【試し書き】異世界半島戦記   作:神谷萌

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Chapter-01

 星暦876年。

 星欧大陸、ベレリアント半島。

 エルフィンド王国の国境地帯、シルヴァン川・()岸の一帯には、ダークエルフの集落が点在している。

 そのひとつ、ロザリンド渓谷の村落のひとつで、ディネルース・アンダリエルは、その氏族の長として、平時は狩猟をして暮らしていた。

 その日も彼女は、狩猟用のレバーアクション銃を手に、狩猟がてらの散策に出かけていた。いつものように ────

「姉さま! 姉さま!」

 ディネルースの氏族が、彼女を呼ぶときの言葉が、のっぴきならぬ様子の声でかけられてくるのを聞いて、ディネルースは振り返った。

 憔悴しきった様子の彼女の氏族が、息を切らせながら駆け寄ってくる。

「村が……私達の村が……!!」

 ──────── 日常は…………日常と呼ぶべきものは、あっさりと崩壊した。

 伝えに来たダークエルフの女性とともに、ディネルースが村へ引き返していると、木立の隙間から、その村の様子が見えた。

 家々が炎上し、そして ──── その周辺で、住民、ディネルースの同胞であるダークエルフ達が、生気なく倒れている。

「な、何が起こった!?」

 ディネルースは、一直線に村へと向かう脚を止め、起伏のある森の樹の間からそれを伺うが ──── それでも、その光景を確認した時は、憔悴と混乱、そして憤りの混じった声が出て、愕然とした表情になった。

「野盗か!? それとも……まさか、オーク共!?」

 なおも焦りを隠せないまま、銃に装弾しつつも、口をついて出た言葉は、まだしも想定できる内容だった。

 ロザリンド渓谷のすぐ()側は、かつて、コボルドやドワーフの居住地があり、その南には、野蛮で獰猛、貪欲と知られる、オークの居住地帯が存在する。

 特にオークは、特に彼らの土地で飢饉が起きたときなど、度々エルフィンドに侵入しては撃退されていた。

 だが、呟きの後で、ディネルース達の視界に捉えられたのは ────

「!?」

 エルフィンド陸軍の正規の軍服を着た、小銃歩兵が、バ()()トを装着した、長い銃身を持つ軍用レバーアクション小銃を手に、横列を組んで前進する。

「キャアァァァァッ」

 ダークエルフは戦える者が多い、と言っても、それは戦備が整っていればの事だ。丸腰で日常を過ごしていた住民は、悲鳴を上げながら、建物の壁面に追い詰められていく。

「構えぇぇッ!」

 ダークエルフを逃げ場がないほどに追い詰めると、指揮官の言葉とともに、歩兵は銃口を住民に向けた。

「撃てッ ────」

 指揮官の言葉とともに、無慈悲な銃声が、渓谷の村に響いた。

 抵抗できない、その手段もない住民は、胴や頭を撃ち抜かれて、血飛沫を撒き散らしながら、折り重なるように倒れた。

 ドカカッ、ドカカッ、ドカカッ……

 ザシュッ

 村落の広場から逃走を試みた住民がいたが、騎乗兵がそれを追い、その背中を切り裂いた。

「なんで?

