ロスク村、教会。
祈りをささげる少年がいた。ソーマである。
ソーマは祭壇の前で1分ほどじっとしていた。
やがて立ち上がり、帰ろうと踵を返す。
「やあ」
「うおっ!?」
ソーマは思わず飛びのき、構える。
ソーマの目の前にいたのは、トーマスだった。
「ごめん、驚いた?ただいま、ソーマ」
「ああ……もう帰ってたのか」
「ついさっきね。君の居場所を探してたら、ここに入るのを見かけたって、近所の人が」
そう言いつつトーマスは祭壇の方を見る。
「お祈り、してたんだ」
「まあ、ね」
「君も気になる子とかいたりするの?」
ソーマは目をそらす。
「まあ、いないわけ、ではない」
「へえ、どんな子?」
それを聞くとソーマはトーマスを連れ外に行く。
外に出て、ソーマはある1人の女の子を指さした。
トーマスと同じ金髪の、長い髪をしており、遠目からでもきれいな顔つきをしていることは容易に分かった。
修道女の服を着ており、今は教会の掃除をしているみたいだ。
「シスターか……確かにシスターは難しそうだ」
「そっちの方はどうなのさ、あのエイミーって子」
「順調だよ、君がお膳立てしてくれたおかげでね。ほら、行くよ」
トーマスはソーマを連れてシスターのもとへ向かった。
「掃除の手伝いくらいやって、お近づきになればいいでしょ」
「……それもそうか」
トーマスはシスターに呼びかける。
「やあ。掃除、手伝ってもいいかな?」
それを聞いたシスターは一瞬きょとんとした顔をするも、すぐに「いいですよ、ありがとうございます」と返答した。
「では、落ち葉を拾ってくれますか?」
「わかりました。やろう、ソーマ」
「おう」
男2人は地面に落ちた落ち葉を取り除いていった。
しばらく黙々と作業してたが、トーマスがソーマに話しかける。
「何か話しかけたら?」
「お、おう……そういえばシスター、昨日の雷すごかったな」
「雷、ですか?」
「そう。そしてその後に起きた土砂崩れも」
「え、ええ。そうですね」
また沈黙がやってくる。
「おい、どうすんだよこの空気」
「ほかに何かよさそうな話題ないの?」
「こんな村で話題になりそうなことなんて全然ないよ」
「はあ……ていうか」
トーマスはソーマに近寄り、小声でしゃべる。
「さっき『シスター』って言ったよね?え、名前聞いてないの?」
「いきなり聞いても怪しまれるだろ?」
「だったらもっと前からこういう手伝いとかすればいいのに」
「女ばかりの教会に男1人は目立ちすぎるだろ」
「あの……」
「はいぃ!?」
シスターが突然話してきて2人は驚いた。
それを見たシスターはくすくすと笑い、
「アンナ、です」
「へ?」
「私の名前、アンナです。よろしくお願いします、ソーマさん」
「あ、ああ。よろしく……」
トーマスはソーマとアンナの様子を見て、半ば呆れながらも笑顔で見守るのだった。
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アンナと別れ、トーマスとソーマは帰路につく。
「明日から時々、手合わせしないかい?」
「手合わせ、って、僕とソーマと戦うってこと?」
ソーマは頷く。
「基礎体力はある程度ついたはずだし、そろそろ体術や剣技を学んでもいい頃合いだろう。当然、怪我をすることもあるけど」
「……でも、それで強くなれるなら」
トーマスは真剣なまなざしでソーマを見る。
「僕はどんな痛みにも耐え抜いて見せる」
「……わかった。明日から一層厳しくなるよ」
「うん」
(僕は、エイミーを守りたい。あの人に会いたい。そのためには、力が欲しい。自分だけでなく、ほかの人を守ることができる力を)
トーマスはそう決意し、拳を握りしめた。
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次の日から、トーマスとソーマは手合わせを行うこととなった。
まずは体術、次は剣術、槍術と、様々な武器の扱いを、長い時間をかけて教わっていった。特に弓術はソーマより長けており、当のソーマもこれには感心しきりだった。
手合わせはいつもソーマが勝っていた。トーマスも戦うごとにソーマと競り合ってきてはいたが、あと一歩のところで及ばずだった。
そばにはエイミーもいて、怪我をした両者の手当ても行っていた。
2人の手合わせにはギャラリーがだんだんと増えてきて、2人を応援する人も出てきた。
一方「トムが勝ったことがない」ので賭けの対象にはなっていなかった。
6年も経つ頃には体も成長してきており、鍛えた体と腕で獣と戦うようになった。
