「まさかこんな事態になろうとは……」
「65年前の再現ということはないだろうね?」
「まだ、断言はできません」
その会話する声が聞こえてくる中で、ディネルースはぼんやりと意識を取り戻した。
── 私……生きてる。ここは……?
見知らぬ、天井。
いや、本当に見たことがなかった。
石膏のようにも見えるが、明らかに違う。自身にとって未知の資材でできている天井 ────
「!」
ディネルースは、反射的に身を跳ね起こした。そして、首からかけているペンダントを探した。
エルフィンドのエルフ族は、生まれ
「無い!」
その、白銀樹の護符がなかった。
「無い、無い! 無い!」
「えっ、えっ!?」
ディネルースが、彼女が置かれた他の状況を放りだし、慌てふためいて取り乱すと、移動式のスタンドパーティションの向こうから、別の女性が驚いたような声を出しながら、姿を表した。
「私の、私の白銀樹の護符が……」
「え、あ、えっと……」
ディネルースが、みっともなく縋るような表情で言うと、その女性は、自分も慌てた様子であたりを見回す。
すると、キャビネットの上に置かれた小さな衝立のようなもの ──── ディネルースにはそう表現するしかなかった、液晶テレビの脚のあたりに置かれていたペンダントを見つけた。
「こ、これ?」
ダークエルフの女性が、手にとってディネルースに示すと、ディネルースは言葉で答える前に、それをひったくっていた。
ふう、とディネルースは安堵のため息を
「す、すまない……取り乱して……」
と、相手のダークエルフに、謝罪するように言った。
「いえ。治療の際に外したのでしょうが、こちらこそ配慮が足りなかったわね」
相手のダークエルフも、苦笑しながら言ってから、
「私はカティナ・チアカ・フロメラス。わかり辛いでしょうが、我がチハーキュ帝国の海軍軍人をしているわ。階級は、大将を賜っている」
と、名乗った。
「チハーキュ帝国……? 聞いたことのない国名だ。キャメロット王国や、グロワール共和国の隣接国か? それともロヴァルナ帝国?」
「う、ううん……」
ディネルースが戸惑った声で言うと、カティナも腕を組んで困ったような声を出す。
「申し訳ないが、どれも現存する国家としては知らない名前だわ……キャメロットは神話時代にそんな国があったともされるけど、現在は存在しない」
「そんな……
「せ、
ディネルースの脱力したような呟きを聞いて、カティナが驚いた声を出した。
「ま、ま、まさか、あなた達は、地球から来たというの!?」
「地球……?」
聞き覚えのない名称に、ディネルースはカティナに聞き返す。
「…………今から66年前、突発的にこのエボールグの惑星世界と、空間が接続された惑星世界よ。現在もスターリー湾と東京湾の“
カティナはそう説明するが、ディネルースは戸惑った表情をするばかりだった。
「入っても大丈夫かね?」
パーティションの向こう側から、男性の声が聞こえてきた。
カティナが、ちらり、とディネルースに視線を走らせた。
「大丈夫だ」
カティナの視線に気づいたディネルースが、自らそう言った。
「失礼するよ」
そう言って入ってきた、背広姿の、初老だが筋肉質で大柄な、人間族の男 ──── 否、
── 犬耳!? 尻尾も……コボルドとは違うが……
「失礼、先にバイタルチェックをさせていただきます」
ディネルースが彼を観察している間に、衛生的な
「腕を失礼します」
と、病衣を着させられていたディネルースの腕を、女医が持ち上げる。脈を測ったり血圧を測ったり──ただし、血圧計もかなり不可思議な代物だったが──まではディネルースにもわかったが、指先に取り付けられた
「脈が少し早いけど、正常の範囲です」
「うむ」
女医が報告するように言うと、初老の男性が
「それでは、失礼します」
そう言って退出していった医師と男性看護師を、初老の男性が、手振りで示すようにして、
「彼らは優秀な医療スタッフだ。なにか体調に問題があったら、遠慮なく言うといい」
と、言ってから、
「おっと、失礼した」
と、姿勢を正し、背広を軽く直した。
「私はチハーキュ帝国内閣総理大臣をさせてもらっている、フィデリクス・モントレー・デイルと申す」
「内閣総理大臣……それほどの高位の者が、わざわざ?」
