【試し書き】異世界半島戦記   作:神谷萌

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Chapter-03

「私は……故郷に戻るつもりだ。そして ──── 白エルフ達を殺す。ひとりでも多く…………!」

 1ヶ月前、ディネルースはフィデリクスの問いかけに、最初、そう答えていた。

「こんなことを頼むのは、義理ではないと思うが……いくらか武器と医薬品を分けてもらえまいか。戦えぬ者をこのまま預かってもらえまいか。私は必ず戻る。その後なら……────」

「……待たれよ」

 ディネルースの覚悟の言葉を、しかしフィデリクスは途中で遮った。

「我々の国は、もはや奴隷は労働力としても性的対象としても必要としていない。その先の申し出を口にされたところで、その交渉は成立しない」

「…………」

 フィデリクスの言葉にディネルースは下唇を噛みしめる。

「今、貴方がたの言うベレリアント半島に、ダークエルフはどれだけ残っているの?」

 少なくとも体裁上は、同じダークエルフとされるカティナが、身を乗り出すようにして訊ねる。

「虐殺が始まる前は、およそ……7万。ただ……今は、どれだけ生き残りがいるか……」

「だが、それだけの数がいるなら、まだ生き残りはかなりの数になるはず」

「それは……」

 そこで、フィデリクスが、それまでの初老の男性らしい口調から、徐々に調子を強くしつつ、言う。

「貴方も薄々は気づいているはずだ……失礼ながら、我々は貴方がたの着衣や所有物から、貴方がたの技術レベルを推測させていただいた。その結果は、少なくとも『バイハイ戦役』『第一次世界大戦』以前のものだと…………つまり、我々の技術レベルは、貴方がたより80年進んでいると! 当然、そこには軍事力も含まれると!!」

 ディネルースが、ぎゅっと手を握る。

 エルフィンドでダークエルフ排斥が始まった時、季節は冬、年が明けて間もなくの頃のはずだったが、窓から見える光景は、強い日差しが生えた緑を鮮やかに照らす、明らかに夏のもの。

 その中で、天井に設けられたなにかの装置から、僅かな連続音とともに、涼しい風が吹き出し、この室内を常に快適な温度に保っている。

「我々が貴方に望む言葉は、諦観の(うた)でも、滅びの美学でもない! ディネルース・アンダリエル()()、どうして言ってくれないのだ!? ただ一言 ────」

 

「『助けてくれ』と!」

 

 

 チハーキュ軍は渡河可能な装甲車部隊を進出させ、ロザリンド渓谷付近のシルヴァン川、()()()地域の無人地帯に陣取ると、ディネルースの氏族の志願者とともに、軽車両やオートバイを使って駆け回りながら、逃げ惑い、散り散りとなったエルフィンドのダークエルフ達を捜索、説得、回収を続けた。

 エルフィンドのダークエルフは、魔術で交信できる。それを頼りに、チハーキュ軍の兵士たちは車両を走らせた。

 ちなみにチハーキュのダークエルフも、昔は似たような力を持っていたが、科学技術偏重の時代に入ると、魔法研究都市モスクラーに関係する者以外は、その能力を退化させていた。

 チハーキュ帝国の軍隊が、多くが女性で構成されている事も好都合だった。

 チハーキュの人口構成比の第1位を占める、犬耳・犬尻尾の種族、ヴォルクスは、その特徴以外は星欧大陸の人間族に見える。その上でフードでも被ってしまえば、見た目にはハイエルフと瞬時に判別しにくかった。

 チハーキュの軍隊が女性主体なのは、ヴォルクスの伝統的な価値観に基づく面がある一方 ──── 有事の際に国家の生産力の低下を最小限にするという面があった。大抵の近代国家で、消耗戦に突入した際、男性を兵士として向かわせ、その生産力の低下を女性で補おうとする。それならば、最初から軍隊を女性社会にしてしまえ、というのが、その理屈だ。

