フェニクシア6号はレングードへ向けて、ヘクタール単位の水田と畑が広がる大耕作地帯をほぼ直線で突っ切る軌道の上を疾走し続けている。
先頭のキハ181形の貫通扉には、窓の下に紅白の翼を持つ不死鳥が羽ばたく意匠のトレインマークを掲示している。
最後尾のキハ81形のボンネット先端のものは、元々は文字のみを想定した細長い逆五角形のヘッドマーク座になっているが、その形状で同じイラストサインのものが用意されて、掲げられていた。
どちらもかつて国鉄特急形標準色の濃いクリームとダークレッドの2トーンだった車体は、現在は線区ごとかつ明るいイメージの塗装に塗り直されている。レングード・カークヴィレ線系特急は、先に説明した通りピュアホワイトにラベンダーパープルだ。
キハ80形200番代。
キハ181系への置き換え後、編成をバラして増結用キハ181系併結対応改造を施す際に、真っ先に不要になる食堂車のキシ80形を改造して、増解結時用の簡易運転台と車販準備室付の2等座席車に改造したシロモノである。簡易運転台側にはキハ181系仕様の電気連結器も装備されている。一方でトイレは省略されている。
椅子もなく、ブレーキ圧力計と一部の警告灯に、半埋込みの横軸のマスコンレバーと、縦軸の、ハンドルが外された状態のブレーキレバーが付いている簡易運転台がある。「国鉄職員以外の方が運転機器に触れるのはお止めください」と書かれたプレートの付いた鎖がかけられている。
客室内とは異なり、ディーゼルエンジンの騒音がやや大きく侵入してくる。
運転台機器のある妻面の窓の向こうに、貫通型のキハ181系の運転台の助手席側が見える。車掌長が、忙しそうに、液晶画面のついた何らかの端末を操作している。
貫通幌はつなげてあるが、「ここより先は貸切となっております」と、キハ181形側に提示された金属製の簡易ゲートで仕切られている。
「よっ……と……」
その、キハ181形側から、一旦ゲートを開けて、キハ80形側に2人ほど入ってきた。
一般人なら、助手席室の車掌が慌てて止めているところだが、その2人は、チハーキュ国鉄の食堂車にサービスを提供している1社である、プリンセスホテル・ダイナーサービス(世界間大戦の頃の社名は “プリンセスホテル食堂”)の給仕服を着ていた。
簡易運転台の設置されているあたりは、
「よっと……」
やや小柄な給仕服の女性が、「業務用コンセントの無許可での利用を禁止します」と書かれたサービスコンセントから、保温配膳台車の電源プラグを抜く。
そして、配膳台車の1台を2人がかりで移動させながら、増結編成の客室へと移動していく。
最後尾、キハ81形。
「みなさーん! 簡単なものですみませんが、お食事をご用意いたしましたー!」
客室内に台車が入ってきたのを見て、リナリアが声を上げた。
「族長、一旦失礼するわ。また後でお話を聞かせて」
「あ、ああ」
ディネルースに言葉を告げながら、カティナは立ち上がって列車の前方へと移動していった。途中、配膳台車を別の座席の凹みによけてやり過ごす。
食堂車は連結しているが、自由席車を挟んだ編成をぞろぞろと移動するのはいろいろと不都合があるということで、画一されたメニューで申し訳ないが、と用意していた。
保温配膳台車の側扉を開けると、リナリアと、小柄な給仕が、中に入っていた、チーズバーガーに太切りのポテトの乗った、小さなトレイを取り出し、座席に座っているダークエルフ達に配っていく。
「飲み物もありますよー」
そう言って、ソフトコンテナを運んできた、女性にしてはやや長身の ──── ヴォルクス女性が、そのソフトコンテナからパック入りの乳清飲料を配り始める。
「あなたは……」
ディネルースは、自分に向かってトレーが差し出された時、その相手である給仕を凝視した。
