つまるところ、鉄道ネタが書きたかったのだよ!
東部レイリョーヤ地方、中核都市カイヴェン。
カイヴェンは交通の要衝となる都市だが、都市の規模からすれば人口120万程度であり、1000万人都市である北部のハブ港・工業都市スターリーや、東部の港湾都市エドーサに比べると、「とてつもない大都会」ではない。盆地で人口が伸び悩んでいる帝都・レングードと比べても半分以下の規模だ。
チハーキュ国民にとってはそう、なのだが…………
「こ…………」
バスでカイヴェン駅まで連れてこられた、ディネルース達エルフィンドのダークエルフ達は、その駅前広場から見える光景に、ぽかんと口を開けたまま、呆然、愕然として、立ち尽くしてしまっていた。
「こんな大廈高楼……初めて見る……それも、こんなにたくさん……」
20階建ての農業評議会ビルを中心に、8~15階建てのビルが見える空を見上げて、1人のダークエルフがそう言った。
── まぁ、無理もないか……
自身も帝都に引き上げるついでにと、同道しているカティナは、声には出さずに呟き、鼻から小さくため息を
「提督、あれはなにか教えてもらえるだろうか?」
ディネルースが、ひとつのビルの、看板になっている塔屋部を指して、カティナに訊ねてきた。帝都工業機械製造の多目的コンバインの看板だった。
「えーと……あれは、コンバインと言って、乗車しながら農作物を収穫、脱穀する機械ね」
カティナは、どうやって説明したものかと悩みつつ、そう答えた。
「つまり、その機械の広告と考えていいのか?」
「あ、そういうことか。ええ、そうなるわ」
「今の説明だと、農業用の機械のようだが、一緒に描かれているダークエルフと、筋力を自慢するかのようなポーズをしているヴォルクスの男性は、何を意味している?」
「う……」
ディネルースから重ねて問いかけられて、カティナは言葉を詰まらせる。「あちゃー」という感じで、片手で顔を覆った。
扇情的な衣装を着た女性をコマーシャルキャラクターに使うのは、帝都工業機械製造の悪いクセだ。もっとも、競合のレイアナー重工業やセレス精密機器製造にも同じ傾向はあるのだが。
そしてだいたい、その “扇情的な衣装を着た女性” はダークエルフと相場が決まっている。
「ふ、深い意味はないんだけど、とりあえず衆目を集めるためね」
「ダークエルフが、その対象になると?」
「…………? まぁ、そうね」
ディネルースの質問が、なにを意味しているのか、カティナにはその場では完全には理解できなかった。
「そうなのか……ふぅん……そうか……」
「?」
エルフィンド王国からチハーキュ帝国に脱出した1万4千のダークエルフは、最初はこのカイヴェンの郊外に仮設の居住施設を建てて収容されていた。
これは仮設も仮設、生活のための設備は整っているものの、大広間に雑魚寝という、プライベートもへったくれもないものだった。
それでも、プレカットの資材を大型トラックで運んできて、あっという間に組んでしまったところは、目撃したエルフィンドのダークエルフ達の度肝を抜いた。
ついでに、“特別軍事作戦” が開始された時点では、カムイガルドはまだ蒸す日も多い時期だったため、冷房までついていたが、エルフィンドのダークエルフ達には、それが純粋な機械仕掛けだと信じられないようだった。
──── 閑話休題。帝都・レングードの郊外に新たな居住区を建設することが決まり、それが進むにつれて、彼女達 “移民” の移送が始まった。
ウィークディを中心に、カイヴェン・レングード間の特急列車に増結車を連結して、日に717人ずつ移送することになった。
そのために、ディネルース達もカイヴェン駅まで連れてこられたわけだが……────
「な、なにこの機械仕掛けは!?」
中核駅らしく、ズラッと並んだ自動改札機を見て、そんな声が上がる。
「切符じゃない何かを持っている者もいるわ……」
ICカードやプリペイドカードで入出札している者を見て、唖然とそれを見る。
「あー……えーと、皆さんはこちらから!」
内務省の職員として、添乗を担当することになった、リナリア・サリュフェイル・グランモラが声を上げる。ディネルース達への配慮の一環で、やはりチハーキュのダークエルフが選ばれた。
自動改札機と一列に並んでいる縦格子のフェンスの、団体用のゲートが開かれている。
リナリアとカティナの誘導で、そこから移民ダークエルフの集団は、列車が停車しているホームへと案内される。
『3番線に停車中の列車は、12時30分発、特別急行「フェニクシア」6号、レングード中央駅行です。本日13両での運転となっておりますが、後ろ4両は貸切となっております。一般のお客様は前9両をご利用頂きますようお願い申し上げます』
ホームに立つと、ホワイトとラベンダーパープルに塗られた13両の特急列車が停車していた。
