ノルンエースは眩しくて   作:kanaumi

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※キャラクターの死別表現があります


ノルンエースは眺めていたくて

 カサマツを卒業したあーしは大学に行って、保育士になった。

 なんで保育士かってのは単純に適性判断シートで出たからである。

 まあ、実習とかやってみたら結構楽しかったけど。

 それでアイツらに連絡したら似合ってるやらなるほどやら言って来た。

 ミニーやルディは想像であーしをかかあ殿下にするな。伝わらないだろ。

 

 実習を終えて、卒業して、赴任した最初の保育園は少しやんちゃな奴が多かった。毎日格闘してはままならなかった。でも、案外充実していた。

 

 そうしてあーしは定年までこの生活を続けた。私生活でも、それなりに恵まれたし、一度は園長もやった。

 

 その間にアイツやマーチは引退して、マーチはトレーナーになった。アイツはベルノと飲食店のオーナーをしている。なんでだよとも思った。でも、アイツだ、美味しそうだったからとかだろうか。ベルノにあった時に経営より賄いとか言ってたぞ。誰よアイツに飲食店勧めたのは?…まあ、あの顔で「うまい」とか言われたら客は増えるだろうけど。

 

 定年になったアタシは、身体は元気だったから職場を変えて保育士を続けた。衰えはあってもウマ娘だ。そこらのおばあさんには負けない。

 

 最近はベルノとは連絡をあまりとってない。ミニーやルディは向こうからかけてくるけどね。ベルノ達の店は全国チェーンで、保育園の近くにもある。だから保育士の若い子に誘われて昼ごはんの時に食べに行く。40年の老舗を感じる味は、この身体に良いのやら悪いのやら。若い子はウマホの…何世代だったかを使って写真を撮っている。アタシはただ食べるだけだ。味は悪くない。でも、そうね。アタシはもう少し薄い方が良いかもね。

 

 マーチの方は、もう北原のお爺さんのような貫禄を持ち出した。まあ、昔から目は鋭かったか。中央トレセンで北原の後釜を継いでから随分経つ。G1やG2を獲れるウマ娘を多く輩出してるビッグチームを率いて頑張ってる。ただ、アタシが前に会った時はその鋭い目も強張ってたっけ。

 

 

 

 

 

 …最近は少しマシになったと思ったんだけどね。やっぱりダメだわ。

 

 ……涙なんて流してないわよ。泣いてたのはマーチだし。でも、アイツの背中を気に入ってたのに気がつけたのは収穫か。嫌になる。

 

 

 

 一つページをめくる。これはアタシが定年を迎えてすぐの事だ。

 何となく連絡が途絶えていたアイツの訃報を聞いたのは、その頃だ。

 

 保育士を続けるかの選択を終えたアタシは、昼の休憩時間に何となくテレビを見ていた。何気ないニュース番組でこの前の宝塚記念を振り返っていた。マーチの所の子が勝った良いレース。でも、それはアタシにとっては対岸の向こう。アイツの頃は船を漕いでたけどね。

 

 突然、胸ポケットのウマホが震える。見覚えのあるような番号。疑問符を浮かべながら通話を押す。聞き覚えのある声、ベルノライトの声が電子音と共に聞こえる。

 

 何だろうか、この胸騒ぎは?

 いや、わかってる。かけてって昔約束した。そっか、そっか…。

 

 園長に報告して、アタシはタクシーに乗った。間に合わないだろうな。タクシーの窓に打ちつける雨を睨む。こんな日じゃあ、眩しくないか。

 

 病院に到着した時は、もう声は聞けなかった。葬儀には、参加した。

 

 アタシはアイツの家族に許可をもらって、夜にアイツの側に来た。無骨な棺が非常灯に照らされている。ここにアイツがいるんだ。アタシは棺の側に座り、棺の表面に手を滑らせる。

「…冷たいな。いつものアイツはあんなに熱苦しいのに」

 手の感覚がアタシに現実を告げてくる。それは、わかってた。でも、納得は遠い。

「あ、…… アンタのせいであーしの鳴き袋は空っからになるじゃない。…どう、して、くれんのよ…」

 非常灯の灯りは彼女の雫を写すには弱く、絨毯は優しく受け止めた。

 アタシを照らしていた、あの閃光はもういない。そんなのは、アタシが一番知っている。だから、嫌なのだ。

 一人きりの時間は、針を止めてはくれない。

 もうすぐ朝が、この時間を呑み込むだろう。

 そして、閃光は煙に運ばれる。

 火葬の日は恨むようなハレの日で、うるさかった。

 

 

 四十年有給消化最下位のアタシが仕事を休んだ。それは、園長も理解をくれた。荒んでるアタシの心には響かなかったけども。

 

 アイツの背中を見なくなって、ついに見えなくなったらとても哀しむ。そんな自分で少し呆れてくる。そんなアタシの気持ちを引っ張ったのはマーチだった。

 葬儀後、一言二言で別れた彼女だけど、アタシの状況をどこかから聞いて来たようだ。開口一番に「ノルン、走りに(ドライブ)行こう」だ。不器用か。

 そうして始まった、マーチとの併走だけど、アタシは乗り切れなかった。隣を走る(運転)彼女はどこか迷うように話す。

 

