ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第68話「Weightlessness」

 <スウォンジー>が左背部からオービットを射出する。3つのオービットが<ヴェスペロ>の上を取り囲む様に飛来してレーザーを放ってきた。

 <ヴェスペロ>の足元をレーザーが幾つも掠めていく。ヴィラスはサイドステップで距離を取る事を選択。<ヴェスペロ>の動きに合わせてオービットも追従して再びレーザーを発射。

 一際大きなアラート音がヴィラスの耳朶を打つ。オービットの回避行動に入っていた隙に<スウォンジー>が自機側面に回り込んでいた。モニターの補助ウインドウに跳躍して右背部のリニアガンを構えた<スウォンジー>の姿が見える。

 一瞬の間であったが、ヴィラスはそれに反応することが出来た。即座にフットペダルを踏んで<ヴェスペロ>をバックステップさせる。次の瞬間には弾丸が<ヴェスペロ>のコア先端を掠めながら横切っていった。更に動きを止める事無くコントロールスティックを倒して急旋回。今度は左右の肩のすぐ横を弾丸が飛んでいった。

 ──やれた。そんな実感が湧くが、何故出来たのかを把握する余裕は無い。即座に<スウォンジー>をロックオンサイトに捉えてトリガーを引く。両腕の武器からそれぞれ放たれた弾丸が敵機のコア付近に命中した。

 

 『やりやがったなぁ!』

 

 ヘルメットから溢れるミニオーグの叫び声。思わずヴィラスは顔をしかめる。モニター上には脚を大きく広げながら飛び掛かってくる<スウォンジー>。バックステップしながら両腕の武器で反撃すると足元にグレネード弾が落ちてきた。

 爆風で機体の動きが鈍った瞬間、<スウォンジー>の右腕に持つマシンガンからの攻撃。<ヴェスペロ>の上半身に満遍なく弾丸が降り注ぎ、防御スクリーンが甲高い音を奏でて弾ける。

 <ヴェスペロ>はサイドステップでそれから逃れるとリニアライフルを発射。だが、<スウォンジー>は上半身を捻って回避した。近距離で必中を確信していたヴィラスは衝撃を受けるも以前見せたミニオーグの動きを思い出して冷静に二撃目を入れて命中させる。

 

 『ク……ソ……野郎がぁ!』

 

 いちいち叫ばなければ気が済まないのかこの男はとヴィラスはヘッドホンのボリュームを下げる。それだけ耳障りな声量であった。

 リニアライフルの弾丸を受けた<スウォンジー>は少し不安定な体勢で着地すると同時にオービットを射出。だが、その時すでに<ヴェスペロ>はオーバードブーストを起動して射程外へと逃れる。目標を失ったオービットは<スウォンジー>の周りを彷徨った末に自壊した。

 距離を取った<ヴェスペロ>はリニアライフルで牽制射撃。<スウォンジー>の動きを引き付けたところに右背部のマイクロミサイルランチャー<MAGORAGA>を肩部のミサイルランチャー<CR-E84RM2>と共に発射。<スウォンジー>はブースト機動をしながらコアのミサイル迎撃装置で撃ち落とす。

 決め手に欠けるとヴィラスは感じ取った。それに加えて<スウォンジー>の動きが以前とは違っている気がして戸惑いもある。四脚型のセオリーである地上戦ではなくジャンプを多用した戦い。強化したことで戦い方を変えたのだろうかと再び大きく跳躍した<スウォンジー>を見てヴィラスは考えた。

 空中からリニアキャノンを発射した<スウォンジー>。その射線は既に読んでいる。回り込む様にブースト機動で躱してハンドガンで反撃。コア付近に命中した<スウォンジー>の姿勢が傾いだ。そこへリニアライフルで追撃。

 

 『ぐあっ』

 

 オープン回線にミニオーグの悲鳴が混じって入ってきたと同時に<スウォンジー>が不格好なかたちで着地。<スウォンジー>の片脚の関節が可動限界まで曲がり、嫌な音を立てた。それでも<スウォンジー>は再び跳躍してリニアガンを放ってきたが、碌に狙っていなかったその弾は大きく外れていく。