「機関車が……ないな……」
編成の一端はブルドッグのような顔つきの、ボンネットのある形状をしていた。こちらが先頭なのかと思ったが、赤い尾灯を
機械室らしき鎧窓が着いている部分があるが、石炭を焚いている煙はない。
その代わり、すべての車両からガランガランガラン……と音がしていた。
「姉さま、あれ!」
ディネルースの傍らにいた1人が、驚いたような声を上げて、それを指さした。
機関車が付いていない客車が、ひとりでに走り、減速しながらホームに入ってきて、停車した。扉が開き、利用者が降りてくる。
「機関車もないのに、客車が走っているなんて……」
「いや……」
移民ダークエルフ達は戸惑っていたが、ディネルースは思うところがあった。
「グランモラ殿、この自走客車は、“自動車” と同じ動力源ではないか?」
「ええ、そうです。ディーゼルエンジンですね」
ディネルースの問いに、リナリアがそう答えた。
軍の装甲車や悪路走破車、馬もなく何トン、何十トンもの貨物を運ぶトラックにも、最初は訝しさを伴った驚愕を向けていたディネルース達だったが、しばらく滞在しているうちに、自動車は見慣れた存在になっていた。
そう、外観だけは ────
「こ、これが客車の車内!?」
明るい電灯 ──── 蛍光灯で照らされた明るい車内。板張りの内装材などなく、金属と、合成樹脂とやらでできた内装に、3等車とは思えない複雑な構造で座り心地の良い座席。
「ま、窓が開けられないようですが……!」
戸惑った声が上がる。
ディネルースも、窓に軽く触れた。
自分達を閉じ込めるための特別車だ、と怯えだす者もいたが、──── 設備としてはとてつもなく先進的だが、使用感があり、つい最近特別あつらえたような車両には見えない。
「これは……──── 常に冷房も暖房も入っているのが前提だからだ」
ディネルースがそう口に出した時、窓の外で、白地に、デフォルメされた野菜のマークが描かれた冷蔵コンテナを乗せた貨物列車が、隣接する貨物ヤードに入線してきた。
「ただ、民が快適に過ごすためだけの技術じゃない……低温を保てるなら、様々な食品を長距離まで運び、また貯蔵できる ──── だから魔術じゃだめなんだ。誰にでも使える必要がある」
── だから、この地のダークエルフは ── 魔術を捨て、機械文明に身を任せた……
ディネルースは、自分の一族、姉妹達に説明し、言外にそう付け加えた。
プルルルルルルル……
『特別急行「フェニクシア」6号、レングード中央駅行、発車いたします。駆け込み乗車は危険ですのでおやめください。ドア閉めます』
プシューッ……バタン
ファン
ヴォゥ!!
AW5警笛を短く鳴らし、貫通路のあるキハ181形を先頭にしたフェニクシア6号は、ブレーキ緊解の浮くような同様の直後に、ディーゼルエンジンの咆哮を上げつつ、カイヴェン駅のホームから滑り出すように走り始めた。
カイヴェンは、鉄道で言うと、南岸東部の都市カークヴィレまで伸びるレングード・カークヴィレ線上に存在している。ただしカークヴィレまでは距離があるため、レングードからカークヴィレまでの通し列車は夜行だけになる。
元々、再独立戦争時の城塞都市として中央大盆地に建設された帝都・レングードは、盆地としてはそれなりの平坦な面積が存在するものの、近代化が進むと、工業・商業的アクセスのボトルネックが無視できなくなった。
世界間大戦のだいぶ以前から、チハーキュ最大の都市は北岸の港湾都市スターリーだった。世界間大戦終結後、スターリーの容量が限界になったことから、それをバックアップするために、東部沿岸都市エドーサの開発が勧められると、商業・工業の拠点としてのレングードの価値は、相対的にさらに下がっていった。
レングードが抱えるボトルネックの具体例のひとつが、交通アクセスだった。中央大盆地は2重の山脈に囲まれているような地形にあるため、特に鉄道の高速化を阻んだ。内側の山脈にある峠は、電化を以てしても営業列車の自力登坂は不可能と判定された。
この為、チハーキュ初の高速鉄道は、それまでの最重要路線だったレングード・スターリー線沿いではなく、発展著しいエドーサとスターリー、さらにエドーサより南方をカムイガルド東岸沿いに結ぶ『東海新幹線』として建設された。
かつてチハーキュ国有鉄道の花形だった、レングード中央駅を起点に放射状に広がる大幹線群は、今では重要度が一段下がってしまっていた。
とは言っても、レングードが政治の中枢として重要な場所である事は変わらない。レングード・スターリー線は国家のメンツもあり、途中に存在するローカル需要がほとんどない過疎地帯が存在することを承知で、レングード都市圏とスターリー都市圏の直流電化区間を交流特高圧電化で接続し、電化完遂に至った。さらに新学暦263年には1,067mm軌間のまま主要部分を高規格化した準高速鉄道化されている。
