【試し書き】異世界半島戦記   作:神谷萌

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Chapter-02

「まさかこんな事態になろうとは……」

「65年前の再現ということはないだろうね?」

「まだ、断言はできません」

 その会話する声が聞こえてくる中で、ディネルースはぼんやりと意識を取り戻した。

 ── 私……生きてる。ここは……?

 見知らぬ、天井。

 いや、本当に見たことがなかった。

 石膏のようにも見えるが、明らかに違う。自身にとって未知の資材でできている天井 ────

「!」

 ディネルースは、反射的に身を跳ね起こした。そして、首からかけているペンダントを探した。

 エルフィンドのエルフ族は、生まれ(いで)たその白銀樹の枝を削り、小さな護符を作り、それを革紐のペンダントとして常に首から下げ、死ぬまで放すことはない。

「無い!」

 その、白銀樹の護符がなかった。

「無い、無い! 無い!」

「えっ、えっ!?」

 ディネルースが、彼女が置かれた他の状況を放りだし、慌てふためいて取り乱すと、移動式のスタンドパーティションの向こうから、別の女性が驚いたような声を出しながら、姿を表した。

「私の、私の白銀樹の護符が……」

「え、あ、えっと……」

 ディネルースが、みっともなく縋るような表情で言うと、その女性は、自分も慌てた様子であたりを見回す。

 すると、キャビネットの上に置かれた小さな衝立のようなもの ──── ディネルースにはそう表現するしかなかった、液晶テレビの脚のあたりに置かれていたペンダントを見つけた。

「こ、これ?」

 ダークエルフの女性が、手にとってディネルースに示すと、ディネルースは言葉で答える前に、それをひったくっていた。

 ふう、とディネルースは安堵のため息を()いてから、

「す、すまない……取り乱して……」

 と、相手のダークエルフに、謝罪するように言った。

「いえ。治療の際に外したのでしょうが、こちらこそ配慮が足りなかったわね」

 相手のダークエルフも、苦笑しながら言ってから、

「私はカティナ・チアカ・フロメラス。わかり辛いでしょうが、我がチハーキュ帝国の海軍軍人をしているわ。階級は、大将を賜っている」

 と、名乗った。

「チハーキュ帝国……? 聞いたことのない国名だ。キャメロット王国や、グロワール共和国の隣接国か? それともロヴァルナ帝国?」

「う、ううん……」

 ディネルースが戸惑った声で言うと、カティナも腕を組んで困ったような声を出す。

「申し訳ないが、どれも現存する国家としては知らない名前だわ……キャメロットは神話時代にそんな国があったともされるけど、現在は存在しない」

「そんな……(せい)欧ですらない、というのか……」

「せ、西()()!?」

 ディネルースの脱力したような呟きを聞いて、カティナが驚いた声を出した。

「ま、ま、まさか、あなた達は、地球から来たというの!?」

「地球……?」

 聞き覚えのない名称に、ディネルースはカティナに聞き返す。

「…………今から66年前、突発的にこのエボールグの惑星世界と、空間が接続された惑星世界よ。現在もスターリー湾と東京湾の“(ゲート)”を通って交流があるけれど、通過するにはパスポートと、日本以外の国からならビザが必要よ」

 カティナはそう説明するが、ディネルースは戸惑った表情をするばかりだった。

「入っても大丈夫かね?」

 パーティションの向こう側から、男性の声が聞こえてきた。

 カティナが、ちらり、とディネルースに視線を走らせた。

「大丈夫だ」

 カティナの視線に気づいたディネルースが、自らそう言った。

「失礼するよ」

 そう言って入ってきた、背広姿の、初老だが筋肉質で大柄な、人間族の男 ──── 否、

 ── 犬耳!? 尻尾も……コボルドとは違うが……

「失礼、先にバイタルチェックをさせていただきます」

 ディネルースが彼を観察している間に、衛生的な医療服(スクラブ)を着た、やはり犬耳と尻尾のある女性が、同様の若い男性を伴って、入ってきた。初老の男性とカティナの反対側に回り込むと、

「腕を失礼します」

 と、病衣を着させられていたディネルースの腕を、女医が持ち上げる。脈を測ったり血圧を測ったり──ただし、血圧計もかなり不可思議な代物だったが──まではディネルースにもわかったが、指先に取り付けられたクリップのような小さな機械(血中酸素飽和度計)については、その正体はわからなかった。

