ARMORED CORE LAST RAVEN ~Unsung Overture~   作:唯名瞬

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第8話「101th arsenal」

 夜の空に浮かぶ月は鋭く、そして妖しく赤みを帯びて輝いている。

 

 その下に照らされているのは1機のAC。紺色の中量二脚型AC。ヴィラスの愛機<ヴェスペロ>だ。

 <ヴェスペロ>の立つ眼下には荒廃した工場と思しき施設跡。動くものは何も無い。ただ静寂だけが辺りに包まれている。

 

 『キサラギ第一〇一工廠。此処が今回のミッションポイントよ』

 

 ルシーナの声がヘルメットに入ってくる。出撃前の機体の動作チェックをしていたタイミングで、ヴィラスにとっては通信感度のチェックをするには丁度良かった。これも声を聞く限り、通信機は問題無さそうであった。

 

 『改めて任務内容の確認を行いましょう。依頼主はアライアンス本部。キサラギ派と呼ばれた一部の研究者たちが旧キサラギ社の機密データと機材をアライアンス本部及び所属基地から強奪して逃走。調査の結果、潜伏先は此処だと判明。ヴィラスは単独で施設内部に潜入。工廠内部に存在する妨害要素を可能な限り排除し、彼らの身柄を押さえる事。アライアンスとしては出来るだけ生きたまま捕らえて欲しいけど、場合によっては対象を抹殺しても構わないとの事よ』

 「それにしてはこの施設に関する情報が少ないな。情報の更新は? 表示箇所の殆どが[unknown]ってなっている。これで中に入れって事か? 結局何なんだここは」

 

 ルシーナから送られてきた情報がモニター上に表示される。だが、表示されている情報の内、明らかになっているのは施設の外観と施設内部の見取図の一部のみで、詳しい内部の構造が不明。更に配備されていると予想される防衛戦力の情報ついてはガードメカがあるかもしれないという不明瞭な説明で、それ以外についての説明は一切無かった。

 

 『この第一〇一工廠という施設はアライアンスもだけど、旧キサラギ社でもこの施設の存在を知っているのはごく一部の者だけで、一般社員には公表されていなかった機密の施設って事らしいの。アライアンス側が現時点で出せる情報はそれだけしか無いみたい』

 

 溜息交じりのルシーナの声に釣られてヴィラスも「そう言う事か」と溜息交じりに呟く。

 事前情報が少ない依頼というのは今に始まった事では無いが、やはり不安にはなる。情報が無い分、それだけミッションにおける不確定要素が増えるという事であり、仮にイレギュラーが発生した際の対応が難しいものになるからだ。情報の有無で出撃前の準備のしやすさにミッションの成功率、そして自身の生存率も大きく違ってくる。僅かな情報でも出来るだけ欲しいというのが本音であった。

 

 『それと、戦術部隊所属のレイヴンが先行して工廠内に入ったけど、現在このレイヴンとは通信が途絶しているって情報が入ってきたから油断はしないで』

 

 ブリーフィングでは無かった話だ。そしてこれは穏やかな話ではない。戦術部隊も出張っているこの任務は状況次第で相当厄介事になるかもしれないと予感した。

 

 「そのレイヴンていうのは誰だか分かるか?」

 『レイヴンネーム”ユウティエン”。搭乗機は<レイニースワロー>。施設内に潜入後はこちらでも呼び掛けはしてみるわ。応答があればいいけど……』

 

 ルシーナがレイヴンと搭乗機体のデータを送ってきてくれた。ユウティエンと呼ばれたレイヴンは特攻兵器襲来以前からよく知っている。

 軽量二脚型AC<レイニースワロー>を操るレイヴンで、ヴィラスと同じくミラージュ領のアリーナ所属。そこではトップ10に入り、総合ランキングでも上位に位置していた実力者だった。現在所属しているアライアンス戦術部隊でも高い戦果を挙げているレイヴンのひとりだと聞いている。

 

 そんなレイヴンがこの工廠の何処かでやられたとはあまり考えたくはない事であったが、内部情報が少ないこの施設。何かしらのトラブルが発生したと考えておいた方が良い。

 175,000コームという高額報酬で受けた依頼。ブリーフィングでは今回の任務について他言は一切するなという一言も最後に添えられていた。旧キサラギ社の機密の施設といい、高額報酬にはそれなりの理由があったようだ。だが、既に依頼を承諾して前金で受け取っている以上、引き返すわけにもいかない。

