敵を退け、陣地に帰ってきた2人は、大喝采で迎えられた。
「お兄様、ソーマさん、お疲れさまでした!」
前もって来たワンド型より明らかに大きい、ロッド型の杖を持ったアンナがトーマスのもとに駆け寄ってきた。
「アンナも頑張ったよ。とても強いのを出せるんだね」
「はい!頑張りまし……」
アンナは少しよろめき、ソーマの方にふらつく。
「おっと。アンナ、大丈夫か?」
「ソーマ、さん……」
「きっとさっきの魔法を出した影響だろう。よほど疲れたと見える」
心配するソーマとトーマス。ふと、トーマスが別の方向に視線をやると、エイミーの姿が映った。
「ソーマ、アンナを頼めるかな?」
「いいけど、何すんの?」
「ちょっと、謝りに行かないと」
「お、おう……?」
トーマスが何をするのかいまいちわかってないソーマにアンナを任せ、トーマスはエイミーの下へ向かった。
「エイミー、ごめん!戻ってくるって約束、すっかり忘れていた!」
トーマスはエイミーに対し、平謝りした。
「……はぁ……やっと思い出してくれたようですね」
「生きて帰ってきたけど……これで許してくれる?」
トーマスはエイミーの方を見上げ、エイミーの顔色をうかがう。
「……まだ、終わってないでしょう?この後も帝国の軍を追い出し続けて、この国が自由を勝ち取るまで、お預け」
そう告げるエイミーの表情に、怒りはなかった。むしろ、トーマスをからかっているかのようだった。
「……そっか。じゃあ頑張らないとね」
トーマスもそれを察してか、深刻には受け止めず、励ましと受け取って微笑んだ。
「じゃあ頑張ってね、王子様」
そういってエイミーは治療所に向かっていった。
「さて……隠れている人たち。サボってないで作業作業!」
トーマスが手をパンパンと叩くと、建物の陰からバタバタと誰かが走り去っていく音がした。
--------
1週間後、国境付近
オルガス率いる主力部隊は、前方にある防御陣地の様子を確認していた。
陣地は堀があり、その奥には堡塁が一列に並んでいた。堡塁には火矢対策のために土砂がかけられており、堡塁の上には木製の盾が置かれていた。
唯一、陣地内外の出入り口付近のみは堀がなかったが、そこには2人の男が、その後ろに重装歩兵が何列にもなって盾を構えていた。その後ろには櫓があり、そこから出入り口付近の敵を狙えるようになっていた。
ここを突破するには橋、陣地に直接ダメージを与えるには投石器を必要とした。
しかし、橋は用意してあるものの、投石器の到着には、さらなる時間を必要としていた。
「あの2人が、将軍を倒した例の奴らでいいのだな?」
「はい、間違いありません。如何しましょう?この出入口付近に突破を仕掛けますか?」
「いや、出入り口付近は道が狭いうえに防御も堅い。横に並んでも4,5人では数の利を活かせん。だが幸い、堡塁の高さはそれほど高くない。堡塁へ渡す即席の橋を作るのは、難しくないだろう」
「ぼりの長さと堡塁の高さを考えると、5mほどの橋があれば渡れると思われます」
「今日は半分の人数を見張りに置き、残りは橋の制作に取り掛かることとする。明日、攻撃を開始する。各自、作業に取り掛かれ」
「はっ!」
部隊は見張りに半分の兵を使い、残りは付近の木を伐採して簡素な橋を作ることとした。
その様子を陣地側にいるソーマとトーマスが眺めていた。
「あいつら……何やってるんだろう?」
「多分、橋を作ってるんだよ。単にここから攻めるのは不利だと判断したらしい」
「襲い掛かってみる?」
「やめた方がいい。あまりにも数が多すぎる。ここは待って、、敵の襲撃に備えよう」
「交代で見張ろう。仮眠取ってきていいよ、ソーマ」
「わかった。何かあったら起こしてくれ」
ソーマはトーマスの言葉に従い、陣の奥へと姿を消した。
「さて……どう来るのかな」
--------