「ああ」
ディネルースが、ボソボソとした口調で問い返すように言うと、フィデリクスが答える。
「こちらとしては、重大な事態になる恐れがあったので、現場を見に来るつもりで来た。平時の業務は、1日・2日なら部下に任せていても大丈夫なのでね」
「重大な事態……先程フロメラス提督が言っていた、世界同士が接続されたという現象か……」
フィデリクスの言葉に、ディネルースは、どこか想像上の御伽噺を聞かされているかのように、その言葉を呟いた。
「……端的に言えばそうなる。そこで、あなた方がどうして我が国に、つまり、あの川を渡ってきたのか、話が聞きたいのだが……」
フィデリクスが言葉尻を濁すかのように言うと、ディネルースは、しばらくどこかぼんやりとしているように、
「シルヴァン川……エルフィンド……」
と、ボソボソ呟いたかと思うと、はっとして、フィデリクスより自身に近い位置にいたカティナの、服の正面に縋り付くように腕を伸ばした。
「そうだ……私以外には、私の同胞は!? 川を渡ってきた同胞がいるはずだ!」
「首相」
「そうだな、先に不安を解いてもらおう」
カティナが、振り返るようにフィデリクスに言うと、フィデリクスは同意するような言葉遣いで、そう言った。
「ディネルース様!」
「姉さま!」
まだ無理をしてはいけない、という医師の意見で、車椅子に乗せられて、一般病棟の集団病室に連れてこられたディネルースに、忘れるはずのない同胞のダークエルフ達が駆け寄ってくる。
「イアヴァスリル! アルディス、エレンヴェ! みんな、無事か……」
真っ先に駆け寄ってきた2人の頭を抱きかかえるようにしつつ、ディネルースは、彼女達の名前を呼んだ。
「ここには14人……あと、しゅうちゅうちりょうしつという重傷者治療の部屋に2人いると……」
ディネルースの顔が僅かに曇る。渡河を開始した時は、30人いた。
「姉さま、私達どうなるの?」
不安そうにしている同胞の視線に気づいて、ディネルースは強がりで笑顔になってみせた。
「今から、この国の首相達と面談してくる……悪いようにはさせない」
ディネルースは、ミーティングルーム、と呼ばれている、清潔そうだが無機質な、壁と床、それに机と椅子の置かれた部屋に通された。
室内にはフィデリクスとカティナ、それに首相補佐官の身分を名乗る、ラディミロス・ヘイリー・ウィンズという、やはり犬耳と尻尾をもつ人間? が同席した。
「我々は ────」
挨拶も早々に、フィデリクスが言葉を切り出した。
「我々は、
「そうだな……」
ディネルースは、どこか諦観したかのような笑みを浮かべながらいい、そして説明した。
ラミディロスは、机の上に、本のように開く、タイプライターのようなもの ──── ノートパソコンで記録を始める。
だが、そのキータイプの音が、徐々に詰まりがちになる。
室内の雰囲気も、徐々に、澱みつつ緊張したものになっていく。
ついに、ラミディロスのキータイプの音が中断された。
「それは! “
机を叩いて立ち上がりかけながら、ラミディロスは、憤り混じりの荒い声を出した。
「補佐官、落ち着いて」
カティナが、ラミディロスを嗜めると、ラミディロスは息を整えてから、座り直した。
「民族浄化……初めて聞く言葉だが、言い得て妙だな……」
ディネルースは、対称的に、冷めかけたコーヒーのカップを前に、妙に落ち着いた表情で呟くように言った。
「──── それで、貴方がたは何を望むか?」
フィデリクスが、ディネルースに問いかけた。
「──────── それは ────」
「
チハーキュ帝国陸軍、第2山岳師団から抽出された機械化歩兵部隊が、行動を開始した。
8両のRVB.6-265 6×6装輪歩兵戦闘車が、水上モードに切り替えながら、シルヴァン川 ────
「姉さま、たったこれだけの軍勢で、一時的にせよロザリンド渓谷の北岸側を占領できると?」
RVBの1号車の背中につかまりながら、ディネルースの同胞であるダークエルフの1人が、そのディネルースに訊ねた。
「解らない。だが ────」
ディネルースは、答えながら、RVBに装備された30mm後装式リボルバーカノンの銃塔を見る。
── 馬も、
「自信はあるようだ」