 

 機体チェックを終えて全ての準備が整った事を確認したヴィラスは<ヴェスペロ>を施設内に向けて飛ばした。一瞬のうちにACの影が小さくなり、施設に吸い込まれるように消えていく。

 

 『気を付けてね……ヴィラス』

 

 ルシーナの小さな声がヴィラスの耳を打った。

 

 

 敷地内に侵入すると、ここにも特攻兵器が来たのだろうか、施設自体の崩壊が相当進んでいる事に気が付く。これで研究員たちが隠れられる場所なんてあるのかと思うくらいにはボロボロの状態だ。

 先に<レイニースワロー>が侵入したのだから何処かに侵入口がある筈だが、それを探すまでもなかった。

 施設の壁の一部を<ヴェスペロ>の腕で押すと思っていたよりも簡単に壁が音を立てて崩れた。そこから施設内部に侵入する。内部は照明が死んでいる所為で暗く、天井に開いた穴から僅かに差し込んでくる月明かりだけが唯一の光だが、それだけではこの場所を見渡すには足りない。頭部<CR-H97XS-EYE>のカメラアイに装備された暗視スコープが作動。内部の様子がスコープ越しから見えてきた。

 外観同様、施設内部も崩壊が相当進んでいる。しかし、そこには幾つもの動く影を確認。同時にレーダーディスプレイには複数の輝点が示されていた。ここがただの廃墟ではないことが容易に分かる。

 

 《メインシステム 戦闘モード 起動します》

 

 火器管制ロックとコア機能の制限解除を知らせるコンピュータボイスが流れる。ミッション開始。

 

 レーダーディスプレイ上の輝点が示された方角に右腕のリニアライフル<CR-WR93RL>を向けた。向けた先にはガードメカの<ラット>が数機、自機に向かってくる。

 先頭を走っていた1機に照準を定め、トリガーを引く。元より対AC用の武器に対してはガードメカの装甲は紙に等しい。直撃を受けた<ラット>はあっけなく爆散し、後続の<ラット>もそれに巻き込まれてあっという間に全機が機能不全に陥る。

 フロア内にいた<ラット>の集団を素早く全滅させるとブーストダッシュで施設内を駆け抜ける。作業用MTの運用を考えて設計されていたらしいこの施設はACでも難なく行動が出来る。ヴィラスは施設内を隈なく探索することにした。

 

 暫く回ってみるとこの施設は地下へと伸びている事が判った。地上に居なければ、研究員たちは地下に潜んでいるのだろう。地上の施設は崩壊しかけているにも拘わらず、下層へ繋がる運搬用リフトだけはしっかりと整備され、稼働していた。

 地上に比べて下層のエリアは広大になっており、崩壊箇所も少ない。施設本体は下層のエリアだという事がヴィラスには何となく察した。更にルシーナから先行したユウティエンが残した情報を基に更新されたマップデータが送られてくる。それを見るとこの第一〇一工廠というのは非常に広大な地下施設であることが分かった。

 何となくではあるが、こういうところがキサラギ社らしい。表向きは控えめ。裏は全く違う顔。ヴィラスはそう感じられた。

 

 リフトで下降しながら各エリアの妨害要素を破壊していく。妨害要素とはいっても施設内に配備された小型のレーザー砲台と<ラット>等のガードメカが数えられるくらいでAC相手では敵う相手ではない。ユウティエンがある程度防衛戦力を片付けてくれたおかげもあり、殲滅させることは容易だった。

 事前情報で確認出来る最も下のエリアも同様に妨害要素を排除しながら駆け抜けると、最奥部のゲート付近に集結していた4機の<GURENGE>を確認。更には天井から<U03M-TERMITE>も6機降りてきた。

 ブースト機動で一気に接近。それに反応してきた1機に対してレーザーブレード<CR-WL06LB4>で切り裂くと、残った<GURENGE>が火炎放射器を一斉に<ヴェスペロ>に向けて発射する。すかさず後方へブースト機動で回避。僅かに火炎が装甲を炙ったが、それに構わずリニアライフルを発射。<ラット>に比べれば多少硬いものの、やはりAC用兵器の前では微々たるものだった。

