ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
その依頼がヴィラスに届いたのはクリフたちと親睦を深めた6時間後の事であった。
依頼主はアライアンス。
依頼内容はリターナーの拠点攻撃とそこにいる重要人物の確保。
リターナーの主要メンバーの一人であるティンバー・ディーネル大佐の所在が判明。今回のミッションポイントであるナービス領の旧クレスト前線支社基地がそこである。
事態の収束を一刻でも早く図りたいアライアンスとしてはここで頭を押さえておきたいという狙いがあるのは明白であった。
ティンバー・ディーネル大佐がどんな人物であるかというのをヴィラスは今まで知ることがなかったが、クリフは仕事上の付き合いがある。そのパーソナリティはある程度知っているので聞くことが出来た。
かつては“ディルィゲント”というレイヴンネームで活動していた元レイヴンであり、軍人。それ故に威圧感のある風貌と雰囲気を醸し出しているが、その口調と佇まいは見た目に反して穏やかな人物である。だが、それは自分がリサーチャーという立場であるからこその立ち振る舞いであろうとクリフは考えている様であった。
どんなに親しく会話しても最後のところで真意というのを隠している節があり、傭兵らしさも未だに持っている。ティンバー・ディーネルという名も本当の名前かすら怪しい。
何の後ろ盾も無かった筈のレイヴンが引退後にクレストの軍事顧問となり、特攻兵器襲来後はアライアンス参謀本部の作戦参謀。そしてアライアンス特務部隊司令へとのし上がってきたのだからそれなりの政治力に加えて恫喝力も兼ね備えている人物であるだろうというのがクリフの評価である。
レイヴンとしての戦闘力は既に15年程コクピットから離れているので脅威ではないだろうが、周りにいる兵はその限りではない。ジェランをはじめとする特務部隊との交戦で身に染みてそれは実感している。
ただ、今回の任務では特務部隊所属レイヴンのACをはじめとするリターナー所属ACは基地に配備されていなさそうであるという情報が出ていた。
リターナーの重要人物でもあるにもかかわらず、やや脇の甘さが出たという印象であった。アライアンス本部もそれは同じことを考えていたのか、ブリーフィングでヴィラスの考えと似た様な言葉を発していた。
これが上手くいけばリターナー絡みの厄介事は大幅に減らせる。果たして思い通りになるかは分からないが、一筋縄ではいかなさそうであるというのがヴィラスの直感であった。
これからその分水嶺となる任務に挑むのにそんな考えが過ぎってしまうのはアライアンスの体制に加えてリターナーの戦力を含めてその狙いなども不透明な部分が多く見受けられるからだ。
そもそも重要人物を取り押さえられるかもしれない任務であればアライアンスの性質的に対面上を気にして精鋭部隊を複数送り込んででもやる筈が、今回はヴィラスひとりだけ。対バーテックスで手一杯であったアライアンスがいきなり対リターナーへ戦力を回すという切り替えが出来ている訳ではない。
だが、その分の分け前は増えるとポジティブに考えてヴィラスはチェックの終わった愛機の状態をコンソールモニターで確認した。機体の各系統に異常無し。
今回は先の戦闘からフレームパーツは脚部だけ逆関節型の<LR04-GAZELLE>に変更。兵装は腕部をレーザーライフル<CR-WR98L>と新たに調達したレーザーライフル<WL13L-GORGON>に背部を片方だけミサイルランチャー<WB01M-NYMPHE>に加えて肩部に連動ミサイルランチャー<CR-E84RM2>を装備させた。
不規則な振動に身を任せること数十分後、アラーム音と共に輸送機パイロットから作戦領域に到着したという通信が入る。
「了解」
カーゴ壁面の固定フックが外れる音。ヴィラスはコントロールスティックを動かしてカーゴのハッチ手前まで<ヴェスペロ>を移動。
けたたましいサイレンと共にハッチが開き、外からの気流が機体を更に揺らす。この瞬間はどうしても緊張してしまう。それは怖さというよりもこれから任務が始まるという気持ちへと切り替わる瞬間であった。
青と橙が入り混じった空の色がモニター一面に映し出されるとヴィラスはフットペダルを蹴飛ばして<ヴェスペロ>を降下させた。
