【試し書き】異世界半島戦記   作:神谷萌

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Chapter-07

 エンジンはすでに、機関ブレーキ段を終えて「ガランガラン……」と副室式ディーゼルエンジン特有のアイドリング音を立てながら、列車はまさに滑るようにホームに入ってくる。

 運転士はセルフラップ式のSE16Aブレーキ操作弁を慎重に操作し、跳ねるような衝動を与えることなく列車を停車させる。完全に停止する直前で、停車中の動揺防止にブレーキを増す。

 プシューッ

 空気音とともに、重量軽減策として採用されたキハ181系の折戸が、増結編成のキハ80系のオーソドックスな引き戸とともに、開く。

『レングード中央駅、レングード中央駅、終点です。18番線に到着の列車はカイヴェンからの特急フェニクシア6号です。折り返しは回送となりますご乗車にはなれませんのでご注意ください。お降りのお客様へ申し上げます。長らくのご乗車お疲れ様でした。車内にお忘れ物なきよう、今一度お手回り品をご確認ください。本日はチハーキュ国有鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございました』

 ホシーク電気時計製造製の時計が、22時丁度を差す。

 列車から降り立った、移民ダークエルフ達は、その駅の様子に圧倒されていたが ──── ある程度は「驚き飽きた」様子のディネルースの周囲の者達と、ただただ圧倒されているそうではない者達とで、やや温度差があるようにも見えた。

 駅自体の規模は、キャメロットの首都ログレスのものもこれぐらいはあるだろう。ただし、それを直接見た者は、この中にはいなかったが。

 彼女達が何より驚いたのは、駅の規模、その喧騒、それではなかった。

「もう夜の10時!?」

 建設物の内装としての、電気の照明にはもう慣れてきてはいる。 ──── だが、それが返って感覚を狂わせる。

 平日だ。帰宅時間帯のピークは過ぎているものの、まだ発着する列車はだいぶ残されている。地平ホームは昼行特急・急行の最も遅い時刻の列車が到着する一方、夜行列車が出発の時を待っている。地形の問題から空港の大きさが限られ、航空便の設定に苦労するレングードでは、まだまだ夜行列車の需要は高かった。

 到着したフェニクシア6号の向かいのホームに居るのは、寝台特急ジュレイヴ3号が停車している。ディネルース達が立ってきたカイヴェンを越えて、さらにその先のカークヴィレ行の寝台特急だ。

 群青の車体の客車が列をなし ────

「この列車は、機関車が別に繋がれているね」

 リア・エフィルディスは、先頭にいる、黒地に赤に近いピンク色の帯を入れた電気機関車と、その次位に繋がれた電源車を見て、呟くように言った。

「実はあれは、(くだん)の、もうひとつの惑星世界『地球』で設計されたものなのよね」

 妙な苦笑を浮かべながら、カティナがそう言った。

「えっ!?」

 機関車を観察していた、リアとラエルノアが、小さく声を上げた。

「元々は日本の日立製作所というメーカーが主体になって試作したものだったのだけど、向こうの鉄道会社が購入しなかったのよ。で、その後チハーキュ国鉄にも売り込みがあって、こっちはこっちの事情に合わせて設計を変えてもらって、量産化したの。まぁ、ほとんどは製造ライセンスでチハーキュ(うち)のメーカーが製造したんだけど……」

 ED500形電気機関車量産型。

 日本で試作されていた超大出力電機の廉価版として、日立製作所が製造したが、最初の売り込み先のJR貨物は、動輪上重量が少ないために空転を懸念して不採用とした。日本の列島の鉄道会社は、旅客会社は電車化・気動車化が進んで新しい機関車を必要としていなかった。

 上記のカティナのように認識しているチハーキュ国民も多いが、実際に水子に終わらせることを惜しんだのはチハーキュ側だった。

 チハーキュ国鉄は、B-Bの4軸全動軸配置から、可変荷重の中間附随台車を追加してB-2-Bとし、軸重を13.8~16.8tで可変にしてほしい、と要望した。

 つまり、JR貨物が一義的に経済性を求めていたのに対し、チハーキュ国鉄は線区を選ばない機関車が欲しかった、というわけである。

 これは、航空便の発達で長距離鉄道旅客列車の需要が減少し、その結果分割民営化した日本と、よりにもよって首都の航空便のボトルネックが激しい為に鉄道需要が維持され、国有鉄道を維持しているチハーキュとの差である。

 日立製のED500形902号機が試作され、各種試験の後、日立に莫大な製造権料が支払われ、レイアナー重工業やセレス精密機械工業で量産機が製造された。もっとも各次発注の際に、日立にも少数の発注が行われたが。

