ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第7話「Red Moon」

 アライアンス本部・司令本部ビル

 

 元々はミラージュ領内の街であるエラーブルシティの庁舎ビルであったが、現在はアライアンス本部の司令部として改修されている。エラーブルシティ全体も同様にアライアンス本部としての施設機能を十二分に発揮できるように改修され、芸術の都として栄えた小さな街の面影は最早無くなっていた。

 司令本部・第一作戦大会議室。ここにアライアンスの将校が一同に集まり、会議を行っている。そして、その末席にはティンバー・ディーネル中佐の姿もあった。

 ディーネル中佐は改めて会議の席に座る面々を目でザっと見渡す。将校たちは皆、三大企業で幹部として、軍では士官、将校としてずっと生きてきた者たちだ。そして、その生き方をするに相応しい家柄の者たちであることも中佐は知っている。

 だが、ディーネル中佐はそういった者たちとは違い、特別な家柄の出自ではない。彼はレイヴンだった。

 レイヴン引退後はクレスト軍に雇われて軍事顧問になったとは言え、本来であればアライアンス参謀本部作戦参謀という地位は手に入れる事は余程のコネと奇跡が無い限り有り得ない。

 視線は会議の中心にいるひとりの人物に移る。その人物は参謀総長であるアルバート・レイクスタイン少将。元々はミラージュ情報軍の将校であったが、今はディーネル中佐の直属の上官にあたる人間だ。彼が中佐の経歴を評価していなければこの場に居る事はなかっただろう。

 

 会議はいつも通りであれば、定例である各方面軍の現状報告と今後の軍運営方針について審議、決定を行う筈であったが、今日は全く違うものであった。今日の会議には本部から上級幹部も参加している。

 会議室に集まった一同は室内に設置されている大型モニターを食い入るように見つめていた。

 モニターに映されていたのは格納庫のような場所に複数のACが立ち並ぶ姿と銃を構えた兵士たちの姿。

 そして中央に映るACはジャック・Oの愛機<フォックスアイ>。それをバックに姿こそは映らないが男性の声で演説が流れていた。

 

 『私はジャック・O。今ここにバーテックスという名の武装組織を結成した。アライアンスの体制を打倒する為に、そして私が掲げる理想を実現する為に。我が戦友たちと共にこのサークシティを本拠地として活動を開始する。このやり方は世界中の人々から見ても正道的ではないと思われるかもしれないが、時には強行的な手段でなければ人々に伝わらない事もある。かつてレイヴンズアークの中心メンバーによる不正を目の当たりにし、彼らを実力行使で打倒したからこそ、これが一番分かりやすく、効果的であると私は判断した。今から半年前、特攻兵器が世界に壊滅的なダメージを与え──』

 

 映像の声の主はジャック・O本人のものだという。情報部による声紋分析によって99パーセントの確率でそう判断されていた。

 

 『──如何にして彼らが偽りの言葉を並べ立て、人々から正常な思考を奪い、抗争の日々の異常さを麻痺させてきたか。その言葉の裏から溢れんばかりに覗かせた傲慢な態度があの特攻兵器という厄災を生み出し、今日に至った。新資源という制御できるか分からないモノの盗り合いに明け暮れ、利己主義的な事しか考えることが出来なかった惰弱な輩たちが導く先は今残された文明すらも衰退させ、やがては人類という種を完全に滅亡させてしまうだろう。それを阻止する為には企業主義という錆び付いた体制に終止符を打ち、我々レイヴンが彼らに代わって新たな秩序を築く必要がある。時代の流れを停滞させた企業主義の亡者たちではない。常に時代の先に立ち、そして時の進みを担ってきたレイヴンたちこそが新たな世界と秩序を作り出す為の鍵であると私は確信している。ここに集ったレイヴンをはじめとする戦士たちは私と共に戦う事を誓い、理想実現の為に──』

 

 ディーネル中佐は頬の古傷を指でそっと撫でながら無感動に映像を見つめる。既に何度も見た映像だから飽きたという訳ではない。ジャック・Oの演説を初めて聞いた時から中佐は違和感を覚えていた。

 演説に関して言えば、流石はジャック・Oといったところだろう。他の組織よりも恫喝力はやはりある。映像内に並び立つACはどれもランカーAC。目的のひとつであるアライアンスの打倒。それを為せるという説得力を持たせていた。視線の先にある将校たちの緊張で強張った顔つきが良い証拠だ。

 だが、レイヴンズアークの主宰を務めた男にしては妙に言葉が軽いような気がする。演説で触れている企業主義体制の腐敗の糾弾とアライアンス打倒を訴える内容は他の反アライアンス組織から出る声明と似たり寄ったりの言葉。果たしてその言葉は本当に真意なのかと中佐は疑問に感じていた。

