あーしが小さい頃の事だ。幼稚園にはレースとも言えないかけっこがあった。この頃から普通の人とウマ娘の身体能力には乖離があった。だから、かけっこもウマ娘だけで行っていた。偶に男子が挑んで来たことがあったけど、惨敗で泣いていった。そんな幼稚園のウマ娘の中でもあーしは脚が速かった。一着の回数は両手以上の常勝状態で、この時のあーしよりも速いウマ娘を知らなかった。だから、小学校でもあーしの勝ちは揺るがない物だと思っていた。
……そう、マーチだよ、フジマサマーチ。小学校に上がると校区が広がって、他所の幼稚園の子も小学校では統合されてしまう。で、小学校の体育の授業であーしの天下は終わったの。
その日は春先にしては少し寒い日だった。体育の時間にウマ娘でかけっこするって事で、幼稚園の事で調子に乗ってたあーしは、入学式で近くに座って仲良くなったルディとミニーを連れて意気揚々と校庭に行ったの。そしたら入念にストレッチしているフジマサマーチがそこにいた。あーし達は授業の集合時間より大分早くに校庭に着いたんだけど、マーチはそれよりも早かった。…今に思えば分かりにくかったけど、めちゃくちゃ楽しみだったんだと思う。早すぎだったし。それで会ったけれど、その時は特段話かけることはしなくて、授業が始まったの。
かけっこの順番は出席番号順番で、あーしがノでマーチがフだったから同じ組になった。この時も調子に乗ってたあーしは鼻歌歌いながらスタートラインに行ったんだ。まあ、走る直前は集中してたんだけど、体育の先生が旗持って構えるのを見つつ意識は前だった。旗が上から下に降ろされるのを合図にあーし達は飛び出した。
あーしの伸びた鼻っ柱はスタートから叩き折られた。旗に反応して飛び出していつもみたいに先頭だ!って思っていたあーしの目の前にはあーしより三歩先にマーチがいた。まず、それに驚いた。幼稚園ではこんな事はなく、あーしが先頭で走っていた。次に驚いたのは純粋に脚が速いこと。先に行かれたからと諦めず追いつこうと走ったけれど、マーチの影を掴む事はそのレース中はなかった。一着でゴールしたマーチと途中更に抜かされた三着の私、この時は頭で理解出来なくて、ひたすら結果を否定していた。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、三着のフラッグを握り締めながら、嘘だ嘘だ嘘だと続けていた。見かねた体育の先生が次は頑張ろうと声をかけてくれて止まったけど、ショックが大きくてトボトボとルディとミニーの元に歩いた。いつもは茶化していたミニーもその時は慰めてくれたっけ。マーチに負けたあーしはクラスで舐められるなんて事はなかったけれど、幼稚園に持ていた一等賞はマーチに取られてしまった。それが当時のあーしにはショックで仕方なかった。だから、取り返そうとマーチに挑んで行った。結果は全敗で、すっかりクラスではマーチの追っかけと見られていた。まあ、間違えでは無いから気にせず挑んでいたけれど。
マーチは速かった。今も速いけど、当時の小学生としても速かった。そして、あーしはクラスで4番目位の実力と知った訳で。けど、あーしはマーチしか目に入らなかった。最初は悔しくて、追い抜きたくて追っていた。けれど、だんだんと何で速いの?って、疑問が出てきていた。だから、無闇矢鱈に挑むのを止めて観察していた。走り方の違い、よく分からなかった。息継ぎ、分からない。観察するには知識が全然足りなかった。ああ、走り以外ならダンスでは勝ってた。マーチ、表情も動きも固かったし。マーチが速い理由は分からなかった。けど、あーしとの力の差って奴はきちんと理解してた。このままだと、一生追いつけない事も。
