ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~ 作:唯名瞬
毎度この瞬間はどうしても緊張するものだ。
司令室のドアをノックしたトロット・S・スパーは部屋の主からの返答を待つ僅か数秒だけ背筋が真っ直ぐになる。
「入れ」という返事。一呼吸置いてドアを開けると紅茶の香りが漂ってきた。部屋の主であるエヴァンジェが秘書の女性士官から丁度カップを受け取ってひと口飲んでいるところであった。
葡萄だろうか、果実の様な香りが混じる。銘柄など分からないが、恐らく上質なものなのだろう。
相も変わらずその挙動毎に気品が感じられるとトロットは小さく嘆息した。自分よりもレイヴン歴は浅く、歳も下である筈だが、歳不相応に見える振る舞いは元々そういった家系の出身なのだろうかと勘ぐりたくなる。
もし、それが正しかったとしたら何故わざわざレイヴンになったのだろうかという疑問も湧いてくるが、エヴァンジェが自身の身上を自ら喋ることなんて無かったので、仮に聞いても絶対に答えてくれないだろうというのはこれまでの付き合いで分かっている。
余計な詮索は無用であり、傭兵は余計な言葉を出さない。
どうせ一生分からないものだと部屋を後にする秘書を横目にトロットは背筋を正してマホガニーのデスクに座るエヴァンジェを見据えた。
「我々の方に本部から旧ナービス領方面へ支援要請の打診がありましたが、いかがいたしますか?」
「拒否する」
即座にエヴァンジェは返答。思考する素振りなど一切無かった。
「どうせリターナーとかいう連中の始末の手伝いだろう。彼らだけでも出来る」
「リターナーの主力は特務部隊です。本部部隊の練度では荷が重いですよ」
エヴァンジェならそう言うだろうと分かっていたが、トロットは一応反論してみる。一方的な返答だけを聞いて結論付けて行動にするのも愚策であるのは承知しているからだ。エヴァンジェも建設的な議論を好む。
「無理ならばレイヴンを雇えばいい。老兵が率いる中途半端な地位を甘んじてきた連中だ。その程度の相手に我々が正面から事を構えるのは時間の無駄でしかない」
「──それにだ」とエヴァンジェが漆黒の髪を掻き上げながら付け加える。
「我々が向こうへ動いたら本部の防衛強度が落ちる。ジャック・Oがそれを見逃してくれると思っているのか?」
「……私がジャック・Oならば好機と捉えて攻勢に出ますね」
アライアンス本部部隊の再編によるフォローアップが完了して元の駐屯基地にようやく全機戻ってきた矢先に発生したリターナーの蜂起は戦術部隊の行動にも大きな影響が出ていた。
蜂起直後は戦術部隊も攻撃に加わっていたが、バーテックスの動きにも変化が見られたことによりすぐさま後方に戻る事を選択した。リターナーの構成がアライアンスの部隊が中心となっていると分かれば内紛を起こしているという誤った認識が外部に広まり、兵士たちに動揺を起こさせる。それによってアライアンス本部を攻め込まれる隙が大きく生じてしまう。
戦術部隊は最後の砦とならなければならない。本部からの干渉が無くともそれは忠実に行っているつもりだとトロットは自負している。もっとも、本部の上級幹部はそれを戦術部隊の独断行動だと捉えている節があるのは否めないが。
「リターナーは今のところ旧ナービス領から積極的に出てきてはいませんが、こちらの勢力圏に近づく様な動きは時折見せています、先日のバーテックスの様に強襲してくるというのを想定しているのかもしれません」
「確かに本部にいた一部の知識人たちを失ったことによって自分たちもという考えも過ぎるだろうが、過剰反応で喚いているに過ぎない」
「一昨日も打診があり、その時は適当な理由を付けて保留にしましたが、ロムティック総司令からも戦術部隊を出せという言葉が出ているようです。無視するのも少々無粋になるかと思います……」
「臆病者め」
吐き捨てる様に言い放ったエヴァンジェの言葉に対してトロットは同意するように頷く。今頃彼らは自分たちからの返事を机の上で頭を掻きむしりながら待っているだろう。前線の空気を知らぬ者たちは少しの変化にも過敏だ。