 <GURENGE>の前に出てきた6機の<U03M-TERMITE>が素早く動きながらマシンガンを発砲。囲まれそうになるが、機体をジャンプさせて回避するとリニアライフルを発射。防御力に関してはこれも他の機体と変わりない。あっさりと沈む。

 残りの機体を殲滅させると、操作パネルに近づきゲートロックを解除する。同時にレーダーに反応。

 

 『ゲートの向こうに熱源反応が3つ。大きさからしてMTね』

 

 開けたゲートの先にはルシーナの言う通り、<CR-MT85>が3機。<ヴェスペロ>を待ち構えていたかのようにパルスガンを発射してきた。狭い通路からの攻撃で回避は難しかったが、ヴィラスは咄嗟に機体を後退させて回避行動に移る。モニターには被弾したことを伝えるメッセージが表示されているが、防御スクリーンのおかげもあって、機体に受けたダメージはそれほど大きくない。

 追撃を掛けるために3機のMTが逆三角形の布陣を組んで突撃をしてくる。それに対して<ヴェスペロ>はリニアライフルを構えて相対する。

 先頭に付いていたMT2機がマシンガンを放つ。動きを引き付けてから後方の1機がバズーカで一撃を入れるつもりだろう。MTの挙動が機械的な規則正しい動きだからか、ヴィラスは敵の攻撃の意図が簡単に読めた。

 マシンガンの弾幕を<ヴェスペロ>はジャンプ。天井を擦れさせながら躱して敵MTの間に割り込むと、レーザーブレードを発振。正面に立つMTを胴体から斬り落とした。

 ヴィラスは斬り落とした敵MTの上半身を左腕のマニピュレータで掴み取らせると、後ろで体勢を立て直していた2機のMTに向けて投げ付けた。残骸はMTの胴体に当たり、その勢いで通路の壁にピンボールの様に跳ねてもう1機のMTの脇にぶつかった。

 残骸をもろに受けた2機のMTは動きを止める。ヴィラスは無防備になった2機にリニアライフルの弾丸を容赦なく浴びせた。至近距離からの射撃で2機のMTは装甲片を撒き散らしながら吹き飛ばされ、沈黙する。

 ヴィラスはモニターに映されたMTの残骸を見やった。吹き飛ばされた衝撃でコクピットハッチが開き、内部が露出している。そこにはコクピットにいるべきパイロットの姿は無く、代わりに半壊したモジュールがコクピットからダラリと飛び出して、床に乾いた音を立てて落ちた。そのモジュールの役割は分かっている。

 

 「無人機か。積んでいたおつむはそれ程良くなかったようだ」

 それは各企業軍、そしてアライアンスでも運用されているAIによって制御された無人機。プログラムに従い、規則正しく動くそれらは多数で向かってこられると脅威になりえるが、撃破されたMTを制御していたAIはそれ程性能の良いものでは無いらしく、たった3機ではヴィラスが操る<ヴェスペロ>の動きに対応出来なかった。

 通路の先にあるゲートのロックを解除。開けた先には待ち構えていた<ラット>の集団が一斉にマシンガンを放ってきた。中には<ジェリフィッシュ>と<GURENGE>の姿も数機見受けられた。

 ヴィラスは機体をジャンプさせてブーストで飛び回りながらリニアライフルを発射。射角を大きく上へ向けられない機体へは効果的な対処であった。反撃が出来ずチョロチョロと動き回るだけとなった<ラット>と<GURENGE>は次々と吹き飛ばされてあっという間にスクラップとなる。

 残った<ジェリフィッシュ>もリニアライフルで片付けた。これでエリア上は全てクリアになる。

 

 『ヴィラス待って……上から反応。……熱源からMTサイズ。数は7……8……9機……気を付けて、降りてくる!』

 

 レーダーディスプレイには輝点が9つ自機正面に表示。識別はレッド。敵機だ。

 直後、目の前の天井が崩れてそこからMTが降りてきた。機種は全機<CR-MT85>。各機、マシンガンにバズーカを構えている。

 機体をバックステップさせると、右背部のマイクロミサイルランチャー<KINNARA>に切り替えてエクステンションをオンにする。

 先頭にいたMTにロックオン。トリガーを引くと連動ランチャー<FUNI>と共に計11発のマイクロミサイルが一瞬にしてMTを貫く。5発程のミサイルはそのまま後続のMTの近くに着弾。一斉に8機のMTはガードメカの残骸を蹴散らしながら散開する。