自動的にシステムが戦闘モードへ切り替わるとレーダーディスプレイ上に輝点が複数、そしてロックオンアラート。既に接近が察知されていたらしく基地の方角からグレネード弾が飛んでくるのが見えた。
「狙ってきたか」
空中では動きがやや鈍る。ブースターを細かく吹かして砲弾を回避。射線は見えていたので分かり易い。そのまま基地手前で着地する。
『このまま基地内部の敵を排除して目標の確保をお願い。難しいかもしれないけど生け捕りに出来る状態にしてとのことよ』
「了解だ。努力してみる。──ルシーナ、ディーネル大佐がこの基地を使った事ってあるのか?」
『彼は前の紛争時はクレスト本社側の基地にいたから無い筈よ。それがどうかしたの?』
「もし、ディーネル大佐が基地の構造を把握していたらこちら側も知らない隠しトンネルとかを使って逃げるかもって思っただけさ」
ルシーナの言葉を聞いてヴィラスはほんの少しだけ安心した。乗り込んでも既にもぬけの殻だったという事態は少なくとも無さそうではある。
モニターには旧式のMT<スクータムD>が2機、こちらに向かって来るのが見えた。ヴィラスはトリガーを引く。右腕に持たせたレーザーライフルを発射。敵機が構えていたシールドが破壊されるともう一撃。今度は胴体を撃ち抜いて撃破。
先制攻撃に成功。残った敵機は爆炎で身を隠しながらホバー機動で一気に距離を詰めてバズーカを放ってきたが、<ヴェスペロ>は跳躍して回避するとMTの頭上からレーザーをぶつけた。これで2機目。
この攻撃の間にMTとガードメカが複数接近。MTはいずれも旧式。となればMTも無人機であり、どこかでコントロールしているだろう。先日アルマンディンとの戦闘で得られた情報であった。
更に接近してくる機影は<スクータムD>と<AEW360R>。更にその後ろからは<ランスポーター>と<アローポーター>の姿も小さく見える。
ガードメカはともかくMTはいずれも旧式だ。リターナーはどこからこんな機体を引っ張り出してくるのかと思う。過去の亡霊気取りか──
その時、遠距離からロケットとミサイルが多数飛来。<ヴェスペロ>はブースト機動で後退しながら回避する。その動きに合わせてMTとガードメカが加速を始めてきた。
「パターンは一緒か」
前衛と後衛でのコンビネーション。後衛の援護射撃と同時に前衛が突っ込むという攻撃パターン。数は違えどもやっている事はファーストコンタクトと変わりない。ヴィラスは愛機を再び前進させると、敵機へミサイルを複数発射。ガードメカが爆散して破片がMTの頭上に降り注ぐと動きを止めた機体へ向けてレーザーライフルを放ち各個撃破。
当然これだけでは終わらない。基地の方から次々と敵機が近づいてくる。数は15から20近く程。
キリが無いとヴィラスは判断。これまでの戦闘の経験からコントロール機がいる筈だ。それを先に叩けば敵機の動きを多少鈍らせられる。
前方から飛びこんでくる敵機だけに集中することだけを考えてヴィラスは<ヴェスペロ>のオーバードブーストを起動。敵機の群れへ一気に飛び込むと両腕のライフルを斉射。旧式機の装甲が現行のEN兵器に対してあまり耐性が無いのが幸いした。ほぼ一撃で敵機は2機、3機と次々撃破される。
新たなロックオンアラートが響く。咄嗟にコントロールスティックを倒して機体をスライドさせると高出力レーザーが機体右肩の横を通り過ぎていった。
「違う機種……」
レーザーが飛んで来た方向にカメラを向けさせるとモニターの奥に<CR-MT91L>が1機。それも先の戦闘で遭遇した改良機で、更には流線型の追加装甲が胸部と大腿部に取り付けられている。
この戦場で唯一の現行機。そして有人機だろう。
「コントロール機だな」
あの機体を抑えられれば周囲の機体の動きもある程度落ち着くだろう。ヴィラスは左右から飛んでくる敵の攻撃を無視して<CR-MT91L>へ狙いを付けて<ヴェスペロ>に加速をかけた。
敵機はホバーで後退をしようとするが、追加装甲の影響か動きがやや鈍重に見えた。楽に狙いを付けられる。ヴィラスはトリガーを引いて両腕のライフルを発射。
だが、レーザーがMTの追加装甲に直撃してもそれ程効果的なダメージを与えられていない様に見えた。そしてそれは間違いではない。敵機はすぐさま肩部のレーザーを発射して反撃。
レーザーなどのEN兵器に対して防御効果を発揮する装甲らしい。ほんの少しだけ焦げた装甲を見ながらヴィラスは回避機動を起こして敵からの反撃を躱す。
