気ままに穹キャス 作:ヒアンシー親衛隊
生命の花園にて。水色のアンティリン花が綺麗で、人々は思い思いにのどかに過ごしていて幸せそうだ。
目を閉じればかつてのオンパロスでの旅の記憶が鮮明に思い出せる。
衝撃――ファイノンとの出会い。モーディス。アグライア。トリビー。
そして何よりも、キャストリス。
「穹? どうかしたのですか?」
読みにくいだろうに、本を読んでいる間も穹の手を握っていて、それに力を籠めたり緩めたり。
膝の上に置いた本のページが、風で捲れぬように、手で押さえたまま。読書よりも自分のことを優先してくれたということに、器の小さな話ではあるけれど、穹は喜びを感じた。
「この間行った星のことを思い出していたんだ」
素直にキャストリスのことを考えていたと言えない辺り、本当に器が小さいかもしれない。
思えば、こんな風に考えることも以前はなかった。他人にどう思われたとしても、自分は自分であると胸を張って言えたのだが、キャストリスに対しては、自らの言動がどう思われるのか気にしてしまう。
もはやそんなことを気にする必要が無いと理解していても、それが
キャストリスだって、やっぱり穹に対して可愛いところを見せたいという気持ちがあるみたいで、例えば朝なんかは、絶対に穹よりも早く起きるのだ。ちゃんと身だしなみを整えて挨拶したいらしい。
どの瞬間を切り取ったとしても、他の誰よりもかわいいと思うのは、贔屓目だろうか。そこまでする必要はないと思う。
「次は、いつ頃の出発になるのでしょうか?」
また少しだけ、握っていた手に力が籠った。
全部欲しいと言う自らの我儘で、星穹列車の旅も続け、キャストリスとの関係も続いている。
開拓の旅は生涯続く。けれど、いつまでもキャストリスと一緒にいられないと言うわけでもない。
星穹列車から降りることはあっても、開拓の旅に終わりはない。
一度始まった開拓の旅は終わらないのだ。たとえオンパロスに根を張ったとしても、まだ見ぬ世界が待っている。
「キャス。好きだ」
と、このタイミングで言うのは、まるで都合の悪い何かを誤魔化しているみたいだ。
けれど、しっかりと抱きしめながら言葉を紡ぐ。
「また、急いで戻って来て、そのあとも旅に出る。でも、いつかずっと一緒にいよう」
本心からの言葉。心の底からの愛情は、穹が思っていた以上に言葉に力強さを与えて、抱きしめる力こそは優しくとも、きっと伝わる熱は高まった。
キャストリスは、穹の指に着けられている指輪を確かめるように何度か撫でて、それから穹と同じくらいに力強い声で返事をしてくれた。
☆
穹とキャストリスの家は、少し前まではキャストリスが使っていた家だった。穹は時折やってくるだけだから、キャストリスの家に泊まりに来ると言う方がどちらかと言うと適切な表現で。
いったいどちらからだったか、それでは寂しいと思うようになってしまった。
そうではなくて、二人の特別な家が欲しかったのだ。
意外というか、案外、彼ららしいと言うべきか。
モーディスやファイノンをはじめ、アグライアやヒアンシ―。それにアナイクスとサフェルまでもが援助してくれて、贅沢な住居を手に入れてしまった。サフェルに関しては、キャストリスのモノを返しただけなのだが。
「それでも、最大限の祝福をしてくださったと思います」
そういうキャストリスに倣い、穹も純粋に感謝の気持ちを全員に返した。
「穹は、今日はお仕事ですよね」
「キメラの管理だけだけどな!」
「…………ヒアンシー……親衛隊でしたか」
なんだか少しだけ気温が下がったような気がする。
「あ、ああ。ヒアンシーも手伝ってくれるらしい」
「私も見学について行ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
言いながら穹は朝食の準備をする。交代で用意するようにしているのだが、穹はこの時間が一番幸福だった。キャストリスに頼んで毎日自分の担当にしてしまおうかと考えるくらいには。
けれど、もしかしたらキャストリスも同じ気持ちなのかもしれない。
少し申し訳なさも感じるのだけれども、鼻歌交じりに朝食を作っているキャストリスを見るのも幸福だから、キャストリスに朝食を作って欲しいという気持ちもあった。
「そういえば、キメラを二匹、今日から預かることになったんだ」
「え? そうなのですか?」
驚きと共に、嬉しそうに表情を綻ばせたキャストリスに、穹はつられてほほ笑んだ。
「本当は今日連れて帰ってびっくりさせようと思ってたんだけどな。ついてくるんだったら、ちょうど良かった」
小さくて、なるべくふわふわしているキメラたちを探した。
本当はキャストリスに連れ帰る子を選んでもらおうとも思ったのだが、サプライズも兼ねて、自分で探したのだ。
「では、準備しましょう」
「朝ごはんを食べてからな?」
待ちきれないと言った様子で立ち上がったキャストリスに、穹は苦笑交じりに言った。
☆
星穹列車は次の目的地へ向かう。またしばらくキャストリスとは離れ離れになる。
ヒアンシーには、うちで飼っているキメラについて、もしもキャストリスが困っていたら助けて欲しいと頼んでおいた。アグライアにはキャストリス自身の様子を見てやって欲しいと頼み。案外過保護なのですねと笑われてしまった。
アグライアもいくらか人間味を取り戻して、時折こちらがゾッとするほどの笑みを浮かべるのだ。未だに超然とした雰囲気を残しながら、それが人間として存在しているギャップ。それは不気味さと共に、やはり神秘を宿していて。
キャストリスは、今日は朝からご飯を用意して、穹の出発を祝ってくれた。
「もう、行ってしまわれるのですよね」
「そうだな。いつ戻ってくるかは、まだ分からないんだ」
「こちら、持って行ってください」
渡されたのはネックレス。銀でできているそれには、二つのチャームが付いていて、見覚えがあった。
「これ、カストルとポルックスか」
カストルとポルックスは、二人で飼い始めたキメラに付けた名前だ。ちらりと部屋の奥を見ると、小さなベッドで身を寄せ合って仲良く眠っていた。少し、羨ましい。
キャストリスから渡されたネックレスには、金属で形成された小さな飾りがあり、それはそのキメラたちの形をしていたのだ。
「ありがとう。キャスたん」
「あ、あの……いつも通りにキャスと呼んで欲しいのですが」
未だに愛称一つで照れるキャストリスを抱きしめて。穹はまた開拓の旅へと発つ。
かつて、句点であった抱擁はただの挨拶へ。
「じゃあ、行ってきます……キャストリス」
今度の旅も過酷なものであることに間違いはない。万が一ということもある。
これが、ひょっとしたら最後かもしれないという不安。今までは感じたことが無かった、尋常ならざる恐怖。でも、この恐怖が何度も穹を、キャストリスのもとに帰してきてくれた。
「はい……! いってらっしゃい。帰ってきたら、まずは一緒に散歩したいです」
タイトル通り、気ままに書きます。