 

 『あの時組んだ時から気に食わなかったんだよ! テメェは!』

 

 ミニオーグの叫び。それを聞いてこの時ばかりはヴィラスの感情が不快感へと大きく傾く。私情を剥き出しにして執拗に迫ってくるミニオーグに対する怒りであった。

 

 「うるさい奴だ」

 

 こちらとしては知ったことではない。だが、向こうがそのような感情をぶつけてくるのであればいつも以上に気兼ねなく叩きのめせるということだ。そう考えれば頭が冷静になっていく。

 インサイドトリガーを引いてECMメーカーを射出。動きが一瞬鈍った瞬間を逃さずにヴィラスは<ヴェスペロ>を<スウォンジー>の左側面へと回り込ませるとリニアライフルを発射。空中にいた<スウォンジー>のコア下部に直撃して装甲が大きく吹き飛んだ。

 <スウォンジー>はすぐさま着地して距離を取ろうとブースターを吹かして後退。オービットを射出して立て直す時間を稼ごうとする。

 その意図は分かり切っていたヴィラスはブースターを全開にして猛然と襲い掛かる。既に狙いは付けている。

 <ヴェスペロ>はミサイルを発射。5発のミサイルの束が<スウォンジー>へ向かって放たれるが、<スウォンジー>は後退から一転してマシンガンを放ちながら前進。ミサイルを撃ち落とすと左腕のグレネードライフルを発射してきた。

 その射線は読めていたのでサイドステップで躱すが、その動きはミニオーグに読まれていたらしく、前方へ跳躍した<スウォンジー>が前脚を突き出して突進してくるのが見えた。

 

 「……!」

 

 <スウォンジー>の右前脚がコア側面にヒット。すかさずヴィラスは<ヴェスペロ>の右脚を振り上げさせた。カウンターの様なかたちで<スウォンジー>のコアに突き刺さり、<スウォンジー>はそのまま吹き飛んで橋の欄干に背中から激突。

 <ヴェスペロ>はリニアライフルを構えて発射しようとするが、<スウォンジー>が体勢を立て直してグレネード弾を発射する方が早かった。躱しきれず、右肩部に直撃。装甲が破損したというメッセージが表示された。

 すぐさまバックステップをするとそれに合わせて<スウォンジー>がフロントステップで距離を詰めてくる。

 

 『気に入らねぇ! 気に入らねぇ! 気に入らねぇ! くたばっちまえよ! テメェ!』

 「……」

 

 ミニオーグの喚き声にヴィラスはとうとうボリュームを最小まで落とす事にした。男のヒステリーほどみっともないものは無い。

 更に放たれてきたグレネード弾をスライド機動で回避。ロックオンアラートはまだ鳴り止まない。リニアガンを構えた<スウォンジー>をモニターの端に捉える。

 その刹那、これまで何度か味わった時間が間延びしていく様な感覚。一気にヴィラスの視線のピントが<スウォンジー>のリニアガンの砲口に合わさった。

 発射されるタイミング。そして着弾する時間も今の状態なら読める。両機との距離はライフルの射程内。トリガーに掛かる指の力を強めた。

 <ヴェスペロ>のリニアライフルから放たれた弾丸は<スウォンジー>のコアに直撃すると思われたが、<スウォンジー>は跳躍して回避。構えたままのリニアガンの砲口が一瞬だけ上を向いた。

 もう一撃リニアライフルを発射。<スウォンジー>の脚部に直撃。機体が揺らがせながら<スウォンジー>もリニアガンを発射。<ヴェスペロ>の右腕の肘から下が吹き飛ぶ。

 だが、ヴィラスは既に主兵装をロケットランチャーに切り替えていた。空中に漂った状態の<スウォンジー>に狙いを付けるのは容易であった。迷うことなくトリガーを引いて発射。ロケット弾は前に長く伸びたアンテナが特徴的な<スウォンジー>の頭部をコアの根元から引きちぎっていった。

 

 『──がっ……』

 