翌日、オルガスは部下から計画の進捗を聞いていた。
「して、橋の方はどうだ?」
「合計して8本完成、さらに4本を制作中です」
「十分だ。作業を中断し、攻撃の準備に取り掛かれ」
「はっ!」
部下の1人は鐘を鳴らした。それが出陣の合図のようで、兵たちは装備を整え、攻撃の準備に取りかかった。
その様子は、防御陣地側からも観測できたようだ。
「敵の動きが慌ただしくなったな。そろそろか?」
「迎撃!敵の攻撃に備えよ!」
トーマスがそう叫ぶと、防御陣地側の動きも慌ただしくなった。
ある者装置を取り付け、またある者は装備を整え、またある者は投げる人として配置につくなどして、敵の攻撃に備えた。
それは攻撃する帝国側からも観測できたようだ。
「どうやら向こうもも気づいたようですな。して、準備の方は?」
「はっ、あと3分で攻撃の準備は整います」
「2分だ。2分で終わらせろ」
「了解!」
「いよいよだね、ソーマ」
「ああ」
「トーマス王子」
「何かあったの?」
「投擲隊の元気がありません。おそらく初めて戦に参加するからでしょう。何か景気づけに声をかけてくださるとありがたいです」
「景気づけって……」
「行くぞ、トム。それも王子として重要な仕事だ」
「う、うん。わかったよ……」
トーマスは渋々堡塁の上に立ち、そこから後方の様子を眺めた。
報告の通り、特に一般から徴用した兵の表情からあまり元気を感じ取れない。
「で、何を言えばいいのさ」
「まあここは守り通すで、いいんじゃないか?」
「そ、そうか……諸君!」
トーマスが後方の人たちに対し呼びかける。
「諸君はここが突破されないか不安に思っているのかもしれないが、ここを守り通すためには、あなた達の協力が不可欠である。もちろん、僕たちもこの門を全力で守る。一緒に戦おう!」
「その通り!彼が守れないのは女との約束のみだ!」
「ちょっとソーマ!?まだ約束は破ってないよ!」
それを聞いた群衆から笑いの声が漏れていた。
「よし、行くぞトム」
「うん。守り通そう!」
2人は持ち場に戻り、武器を構えた。
--------
「オルガス大将、準備が整いました」
「では、攻撃開始だ。鐘を鳴らせい!」
「はっ!」
再び鐘が1回鳴る。それを聞いた兵士たちは、大型の木の盾を構えつつゆっくりと歩みを進める。
「矢を番え!」
次々に装置に矢が装填される中、向こうから鐘が何回も聞こえるとともに雄叫びが聞こえた。どうやら突撃の合図らしく、帝国の軍勢が陣地に向かってくる。
「まだまだ!」
王国側の指揮官は、帝国の軍勢を引きつけている。そして、ある地点を越えたとき――
「放て!」
堡塁の内部から一斉に矢が放たれる。その矢は300m先の木の盾を容易に貫通するほどの威力を持っていた。
『この威力はバリスタか!盾を前へ!弓兵は矢を番え!』
帝国側は大型の木の盾を前に出し、弓兵が矢を番え、構える。
「防ぎ矢と投石を!」
バリスタの装填中に弓兵が盾から身を乗り出して矢を放ち、後方では投石紐によって石が投げられる。
この矢と石の群れは、軽装歩兵を倒すには十分な威力であった。
『重装歩兵は盾を構え、投擲にそなえよ!』
帝国の重装歩兵は盾を並べて密集し、ファランクスを形成した。
「よくできたファランクスだ。油を投げよ!」
投擲兵は投げるものを石から陶器に替え、それを敵の木の盾や重装歩兵に向かって投擲した。
陶器が盾にぶつかると、陶器は割れ、中から油と布が出てきた。
油はともかく布が何なのか疑問に思った直後、陣地から火矢が飛んできた。
火矢は油に着火し、ゆっくりと、確実に燃え広がっていった。そしてそんな中でも油と布はは投げ込まれ続けていった。
流石に火の海にされると敵は堪らず、後方に下がって避難しようとする。しかし、ファランクスを形成した重装歩兵は容易に動けず、ついには断熱材に引火して燃える、酸欠状態になるなどして次々に斃れていった。