 

 『敵機からの生体反応なし。この機体も無人機よ』

 「了解だ。気兼ねなくやれるって事か」

 

 とは言え、仮にこのMTが有人機であったとしてもその対応は変わらないだろう。目的は研究員たちの確保で、妨害要素に対しては遠慮はいらない。邪魔をするのであれば排除する。

 それにしてもキサラギ派の連中は余程この施設の奥へ近づけさせたくないらしい。ユウティエンによってある程度防衛戦力は排除された筈だが、それでもまだこれ程の戦力を隠していた。

 再度、リニアライフルに切り替えて発射。弾丸が正面から飛びこんできたMTの胴体を貫き、1機目撃破。

 その後ろからバズーカを構えて接近してきた機体へも同様にリニアライフルで迎撃。胴体へ撃ちこんで破壊。これで2機目。

 左側面からマシンガンを放ってきた機体へも素早く旋回させて狙い撃つ。頭部、右腕と吹き飛ばし、最後に胴体。3機目の撃破。

 続けてパルスガンを放ちながら向かってきた機体へはミサイルをぶつけて沈黙させる。これで4機目の撃破。

 

 「残り4機か」

 

 ヴィラスはレーダーに映る輝点を眺めながら呟く。搭載しているAIの性能は先程対峙した機体と交戦した限り、大して変わらないようだ。あまりにも正直過ぎる挙動で先の動きが読み易かった。

 残りの敵機が一斉に後退していくのが見えた。更新されたマップデータにはその先に降下用リフトがある。意図は読めた。リフトへ近づけさせないつもりだろう。進路を塞ぐように2機のMTが動きを止めてバズーカを構える。

 

 「通させてもらうぞ」

 

 ヴィラスはフットペダルを踏み抜いてブーストで一気に加速させると、機体にリニアライフルを構えさせた。残る機体も同様に撃破するだけだ。

 MTがバズーカを発射。だが、そのバズーカは先に撃破した機体とは違い、3点バーストで放たれる。遅れて隣にいた機体からも同様に3点バーストのバズーカ弾。

 

 「なにっ」

 

 予想外の攻撃にヴィラスは機体を咄嗟に右へスライドさせて回避。そこへリフト付近に陣取ったMTからも同様の攻撃。躱しきれず、右肩に1発被弾。機体を一旦後退せざるを得なかった。

 

 「あの機体……少し違う……?」

 

 モニターに映る機体のシルエットは確かに<CR-MT85>であったが、よく見ると装甲形状の一部が従来のものと違う。カスタム機なのかとヴィラスは訝しむ。

 

 『機体照合……この機体、改良型よ』

 

 ルシーナから機体情報が送られてきた。型式番号<CR-MT85BP>。その型式番号からアライアンスになってから施された<CR-MT85>の改良型であると予想できた。恐らく改良されているのはバズーカだけでは無いだろう。

 2機のMTが前進。距離を一気に詰められる。ホバーの加速スピードも違う事に気付く。

 

 「速いな」

 

 原型機との速度の差に驚くも、リニアライフルを構えて発射。MTの胴体に命中したが防御スクリーンに弾かれる独特の音が聞こえ、手応えが感じられない。敵機は健在で損傷も軽微。ヴィラスは小さく舌打ちする。

 

 「やはり装甲もか」

 

 今度は左肩部のパルスガンからのレーザー。バチバチという弾ける音が装甲越しから聞こえてきた。機体温度と防御スクリーンの消耗率が一気に上昇。レーザー出力も原型機から上がっている。

 先日戦った<CR-MT91L2>と同様にこの機体も他企業からの技術提供があったと予想できた。従来の<CR-MT85>同等と捉えてはいけない。全体的な性能が大幅に向上された機体で、ほぼ別物の機体に仕上がっている。

 <ヴェスペロ>、ブーストで一気に後退。搭載している武装の性能はある程度分かってきた。あとはどうやって攻めるかだ。2機のMTが追従してきた。リフト付近のもう2機は援護に回るつもりだろうか、動きは少ない。

