「王子、王都に行く日程が決まりました」
トーマスがもう寝ようかと思ったとき、ロバートがやってきて、このような報告をした。
「いつ行くの?」
「3日後です。その2日後は、このソルトラ王国を占領している将軍グラニアの誕生日であるということで、王都で祝祭が行われるとのことです。出発して翌日の夜には到着するでしょう。」
「3日後か……」
トーマスはソーマとの予定を考えていた。
ロバートはそんなトーマスを見て口を開く。
「これはお友達のソーマ殿にもお伝えしてよろしいですぞ。そのソーマ殿もさぞ不安に思いますので」
それを聞いたトーマスの顔がほころぶ。
「わかった。明日、会う予定があるから伝えておくよ」
「では、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ、ロバート」
ロバートが部屋から出ると、トーマスはろうそくの灯を消し、眠りについた。
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「ハァ……ハァ……ゼェ……」
「よし、結構走ったし、休憩しよう」
午前の鍛錬が終わった時点で、トーマスは息も絶え絶えであった。
「ここ数日……走ってばっかり……だね……ハァ……」
「まず何よりも体力をつけないとな」
トーマスはその場でへたり込む。
ソーマもトーマスの近くに座って休憩する。
2人はそれぞれの昼食をバッグから取り出し、食べていた。
鍛錬の初めは、まず3時間くらいの走り込みだった。日が高くなった時に休憩をとり、今度は1時間歩いたのち、空が赤くなるまでまた走り込みである。
「そういえばソーマ君、伝えたいことがあるんだけど」
「何だい?」
「明後日、王都に行くことになったんだ」
それを聞いたソーマはトーマスの方を一瞥する。
「王都に行って、何しに行くの?」
「祝祭があるらしいから、それを見に行こうと思って」
「ふーん……」
「ソーマ君は行くの?」
「いや、そういうところには興味がないんだ」
「そっか……」
トーマスはうつむいて無言で昼食のパンを食べる。
「行ってこいよ、ここで待ってるからさ」
「……うん」
「さてと……まだ食べてるのか?あと5分したら再開するつもりなんだけど」
ソーマはトーマスの食べる遅さに少し呆れている。
「え゙ 、もうそんな時間?」
「ほら、さっさと食べた食べた」
「あ、うん」
トーマスは若干急いで昼食を食べ終え、バッグを肩にかけて立つ。
「よし、じゃあ午後の鍛錬始めるぞ」
「うん」
午後の鍛錬が始まり、2人は再び歩き出した。
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王都潜入の日、トーマスの家の前に馬車が留まっている。
トーマスが目を覚めて、窓を覗くと、家の前でロバートが何やら御者ともう一人とで何か話している。
ロバートがトーマスに気づくと、家の中に入り、トーマスの部屋まで来る。
「おはようございます、王子。もう少ししたら準備ができますので、今のうちに支度を整えてくだされ」
「うん、わかった」
「では、まだあの方たちと話がありますゆえ、失礼します」
そういうとロバートはトーマスの部屋から出て再び家の前に向かう。
トーマスは寝床から出て、身支度をする。
この世界でのトーマスの母親とはどんな人物なのか、トーマスは気になっていた。
おそらく元の世界でのトーマスの母親とは別人なのだろうが、もしかしたら、という思いが、トーマスを後押ししたのだ。
身支度を済ませ、1階に降りる。
「おはようございます、王子」
「おはよう、エヴァ」
「しばらく会えなくなるのは、寂しくなるわね」
「心配しないで。ちょっと様子を見るだけみたいだし、それが終わったらすぐ帰ってくるよ」
エヴァは笑みを見せ、トーマスにバッグを渡した。
「楽しんでおいで」
「うん、行ってくるよ」
ロバートがちょうどよく家に入ってきた。
「王子、準備できましたぞ。さあ、乗ってくだされ」
「わかった。エヴァ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