 ミニオーグの呻き声。ここである意味ケリは付いている。だが、トリガーを引く指を止めはしない。

 更にもう一発ロケット弾を発射。今度はコアのど真ん中に命中。バランスを完全に失った<スウォンジー>は橋の欄干の上に背中から墜落するとそのままバウンドして谷底へ吸い込まれる様にして落ちていった。

 

 「終わった……か」

 

 あの状態で落下すればどうなるか。恐らく無事では済まないだろうとそれを見届けるまでもなくヴィラスはあのレイヴンの末路を察した。

 感覚がいつもの通りに戻っていく。戦闘がこれで終わったのだと本能が知らせてくれた。

 

 

 

    *     *     *

 

 一瞬の気絶。状況がまだ把握しきれていない。

 ただ、手痛い一撃を受けてしまったということはけたたましく響くアラート音ですぐに判った。そして先程から感じている浮遊感も低画質になったモニターに映る風景で自分が落ちそうになっている所為だということも把握出来た。

 

 「クソが……」

 

 一刻も早く復帰しなければならない。まだ勝負はついていないのだから。──ミニオーグは弛緩しきった全身の筋肉を締め直す様に身体に力を入れると、フットペダルに足を乗せた。

 だが、フットペダルを踏んだ瞬間、ブースターから弾けるような音。そしてコクピットに鳴り響く新たなアラート音。モニターを見やるとブースターの破損を知らせるメッセージが赤く点滅して表示されていた。

 

 「メインブースターが……!」

 

 その直後、コクピットが大きく揺れ出して何が起きたのかと思う間もなくミニオーグの身体は上下左右の感覚が一気に消え失せた。

 <スウォンジー>が空中で姿勢が取れなくなり、機体を回転させながらそのまま落下していったからだ。本来なら頭部搭載のコンピュータで姿勢制御を行うのだが、それが失われたことにより不可能になった。

 全身がシェイカーに放り込まれたような状態で揺さぶられ、常人ならば既に失神している状態の筈である。しかし強化手術によって強化された三半規管が辛うじて耐え切り、ミニオーグの意識を繋ぎとめていた。

 このままでは谷底に激突する。機体状況から立て直すのは最早不可能だと分かっていながらも必死でコントロールスティックを振り、フットペダルを何度も踏むが状況は変わることは無い。

 

 「……ここ……で……! ふ……ざ……けるなぁ……!」

 

 それは死に対する恐怖よりも怒りに近い感情から込み上がって出てきた言葉であった。

 スラムで生まれ育ち、荒んだ生活にギャング組織で使い走りの日々。負け犬と蔑まれながらもそこから脱した末に辿り着いたレイヴンとして人生の再起。だが、ミニオーグ自身に恵まれたチャンスがあったとは言い難かった。

 操縦技術には一定の評価があり、アリーナの戦績もある程度良好であったが、実戦ではその実力を発揮出来ずに失敗が多く、周囲からはパフォーマーの域から出られないレイヴンという評価をされてしまう。その所為か、依頼される任務も辺境基地の警備などの少額な報酬で済まされるものばかりであった。

 そんな思い描いていたものとはかけ離れたレイヴンとしての生活を送って約1年。突如訪れた特攻兵器襲来。運良く難を逃れられたミニオーグにとっては実戦の場でもう一度やり直せるチャンスの筈がやはりこれまでの評価が足を引っ張り、受ける依頼が少ない状況であった。

 そんな中アライアンスから新設部隊へのオファーはその評価を覆す絶好の機会だと捉えて即座に受けるが、そこで待っていた現実も己の弱さを改めて思い知らされるだけ。ヴィラスというレイヴンに敵愾心を抱いたのは自分では得ることの出来なかった評価を得ていたからであった。だからこそDr.?からの誘いに乗り、強化人間の手術を施して強さを手に入れた筈。それなのにこの結末は受け入れ難いものである。

 

 「俺は……!」

 

 自然と目から溢れる涙。結局、何も得ることの出来なかったのだと悟る。

 

 「こ……んな……と……こ……ろで……!」

 

 脳髄が熱くなる感触。その直後に全身を包み込むような激しい衝撃を感じた瞬間ミニオーグの全てが霧散した。

 

 

 

    *     *     *

 