多少なりとも本部へ対してリアクションをしなければならないか、と心変わりしたらしい。エヴァンジェはこめかみを握り拳で撫でる。
「──5日程だけ戦力を貸しておくか。プリンシバルにMTパイロットを3名送ってやろう。パイロットの人選は……出来るか?」
「すぐにでも」今度はトロットが即答。「しかし、何故プリンシバルですか?」
「撃破スコアを稼がせてやる。ガル・パークでの作戦以降、あまり戦果を挙げてられていない。ここらで勘を取り戻させる」
ああ、とトロットはまた頷く。
ここ最近のプリンシバルは対バーテックスでの戦闘ではその戦闘機動に精彩を欠き、不本意な撤退をすることが多くなってきていた。ナービス領のアリーナにおいて上位にいたランカーらしからぬ戦績は部隊の士気にも影響を及ぼす。
「では任せる」
エヴァンジェはトロットを青い瞳で見据えて言い放つ。
「ここ最近で戦績の良い者を選べ。連中に誰が護ってやっているかを知らしめろ」
力強い言葉だ。この声で何度発奮させられたか。
トロットにとってはエヴァンジェの言葉は彼の機体名通りの神託であった。そして、彼についていけば自分は生き残ることが出来る。そう信じている。
副隊長となって半年、人の使い方と動かし方はエヴァンジェを見倣って学んできた。ナービス領の紛争時の自分が今の自分を見たら信じられないだろう。困窮のあまり安価な報酬でテロリストに雇われていた時期もあった。
人生の最底辺を味わったからこそ、今が最も充実しているとトロットは実感している。
「任せてください。30分後には報告できます」
いつもと変わらない口調で下した命令にトロットは真っ直ぐな敬礼をしながら返すと足早に部屋を退出した。己の愛機に冠させた二頭の名馬の名の如く。
* * *
「結局、逃げられちまったのか……」
ハンガーにやってきたクリフはコクピットから降りてきたヴィラスに声を掛けた。
「あと少しのところだったが、妨害が強かった」
溜息交じりでヘルメットを脱いだヴィラスは傷だらけになった愛機を一度見やってからクリフの方へ振り向く。
「お前さんと交戦したACに乗っていたグレッグ・トゥワという軍人さんの素性はすぐに判ったよ。ディーネル大佐の副官だ」
「思っていた以上に大物だな。どういう人物なんだ」
「すまねぇ、俺はディーネル大佐とは面識はあるが、このグレッグ・トゥワって人とは顔を合わせたことは無いんだ。だから彼のパーソナリティは殆ど知らないが、ミラージュの情報管理局出身だというのは調べがついている」
「パイロットではないのか」
「まあ、純粋なパイロットではないな」クリフは頭を振る。「あそこは諜報員や工作員を大量に抱えていた。ACの操縦訓練くらいはやっていてもおかしくはない」
クレストやキサラギも同様の機関があり、似た様なことをしているのもクリフは知っていた。
「戦闘機動自体は脅威ではなかった。──だが……」顔が引き攣るヴィラス。「怖さがあった。ひたすらに食らいついてきて最期の一瞬まで俺を止めようとしてきた」
「……執念ってやつか」
「だが、不思議なんだ」
顔を引き攣らせたままヴィラスは少しだけ目を伏せる。
「何がだ?」
「そういう手合いのヤツはこれまで何度も遭遇してきた。その時は何も感じることなく倒すことが出来たのに、初めて怖いと思ってしまったんだ」
クリフはヴィラスの出した声に違和感を覚える。自分が知っている限り、コミュニケーション能力がやや足りない無愛想さが滲み出た声であった筈だが、今は戸惑いを隠せない動揺した声であったからだ。
ある意味、年相応か。それでも心境の変化が出たのは間違いない。どう答えてやればいいか逡巡する。
これが正解かは分からないが、言葉に出してみることにした。
「──恐れを知ったんだろう。死ぬということへの、な」
「恐れ……」
「俺の経験上での話だ。違うと思えば聞き流せ」
胸ポケットをまさぐるが、いつものヤツが入っていないことに気が付き、クリフはひとつ溜息を吐く。
「死生観が変わった。そんなところじゃないか。特攻兵器が襲ってきてこの半年間、そうさせてしまう様なきっかけはいくらでもある。俺も死が迫っているという感覚を何度も味わったよ。前の紛争の時も戦場に近い所に居た事もあったが、そんな事を気にもしなかったのにな」