「なぜ、この列車は機関車を別に連結しているのですか?」

 イアヴァスリルが、カティナに訊ねる。

「寝台列車だからよ。いくら騒音対策していると言っても、ディーゼルエンジンの音が車内に響いてきては、微睡みもできないでしょ」

「なるほど、な」

「もっとも、電車の方はなんとかしたけどね」

 ディネルースの納得の言葉に、カティナが付け加えるように言う。

 わずかに先着し、まだホームにとどまっているレングード・スターリー線のラスティナ30号の隣に、スターリー行の夜行急行ハラクノクスが、583系電車、基本9+付属5の14両編成を横たえている。

 電車の場合、モーターの音が連続音であることと、モーターが台車の枕バネの下に搭載されることから、あとは制振床を採用することで実用化したのである。

 一方のジュレイヴ3号は、群青色に白い帯を巻いた24系客車で構成されている。

 もっと早い時間に発車する寝台特急には、1等個室寝台車も連結されるが、ジュレイヴ3号は最も豪華な車両で2等1人用・3等2人用個室の車両が連結されるに留まっている。

「そのうち、『ラスティナ』にも乗ってみたいなぁ」

 3等2人用個室の中で、ヴォルクスの子供がそう言った。

「ははは……ラスティナは祖父さんがよく自慢してたからなぁ」

 父親であるヴォルクス男性が、苦笑しながらそう言った。

 彼の祖父、息子から見て曾祖父は、大戦の頃はいわゆるビジネスマンで、蒸気機関車が曳いていた頃のラスティナをしょっちゅう利用していたと言う。

「あれ?」

「え?」

 息子が不思議そうに声を出す。すると、父親が息子につられて窓の外を見て、ぎょっと驚きつつ、息子を庇うようにしながら仰け反った。

「この程度なんだ……」

 窓から車内を覗き込んでいた者は、声は直接には聞こえなかったが、短く呟いて、離れていった。

「なんだったんだ……今のダークエルフは……」

 唖然として取り残された親子連れを余所に、リアは後続の車両を見ていく。

 電源車カニ24形に続いて開放2等寝台車オロネ24形2両、そしてダークエルフ、リアが覗き込んでいた個室車オロハネ24形、そして食堂車オシ25形。

 食堂車と言っても、22時過ぎの発車なので、夜の営業は電子レンジ加温の簡素なものだけになっている。ついでに、夜営業がメインの食堂車オシ24形に対して、ジュレイヴ3号など深夜発車の列車用の食堂車は前任車20系のナシ20形の改造でお茶を濁していたりする。

 その先、3等寝台車オハネ24形3両が続き……────

「お?」

 リアは、そこで声を漏らしてしまった。

 膨らむようにカーブした車体幅がほとんど同じで、高さも揃えているように見えたが、9両目と10両目は、車体が垂直で、その分狭くなっていた。さらに、屋根も低く、寝台車の丸いシンプルな屋根に対して、ごちゃごちゃと何かが乗っていた。

 しかも、自分達が乗ってきた気動車も含めて、チハーキュの特急列車の窓は固定式が標準だと言うのに、この客車はあろうことか開閉可能な2段窓になっている。車内は、リクライニングシートが設置されてはいる。

 24系は、寝台車しか製造されなかったのだが、例えばシュレイヴ3号だと、早朝のカイヴェンで降りたいという要望もあったりして、そのサービス拡充のために、座席車を連結しようという話が出た。

 ちょうどその頃、50系という一般型客車があちこちで余剰になっていた。そもそもが、一般型客車が大戦前かその延長線上にあるものばかりという状況で、ひとまず状態の悪いものを廃車する為に製造が始まった。だが、間もなくして電化が及び電車化、また新世代の軽快気動車の量産が始まって、早々に50系客車の用途がなくなった。

 一部は電車や気動車へ魔改造が執行され、また一部は他国へ譲り渡されていったが、24系の座席車の話が出てきたときに「ちょうどよく余ってるじゃない」ということで、一部が24系用座席車として改造されたわけである。

 走り装置とともに車内も特急用客車として遜色のないように改造され、冷房も搭載したが、窓は2段窓のままだった。形式も番号は24系に組み込まれておらず、オハ50形、オハフ50形各5500番代を名乗っている。

 その座席車が2両続いた後、最後に24系の緩急寝台車オハネフ24形が最後尾に繋がっている。貫通扉の窓の下に、夕焼けを模した朱色地に、白い鶴のシルエットが描かれた電照式のトレインマークを掲げている。

「寝台列車と言えば、鉄道旅行会社がこれでもかと喧伝するために、精一杯飾り付けているものと……キャメロットの会社はそうしていると、写真や図画入りの文献で見ましたが……」

「……────」

「この程度を製造するのは、どうということでもないからだ」

 ラエルノアの言葉に、リナリアが説明しようとするが、それに気づかないまま、遮ってしまう形でディネルースが言った。

「寝台車を製造すること、そのサービスを提供することが、その国やその会社のステータスになるのだったらそうする。だが、この国にとっては寝台車を製造すること自体はもはや国や会社のステータスにはならない。そう言うことだ」