次々と油が投入され、火の勢いは衰えることがなかった。
『一体奴らはこれだけの油をどうやって用意したというのだ?いや、今は陣から手を引くべき時だ。流石に辺りを火の海にされてはたまらん』
鐘が鳴る。これは撤退の合図らしく、これを聞いた兵たちは一目散に逃げていった。
「敵が退いていくぞ!」
退却する帝国の軍勢を見て、王国の防御陣地側から歓声が飛び出す。
「やったな、トム」
「ああ」
「それにしても、あの量の油をどうやって調達したんだ?」
「これだよ」
トーマスが取り出したのは、黄色い花であった。
「それって、王国のあちこちに植えてあった……」
「そう。コレの種から油を採った。でもそれだけじゃ火をつけにくいから、布を染み込ませて一緒に陶器に詰めたのさ」
「なるほどねえ……でもそれって雨の日はこの戦法が使えないってことか」
「そういうことになるね。それに、向こうは投石機の到着を待っている。もし投石機が到着して、雨の日に攻撃となれば、流石にここを保てないだろう。その前に、何としてもあの投石機を破壊する必要がある」
2人は神妙な顔つきで陣に戻ることになった。
--------
その夜、トーマスたちは投石機をいかにして破壊するかの作戦を考えていた。
「投石機の通れるルートは、この橋を通る1ルートしかありません」
「つまり、このルートを通れば、投石機が何台運び込まれているかを確認できるわけだ」
「そのとおりです。しかし、問題があります。偽装のための鎧は1組しかありません。貴方がたがいくら強いとは言え、1人だけでは多勢に無勢です。何か別の策を考える必要があります」
「商人と協力して荷馬車に紛れ込む、というのは?」
「それも考えましたが、ほぼ確実に、陣地の検問が入るでしょう。積み荷がほとんど無いとなれば、追い返される可能性があります。これをどうにかして検問をすり抜ける必要があります」
「どうすれば検問を抜けられると思う?」
「確実なのは、女性を奴隷として積み込むことです。皇帝に献上する奴隷と偽れば、陣の兵たちは手出しはできないでしょう。しかし……」
「その計画に賛同してくれる女性がいるか、という話になるか」
部下は頷く。
「商人の方は俺の知り合いに掛け合ってみる。俺は身がバレてるから、俺では検問を抜けられないだろう。」
「他に思いつかなければ、荷物を出来るだけ詰め込んで発進することになると思う。一先ずはこの案でいこう。では、解散」
トーマスが解散を宣言し、各々が休みに入る。
トーマスは見張りのため堡塁に向かうが、その途中でエイミーとばったり出会う。
「あら、トム。今日はもうお休みかしら?」
「いや、これから見張りだよ」
「無理しないでね。貴方が倒れると大変なことになるから」
「うん、分かってる。ソーマと交代だから、問題ない」
エイミーはトーマスの顔をじっと見る。
「どうしたんだい?そんなに僕の顔を見て」
「……何か考え事をしてる顔だと思って。何をそんなに考え込んでるの?」
トーマスは図星とばかりにため息をつき、事情をエイミーに話す。
「その女性の奴隷は必要なことなの?」
「荷物を詰め込むことで幾らか削られるけど抜けることは出来る。でも出来る限り荷物は軽くして、速く動けるに越したことはない」
「……それ、私が名乗り出てもいいのかしら?」
「はい?」
突然の言葉にトーマスは驚きを隠せない。
「危険だよ!なんでエイミーが行かなくちゃならないんだ!」
「多分候補者なんて出ないわよ、それ。荷物を詰め込む方法にしても、検閲に時間を取られる間に、こちらはどんどん不利になっていく。なら時間は早い方が良いわ」
「でも…」
「それに、貴方の戦いの腕前を一番よく知っている女性は、私よ。もしかしたら貴方の妹かもしれないけど、貴方の妹はすぐバレるでしょうし」
