ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第65話「Steel Oneself」

 シャワーを浴び終えたシグリッドはココア色の肌の上に纏わりついた水滴をタオルでふき取りながら埃臭さが混じる空気に少し顔をしかめた。

 特務部隊が駐屯することになった基地。元々は先の紛争でミラージュがナービス領内に建設した前線基地であったが、特攻兵器襲来直前に放棄されていたものらしい。この手の軍事基地は特攻兵器によって全て破壊されたのだと思っていたが、この基地はほぼ無傷であり、機能も健在であった。

 手回しは良いものだとシグリッドは感じられた。リターナーという集団になった今、正規の基地はもう使えない筈なのでアライアンスを含めた他の組織の基地を奪うか、使われていない基地を使うしかない。

 基地に辿り着いて早々に所属ACが相次いで撃破されたという報せ。撃破されたのはリターナーに合流したアライアンス本部部隊所属機が2機とアルマンディンの<ズレリヤヌアル>。同士の戦死でも惜しむなどという感情が今ひとつ持てないのは傭兵という身分であった故による仲間意識の希薄からであった。

 本部部隊のAC2機を撃破したのはジナイーダ。どういった経緯で交戦に至ったかはまだ確認中だが、交戦時間は5分も満たなかったという報告が上がっている。パイロットの技量差もさることながら、AC2機掛かりでも彼女の<ファシネイター>は止められなかった。

 ここ最近、交戦情報が入ることが多くなってきているジナイーダについては交戦したアライアンス所属機の戦闘ログを見るようにしているが、あまり参考に出来るような情報は得られていない。恐らく、これから上がってくるであろう撃破機のログを見ても、解るのは碌に反撃も出来ずに蹂躙されたという結果だけだろう

 元々素質は高いと言われていたが、この半年で急激にその強さが増してきているというのが周囲で上がっているジナイーダへの評価であり、シグリッドも同感であった。

 過去のアリーナでの戦闘映像とつい最近捉えられた戦闘映像とを比べても挙動の鋭さが違うのが一目で判った。並みのパイロットならば1から3の呼吸で完了させる機動を1で完結させられる様になっている。常に最前線に身を置いた経験値がそのまま彼女の実力に反映されているというのが一目瞭然であった。

 そしてアルマンディンは新開発されたACからの無人機管制システムのテスト中にレイヴンと遭遇して撃破されたと聞いている。作戦領域内で行動中のレイヴンはいないと聞いていた筈だが、どうやら想定外の事態だったらしい。

 撃破したのはヴィラス。以前ミニオーグと組んで任務にあたっていたレイヴンだ。今度は敵として来た。

 短い時間でしかの共闘をしていないが、腕は悪くないというのが交戦経験のあるジェランの評価。今後の脅威として一応の注意はしておかなければならないだろう。

 2人のレイヴンは今後ともリターナーにつかないだろうとシグリッドは直感している。

 生き方の選択の相違。レイヴンという生き方にこだわりを持っている。この時期でもどの勢力に傾くことないACパイロットに共通して言えることかもしれない。食い扶持の為にアライアンスへの所属を早々に決めた自分とは違う考えを持っているからだ。

 その選択が正しいかは分からない。レイヴンズアークが消滅した現状、明確な後ろ盾を失った。力の維持は困難になるだろう。難しい選択だが、組織に縛られないという意味では生き抜く方法をその都度変えやすい。既に組織に組み込まれている自分には出来ないものだとシグリッドは思っている。

 着替えを済ませてハンガーに向かう事にした。埃臭い自室にいるよりも大きく開けたハンガーの方が断然空気が良いのもあるが、愛機<ブリュンヒルド>の状態を確認しておきたかった。

 通路を歩いているとハンガーに近づくにつれて喧騒も大きくなってくる。隊員が続々と到着していると実感していく。

 ハンガーに到着して整備ブースへ向かうと<ブリュンヒルド>の隣に<エクリッシ>の姿があった。整備班が集まり出しているのを見てジェランは今しがた到着したのだというのが分かった。あと到着していないのはミニオーグだけの様だが、彼は先日の戦闘で機体が損傷した際に負傷したというのは聞いているのでその治療で遅れている可能性はある。

 その時、<エクリッシ>の周りがにわかにざわつき出した。整備班の人間だろうか、何かを非難するような声が聞こえてきた。

 理由は突如ハンガーに足早で入って来た数名の白衣を着た者たちが整備班を押しのける様にキャットウォークを上がっていったからだ。

 見たことの無い顔であったが、どう見ても整備兵ではない。遠目から見ても皆、神経質そうな顔をしているのが分かる。

 白衣の者たちは<エクリッシ>の前で待機すると、コクピットハッチが開き、ジェランが出てくるのが見えた。だが、その姿はシグリッドが普段知る姿とは違っていた。

 黒いパイロットスーツは同じであるが、今まで着ていたのよりも薄手になっており、各部位にプロテクターの様なモノが付けられている。ヘルメットも従来のバイザー付きのではなく、完全に覆われたフルフェイス型でジェランの表情は全く窺えない。