 自分の頭上から風を切る様な鋭い音。それが銃弾であるのは分かっている。クリフは身を隠している座席の上から拳銃を持った腕だけを出してトリガーを引くが、ガラスの割れる音だけがして当てたという感触は無い。

 

 「当たってない……か」

 「側面の窓に当たった。どこ狙ってんの」

 

 隣でしゃがんでいたチトセが少し呆れた様な声で言うと、チトセも腕を出して射撃する。直後にガラスの割れる音。

 

 「……当たってねぇぞ」

 「ごめん、実は射撃は下手だった」

 「そんなんで何で諜報部にいたんだよ。諜報部員ってのは普通そういうのも上手くこなすもんじゃねぇのか」

 「元々はオペレーター志望だったのに何故かそっちへ配属になったんだよ」

 

 「なんだそりゃ」とクリフは思わず頭を掻く。キサラギも適当な人事配置をするものだ。

 複数の銃声と共に人間が倒れる独特の音が複数重なった。反対側の座席に隠れているケインズが発砲した弾が敵に命中したのだ。

 

 「そうやって撃つのなら向こうの位置をしっかりと把握してから手首を固定して撃つんだ」

 

 「弾が勿体無い」と続けてケインズは再び発砲。また人間の倒れる鈍い音がふたつ重なる。

 「これでクリアか」とケインズは小さく溜息。実際のところ、こことこのひとつ前の車両に居た敵の殆どをケインズが仕留めていた。

 

 「お前さん頼りにし過ぎてすまねぇ……」

 「それが俺の仕事だ。──今まで撃ったことは?」

 「それはあるが、当てた事は無いな」

 

 倒れている黒服から予備のマガジンを取り出しながらクリフは嘆息する。命のやり取りはこれまで何度もあり、命が喪われる瞬間も同様に見てきたが、実は自分の手で人を殺めたことは無い。実際、引き金を引く寸前に躊躇いがある。

 もし、あの時レイヴンになっていればその引き金の重みは少しでも軽くなっていたのだろうか。当初考えていた家族の仇を取るというのはそれも乗り越えなければならないということでもあったのを思い出した。

 どこかでやらなければならない時は来る。それは覚悟しておかなければならないだろう。

 今はやるべきことをやる。そう切り替えてクリフは無線機でKDに呼びかける。

 

 「状況はどうだい?」

 『ちょっと厳しいね。一応、この列車のシステムには入れたけどなんか妙なんだ……』

 「どういうことだ?」

 『このシステムってもう10年以上前に作られたモノだけど、従来入っていない筈のシステムが組み込まれているっていうか……システム全体が僕も知らない何らかのプログラムに置き換わっているんだ』

 「つまり、この列車は未知のプログラムで今動いているって事か」

 『そうらしいけど何でこんな列車のシステムを──って、ヤバい……上から足音がしたよ』

 

 「後ろの車両にもいたか……」とケインズが呻く。このままでは挟み撃ちとなり、丸腰のKDも狙われる。

 

 「私が食い止める。ふたりは前に行って!」

 「大丈夫? 当てられる?」

 「あんたよりは、ね」

 「そういうことにしておくよ。頼んだぜチトセさん。──KD、ヤバくなったら奥に隠れろ」

 『ああ、それでもどうにかして突破口は開いてみるよ』

 

 チトセが後ろの車両へ向かうのを見届けてクリフとケインズは車両の扉の横につく。扉の向こう側には人の気配。待ち伏せをしている筈だ。

 ケインズの合図と共に扉を開けるとすぐさま銃撃。弾丸がクリフの頬を掠めていった。少なくとも3人はいた。

 

 「あれだけなら何とかなる」

 

 ケインズは銃撃が途切れた瞬間に素早く半身を出して3発発射。あっさりと黒服の男たちは倒れた。

 

 「ここもクリアだな」

 

 あっという間に片付いたが、本命はその先だ。

 最後の扉を開けた先にいたのはブライアンとその秘書の女。

 先頭車両から黒服がひとり銃を構えて飛び出してきたが、ケインズがあっさりと返り討ち。

 ブライアンの右腕にはジノーヴィーの端末が抱えられている。

 

