘まんで思い切り吸い込んだ後、勢いよく紫煙を吐き出す。そう時間は掛けられない。

 開かれた窓から久々に潮の匂いが入り込んできた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。