 向かって来る1機に向けて背部と肩部のミサイルを発射。狙われた方の機体は咄嗟に横へのスライド機動で回避しようとするが、躱しきれずに機体側面に数発被弾。流石に衝撃までは耐え切れず、機体がよろめく。

 そこへ一気にブーストで接近すると、レーザーブレードを発振して斬り付けた。光刃が胴体に食い込む瞬間、防御スクリーンによる干渉で光刃が一瞬爆ぜる。機体の防御力も相当強化されている様だ。だが、ブレードの出力が勝り、食い込んだ光刃はそのままMTの胴体を両断していく。これで5機目。

 防御スクリーンが働いているとはいえ、ACが展開しているものよりかは数段劣るというのはこれで判った。それにこの機体の脆い所は自分がよく知っている。ヴィラスはもう1機の方へ機体の向きを変えた。

 接近状態での同士撃ちを避ける様にプログラムされていたのか、バズーカを構えたまま旋回していたMTの側面に位置付けると、リニアライフルを連射。排熱の為に設けられた側面装甲の僅かな隙間に命中。防御スクリーンでも耐え切れず、装甲が捲れ上がったところへもう一撃。直撃を受けてジェネレータが損傷。動きが大きく鈍ったところへレーザーブレードを一閃。6機目撃破。

 

 「後は……!」

 

 前衛の僚機が撃破されたからだろう、リフト付近で陣取っていた残りの2機がホバーを吹かして向かってきた。

 コンソールパネルで損傷度を確認。大きな損傷はない。まだ大丈夫だとヴィラスは判断してフットペダルを踏み込んだその時、ヘルメットに声が飛び込んできた。

 

 『……こちらユウティエン……』

 

 ノイズ交じりの声。先行していたユウティエンからだった。「ヴィラスだ」と応えながら前方から飛んで来たバズーカ弾を躱して物陰に<ヴェスペロ>を隠す。まだ生きていた事に安堵した。

 

 「聞こえている。今どこにいるんだ?」

 『工廠の最下層エリアだ。今、見慣れない機体と交戦……何だ……コイツは……』

 「どうした? 何がいる? MTなのかそれともACか」

 『……分からない。とにかく速い。それに火力も……ウッ……』

 

 焦りなのか、聞こえてくる声は少し上ずっている。ユウティエン程のレイヴンがそんなに焦る相手がいるという事なのか。

 

 「こちらもMTと交戦中。すぐに片付けてそちらに向かうから持ちこたえて──」

 『早く頼む。コイツは只の機体では……グッ……アァ……──』

 

 ユウティエンがヴィラスの言葉に割り込んできた瞬間、一際大きいノイズと共にユウティエンからの通信が途切れた。最悪の状況が頭を過ぎる。

 

 『アライアンスに確認を取るわ……ヴィラスは敵機の撃破を』

 

 ルシーナの声にも緊張の色が伺えた。この工廠の奥には何かがいる。それも強力なモノ。

 

 レーダーディスプレイを確認。2機のMTが横に並んで接近してきた。

 タイミングを見計らい、物陰から飛び出してジャンプさせた。ロックオン警告。直後、足元を掠めて複数のバズーカ弾が床に着弾。

 オーバードブーストを起動。<ヴェスペロ>は2機の頭上を越えて背後に回るとブーストを切って素早く反転。2機はまだ<ヴェスペロ>の動きに対応しきれていない。フロントステップを踏み、レーザーブレードで斬り掛かる。

 振り抜かれた光刃を横へのスライド機動で躱される。瞬時に変えてきた動きは先に相手した機体のAIよりかは少し優れていそうであった。

 それでもヴィラスは焦ることなく機体の向きを変えながら小さくジャンプさせて右脚を突き出した。<ヴェスペロ>の爪先がMTの頭部に突き刺さり、機体が大きく揺らいだところにリニアライフルを発射。MTの頭部が吹き飛ぶ。

 動きを止めた機体に再度レーザーブレードでの斬撃。今度はしっかりと捉え、胴体の真ん中から光刃が切り裂いていく。7機目の撃破。残りは1機。

 MTはリフトの方へ後退しながらバズーカを構えて発射。それを跳躍で回避してリニアライフルを放つ。弾丸はMTの右肩、胴体と命中。被弾の衝撃でMTは手に持っていたバズーカを落とす。

