翌日、9時40分頃。
レングード中央駅。
「え、えーと……これは……」
ラエルノアは、
「えっと、最初に “国鉄線” の部分を押すように、軽くで大丈夫なので……」
「は、はい」
リナリアに促されて、ラエルノアはおずおずと、タッチパネル式自動券売機のそのパネルに手を伸ばした。
大きく “国鉄線(近距離きっぷ)” “私鉄線連絡”、その下に “2等券” “特急券・急行券” “寝台車予約” がボタンとして表示されている。
ラエルノアの指が “国鉄線(近距離きっぷ)” の表示を押すと、表示が変わり、1.60から順に、数字のボタン表示が並んだ。
チハーキュの通貨、フラシアでの表示だ。補助単位として、1/100のサンタイムがある。
「その、3.20の部分を……」
「はい、えっと……」
数字は、疾病や障害でもない限り見間違えることのないだろう大きさで表示されているが、ラエルノアは一瞬、それを見失ってしまった。
「ちょっとラエルノア、グランモラさん困ってるよ、早く!」
「そんな事言われたって……」
後ろに並んでいる別のダークエルフに急かされ、ラエルノアは一瞬後ろを振り返って、困惑に僅かな苛立ちの混ざった声を出した。
「あ、大丈夫です、時間は充分とってありますから……」
南中央口改札の横側の壁に、一般券売機だけでズラッと20台ほど並ぶ券売機の6台くらいを占拠して、各々に鉄道券売機の利用の指南ついでに切符を購入させている。各券売機には、国鉄職員が案内役としてついていた。
ラエルノアがなんとか操作を完了させ、3.20フラシア乗車券が発券された。それを手にとって、その手を胸元に当てて、ラエルノアは安堵したように息を
「な、なんとかなったわよ」
ラエルノアが、引きつりの残った苦笑をしながら、後ろに並んでいた同胞達に声をかけるが、…………
「あ! お釣り!」
ピピピピピピ……
『オ取リ忘レガゴザイマス、オ取リ忘レガゴザイマス……』
リナリアと、券売機双方に止められた。
投入したのは5フラシア硬貨。したがって、1フラシア硬貨と50サンタイム硬化が1枚ずつ、10サンタイム硬貨3枚が、釣り銭口に吐き出されてきている。
ダークエルフの褐色肌でも解るほど赤面しながら、ラエルノアは、一旦券売機の前に戻って、釣り銭口の硬貨を回収した。
「押しボタン式券売機の方が解りやすかったですかね?」
国鉄職員の、女性のヴォルクスがリナリアに、問いかけるように言った。
「うーん……ただ、台数も少ないですし……」
リナリアはそう言い、券売機の並びの端に、3台ほど設置されている多機能押しボタン式の券売機を見た。
どうしてもタッチパネル式は使いづらい! とゆー利用者のために、大都市近郊駅にはタッチパネル式と併設、あるいは駅の規模によってはこちらだけが設置されている。
「……最終的には、慣れてもらわないといけませんから」
リナリアは、苦笑しながらそう言った。
──────── 10時20分頃。
『5番線の電車はエドーサ線新快速電車チェリクス行です。本日12両編成での運転となっておりますが後ろ4両は貸切となっております。一般のお客様は先頭車から8両目までをご利用ください』
「新快速」のヘッドサインを掲げた415系5000番台が停車している。3扉の3等車に加えて、フラットカーとダブルデッカーの2等車が1両ずつ連結されている。
平日、時間帯的に8連基本だけが定数の列車だが、付属4連を連結した12連になっていた。フェニクシア6号と同じように、基本側のクモハ414形と、運用の変遷に伴って改造された平面ヅラのクハ414形の間の貫通路に、案内板付きの金属柵が設置されている。
その柵越しに、ラエルノアが、付属編成の側から基本編成の車内を覗き込んでいた。
「なるほど」
ラエルノアは、それを確認すると、車内の中ほどまで移動していって、
「こうするんだ……」
と、セミクロスシートの扉周辺部分に設置された、つり革を掴んだ。
「1時間ぐらい乗るって言ってたけど、別に4両も貸切にしなくても、立ち席でも良かったのにね」
ラエルノアは、妙に楽しそうにつり革を握ったまま、笑いながら言う。
「おーおー、さっき券売機で行き詰まってたラエルノア殿が言いますのぅ」