 ジェランは白衣の者たちに付き添われてキャットウォークから降りてきたが、様子もいつもと違うのは明白であった。

 先日実施した調整手術とやらの影響なのか、他人の手を借りていないと倒れてしまうのではないかというくらいに足元が覚束ない様子。

 整備ブースの2階部分からそれを眺めていたシグリッドは声を掛けようかと手摺に身を寄せた。手術以降、ジェランが隊員の前に姿を見せていない。ここ最近は副隊長である元レイヴンのコーカサスが指示を出していた。

 その時、ジェランの首が一瞬だけシグリッドの方を向いたが、すぐに白衣の者たちによってハンガーの外へ連れ出されていった。

 ──身構えておけ。

 以前聞かされた言葉が何故か思い出され、我知らずにシグリッドは手摺を強く握りしめていた。

 あの時は旧世代の遺産に対して無知であった自分を諌める為の言葉であったが、今のシグリッドにとってはリターナーという組織の危うさに対しての言葉にも思えてきた。

 この組織の行く先とは? 

 自分は一端の兵士でしかないが、それでも立ち回り方というのを考えることは出来る。身構えるという言葉は自身の御守りとして改めて胸に刻んでおこうとシグリッドは決めた。

 

 

    *     *     *

 

 機体自体はアライアンス基地である程度修理していたので細部の調整で済ませられた。

 面白くなさそうな表情を浮かべているエリカたち数名の整備班とは対照的にスタークスは口角を僅かに上げていた。

 

 「今回はボクが勝った」

 

 勝ち誇ったような声をあげて、スタークスは勝ち分の紙幣を指で捌いてそれをジャケットの胸ポケットに仕舞い込んだ。

 

 「企業軍の基地に一晩お世話になる時は余程馬鹿な態度を取らない限り、整備の面倒くらいはちゃんと見てくれる」

 

 「経験談かい?」とポケットの方へ恨めしそうな視線を送ったエリカ。

 

 「ああ、昔、基地の食堂にあった酒を勝手に飲んで泥酔した挙句、設備を破壊した馬鹿レイヴンがいてね、そいつの機体は最低限の整備だけした後はほっとかれた」

 「まあ、そうなるよねぇ。でも整備するだけかなりの温情があるね。あたしだったらレンチで顔面に一発ぶち込むよ。……で、そいつどうなったの?」

 「その後に発生したスクランブル出撃で酔っぱらったままでの操縦の末、機体をボロボロにして撤退。結局、死にはしなかったけど、悪運だけは妙に強かったからね……今もどこかでうろついていると思うよ、あの小物」

 

 その馬鹿レイヴンと呼ばれた者が誰であるか。何となくであるが、ヴィラスは察することが出来た。また敵として現れた場合はそのレイヴンよりも引き連れているであろう狂犬の方が厄介であることは間違いない。

 

 「ヴィラス、ちょっといいか?」

 

 カントリクスがルシーナと共にやって来た。パイロットスーツに着替えており、すぐにでも出撃するという様ないでたちであった。

 

 「帰還して早々で悪いが、今から1時間後に出撃できるか?」

 「修理はほぼ終わっているからそれは可能だが、どうした?」

 

 <ヴェスペロ>の方を一瞬見やってヴィラスはそう返した。

 

 「バーテックスからの依頼でアライアンスの輸送路の攻撃任務が入ったんだが、雇った僚機が出撃をキャンセルしてしまった。レソナトルもレヒト・リンクスも出てしまっているからすぐに頼めるのがあなたしかいない」

 

 「そういう事か」とヴィラスが頷くと、ルシーナが手に持っていたタブレット端末を見せてくる。幾つかあるアライアンス補給基地から前線基地への輸送路のひとつを奪取するというものであった。元々はキサラギ領からナービス領へと繋ぐ中間のルートであったらしい。

 作戦領域は複数のトンネルが連なった閉所。MTとガードメカが各トンネルに配備されているとのことだ。

 報酬は185,000コーム。その内の65,000コームが僚機依頼料としてヴィラスに渡されることになり、弾薬費や修理費も2割程カントリクスが負担する。

 

 「装備は変えておくか」

 