ウマホを持ち出したのはこの辺りだったと思う。今じゃ割と半身って、位に構っているけど当時は家でしか構ってなかった。学則って奴も合ったから、これでも真面目に生きていたしね。ただ、家ではマーチに勝つ方法を探してたかも。それで調べた物を実際に試していた。お母さんも偶に協力してくれていた。ダンス教室も合ったから本当に偶になんだけども。特訓の成果は結構大きく、あーしはクラスで3番目に速いウマ娘になった。…ちょっと、いや、かなり悲しかった。ルディとミニーが凄い凄いと持ち上げてくれるのだけが幸いだった。
マーチに勝てず悔しい日々、それでも何処か充実した日々を送っていたあーしだけど、ちょっと悲しい事が起きた。クラスで2番目に脚の速いウマ娘が転校した事だ。理由は親の転勤だそうだが、当時のあーしは負けず嫌いだったから勝ち逃げされたと憤っていた。それをその子に話すと困り顔でレースしようかと誘ってくれた。あーしはその申し入れに飛びついた訳、結果は同着だった。一瞬、手を抜かれた?とよぎったけれど驚いたその子の目を見て、本気で合ったのだと思っている。どうあれ同着2位と言う新しい称号を手に入れた。
そして、クラスで2番目に速いウマ娘になったあーしを周りの子達は祝福してくれた。しかし、依然としてマーチには勝ててないし、もうすぐ小学生も卒業となってしまう。さらなるパワーアップに励むあーしだったけど、マーチもパワーアップする上、身体も出来て行くので更に差が広がっていた。周りも諦めたらと助言をくれるけど小学生のあーしは負けず嫌い、高い壁に当たりに行っては倒されていた。そういえば、あーしやマーチは学校外でも有名で、速い子で将来が楽しみと言われてた。それを受けてじゃ無いけれど先の進路はトレセン学園に行こうとこの時に思っていた。ルディとミニーにマーチも行くと言っていたからもあったと思うけれど。
そして、卒業の時になった。結局、マーチに先着した事はなかった。それが悔しかったが、中学に進学してもチャンスが有ると燃えていた。話が変わるけれど、この時からオシャレについても気を付ける様になり、服や化粧を覚えて学校や遊びの時にして行く様になった。ルディやミニーには好評であり、3人で互いに施すなどしていた。こうしてあーしはレースとダンス以外の趣味を持つようになった。比率はレース大きかったがこれから徐々に傾き変わって行くようになるのだった。
さて、次は中学だけど、環境がこれまたガラッと変わった。ルディとミニーは一緒であったがマーチと離れる事になった。それが凄く寂しくて暫くクラスに違和感があった。とは言え、それくらいであり新しい友達も多く出来た事で薄れていく事になった。中学でも体育の時間があって、走る事になった。小学校とは違う環境で新しい好敵手みたいな人を期待していたが、簡単に勝ってしまった。あーしは念願だったクラスで一番を手に入れた。
最初は嬉しかった。念願であったし、一番で悪い気を持つ者はいない。けれど、何か足りなかった。それを最初は気づけなかった。けれどすぐに気がついた、マーチだった。そうだ、マーチに勝っていない。その思いがあーしを突き動かして、気づいたらマーチのクラスに突撃していた。そんなあーしを見たマーチはいつもの表情でレースでの勝負を了承してくれた。それが嬉しくてあーしはガッツポーズをして跳ねた。…後で聞いたがマーチのクラスではあーしに犬を幻視する子が多かったそう。失礼な事だわ。