 「こんちは、早い再会だ。さっさとそれを返してついでに列車も止めさせて貰おうかな」

 「……なんでこうも下賤な連中は我々の様な世界を憂う者の足を引っ張ろうとするのか」

 「自分でそれを言うか。だったら世話ねぇぞ」

 「事実を言っている。精神衛生上非常に鬱陶しいので、私の眼前からさっさと消えてもらおうか」

 

 背後から物音がしたと思いきや衝撃音と共にケインズの身体が浮き上がり、座席に叩き付けられる。

 

 「このっ……」

 

 突如入り込んできたフードを被った者がケインズの首根っこを掴んで持ち上げるとそのまま窓へ投げつけた。窓ガラスが割れ、ケインズは外へ放り出される。

 

 「ケインズッ……!」

 

 あっという間の出来事であり、クリフは拳銃を構えることも出来ずに立ち尽くすしかなかった。そこへフードの者がクリフに掴み掛かって壁に押し付ける。

 フードの奥から見えた顔。半分近くが包帯に覆われて見えないが、その隙間から窺えるのは赤黒く焼け爛れた皮膚。

 

 「ここで会えるなんて嬉しいぞ。クリフ・”クソったれ”・オーランド」

 

 喉もやられているのか掠れた声。それでも殺意の籠った声と以前も聞いた様な台詞。

 

 「ラシッドかい……生きていたのかよ」

 

 正体は保安部のラシッド・アル・ザハムディであった。レイヴンズアーク本部でバーテックスとの戦闘に巻き込まれた時、<フォックスアイ>の放ったレーザーに呑み込まれたと思っていたがしっかりと生き延びていた。

 

 「ああ、お前如きに舐められたままくたばってたまるか。これからあの時以上に苦しませてから殺してやろう」

 

 クリフの首を掴むラシッドの右腕から金属の感触。

 クリフは何とか逃れようと首を左右に振り動かす。視界には掴まれた際に落としてしまった拳銃が見えた。

 

 「──これか?」

 

 視線で察したラシッドはそれを拾うとクリフの眉間に突きつけた。クリフの顔が強張る。

 

 「良いツラだ。あの時もそんな表情を見せてくれれば良かったのにな」

 

 ほんの少しだけ悦びの色が混じる声。いたぶりたいという素直な気持ちが籠っていた。まだトリガーには指が掛かっていないが、いつ引かれてもおかしくない。

 

 「さっさと殺せ! お前は何をやっている!」

 

 ブライアンの怒声が割り込んできた。ほぼケリがついた状態であるにも拘らずとどめを刺さないラシッドに向けた言葉であった。それに対してラシッドはブライアンの方を向いて一瞥するだけであった。

 

 「お前の個人的感情は必要ない。誰が死体同然のお前を救ったと思う? 忠実に動け。それともまだ目覚め切っていないのか? 役立たずの部下しか持てないチンピラの大将め、次は脳も調整してやろうか」

 

 この状況でよくもまあそんな罵倒が出来るもんだとクリフはブライアンの部下へ対する態度に呆れた。自分以外の人間を確実に普段から下へ見ていると判る。

 そしてそんな言葉を受けて黙っているほどラシッドも我慢強くないらしい。クリフの眉間に突きつけていた拳銃をブライアンの方へ向けるとそのまま発砲した。

 銃弾は秘書の胸の真ん中に2発、ブライアンの右胸と左足に1発ずつ命中。秘書は声を上げる間もなく絶命。ブライアンもくぐもった悲鳴をあげてそのまま動かなくなった。

 

 「生かしてやっただと?」ラシッドの唸るような声。「俺は生き抜いたんだ」

 

 クリフを掴んでいた機械仕掛けの腕が離れ、銃口がブライアンの眉間に向けられる。

 

 「こんな身体になろうとも生き残ったという事実は俺にその意志があったということだ。貴様の都合で生かされたのではない。飼い主にでもなったつもりか? 俺はこのクソッたれをぶち殺す。それだけだ」

 

 抑制が不安定な掠れ声に焦点が合わなくなっている視線。ラシッドは拳銃を振り回し出した。

 

 「貴様の命令など──」

 