 その言葉は出撃を決めたという意思であった。ルシーナもそれを察して「承諾の手続きをするね」と言って端末を動かす。

 「助かる」と言ってカントリクスがヴィラスの肩を軽く叩いた。整備班はもうすでに動き出している。ヴィラスもルシーナから自分の端末と軽食の入ったバスケットを受け取って愛機の方へ向かっていった。

 

 

 キサラギ領ポイントW-99216。第十三号資材搬送路。

 元々はキサラギ領内の基地及び工場間で物資等を運搬する為の搬送路であった。ナービス領の紛争時には拠点建設の為にナービス領方面へも延伸されたが、特攻兵器襲来後は崩壊してナービス領方面の使用が不能になっている。

 <クランウェル>から投下されたヴィラスの<ヴェスペロ>とカントリクスの<ブリランテ>は目標地点まで近づく。

 <ヴェスペロ>は先の任務からフレーム構成は変えずに武装だけを変更。<YLH11-VIXEN>を使用している<ブリランテ>と共に軽量二脚型ACの2機編成という形となった。

 搬送路の封鎖地点からが侵入。同時にメインシステムが戦闘モードへと切り替わる。

 モニター上に作戦領域のトンネルの詳細が表示された。カントリクスからであった。

 

 『この搬送路は5本のトンネルで構成されている。全トンネルに敵戦力は配備されている筈だが、特に3本目のトンネルは距離が長い故に戦力も集中している筈だ。注意しておいた方が良い』

 「了解。──事前情報通り77式(CR-MT77)が多数であればなんとかなりそうだが……今の情勢からしてそれは当てには出来なさそうだな」

 『ディルガン流通管理局の例がある。守備体制は前より厳重だと思った方が良いな。……では、行こう』

 

 <ブリランテ>のブースターが吹き上がり、<ヴェスペロ>もそれに続いた。元々作業用MTも入る前提でもあったトンネルはAC2機が悠々と通れるだけの広さはある。ブースターの甲高い音がトンネル内で大きく反響した。

 

 

 『妙だ……』

 

 カントリクスが小さく呟いた。

 

 『事前情報と状況が違う。──それは構わないが、この静けさは何だ? トンネルに入った瞬間に迎撃が来ると思っていたが……』

 

 <ヴェスペロ>と<ブリランテ>は1本目のトンネルの中間まで進んだが、敵機との交戦どころか遭遇が無かった。

 

 「警備が揃いも揃ってサボっているなんてオチではない……か」

 『そうであればここの連中は相当な能天気で危機感の無い者どもの集まりだろう』

 

 作り笑いを含めた様な声を上げたカントリクス。だが、内心は穏やかでないというのは自分自身がそうであるように同様だというのはヴィラスには分かっていた。

 ただ、拍子抜けしたとかいうのはない。緊張感を容易に弛ませないくらいにトンネル内は静寂に覆われている。

 結局のところ1本目は全く敵機との遭遇も無く通過。2本目のトンネルに突入する。

 

 「本番はここからか」

 

 レーダーディスプレイ上に輝点が続々と表示される。

 モニター上に敵機の機影。識別は<CR-MT85>が10機程見える。

 

 『77式じゃないな。何をしている……。──まあいい、潰すことには変わりない』

 

 その言葉にヴィラスは同意する。この配備状況はどんな意図があるのかを考えるよりも目の前に現れた敵を叩くだけだ。

 フットペダルを踏んで敵機へ<ヴェスペロ>を接近させると、右腕に持たせたライフル<WR10R-MOLD>と左腕のハンドガン<CR-WH73H2>を発射。その隣で併走していた<ブリランテ>も両腕に持たせたショットガンを発射していた。

 2機のACに対して敵機の殆どが背を向けていたので、ほぼ不意打ち状態であった。

 

 『……ACが何故ここに……!』

 『味方ではっ……──』

 『お前ら、何処に雇われ……──』

 

 オープン回線で入り込んできたMTパイロットの声は戸惑いの色と共にノイズで掻き消されていく。

 120秒後、トンネル内にいたMTは全て撃破。ただ、撃破した敵戦力は事前情報とは大きく違っていた。

 

 『やはり何かあるな。厄介事が起きる前に片付けてしまおう』

 

 既にイレギュラーは発生している。これ以上の事が起きなければいいとヴィラスは願う。

 だが、トンネルを抜ける直前、前方から銃声と爆発音が複数聞こえてきた。戦闘の音。3本目のトンネル内で何かが起こっている。

 

 「……厄介事はもう起こっている様だな」

 

 機体を加速させて2機はトンネル内に向かうと、そこでは小さな火球が幾つも咲き、MT同士が撃ち合っている姿が見えた。

 

 『先客がいたのか……』

 

