ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
この3日間、ヴィラスはほぼ出撃続きであった。
疲労の蓄積とその回復に費やする休息の時間が釣り合わなくなってきたのはベンチに座り込んだ時の感覚で大体分かってきた。
やはりリターナーの蜂起は各勢力の動きを刺激させるには十分であり、各勢力間の衝突がにわかに激しくなる。
依頼主はアライアンスにバーテックス、そして独立勢力と様々。内容も同様である。
ただ、リターナーからは受けていない。受けるつもりは無いが、そもそもリターナーがレイヴンたちへ依頼を出しているという形跡も無い。リターナーはレイヴンに頼らずにやっていくつもりらしい。
戦力面ではアライアンスとバーテックスには一段劣る筈。レイヴンを積極的に雇うか引き入れるとかをしなければ戦い抜くのは難しそうではあるが、リターナーが最初に制圧した基地から大型の機影が旧ナービス領方面へ飛び去っていったという情報もある。何かしらの対抗手段は持っていると思っておいた方が良いのかもしれない。
ルシーナが作ってくれた軽食を頬張りながら自分の端末を眺める。既にブリーフィングシステムにはヴィラス宛てに依頼が数件来ているが、まだどれにするかは決めていない。
ひとつ緊急を要する依頼が入ってきた。ヴィラスはその依頼文にアクセスする。
依頼主はアライアンス。ルガ渓谷からリターナーと思しき部隊の動きがあり、それの迎撃に向かって欲しいとのことだ。報酬は118,000コーム。
あそこは複数の輸送路があり、アライアンス本部をはじめとする重要拠点に繋がるルガトンネルもそこある。仮に制圧されればアライアンス本部防衛にも大きく影響を及ぼす。
これを受けようとヴィラスは半ば衝動的に決めた。報酬面では良好な依頼はまだあったが、リターナーとはケリをつけておきたいという思いが急に浮き上がってきたというのもある。リターナーが相手ならばジェランが出てくるかもしれない。既に受諾のボタンを押下していた。
どの依頼を受けるかは報酬次第。そして自身が生存出来るという確信が持てるかだ。その選択肢も日に日に少なくなっていくという感触もある。依頼内容から何が起こり得るのかを予測しておかなければならない。それなのに一瞬だけ走った感情に流されている。自分でも知らずの内にあの敗戦を受け入れ難いものだと認識していたようだ。
30分以内に迎えが来るとのことだ。機体の整備とセッティングはある程度済んでいる。後は最終調整をしておいて出撃に備えるのみである。
ルガ峡谷北西エリア。
アライアンスがサークシティへの進攻ルートのひとつとして定めた2ndルガトンネルが設置されているエリアである。しかし、逆にここを制圧されるとアライアンスの勢力内に深く入られてしまい、本部への脅威が大きくなる危険性があってアライアンス内でも防衛の優先順位が高い。
飛行する輸送機からそのまま降下した<ヴェスペロ>は即座に戦闘モードへと移行。
峡谷上層部に架けられた橋へ<ヴェスペロ>は着地。橋の横には線路が設けられており、ある程度の幅がある。
機体構成は武装に変更はあるが、フレーム構成は先日の搬送路で運用した構成と同一のもので来た。この構成は割と自身の戦闘スタイルにマッチしている所為だろう。使い易いと挙動からヴィラスは感じられた。
既に戦闘は始まっており、火線が走っているのがモニター越しに見える。<CR-MT85>の系列機に<MT09E-OWL>同士が数機撃ち合っていた。敵戦力内には例の旧式機はおらず、動きからしてMTは全て有人機の様な気がした。
幅は輸送用の為にあるとはいえ橋上での戦いになる。落下だけはしないようにとヴィラスは考える。数百メートル下の谷底。前みたいに立て直せる猶予も無く地面に叩き付けられて終わりだ。
リターナー側は恐らくアライアンスからの離脱組らしいが、識別のためにアライアンス所属機の右肩には青と白のラインが引かれているので見分けがつく。接近戦になった際の誤射に気を付ければ問題ないだろうとヴィラスは判断した。
フットペダルを軽く踏んで<ヴェスペロ>を一跳びさせるとリニアライフル<CR-WR93RL>リターナーのMTに向けて発射。敵MTの胴体を撃ち抜いてまずは1機撃破。更に前進して近距離にいた機体に向けて発射して2機目の撃破。