チハーキュのマジョリティ種族であるヴォルクスと同じように、頭に獣の耳、背後に尻尾があるが、ヴォルクスとはその形状が明らかに異なる。ヴォルクスのそれは犬だが、彼女のそれは猫のように見えた。
それに、全体的な雰囲気も異なる。ヴォルクスは星欧の人間族に似ていたが、彼女は道洋人に似ているのではないかと思った。もっとも、ディネルースはそれを文献でしか知らなかったが。
「どうかしましたか?」
童顔の、給仕の女性は、ディネルースの視線に気づいて、小首を傾げた。
「いや、その……耳と尻尾が……」
「あれっ?」
ディネルースがおっかなびっくりそのことに触れると、給仕も軽く驚いたような表情で声を出した。
「あ、えーと……私はフィリシスと言いまして、見た目の通り、猫の耳と尻尾があります」
自身の驚きを一旦脇において、給仕はそう言った。
すると、それを聞きつけたリナリアもそばにやってくる。
「全体的な特徴としては、フィリシスは、ヴォルクスほど体格は大きくなく、人間族に比べて多少身体能力が高い、という傾向について、ヴォルクスが持久力寄りなのに対して、フィリシスは瞬発力に優れる者が多いです。それと、エルフ系やドワーフ系のような神性こそ持ちませんが、手先が器用で技工に優れる者が多いのも特徴です」
手で給仕を指しながら、リナリアがそう説明した。
「でも……」
リナリアの紹介を受けている間、人懐こそうな笑顔で済ましていた給仕だが、それが終わった後、口元に指を当てて軽く考え込むように言う。
「フィリシスは、ヴォルクスとの間はかなり差がありますが、チハーキュの人口構成第2位なんです。仮設キャンプでは、誰かしらいませんでしたか?」
「いや……いや、会っていたのかも知れないが、今までじっくり見る機会がなかったから、ヴォルクスのつもりで見ていて、気付かなかったのかも知れないな……」
ディネルースは、多少気まずそうな表情をしながら、そう答えた。
「あっと……すみません、仕事に戻りますね」
「あ、すみません」
リナリアとそう言葉を交わして、フィリシス給仕は配膳作業に戻った。もう1人のヴォルクス女性の給仕が、フィリシス給仕とリナリアに苦笑を向けていたが、フィリシス給仕が作業を再開したのを見て、自身も倣った。
前席の背ズリに取り付けられているテーブルを展開し、そこにチーズバーガーとポテト、それに別に受け取った飲料の載った小さなトレーを置く。
「…………」
チハーキュに脱出してから、様々な食事が振る舞われた。ハンバーガーの類や、メルトサンドも初体験ではない。
ディネルースは手慣れたように、バーガーの紙包装を広げた。ミートパティ2段のチーズバーガー。
「…………」
初めて見たとき以来に、かぶりつく前にバーガーを割って、そのパンズと挟まっている具材を注視した。
「姉さま?」
カティナと入れ替わって、席に戻ってきていたイヴァスリルが、自分のトレーを受け取りつつ、ディネルースに怪訝そうに視線を向けながら、問いかけるように声を出した。
「このバーガーひとつに、どれだけの手間がかかっていると思う?」
ディネルースは、視線を動かさずに問いかけるような声を出した。
「え?」
イヴァスリルが、思わず問いかける。
「パンはすべて小麦の白いパン。挽いた肉を再度固めて食べやすくする。チーズにかかる手間は言うまでもない。それにタマネギ、調味料のトマトやマスタードも……それが、この国では “
「それは……」
イヴァスリル以外の、ディネルースの周囲のダークエルフ達も、息を呑むようにして、ディネルースや自身のトレーを凝視する。
「これは、帝都ではもっととんでもないものを見せられることになるな……それはある程度覚悟していたが……────」
ピィイィィーッ
ファアァァンッ
上り線を驀進するフェニクシア6号と、DD300形ディーゼル機関車重連が牽引する下り急行貨物がすれ違う。
DD300形は新世代低公害型
ゴッ!