 ガードメカらしき残骸が転がって来た。レーダーディスプレイ上は赤い輝点で賑やかになり始めている。

 

 「好都合と捉えれば良いのかは分からないが、この状況は利用できるな」

 

 識別は全てレッド。どさくさに紛れてやってきた独立勢力の可能性もある。

 

 『同感だよ』

 

 そう言うと、2機は火球の中へと突っ込んでいく。MTはいずれも<CR-MT85>と<CR-MT77>。

 そこで2人は気が付く。どの機体もアライアンスの識別マークを付けていた。これは同士討ちをしている。事情はどうあれ、厄介事がアライアンス内で起きている事を察した。

 AC2機の介入は向こう側からしてもイレギュラーであったようで、動きにかなりの動揺が見られる。ヴィラスたちはその隙を逃さずに次々とMTを撃破していった。

 トンネルの中間地点付近まで進むと、モニターの奥で大型車両が停まっているのが小さく見える。コンテナを積んだ輸送車だ。その周辺でもMT同士での戦闘は続いている。

 

 「輸送車が複数いる。向こうからきたヤツらしい」

 『ああ、見えた。護衛なのか? けど、何故アライアンス同士が……』

 

 その時、ガラスの割れる音がトンネル内に響く。輸送車の方からであった。

 

 「何だ?」

 

 続いて聞こえてきたのは金属が歪み、引き裂けるような音と共に液体が零れてくる音。それも大量の液体だ。

 輸送車の方へカメラを望遠させると、輸送機に積まれたコンテナが内側から大きく歪み、ハッチが破壊されている。それは1つだけではなく、複数。

 

 「コンテナから何かが──」

 

 輸送機の陰に何かが蠢いたのが見えたその瞬間であった。

 

 『何が……うぉっ……!』

 

 MTのパイロットらしき悲鳴。その直後に派手な衝撃音。輸送車の後方にいたMTが転倒した音であった。

 

 『──助けてくれ! コクピットハッチが……!』

 

 続けざまに別のパイロットからの悲鳴。周辺にいたMTが一斉に後退していく。蠢いていたモノの正体がここでようやく見られた。

 

 『コイツは!』

 

 そこにいたのは蟲の様な姿をした名状しがたい生物であった。その大きさはACの半分ほどだが、それでも生物としては巨体な分類に入る方だ。

 

 「識別は……<AMIDA>……!」

 『キサラギの生体兵器か……』

 

 以前からレイヴンの間では知られていたキサラギ製の生体兵器。実物を見るのは初めてだが、その姿にヴィラスは生理的嫌悪を覚えた。

 コンテナの中から出てきたのだろう。<AMIDA>の足元にはコクピット周辺が溶かされたMTの残骸。

 

 『こんなものを積んで、何をしようとしていた?』

 

 別の輸送車のコンテナからも続々と<AMIDA>が湧いて出てきた。よく見ると、輸送車のコクピットが潰れている。どうやらコンテナの制御が出来なくなった様だ。

 コンテナから出てきた<AMIDA>らは既にこちらを攻撃対象と見做している。距離が近いMTから飛び掛かった<AMIDA>はそのままのしかかると、口に当たる部分から溶解液を吐き出してMTを破壊していく。

 当然、<ヴェスペロ>と<ブリランテ>に視線らしきものを向けた個体もいる。

 

 「すまない、<ヴェスペロ>からはコイツをロックオン出来ない」

 

 <ヴェスペロ>の頭部<CR-H97XS-EYE>には生体反応センサーが搭載されていない為、ロックオンサイトには捉えていても狙う事が出来ない。

 

 『私の機体とデータリンクの同期を行え。一定距離であれば狙える』

 

 ただ、<ブリランテ>の頭部<H10-CICADA2>には搭載されている。データリンクでのフォローに頼るしかないが、それでも何も出来ないよりはマシであった。

 レーダーディスプレイ上が更に賑やかになる。多数の<AMIDA>がいるらしい。

 

 『バーテックスからよ。生体兵器含む敵対戦力の殲滅をお願いするとのこと』

 「害虫駆除をやるとはな」

 

 生体兵器とは初めての交戦となる。データはあるとはいえ、想定外の戦闘。

 6つの濁った目を光らせて数体の<AMIDA>が向かってきた。ボールの様な躯の下に生える6本の肢をぬるりと動かして近づいてくる様はやはり気色悪い。ルシーナが『怖い』と小さく呟くのが聞こえた。

 <AMIDA>の上顎が開き、そこから溶解液を吐き出してきた。2機のACはすぐさまサイドステップでそれを躱す。

 

 『アレはなるべく受けたくないな』

 