敵機の狙いが<ヴェスペロ>への攻撃を最優先にしようという変化が見えた。コクピット内が一気にアラート音の合唱で騒々しくなる。
寧ろその方が好都合だ。引き付けられればその分味方機が動き易くなり、攻撃と援護の入れ替えもスムーズになる。丁度、敵MTの1機が<ヴェスペロ>の背後にいた味方機からの攻撃を受けて大きく揺らぐ。そこへリニアライフルを放ってとどめを刺す。
『敵機の増援を確認、数は8。いずれもMTよ』
レーダー上の輝点が更に増える。<ヴェスペロ>はMT2機を撃破して一度後退。後退する際に残りの敵機を味方機が攻撃を加えて橋の先まで追いやる。
橋の奥にあるトンネルからリターナーのMTがホバーを吹かして近づいてくるのがカメラの望遠で見えた。<CR-MT91L2>が先頭に3機いる。
「……!」
その腕部が赤く光るのが見えた瞬間、ヴィラスは咄嗟にフットペダルを蹴飛ばして<ヴェスペロ>をジャンプさせる。直後にプラズマが<ヴェスペロ>の足の下を掠めていった。近くにいたMTも回避行動を取るが、その内の1機が直撃して爆散する。
橋上という動きに制限が出来る場所においてはこのように面で放たれる攻撃は脅威になる。
第二撃を喰らうのは流石にマズい。プラズマの発射まではタイムラグがあるのを知っているヴィラスは<ヴェスペロ>を急加速させて前進。だが、ECMカウンター数値の急上昇でロックオンが出来なくなる。
<CR-MT91L2>の間から<MT09E-OWL>が4機飛び出してきた。ライフルの一斉射撃。防御スクリーンが大きく弾ける。
同時に<ヴェスペロ>の背後から味方機による援護射撃が入る。一瞬だけECMカウンター数値が許容値まで落ちるのを見逃さず、左腕のハンドガン<CR-WH73H2>と共にリニアライフルで近い距離にいたMT2機を素早く撃破する。
その時、トンネルの奥からレーザーが飛んで来たが躱しきれない。コア付近の装甲が吹き飛ぶ。高出力のレーザーであった。
「クソ……!」
レーザーを放ってきたのは<CR-MT91L>であった。外部エネルギーポッドが無ければ肩部のレーザーキャノンを撃てない筈だが、どうやらこの機体は<CR-MT91L2>の様に小型のエネルギーポッドを背部に装備して撃てる様に改良したらしい。
『レイヴン、奥にいるヤツが厄介だ。こちらが撃った後に突っ込んでくれ』
<ヴェスペロ>の横についた味方のMTがそれぞれライフルにバズーカ、パルスレーザーを放ち、敵機との撃ち合いが始まる。
その合間を縫って<ヴェスペロ>はオーバードブーストを起動。攻撃によって動きを緩めた敵機に狙いを定めて両腕の武器を発射して先頭にいたMTを2機撃破する。
「次は……」
オーバードブーストを起動させたままヴィラスはコントロールスティックを横に傾ける。次の瞬間、<ヴェスペロ>の横をプラズマが通り過ぎていく。プラズマを発射する間隔は既に知っていたのでもう躱せる。そのままコントロールスティックの位置を戻して正面へ飛ばさせると、両腕の武器を一斉発射、<CR-MT91L2>を1機撃破。
この一連の動きで残りの<CR-MT91L2>が散開するような動きを見せた。<ヴェスペロ>はその内の1機の方へ振り向いて至近距離から左背部のロケットランチャー<WB07RO-ORTHOS>で吹き飛ばした。
『こ、このっ』
敵MTのパイロットの声。動揺しているのが上擦った声でよく分かる。背後にいるのに攻撃してこないのはプラズマのチャージがまだ終わっていないからだ。<ヴェスペロ>は反転させながら右脚をMTの胴体に向けて振り抜く。衝撃音と共にMTは橋の欄干に激突。線路の上で擱座した。
<CR-MT91L>がトンネルの奥へ後退していくのが見える。当然だが逃がすつもりは無い。フットペダルを踏み抜いて機体を加速させた。
『この野郎!』
MTパイロットの叫び声と共に肩部のレーザーが発射。だが、発射のタイミングは挙動で読めていた。それを<ヴェスペロ>はサイドステップで回避するとライフルを放つ。
MTもライフル弾を受けながら右腕に持ったマシンガンを放って反撃。狭いトンネルの中で互いの銃撃音と防御スクリーンの弾ける音が木霊するが、その数秒後には爆発音に変わる。
「残りは──」とヴィラスがトンネルの外へ機体を向けたその時、爆発音と共に味方機を示す輝点が一斉に消えた。
