「ん…んん…」
少年はうめき声をあげながら目を開ける。
見慣れぬ木の壁、木の天井、そしてーー
「トーマス王子?」
自身のことを「王子」と呼びかける人。
「おう…じ…?」
「王子」と呼びかけた女性は飛び上がる。
「爺や、トーマス王子がお目覚めになりましたよ!」
女性が部屋から出て行った。
少年は周りを見る。やはり明らかにさっきまで自分がいた部屋とは全く違っていた。
(あれ、確か自分は昼寝をしていたはず……?それに……なんで身体が小さく?)
悩んでいるのも束の間、さっきの女性と、「爺や」と呼ばれただろう老人が部屋に入ってきた。
「おお、トーマス王子、やっとお目覚めになりましたか。皆の者、大変心配しておりましたぞ」
「えーっと……」
少年は明らかに困惑し、事態を理解しきれないでいる。
「トーマス王子、どうされましたか?」
「自分がトーマスなのは確かだけど……王子って?」
それを聞いた「爺や」と呼ばれた人は落胆する。
「もしかして…記憶がないのですか?」
「無理もありません。階段から転げ落ちてしまったのですもの。結構な音でしたから」
「なんと……」
トーマスはさらに困惑していた。が、困惑したままでは何も進まないと思い、2人に問うてみた。
「えっと、あなたたちのお名前は?」
「……記憶がござらんのでしたら、仕方がありませぬ。儂はロバート・メルツ。貴方様の従者のまとめ役を務めております。そちらの方はエヴァンス・ホーヴォ。この家の主でございます」
「エヴァで構いませんよ」
「……ロバートに、エヴァ」
トーマスはそれぞれに指をさしつつ確認する。
「そう、その通りでございます」
「……ではここはどこで、なぜ自分はここにいるんです?」
「それについても説明しなくてはなりませんな…少々長くなりますが、お許しください」
そしてロバートは、ここがどこかと、なぜトーマスがこうなっているのかの経緯を話した。
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トーマスがいるのは旧ソルトラ王国、その片田舎の町ロスク。
王子はもとはこのソルトラ王国の王子であるはずだった。
しかし3年前、隣国のシュルス帝国が突如攻め込んできた。
ソルトラ王国の王が軍備を怠っていたのもあって対抗するには不十分すぎた。
結果、貴族の裏切りにも遭ってソルトラ王国はシュルス帝国に降伏。王アルバートは処刑、王妃メアリーは王国に攻め込んだ将軍グラニアの妃となることで、国民の安全の保障を要求。
グラニアはこれを承諾し、旧ソルトラ王国を統括する王となる。一方でメアリーはまだ幼い王子を事前に逃がしており、それがトーマスであるという。
なお、トーマス王子には妹もいるのだが、素性がばれるのを避けるため、別々に暮らすことになったそうだ。
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トーマスはこの事態をいまいち呑み込めなかった。
だが明らかに自分が置かれている状況は、それまでとは異様なものである。
「……ちょっと外に出てもいいですか?」
トーマスは事態をより詳細に把握するため、外に行こうとした。
「それがいいでしょうな。エヴァ、王子に付き添ってあげなさい」
「かしこまりました。行きましょうか、トーマス王子」
トーマスはベッドから降り、外に続く扉に向かった。
「では、行ってきます」
「トーマス王子」
トーマスはロバートに呼び止められ、ロバートの方を向く。
「村の人たちにはあなたが王子であることを伝えておりませぬ。くれぐれも自身が王子であることを他人に言わないようにお願いします。それと……」
「何ですか?」
「そのかしこまった言葉は使わなくてもよろしいですぞ」
「……うん、わかった」
それを聞いたロバートはにこやかな笑顔を見せる。
「では、いってらっしゃい」
「行ってきます、ロバート」
トーマスそう言って外に出る。
トーマスの目の前には、典型的ともいえる牧歌的な光景が広がっていた。
時間は昼時だろうか、太陽が高い位置から照り付けている。
育った野菜を収穫していく農夫、井戸で水を汲みつつ話をする女性たち、何かの置物の周りを走り回る幼い子供たちがいた。
(日本のアニメとかでよく見る光景だ。それが目の前に広がっている…)
トーマスは歩きつつ周りをあちこち見ている。
(本当にここは僕がいた場所ではなさそうだ…)
「……エヴァ、ここではみんなどんな暮らしをしているの?」
「農夫は作物を育てたり、鶏を育てて卵を作ったり、妻も夫の手伝いをしたり、洗濯をしたり、子供たちの世話をしたり。子供たちはある程度まで成長すると、近くの山で木の実を取りに行ったりするんですよ」
「いつ頃から?」
「大体8歳くらいの時でしょうかね」
「僕ももう少し大きくなったら、それをやってみようかな」
「道しるべもあるので迷うことはほとんどないでしょう。ただ最近は――」
そこまで言った時だった。
キャアアアアアアア……
突如、山の方から悲鳴が聞こえてきた。
「今のは!?」
「最近は獣を退治する人が減ったことで、出会うことが多くなってしまったのですよ」
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「ハッ、ハッ、ハッ」
森の中、3人の女の子が必死に走っている。後ろからはオオカミのような頭胴長1mほどの獣が走ってきている。
「ウソでしょ!?ここ最近はでてきてなかったのに!」
「あんたがもっと奥まで行こうっていうから!」
「薬草も足りなくて、採らなきゃいけなかったの!」
走り続ける女の子たち。しかし、1人が根っこに引っ掛かり躓く。
「あっ!」
他の2人が一瞬止まる。片方はそのまま逃げ、もう片方は周りにあった木の棒で獣に立ち向かおうとする。
しかし、その足はすくんでいる。
倒れた女の子は立ち上がろうとするが、転んだ時に運悪くすりむいてしまったのか、痛みで立てずにいる。
獣は倒れた女の子ににじり寄る。棒を構えた女の子はそれでも動けない。
獣が構えようとしたその時。獣に石が当たった。
獣が石を投げた方向を見ると、トーマスがそこにいた。
「こっちだ、来い!」
トーマスは近くにあった棒を構える。女の子が構えた棒より一回り大きいが、それで獣を追い払うには厳しいものだった。
(やれるかどうかわからないけど、あの子を助けないと!)