 溶解液によって溶かされたアスファルト。装甲へまともにくらえばどうなるかというのを容易に想像出来た。

 オープン回線には時折MTパイロットの声。それも恐怖に満ちた声。ボリュームを落としてなるべく耳には入れないようにヴィラスは努めた。

 両腕の武器で<AMIDA>を潰していく。<AMIDA>自体の動きはそれ程速くは無い。落ち着いて対処すれば問題ないと思われた。

 だが、その考えはすぐに覆される。1匹の<AMIDA>が肢を器用に使い、前方に跳躍して空中から溶解液を吐き出してきた。それに続いて他の<AMIDA>も同様の動きで一気に強襲を仕掛けてきた。

 予想外の動きに回避しきれず右肩部に被弾。金属が熔解する音がコクピット越しに聞こえてきた。

 

 「くらったか……!」

 

 それでもダメージ自体は思っていたより少ない。防御スクリーンによる効果はあるようだ。だが、防御スクリーンが展開できるACであるからこその損傷の少なさではある。それが無いMTは相当苦しめられるだろうと交戦中のMTを見てヴィラスは背筋に寒いものを覚えた。

 奥から更に<AMIDA>の群れが迫って来た。中には体長の小さな白い個体も紛れている。それは子供なのか、別種別かは分からない。それでも脅威には変わりは無い。2機は一度バックステップして距離を取った。

「数が多い。ぶっ放すから、残った敵を叩いてくれ」

 そう言ってヴィラスはメイン武装を左背部のロケットランチャー<WB23RO-CACUS>に切り替えて連続発射。ロケット弾によって<AMIDA>が体液を撒き散らしながら吹き飛んでいく。その中で残った個体に対して<ブリランテ>がショットガンでとどめを刺して確実に仕留める。

 ようやくトンネルの中の喧騒が落ち着いてきた。だがそれはアライアンス側も甚大な損害を負ったという事でもある。<AMIDA>の死骸と共にMTの残骸も同様にトンネルの中でそこかしこに転がっていた。

 どの残骸もコクピット周辺が溶かされていた。そして中にいたパイロットの末路はそこから辛うじて見えたもので察することは出来た。──惨い死に方。その一言でしか表せられない。

 

 『……まだ反応がトンネルの先にある。撃破を急いで』

 

 ルシーナが先を急ぐ様に促してきた。その声は微かに震えていた。

 様々な残骸を乗り越えて先に進める。なるべくMTの残骸を見ないようにはしたが、やはり目に入ってくるのは凄惨な死体。僅かに込み上げた吐き気を堪えてトンネルから抜けた。

 4本目のトンネルに入ってすぐに異変に気が付く。幾つかの照明が破壊されて暗くなった通路の至るところにはMTとガードメカの残骸が転がっていた。

 奥から銃声と駆動音が聞こえる。戦闘は続いている様だ。

 だが、不意にその音は止む。代わりに聞こえてきたのは羽音。それも複数。それは真っ直ぐこちらへ近づいてきた。

 

 「これは……!」

 『データに無い……これは新種よ!』

 

 現れたのは<AMIDA>だが、その姿は更に醜悪なものになっていた。毒々しい色で彩られた体表に加えて甲虫に似た羽を生やして宙を舞っている。その下には装甲が無残に溶けてしまったMTの残骸が見えた。

 

 「飛行できるタイプか」

 『あんなものを飛ばして喜ぶか、変態どもが!』

 

 不快感を露わにして叫ぶカントリクス。キサラギの技術者の異常な思考の下で作られた生体兵器。それが結集して次に生まれたのがこの<羽付きAMIDA>なのだろう。

 反射的にヴィラスはトリガーを引いていた。おぞましい姿をした生物に対しての防衛本能であった。それはカントリクスも同様であったのだろう、ほぼ同時に2機のACから弾丸が放たれる。

 硬いものに当たった様な感触。この<羽付きAMIDA>の表皮は今までのよりも硬質なようだ。弾丸を数発受けても何事もなかったかのように平然と不快な羽音を出して飛んでいる。

 次の瞬間、1匹の<羽付きAMIDA>が不意に加速して<ブリランテ>の頭上まで迫ると、溶解液を吐いてきた。バックステップしたつもりだが間に合わない。溶解液を浴びた<ブリランテ>の頭部装甲が飴細工の様に溶けていく。

 

 『うっ……』

 

 防御スクリーンを突き破ってきたそれは先の<AMIDA>のよりも強力な溶解液らしい。そして、その影響はすぐに<ヴェスペロ>の方にも及んだ。

 <ブリランテ>の頭部にある戦術コンピュータ及びレーダーに損傷が出たのだろう、<ブリランテ>とのデータリンクが切れた。それと同時にレーダーの生体兵器表示が消えて、ロックオンも不可能になる。