 すかさずMTはパルスガンで反撃。数発当たるも、構わずブーストで前進。<ヴェスペロ>はレーザーブレードを振るった。防御スクリーンが弾ける音が斬撃に混じり、MTの胴体に大きな斜め傷が刻まれる。だが、致命傷ではない。敵MTはまだ動ける状態だ。

 前進してきたMTの左腕が突き出される。左腕に装備されていたレーザーブレード。先端から出された光刃をバックステップで躱す。ブレードのレンジは変わっていないが、他の武装からしてこれも出力は上がっているだろうと考える。

 斬撃によって開いた傷に狙いを付けてリニアライフルを発射。脆くなった所を突けば簡単なものだった。直撃を受けたMTは爆散。これで全機撃破。

 

 これ程の性能とはとヴィラスは撃破したMTの残骸を無感動な眼差しで見据えた。自分がよく知る機体がここまで強化されている。各武装の強化だけではなく、防御スクリーンまで備えたあの機体は簡易ACと呼んでも差し支えない程の性能になっていた。

 アライアンスによる三大企業の技術提携で既存の機体の強化はさして驚く様なものでは無くなったが、実際目の当たりにすればやはりその脅威の大きさを実感する。仮に搭載されていたAIがもっと高性能なタイプ。もしくは腕利きのパイロットが搭乗していればこれ以上に苦戦していただろう。

 

 『このエリアもクリア。マップデータには無いけど、リフトの降りた先にもエリアがあるみたいね。多分、ユウティエンもそこにいる筈よ』

 「ユウティエンからは?」

 『……私の方で呼び掛けてはいるけど応答が無い。それとたった今、戦術部隊がこちらに向かっていると通信が入ってきた。ミッションはこのまま続行して』

 「場合によっては共同での遂行か。誰が来るんだろうな」

 『そこまでは知らされていないけど、分かり次第伝えるわ』

 

 誰が来るかは知らないが、この任務の性質から腕の良い所属レイヴンを送って来るのだろうと予想する。

 ヴィラスはスクラップとなったMTの残骸を<ヴェスペロ>の足でどけさせると、機体を前進させて降下用リフトに向かった。

 

 

 リフトで下降していく。上層のエリアで使用していたリフトと違って、今乗っているリフトの降下深度は更に深く、そして降下速度も速い。

 彼らがいる証なのだろう、光が殆ど無かった上層と比べると所々照明が生きていて明るくなっていた。頭部カメラの暗視スコープ機能が自動でオフに切り替わる。

 

 『降下深度は200メートルを超えた。かなり下っていく……』

 「そこまで降りたのか。何があるんだ? 一体」

 『不明だけど、オペレーターとしての勘があまり良くないって伝えている。気を付けて。ユウティエンからの通信は途絶したままよ。今のうちに機体チェックを行って』

 

 「了解」とヴィラスは応えて機体の簡易チェックを開始。モニター上に表示されるチェック項目を眺める。機体各部の状態はまだ許容範囲内である事にひとまず安心した。MTとの交戦で思わぬ消耗をしてしまったが、任務に支障をきたす様な損傷はしていない。

 ただ、ユウティエンからの通信が途絶え、交戦したという機体の情報は不明のまま。嫌な予感がする。胸の内から湧き上がる不安は少しずつ大きくなっていた。

 

 それから5分程経っただろうか、降下の時間とスピードからかなりの距離を下ったはずだ。終点となるゲートの前でようやくリフトは停止する。その直後、自分が来るのを待っていたかのようにゲートのロックが自動で解除され、開く。ヴィラスはリフトから<ヴェスペロ>を降ろす。

 ゲートを抜けた先は上層の工場施設等とはうって変わって大きく開かれた空間。言うなればレイヴンズアークが運営していた多目的演習場に似ている。実際それに近い目的で作られた空間なのだろう、壁面には移動式のダミーターゲットを動かす為のレールが数条設置され、室内の至る所に障害物代わりになるような円柱が何本も立ち並んでいた。電柱程の細いのからAC1機が余裕で隠れられる程の太さのモノまである。

 

 『ここのマップデータは全く無いから、死角からの攻撃に注意をして』

 

 広大な空間にただ1機<ヴェスペロ>のみだ。動く影は1つも無ければ音響センサーから拾う物音も無く、沈黙だけが流れる。だが、何時敵が襲ってくるか分からない。武器を構え、周囲を窺いながら機体を動かす。