子供の頃には苦戦した獣も、このころになれば倒すことができるようになり、そうして仕留めた獣を村に持ち帰り、肉にすることもあった。
ただ、その間にもたびたび視察隊が来ては女性を連れ去ることが何度かあり、それを見るたびにトーマスは忸怩たる思いをしていた。
そしてさらに4年が経ち、王都潜入の日から10年が経とうとしていた。
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「ぐあっ!」
「1,2,3、勝負あり、ソーマの勝ち!」
手合わせが終わり、ギャラリーたちはぞろぞろと持ち場に帰っていく。
「2人ともお疲れ様」
「ありがとう、エイミー」
エイミーはいつも通り、トムとソーマの手当てを行う。
エイミーも年頃の女性となり、顔立ちも整っており、誰もが美人だと答えるだろう養子に成長していた。
トーマスはそんな姿に成長したエイミーをうれしく思う一方、そんな女性を連れ去る帝国の視察隊のことを思い出し、素直に喜べない状況にあった。
そんなトーマスが暗い表情をしているのを察してか、ソーマが周りに目を向ける。
「それにしても、あっち側を見てみると、一面と黄色くなってるな。菜の花、だっけ?」
「うん」
「綺麗だよな」
「ああ、綺麗だ」
「そういえばアンナとはうまくやってるのか?」
「あ、ああ。ただまあシスターだからな。変に手出しはできないさ」
「まあ、それもそうか」
「視察隊が来たぞーーっ!!」
その言葉を聞いて2人は構える。
「エイミーは隠れてて」
「は、はい」
エイミーはすぐ近くの草むらに身を潜め、2人は険しい表情で視察隊の様子を見る。
視察隊の兵士は、辺りを見回す。
「さて、この村の様子はどうだ?」
「隊長、あの家の子はどうでしょう」
「どれどれ?」
隊長らしき人物が、とある家の娘を見物する。
「ふーむ……なかなかいい顔をしている。名前は?」
「サ、サラ、です」
「ほう。サラ……決めた。この子にしよう」
「そ、それは困ります」
サラの家族らしき人が引き留めに来た。
「あん?」
「サラにはすでに婚約を決めている者がおります」
「ほう?そいつはどこに?」
「い、今は、王都に出稼ぎに行っておりまして……」
「そうか。では王都に帰って、そいつを見つけたらよろしく言っておいてやる」
「そ、それはあまりにもーー」
「うるせえ!!」
視察隊の兵士は右ストレートを、引き留めようとした男の顔面にたたきつける。
男は1メートルほど後ろに吹き飛んだ。
「聞き分けのよくねえ奴にはこうしてやる。おい、火を持ってこい」
「はっ」
兵士は火打石で木くずに火をつけ、それ火を松明に移していく。
「やめてください、こんなことはーー」
止めようとした人は問答無用で兵士に殴り飛ばされた。
そして兵士は家の周りを取り囲む。
「やれ」
そして何本かの松明を、家に投げ込んだ。
「なっ!?」
トーマスは驚かずにいられなかった。
さらに、何かの入れ物も家に投げ込んだ。
「よーし、これでいいだろう。この女を連れて引き上げるぞ」
「はっ」
「馬鹿なやつだ。おとなしく引き渡してれば金貨くらいはもらえたものを」
「お父さん!お母さん!」
視察隊はサラと呼ばれる女性を荷馬車に詰め込むようにして運び、村を出発した。
トーマスはサラの両親らしき人物に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、私たちは大丈夫だが……家の中に……」
「誰かいるんですか?どこに?」
「2階です。でも火の回りが……」
(まさかさっき投げ込んだのは油!?)
トーマスは燃え始めた家に突入した。
制止する声もあったが、トーマスの耳には届かなかった。
トーマスは階段を探し、2階を目指す。
「おーい!誰かいるか!?」
(どこだ?どこだ!?)
トーマスは大声を出した後、耳を澄ます。
火の音に紛れて、誰かの泣き声が聞こえてきた。
「こっちか!」
トーマスは階段から奥の部屋に向かった。
奥の部屋の扉を開けると、途端に泣き声が大きくなった。
「トム!」
「ソーマ!?なんでここにーー」
「そんなこたどうでもいい!いるんだな?ここに」
「ああ、多分この部屋のどこかに……」
トーマスが辺りを見回すと、大きめのかごを見つけた。
近寄ると、籠の中には赤ちゃんがいた。
「いたよ!あとは出るだけだ」
トーマスが部屋から出ようとする。
が、すでに部屋の出口近くにまで火が回っており、廊下に出ることは不可能だった。
残された出口は窓しかないが、その先には堅い道があるため、うちどころが悪ければ怪我では済まない可能性があった。
(くっ、一か八かだけど、やるしかないのか?)