「……」
「トム……いえ、トーマス王子。事が一刻を争うのであれば、私を連れて行ってください」
「……分かった。もう一度作戦を考えてみる」
そう言うとトーマスは、すぐに元いた場所に戻っていった。
--------
翌日朝、1台の荷馬車が防御陣地側から出てきた。
帝国の陣に差し掛かったとき、想定通りに検問が入った。
「止まれ!一体コレに何を積んでいる?」
「奴隷さ。確かめてみるかい?」
帝国の兵は中を検める。中には幾つかの箱と女性が大型の籠の中に入っていた。
その女性の外見は、帝国の兵士たちを魅了した。
「ほう……こいつは結構なもので」
「こいつを本国に持っていくんですか?もったいない気もするけど――」
「そいつは皇帝に献上するものだ。勝手に手出しをするのであれば、厳しい罰が待っているだろう」
「……ちっ、わかったよ。そのまま進め」
帝国の兵たちは荷馬車から降り、見送ることにした。
「では、失礼」
荷馬車は出発し、帝国へと向かっていった。
「大丈夫かい、エイミー?」
「ええ、心配いらないわ」
「何かあったら言ってくれよ」
「ええ。トムも、投石機の数をしっかり数えてね」
「ああ、わかった」
トムとエイミーが会話を終えてから数時間後、前方から大きな物体が運ばれているのを目撃した。
脅威としていた投石機はこの類で間違いないとトーマスは思い、その数を数えた。
(1……2……3……3台か)
トーマスは同じ数の石を荷台に投げ込んだ。
投石機とすれ違った馬車は、そのまま帝国のとある街に向かって進んでいく。
--------
帝国のとある街に着いた一行は、まずエイミーを籠から出した。
「ありがとうございます、ここまで運んでくれて」
「いやいや、親友ジェフの頼みだからねえ。あ、これで貸しは無しだってことも伝えといてくれよ?」
「分かりました。どうもありがとうございました」
トーマスをエイミーは一礼し、その場を立ち去った。
「エイミー、この中に入って」
「ええ……トム」
「なんだい?」
「貴方を信じてるわ」
「……うん、分かった」
トーマスはエイミーを箱の中に入れ、別の商人を見つける。
「すみません、この箱を届けてほしいのですが」
「どちらまでです?」
「ソルトラのロスク村まで」
「ソルトラ……確かあそこは今戦争中ではなかったかな?」
「金なら弾むよ。これでどうです?」
トーマスは商人に対して結構な金額の金貨を手渡した。
「ほう…では、動くとしますかな」
「ありがとうございます!護衛はお任せください!」
「ほう。腕に心得があると。では、護衛は任せるとしましょう」
商人は荷台にエイミーの入った箱を詰め込み、トーマスを乗せて出発した。
--------
夜、荷馬車は帝国の陣地にさしかかった。
荷馬車は帝国の検問を受ける。
「はい、止まって。中を検めるよ」
「荷物は…これだけか?いったい何を運ぼうとしてるんだ?」
「これは、えーと……布ですね」
「布?布を送ってどうする?」
検問が商人を問い詰めようとしたその時、防御陣地の方から音が聞こえてきた。その音は、だんだん大きくなっていく。
「敵襲だ!」
突然のことで若干慌ただしくなっていたが、すぐに態勢を立て直し、迎撃に入る。
そして、王国の軍勢と帝国の軍勢が衝突した。
その時、馬車の進行方向から見て右側から、何者かが走って近づいてきた。トーマスは剣を構える。
十分近づいたことで剣を振りかぶる。
「トム!」
聞き覚えのある声を聞いたトーマスは剣を収める。
「ソーマか!」
「無事だったか!今、王国の軍勢がここに向かって突き進んでる。僕たちも手伝うぞ」
「分かった!」
2人は王国の軍勢と合流するため、敵陣に斬りかかるのだった。
第11話を読んでくださり、ありがとうございます!
次回はほぼ戦闘になります。お楽しみに!