「う、うるさい! あれはその……仕方ないじゃない! まさか壁の付属物みたいなものが光ったり、あまつさえ声まで出すなんて思わなかったもの!」
他のダークエルフ達がニヤニヤとからかい混じりの笑みを向けると、ラエルノアは講義するように声を出した。
「…………どうも
好奇心旺盛さではラエルノアと同じくらいなリアが、今は別行動していた。いや、この場にいなかったのはリアだけではない。
「姉さまの方について行っちゃったからね。
「フロメラス提督とか……私的な用事って、なんだろう?」
「さぁ……姉さまに特にってことだから、お酒あたりの話なんじゃないの?」
「へくしっ」
郵政会館宿舎前。
都道に面するその場所で、ディネルースと、イアヴァスリル、リアの3人が、立ち尽くすように待っていた。最も、リアは少し行儀悪い姿勢でしゃがんでいたが。
「風邪ですか? 姉さま?」
「たまたまよ、多分……」
くしゃみをしたディネルースに、イアヴァスリルが訊ねるが、ディネルースは少し曖昧に答えた。
そこへ、1台の小さな自動車 ──── 軽自動車が、彼女たちの目の前で止まる。
新学暦272年 ──── 平成20年現在、総排気量660cc未満の軽自動車は、当初、戦勝国でありながらモータリゼーションの遅れていた日本において、本来、バイクの拡大形程度の簡素な自動車を作るための規格に対し、旧中島飛行機 ──── 戦後、軍用航空機需要の減少から経営多角化に際して改名した富士重工が、本格乗用車の要目を満たす画期的な商品、スバル360を発売したことで、現在の姿への系譜が始まった。
地形的、都市の構造的に不可能と考えられていた日本のモータリゼーションを起こした、スバル360を嚆矢とした軽自動車が、チハーキュに及んだのは、新学暦225年、昭和37年のこと。
チハーキュは戦前期にすでにモータリゼーションを迎えていたが、戦後、変に好景気だったのが災いして、いわゆるバタ
そんな中、日本の東洋工業製のマツダ キャロルが上陸。
「バタ3よりは高額だが、快適装備が一通りついていて、充分買える値段」
というキャロルは、チハーキュで飛ぶように売れた。大手自動車メーカーの小型車を脅かす存在にすらなった。
そこでチハーキュ側も軽自動車枠を税制以外は日本に揃えて、メーカーに開発を促した。
国産でキャロル並の軽自動車が出揃うと、中小零細のバタ3は売れなくなり、これらのメーカーはスクラップ&ビルドで大手メーカーに吸収されていった。デフレス3輪車自体は都市コミューターとして残るには残った。
──── レイアナー重工の自動車部門は、大戦前から高級車志向で、すぐには軽自動車に参入しなかった。239年(昭和52)にカタログラインアップ拡充の方針から、中島時代からの技術提携関係にある富士重工のスバル レックスのOEMで参入。254年(平成4)の富士重工のヴィヴィオへの移行に際して、レイアナーは商品性に疑問を抱いたことからこれに付き合わず、富士重工からレックスの権利を買い取って、すでに国内製造請負の工場で引き続きこれを製造、258年にフルモデルチェンジが行われ、自社設計のレイアナー レックスとなった。
その、スバル時代から通算4代目のレックスVXが、ディネルース達の前の路肩に停車すると、助手席側のパワーウィンドウが開く。
「待たせたわね」
「いえ……この乗用車は、フロメラス提督の?」
助手席に身を乗り出して、カティナが顔を見せると、ディネルースも、微妙に焦ったような表情をしつつも、窓から覗き込むようにして聞き返した。
「ええ、とりあえず乗って」
「あ、ああ……」
ディネルースは助手席の扉を開いたが……────
「あ、えっと、座席の下、外側にレバーがあるから、それを引くと背もたれが倒れて座席が前に出るから……────」
この272年式からVXが3ドアから5ドアに変更されたが、カティナのこのクルマは269年式で、3ドアなので、後部座席へ乗り込むには運転席か助手席を倒してその隙間から乗り込むしかない。
なんとか3人を乗せて、カティナがマニュアルトランスミッションのシフトレバーを1速に入れて、発進させた。
「ごめんなさい、狭っ苦しいクルマで……」
「いえ、とんでもない」
カティナが言うと、その真後ろに座っているイアヴァスリルが反射するように言った。