『敵AC……脅威度……高……火力……を集──』
オープン回線に敵MTのパイロットらしき声。戦闘中に発する声とは思えないぐらいの掠れた声であった。
距離が少し離れた瞬間、MTはホバーで左右に揺れながら両腕に持ったマシンガンで弾幕を張る。それに対して<ヴェスペロ>はブースト機動で揺さぶって翻弄させてから跳躍。敵機の後ろへ回り込む。
敵機も<ヴェスペロ>の動きには付いていけず、あたふたとした動きで旋回をしようとするが間に合わない。
「後ろまでは流石に施されていないか」
MTの背面はレーザーキャノン発射の為に背負っているエネルギーポッドを除けば従来機とほぼ変わらない。主武装をロケットランチャーに切り替えて発射。
がら空きになった背中。それもエネルギーポッドに直撃。ポッドがぐにゃりと内側に潰れた瞬間、大きな爆発。
『……ぁぁ……ぅ……!』
当然MT本体も無事では済まない。爆発によって生まれた火球がMTを飲み込み、もう一つの火球が咲いた。
「……どうだ?」
撃破を確認したヴィラスは周辺にいるMTの動きをカメラで見える範囲で確認する。明確ではないが、動きが先程よりも単調になった様に見えた。
「多少、楽になるか」
近くにいた敵機へレーザーを発射して1機撃破。更にもう1機へ狙いを付ける。
『ハンガーから輸送機が出てきた。もしかしてあの機体に……?』
新たな輝点がレーダーに表示された。マップ上では基地最奥にある大型ハンガーの位置。状況からしてディーネル大佐を乗せた輸送機だろう。そうであれば逃げるつもりだ。
「優先対象を変更する」
MTをレーザーで撃破するとオーバードブーストを起動しようとするがロックオンアラートが複数。そう簡単に近づけさせてはくれないようだ。MTが囲むような動きを見せだしている。
モニターの端にはタキシングを始める輸送機の姿。攻撃を躱しながらミサイルに切り替えてヴィラスはどうやってこの状況を打破するかを考えだした。
* * *
「指令機が撃破された模様です」
前方の座席に座っていたグレッグ・トゥワ大尉がそう言ってディーネル大佐へ報告をする。
「単独での交戦時間は2分程度か。アリド中佐のパイロット経験は確か……」
「約半年だと聞いております。ですが、実戦経験はされていない」
「典型的なミラージュ軍のエリート裏道コースだったか」
「まあ、クレストもそう変わりは無いが」とディーネル大佐は加えて呟く。将来のエリートが軍人として箔付けをする為の手段のひとつ。本物になるかはこの際は置いておくにしろ、どこも似たり寄ったりであった。
最初に制圧した基地の司令官であったトーマス・アリド中佐。最初はこちら側に引き込ませることも考えていたが、彼はアライアンスに対して忠誠を誓う模範的軍人であった。ただ捕虜として交渉材料で扱うつもりはリターナーとしてもとよりなかったので戦力の一部として有効活用することにした。
「被検体の肉体的な状態が従来の条件に適していなかったのもあるが、この程度ではやはりレイヴン相手は荷が重すぎるか」
それでも自分よりひと回りほど若い士官に与えさせた最期の役目としてはまずまずの出来ではあるとディーネル大佐は窓の方を見やる。幾つも立ち昇る黒煙は敵が迫って来ている事を示す証。
「さて、こちらの離陸が早いか、向こうが間に合うか。自律モードではどれくらい時間稼ぎが出来るのかな」
タキシングが始まり、後は滑走路に出て離陸するだけだが、ここにやって来た敵ACはアルマンディンやミニオーグを撃破したレイヴンのヴィラスが搭乗する<ヴェスペロ>である。残りの味方機の数ではあのACを長く押し留めるのは難しいとディーネル大佐は考えていた。
座席に備え付けの通信機へ一瞬だけ視線が向くが、この状況で交渉が出来るとは思えない。無駄な考えだと苦笑いを浮かべた。交渉をするのであれば静かな場所の方がスムーズにいく。残存機体の頑張りに期待するしかない。
「私が出ます」
頭上からの声。席を立ったままでいたトゥワ大尉からである。ディーネル大佐は無言で大尉の顔を見やった。その表情はいつもと変わらない端然としている。
「カーゴに収納してある<プロト・D>。あれを使わせてください」