ベンチに座り込みながらクリフはどこか懐かしむ様に言葉を紡ぎ出した。
「出来れば味わいたくはなかったが、そんな経験を重ねる度に自分がどう死ぬかもしれないっていうビジョンが明確に浮かんできやがる。そしてその都度思ったのさ、『ここで死んだらどうなっちまうんだろう』ってね」
ヴィラスはその言葉を真っ直ぐ聞く姿勢を取っていた。
「明確に意識し出したんだ。死ぬことに対する怖さってのいうのを。これからの人生、やるべき事がまだあるのにここで終わってしまうのは死んでも死にきれねぇ。──お前さんもそうなんじゃねぇのか?」
「……死にたくないというのは常に思っている」
ヴィラスもクリフの隣に座り込む。引き攣っていた顔はまだ戻らない。
「──だが、この半年で顔見知りのレイヴンが何人も死んだ。世話になっていた人もだ。それは以前と変わらないが……」
「ヴィラス」とルシーナの呼ぶ声。いつもの様にバスケットとタブレット端末を手にしている。
「ミッションの収支報告よ。成功報酬は無し。一応ACの撃破報酬として33,500コームが支払われるけど、弾薬費と修理費でほぼゼロになるわ。他に──」
ヴィラスはルシーナからの報告を持ってきていた軽食を食べながら時折頷いて聞いている。クリフはそれを横目に眺める。ヴィラスの引き攣っていた表情が次第に戻っていくのを見逃さなかった。
「──それとリサーチャーにも調査協力が入ったので今回はその分の支払いも入るから」
そう言ってルシーナの視線はクリフへ向けられたのでクリフは右手を挙げてウインクをした。
「情報の共有ありがとな。助かったよ」
「ええ、役に立てて良かったです」
クリフの方を見やり、ルシーナが小さく頭を下げる。その声にはまだ少しだけ警戒心が残っている様に感じられたのは気のせいではないだろう。それは職業柄仕方がないことだとクリフはそう割り切った。
「丁度、夜食を作って置いたから食事にしましょう。クリフさん、あなたは?」
「──いや、大丈夫だ。腹は減っていない」
再度右手を挙げる。今度は拒否という意思表示。
どことなく安堵と無念さが混じったような表情を浮かべたルシーナがヴィラスに来るように優しく促す。それにヴィラスは応えるように立ち上がった。
「また調査協力してもらおうと思う。その時はよろしく頼む」
「あいよ」
今は弁える時。クリフはベンチに寄り掛かってふたりの背中を見送るが、出し忘れていた先の言葉を思い出した。
「ヴィラス」とクリフはヴィラスの背中へ呼びかけた。ヴィラスの歩みが止まり、振り返る。ライトブラウンの髪とは対照的な深くて濃いブラウンの瞳がクリフの顔を覗き込む。
「メメント・モリ。──それを気づかせてくれるのは目の前にある」
クリフの言葉にヴィラスは首を僅かに傾げた一瞬後、口角を僅かに上げて頷いた。
意味が通じたかは分からないが、言えることは言えたのでクリフは自身に納得させる様に独り頷いた。
「クリフじゃないか」
今度は冷徹さを滲ませた若い女性の声。だが、その端にはクリフに対して友好的な色が窺えた。
「スタークスか、身体の加減はいかがになったんだ?」
パイロットスーツを着込んだスタークスの姿がそこにあった。右目の下の傷痕がうっすらと浮かぶ顔と愛機と同じ色のショートヘアからは汗が滴っている。
「……復帰はまだもうちょい先らしいな」
表情は全く変わらないが、息の上がった声と僅かに細めた双眸から疲労だけではない負担が身体に掛かっているのがクリフには判った。
「身体が自分の反応通りに動かないっていうのは中々もどかしいよ。ガレージ襲撃から11日経つが、やけに長く感じる。ひと月は経った様な気分だ」
ぎこちない動きで両腕を振るスタークス。パイロットスーツ越しからギブスの膨らみが見て取れた。
「安静にするっていうのも一つの選択肢だぜ」
「そうかもね」肩をすくめたスタークス。「でも怖さがあるんだよ、身体が鈍って碌に戦えなかったことに対する己の非力さに」
沈んだ声はバーテックスによるガレージ襲撃で味わった不甲斐なさを追想したからだ。襲撃の5日前、<プロトエグゾス>の亡霊機との交戦で負傷。その傷が癒えないままバーテックスと交戦したが、その結果は惨憺たるものであった。