 

 『──しかし、それを彼らは認めようとはしないだろう。何故ならば恐れているのだ。企業主義者にとって都合の良いように作られた箱庭の中でしか生きていく事が出来ない彼らにとって真の自由なる世界は己が如何に非力であることを思い知らされるからだ。そして彼らは今の世界の現状から目を逸らして自分たちこそが世界を導く使命があると喚き、無意味な搾取を今尚続け、それを正当化している。アライアンスの現体制では秩序の再生は不可能であることは明確であり、寧ろ衰退の一途を辿るだけだ。企業主義者どもの思い上がりを我々はこれ以上看過する事は最早出来ない。今ここに我々バーテックスはアライアンスに対し、宣戦を布告する』

 

 そこで映像は終了。静かになった会議室は一瞬の間を置いて将校たちの溜息があちこちから漏れた。

 その表情は皆強張っていたが、焦燥感は無い。ただ、本部からの上級幹部たちには刺激が強かったのか将校たちとは違って顔が青ざめ、慄然とした表情を浮かべている。

 本来行う筈であった定例会議の予定を変更して今回の会議は行われている。ジャック・O率いるバーテックスと名乗る武装組織がネットワークを通じてこの映像を流してから既に8時間が経つ。そして、この会議の直前に知らされた本部部隊西部方面軍司令であったイアン・ビルニッツ大佐の戦死による後任について話し合いが行われる予定であった。

 

 輝かしい戦果を挙げ続けている戦術部隊とは逆に、ここ最近のアライアンス本部部隊は武装勢力との戦闘によって敗走を続けている。兵の錬度の問題も然る事ながら、武装勢力の勢いが日に日に増加し、対応出来なくなり始めていた。

 復興後の世界における利権。アライアンスの部隊で指揮を執っていたという実績は利権を得るための手段として大きくプラスに作用する。だが、それは結果を出していればの話だ。ベルザ高原での武装勢力との戦闘での大敗から始まり、最近ではアルバタ基地の壊滅。西部方面に於ける部隊の指揮系統を纏めるビルニッツ大佐にとってそれは自身の進退に関わる重大な問題だった。

 そして、彼は敗戦続きであった部隊に対して前線の現状を確認する為に各基地の視察を終え、本部に向かう途中にバーテックスの襲撃に遭った。先程流された映像の中にビルニッツ大佐が搭乗していた輸送機の残骸が映されており、彼が死亡したことがバーテックスによって知らされていた。

 西部方面への戦力も指揮系統もボロボロになり、加えて各方面の戦況もあまり芳しくないアライアンス本部部隊は早急に部隊の再編成を余儀なくさせられることになった。

 アライアンス本部総司令ウェンリー・ロムティック大将は、西部方面軍の新たな司令に北部方面軍の副司令であったアダム・ラウスェン中佐を任命すると同時に各方面軍の部隊を再編成させるという指令を出した。本部はこの敗戦が続く状況に対して打開するために奔走している。

 

(酷いものだ)

 

 ディーネル中佐はテーブルの上で繰り広げられている論争を聞きながらそう思っていた。ここにいる将校たちは流石に顔には出さないものの、その口から発せられる言葉からは焦りが浮かんでいるのが中佐にもはっきりと分かった。

 敵の脅威の大きさにようやく上層部もようやく気が付き始めてきたという事だ。しかし、上層部の気持ちは分からくもない。数多くある反アライアンスの武装組織の戦力はどれもアライアンス軍全体と比べれば微々たるものといえる戦力差だ。レイヴン中心の集団であっても、ACを保有しているだけで連携というものは持っていないだろうという思い込みがあったからだ。

 だが、ここにきてバーテックスという組織の出現は他の将校に少なからずショックを与えた。バーテックスのリーダーがジャック・Oであった事は他の組織とは大きく違う。企業と不正な取引を行っていたレイヴンズアークの主要メンバーを追放後に組織を掌握して主宰を務めたカリスマ性はメンバーの中心にいるランカーレイヴンたちを纏め上げ、アライアンスに対抗しうる力を付けているのは予想できた。

 アライアンス本部は部隊の戦力を上乗せする為、レイヴンを雇って対抗を考えている様だが、本部部隊単独で対抗出来るかといえば全くそうではない。結局はレイヴンに任せることがバーテックスを黙らせるには一番有効な手段であろうと結論された。彼らに対抗できるのは常に戦場の最前線で戦い続けていたレイヴンでしかありえない。