そうこうあって、マーチとの勝負の時となった。コースは校庭1周でスタートはルディがしてくれる。ルディが手を上から下に振り下ろすのを眺め、走り出した。スタートはほぼ同時となった。それからマーチが前、あーしが後を追う形となった。約400メートルの校庭コースはコーナーの多さに角度と直線の短さでスピードがだし辛い所だけど、ダンスで鍛えた足腰であーしは割と得意目のコースだった。そして、マーチにとっては不得意な部類のコースだった。とは言っても劇的に遅くなる訳じゃ無いし、あーしが負け続けたのもこのコースだった。そして、400メートルは普通の人間でも1分であり、ウマ娘にとってはもっと速くなる。だから、決着はすぐにつく。最終コーナーで先行はマーチであーしはそれに続いていた。このままではまた負ける、あーしは必死に脚を動かした。ルディやミニーの応援も聞こえている。あーしは吠えた。けど、マーチは更に加速した。手を伸ばしても届かない、そう錯覚した時、あーしの頭は地面に叩き着けられた。起き上がろうにも起き上がれず、叩き着けられたショックで頭が回らない。最後はルディとミニーとマーチの叫び声が聴こえたかどうかであーしの意識は飛んでしまった。
起きたのはその日の夜だった。ハッと目が覚めて起き上がったあーしは保健室か病院かと辺りを見渡して確認した。この時、自分でも不思議な位に冷静だった。そして、釘を打たれた様な痛みに襲われて再び枕に逆戻りとなった。痛い、痛い、痛い、さっき冷えていたからか余計に痛い気がする。今は、夜か、ずいぶんと寝ていたんだ。マーチとの勝負どうなったかな、負けてたしなぁ…。その後、目を覚ましたのに気がついた看護師が呼んだ医師の診察で頭痛の原因である怪我は跡が残るタイプの様だった。…幸いと言っても良いのか髪で隠せる位置なのが救いかな?ダメそうだけどつい頭に手が向かってしまう。ガーゼで直接には触れないけど指先が違和感を感じ取る。擦るのは流石に辞めた。
何となく外を見る。今日は月が見えないから気持ち暗い。いつもはどうでもよくても今は気になる事だってある。…ナーバスって奴だ。ベッド安静を言い渡されたから横になっているが、正直外に出たい。マーチとの勝負の結果も気になるし、学校の事も何もかもが気になる。痛い頭を誤魔化したいけど何も無い。入院はこんなにもやる事が無いんだって、分かりたくなかったなー。夜が明けるのが遠く感じた。次第に微睡む意識にあーしは従うのだった。
翌日、放課後の時間になったルディとミニー、そして、マーチが病室を訪ねてきた。フルーツの盛り合わせを持つマーチに大丈夫かと尋ねるルディとミニー。たはは、と漏れる呟きの後、右親指と人差し指で髪を摘む。ルディとミニーは顔を引き攣らせ、マーチは目を見開いた。ガーゼで隠れているけれどそこに有ると言う事は分かってしまうのだろう、それが3人の反応から読み取れる。…流石に意地悪だっただろうか、3人とも目線がズレている。あーしとしては露骨に反応されるのは嫌だなと思う。どうしたら良いんだろうか。今のあーしに答えは出てこなかった。
「………重たい!重たいわよ!確かに中学時代の話を聞きたいって言ったのは私だけどさぁ!ルディレモーノもミニーザレディもなんか言ってよ!」
「…うっさいな…大きい声を出さないでくれる」
「てか、あたし等も止めただろうが」
「そうだそうだ、止めたぞ勝手に傷付いてこっちに当たるなー」
「うう、そうだけどさー、重くなるとか思わないじゃん!?あんたの傷の事、今知ったけど!?」
「教えないでしょ普通はそんな傷あるの」
「だな」
「うんうん」
「まあ、そうかもだけどさぁー」
「もう痛みとか無いから気にするなぁ?あーしは割り切ったし」
「…マーチは引きずってるぞ?」
「…そうなのよね、気にすんなって伝えているんだけどねぇ」
「…無理でしょ、あの硬いフジマサマーチだよ?」
「…ハァ、今も会うと頭見て逸らすのよね」
「先の話があっちゃぁ、無理無いでしょうが」
「勝負も断られるのよね」
「…完全にトラウマだろうしなぁ」
「だねぇ」
「何かきっかけが有れば良いのにねぇ」
誤字報告ありがとうございました。