獣がとびかかる。王子はそれを右に避ける。
しかし、獣の振りかぶった右前足の爪が左腕をかする。
「ッッ!」
トーマスは思わず右手で左腕を抑える。左腕からは血が滲み出る。
獣はひるんだトーマスを見逃さない。トーマスに向かって突進した。
(やっぱり体が小さいのもあって、思うように動かない!)
トーマスは獣の突進を何とか避けた。
「うわっ!」
しかし、バランスを崩して転んでしまう。
そこに獣はトーマスにかみつこうとするが、トーマスはとっさに持っていた棒を獣に嚙みつかせた。
獣は前足が浮く形になっあまり身動きが取れない。トーマスも棒で獣を抑え込むのが精一杯だった。
(僕はこのままこいつに食われるのか?エヴァは助けを呼んでいるけど、このままでは……)
そう思ったとき、また獣に石が投げ込まれた。
獣が石の投げられた方向を向くと、トーマスの持っているより少し長めの棒を持った少年がいた。
獣はトーマスへの執着を止め、少年のほうを向いた。
少年はひるみもしない。
獣が突進を始めた。すると少年も獣のほうに走り始めた。
(自ら近づいていくなんて、何を……!?)
そして獣がとびかかる。すると少年は滑り込んで獣の下から棒を振り上げた。
棒は獣に命中し、飛んでいく。
トーマスは唖然としていたが、少年はトーマスに話しかける。
「まだ動けるか?」
「……うん」
「君はその女の子を連れて逃げて!」
少年は立ちすくんでいた女の子に呼びかける。
「でもあなたたちは――」
「いいから早く!」
女の子は急いで動けない女の子を連れて逃げていく。
獣はトーマスと少年の方に牙をむける。
「僕が君を上に飛ばす。そして君は獣を棒で思いっきり叩きつける、いいね?」
「飛ばすって言ったって」
「来るぞ!」
トーマスが獣の方を見ると、獣は突進の構えを見せた。
(ほかに考えが思い浮かばない…今はあの子を信じるしかない!)
獣は突進してくる。
「ここに足を乗せろ!」
少年は手を下に構える。トーマスはそこに足を乗せると、少年は勢いよく振り上げる。
(ウソ、思ったより高い!)
あまりの飛び上がりの高さにトーマスは驚きを隠せない。
獣が少年にとびかかるが、少年は今度は棒を投げつけ、獣の頭に命中させる。
そして少年は腕を上げて獣の上半身を浮かせる。
「今だ!」
「ええい!!」
落ちてくるトーマスはその勢いのまま棒を振り下ろす。
振り下ろした棒は獣の後頭部に命中した。
(決まった!)
獣は立て続けの頭への打撃にひるんでいる。
「こっちよ!来て!」
最初に逃げた女の子が、大人を何人か連れてきた。その中にエヴァもいた。
それを見た獣は退散していく。
トーマスと少年は安堵し、深いため息をついた。
「あなたたち、大丈夫でしたか?」
エヴァが話しかけてくる。
「この子は左腕から血が出ている。急いで手当てが必要だ」
「大変、急いで家に帰って治療させなきゃ」
「僕のけがは大したことないよ、エヴァ。それよりも女の子の方は……」
「あの子たちなら無事に逃げられたわ」
それを聞いたトーマスは再び安堵する。
「そうなんだ、よかった……」
「……歩けるか?」
少年はトーマスを心配そうに見ている。
「怪我したのは左腕だけだから大丈夫」
「そうか」
「助けに来てくれてありがとう。名前は?」
「僕かい?僕はソーマ。君は?」
(ソーマ……僕の友人と同じ名前だ)
「僕の名前は……トム。よろしく、ソーマ」
「ああ、よろしく」
トムとソーマは互いに握手を交わした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
毎週日曜、正午に1話ずつ投稿予定です。
初めての物語で会話文と地の文のバランスがよくわからないままですが、どうぞよろしくお願いします。