トーマスは外に出て、馬車を見る。
荷馬車に布で天蓋を形作っており、雨風はある程度しのげるものになっている。
トーマスにとって見慣れた馬車であった。
「これに乗るんだね」
「姿を外から見られぬようにするためでございます。外が見られぬご不便をおかけすること、お詫びいたします」
「うん、大丈夫」
トーマスは馬車に乗り、続いてロバートも乗った。
そしてもう一人乗ってくる。
「こちらが今回、潜入への手引きをしてくれるジェフ・フォスター殿です」
「詳しいことは、出発してから話しましょう。もういいよ、出発して!」
ジェフがそういうと、御者は馬にムチ打ち、出発させた。
馬車はやがて村を出て、王都へと向かった。
「さて、改めて。俺がジェフ。王室に長年お世話になってきた商人、御用達とでもいうのかな?貴方がソルトラ王国の王子、トーマス・ウィリアムズだね?」
「あ、はい。僕がトーマス・ウィリアムズです」
トーマスは苗字まで一致していることに驚くも、すぐに気を取り直して挨拶を自己紹介をした。
「長旅になるし、馬車は結構揺れると思うけど、我慢できるかな?」
「このくらいの揺れだったら、大丈夫だと思います。日ごろの鍛錬に比べると、まだ優しい方です。」
「ほう、鍛錬ねえ……ロバート爺、その鍛錬って国を取り戻すための鍛錬で?」
「というよりかは、王子の思い人を守るための鍛錬でございます」
「ほう。まあ知ってはいるだろうが、それが結果的に国を取り戻すことになるのは、ありがたいことではあるかな」
「国を……ジェフさんも、運んだんですか?」
それを聞いたジェフは、飄々とした感じから一転、真剣な表情をする。
「……いや、やってないよ。『まだ』ね」
「まだ……」
「俺もあいつが何をやっているのか知っている。私もいずれ、無理やり連れてきた女性を運ぶことになるんだろうさ」
運ぶ人も、やりたくてやってるわけではない。
それにトーマスは安心するとともに、帝国の勢力がいる限り、この被害は今後も続くのだと暗澹たる気分になった。
「……おっと、すまねえ、暗い雰囲気似させちまって。じゃああれだ、王子の両親の話でもしようか?」
「僕の?」
「そうだ。聞きたくはないかい?」
トーマスは少しの沈黙ののち、頷く。
「よし、どっちから聞きたい?母さんか、父さんか」
「じゃあ、まずは父さんで」
「父さんの話だな、よし」
商人はトーマスの両親について次のような話をした。
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トーマスの父アルバート王は、内政に興味を持っておらず、貴族に一任している一方で、自身は狩りに熱中していた。狩りの腕は百発百中、獲物を逃したことはないと伝わっている。
そんなアルバート王が狩りをしている最中、歌声が聞こえてきたようで、王は使用人に命じて歌声の主を探させた。
歌声の主は見つかり、アルバート王はその主のもとへ向かった。この主こそがトーマスの母、メアリーである。
どうやらメアリーは、人に見つからないところで歌の練習をしていたらしい。
使用人は勝手に狩場に入ったことをとが咎めようとしたが、アルバート王がそれを制止。
王の城に来ないかメアリーに尋ねる。
アルバート王はメアリーの美しい歌声にいたく惚れ込み、自身の妃にしようと思ったのである。
メアリーはこれに承諾し城に行くこととなった
貴族の反発はあったものの、どうにかしてそれを抑え込み、2年後に結婚に踏み切った。
そして2人は子を設け、それがトーマスとその妹らしい。
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「まあ、俺が知ってる範囲ではこんなところだな。王子の妹がどこで暮らしているのかは俺も知らない。保護者らしき人から手紙を貰うから生きていることは確からしいが……」
「僕の……母さんは今、王都にいるんですね?」
「ああ、国民の安全を条件に自らの身をグラニアに差し出し、グラニアの妻となっている。だが2人の間に子供ができたという噂は聞かない。もしかしたら王妃の歌声に惹かれたのかもな。王妃の歌声の評判は、外国にも響いてたからな」