負傷は言い訳にはならない。戦闘の勘が鈍った状態で実戦に臨めば撤退の選択すらも忘却の彼方に置いてしまう。”女帝”イツァム・ナーから薫陶を受けた若きレイヴンはあの時取った自身の行動は誤りであったと悔やんでいた。
いかなる時も戦える準備と逃げる準備を整えておく。生き残り続ける大前提はそこにあり、傭兵の必須ルールでもある。それを忘れてしまえば研鑽した技術は無用になり、ACもただの木偶の坊と化す。
「今の状況、ボクに出来ることは彼らの帰る場所を守る。それなんだ」
もう同じ轍は踏まないという意志。表情は強化手術の所為で失われてしまったが、その瞳には強い決意が込められていた。
* * *
端末の画面がヴィラスの顔を青く照らす。
ブリーフィング画面を見つめていた。依頼主はアライアンス本部部隊。
例の如くリターナーの掃討依頼。作戦領域は最早リターナーの勢力圏と化してきた旧ナービス領。ここ最近はリターナー絡みの任務はヴィラスを名指しで依頼してくることもある。所属レイヴンを立て続けに2名撃破したという実績が買われたらしいが、名を覚えられるのは良いとしてもお得意先になるつもりは無い。報酬額と依頼内容に差が見えるようならば即座に拒否する。
依頼内容は輸送部隊の撃破。旧ナービス領内にあるミラージュ軍基地間で複数の輸送部隊と思しき動きが確認されたという。
そこで動く輸送車と輸送機は十中八九リターナーのものだと推測されるというのがアライアンスの見解。それの撃破が今回の任務。
別動隊で戦術部隊のプリンシバルが参加するという。ハイドアンドシーク作戦以来の共闘になる。今回のミッションには彼女の実力的には不釣り合いな気がしたが、腕の良いレイヴンが付くのであればそれは良いに越したことはないとヴィラスは考えておく。
ミッション開始は今から3時間後。受託後すぐに迎えの<クランウェル>が近隣のアライアンス基地からやってくる。報酬は86,500コーム。撃破報酬でプラスアルファの追加。
敵戦力情報にはやや不明瞭な点があるが、それはアライアンスからの依頼では多々ある事。報酬面と依頼内容については問題無いと判断して受諾のボタンを押下した。
この騒乱はいつまで続く?
一瞬だけ暗くなった画面に反射した顔は何も答えを出してはくれなかった。
旧ナービス領の作戦領域へ<ヴェスペロ>は<クランウェル>に懸架されて近づいていく。
先の紛争の主戦場であり、特攻兵器の被害を最も受けたナービス領。
地表を眺めればどこもかしこも紛争と特攻兵器による破壊の跡。ナービス領アリーナへの移籍の決定があと少し早ければここにいたのかもしれないとヴィラスはモニターに映る瓦礫の山を見て首を振った。
移籍の通知が届いたその数時間後に自身がいたガレージに特攻兵器の大群が襲い掛かって来た。そして帰る場所を失って今に至る。
ただひたすらに酷かった。その記憶しかない。
悲壮な声を出すオペレータ。鳴り止まないアラート音。断続的に続く爆発音。共にいたレイヴンの断末魔。──時が経って薄れてきても未だに耳から離れることが無い音の記憶がこの地で再び明瞭になる。
『作戦領域に到達した。これより投下する』
<クランウェル>のパイロットから投下のコールと共に<ヴェスペロ>は地上に降りる。地面を踏みしめたと同時に色々なモノが混ざった独特の音が音響センサーを通じてコクピットに響く。
砂にプラスチックに鉄にアスファルトに……他にもある筈だ。一歩踏むたびに聞こえるそれは悲鳴にも似た少し高い音を発していた。
あらゆる負の記憶が混じり合った色。青い空とは真逆の灰色の大地が何処までも続いている。
反応がレーダーディスプレイの端から少しずつ現れてきた。数は10以上ある。事前情報では輸送車が6台に護衛戦力として戦闘ヘリの<ZEKUH>とMT<CR-MT85>が数機いるとのことであるが、その中でひとつ動きが違うものが混じっている。
「ACだな」
『ええ、熱源の大きさからACとみて間違いないわ。注意しておいて』
リターナー所属機であれば特務部隊の可能性もある。エンゲージに備えてヴィラスは機体を反応のある方へ向けた。
やがてモニターに端に敵機の姿を捉える。事前情報通りの機体と共に重量二脚型ACの姿も見えた。色は黒。