 エリアの中央近くまで辿り着いたところでヴィラスは機体を止める。室内のいたる所に並んでいる柱の1つにACらしき残骸が転がっているのが見えた。

 

 「まさか……」

 

 その残骸に近づいてみると頭部と脚部が吹き飛ばされ、上半身のみとなってしまったACであった。その左肩には「羽を広げて雨空を飛翔するツバメ」のエンブレムが煤けて黒くなっていた。嫌な予感は的中する。

 これは先行していた<レイニースワロー>の残骸だった。

 

 「ユウティエン……遅かったか……」

 

 残骸となった機体のコクピット周辺は内部からの爆発によるものか、大きく抉れていた。

 

 『生命反応は無い。恐らくもう……』

 

 ルシーナの言う通り、機体の損傷具合から生存の可能性は無いだろう。機体の傷はまだ真新しく、残骸からは黒煙が僅かに上がっていた。敵の姿は無いが、キサラギ派の研究員たちが武装組織もしくはレイヴンを雇って待ち構えている可能性は高い。周囲を見渡し、レーダーを見据える。

 ユウティエンを葬ったのだから腕利きのレイヴンか、上層で交戦したMT以上の高性能兵器か。少なくとも戦術部隊が来るまではそれを<ヴェスペロ>単機で相手しなければならないだろう。コントロールスティックを握る力が知らずに強くなっていく。

 

 暫くして傭兵としての勘か、装甲越しからヴィラスは気配を感じ取った。そしてそれは間違いなかった。直後に音響センサーが室内の隅から微かな音を拾った。ブースターの音だ。

 

 『熱源反応を感知。大きさからACクラスよ!』

 

 ヴィラスは音のする方へ左背部に装備したグレネードランチャー<CR-WB87GLL>にメイン武装を切り替えて発射態勢を取った。向けた先にある室内の天井の隅にはポッカリと空いた穴があり、機影こそはまだ見えないが気配はそこから感じ取れる。

 

 「そこだな」

 

 数瞬の間を置いて、トリガーを引く。<ヴェスペロ>はグレネード弾を放った。天井の穴は直撃で更に大きく窪み、舞い上がった塵に包まれてその周辺が見えなくなる。

 だが、直撃させたという手応えは感じ取れない。それを証明するかの様にレーダーには赤い輝点が1つ示されていた。敵機の反応。そして機体らしき影が塵越しに浮かび上がる。

 少しずつ塵が晴れていくにつれてはっきりとしていくシルエットは中量二脚型ACと思しき形。だが、普通のACとは違ってその機体は悠々と空中に漂っていたが、不意に動き出す。

 舞い上がる粉塵を突き破って出て来たのはACとよく似た姿の機体。

 その両腕はマニュピレーターが無く、砲口らしきものが備えられており、背中からはブースターなのか、大きな突起がせり出している。そして、機体全体に鮮血の如く施された深紅と黒のカラーリング。機体各所のラインからは時折緑色の光が淡く発光して既存の機体とはまったく違った印象が強い。それは機械というよりも何か意思をもった生物の様だとヴィラスは感じた。

 

 『あの機体は……データベースには登録されていない未確認機。それにあの色は──』

 「似ているな……”あれ”に」

 

 それは世界を破滅させた忌まわしい特攻兵器。あの時見た絶望の光景が脳裏に蘇ってくる。形は違えても目の前に現れたその姿はヴィラス、そしてルシーナも一瞬でそれを連想させた。

 そばに転がっている<レイニースワロー>も十中八九あの機体に破壊されたのだろう。キサラギ派の研究員たちがこれを動かしているのか、別の意図で動いているのかは分からないが、この機体を放って退却するという選択はヴィラスには無かった。それに目の前の機体も両腕を<ヴェスペロ>に向けており、このまま逃がすつもりは無さそうだ。

 やるなら徹底的に破壊する。相手が特攻兵器に関連するものであれば尚更だ。

 

 「来い。叩き潰してやる」

 

 深紅の機体を見据え、ヴィラスは口元を歪ませて呟く。対峙している深紅の機体も頭部のカメラアイをグリーンに鈍く光らせると、一瞬身震いするような挙動をして両腕を構え直した。

 2機のブースターが唸りを上げて甲高い音がこの広いフロアに木霊する。

 

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