 …………ディネルースは、常に殿(しんがり)の車両に乗り、追撃を試みるエルフィンド軍を撃ち続けた。

 小型悪路走破車『ドラヴァーナ』は、エンジンとやらがけたたましい音を立てるが、数人の戦闘員を乗せて、馬よりも遥かにスムーズに移動する事ができた。

 それに……────

「追ってくるなら仕方ないわね! 雉も鳴かずば撃たれまいに!」

 そう言って、チハーキュ兵が、追いすがってくるエルフィンドの騎兵に向かって射撃を浴びせる。

 タタタタタ……

 人間族の男性と比しても小柄には見えないヴォルクス女性が持つと、コンパクトにも見えるフェルディナンドADC-253B/8.0自動歩兵銃。

 連発も、単発射撃も可能な歩兵銃から放たれた8mm弾が、馬も兵士も射抜いて血飛沫を上げさせる。

 自分達の持つメイフィールド・マルティニ銃は、本当に “骨董品” としか見えていないのだろうと、ディネルース達は感じた。

 いや、そんなものですら、子供騙しでしかない、そう感じるとんでもないものがあった。

 エルフィンドの地図が、すでにチハーキュにはあった。

 ディネルース達と、チハーキュ人(星欧大陸と異なり、チハーキュ帝国民は、人間族であるか否かに関係なく、単位や表現で “(じん・にん)” を使った)の齟齬の正体も、それで判明した。何が起こったのかまではまだ未解明だが、ベレリアント半島は、星欧大陸と切り離され、南北ほぼ緯度が入れ替わった状態で、カムイガルド亜大陸と接続されていたのだ。

 カムイガルド亜大陸は、もともとエボールグの南半球に位置している。

 そして ──── チハーキュ帝国が製作したエルフィンド王国、ベレリアント半島の地図は、地形、都市、鉄道や街道、それらが微細に記載されていた。

 ── こんな高精度な地図、エルフィンド自身も持っていない!

 それほどの地図が、わずか1週間足らずで用意されていた。

 天頂衛星システムによる宇宙測量、と説明されたが、星の世界にまで測量機械を打ち上げているなど、もはや絶する想像の余地すら出てこなかった。

 

 ──── 1ヶ月。

 突入開始から、約1ヶ月の間、“特別軍事作戦” は継続された。

 それが、チハーキュ帝国陸海空軍()()()()極めて泥縄式で始まったこの作戦を、兵站が維持できる限界だった。

「出しますよ!」

 SKC-263、10トン装軌式水陸両用運搬車の荷台に立つディネルース達に、運転席のチハーキュ兵が声をかける。

 時刻は宵闇。周囲には、激しくはないが、しとしとと雨が降っている。レイリョーヤ地方の晩夏の雨季だった。これが明ける頃、“チハーキュの米びつ” の異名を持つレイリョーヤ地方の稲刈り時期になる。

 ドカカッ、ドカカッ、ドカカッ、ドカカッ……

「逃さんぞ、“(ディック)”! それに、“(フンドゥ)” ども!!」

「しつこい!」

 ダダダダダダ……ッ

 荷台後部に載せられていた、ブラウニンスク8.0MK/220ベルト式軽機関銃の射撃が迸る。チハーキュでは珍しい北方大陸製のベストセラー軽機関銃だ。

 エルフィンド騎兵達は、水際に逃走するダークエルフとチハーキュ軍を追い詰めて攻撃することを意図しており、騎兵銃から何発かの銃弾が発射されたが、命中弾が出る前に、チハーキュ軍の射撃で薙ぎ払われた。

 その間にもSKCは川の中に飛び込み、水かさの増した川の流れにディーゼルエンジンを喘がせながらも、確実に対岸目指して進んでいく。

 ふぅ、と、ディネルースは軽くため息を()いたが、それが何を意味するのか、内心、自分でも戸惑った。

 故郷との別れ。

 つい先日まで、同胞だった者達との殺し合い。

 あるいは、まだ残っているかもしれない同族を置いて逃げること。

 そのすべての感情が、複雑に混ざり合っていた。

 北岸(チハーキュ)側拠点では、南岸(エルフィンド)側から引き上げてきた車両の他、食料や弾薬を輸送してきた大型トラック、脱出者及び負傷者を治療するための、小型バス改造の野戦病院車が複数ずつ、停車していた。

 チハーキュ軍人や政府機関の職員が炊き出しを行っている。()()()()()()ダークエルフが好む、鶏肉とジャガイモを主体に、緑黄色野菜を添えた煮込みだ。脱出者のうち自力で歩いて問題のない者は、ボウル皿に盛られたそれと、アイソトニック飲料『スイフトリム』のスクリューキャップ缶を受け取り、喉の乾きを潤しながら、身体を温めつつ空腹を満たしていた。

 カティナは、本来海軍の提督だが、ダークエルフ絡みということで、国防参謀本部付将官として作戦指揮官に任命されていた。

 ── 予定通りに終了させられそうか……

 険しい表情で軍用腕時計を見つつ、無線で最後尾の車両が南岸を離れたと知らされ、内心では少し気を緩めていた。

 ── でも、おかしいな……

 大テントを覗く。除湿機が作動する中、食事をし、あるいは終えて、疲れを癒やしているエルフィンドのダークエルフ達を見る。

 ── なぜ……女性しかいないんだろ?