 トリガーに指が掛かった。クリフは猛然とラシッドへタックルをかます。2人はもつれあうように床へ転がっていく。

 

 「大分ラリってんじゃねぇのか? ラシッドさんよぉ! 意志があった? ただ運が良かっただけだろ!」

 

 もつれあいの末、ラシッドの方が上の状態になる。

 

 「絶望は味わった! 今度は取り戻す!」

 

 怨嗟の叫び。それを真正面で受けてやるほどクリフは弱気になっていない。抑えられなかった右腕を振り回してラシッドの顔面へ拳を入れるが痛覚が無くなっているのかラシッドはクリフの首を掴んで絞めようとする。

 

 「この野郎!」

 

 クリフはもう一発拳を振るった。今度は目を打ち付けると親指を立ててそのまま眼球へ突き刺す。

 

 「ゲフッ」

 

 妙な声を上げたラシッド。首を掴んでいた力が緩むとクリフはそれを解いて逆にラシッドの首を締めに掛かった。

 

 「俺がとどめ刺してやるよ、このゾンビ野郎が!」

 

 だが、力ではやはりラシッドの方が上らしく、首の力だけでクリフの手から逃れようとしている。そして空いた両腕でクリフの腕を強く掴んだ。骨が軋む音。クリフは歯を食いしばってそれに耐える。

 あんな姿になろうともラシッドの全身が生の執着心だけで動かしているようにもクリフはこの時だけそう思えた。

 

 「クリフ! そのままそいつを抑えていろ!」

 

 その時ケインズの叫ぶ声。言葉の意図は読めた。ラシッドが声のする方へ意識を向けた瞬間、クリフは一気に掴む力を強めて動きを止めさせた。

 直後に銃声。ラシッドの短い悲鳴が聞こえたと共に血と脳漿がクリフの身体に降り注ぐと頭部の半分が吹き飛んだラシッドの死体がのしかかってきた。

 

 「……うぇぇっ……」

 

 クリフはラシッドの死体をどかすと身体中に付いた血と脳漿、そして脳の破片を拭う。そして、ケインズの姿を見やった。

 間違いなくつい先程窓から放り出された筈のケインズであった。額からは大量に出血しているが、足取りはしっかりとしている。それを見てクリフは安堵の溜息を漏らした。

 

 「生きていたのか……良かったよ……」

 「ああ、幽霊じゃないぞ」

 

 ケインズが歯を見せて笑って見せた。これも出会ってから初めて見る表情である。

 

 「放り出された時、もう死んだかと思ったぜ」

 

 「俺も駄目だと思った」とケインズは額から流れ出る血をシャツの端で拭った。

 

 「投げ出された時、上着の襟が車両の外にあった出っ張りかなんかに引っかかったらしい。それで落下を免れた。後は何とか体勢を立て直して連結部分まで戻ってこられた。──運が良かったよ」

 

 生きているという喜びをもっと爆発させたい気分であるが、それを堪えてクリフはブライアンを見据えた。撃たれて動けなくなったブライアンの右腕には端末が抱えられたままであった。

 

 「返してもらうぜ」

 

 クリフはそれを無理矢理引き剥がす。ブライアンの方はまだ辛うじて息があるらしく、僅かに身体をよじって抵抗する素振りを見せたがそれは無駄な足掻きであった。傷の状態からしてこのままだと助からないだろう。

 

 「しかし、この列車はどう止めるんだ?」

 

 「……分からないな……」と運転席を見てきたケインズは首を振った。

 

 「自動操縦になっていたが、切れなくなった。それに加えてブレーキ等の操作もこちらで受け付けなくなっている。──そう言えばこの列車ってどこへ向かっているんだ?」

 

 「現在地からだと……」とクリフは自身の携帯端末で位置情報を確かめるとその表情は青ざめていく。

 

 「ヤバいな……。ルガ渓谷方面に向かっているらしいが、現在そこで戦闘中だそうだ」

 「このままじゃ、俺たちは巻き込まれるってか」

 「間違いなくそうだ。このままじゃお陀仏だぜ。──KD、生きているかい?」

 『……クリフ、大丈夫だったかい? 僕は大丈夫。チトセさんのおかげで──』

 