「その、グラニア……って人はご存じなんですか?」
「シュルス帝国の一将軍を務めていて、亡くなった前妻と子供を何人か設けていた、それくらいかな、知ってるのは」
トーマスは元の世界の母親のことを考えていた。
元の世界の母親も、そのような経緯で父親と結婚したのだろうか。
トーマスの疑問は尽きない。
「まあ、長旅になるから、日ごろの疲れを……癒せるかはわからないが、ゆっくりしていてくれ」
「ありがとうございます。王都にはいつ頃着くんですか?」
「お日様が一周して、また沈んだ頃だ。夜行動するなら、今のうちに寝ていた方がいい」
「わかりました。そうします」
「それと、そんなかしこまった言葉を使う必要はないぞ。こっちもタメ口だしな」
「わかった。では、ちょっと横になって休むとするよ」
「おう、お休み」
トーマスは横になり、目を閉じた。
馬車の揺れが気にはなったが、どうにかして寝ることができたようだ。
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日をまたいで、夜。
トーマスが目覚めると、そばにはロバートがいた。
「おはようございます、王子。もう少しで王都でございます。」
トーマスは外を見まわす。馬車の向かう方向には、薄暮の陰になっている城壁が見えた。
アレが王都で間違いない。トーマスはそう確信していた。
「おう、起きたところ悪いけど、王都に入ってから、目的地の建物に入るまで、おしゃべりはしないでほしいんだ。できるか?」
トーマスは首を縦に振る。
「いい子だ。よし、王都に行くぞ」
ジェフの荷馬車は王都に向かった。
どうやらこの時間帯の見張りは、王国の協力者によるものらしく、いつもより緩めに検査するそうで、ジェフの荷馬車は、難なく王都に入ることができた。
いくつかの道を曲がった後、馬車は止まる。
「よし、出ていいぞ。被り物は忘れずにな。」
ジェフの合図を聞いたトーマスは。被り物をしたまま馬車を出た。
周囲はもうすでに暗く、人の出入りはほとんどない。
「ここが王都での活動拠点だ。今日はここで寝て、明日の祝祭に備えよう。さあ、入って」
「お邪魔します」
トーマスはジェフの案内する建物に入った。
中には誰もいなかったが、寝具やクローゼットなど、生活に必要なものは一通りそろっていた。
「ここが王都での拠点、兼俺の家さ。生活するのに不便はあまりないはずだ」
「1人用にしてはずいぶん広い家ですね」
「まあ……商人だからな。取引先のもてなしとか、いろいろあるわけだ」
そういいつつジェフは階段の上を指さす。
「王子の寝るところは上だな。日が昇れば祝祭だ。それまでゆっくりしてるといい」
「わかった。ありがとう、ジェフさん」
トーマスは上の部屋に行き、そこで時間を潰すことにした。
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日が昇り、中通りの人の出入りが賑やかになるころ。
「もう少しで祝祭です。おそらく、王妃も出てくるかと思われます。」
「うん」
「繰り返しにはなりますが、何があっても、決して大声を出さないこと。よいですかな?」
「わかったよ、ロバート」
「では、行きましょう」
トーマスはロバートに連れられ、中通りに出た。
王都とだけあって、活気は村のそれとは比べ物にならない。
至る所で露店が立ち並び、果物やアクセサリーをを売る商人、弾き語りをしている吟遊詩人らしき人、さらには路地裏でたまに見る物乞いの姿まで見えた。
やがて、中通りから広場に出ると、そこは祝祭の準備をする人と、その見張りをする兵士が並んでいた。その奥には、城壁と城門がある。
「どうやらもうすこしで式が始まるみたいですな」
そういいつつロバートは周囲を見回し、式場がよく見える場所を探していた。
しばらく探していると、ジェフが2人のもとにやってきた。
「ああ、ここにいたか。式場がよく見える場所を用意しておいたよ。ちょっと離れてしまうけどね」
ジェフは、広場から通りを挟んで向かい側にある建物の2階を使えるよう手配していた。