 その為の戦術部隊という存在があるのだが、隊長であるエヴァンジェの意向もあり、本部から独立していると言っていい程に指揮系統が分かれてしまい、本部の命令から離れた独断行動も実質黙認してしまっている状況だ。

 レイヴンという存在を疎んじておきながら、結局はレイヴンにしか頼れない。この二律背反に陥った状況に上層部はどう動けばいいか迷っている。アライアンスという巨大な組織が生まれた今も、最高の味方であり、最悪の敵になり得る存在の扱い方にベストな回答が見出せていなかった。

 ディーネル中佐は本部のこの有様を歪に組まれた積木細工の様だと思った。複雑に組まれて動かない。そしてその大きさは巨山の如しといったところだ。企業の連合体という大きな集団が作り上げたこの積木細工は正面から正攻法で叩いても簡単には崩れないが、歪な故に出来た脆い一点を強く叩かれてしまえば大きな音を立てて崩れ去っていくだろうと。

 

 会議は進み、レイクスタイン少将がこれから話す議題について話している。アライアンス本部直属のレイヴンを中心にした特殊部隊の設立についてだった。今日の会議での本来の議題で、その為にディーネル中佐も参加している。上級幹部がいるのもこの議題について聞く為であった。

 この本部直属の特殊部隊はアライアンス設立当初から構想されていたが実現できなかった。

 アライアンス軍としては持っておきたいという考えはあったが、本部上層部がこの部隊設立に難色を示していたからだった。あくまでも「アライアンスによる治安維持と秩序の回復」にこだわる彼らにとって本部直属のレイヴンたちというのは制御が難しい存在になり得ると判断したのだろう。既に戦術部隊の設立も決まっていた状況もレイヴンをこれ以上アライアンスに置いておく必要は無いという彼らの言い分にもなった。

 教導部隊としての設立も検討されたが、それも戦術部隊に任せればいいという上層部の主張により、実現することなく現在に至る。

 さて、今回はどうか、とディーネル中佐はもう一度会議室に座っている一同を見渡した。レイクスタイン少将が設立予定の直属部隊「アライアンス特務部隊」についての概要を説明している。上級幹部たちの表情はというと真剣な表情で少将の説明を聞き入っていた。

 

 「──では、詳細について、ティンバー・ディーネル中佐から説明させてもらう」

 

 レイクスタイン少将からの言葉を受け、ディーネル中佐は椅子から立ち上がる。彼らに伝える点は至ってシンプルだ。

 アライアンス本部からの命令をしっかり聞ける人材を準備する。

 戦術部隊と同等以上の高い戦力を構築する。

 本部部隊の練度向上を促す存在になる。

 バーテックスをはじめとする反アライアンス組織との抗争後も継続して治安維持に関われるようにする。

 この4点をしっかり伝えられれば良い。彼らも決して愚鈍ではない。今置かれている状況を理解できている筈だ。今回は横に振り続けてきた首を縦に振ることになるだろう。ディーネル中佐はそう確信した。

 

 

 3時間を予定していた会議であったが、30分程押しての終了だった。それでも会議自体は大きな紛糾もなく静かに終わることが出来た。

 部隊の再編成もこれから滞りなく行われていくだろう。これからまた忙しくなるなと、ディーネル中佐はそう考えながら席を立ち、出入り口に向かう。そこへ中佐に近づいてくる人影があった。

 

 「ご苦労だったね。ディーネル中佐」

 

 近づいてきたのはレイクスタイン少将だった。口髭を蓄えた大柄な老人は緩やかな表情を浮かべ、ディーネル中佐を迎えた。中佐も安堵した表情を見せ、少将の顔を見据える。

 

 「参謀本部の粘り強い説得と努力があったおかげです。彼らも今回は話を聞いてくれる為の耳がありました」

 「恐らくだが、今回の特務部隊設立の審議は明日行われ、明後日には正式に承認が下りるだろう」

 「早いですね。まだ先になると思っていましたよ」

 「本部の部隊再編に合わせていくつもりだ。それにバーテックスへの対抗手段を一刻も早く整えておきたいのだろう。本部は自分たちを守る盾を増やしたいという素直な気持ちになれたという事だ。中佐、君には特務部隊司令の辞令が下りる筈だ」

 「そうなると、私は参謀本部から離れることになりますね。後任は?」

 

 2人はそう話しながら大会議室から出る。通路では他の将校たちが談話しながら歩いていて、賑やかになっていた。

 