 『──そっちは無事なの?』とチトセが割り込んできた。

 

 KDとチトセの無事が確認出来てクリフはホッとする。

 

 「ああ、ちょいと怪我はしたが俺もケインズも無事だ。端末も取り戻せたが、マズい事になった。運転席から止められなくなっている。このままじゃ戦闘領域内に突っ込んじまう。そっちから出来そうか?」

 

 『全くダメ』とKDから即答。

 

 「未知のシステムっていうのは全く分からないってことか」

 『難しそうだね。時間があれば良いんだけど』

 「何かアイディアは無いか?」

 『もうあるよ』と今度は笑みを含めた声で即答。こういう時のKDの声は既に成功を確定させている時の声とだというのは分かっている。

 『コンテナ車内のシステムは独立しているからそれを弄ってコンテナ車を動力車から切り離す。これで動力が無くなって止められる筈だよ』

 「もう出来るんだな?」

 『ああ、でも切り離すタイミングの時間までは少ないよ、急いで!』

 

 クリフとケインズはすぐさまコンテナ車へと向かう。もたもたしていれば切り離せたとしても先頭車両共々そのまま戦闘領域に入って巻き込まれてしまう。

 コンテナ車手前の車両まで全力で走る。扉は既に開かれており、その先でチトセが待っていた。

 

 「あと1分で切り離すって!」

 「オーケイ、さっさとここからおさらば──」

 

 その時、クリフの足が何かに引っ張られて転倒。

 

 「何だ?!」

 

 後ろに視線を向けるとブライアンがクリフの足を掴んでいた。胸から大量の血を流し、息も絶え絶えの筈であったがここまで追って来ていた。

 

 「コイツ!」

 

 ケインズが拳銃を向けるが弾切れであった。それを投げつけてもブライアンは離してはくれない。

 「先に行け!」とクリフは端末をケインズに投げ渡す。

 

 「私の……だ」

 

 激しく吐血しながらもブライアンは凄まじい力で離そうとしない。この男なりの執念でもある。だからといってクリフも畏縮するわけにはいかなかった。ブライアンの顔面を躊躇なく何度も踏みつけて離させようとした。

 

 「世界の秩序……アークの……未来……担い手である……私の……役目……」

 

 ブライアンの鼻の骨が砕ける音。そこでようやく掴んでいた手の力が抜け落ちてクリフは解放される。

 

 「お前……如きに……あの端末の……価値を……見出せるわけも……ない……くせに……」

 「それはお互い様じゃねぇか」

 

 中身についてはもう分かっているが、それは今の人類がまだ持つにはまだ早いシロモノであるとクリフは思っている。少なくとも旧世代の遺産がもたらす危険性と有用性の区別がつかない限りはこれからも向き合っていかなければならないモノだろう。

 「時間だ、急いで!」とチトセが叫ぶ。

 相当な時間ロスだ。だが、転倒した際に足を捻ったらしく激痛が襲ってうまく走れない。足を引き摺らせながら前に進む。

 

 「お……まえ……だ……けでも」

 

 背後からブライアンの声。幽鬼のようにゆらりと立ち上がってまだ追いかけてきていた。

 前方で大きな金属音。連結が外れる音だ。少しずつコンテナ車との距離が離れていくのが見える。

 こうなればもう意地であった。痛みを堪えて扉まで全速力で駆け抜けるとクリフはコンテナ車へと飛び移る。

 猛烈な風の音。そして間延びする浮遊感。コンテナ車までは約4メートル。届け、とクリフは念じながらコンテナ車の方へ手を伸ばす。

 扉の左右の縁でケインズとチトセが手を伸ばしていた。そしてクリフの手を掴んでそのまま車内へ引き入れるとその奥で立っていたKDがクリフの身体を転がりながら受け止める。

 

 「ナイスキャッチだぜ……みんな」

 

 生き残れたのだと背中から伝わる床の感触でようやく実感出来た。

 

 「ギリギリだったね」

 「……ああ……」

 クリフは扉の先を見つめた。客車側の扉の先でブライアンが手を伸ばしたまま遠ざかっていくのが一瞬だけ見えたが、どんな表情をしていたかはもう定かではない。

 