『敵の増援?! 一体どこから……。待って、情報の更新……敵ACが1機。機体は──』
「ああ、分かった。またコイツか」
トンネルの外に出ると、その機体は味方機の残骸を足蹴にして<ヴェスペロ>を待ち構えていた。
ブルーとライトグリーンのツートンカラーの四脚型AC。左肩には『コミック調に描かれた大槍を構えるイッカク』のエンブレム。
『よう、また会ったな』
特務部隊所属AC<スウォンジー>。そしてそのパイロットであるミニオーグであった。
敵意を剥き出しにしたその声も相変わらずである。
* * *
ホンロンが持っていた携帯端末にあった指示書に従い、クリフは合流地点である貨物ターミナルに辿り着いた。
ナービス領では最大のプラットホーム。だが、先の紛争ではミラージュによってほぼ独占されてしまっていた。線路で停まっているバルダーという名の輸送用列車も恐らくミラージュが管理していたものだろう。
「よく戻ってきてくれたな」
列車の傍らで数人の部下を従えて待っていたブライアンはクリフが差し出した端末を半ばひったくる様に受け取ると、そのまま秘書の女に渡した。
「ホンロンはどうした?」とブライアン。本来ならクリフと共にいる筈であろう人物の姿がない。
「ああ、アイツね」クリフは肩を竦める。「端末を奪い返して逃げる際、敵からの攻撃に俺を庇ってな……」
目頭を押さえてわざとらしく泣いたふりをするが、クリフの振る舞いに対してブライアンは「そうか」と薄いリアクション。やはりホンロンという男は単なる捨て駒だったか。
ある程度は予想していたが、もう少し悲しむふりするくらいはして欲しいと思いながらも小さく舌打ちをして気持ちを切り替える。
「KDたちは?」
「あの中にいる。──安心しろ、何も手出しはしていない」
クリフの問いに対してブライアンは車両に連結されているコンテナ車のひとつを顎でしゃくる。その言葉をまだ信用しきれない。
「仲間との再会はさせてやるが、もう少し付き合ってもらうぞ、リサーチャー」
そう言ってブライアンは部下に声を掛けると、その部下はクリフの襟首を掴んで強引にコンテナ車まで引き摺っていった。
「ああ、クリフ……無事だったかい?」とKDの声。
コンテナ車の中にはKDたちが揃って座っていた。それでも皆、無事なようでクリフは一安心する。
「ああ、なんとか生きている」
大きな振動がクリフたちを揺さぶった。どうやら発車したようだ。
「端末は取り返せたが、あの野郎が持っていっちまったよ」
「大方この列車はアライアンスの前線基地の何処かで停まる筈よ」
「って事は端末の中身を自分たちの基地で調べるつもりらしいな。俺たちにそれを協力させる……そんなところか」
それが仮に終わったとしてもあの男の性質上無事でいられる保障は全くない。やはり列車が止まる前に端末を取り返さなくてはならないだろうとクリフは考える。
「しかし、よく取り戻せたな」とチトセ。
「まあ、運が良かったと言えばいいかな。そのおかげだろうな、シェインに会ったぜ」
「何だって?!」
チトセが目を丸くして叫ぶ。クリフの想定していたリアクションであった。
「何か言っていたのか?」
「元気そうだったぜ。ケインズと共にふたりへよろしく伝えてくれってよ。それとお前さんからの一発を楽しみにしておくよとも言っていた」
「そうか……それまでにはこの左腕はしっかりと治しておこう」
双眸を細めたチトセは左肩を軽く叩いた。
「それで……これからどうする? 目的地に着けば俺たちはまた奴らにいいようにされてしまう」
「まずはここから逃げることを考えましょうか」
「やることはそうだな……」とクリフはコンテナ車のドアを見やった。電子ロック式のキーで閉められている。
「──出来るかい?」
クリフはKDに視線を向けて言った。その言葉の意味を察したKDは即座にサムズアップ。
「モチのロンさ」
KDは足元に置いてあったバッグから小型の端末を取り出した。
「ハッカーの仕事道具を取り上げないなんて、無知もいいとこさ」
「武器は取り上げられてしまったけど、こういうのは荷物扱いで何もなかったのか。──奴らも甘いな」
電子ロックのカバーを開けてその中にあるコネクタにケーブルを繋いだKDは素早くキーを叩き出した。
「どれくらいで出来る?」
「5分、いや3分でやって見せよう」
「任せたぜ、後はどうにかして──」
「──敵から武器を奪って、端末を取り返してこの列車から降りる……だろ?」