トーマスがそう思った矢先だった。
「トム!その壁から離れて!」
ソーマの声を聴いたトムは、とっさに窓のある壁とは別の、左にある壁から離れる。
「はあああああああっ!!」
ソーマは近くにあった棚を持ち上げ、壁にたた叩きつける。叩きつけられたところの木の壁が歪んでいる。
「もう一回!」
もう一度、同じところに叩きつける。木の壁の歪みが大きくなって小さな穴が空いた。
「これで、どうだ!!」
3度目、ついに木の壁に人が通れるほどの穴が開いた。見える先には草原が広がっている。
「よし、ここから飛び降りるぞ!」
「うん!」
ソーマは家から飛び降りる。うまく受け身をとって着地したようで、不自由なく動いていた。
「早く!」
トムも壁の穴から飛び降りる。
そこそこ高さはあったが、飛び降りることに躊躇はなかった。
トムは落ちる途中で赤ちゃんをソーマに投げ渡す。そして何とか受け身をとり、着地した。
投げられた赤ん坊は、ソーマが軽くジャンプしつつキャッチした。
「早く離れよう!」
「うん」
2人は急いで燃え盛る家から離れる。
それから10秒も経たないうちに家が崩れ始めた。
「ジョン!?ジョン!」
先ほどのサラの両親と思わしき2人が、おそらく取り残されていただろう赤ちゃんの名前を呼んでいた。
「こっちだよ!」
トーマスはその2人に呼びかける。
「ジョン!」
女性はソーマの持っている赤ちゃんに駆け寄る。
赤ちゃんは元気に泣いたままである。
「ジョン!よしよし……怖かっただろうね……ごめんね……」
「お二方、なんとお礼を申し上げればよいか……」
「いえ、赤ちゃんだけでも守れてよかったです」
ソーマは赤ちゃんを女性に引き渡した。
男女2人は涙を流して、赤ちゃんの救出を喜んだ。
「それにしても……」
トーマスはソーマの方を見る
「ん?」
「あの棚、結構重そうだったけど、よく持てたね」
「あ、ああ……」
「もしかして、アレか?」
「アレって?」
「火事場の馬鹿力、ってやつか?」
「多分、そうなんじゃないかな」
「ふーん……まあいいや」
トーマスは燃えて崩れ行く家の方を見る。
「……やっぱり、こんなことはいつまでも見過ごせるものじゃない」
「トム……」
「ソーマ。もし、僕が帝国に楯突くとしたら、君は、どうする?」
「トム?それって……」
「……いや、なんでもない。今日は、もう帰るよ」
「そうか。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
トーマスは帰途についた。その足取りに、怒りを隠すことはできなかった。
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「お帰りなさいまーー」
ロバートはトーマスの姿を見て驚いている。
怪我はともかく、煤や灰がかかっている部分もあったからだ。
「そのお姿は……もしかして火事になったあの家にーー」
「ロバート」
トーマスはドカドカと歩き、ロバートに掴みかかる。
「ああ、そうさ。子供を助けるために燃え盛る家に入って助け出したさ。なあ、ロバート。いったいいつになったら、帝国に楯突くことができるんだい?あの時言ったよね?『あと10年』って。もう10年経つけど、さすがにもう準備はある程度整ってるよね?そうだよね?」
「トーマス王子……その件についてですが」
「何?」
トーマスは掴みかかる力を緩めない。
「すでに準備はほぼ整っておりますが、もう少しだけ、お待ちくだされ」
「いったい何を待ってるの?」
「グラニア将軍は、定期的に帝国に戻って統治の状況を直接報告するのです」
「それはいつだい?」
「例年の時期を考えると、30日以内には、必ず出かけるでしょう。」
「……そっか」
トーマスはようやくロバートから手を離した。
「つまり将軍のいない時期が蜂起のねらい目、ってことなんだね?」
「……はい、その通りです」
「……わかった。じゃあ待つよ」
「王子、その時まで、どうかお体に大事の内容にしてくださいませ」
「ああ。わかってる」
トーマスは、家の窓から、ここからは見えない帝都の方角を見つめていた。
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夜、メアリー王妃の部屋。
メアリーは物憂げな表情を浮かべ、月を背にしてベッドに腰かけていた。
「メアリー王妃、将軍は7日後、当地の状況を伝えるためにこの王国を出て、帝国に戻るようです。」
部屋の中に男の声がする。
「7日後……その時が近づいている、ということですね」
「準備自体は整っております。ただ、これが成功するには、我々の力だけでは不足です。もっと大きな力が必要なのです」
「ええ、でもそのためには、必ず誰かが犠牲にならないといけない。彼らにも、見たかった未来があったでしょうに……」
「彼らもその見たかった未来のために、犠牲になる覚悟があります。その覚悟を、無駄にさせてはなりませぬ」
「ええ。そのためには、私も覚悟を示さなければなりませぬもの。……貴方の息子さんも、つらいものを背負わせてしまうこと、なんとお詫び申し上げれば」
「貴方の息子さん、娘さんも、今は立派な人物になっていると、倅から聞いております。私めも、王国奪還のため、一層努力してまいりましょう」
「……はい。共に、戦いましょう」
メアリーは振り返り、月を見る。
月は上弦、蜂起の日は近い。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!