「<エクリッシ>……ではないか」
カラーリングこそは黒であるが、シルエットが微妙に違う。望遠で確認出来た左肩のエンブレムがジェランのものではない。
「大きな銭袋を背負い、ニヤけた口元を浮かべる黒いキツネ」のエンブレム。
「機体は……<タイマド>……」
戦術コンピュータがエンブレムで照合した結果がモニターに表示された。パイロットは”ソロネグロ”という名前のレイヴンで、バーテックスに身を寄せていたレイヴンのひとりだった筈である。どうやらバーテックスから離反したのだろう。そんなレイヴンが何人かいるとクリフがそんな話をしていたのを思い出す。
ソロネグロはクレスト領アリーナ所属であり、交戦した経験は無いが、交戦しなければその実力は測れない。高脅威ターゲットは今のところあのACのみと判定。ヴィラスはフットペダルを踏み抜く。今回のミッションは軽量二脚型の<LH10-JAGUAR2>に換装した。軽快に<ヴェスペロ>は加速する。
『プリンシバルも別動隊と交戦を開始した模様、まずはこの部隊を排除して』
「了解だ」
向こうも<ヴェスペロ>の姿を捉えたのだろう、ヘリとMTが輸送車の周りを固めるような隊形を取り出す。だが、ACはそこから離れて<ヴェスペロ>に近づいてきた。
<タイマド>を射程内に捉えるとエクステンションをオンにして右肩部のミサイルランチャー<WB01M-NYMPHE>を<CR-E84RM2>と同時発射。
機動力が劣っている<タイマド>はミサイルを回避行動の選択はせずにコアの迎撃装置を使って撃ち落としながら前進。撃ち落とせなかった分は装甲で受け止める。損傷は少ない。
そこは想定している。ヴィラスは<ヴェスペロ>を更に加速させて<タイマド>の懐へ潜り込む。<タイマド>も旋回して右腕のグレネードライフルを放とうとするが、<ヴェスペロ>が両腕の武器を放つ方が早かった。<WR04M-PIXIE2>と<CR-WH73H2>から放たれる弾丸が<タイマド>のコア付近に着弾。防御スクリーンが激しく弾ける。
機体が揺らいだ<タイマド>はこれ以上の被弾を避ける為か、オーバードブーストを起動。<ヴェスペロ>から距離を取ろうとする。その動きに<ヴェスペロ>は追従せずに向きを変えた。
狙いはあくまでも輸送車。<ヴェスペロ>はオーバードブーストを起動させて輸送車の方へ接近するとミサイルを発射。直撃を受けたヘリ2機と輸送車が1台大破。だが、MTが即座に反撃を開始してこれ以上の接近を阻んできた。
『──なんだってここにACがいやがるんだ?』
ヘルメットにソロネグロと思しき男の声が入って来た。同時にロックオンアラート。輸送車の方に戻って来た<タイマド>が左腕からミサイルを放ってきている。
想定外ではあったのだろうが、ソロネグロは<タイマド>を<ヴェスペロ>からの攻撃を受け止める様に輸送車の前に立たせた。
『楽な仕事だと思っていたのに……クソッ、あの女め……!』
悪態をつきながらソロネグロは機体を左右に動かしながら輸送車への狙いを妨害しながらグレネードライフルを発射。それを皮切りにヘリとMTからも攻撃。ヴィラスは一旦後退を選択せざるを得なかった。
『大人しく引き下がれってんだ』
距離が離れると追撃でミサイルを放ってくる<タイマド>に対して<ヴェスペロ>は左肩のロケットランチャー<WB07RO-ORTHOS>を放って牽制。
ヘリとMTが輸送車の周りで弾幕を張り、輸送車への接近が出来ない。まずはそれを引き剝がさなければ輸送車の撃破は難しい。
やるべきことは分かった。ヴィラスは<ヴェスペロ>を輸送車の後方へ回り込ませる。それに合わせて弾幕も動くが、<ヴェスペロ>の動きの変化で一瞬だけ薄くなる。それを見逃さない。
ミサイルを複数のヘリへロックオンして発射。4機のヘリがあっけなく堕ちた。弾幕は更に弱まる。
<ヴェスペロ>はブーストを全開にして前進。<タイマド>のカバーリングが入る前に再度ミサイルを発射。今度はMT2機とヘリ1機が戦闘不能。穴が空いた防御網にすかさず<ヴェスペロ>は入り込んで両腕の武器を輸送車へ発射。加速して逃げようとしたが、それは叶わなかった。3台の輸送車が順に火を噴いて爆発する。