「ま、まぁ、ステータスシンボルにしている列車はないわけではないんですが……」

 唖然呆然と口を開けて駅の設備を見回している移民ダークエルフの中で、ディネルースは、もう面白くなくなったというように言った。リナリアが苦笑しながら付け加える。

『22時20分発新快速メリトン行は6番線からの発車となります……────』

 上層の電車ホームには、放射状の各幹線の、比較的短距離を走る205系・207系の通勤型電車、中距離電車が出発を待ち、あるいはまだ到着してくる。中距離電車は、直流区間が北の内側山脈であるチョーンベス峠まで長く伸びたレングード・スターリー線のみが直流形の221系・223系で、それ以外は415系と521系の組み合わせだ。1番端の1番線・2番線には、帝都環状線電車の一部が6の字を書いてレングード中央駅を出入りする、その101系電車が見える。

 チハーキュ国有鉄道の建設が決まった際、時の皇帝は、帝国の神経となる交通網の集約点として、皇宮の正面にその総起点駅を建設せよと告げた。そのため、レングードから伸びる大幹線群は、路線がどの方角へ向かうかに関わらず、レングード中央駅ではすべて皇宮側が上り方となる。

 レングード中央駅のすべての線路は皇宮側で突き当りになっている。したがって、 “レングード中央駅を発車する上り列車” は、構造上存在しない。

 今、フェニクシア6号として到着した列車が、引き続きスターリー方面へ向かうとすれば、今度はここまで最後尾だったキハ81形側を先頭にして出発することになる。

 一見すると、南北が入れ替わってややこしいようにも感じられるが、列車の向きを考えた時、どの地点にいようとレングード中央駅側が基準となるようになっているわけである。

 例外は、レングードにつながっていない新幹線だけだ。

 そして、そのレングード中央駅、中央改札口から駅を出れば ────

「意外に静かですね……」

「…………いや」

 レングード中央駅の中央改札口、と言うと、如何にもレングードの中心地、車窓から見たきらびやかな街の中に出そうなものだが、それに反して、駅前には、その規模にしては小さなタクシー乗り場があるだけ。眼の前には路面電車の軌道がある幹線道路1本を挟んで、静かな ──── そう、厳かな庭園が、塀の中に広がっている光景が見える。ずっと奥に、ぼんやりと灯りが()いている建物が見えた。

 イアヴァスリルが声をかけたが、ディネルースは、それを理解した。そして、それを確かめるために、カティナを見る。ディネルースの想像通り、カティナはその瞬間、道路の反対側の建物に向かって、敬礼をしていた。

「ここが、(きゅう)(じょう)か」

「はい。チハーキュ皇宮です」

 リナリアが答えた。

 路面電車が差し掛かる。──── 路面電車、とは言うが、架線がなく、パンタグラフを畳んで走行している。

 路面電車を敷設することが決まった際、レングード中央駅と皇宮が形作るその南北を連絡する路線は当然に必要とされたが、同時に、鉄道に腐心された歴代の皇帝の視界を、無粋な架線で遮るべきではないと、この区間は架線が張られなかった。

 当然、蒸気機関を使って煤煙など撒き散らしては本末転倒である。最初は焼玉エンジンを乗せた石油発動機関車がこの区間を、客車か、直通する電車を曳いて走った。この機関車は日本の福岡鐵工所で開発された、世界初の内燃機関車である福岡式石油発動機関車に酷似していると ── というか、そのものであると ── された。

 やがてガソリンエンジンに交代し、わずかに経ってディーゼルエンジンが使われるようになった。ディーゼルエンジン時代は長かったが、つい最近、この区間のみ自車に搭載したバッテリーで走行する蓄電池併用電車が開発され、交代した。この電車は、架線下での走行中にバッテリーを充電する。

 ──── ディネルースは、敬礼をしようとして、止めた。現状では今のところ、自分達はチハーキュ帝国でそのような礼の形をとる身分ではないし、エルフィンド流の敬礼を今の皇帝におくるのも、間違っている気がした。

『我が一族、あなたの帝国への忠誠を以て(こた)えます。我が(マイン・)皇帝(カイゼル)

 ── あの時、なぜこの言葉が出たのかは、わからない。

 確かにチハーキュ帝国によって、少なくない数の、エルフィンドのダークエルフが助けられたのは事実だ。だが、それでもあの時、その言葉がすっと出たのは、若干の違和感があった。もっとも、────

「言葉を(たが)えるつもりもない、か」

「え?」

 カティナとリナリアに促され、移動を始める中、ディネルースが誰にともなく呟いた言葉に、イアヴァスリルが聞き返す。

「いや。……この国にも火酒があるかなと」

「姉さまらしい」

 誤魔化しつつも、まんざら嘘でもない言葉を告げるディネルースに、イアヴァスリルが苦笑した。

「そうですね、この国なら、上等なのがあるでしょう」

「ああ」

 

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