クリフの言葉にケインズが割り込む。全く持ってその言葉通りの事を考えていたのでクリフは思わず苦笑いを浮かべて頭を掻く。
「ヤツの部下は十数人程だった筈、前の3両が客車だからそれにそれぞれ乗っているだろうな」
「それを通り越さないとあのクサレ野郎まで届かないが……ちょっとキツイか?」
「その程度ならどうにかする。チトセもやれるか?」
ケインズはチトセの方を見やる。それ対してチトセは「……まぁ出来る」と少し歯切れの悪い返事であったが、肯定の意思を表示してくれた。
「……で、その後は列車を止めるって事ね」
「状況によって決める。適当な所に停めて逃げるのもありだし、このまま基地に乗り込んで何かしらの足を奪って逃げるのもアリだと思う。だが、その為にも出来るだけ多くの追手を減らしておきたい」
「やることはハッキリしているんだ。少々暴れてみようじゃないか」
傭兵の血が騒いだのかケインズが口角を上げて言い放つ。初めて見る表情であったのでクリフたちは驚いた。
「さてと」と言ってKDが立ち上がった。「オーケイ、解除成功」
「グッジョブだぜ、KD」とクリフはサムズアップ。KDもそれに応える。
ケインズが扉に手を掛けた。その手にはいつの間にか鉄パイプ握られている。どうやらコンテナ内に設置されていたラックから外して取ってきたらしい。
「俺が先に行って数減らしと武器の確保をする。声を掛けたらチトセから続いてくれ」
ケインズがドアから飛び出していくとそのまま前の車両に乗り移った。
客車のドア越しから幾つかの打撃音。中ではどうなっているんだとクリフたちはドアの縁にしがみついてそれを見守るしかなかった。
一際大きな打撃音が扉越しから聞こえた数秒後、ケインズがドアから出てきた。
「来ても大丈夫だ」と手招きするケインズを見てクリフたちも客車の方へ乗り移る。
客車の床には3人の黒服を着た男が血を流して倒れている。ひとりは辛うじて息をしているみたいだが、他は既に息絶えていた。
「不意打ちだから出来た」
そういってケインズは拳銃をクリフとチトセに渡す。KDは手持ち無沙汰になって少し動揺した表情。
「持っていたのがこれしかなかった……この先で盗れたら渡そう。一旦、身を隠しておいてくれ」
「待て……KDはコンテナ車に残って貰ってもいいかい? 良い事を思い付いた」
クリフは壁の隅に設置されていたコネクタを指差してKDに声を掛ける。
「──なるほどね、確かにそっちの方が僕向きだよねぇ」
クリフの言いたいことをもう分かっている。KDはすぐさま端末を取り出した。
「車両のシステムに忍び込んでこちらから強制的に止める。でしょ?」
「正解だぜ、KD。──状況はこれで知らせてくれ」
クリフは黒服の死体から無線機を取り出してそのうちの1つをKDに渡した。これで先頭車両まで行かなくても逃げ出せる算段は作れる。
異変に気が付いたのだろう、にわかに前の方が騒がしくなってきたのが分かる。
同時に緊張感が高まってくる。再び死というモノが傍に近づいてきたという感覚でもあった。それでも今は恐怖心と共に向き合えるという自信がクリフにはあった。
「後はあのボケナス野郎をぶっ飛ばして端末を取り戻そうか」
その時、車両が大きく横に揺れる。クリフは拳銃のグリップを強く握りしめた。
* * *
前方の客車で座り心地は良いとは言えない座席でブライアンはジノーヴィーの端末を撫でながら窓の外を眺めていた。
窓の外は代わり映えの無い荒野が広がり、時折特攻兵器によって破壊された都市の廃墟が遠くに一瞬だけ過ぎ去っていく。
思い出されるのは屈辱の記憶。
新資源がもたらすものが今後のアークの運営に大きく影響していくだろうというのがナービス領内の武力衝突で得た情報で分かってきた事により三大企業へのアプローチを露骨に強めていった。それが引き金である。
事情はどうあれ、中立を標榜する立場でそのような行動を取るのを嫌うレイヴンはいる。ジャック・Oがまさにその筆頭であった。もし箸にも棒にも掛からぬ実力であれば黙らせられたが、質の悪い事にこのレイヴンはレイヴンとしての実力と共にカリスマ性も持ち合わせた才能の塊である。クーデターの際に彼に付いてアーク本部への攻撃に参加したレイヴンはこちらの想定以上の数で何もすることも出来ずに屈服させられてしまった。