<プロト・D>……クレストが開発した試作フレームパーツ、通称「Dシリーズ」の運用試験機。コアだけは完成が間に合わなかったが、それ以外は実戦でも使用が出来る状態であったため、コアを<C05-SELENA>で代用して一応の完成状態にさせた機体だ。
武器も試作型パルスライフル<YWR29PU-RUKH>とレーザーブレード<YWL16LB-ELF3>を装備しただけで一応の実戦は出来るが、調整は終えていない。実際のところこの機体はバランスなどを確認するテスト稼働目的で特務部隊の誰かに宛がわせて使うつもりでいた。
「勝てるとでも思っているのか?」
「今、大佐を喪うのは大きな損失です。離陸まで手出しをさせなければこちらの勝利です」
明確な回答はしなかったが、実力差でトゥワ大尉がレイヴンに勝てるとは思えない。だが、大尉にとってそれはどうでも良い事なのだろうと僅かに細めたその双眸で理解できた。
「3分で良い、時間を稼げ」
「すぐに準備をします」
小さく敬礼をしてトゥワ大尉はキャビンから早足で出て行く。程なくして静かになったキャビン内でディーネル大佐へ声を掛ける者はいない。
「……君が私の副官であった事を後悔する日が来るとはね」
二度と会う事はないであろう優秀な右腕の存在。
キャビンが小さく揺れた。
* * *
『輸送機から1機出てくる。これは……ACね』
レーダー上に出た新たな輝点。その方向にはタキシング中の輸送機。そしてそのハッチから見慣れない形をした白いACが出てくるのをモニター越しで視認した。
「新型……」
コアは見慣れているが他のフレーム構成パーツは初めて見るモノ。曲面主体で構成されたその姿は既存の機体と比べると有機的な印象を与えた。例えるならばダイバースーツを着た人間のようなシルエットに似ている。
ロックオンアラートが鳴る。敵ACからだ。右腕に持ったこれもまた見慣れない武器からパルスレーザーが放たれてきたがヴィラスはその射線を見切ってスライド機動で回避。
最初のコンタクトで敵の練度はある程度把握できるが、このパイロットはそれ程高い練度を持っていないとヴィラスは判断した。
『ここは通さない』
パイロットの声がヴィラスのヘルメットに入ってきた。白いACこと<プロト・D>に搭乗するトゥワ大尉である。ヴィラスはトゥワ大尉のことなども全く知らないが、声からして寡黙であり、命令に忠実な人物なのだろうと想像ついた。
だが、相手をしていられない。ヴィラスは<プロト・D>を飛び越えて輸送機へ狙いを付けようとするが、<プロト・D>がその行く手を阻む様に<ヴェスペロ>の前方へ無理矢理割り込んでパルスレーザーを放ってくる。
「邪魔だ」
予想はしていた動きとはいえ、やはり鬱陶しさが出る。<ヴェスペロ>は両腕のライフルからレーザーを発射。それに対して<プロト・D>は回避を考えていない様であった。左肩を前に出してレーザーを受ける体勢を取り、その場に留まる。
レーザーが<プロト・D>の防御スクリーンと衝突。落雷のような激しい音と閃光。一瞬だけ目が眩むがカメラの補正ですぐにその姿を確認した。
<プロト・D>は左肩の装甲に傷は無く、僅かに焦がした程度。発射距離的にはある程度の損傷は与えられる筈だと踏んでいたが、この機体のフレーム構成パーツは対EN防御に特化されているとヴィラスは感じた。
よく見れば先程交戦したMTに付けられていた追加装甲に似ている。あの機体の試験機みたいなものだったのだろう。
しつこく絡んでくる敵機へブースト機動で逃れようとするが、輸送機を優先して撃破せずに放っておいたMTが4機、後方から迫ってきている。しかもその動きは先程よりも精細さが戻っていた。敵ACが制御下に置いたのだろうとヴィラスは判断した。
レーザーライフルを発射してMTの接近を阻むとすぐさま<プロト・D>へ向けてミサイルを発射。レーザーが利かないのであれば実弾兵器で退かせるしかない。
飛来するミサイルの束に対して<プロト・D>は回避するどころかそれも受け切る様に構えるとイクシードオービットを展開。高出力レーザーが放たれてきた。
『私は呼ばれなかった。だが、役目は与えられた』
正面から飛んで来たレーザーを躱しながらヴィラスはその言葉を聞いた。
状況からしてあの機体とパイロットは捨て駒だろう。それを覚悟した口調には躊躇が一切無い。
──厄介だ。