もう1台潰したかったが、<タイマド>がグレネードライフルを<ヴェスペロ>に向けて撃ったことで攻撃が中断される。それでも目標は残り2台まで減らせた。妨害要素もACを除けば対処可能な数である。
<タイマド>からの攻撃をロケットランチャーで遅らせると<ヴェスペロ>は輸送車の側面へと回り込む。そこへMTとヘリが3機ずつ<ヴェスペロ>へ追従してきた。
──狙い通りだ。とヴィラスは相手の動きに勝ちを確信できた。護衛がやられたことにより、敵を近づけさせないよりも撃破をするという方へ意識が傾いた様だ。バラバラに動いてくれれば与しやすい。追従してきた機体へミサイルを発射して難なく撃破。
こうなれば後は楽な作業同然だ。一気に接近して脆弱になった護衛も両腕の武器で沈めると<タイマド>からの攻撃をいなして残りの輸送車に攻撃を仕掛けた。前方にいた護衛機の残骸で動きを止めてしまった輸送車はあっさりと破壊される。
「残りはACだけだが……」
『アライアンスからは敵ACについて、可能であれば撃破をお願いと要請してきたわ。ついでにパイロットも生かせれば良しとも』
「やってみる」
ヴィラスは即座に狙いを<タイマド>に切り替える。ソロネグロはアライアンスから48,000コームの賞金が出ているレイヴンでもあった。
<ヴェスペロ>はブースターで跳躍。<タイマド>の頭上から旋回しながら両腕の武器を放ち、ダメージを与える。やがて、<タイマド>の頭部<CR-H81S4>の装甲とカメラレンズが弾け飛ぶのが見えた。
『思っていたよりもヤバい状況になったか……!』
呻く様な声が聞こえたが、それでも攻撃の手は緩めない。<タイマド>の背面に着地してロケットで追撃。<タイマド>は旋回して反撃を試みるが、<ヴェスペロ>の攻撃に対してワンテンポ以上遅れた動きであった為簡単に回避できた。48,000コームの賞金が掛かっているレイヴンにしてはそれ程の強さは無いと感じ取れた。
このまま押し切れるなとヴィラスは状況判断する。そして戦っている相手が<エクリッシ>であったならばと敵機のシルエットと重ねて見てしまう。
先の戦闘の記憶が脳裏に浮かび、どうすれば先手を取れたか、効率的にダメージを与えられたのか、そしてどうやって撃破出来たのかを考え出す。コアの装甲板が大きく弾け飛ぶのがスローで見えた。
今度こそは──
『──待て、待て、待て! おいお前、ちょっと待ってくれよ』
突如、<タイマド>が攻撃を止めると、両腕を上げて急速後退をする。
『降参だ。攻撃はやめてくれ。武装を解除する』
ソロネグロはそう言って<タイマド>の両腕と背部、そして右ハンガーに格納していた武器を地面に置いた。
『そっちはもう輸送車とついでに護衛も潰したんだ。目的は果たしたんだろ? 俺は見逃せよ、なっ』
切迫したような口調で降参を告げるソロネグロ。ヴィラスは一瞬だけ呆気にとられた。
戦闘中に降伏宣言をするレイヴンなんて前代未聞だ。生き残るためにこういうことも平気でやれるのかとソロネグロの節操のない振る舞いに戸惑う。
ヘルメットにはソロネグロの命乞いに言葉が響くが、トリガーに掛けた指は止めたままどうするべきか考える。左ハンガーには武器が格納されていないのは確認。本当に降参したらしい。
だが、見逃すというのは出来ない。その代わり、パイロットは降ろして機体だけは破壊しようと決めた。アライアンスからの注文通りに出来るのであれば好都合だ。ヴィラスは<タイマド>のコアに照準を付けたままにして呼び掛ける。
「生かしてはやるが、ACは別だ。30秒以内に機体から降りて離れろ。お前はアライアンスに引き渡す」
ソロネグロからヴィラスの通告に対して何やら声が上がってきたが、ボリュームを落として無視する。
約束の30秒になるが、まだ出てこない。通告通りトリガーを引こうとしたその時だった。
ルシーナの声が入って来た。同時にレーダーに反応。
『ACが1機接近してくる! 目の前よ!』
「ああ」とヴィラスは応える。既にモニターに捉えていた。オーバードブーストの炎を煌めかせて接近してくる。
だが、その姿にヴィラスは自分の目を疑った。──何故ここにいる?