 

 『カメラまでやられたか……』

 舌打ちを混じらせてカントリクスが呻く。2機は両腕の武器を放ちながら出口方向へ後退。

 

 『何匹いた?』

 「暗くて正確には分からなかったが、5、6匹は動いていた」

 『それ以上いると思った方が良いか……』

 

 最悪の場合、撤退も選択に入れないとならないだろう。だが、あれを野放しにして逃げるかと言えばそれは否であった。繁殖の有無や寿命がどれくらいあるかは分からないが、都市部まで侵入されれば甚大な損害を被る事になるのはこの場所での状況から容易に予想できる。

 

 「ここで食い止める……それしか無いな」

 『任務はここにいる敵戦力の殲滅だ。それは変わり無い』

 

 羽音が近づいてくる。全身の神経が泡立つ様な感覚。通常兵器とはまた違う脅威と対峙するという恐怖心がそうさせていた。

 暗闇の中から<羽付きAMIDA>が濁った目をギラつかせて沸い出てきた。その瞬間、<ヴェスペロ>と<ブリランテ>は共に武器を発射。FCSコントロールを切ってのマニュアル発射。そこで的は大きいことを思い返す。ロックオンは出来なくても閉所の中を面で撃っていけば命中率は大幅に上がる。

 その内の1匹の羽に命中。墜落した<羽付きAMIDA>へ<ヴェスペロ>がロケット弾でとどめを刺せば、ショットガンで敵の全身を穴だらけにした。

 それでも<羽付きAMIDA>は狭いトンネル内を器用に飛んで代わる代わる溶解液を吐き出してきた。それを何とか躱そうとするが、やはり限界があり、機体各所にそれを受けてしまう。機体損傷を知らせるメッセージがヘルメット内から随時流れてきた。

 突如、右腕のライフルが使えなくなった。発射機構のエラーが出ている。確認すると銃身が溶かされていた。それを投げつけて後退しながら<ヴェスペロ>はハンドガンで応戦。<ブリランテ>も片方のショットガンを手放して後退を始めた。

 数は見えるだけでも10は超えていた。分が悪いのは目に見えて判る。

 

 「あいつらの後ろからまだまだ出てくるな。羽付きだけじゃないだろう」

 『キリが無いな』

 

 増援が欲しいとヴィラスは切実に思った。互いに残りの弾薬が少なくなってきている。

 良くない状況である。後方確認モニターには外の光が見えた。本格的に撤退を考えなくてはならないだろう。

 その時だった。遥か前方で爆発音。それにより<AMIDA>の群れが一瞬だけ動きが止まった。その隙を突いて2機のACは攻勢を仕掛ける。

 更に爆発音が響く。<ヴェスペロ>のレーダー上に赤い輝点が複数表示されている。状況からして現れたのはアライアンスだと予想できた。

 

 「どうするか?」

 『今こそは好都合だと捉えよう』

 

 あの生物にも動揺というものがあるらしい。動きが大きく乱れる<AMIDA>たちに対して更に追撃してその数を減らしていく。

 ようやく<AMIDA>が片手で数えられる数まで減らせた。そして乱入してきた者の姿もここで視認出来た。

 複数の<CR-MT85BP>と<GURENGE>。そして共にいたのは重装したディープグリーンの逆関節型AC。

 

 「レソナトル」

 

 そこにいたのはレソナトルの乗機<ヘルクレース>であった。<へルクレース>は左肩部に備えたグレネードキャノン<CR-WB78GL>を展開して発射。残りの<AMIDA>もこれで掃討された。

 

 『まさかお前らか。運が良いのか悪いのか』

 

 <へルクレース>から通信。レソナトルの苦笑いしている様な声。アライアンス側の全機体は攻撃の意思は無い事を知らせる為に武器を下ろしていた。

 

 「どうすればいいのかな?」

 『そっちはもう戦える状態じゃないだろう。互いの為に……分かってもらえるか?』

 

 『撤退しろってことか』と納得できない様子のカントリクス。

 

 『俺たちの目標はお前たちじゃない。無駄な戦闘はしたくはないんだ』

 

 ヴィラスはコンソールパネルを見やる。損傷度に弾薬の消耗。それらを考慮すればここで退くというのはこれからの意味では一番無難であった。

 

 『大方バーテックスからの依頼で来たんだろう? この状況、恐らくそっちも想定外だった筈だ。ここで退くってことは別に賢くない選択ではない』

 『まあ、こちらもあんなものとやり合うなんて思っていなかったが……。──バーテックスからたった今連絡が来た、撤退しろとのことだ。ここは大人しく退くとするよ』

 