「…………フロメラス提督は軍歴も長いと聞く。高級軍人とあれば、俸給はかなり高額だと思うのだが……」
「ああ……」
ディネルースの言葉を理解して、カティナは運転しながら苦笑する。
要するに、ディネルースは「もっと高級な自動車も買えるだろう」と言ったわけだ。
「私自身がデカいクルマ好きじゃないのよ。乗るのも帝都内が多から、道が狭いところもあるし」
「なるほど……」
カティナの説明に、ディネルースはある程度納得したように言った。
──── が、VX、ハイパフォーマンススーパーチャージャー車の時点で、カティナの「デカいクルマは好きじゃない」はもっと複雑な意味だったりするが。
そして、4人を乗せたレックスが向かった先は……────
「酒屋……?」
イアヴァスリルが、怪訝そうに言う。
南向きの店構え ──── チハーキュ本土カムイガルドは南半球に位置するため、陽当りが良いのは北向き ──── に、店内に入ると、蛍光灯の照明はすべて間接照明になっている。室温もやや低めになっていた。
陳列台には、様々な銘柄の酒瓶が並べられている。高級ワインなどの特に常温での劣化に弱い商品のための冷蔵ケースもある。
「様式はエルフィンドとは異なるが、いかにもと言った趣があるな……」
妙に楽しそうに唇で笑みながら、ディネルースが言った。
「火酒を欲しがっていたでしょう? 公費じゃ安酒しか提供できなかったし。個人的な差し入れだと思ってくれていいわ」
カティナが、店内を観察している3人の後ろに立ってそう言った。
「この店は、フロメラス提督の馴染で?」
「まぁね」
イアヴァスリルに問われ、カティナが答える。
「量は飲まないけど、飲むなら質の良いものの方がいいし」
「同感だな」
「同感ぅうぅぅぅ~?」
カティナの持論にディネルースが同意の言葉を発したが、それを聞いたイアヴァスリルとリアが、揃って、呆れたと言うか、うんざりしたとかいうような声を出す。カティナは、何事かと思って、2人の方を振り向く。
「提督、騙されないでください。姉さまは筋金入りの
リアが言った。
ディネルースは、声には出さなかったが、「失敬な」と言いたげな視線を、リアに向けた。
「フロメラス提督のお勧めは、どのあたり?」
「そうね、火酒、蒸留酒ということなら……」
カティナに案内されて、ディネルースも売り場を移動する。
大麦の栽培が盛んではなく、その生産量の大半がビール醸造用のチハーキュでは、オーソドックスなウィスキーやウォッカに類似したものは少ない。
ジャガイモの生産量がそこそこな関係で、エボールグでの伝統的な製法によってつくられるアクアビットの醸造・蒸留所が多い。
それと、400年ほど前 ──── 通称 “舟形遺跡”、巡洋艦『
「ウィスキーやブランデーが希望なら日本の銘柄もあるけど……」
「いや、今回は
カティナの提案に、ディネルースがそう応えると、カティナは、僅かに苦笑を混ぜて微笑ましそうに笑う。
「焼酎も良い銘柄は本当に美味しいけれど、スピリタスっぽい刺激が欲しいならやっぱりアクアビットかしらね」
ディネルースは、薄和紙に包まれた、チハーキュ産高級アクアビットの瓶を見る。
地球のアクアビットはそのほとんどが無色透明だが、チハーキュのジャガイモは表皮が赤紫になる赤ジャガイモが主流な関係で、それを原料としたチハーキュ産アクアビットは僅かにだが見て取れる程度にオレンジがかって見える。一般的な白ジャガイモより濃密なカロチンのためだ。
「……これは……直感だが、良さそうだぞ……」
「あら、流石に目が高いわね」
ディネルースがボトルを手にとって言うと、カティナが感心したような声を出す。
その銘柄は、チハーキュ・アクアビットとしては歴史は浅いほうだが、今では高級アクアビットの定番のようになっているものだった。
銘柄のイメージとして、魚雷を発射する潜水艦のシルエットが描かれている。銘柄名は、漢字2文字で「雷撃」と書かれていた。
※チハーキュの415系には、MT比で M>1:T=1 にするため、1C4M制御車のモハ422形があったりします。車端部のボックス1列分潰して床上搭載の機器室があります。
(商用電力の周波数は30Hzで統一されているため、421系・423系は元々存在してない)
>クハ414形
JR西日本クモハ115-1600と同じツラしてます。