白い中量二脚型AC。右腕には高出力レーザーライフル。左腕には高出力レーザーブレードを装備。そして左肩に付けられた「大剣を振りかざす十字架を背負った天使」のエンブレム。
「<十字架の天使>……!」
過去に何度も交戦した機体。<十字架の天使>と呼ばれ、<メディアートル>という名を持つ白いAC。
当然、識別はレッド。敵だ。
この機体はリターナーによって運用されているのか。最後に戦った施設で予備パーツもあり、無人機であった。それが回収されていたというのならば納得できる。
だが、<メディアートル>が最初に狙ったのは<ヴェスペロ>ではなく、近い距離にいた<タイマド>の方であった。
『おい、待ってくれ! こっちは武器を置いてんだぞ! それに味方機の信号を出しているだろ! 分からないのか!』
ソロネグロの悲鳴に似た声と共に<タイマド>がオーバードブーストで逃げようとするが、<メディアートル>の放った高出力レーザーがコアに直撃。
『やめてくれ!』と叫ぶソロネグロだが、それは聞き入れられることなく2発、3発と続けて撃ち込まれて機体から炎を噴き出しながら崩れ落ちた。
割り込んでやれる猶予も無かった。そしてこれで終わるわけが無いとヴィラスは既に察している。
ロックオンアラートが鳴り響く。
<メディアートル>が頭部カメラアイを青く瞬かせてこちらを覗き込む様に振り向いていた。
フロントステップで一気に距離を詰めてきた<メディアートル>は右腕に持つレーザーライフルをこちらに向けている。ロックオンアラートは鳴り止まず、ヴィラスの耳朶を打ち続けていた。
それでも焦りが出てこないのはこの状況に対して対処できるだろうという思いがヴィラスの中にあったからである。
既に目標は達成されている。機体の消耗も激しくはない。余裕で撤退も可能だろう。だが、それで胸に込み上げてくる感情を鎮めるのは難しい。
レーザーをサイドステップで回避するとそのまま急速後退。
「ルシーナ、あの機体について向こうは何か言ってきているか?」
『今確認中──』
少し強張った声。ルシーナもあの機体に関する一連の動きを思い出している。ほんの僅かな沈黙。
『──たった今、可能であれば撃破してとのこと』
期待していた言葉。「それでいい」とヴィラスは小さく呟く。仮に交戦するなと言われても恐らく無視していた。
<ヴェスペロ>はフロントステップ。そのまま右腕のマシンガンを左右に揺らして発射。<メディアートル>は弾幕に構わず突っ込んでくる。
動きを引き付けたところにハンドガンを放つと<メディアートル>の重心が僅かに右脚に傾けた。その瞬間、ロケットランチャーに切り替えて発射。ただ、真っすぐではなく、発射角度を左寄りにする。
思っていた通りの動き。ロケット弾は自機左側へと動いた<メディアートル>へ吸い込まれていく様に命中。
知っている機動。それは過去の交戦からではなく古い記憶から呼び起こしたもの。直撃しても<メディアートル>に動揺は見受けられない。無人機であればそれは当然ではあるが、そうであって欲しくないという微妙な思いも何故か湧いて出てきていた。
体勢を立て直した<メディアートル>が跳躍して左背部のパルスキャノンを連射。それに対してスライド機動を駆使して回避。防御スクリーンによって弾けたパルスがコクピットを明るく照らす。損傷は軽微。
<ヴェスペロ>はターンして両腕の武器を構えるが、衝撃。レーザーが直撃した。だが、機体そのものには損傷は無い。マシンガンが消失。ECMを展開しようとした構える僅かな隙を狙われた。
第二撃が来ると予測したヴィラスはバックステップ。予想通り、足元にレーザーが落ちてきた。機体頭部を上に向けさせると<メディアートル>がライフルを構えながら降りてこようとしている姿が見えた。
ハンドガンで迎撃するが分かりやすい攻撃は読まれる。重心移動で難なく躱されるが、ECMを展開させて攻撃は遅らせた。目が潰れると混乱するのは無人機も一緒だ。着地した敵機の動きが一瞬だけ緩くなる。機体が右に傾いたのを見逃さない。
距離は5メートル。近距離レンジ。迷いは無かった。トリガーを引いてロケット弾を発射。先程と同様に左寄りにしての発射である。
だが、 <メディアートル>は自機左方向へ跳ぶ様な挙動を止めてフロントステップで距離を詰めてきた。ロケット弾を<メディアートル>の頭部横に掠らせて、その左腕が前方に伸びてきている。
同じ轍は踏まない。向こうも学習はする。その動きもやはり……
だが、それはこちらとしても同じ。バックステップしながらハンドガンで応戦。コア付近に被弾した<メディアートル>の動きがブレて、振り払った光刃は<ヴェスペロ>のコアの先端で空を切った。
そこで隙が大きく出来る。再度ロケットを発射するが、一瞬後にヴィラスは舌打ち。