 「候補は何名か挙げているよ。後任の選定は直ぐに行う。引継ぎの準備をしておいてくれ。これで動けるようになる。ここまで本当によくやってくれた。ディーネル中佐」

 「中々難しい仕事でしたよ。各企業軍を統一意思で動かすというのは一筋縄ではいきません。あまり良い成果は出せませんでした」

 「気にする必要は無い。寄せ集めと言える集団を纏め上げるにはもう少し時間が必要だ。最低限の作戦行動を取れるようになったのは大きな成果ともいえる。こうして大々的に動くのは4年前の反企業体制組織の大規模掃討作戦以来かな。あの時も各軍とも纏まりなくて初動が苦労した記憶があるよ。君も覚えている筈だ」

 「ええ、覚えていますよ。コールサインの混在に指揮系統の分裂。互いのMTで部品の取り違えなんていうあり得ないミスもあったと聞きます。あの時の教訓を生かしておけばもう少しスムーズにいったかもしれません」

 「この状況がイレギュラーだった。引き摺る事は無い。ようやく軌道に乗り始めてきている。部隊設立が確定すれば、本部直属の指揮下に入ることになるかな。まあ、参謀本部との立ち位置が決まれば権限の付与の仕方も大きく変わっていくだろう。そこからは私の仕事だ。しっかりと行わせてもらう。それから協力者への取り次ぎはこれから中佐にも行ってもらいたい。詳細はトゥワ大尉から聞くと良い」

 「分かりました。私も早速、レイヴンの選定にこれから動きます」

 「人選は任せるよ。レイヴンであった君であれば良い人選を出来る筈だと確信している」

 「今はAC乗りも少なくなってきています。早いところ腕の良いパイロットの確保はしておきたいです」

 「フム。彼らへの交渉も重要になってくるな」

 

 2人はエレベータホールに辿り着き、他の将官と共にエレベータに乗り込む。

 

 「そう言えば……」

 

 レイクスタイン少将はそう呟くと、ディーネル中佐に顔を向けた。

 

 「民間のクラシック音楽団が慰安音楽会の準備を進めているそうだね。各都市を順次回っていくらしい」

 

 その言葉に中佐は双眸を少し細めて少将の顔を見やる。

 

 「そうですか。少将は鑑賞をなさるおつもりですか?」

 「孫娘がね、行ってみたいと言っていたよ。このご時世には癒しは必要だ。中佐、君は音楽を聞くのかね?」

 「……レイヴンの頃、出撃前の景気付けにジャズなどを聞いていた事はありました。私の先輩というべき人がやっていたもので、よく真似をしていましたよ。生憎、クラシックは聴いていませんでしたが」

 「日程が合えば休暇を取って行ってみるといい。クラシックもたまには良いぞ」

 

 レイクスタイン少将はひとつ溜息を吐くと、先程と変わらない穏やかな表情を見せた。それは2人の孫娘にも見せる優しい老人の表情であるが、その裏ではミラージュ社と対立する勢力を冷徹に葬っていた立場の人間であったことをクレスト社に所属していたディーネル中佐はよく知っている。

 エレベータは1階に着き、ディーネル中佐たちはロビーに出る。ロビーには先に降りた将校が数人いて、同乗していた将校の到着を待っていたようだった。その内のひとりがレイクスタイン少将と話をしようと呼び掛けている。それを見た中佐は少将に一礼してエントランスに向かおうとした時、入り口から中佐に近づく人影が見えた。

 

 「中佐……!」

 

 人影の正体はディーネル中佐の副官であるグレッグ・トゥワ大尉であったが、その表情は酷く焦燥していた。大尉は普段は表情をそれ程大きく崩す様な人物ではないのは知っているので、これは只事ではないなと中佐は直感する。

 

 「第一オペレーションルームへ……! 緊急事態です」

 

 トゥワ大尉が手に持っていたタブレット端末をディーネル中佐に見せる。それを見た瞬間、中佐の双眸が再び細くなった。

 

「……このタイミングで行動を取るとはな……中々御し難いな。彼らも……」

 

 中佐はトゥワ大尉と共に外で待機していた車へ足早に乗り込む。ランチを摂るのはまだ先になりそうだと車内で苦笑いを微かに浮かべた。

 

 

    *     *     *

 

 地道な下調べ。そこから得たものから正確な情報を掴み取る。その鋭い嗅覚は数々の調査依頼をこなしてきた者しか持つことは許されない。

 偵察用にカスタマイズしたMTの窮屈なコックピット内で軽く伸びをしているクリフ・オーランドもその嗅覚を持つひとりなのかもしれない。

 

「よーく見えるぜ。L21エリアなんてとうに廃墟になっている場所じゃ流石に見つからないな」

 