ジャック・Oによってレイヴンズアーク本部から追放された後、共に追放されたメンバーを連れて各企業へ保護を求めつつも再起の準備を進めていた。だが、その矢先に特攻兵器の襲来。それでもジャック・Oを含むトップランカーの消息が絶ったという報せはレイヴンズアークをもう一度取り戻すチャンスだと捉えて直ぐさま行動に移した。
拠点の確保から始まり、システムの再構築、生き残りのレイヴンの確認に物資の確保をアライアンスと約束つけて少しずつ勢力を戻す。そしてその際にナービスの残党とも接触を図り、旧世代の遺産の一部も手に入れたことにより切り札とも呼べるACを製造できたのだ。
バーテックスの蜂起でジャック・Oの生存が確認出来た時も<メディアートル>と名付けたACで彼らを平伏させられる自信があった。それだけこの機体には圧倒できる性能を持っていると思えたし、今更出てきたところでアライアンスとの物量の差でどうせ敗れるものだと考えていた。
それにも関わらず、一介のレイヴンに<メディアートル>は撃破され、バーテックスの奇襲により再び組織は崩壊させられる。当初描いていた未来図はレイヴンたちによって滅茶苦茶にされてしまった。ブライアンにとって屈辱の極みであった。
混迷する世界だからこそ生き残ったレイヴンを統制しなければならない。枷の無くなったレイヴンなど野放しにするだけで秩序崩壊の危機である。誰がこの状況を治められるのか。それは企業の利己主義者どもではなく我々の様な調停者でなければならないとブライアンは考えていた。
たとえ今はアライアンスに庇護されている立場であろうとも力を蓄え直し、必ず返り咲いて──
その時、ブライアンの思案を中断させるには十分すぎる大きな揺れ。
「何事だ?!」
思わず端末を手放してシートの腕賭けにしがみついたブライアンは部下に叫ぶ。この列車は自動運転で動いているので運転手がいない。
「ポイントが切り替わったみたいです! ……このままでは基地には向かう事が出来ません」
「確認させろ。早いところ戻すんだ」
突如のイレギュラーに動揺をなんとか隠してブライアンは部下へ言い放つと同時に胸元から電子音。自身の携帯端末からであった。それを手にすると見たことの無い番号が表示されている。
「誰だ」とブライアンは通話に出た。狙ったかのようなタイミングでこの着信は先程の状況と関係していると直感した。
『初めまして、ブライアン”元”代表。こうして会話を出来るのは光栄と言えるのかしら』
若い女性の声がスピーカー越しから聞こえてきた。その声には余裕の色が窺える。それがブライアンの癇に障った。見下すのは好きだが、見下されるのは嫌いである。そんな態度は取らせないとこちらも憮然な態度は決して変えること無く口を開いた。
「誰だと聞いている」
『失礼、私はリターナーのシェイン・ファレム。貴方たちの組織に居た時はシュエットと名乗っていた者よ』
ブライアンは小さく舌打ちをする。どうやら会話をしようとしているのは床に転がった端末を奪った張本人であるということに不快感を隠せなかったからだ。
「テロリストどもが何の用だ」
『貴方たちを嘲笑おうと思って』とシェインが笑みを含めた声。ブライアンの中で増々不快度が上がっていく。
『裏でコソコソとやろうとしている様だけど、もうちょっとスマートに事は進められなかったの? あっさりと吐いてくれたわよ、この三下。忍び込ませてやることがコソ泥の真似事とは……アークの元代表が下す命令にしては小物過ぎね』
『デ、ディートリヒさん……すみません! こんなつもりでは──』
ホンロンの焦燥した声がスピーカーに響く。クリフの言っていた事とは違ってどうやら捕まったらしい。保安部に置いてやった兵隊崩れのチンピラはここぞという時にはやはり役に立たない。もう少し出来るヤツを付けさせておくべきだったと少しばかりの後悔。
直後にスピーカー越しから銃声と重いものが倒れた様な鈍い音。
『あら、手が滑った』と悪びれも無く言い放つシェインの声にブライアンの端末を握る力が僅かに強くなる。
『とっくの昔に役目を終えた組織を復活させようと足掻くその姿勢は只々見苦しいだけよ。アークが設立当初に持っていた理念なんて捨てていたくせに』
何を知った風なことを、とブライアンは口から出かけたがそれは堪えた。