ヴィラスが抱いた感触はそれであった。あのパイロットは何が何でもティンバー・ディーネルという男を逃がすために己の命を賭して動いている。操縦経験は少ないのは動きで分かるが、<ヴェスペロ>の動きを止めて攻撃を遅らせるという単純明快なタスクをこなすにはそれほど複雑なことはしなくても出来る。こちらの射線にしつこく割り込み、攻撃を受け切ってディーネル大佐の逃げる時間を稼ぐ。それだけでいい。
『彼らの使命は私が守る』
オーバードブーストを起動させようとした<ヴェスペロ>に<プロト・D>が腕で抑え込もうとブースターでタックルを敢行してくる。質量自体は<プロト・D>の方が上回っているらしく、<ヴェスペロ>が大きく傾いだ。
「邪魔だ……!」
離陸位置に付いた輸送機の姿を捉え、ヴィラスはこの機体というよりもパイロットを斃さなければ届かないと判断した。腕一本だけになろうが自分を止める為にもがいてくるに違いない。
<ヴェスペロ>は両腕のライフルを離すとマニピュレータを<プロト・D>の両肩を掴んで動きを止めた。
「くたばれ」
密着状態からロケットを発射。モニター一面が赤く染まり、敵ACの装甲のひしゃげる音が響く。パイロットの微かな悲鳴も聞こえた気がしたが、それを気にする事無くヴィラスはトリガーを4回、5回と引いた。
爆風が晴れると、頭部とコアの装甲が吹き飛んだ敵ACの姿。マニピュレータを敵機の肩から外すと膝から崩れ落ちていった。反撃してくる気配は無い。
ヴィラスは<ヴェスペロ>に両腕のライフルを拾わせると即座にブースターで加速。離陸体勢に入った輸送機へ銃口を向ける。射程内ではないが、当たればそれで良い。
不意に<ヴェスペロ>の動きが止まる。後方確認モニターには<プロト・D>の姿が一面に映し出されていた。
後ろから抑え込まれている。どうやら斃し切れていなかった。オーバードブーストを起動しようとしてもハッチが塞がれて起動できない。
『……次の……じだ……い……を……──』
「……しつこい……!」
フットペダルを強く踏み込んでブースターを最大出力。それで振りほどこうとするが、<プロト・D>は<ヴェスペロ>にのしかかる様な体勢になって十分な動きをさせないようにしている。
こうなればこの状態で攻撃を敢行するしかない。射程外からの発射は滑走路から離陸を始めた輸送機には碌に当たらず、命中しても効果的なダメージは与えられないだろう。
『……意識……の……かい……き……す……べ……ては……──』
とうとう輸送機が離陸。まぐれの一発を期待してヴィラスはトリガー引き続けるが、ついに視界から離れていく輸送機の姿を見届けることしか出来なくなる。
『目標の作戦領域離脱を確認。……作戦は失敗ね……』
ルシーナが任務終了を力なく宣告する。ヴィラスは言葉も出せず、ただシート脇を拳で弱々しく殴りつけるしか出来なかった。
<プロト・D>は輸送機の離脱とほぼ同じタイミングで<ヴェスペロ>を抑えていた力が弱まり、ヴィラスが機体を一振りさせるとあっけなく崩れ落ちた。
機体の機能がダウンしたと共にMTも停止している。残ったMTを破壊してヴィラスは<ヴェスペロ>のシステムが通常モードに移行したのを確認すると機体から降りた。
『どうするの?』
「あの機体のパイロットだけでも確保しておく。──話が聞ければだが」
可能性は低いが、せめて捕虜にでも出来れば多少の埋め合わせにはなるとヴィラスは考えて擱座した<プロト・D>に近づく。
機体はもう動くことは無い筈なので攻撃される恐れは無いが、パイロットは力尽きてしまったのかコクピットから出てくる気配は感じられない。
両腕部の前面装甲が大きく吹き飛んでいる。レーザーへの耐性があった曲面装甲もロケット弾の連射には流石に耐えられなかった様だ。
コアによじ登り、コクピットハッチの緊急開放レバーを引いた。幸いなことに機構は無事でハッチは大きな音を立ててスライドした。
中を覗くとパイロットがシートから前のめりになって座っていた。意識はもう無いらしく、動く気配も無い。そしてその姿にヴィラスは溜息を漏らす。
パイロットは本来着用するべきパイロットスーツではなく軍服のまま。ヘルメットもいたる所がへこみ、バイザーは粉々に砕けていた。ACの戦闘機動によって受ける衝撃をその身で全て受け切っていたのだ。あの無理矢理な挙動を思い出せばただでは済まないと容易に判る。
上体を起こさせるとパイロットの口から大量の血が溢れ出し、軍服とヴィラスの手を赤く染めた。ネームプレートには『グレッグ・トゥワ』と記名されている。