 「色々な意味でもギリギリだったが、上手くいった……かな?」

 

 口元に寂しさを覚える。いつもの癖で胸ポケットに手を入れるが当然無い。思いっきり煙を吸いたいとクリフは座り込んだ。

 少しずつであるが景色が流れる速度が緩まっていく。それは一つの戦いに決着がついた合図でもあった。

 

 

 

    *     *     *

 

 谷底から爆発音に続いて黒煙が立ち昇ってきた。AC<スウォンジー>の撃破を確認。

 増援の気配も無さそうであった。これで敵勢力は全滅かと思われた。

 

 『待って……こちらに高速で接近する機体……列車?!』

 

 ルシーナが驚いた様な声を上げたその時、トンネルの奥から列車の走行音らしき音を音響センサーが拾う。

 音の響きからしてかなりの速度を出しているなと思った次の瞬間にはトンネルから列車が猛スピードで飛び出してきていた。

 

 「危な──」

 

 声を掛ける余裕もなく列車は線路上で擱座していたMTと激突して脱線。列車は客車ごと横回転しながら欄干を乗り越えて谷底へ落下していった。

 

 「えっ……」

 

 一瞬の出来事であった。ただ、落下する瞬間、客車の中に人影が見えた気がしたが、それを確かめる術は既に無かった。

 数十秒後、谷底から再び爆発音がして黒煙が立ち昇ってくる。何故ここに列車が来たのか、どこの列車であるかもヴィラスには分からない。

 

 「ルシーナ、今の列車は?」

 『確認しているけど、ちょっと分からない。旅客はもちろんだけど輸送も動いているという情報は事前に無かった筈よ』

 「運航計画外の列車か……」

 

 そうであれば同情心は薄れる。勝手に列車を動かして、勝手に戦闘領域に突っ込めばこうなる可能性は高いのだからその代償を払っただけに過ぎない。「はた迷惑なヤツだ」と吐き捨てる。

 

 『いずれ判明すると思うけど、今は気にしないで』

 

 「そうするよ」とヴィラスはウォーターパックに口を付けた。どうせどこかの輸送業者が利益優先で勝手にやった事なのだろうと頭の中で結論付けていた。

 

 『ヴィラス……もうひとつの反応がトンネルの先で出たわ。速度は遅いけどさっきと同じ方向から』

 「確認しておくか」

 

 状況からして先程の列車と関係しているだろう。仮に爆弾でも積まれていれば危険だ。ヴィラスは機体をトンネルに向けさせた。

 長いトンネルを抜けると何もない荒野。その先に列車が線路上で停まっているのが見えたが、その姿にすぐ違和感を覚える。

 コンテナ車が連なっているだけで動力車が無い。と、なれば先程谷底に落ちた列車の付随車だ。何かしらのトラブルが発生したのだろうとヴィラスは外部スピーカーをオンにした。

 

 「そちらに誰かいるか? いれば応答もしくはそのまま出てきてくれ」

 

 ヴィラスがそう呼び掛けると即座に先頭のコンテナ車の扉が開き、人が出てくるのが見えた。

 手を振っているのが見える。そこへカメラを拡大すると知った顔。クリフ・オーランドであった。その後ろから彼の仲間であろう人影もコンテナ車から出てきた。

 

 『ヴィラスだな。久しぶり、お前さんでよかったよ』

 

 音響センサーから拾われたクリフの声にヴィラスは呆気にとられた。まさかここでこの男と再会するとは思ってもみなかったからだ。

 

 「何でそこにいるんだ?」

 『話すと結構長くなる。――頼みがあるんだが、お前さんのいるガレージでちょいと世話になってもいいかな? そこでゆっくり話そうか。コンテナには良いモンが載っているんだ。これも持っていこうぜ』

 

 どうするべきかほんの少し迷ったが、クリフは敵ではないのは分かっている。

 しばらくの間ガレージが賑やかになるのだろう。そう思いながらヴィラスはルシーナに帰還の手続きを変えるように要請をすることにした。

 




次回更新は2026年10月14日以降の予定です。
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