コアへの直撃を確信した弾を<メディアートル>は上半身を捻らせて右肩部装甲へ無理矢理ぶつけさせた。
「コイツ……!」
捻らせた状態から上半身を回転させた<メディアートル>がその勢いでレーザーブレードを振り上げてきた。
死神の鎌を思わせる軌跡を描いて青い光刃が眼前に迫ってきた。それを目で追っている。間延びするアラート音を自覚したのはその直後。既にコントロールスティックは後ろに倒していた。
モニター一面が青白く輝きだして何も見えない。アラート音に混じって何かが弾けるような音もする。
更に間延びするような感覚は生死の感覚も混濁させかけていたが、ヴィラスは胸に掛けている認識票の感触と遠くともはっきりと聞こえてくるルシーナの声で自分がまだ生きていると確信した。
永い1秒が終わる。モニターの端から光が消えて、変わりに見えてきたのは<メディアートル>の頭部。ノイズが混じっているのはセンサーが損傷したか。それでも青く見滅するゴーグルの向こう側にあるカメラアイのディテールすらもはっきりと見えた。
左腕は伸びきっている。銃口が上がり切っていない右腕。そしてがら空きになったコア。
狙うはコクピットの先。ジェネレータ。ロケット発射。展開されている防御スクリーンが石を投げ込まれた水面の様に大きく歪み、穴が空く。その直後に炎の華がゆっくりと紅く咲いた。
だが、これで撃破とまではいかなかった。コアに大穴が空いても動いているのはパイロットが乗っていない無人機であるからだが、寸前でジェネレータへの直撃は避けたのもある。
感心はしない。湧き上がってくる怒りをそのままフットペダルに乗せて思い切り踏み込んだ。その時であった。
『……し……を……て……わ……しは………………に──』
ノイズ交じりの声が混線で入ってきた。聞き取りづらいが、女性らしき声。その声は──
「なんなんだよ……!」
止めたくなったが、最早遅かった。<ヴェスペロ>の右脚の先端が敵機コアの大穴に突き刺さる。吹き飛ばされた<メディアートル>はそのまま倒れた。
コクピットが潰れているのは確認出来た。それにも関わらず手足をばたつかせて藻掻く姿は更に嫌悪感を増長させてヴィラスに必要以上のトリガーを引かせた。
『…………ぁす……あ……た……──』
何を言っているのか判別が出来ない。
金属の弾ける音、そして爆発。
『敵ACの撃破を確認』
ルシーナの声で無意識に引き続けていたトリガーも止めた。既にハンドガンの残弾はゼロ。感覚が元に戻っているのを明瞭に知覚すると眼下にはACの残骸。
コアが吹き飛び、各パーツも原型を留めていない。前みたいに再起動するなんてこともあり得ないだろう。
それでも勝ったという思いが込み上げてこないのはこの機体については何度も交戦した経験もあって同型機の存在が想像できたからであったが、怒りに近い感情の方が込み上がってくる。
理由は分かっている。
過去の様々な記憶がその理由を作り出している事も。
『──そっちも片付いたみたいね』
今度はプリンシバルの声がヘルメットに入ってきた。モニターには愛機である<サンダイルフェザー>とその僚機であるMTの姿が近づいてくるのが見えた。
『こちらも片付いた。私が相手した方にもバーテックスから寝返ったらしい愚か者がいたけど、まぁ逃げ出した者には相応しい捨て駒だったみたい』
「どういう事だ」
『先程、別のポイントで複数の輸送機が飛び発ったのを確認されたそうよ。だからこれも──』
<サンダイルフェザー>が輸送機の残骸の傍に転がっているコンテナに向けてマシンガンを放つと、乾いた音を立ててコンテナが簡単に宙を舞う。中身が無いのは明白であった。
『私が相手した敵輸送隊もそうだった』不快さを隠さない声。『本部のビビり癖の所為でとんだ無駄足じゃない』
本部がもう少し状況の精査をしていればその輸送機も抑える為の動きが出来たかもしれない。プリンシバルが憤るのも分かる。
『これからどうなるか分からないけど、ボンクラ共に振り回されるのはごめんよ。貴方も生き残りたいのであれば任務はしっかりと選ぶ事ね』
言いたいことは全て言い切ってプリンシバルは愛機を迎えに来た<クランウェル>に向けて動かしていった。だが、その言葉はヴィラスの耳に入ってはきていない。視線は<メディアートル>の残骸に向けられていた。
プリンシバルが先の戦闘をどこまで見ていたかは分からない。ただ、あの戦闘で交戦したのはバーテックスから寝返った者だけではない。
なぜあの機体がここに来たのか。そして戦闘中に聞こえた声。
知らなければならない。あの声は──
「帰還する」
ヴィラスは提示された回収ポイントへと機体を向けた。
傷だらけな2つの認識票を強く握りしめる
次回更新は2026年11月18日以降の予定です。