 カントリクスが落ち着きを払った声で伝えてきた。撤退の通知はヴィラスの方にも入ってきている。

 

 『そう言って貰えて良かったよ。弾薬費もタダではないからな』

 

 緊張が解けたのか、レソナトルは安堵の色が見える溜息交じりの声。<ヴェスペロ>と<ブリランテ>は後退を始める。

 任務完了。

 ヴィラス個人的には二度と相手にしたくない敵との遭遇であった。

 

 

    *     *     *

 

 ガレージに戻り、機体から降りてようやく自機の損傷状態が分かった。

 装甲の至るところが溶解液によって溶かされて爛れた様になってしまっている。それに加えて<AMIDA>の体液の跡も付着して生臭い。この辺の装甲板は全て交換になるだろう。

 当然ながら整備班からの小言も多くなる。それらを何とか受け流してヴィラスはベンチに腰を下ろした。

 

 「撤退というかたちで終わってしまったが、バーテックスからは想定以上の事が起きてしまったという事で成功報酬を受け取らせてもらったよ」

 

 カントリクスがヴィラスに水の入ったペットボトルを渡しながら伝えに来てくれた。その表情は安堵と疲弊が入り混じった複雑なものであった。

 トンネル内に配備されているアライアンスの戦力を殲滅する筈がまさかの生体兵器との交戦。グロテスクな生命体とそれによって出来上がってしまった凄惨な死体。死体は見慣れている筈だが、暫くは網膜の奥に焼き付いて消えないだろう。正直言って今はカメラログを見たくないという気持ちである。少しだけ込み上がって来た吐き気を水で押し流した。

 肉体的疲労感よりも精神的な疲労の方が大きい。暫くベンチでヴィラスとカントリクスは無言のまま俯いていた。

 

 「──レヒト・リンクスはバーテックスに合流したそうだ」

 

 不意にカントリクスが口を開いた。

 

 「ああ、聞いたよ。バーテックスからの依頼を請けて、そのまま向こうへって」

 

 バーテックスによるガレージ襲撃後にこのガレージへ来たレイヴンのレヒト・リンクス。あまり言葉も交わさずに去ってしまった。

 

 「ここよりもバーテックスにいる意義を見出したんだろう。否定はできない」

 

 レイヴンがどの様な選択をしようが、それを否定することは誰であろうともそれは出来ない事だ。戦場で敵として相まみえることが無い事を祈るしかない。

 

 「ヴィラス」とルシーナの声。いつも通り、収支報告と軽食だが、少々顔色が悪いのは気のせいではない。

 「……レソナトルが戻ってきたら先の事、聞けるかな?」

 

 ヴィラスはそう言ってベンチから立ち上がった。

 

 「守秘義務契約がどれだけあるかによるかだが、聞いてはおきたいな」

 

 カントリクスも水を飲み干しながら立ち上がる。互いに休息は必要であった。

 

 

 2時間後、レソナトルも愛機<へルクレース>と共に帰還した。

 ヴィラスとカントリクスはレソナトルの部屋に呼ばれた。先の任務について話をしておくということだ。

 部屋に入るとレソナトルに加えてスタークスもいた。

 

 「この際、スタークスにも聞いてもらった方がいいだろう。全員で共有できるところは共有した方が今の情勢を鑑みればメリットがある」

 「厄介なヤツらと戦ったみたいだね。アレの噂はキサラギ領にいたレイヴンの耳にはちょくちょく入って来ていたよ」

 「体液が付いた装甲の洗浄は多分、大変だ」と付け加えた。どうやらスタークスは交戦経験があるらしい。

 「──正直ホッとしているぜ。お前たちとやり合うなんてことが無く、互いに退くことが出来たからな」

 

 共用ガレージに居る者同士が戦場で相対するという事はあり得る。それでもレイヴンである以上は割り切らなければならない。どちらかが討たれても、だ。

 今回の場合は互いに目標が違っていたため、戦闘が起きずに済んだ。これは幸運なことだ。

 そう意味では<AMIDA>に救われたのか? と妙な考えがヴィラスの頭の中で過ぎるが、それを考えるとは自分自身を貶めている気もして頭を振った。

 

 「話せる内容なのか?」とカントリクスは尋ねる。

 

 「他言は無用と言われていたが、お前たちも見てしまったからな。ここでだんまりしても意味が無いし、どうせいずれはアイツ絡みの厄介事は出てくる筈だ」

 

 そう言ってレソナトルはコーヒーの入ったアルミコップを3人に渡す。レソナトル曰く「とっておきの高級豆」らしい。

 