 コクピットのモニターに映っているのはやや不鮮明ではあるが複数の装甲車とMTに囲まれるように立っているオレンジ色の軽量二脚型のACと鮮やかな紫色のカラーリングが目を引く重量二脚型のAC。

 小さいながらも、どの勢力にも淘汰されること無く生き延びてきた武装勢力のひとつ。それを束ねる女性レイヴン、ムームの駆る<METIS>と彼女のサポート役に回っているレイヴン、ケルベロス=ガルムの駆る<ニフルヘイム>。

 

 今回はOAEからの依頼で、救援物資輸送ルートで度々現れる武装勢力の調査。OAEと協力してクリフが事前に流した偽の物資移送情報に食いついた連中を追いかけた末に彼らを見つけたのである。OAEをここ最近悩ませていた敵の正体は彼女の組織だった。

 補給作業を終えて次の拠点に移る準備をしているのだろう、コンテナを持ち上げる2機のACと数機のMTがモニターに映されている。彼らの拠点の移動は既にこれまで15回以上を超えているのは調査済みだ。

 ACの存在が大きいのもあるが、こうして拠点を頻繁に変えて動きを容易に掴ませないのも生き残るためのコツだ。こうしてムームの組織はここまで戦えている。

 運だけでここまで生き抜いてきたというのがムームへの周囲の評価だが、少数精鋭を活かしたゲリラ戦で戦い抜いているのだから、もっと場数を踏んでいけば非常に厄介な存在になり得るだろうというのがクリフの評価だ。アークのランクでも下位クラスだったムームがここまで戦えるのも、彼女が従えるケルベロス=ガルムの存在も大きい。レイヴンとしてというよりも生き残るための戦い方は彼からの入れ知恵によるものなのかもしれない。

 

 「次は何処に流れるのかねぇ……一度居た場所には絶対寄らない用心深さだからな」

 

 手元の端末に映された地図上にはOAEの輸送ルートを示す赤い線と彼らが居た拠点を示す黒い点が付けられている。拠点と過去に起きた輸送隊への襲撃地点が近い事から彼らもリサーチャーを雇っている可能性はある。情報網も抜かりは無いという強かさだ。

 

 「一筋縄じゃいかなさそうだ。大したもんだぜ、お嬢ちゃん」

 

 彼らの移動方向と距離。今度の物資輸送の日程とルート。拠点移動における彼らの行動パターン。更にはアライアンスの哨戒ルートも計算して彼らの拠点になりそうな場所の候補を絞り込んでいく。情報戦で負けることは許されない。相手にリサーチャーが居るとしたら尚更の事。

 移動を始めた彼らに察知されない距離からゆっくりと機体を追うように動かしながらも、端末を動かす手は休めることはしない。後は拠点候補を更に絞り、余分な情報は細かく削られていく。正確無比。そして新鮮な情報を得るまでもう一押し。

 

 「誘導ありがとよ。ほぼ確定したかな。あいつら、マレス渓谷にあった浄水施設跡に隠れるつもりか」

 

 レーダーからの反応とクリフが候補として選んだポイントが一致した。これで依頼は完了。後はOAEにこの情報を渡せばアライアンスの部隊が掃討に向かうだろう。ここ最近、彼女の組織にいいようにやられていたアライアンス本部の事だから相当本気で来るに違いない。

 

 (後はあいつら次第だな)

 

 クリフは彼らが今後どうなるのかと考えた。女の勘というのは相当鋭い。意外と攻撃を察知して一足早く逃げてしまうのではないかとクリフはぼんやりとそう思った。この組織は意外としぶとく生き残りそうだ。

 一段落したせいで体の力が抜けていくのが実感できたが、報告書を纏めるまでが仕事。緩みかけた緊張感を取り戻すように身体をグッと一伸びさせてコントロールスティックを握る。そのとき、レーダーが自機後方に反応が一つ出ている事にクリフは気が付く。熱源の大きさからACとすぐに分かった。

 

 (敵か?)

 

 一瞬、クリフに緊張が走る。常に拡大縮小を続けている無数の武装勢力。その情報はクリフでも把握しきれていないところはまだあるし、所在不明だったレイヴンの可能性も否定できない。

 ACが近づいてきた。狙いは自分なのか武装勢力なのか。まだ分からないACの正体にコントロールスティックを握る力が強くなる。もし彼らの仲間であるのならば、かなり前からクリフは監視されていた筈。このままでは生け捕りにされて尋問か、そのまま葬り去られるかの二択。

 クリフが搭乗している<CR-MT77>には武装は無く、代わりに頭部に大型のカメラが装備されているだけ。戦闘が出来る機体ではない。機体を放棄して逃げる手もあるが、渓谷の合間を通っているので逃げ場は殆ど無いに等しい。この間の一件が脳裏に浮かび上がる。