ジェフに促され、2人はその場所に向かう。
「ここからなら、よく見えるでしょう」
建物の2階からは、式場の全体の様子が見えた、
しかし、グラニア将軍とメアリー王妃の姿はまだ見えなかった。
「王妃の姿が見えませぬな。」
「多分、城門から出てくるんだろう。……あ、始まるみたいだ」
音楽隊らしき人たちが広場に並び、ファンファーレを奏でる。
祝祭が始まる合図であった。
進行役が壇上に上がり、祝いの口上を話す。
「本日の空は、まるでわが王の誕生の日を祝わんかのような、晴れやかなものでありますこのような空の下で式を行えること、陛下も大変お悦びのようでございます」
進行役の王を讃える口上が3分ほど続く。
校長先生の話を聞いているようだと、あくびするトーマス。
「それでは、わが偉大なるグラニア王、そしてその王妃メアリーがご登場なされます!!」
それを聞いたトーマスは城門に目を向ける。
城門はゆっくりと開き、ゆっくりと、2人の姿が明るみになる。
グラニアと称される男は、壮年の赤髪、離れた場所から見てもわかるほどの大男だった。
鬣のような顎髭は、グラニアという男の勇猛さを示すには十分といっていいほどだった。
そして、その隣にいるのは、王妃メアリーであることは明らかだったが、
「……ッ⁉」
トーマスはその容姿を見て言葉に詰まる。
金髪碧眼、どこにでもいるようなアングロサクソン系ではあったが、王子はその容姿に見覚えがあった。
(なんで?なんで僕の、僕の母さんが?母さんは僕が幼いころに病気で死んでしまって……)
トーマスは愕然とし。その場で崩れ落ちた。
「王子、どうなさいました?」
「おい、大丈夫か?」
ロバートと商人がトーマスを気に掛けるが、トーマスには上の空だった。
(もしかして僕がいるのは……死後の世界?それとも僕は夢を見てて、その中にある願望の存在?あの王妃とやらも、母さんに似てるだけの別人なのかもしれない。でも……)
トーマスは気を取り直して一転、今度は王妃に注目する。
(本当に母さんだったとしたら……)
トーマスは立ち上がり、ロバートに言う。
「ロバート、あの人が、僕の母さんなんだね?」
「その通り、ソルトラ王国の王妃、メアリーでございます」
「母さんに会うには、あの人を、グラニアを倒さなきゃいけないんだね?」
「そういうことになりましょう」
「わかった」
トーマスは踵を返す。
「帰ろう、村に」
「王子?」
「僕は、まだここにいちゃいけないんだ。もっと強くなって、一人前になってから、ここに来るべきなんだって」
「まあ……まだ帰りの便までには時間がある。それまでこの式を眺めていこうじゃないの」
それを聞いたトーマスはしばらく考え込むも、商人に従い、式を眺めることにした。
(待ってて、あなたが本当に僕の母さんなのか、絶対に確かめて見せる)
トーマスはそう心に誓った。
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夜、トーマスは帰りの便に乗り、王都を出た。
王妃の寝室、そこで王妃は窓際にたたずみ、月を、王都を眺めていた。
「メアリー王妃」
男の声がした。
「首尾の方はどうですか?」
「今のところは問題なく進んでおります。それと……どうやらトーマス王子がここに来ていたみたいです」
メアリーは驚き、声の方に振り向く、が、しばらくするとまた外の方を向いた。
「トーマスが……ここに……」
「王子は今日の夜、ロスク村に帰られたそうです」
「そう……あの子も、察したのでしょうね。まだ、会うべき時ではないと」
「メアリー王妃……」
「私も、しなければならないことは沢山あります。この国を取り戻すため、そして、愛しいわが子と会うためなら、私はどんな犠牲も惜しまぬ覚悟です」
「私めも、我が倅も、その時が来るまで、じっとこらえましょう」
わが子に会うため、決意を固めた王妃の身体は、満月に照らされていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
リアルとの状況を鑑みての週一投稿になりますが、それでも見てくだされう方々に感謝いたします。