 チハーキュの ──── エボールグのエルフ系種族は、ハイエルフにしろ、ダークエルフにしろ、普通に男女の別がある。確かに、エルフ系の男性は、女性的な顔つきの優男が多い(が、筋力自慢の細マッチョもそれなり以上に多い)のだが。故に他種族との混血もたまに発生する。

 その他の性質は近似と言って構わないのに、そこだけが強い違和感だった。

 ── エルフィンド軍が男性を優先して虐殺したから? だとしても、子供すらいないし、不自然過ぎる……

 カティナが考え込んでいると、

「皇帝陛下、御行幸!」

 と、外から、緊張感のある声が響いてきた。

 カティナも慌ててテントから出る。

 場違いな黒塗りの御料車に、豪奢なドレス姿 ──── なんて事はなく、軍仕様であるキャンバストップ・ロングボディの『ハガネグリフ』から、齢80を優に超えている皇帝陛下は、ぴっちりと陸軍の野戦服を着込み、軽やかな足取りで宿営地に降り立った。

 軍の手隙総員が、最敬礼で出迎える。ヒカルは返礼をし、軍人たちの敬礼を解かせた。

「最後の車両、帰還します!」

 報告の声が響く。ヒカルも含め、可能なものは全員が渡河地点に視線を向ける。煌々とヘッドライトを()けたSKCが川岸を登り、宿営地の開けた場所にしているところまで走ってきた。

 ディネルースが、停車したSKCの荷台から飛び降りようとして、脚をもつれさせた。緊張が限界だったのだ。それに、この時期はまだ気温はさほど低くはないと言っても、継続的に雨に濡れながらの行動は、疲労を蓄積させていた。

「危ない!」

 そう言って、カティナが飛び出していた。年齢から言えば老将と呼ばれてもおかしくない彼女は、その長い軍歴と、一方で若々しい肉体で、瞬時に事態に対して動いていた。

 ドサッ

 一見華奢なカティナの腕に、ディネルースが受け止められる。

「フロメラス提督……」

 震える身体と顔で、ディネルースは問いかける。

「どれほど……どれほど脱出できた…………!?」

 ディネルースの問いに、カティナは一瞬、言葉を詰まらせた。

「い…………1万、4千よ……────」

 エルフィンド軍による虐殺が始まる前、エルフィンドのダークエルフはおよそ7万いたと言う。

 ディネルース達の証言と、周辺監視衛星の情報を基にした、チハーキュ帝国国防参謀本部のシミュレートでは、2万名以上を脱出させられると試算していた。

 1万4千。チハーキュ帝国軍人に無力感を味わわせる数字だった。

「ごめんなさい」

 別の、老女の顔が、ディネルースを覗き込んだ。

「我が皇帝、ヒカル・エヴァンジェリンです」

「もっと早く、あるいは、もっと本格的に、私達が動けていたら」

「いいえ」

 哀しそうなヒカルの言葉に、ディネルースは自身の白銀樹の護符を手にとりながら、言う。

「我らに救いの手を差し伸べてくださり、感謝します。そうでなければ、我々の一族は滅んでいたでしょう。皇帝陛下……」

「──── ここには、理不尽な不安はありません。種族で蔑む慣習もありません。貴方がたを迫害する意志はありません。…………ようこそ、チハーキュ帝国へ。故国を追われた貴方がたの、新たな故郷となりましょう」

「…………」

 かつての荒い気性は抑え、穏やかに言うヒカルに、ディネルースはしばらく沈黙してその顔を見ていたが、やがて、言う。

「ありがとうございます。我が一族、あなたの帝国への忠誠を以て(こた)えます。我が(マイン・)皇帝(カイゼル)

 

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