 

 『そこのMT、止まってくれ』

 

 通信機に唐突に入ってきた若い男の声。まだ油断は出来ないが、敵意が無いと判断したクリフはACのいる方に機体を向ける。

 高感度カメラから映されたACは星と僅かな月明り程度しかない夜空でもはっきりとその機体の形を捉えていた。その機体は中量二脚型のACではあるが、両腕が異様に細く人型とはある意味違うシルエット。近づくにつれ、その腕自体がグレネードキャノンであることが分かる。

 青系統の迷彩が施されたそのACはクリフの機体の前に降り立つと腕を下ろした。攻撃をする意思は無いということだろう。ひとまずACから攻撃を受けることは無いということが分かり。クリフはホッと胸を撫で下ろした。

 コアのコクピットハッチがスライドして人影が出てくるのが見える。どういう事か? とクリフは疑問に感じながらも、ジャケット裏のホルスターに入れた拳銃が直ぐに抜ける状態である事を確認するとハッチを開けた。

 

 「クリフ・オーランドだな?」

 

 ACから降りてきた人影はクリフに向かいながらそう尋ねてきた。ようやく視認できる様になった人影の姿はパイロットスーツに身を包んでいる。顔はヘルメットに覆われて口元しか表情が読めない。敵意は今のところ見えない。

 

 「ああ、そうだが。俺に何か用か?」

 

 そう答えたクリフは懐に手を伸ばした。懐に忍ばせた拳銃を抜く準備は出来ている。相手の出方次第では撃つ事に躊躇いはない。

 

 「警戒しなくていい。私は命を取りに来たわけじゃない」

 

 男は両手を挙げて武器を持っていないことをアピールする。これは本当のようだ。一度は懐に伸ばした腕を戻し、男を見やる。

 

 「じゃあ何だ。俺のサインを貰いに来たってのかい? 有名人はつらいねぇ」

 「残念だがそうではない」

 

 クリフの冗談めいた言葉に男はそう言って少し笑いながら首を振ると、ヘルメットを脱いだ。20代前半と思しき青年の顔が露わになる。

 

 「君に調査の依頼をしたい」

 

 男はクリフを正面に見据えてそう言い放った。どこで自分の情報を掴んだのかクリフは考えたが、聞くのは野暮だと思い、深い溜息を吐いた。

 

 「いきなりアポなしの訪問。しかもACで直接乗り込みにやって来るクライアントなんて前代未聞だぜ……」

 「ああ、すまない。リサーチャーに依頼するのは実はその……初めてでね」

 

 呆れ顔で空を仰ぐクリフに対して、男の顔は申し訳無さそうな表情で頭を掻く。顔立ちの良さと相まってそれがなぜかクリフには滑稽に見えて笑いがこみ上げてきそうになる。

 

 「OK。そんな顔すんなって。一応聞いてやるさ。”フライボーイ”」

 

 フライボーイ。それが彼のレイヴンネーム。そして、”大破壊”以前に活躍したとされる戦闘機の名を冠した彼の乗機<スピットファイア>。特攻兵器襲来以前はとある組織のプログラムに参加していたといわれる腕利きのレイヴン。彼ならあの厄災から生き延びていられたのも頷ける。

 

 「ありがとう。君の実力は噂に聞いているからな。頼りにしている」

 「依頼を受けるかどうかは依頼内容と報酬で決めるんでね。まずは話を聞かせてもらおうかな」

 

 安易に依頼を引き受けるほどクリフは軽率ではない。唇をなぞっていた指がフライボーイに向けられ、気持ちが仕事モードに切り替わる。

 

 「依頼は……私の義父を倒したレイヴンについてだ」

 「あんたの義父……ジノーヴィーか」

 

 突き出した指を再び唇にやり、記憶の糸を辿るように呟く。口に出たその名前はクリフのみならず、レイヴンであれば誰もが知っている名前だ。

 

 ジノーヴィー。

 漆黒の中量二脚型AC<デュアルフェイス>を駆り、レイヴンズアーク発足以来の最高のレイヴンと称されたアークのトップランクレイヴン。そしてクレストと裏で専属契約を結び、クレスト軍AC部隊のエースパイロットとしての顔を持っていた。

 ナービス領での紛争に於いても常に前線で戦い続けていたが、紛争の泥沼化で戦線を維持できなくなった本社からの撤退命令を最後まで無視。公式記録では本社に対して前線の支社と共に反乱を起こしたとして本社から依頼を受けたレイヴンとベイロードシティにて交戦の末に死亡したとされている。