窓の外を、いくつものコンテナを積載した貨物列車が、自分達の乗っている列車とは反対方向へとかっ飛んでいく。
相対速度200km/h超で、機関車込みで25両の貨物列車はあっという間にすれ違っていく。コンテナ車の最後尾に有蓋車ワキ50000形、車掌室と小荷物室を持つ有蓋緩急車ワラフ50500形がくっついていった。
「──── たった80年で、ここまで変わるのか? 80年で、追いつけるのか……?」
「…………」
わずかに奇妙な沈黙が流れたが、すぐに、ディネルースが、割ったバーガーのかけらを口に放り込んだ。
咀嚼し、嚥下してから、ディネルースは悪戯っぽくウィンクした。
「まぁ、驚き疲れないよう、充分滋養をつけておこうじゃないか」
ディネルースのその芝居がかった行為を見て、彼女の一族のダークエルフ達は苦笑を漏らしつつ、各々の座席に座り直して、自分の食事に手をつけ始めた。
列車は中央大盆地を形成する二重山脈の南側、ナロス山地の峠に差し掛かる。エンジンの爆音のわりに速度が上がらなくなってくるが、気動車列車は補助機関車までは必要としない。
ただし、急行型や一般型の気動車の場合は、キハ181系と同じ大馬力エンジン搭載車か、新学暦249年以降の比較的新世代の気動車か、その世代以降の気動車と同系統のエンジンに換装した車両に限られる。
特急型の場合は、キハ80系併結の場合は、キハ181系とキハ80系の比率が2:1以上とされている。
110km/hで耕作地帯を突っ走ってきた頃からすると、目に見えて速度は遅くなっているが、ディネルース達には “疾走” しているように感じられた。
エルフィンドにも鉄道はあった。地形が山がちで入り組んでいるベレリアント半島の鉄道は、それこそ機関車が喘ぎながら、勾配に寄っては牛が歩くような速度で走ることになる。
──────── 否。
数少ない平坦線ですら、旅客はともかく貨物はあんな速度では走れない。それに、速度を上げたとして、どうやって止まる? 停まれない、あるいは連結器が分離したりしたら、列車は谷底へ真っ逆さまだ。
── 危険を度外視している、ような国だとは、ここまでの様子から考えにくい。だとすると、安全に運行する自信があって、この速度を出しているのか……
車窓を流れる風景を見ながら、ディネルースは声には出さずに思考した。
ナロス山地を越え、山間ながらさほど勾配のない区間を、フェニクシア6号は駆け抜けていく。
チハーキュ国鉄には、腕木式信号機がそれなりに残っている。ただ、ワイヤーやロッドの機械式の操作系は取り払われ、電動化されているものばかりだ。これは国鉄の自動閉塞化を早期に行った為、色灯式信号の配置が間に合わないものだから、腕木式信号機を電動化して間に合わせた場所が多いからだ。
とは言え、特急が100km/hを超えて走る幹線系では、絶対信号機(
ただ……────
野菜畑が広がる中の、農村の小さな駅。フェニクシア6号が信号柱の脇を通り抜けると、駅の場内信号機が
カチャン……
場内信号機の下に付いている、四角い板に1灯だけの信号機が、機械的な音を立てて青から黄色に変わる。
この手の単灯式信号機は、腕木式信号機の操作系を使って、光源とレンズの間にある色の違うフィルターを入れ替える構造を採っている。
幹線系でも、2色表示できればいいという通過信号機(駅の入口にある場内信号機と一緒に設置されていて、通過列車に対し駅の出口にある出発信号機が何を示しているのか予告する信号機)には、特にレングード起点の幹線系には、腕木式や単灯式信号機がやたら残っていた。
その小さな駅を通過して、もう暫く進むと、拓かれた場所に、機関区と一体になった大きめの駅に辿り着く。
駅構内と、機関区の留置線には架線が張られていて、赤色の電気機関車の姿が見える。
マロウストーン山脈、マロウストーン山とカズブロー火山の間に存在するカズマロウ峠を越えるための拠点駅、マルマリア駅に、フェニクシア6号は入線していく。