 少数のグループが、やはり歩兵に囲まれ、追い詰められていた。

 何人かは、抵抗の意思がないと両手を上げるポーズをする。

「なんでエルフィンド軍が、同胞を ──── 私達を!?」

 1人の住民が、絞り出すような声で、必死に問いかける。

 だが、その様子を見て、ハイ()エルフで構成されたエルフィンド軍の将兵は、何がそんなに楽しいのか、下卑た笑みを浮かべ、ゲラゲラと笑っている。

「はっ、なんて愚かな」

 その指揮官の1人が、ホルスターからリボルバーの拳銃を抜きながら、狂気さえ感じさせる笑顔で言う。

「それはね、“デック()” ども!」

 そう言い、言葉で問いかけつつも、両手を上げて無抵抗のそのダークエルフの頭部に、拳銃の銃口を押し当てる。

「あんたたちが、闇エルフ(あんたたち)だからよ!」

 乾いた銃声とともに、脳漿混じりの血飛沫がぶちまけられた。

「1人も逃がすな!」

「はっ、第2分隊、続け!」

 歪んだ笑みを浮かべながら指示を出す指揮官にしたがって、歩兵隊は行動を始める。

「この村の白銀樹を斬り倒せ!」

 白銀樹は、エルフ、ダークエルフを問わず、その生命の根源と言うべき特別な樹だ。それを刈り取ることは、その一族の断絶を意味する。

 それを、エルフ兵の一部が、斧を取り出し、切り倒し始める。

「“デック” 共は皆殺しだ!」

 バスッ

 その指揮官が、狂気を纏いつつ悦に入った様子で声を張り上げていると、突然、そのこめかみを、鉛を真鍮で覆った弾頭(フルメタル・ジャケット)が貫いていった。

「ひっ……」

 突然の事に、兵の1人が短く声を出したときには、ディネルースは、装弾レバーを操作しながら、狙撃位置から離れる。

「姉さま!」

 少し下りたところで、先程の、ディネルースに急を知らせてきた彼女が声を掛ける。

「何人か、森に避難してました。怪我人も……」

 一緒に3人ほどのダークエルフが、森陰の中から現れる。だが、その3人は、2人が、1人に肩を貸している状態だった。

「ちくしょう、あいつら……!」

 脚に銃創を負っていたダークエルフを一旦その場に降ろし、よりしっかりとした止血を施す。

「自国民に銃向けやがった!」

 手当を受けながら、毒()く。

「姉さま、…………いや、族長! 私達、どうすれば……」

 深刻な表情をしながら、ディネルースに問いかけてくる。

 ディネルースは、僅かに逡巡した。

 その間も、彼女達の村落は焼かれ、兵は生き残りを惨殺していく。

 一度、奥歯を強く強く噛み締めてから、ディネルースは決断を口にした。

「森へ……()へ! 同胞を1人でも多く助けるのが先決だ!」

 ディネルースが力強く決断の声を出し、彼女達は、自国軍の追手から逃れ、森を越え谷を越え、()へ向かった。

 道中、点在するダークエルフの村落で、住民達が惨殺されているのをこれでもかと目にすることになった。

 最後に、シルヴァン川 ──── エルフィンドの()端を分ける川の流れに行き着いた。

 その南側は、オークの領域。

 一応、オルクセン王国という国家の体を成してはいるというが、その凶悪さ、欲望への忠実さに加え、古来より幾度も戦火を交えてきた間だけに、どのような目に合わされるかも解らない。

 それでも、ディネルースは川を渡る決断をした。

 生き残るため。

 1人でも多く、生き残らせるため。

 シルヴァン川の流れに、身体を浸けた。

 厳冬期の川にしては、やたら(ぬる)いことには、誰も気付けなかった。

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 ────新学暦272年、平成20年、西暦2008年。

 チハーキュ帝国。本土カムイガルド亜大陸。

 南部レイリョーヤ平野、南東沿岸地域。

 キッ

 レンド自動車製造のオフロード車、『ハガネグリフ』のロングボディ・バンが、舗装路からはだいぶ離れたそこに停車した。

「…………すごい霧だな」

 後部ドアから降り立った、内務省非常事態局々長補、ジュリアン・ラザフォード・バレットは、周囲を見渡しながらそう言った。その仕種をしながら、後ろ手にドアを閉める。

 とは言っても、季節の変わり目の海岸地区で、濃霧自体は珍しくもなんともない。それより問題なのが ────

「新しい情報はあるか?」

 ジュリアンは、同道の部下に訊ねる。

「天候そのものは、この局所的な濃霧の発生以外は、特異な現象は起こっていないとのことです」

「通信の方は?」

「…………霧に入る直前に取得したデータですが、東岸海底ケーブル、中継機が操作に反応しないままだそうです。それと、電波灯台同士のリンク通信が途絶えたままです」

「それに」

 クルマを運転していた別の部下が、ポケットから取り出した、フリップタイプの携帯電話を操作しながら言う。

「携帯電話も繋がりません。ここに到着する寸前までは、3本立ってたんですが……」

 3段階表示による電波強度が最も強い状態を「3本」と表現して、言う。

「ワンセグ放送も入りません」

「まるで、65年前の誤攻撃事件のときのようじゃないか」

 状況を知らされて、ジュリアンは、眉間に皺を寄せて、強張った声でそう言った。

 65年前 ──── 正確には66年前、新学暦206年 ──── 西暦1942年、6月。

 突発的な世界接続現象により、別世界、太陽系第3惑星『地球』の太平洋に紛れ込んだ訓練艦隊が、不明の爆撃機 ──── アメリカ合衆国海軍の艦載機から一方的に攻撃を受けた。