一方で、レングードから南南東へ向かうレングード・カークヴィレ線は、電化が僅かに伸びたものの、平坦部のほとんどが非電化のまま留め置かれていた。
フェニクシアも、だいぶ以前に開発されたキハ181系気動車が現役だった。それどころか、増結用には前任車のキハ80系にキハ181系併結対応改造を施して使い続けている有り様だった。
もっとも、新学暦272年は、南部地方へ向かう特急にも新型気動車をという声はチハーキュ国鉄内部でも高まってきている時期なのだが……────
前方レングード寄りがキハ181系基本9連、そして、付属編成として連結されたキハ80系併結対応車4両に、ディネルース達ダークエルフ移民が乗せられていた。
キハ80系もキハ181系も、製造時、3等車は背ズリは固定の回転クロスシートだったが、状態改善工事によって3等車用リクライニングシート化されている。シートピッチもわずかに広げられた。
「うひゃっ、アヒャッポゥ!?」
「リア、何してるの!?」
それと知らずにリクライニングレバーを動かした者が、背ズリが深く倒れ込んだ座席にはまり込むようなかたちで、バタバタと手を動かす。
「お、落ち着いて! 落ち着いて、先に背を起こしてください! その、自分の背を!」
リナリアが慌てて、リアと呼ばれたダークエルフの座席に駆け寄りながら、そう言った。
そんなことをしている間にも、列車は市街地、都市住宅街を抜けて、水田地帯をほぼ直線で突き抜ける複線を疾走していた。
「これは……」
稲刈りの時期、稲穂が頭を垂れる光景が広がっている。すでに収穫を終えたところの田、コンバインで収穫をしている田、そして、収穫済みのところへ、トラッククレーンと中型トラックが横付けして、ビニールハウスの組み立てを行っている田があった。
「麦ではないですね……」
「ああ……」
傍らにいた者の言葉に、ディネルースが同意の声を出した。
「稲ですね。コメです。現在の我が国では主食穀類として主に米を生産しています」
リナリアが、通路側からディネルース達に声をかけた。
「米は道洋で主食だと聞いたことがあるが……なぜ、チハーキュでは米を?」
「収穫性の高さです。食料自給率を高水準に保ち、世界情勢の急変による飢餓の発生を抑制する事が最大の目標です。元々米食が食生活の一端にはあったのですが、再独立後は農業近代化の際に、思い切って稲作中心に転換しました」
「あの、建てようとしている小屋のようなものは何?」
エルフィンドの ──── 否、チハーキュでも純血のダークエルフには珍しい、黒髪の持ち主が問いかけた。
「あれはビニールハウスと言って、作物の寒暖を調整したり、多雨から護ったりするための簡易建築です。今の時期に組んでいるのは、稲の刈り取り後の大豆の植え付けですね」
「大豆!」
「元々米は小麦より連作に強い作物ですが、追加施肥の量を削減しつつ、大豆の生産量向上の為に導入している農園が多いです。ハウスを使わないところは、タマネギが多いですね」
「はー……」
リナリアの説明に、黒髪のダークエルフが感心したように車窓の外を見つめている。
「麦は育てていないのですか?」
別のダークエルフが、リナリアに問いかけてきた。
「そうですね、カイヴェンよりさらに南方ですと、小麦・大豆二毛作の農園も結構あります」
「ライ麦や大麦は……?」
「大麦は主に酒造用に生産している農園というか、酒造家の畑があります。ライ麦や燕麦は、大規模な農園は限られますね」
「…………アンダリエル族長」
移民ダークエルフやリナリア達の話の輪に、カティナが割って入ってきた。
「…………? なにか?」
妙に神妙な表情で問いかけてきているカティナに対し、ディネルースは、それを怪訝に思いながら問い返す。
「エルフィンドでは、どのような農業生産が行われていたか、聞かせてもらっていいかしら?」
「それは……構わないけど……」
ディネルースは、カティナにそう言ってから、
「イアヴァスリル、しばらく別の席に座っていて」
と、自分の隣に座っていたダークエルフに言った。
「はーい」
どこか不満気な様子を見せながらも、イアヴァスリルは、車両の進行方向の方へ通路を歩いていった。
カティナが、空いたその座席に座ると、ディネルースは、手振りを加えながら説明を始めた。
「ベレリアント半島では平地が少ないこともあって、酪農を中心とした
「…………!」
それを聞いて、カティナの表情が強張った。
「フロメラス提督?」
「ああ、ごめんなさい。それで、食料は充分に備蓄できていた?」
「いや……痩せきってしまって使い物にならなくなる土地がいくらかずつ発生して……食料の貯蔵は思うに任せなかったな……」
──…………これは!