既に脈は無く、息絶えていた。情報は殆ど得られないだろう。大きな敗北感。だがそれは任務の失敗からではなく、グレッグ・トゥワという男へ対するものであった。
捨て駒であろうが、それも覚悟して自分の命を投げうった。その気迫に対して自分は振り切ることが出来ず目標を取り逃がしてしまったのだ。
リターナーの理想を実現する為にこの男は信念を貫いた。それが歪んだものだとしてもグレッグ・トゥワはディーネル大佐に託してここで果てた。
リターナーは何を目指しているのか。過去の遺物を引っ張り出し、目的があるのか分からない動きを見せて増々分からなくなってくる。
「何をしようとしているんだ……」
グレッグ・トゥワは最後に「かいき」と言っていたのを思い出す。かいき……回帰……? そして意識の……──
血濡れの男はもう何も語らない。
* * *
「レイクスタイン少将の合流が完了したか」
ディーネル大佐の問いにもうひとりの副官であるエゼル中尉が「はい」と短く返事した。
「これで第一段階は完了出来た。次は彼らの番だな」
これから始めるのは企業主義社会の否定だ。
旧世代の人類が築き上げたもの。企業が築き上げたもの。それらを一度リセットさせる。
今後も実働部隊がやるべき事は変わらない。時が満ちるまで動き続ければいいだけだ。機能を失う訳にはいかない。
リターナーという存在を世界に対して認識させるという最初の目的は最低限果たせただろう。
最低限と言うのはアライアンス本体に対しては大きな動揺を起こせたという事だ。アライアンスからすれば内紛同然の事態。良い具合にパニック状態に陥ってくれたと考えている。同様に他の独立勢力もこの動きに便乗して動き回っているが、想定よりもリアクションは低い。理由はリターナーが主に攻撃を仕掛けたのがアライアンスとバーテックスであって脅威度の判定が遅れている所為だろうというのが分析班の見解であった。
ではバーテックスの動きはといえばこちらは相変わらず対アライアンスというベクトルは殆ど変わっていない。これはリターナーの動きが今後の活動には大きな影響を与えないと判断されていると考えていいのかもしれない。そうであれば賢明な判断だとジャック・Oを評価しなければならない。本来の目的をブレずに遂行するという意思表示を下の者に示していけば足元が崩れるという事は無い。正直なところ、バーテックスにはもう少しリアクションを期待していたがそれは空振りに終わりそうだ。どこかで突けば変わるのか。今後の作戦展開はもう少し考えなければならないだろう。
──自分たちリターナーが世界に対して本気の姿勢を更に見せる必要がある。
トゥワ大尉はそれを理解して自らレイヴンに挑んでいった。その結果は<プロト・D>のシグナルが途絶えたことで察している。
「<プロト・D>にも搭載しておくべきだったか」
「──テスト後に搭載させる予定になっておりました」
ふと呟いた言葉に対してエゼル中尉がしっかりと答えてくれた。ディーネル大佐は思わず頷いてしまう。
エゼル中尉もレイクスタイン少将が推薦してアライアンス本部から引っ張ってきてくれた士官のひとりである。元はクレスト社本部で上級幹部の秘書を務めていたらしいが、クレストに所属していた頃のディーネル大佐とは全く面識がなかった。トゥワ大尉と比べると表情の起伏はハッキリとしているが、必要以上のことはあまり口に出さないところは似ている。
「エゼル中尉は少将から演奏会の誘いはあったのか?」
ディーネル大佐の問いに対してエゼル中尉は一度顔を俯かせてから答える。
「──席には限りがあります。チケットが余れば渡そうと言われました」
エゼル中尉が一瞬、溜息を漏らしたのを見逃さなかった。自身の未来に対する何かを案じたその表情は安堵とも落胆とも捉えることが出来た。だが。その真意まで聞く必要は無いと考えてディーネル大佐は「それは残念だ」と当たり障りのない言葉を出しておく。
呼ばれないからといって何もしないわけではない。この先また似た様な機会があるかもしれない。エゼル中尉の役目はそこで果たされるというのもあり得る。中尉がそれを把握しているかはディーネル大佐が知るすべは無い。
己に課せられた役目はこれからだ。
前奏曲を奏でる。
そして先に散っていった者たちとこれから散る者たちへ鎮魂歌も奏でなければならない。