 それをきっかけとして、表向きはその訓練艦隊に、当時の皇太女、現皇帝ヒカル・エヴァンジェリン・ブレイク・チイイニ・チハーキュ・レムゼンが座乗していたことから。実際にはより壮大な目的を持って、チハーキュ帝国は地球での最初の同盟国となった大日本帝国の側に立って参戦。地球における『第二次世界大戦』は『世界間大戦』へと発展した。

「いえ……そのはずはありません」

 部下は否定するも、時折不安そうに吃る。

 誤攻撃事件も、最初に異常として観測されたものは、異常な濃霧と電波障害だった。そして今、カムイガルド本土上とは言え、似たような現象が発生している。

 『世界間大戦』は、チハーキュのあるアマテ・ラス二連恒星系第4惑星『エボールグ』と、地球、双方最大の民主主義国家同士が殴り合う凄まじい戦争となった。その傷跡は過去のものになったが、人の記憶が薄れるにはまだ早すぎた。

 そんな事もあって、戦火のきっかけとなった “不作為に自然発生する世界間接続” に対して、特に政府機関の者がデリケートになることは、少なくとも珍しくはなかった。

「もし局長補の懸念されることが起こっているのだとしたら、我が国全体が通信途絶状態になっているはずです。しかし、西岸ケーブルや北岸ケーブル、それに()()()()()()()には今のところ異常はありません。それに、国際衛星通信も正常に稼働しています」

 そう説明された。

 確かに、カムイガルド自体が別世界に迷い込んでいるのだとしたら、その全土が国際通信から隔絶しているはずだ。

 有線の海底ケーブルが通じているということは、そのような天変地異が発生していないことを示している。

「む……」

 ジュリアン達は、それに気づいた。

「霧が……晴れてくるな……」

 急速に、と書くと語弊があるが、確かに視覚できる早さで、霧が晴れていく。

「っ、電波が……」

 運転手をしていた部下が、携帯電話の電波強度表示が「圏外」からゲージ表示になるのを見て、そう言った。

「一旦は収まったようだが、一体何が起きたのか、これで終わったのか……」

 そう言いながら、観察するように周囲をキョロキョロとしていたジュリアンだったが、

「!?」

 ──── 霧が晴れた向こうに現れた光景に、部下ともども、言葉を失い、愕然として立ち尽くした。

「そ……そんな、そんなバカな!」

 目の前にあるのは、本来であれば、南カムイ海と呼ばれる大海原のはずだ。世界地図や惑星儀、カムイガルド全土地図といった縮尺の小さい地図で見ると、南氷洋から北へ向かって少し欠けているように見える部分だ。

 だが、──── 風蝕によって断崖になっているはずの海岸線の先に見えるのは、水は水でも、明らかに川の流れ。

 そして、その河川の先には、それなりの標高の山々を含む、大地だった。

「!」

 それを発見し、声に出す前に、ジュリアン達は駆け出していた。

 川のチハーキュ側、つまり、()岸側に、倒れている人らしき姿を確認したからだ。

「ダークエルフか」

 倒れているその人物を見て、ジュリアンは呟いたが、さほど驚愕した様子はなかった。

 チハーキュ帝国にとって、ダークエルフは人口構成比第4位で、主要種族の一種とされている。

「救急車だ、早く!」

「は、はい!」

 ジュリアンが指示をすると、携帯電話を弄んでいた部下が、慌てかけながら、()()()()()()()を伸ばして、チハーキュ帝国の緊急ダイヤル、消防・救急の119番をコールする。

 

 

 

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