 そして、クリフの目の前に居るフライボーイは彼に拾われ、レイヴンの生き方と戦い方を彼から教わり、自身もレイヴンとして戦っている。

 

 「生きているかどうか分からない人間を探すか。これはまた難しいご依頼を吹っかけて来たな」

 

 ジノーヴィーを倒したとされるレイヴンの情報は特攻兵器襲来の混乱時に紛失または破棄されている可能性は高い。元々、アークの大事な商品といってもいいレイヴンの情報は限られたものしか外に出ない。探すのはかなりの労力が必要になりそうだ。

 

 「生死は問わない。ただ、そのレイヴンのあの後の動向が知りたい」

 「生きていて、更にはまだ戦っているとしたらどうする? 敵討ちでもするのか?」

 「出来れば戦ってみたい、という気持ちはある。彼を超えるレイヴンであるならば」

 

 強さを求める姿は師であったジノーヴィーを越えるという目標を一心に貫いてきたからなのか。まだ若さが滲みでている瞳は真っ直ぐにクリフを見据えている。

 

 「だが……」

 

 フライボーイは視線を下に向けた。一瞬だけ沈黙が置かれる。

 

 「聞いてみたい。私は彼の最期に見た光景を知ることが出来ればいいと思っている……」

 

 さっきとは一転して影を落としたような表情。まだジノーヴィーの背中を追い続けている彼であるからなのだろう。その気持ちは悲痛でとても重い。

 

 「ジノーヴィーを倒したレイヴンねぇ……なかなか面白そうじゃないか……」

 

 クリフは呟く。武装勢力の動向や所属不明ACの調査とはまた毛色の違う依頼。悪くは無いと思い、クリフは興味が湧いてきた。

 

 「報酬は現金で15,000ドルを支払おう。足りないのなら、もう少し色を付けても良いし、なんなら君の護衛に就く」

 「護衛は不要だ。自分の身くらい自分で守るさ。そっちの方が動きやすい」

 「受けてくれるのか?」

 「結果によってはがっかりするかもしれないぜ? それでも良いなら、受けてもいい」

 

 煙草に火を点けて紫煙を大きく吐き出してクリフは答えた。あのジノーヴィーを倒したレイヴンを探す。依頼としては難しい。だが受ける価値はある。そう判断できた。

 

 「それは覚悟しているさ。頼む、クリフ」

 「……分かった。出来る限りの手は尽くして見せる。期待して待っていろよ」

 

 強気な笑みを浮かべてまた煙を吐き出した。

 

 「その言葉を信じる」

 

 クリフの言葉に納得したのか、フライボーイはクリフに笑みを返す。彼の好青年さが若さと共に滲み出ている。

 

 「そういや、今は何しているんだ?」

 「今はどこも属していない。依頼によって変えている。君と一緒さ」

 

 それを聞き、クリフは安心できた。あのジノーヴィーの教えを継ぐ者がレイヴンとしてまだ戦い続けている。

 

 「じゃあ、10日後位には連絡をよこす。それまで生きていろよ。フライボーイ」

 「そう易々とは死なない。そっちこそ気を付けろよ」

 

 愛機に乗り込むフライボーイを見届けてクリフも自分の機体に戻った。視界から既に小さくなりつつある<スピットファイア>の機影を見やる。高火力のグレネードを装備した彼の機体は<デュアルフェイス>のアセンブルのコンセプトと似ている。高機動ながらも圧倒的な火力で相手をねじ伏せる戦い方。ジノーヴィーとよく似た戦い方。まだ若く、あの厄災を生き延びられたのだから師を越えるというのもそう遅くは無いのかもしれない。

 フィルター近くまで灰になった煙草を投げ捨て、渓谷の向こうを見やる。漆黒の空に紅く染まる月が渓谷を照らすだけ。あのレイヴンが乗っていた機体を髣髴させるような空と月の色。

 

 

    *     *     *

 

 アライアンス本部第一オペレーションルームは張り詰めた空気に包まれていた。コンソールに向き合っているオペレーターたちもオペレーションルーム内の空気に引っ張られた所為か、その声は緊張気味になっている。

 

 キサラギ派と呼ばれていた研究員の一団がアライアンス本部内のサーバーに保存されていた旧キサラギ社の機密データを奪取して逃走したという一報からすでに5時間が経過していた。

 そして、その一報とほぼ同時刻に別のキサラギ派の研究員たちが所属していた基地からある機材を盗み出して逃走したという情報も入って来ていた。

 荒事とは縁遠いであろう研究員たちが取った大胆な行動は状況からして彼らは同一目的で動いており、計画的に行われたものといってもよかった。既に幾つかの追跡部隊を出して行方を追っているが、まだ行方は掴めていない。

