オグリキャップが中央トレセン学園に行って少しが経った頃、あーしは不意に付けている日記を見返した。これはオグリが中央に行く前日の日記。
カサマツトレセン学園で彼女をみて、物置部屋に追いやって、レースで泥を被って、同室になって、ダンスを教えて、彼女が中央に行って、あーしの部屋は一人になる。最初は一人で、それから二人になって、一人になる。…一人が寂しいと感じるとは思ってもいなかった。泥ウサギとか言って舐めた目で見ていた彼女からどんどん目を離せなくなっていき、髪を解き、勉強も見て、ダンスも教えて、更に離せなくなって、そして、私から離れて行く。
わかっている、彼女、オグリキャップの為を思えば笑顔で見送るのが一番だって、でも、彼女の走りや彼女を見たら好きになるのも仕方ないって話だ。好きな相手が遠くに行くのが悲しく無い訳が無い。涙が溢れても仕方ないって言い訳して、彼女の荷造りを手伝った。その時は、多分涙は流していないはず。ルディやミニーに見られて恥ずかしいネタを提供する気も無いし、オグリに一抹の心配も残したくない。オグリはきっとスターになる。だって、このカサマツでスターになったのだ、
だけど、本音はすっごく傷になるくらい残っていたい。オグリにとっての重しになりたい。それほど彼女が好きだ。好きでしかたない。だから、中央に行って欲しくない。此処で皆とバカやっていきたい。これが、私の本心。どうしても好きになってしまった彼女への願いだ。
けれど、それを彼女に言う資格も勇気も度胸も力も無い。ベルノみたいに頭は良くないし、北原みたいに中央に行ってやるって言う気力も無い。マーチですら届かない先に私が行けると思えない。だから、私の本心はとても身勝手で不可能で、それでいて悔しいと思ってしまっている。努力すれば彼女について行けただろうか?途中で道を止まった自分が努力出来ただろうか?彼女が朝早くトレーニングをしているのは知っている。私が起きるといつも泥だらけのウェアを着て帰って来る。私がそれに付き合えたら中央に行けただろうか、いや、それでも無理だっただろう。話によればレースを見に来た中央トレセンの偉い人にスカウトされたとか、レースで結果が振るわない私をスカウトしてくれるわけ無いし、たとえ目に止まってもオグリが優先されて一緒は無いだろう。ああ、どうしてこう、上手く行かないのかな?立ち止まったらだめだった?オグリは今もこれからも走ってる。私は……?
………とっても恥ずかしい。誰、これ書いたの?そりゃ今も寂しいけど、こんな面倒臭い感じではなかったよ!最後に撮った写真は毎日見てるけど、傷になりたいって怖すぎなんだけど!…封印しときましょう。これをルディやミニーに見られたら笑われる。鍵付きの箱無い?無いわ、どうしよ。破る?…いや、無し。隠そ、それで週末に100均に行こう。恥ずかしい、恥ずかしい。どんだけ悲しかったのよあーしは!?……オグリにバレて無いよね、オグリ鈍感なとこあるし大丈夫よね?ベルノが余計な事…言わないと思うし、大丈夫ね。
「…はあ、何で日記読むだけで疲れないといけないの」
「…オグリは向こうでも元気にしているかしら?毎日かけたらオグリの邪魔になるし、電話代もバカじゃないし」
「トレーナーはお金無いし、北原も金無いわね」
「賞金、少ないわね」
「……とりあえず、この恥ずかしい日記を隠しましょう」
オグリ、中央に行っても応援しているけれど偶にはこっちに電話してくれないかしら、あなたの声が聞きたいの。
立ち上がったノルンエースは本棚の奥に日記を隠すと、2つあるベッドのうち片方に入り、夢を見るのだった。
『ノルン、ありがとう。君のお陰でいつも私は助かっている』
『…感謝は受け取るけど、ならもう少し手入れや身嗜みに気を付けなって』
『…?ノルンがやってくれているだろう?』
『今だけよ、ずっとじゃない』
『…そうか、少し寂しいな』
『…何で』
『ノルンの手付きは優しいからな。私の足をマッサージしてくれたお母さんの様な優しさだ』
『───』
『だから、寂しいな』
『……あんたは……はあ、ほら、こっち来なさい。髪解くから』
『…!ああ、よろしく頼む』
懐かしい夢だ。ほんの少し前は日常になっていたのに、もう懐かしく感じている。横を向いてもオグリの姿はない。…日記の事言えないな、あーしは何処まであの子を好きなんだか。何だか、ため息が溢れた気がする。朝4時、まだ学園に向かうには早すぎる。食堂だって早い。…寝直そうか?それとも──
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