「ノルン、オグリの葬儀から一週間だな。私は、こう観ている子等の影響で前を向けている。お前はどうだろうか」

「…アタシは、……柄にもなく引きずってるかもね」

「そうか…。いや、私は恵まれている方だったな」

「わかるよ、レースを見ればね。良い子達だね」

「ああ、毎年恵まれてるよ」

 

 再び、微妙な雰囲気が吹き返す。

 マーチが話を広げるのが苦手なのは今に始まった事じゃない。むしろ、アタシの仕事だ。でも、今は放棄してる。

 

「…どこに向かうの?」

「…いや、決めていない。どこが良いだろうか」

「…ハハ、アイツみたいな考えなしね。そういうとこ、写ってるじゃない。…そうね、海は寒い。山ね」

「…山、か。良いな」

 

 再び、微妙な雰囲気が出番を見つける。

 でも、併走は順調にその足を進めた。

 

 そして、どこか見晴らしの良い山頂部で足を止めた。

 

「…山もこの季節じゃあ、寒いわね」

「ああ、インナーを着てきて正解だったな」

「…マーチだけね、アタシは着てないわよ」

「……さて」

「逃げんな…でも、スッキリはしたわ」

「だな、私も昔、奴と言い合った。その時も、風が吹いていた」

「…そう、…マーチはあの火葬の後、どうだった」

「随分と具体的で曖昧な質問だな。……歳柄もなく泣いたさ」

「そう、そんな気はしてた」

「…ああ、ノルンはどうだったんだ?」

「…泣くわけないじゃない。

 ……ただ、あの日は雨が降っていたようね」

 

 

 マーチとのドライブが終わって、アタシは保育士として園長の知り合いを頼り、転職した。

 

 それからもアタシは働いた。年相応にね。職場に馴染むよう、前より少しゆっくり動いた。それから、マーチやベルノ、ミニーやルディとも定期的連絡を取り合うようになった。

 …理由、ないわよ。

 

 

 そうして、アタシは五十年は続けた保育士を退職した。

 

 

 

 

 最新のページまで捲った手帳にアタシは今日のスクラップ写真を貼る。10周忌、早いものだと思う。

 あれからアタシは、片田舎に引っ越して小さな託児所を開設した。老後の楽しみの一つだろう。

 5人ほどの子供が毎日やって来る。男女様々な子が騒いだり、勉強したりと楽しい物だ。

 

「ねえ、おばあちゃん!昔話してよ!」

「…まあ、良いわ。…さて、話、話ねえ」

「…あ、おばあちゃんが前話してたオ、オグリ何とかの話してよ」

「あー!私も聞きたい!」

「じゃあ、俺も!」

「話すとは言ってないじゃない。…でも、そうね」

 

 スクラップ写真を見つめる。前は栞に児等が反応したからだったか。

 

「良いわよ、アイツの話をしましょうか」

 

 閃光のように駆ける、あの眩しい芦毛のウマ娘の話を。

 

 

 

 

 そして、語った。たっぷりと。多分、こいつのせいだ。(スクラップ写真)

 児等はどこか上の空だ。ハァとため息を溢したのは仕方ないだろう。

 だから、解放した。昔話に飽きた児等は庭に駆け出した。

 

 アタシはふと、硬質のカードで作った栞を眺める。それは、何十年も前の写真だった。ウマホのデータを何回も移して残った写真。それを現像してカードに綴じた。色褪せないかも知れないけど、色褪せる物に現像したかった。

 現像したのはいつだったか?少し周りから白くなったアイツをアタシはなぞった。

 

「おばあちゃーん!天気いいよー」

 

 そんな児等の声に視線を向ける。ああ、確かに晴々とした天気だ。

 児等は庭を駆ける。その背は逆光で見えづらくて、つい目を細めた。

 細くなった視界には、あの芦毛がまだ越させないとでも言うように、その背を追っていた。

 

 ───なんて妄想があーしには見えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ???年後

「いい加減降りて来なさーい!」

「はーい、もうすぐ行ーく」

 古びた倉庫に子は一人探索していた。埃が舞う中、子は少し傷の入った蝶番を引く。中には古びた、けれどどこか綺麗な手帳を見つけた。

 子には、それが宝物に見えた。手に取ると、中からカランとプラスチックが転がる。

 絵柄は、人型にボヤけた線が描かれた不思議な物。それを掴んだ子は、手帳に挟み直す。

 そして、開く。

「…写真は白くなってる。…あ、…オグリ、キャップ?名前かな?でも、虫食っちゃってる」

 子は、残念に思った。折角の宝物は虫食いの手帳だったのだ。

「ご飯抜かれたいのー!」

「わわ、今行くー⁉︎」

 子は、手帳を手に駆け出した。

 

 遺されたのは埃と木漏れ日だった。

 

 

 

 

 

 

 

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