企業間のパワーバランスを取る為に受けるべき依頼とそうではない依頼を取捨選択して戦える舞台を用意してやっているのは誰だと思っているのか? どうせ組織運営の難しさなんて知りもしないだろう。大方この女も自分たちの事は依頼を都合するだけの仲介屋としか思っていない。そんな言葉に聞こえた。それに似たような言葉をかつて聞かされた気がする。
「レイヤード時代とは違うのだ。レイヴンは自由の象徴だとか馬鹿なことは抜かすなよ。自由の意味をはき違えた愚か者は幾らでもいた。忠誠心のかけらもない者が起こした事の尻拭いも我々がしなければならなかったのだ。必要なのはイレギュラーの様な力を持った単一の者では無い。程よいバランスを取れる多様の者たちだ」
『素晴らしい考えね』シェインの声に呆れの色が混じる。『だから付け込まれる』
「組織の維持にはそれなりにコンサバティブな考えも持っておかなければならないのだよ、フロイライン。人間が運用してこそのこの組織だ。管理者に頼っていた時代ではない。これから先も人間の時代だ。優れた思想を持った者の、な」
『そんな増長した考えはもう終わり。貴方にはここで退場してもらいましょうか』
「……ポイントの切り替えも貴様らか」
『ええ、そうよ。この先はルガ渓谷の方へ向かう筈よね。そこって今、我々とアライアンスが交戦中。──輸送列車が戦闘領域へ突っ込んで巻き込まれる……まあ、今の情勢ならよくある事よ』
「貴様……」
『せめてアライアンスの中で大人しくしていればこんな事にはならなかった。最期の旅路には相応しい棺桶かしらね、その列車。──ではさようなら、古い時代の愚かな思想を持った人間』
通話はここで切れる。ブライアンは携帯端末を床に叩き付けるが、それでも怒りは収まらずそれを何度も踏みつけて粉々にしてしまった。ブライアンは端末の残骸を蹴飛ばして運転席に入った部下を呼ぶ。
「どうなっている?! さっさと止めろ!」
「それが……コントロールが出来なくて……」
運転席のドアから顔を出した部下が文字通り青ざめた表情を浮かべている。
「今、この列車のシステムが外部からコントロールされている様で何も操作を受け付けてくれません」
「非常停止システムくらいあるでしょ! それ位分からないの?!」
秘書がブライアンに続いてヒステリックに叫ぶ。
「それも試してみましたが……同様で……原因を今探っていますのでお待ちを……」
「このままだと戦場に突っ込んでしまうぞ! 何とかするんだ!」
部下も状況は分かっている。「ハイッ」と悲鳴に近い返事を上げてまた運転席に戻った。
隣に座っている秘書の方を見やるとその表情は青ざめている。シェインとの会話から始まった一連のやり取りを間近で見ていた所為もあるだろう。今の状況は先程と打って変わって悪い方向へと進んでいるのは理解している様であった。
急に死が迫ってきているという現実は受け入れ難いものである。「クソッ」とブライアンは怒りのあまり、勢いつけて座席に座り込んだ。
後方から銃声。最早先程まであった安心感というものはブライアンの中では既に消え失せていた。「何事なんだ」と苛立った声を上げる。
「どうやらあのリサーチャーどもがコンテナ車から出てきたらしくて……」
何となく分かっていたが、取るに足らないと言える存在にあと一歩のところでどうしてこうも邪魔されなければならないのかとブライアンはその理不尽に怒りを爆発させたかった。
だが、その怒りも向かいの座席に座っていた者が立ち上がるのを見た瞬間に少し冷める。
「……待つんだ」
フード付きのコートを頭から被っているその男の肩を抑えて座席に戻させる。
「お前はここに居ろ。いざという時に私たちを守れ。それしか出来ないのだからな」
フード奥のふたつの濁った瞳が一瞬だけ細くなるも、男は小さく頷いて座席に深く腰掛けた。コンディションが少々悪いらしいが、この車両にいる人間の中では戦闘力が一番あるのはこの男なのはブライアンがよく知っている。
「この後にやる作業の為にリサーチャーとハッカーは必ず生かしておけ。後のふたりはもうどうでもいい」
残っている部下にそう命令させる。敵は4人だけ、そう焦ることは無いと思い直す。
「心配することは無い。直に収まるさ、こんな事態」
そう言ってブライアンは秘書の太ももをタイトスカート越しから優しく撫でる。こんな幕切れがあってはならないし、あるわけが無いと太ももの感触を自分の手の平に伝えさせて平常心を取り戻そうとブライアンは努めた。