「脈が少し早いけど、正常の範囲です」

「うむ」

 女医が報告するように言うと、初老の男性が(こた)える声を出した。

「それでは、失礼します」

 そう言って退出していった医師と男性看護師を、初老の男性が、手振りで示すようにして、

「彼らは優秀な医療スタッフだ。なにか体調に問題があったら、遠慮なく言うといい」

 と、言ってから、

「おっと、失礼した」

 と、姿勢を正し、背広を軽く直した。

「私はチハーキュ帝国内閣総理大臣をさせてもらっている、フィデリクス・モントレー・デイルと申す」

「内閣総理大臣……それほどの高位の者が、わざわざ?」

「ああ」

 ディネルースが、ボソボソとした口調で問い返すように言うと、フィデリクスが答える。

「こちらとしては、重大な事態になる恐れがあったので、現場を見に来るつもりで来た。平時の業務は、1日・2日なら部下に任せていても大丈夫なのでね」

「重大な事態……先程フロメラス提督が言っていた、世界同士が接続されたという現象か……」

 フィデリクスの言葉に、ディネルースは、どこか想像上の御伽噺を聞かされているかのように、その言葉を呟いた。

「……端的に言えばそうなる。そこで、あなた方がどうして我が国に、つまり、あの川を渡ってきたのか、話が聞きたいのだが……」

 フィデリクスが言葉尻を濁すかのように言うと、ディネルースは、しばらくどこかぼんやりとしているように、

「シルヴァン川……エルフィンド……」

 と、ボソボソ呟いたかと思うと、はっとして、フィデリクスより自身に近い位置にいたカティナの、服の正面に縋り付くように腕を伸ばした。

「そうだ……私以外には、私の同胞は!? 川を渡ってきた同胞がいるはずだ!」

「首相」

「そうだな、先に不安を解いてもらおう」

 カティナが、振り返るようにフィデリクスに言うと、フィデリクスは同意するような言葉遣いで、そう言った。

 

「ディネルース様!」

「姉さま!」

 まだ無理をしてはいけない、という医師の意見で、車椅子に乗せられて、一般病棟の集団病室に連れてこられたディネルースに、忘れるはずのない同胞のダークエルフ達が駆け寄ってくる。

「イアヴァスリル! アルディス、エレンヴェ! みんな、無事か……」

 真っ先に駆け寄ってきた2人の頭を抱きかかえるようにしつつ、ディネルースは、彼女達の名前を呼んだ。

「ここには14人……あと、しゅうちゅうちりょうしつという重傷者治療の部屋に2人いると……」

 ディネルースの顔が僅かに曇る。渡河を開始した時は、30人いた。

「姉さま、私達どうなるの?」

 不安そうにしている同胞の視線に気づいて、ディネルースは強がりで笑顔になってみせた。

「今から、この国の首相達と面談してくる……悪いようにはさせない」

 

 ディネルースは、ミーティングルーム、と呼ばれている、清潔そうだが無機質な、壁と床、それに机と椅子の置かれた部屋に通された。

 室内にはフィデリクスとカティナ、それに首相補佐官の身分を名乗る、ラディミロス・ヘイリー・ウィンズという、やはり犬耳と尻尾をもつ人間? が同席した。

「我々は ────」

 挨拶も早々に、フィデリクスが言葉を切り出した。

「我々は、()()()()()()()()()()()()()()()、それを知りたかったが、どうやら貴方や貴方がたの同胞の様子を見ていると、まず、()()()()()()()()()()()()()、教えてもらうべきのようだ!」

「そうだな……」

 ディネルースは、どこか諦観したかのような笑みを浮かべながらいい、そして説明した。

 ラミディロスは、机の上に、本のように開く、タイプライターのようなもの ──── ノートパソコンで記録を始める。

 だが、そのキータイプの音が、徐々に詰まりがちになる。

 室内の雰囲気も、徐々に、澱みつつ緊張したものになっていく。

 ついに、ラミディロスのキータイプの音が中断された。

「それは! “民族浄化(ジェノサイド)”じゃないですか!!」

 机を叩いて立ち上がりかけながら、ラミディロスは、憤り混じりの荒い声を出した。

「補佐官、落ち着いて」

 カティナが、ラミディロスを嗜めると、ラミディロスは息を整えてから、座り直した。

「民族浄化……初めて聞く言葉だが、言い得て妙だな……」

 ディネルースは、対称的に、冷めかけたコーヒーのカップを前に、妙に落ち着いた表情で呟くように言った。

「──── それで、貴方がたは何を望むか?」

 フィデリクスが、ディネルースに問いかけた。

「──────── それは ────」

 

 

()()()()()()、状況開始!」

 チハーキュ帝国陸軍、第2山岳師団から抽出された機械化歩兵部隊が、行動を開始した。

 8両のRVB.6-265 6×6装輪歩兵戦闘車が、水上モードに切り替えながら、シルヴァン川 ──── ()()()から水上に進んでいく。

「姉さま、たったこれだけの軍勢で、一時的にせよロザリンド渓谷の北岸側を占領できると?」

 RVBの1号車の背中につかまりながら、ディネルースの同胞であるダークエルフの1人が、そのディネルースに訊ねた。

「解らない。だが ────」

 ディネルースは、答えながら、RVBに装備された30mm後装式リボルバーカノンの銃塔を見る。

 ── 馬も、(かま)を焚くこともなく走る、鉄で鎧われた車。しかも、すべてが山砲のような野戦砲を装備している……

「自信はあるようだ」

 

 

 

 

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