 アライアンス内に存在する旧キサラギ社の流れを汲む派閥。彼らの持つ知識量は他社の技術者たちとは一線を画す。アライアンスが設立されてから開発された兵器の完成度が軒並み高いのは彼らの協力によって得られたものがある。だが、その無尽蔵ともいえる彼らの知識欲によってあの特攻兵器を起動させる一因となった。ある意味ではテロリスト、そしてレイヴン以上に危険な存在ともいえた。

 当然ながら密かに監視は行っていたが、彼らは本部に対して従順な態度を見せて黙々と兵器開発を行っていた。しかし、それに安心して次第に監視の目が緩くなったその隙を突かれた形となった。

 

 オペレーションルームの少し離れた一角でディーネル中佐は複数の士官と共に状況の確認と追跡ポイントの指示を出していた。

 

 「第二四工廠でないとすれば、彼らが隠れそうな場所ですか……後はキサラギ領のポイントN-70599くらいしかありません」

 

 アライアンス士官のロイス少佐は丸い顎を撫でながらディスプレイ上の地図の一点に指を差す。旧キサラギ社の上級幹部であった彼はかつての自分の部下たちが起こした一連の行動に酷く狼狽していた。その表情は強張り、額には大量の脂汗が浮かんでいる。

 

「何も無い様だが、そこには何が?」

 

 ディーネル中佐はロイス少佐が指差した地点を拡大する。地図上には岩山に囲まれた大地があるだけで施設のようなものは何も無い様に見えた。

 

 「確かに地図上ではここは何も無い事になっていますが、我が社の施設が建てられていました。名前は第一〇一工廠。新技術及びそれらを利用した兵器の研究開発の為に建設されたキサラギ社第一級機密指定の施設です。今回の事件を起こした研究員たちの中心メンバーは主にここで仕事をしていました」

 

 こんな施設があるのかとディーネル中佐は胸中感心した。作戦参謀という立場上、アライアンスのデータベースに記録されている一部の旧企業の情報へのアクセスに関しては非常に強い権限を持っていて、一通り閲覧した筈だったが、この工廠に関しては全く見た覚えが無かった。

 

 「今回、彼らが奪ったデータと機材とこの施設は関係している……そうかな、少佐?」

 

 ディーネル中佐の問いにロイス少佐は答えに迷ったのか顔を俯き、小さく唸る。それから少し間を置き、自信なさげに声を上げた。

 

 「正直なところ正確な回答が出来ません。名目上で言えば私は彼らの上司でしたが、実際は本社と彼らの仲介人という役割でしかありませんでした。この工廠に関する権限は私には多くは与えてもらえなかったというのが事実です。ですが、今回の件に関しましては恐らくそうでしょう」

 

 ディスプレイ上に新たに表示されたのはロイス少佐が持ってきたデータ。第一〇一工廠に関する詳細データの筈だが空白箇所が多い。少佐はキサラギ社では高い地位にいたにも拘わらず、この件に関しては僅かにしか情報と役目が与えられていなかった。それだけで限られた者にしか立ち入ることが出来ない場所だったという事がよく分かる。

 

 「ディーネル中佐、報告致します」とひとりのオペレーターが中佐の前にやってきた。「第03追跡チームから指定ポイントに大型の施設と彼らが乗っていたと思しき輸送機を発見したとの事です」

 「指定ポイントに近いチームは?」

 「03の他に02、05、07が15分以内に向かう事が可能な位置に現在います」

 「その3チームも指定ポイントに向かわせろ。ただし、施設への攻撃は行うな。施設周辺の動向を監視だ」

 「攻撃はしないのですか?」とオペレーターが聞き返す。「追跡チームのMTはいつでも攻撃態勢に入れます」

 「彼らが持とうとしているモノは生半可な戦力でどうにか出来るという訳ではない。ここは適正な者に任せておいた方が良いだろう。戦術部隊に出撃を要請だ。トゥワ大尉、万が一の場合もある。レイヴンに依頼の準備を頼む」

 

 ディーネル中佐の後ろで立っていたトゥワ大尉が「分かりました」と言ってオペレーションルームから素早く立ち去る。

 

「ロイス少佐、お疲れの様だな。我々も少し休むとしよう。今日は朝から働き詰めでね。そろそろ食事を摂りたいのだよ」

 

 少しはこの状況を楽観しなくてはな、とディーネル中佐は内心そう思うと席を立ち、小休憩すべく少佐を連れてオペレーションルームから出て行った。この状況の今後をしっかり見届けるにはリフレッシュは必要だ。

 

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