 「俺はアライアンスからあの輸送車を追撃する任務を請けていた。アライアンス本部の承認が下りていない輸送車の使用が強行されたということでな」

 「輸送車が何を運んでいるのかは聞かされていたのか?」

 「積荷の中身までは知らされていなかったよ。アライアンスはそこまでオープンにしていなかった。依頼内容からして恐らく搬送路の警備部隊と共に足止めさせて輸送車に乗っていた奴らをとっ捕まえればベスト。最悪の場合でも積んでいたコンテナを中身ごとぶっ潰してしまってくれればそれで良しだったのだろう」

 「私たちが来た時にはもう始まっていたな」

 「これは俺たちの方で足止めをくらってしまい、それの排除に時間をロスした。その間に逃げ込まれて連携も何も無くなってしまった。そう言う意味ではお前たちを雇ったバーテックス様様だよ。連中の行先は搬送路のルートからして本部は察していたらしいからな」

 「リターナーか」

 

 ヴィラスがそう呟く。搬送路の出口はナービス領方面だ。その先で今、活発に動いているのはリターナーしかいない。

 

 「だろうな。俺が雇っているリサーチャーからはやらかしたのはキサラギ派の中の一派だろうと結論付けているよ。リターナーに合流を企てて、その手土産に……て、とこだろう」

 「やはりあの連中か……懲りないモノね」

 

 カントリクスは呆れた様な表情を浮かべながらコーヒーを啜る。<AMIDA>を扱えるのは彼らぐらいしかいない。

 

 「今のアライアンスは派閥がかなり出来ているらしいが、キサラギ派はその中でも別れだして、その内のひとつが今回の騒ぎを起こしたというのがリサーチャーの現時点での調査結果だ」

 

 「そんなことになっているのか」とヴィラスもコップを傾けた。ただでさえクセの強い集団というイメージが強いキサラギ派。起こす厄介事も質の悪さが際立つ。

 

 「キサラギ派は今、大きく3つに分かれてAC用兵器開発推進派に新資源の研究推進派。そして今回やらかした生体兵器開発推進派。しかもそいつらでも運用方針で分かれているらしく、その内の一派が暴走したのが今回の騒動だそうだ」

 「それと強化人間研究者も各派閥に紛れ込んでいるって話だよ」

 

 そうスタークスが付け加える。暗い感情を落としたような声であった。かつてスタークスも強化手術を受けたと聞いている。何かがあったのだろう。

 

 「まあ、いずれにせよ」とレソナトル。「リターナーの蜂起はアライアンスにとっては相当な面倒事にはなりそうだって事がはっきりし出した。対バーテックス戦略の見直しが必要になるくらいにはな」

 「あそこで起きた事態は想定外だろうけど、そう言う意味ではバーテックスにとっては好都合になるか。アライアンスも編成を変えてくるし、拠点間の連携も同様だろうな」

 「バーテックスを含めて他の武装勢力にとっては隙を突けるチャンスってとこだね」

 

 ヴィラスの言葉にスタークスが頷きながら続けた。アライアンスとバーテックスの二極化しつつあるこの抗争の勢力図もリターナーの蜂起をきっかけに変わる可能性は大きくある。戦力が小さい独立勢力にとってはこの状況は好機だと捉えているのかもしれない。

 まだまだ混沌は生まれるという事だ。その混沌の先は全く見えない。

 その中に自分も巻き込まれていく。レイヴンである以上、それは絶対に避けて通れないことだ。

 

 「──そういえば、あの搬送路はどうなったの?」

 「グレンゲ(GURENGE)が俺の後ろに何機もいただろ。俺は立ち会わなかったが、トンネル内を全て”消毒”したそうだ。恐らく、あそこは閉鎖だろうな」

 「なるほど……ね」

 

 結末がどうなったか。質問をしたカントリクスはレソナトルの答えに察して大きく頷く。ヴィラスもその光景が想像ついて小さく嘆息した。

 

 「それとだ。今回はこうしてやり合うことなく帰れたが、またこういう事態が起きたら……」

 「──恨みっこなし、そうだろ?」

 

 レソナトルの言葉の先はもう分かっている。ヴィラスは先にその言葉を出した。

 

 「互いにレイヴンだ。それは覚悟しているさ」

 「そうだね。手加減は寧ろ出来ないと思って欲しいよ」

 

 レイヴンを含めたAC乗りの数は少なくなってきている。いつかは本当に起きかねない。だが、この瞬間だけは戦友として顔を合わせていることは確かだ。

 4人のレイヴンはコップを突き合わせて静かに流れるこの時間を過ごした。

 




次回更新は2026年9月9日以降の予定です。
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