「お兄さんの調子はどうかしら?」
女性はアンナに尋ねるが、アンナは首を横に振る。
「もうあれから7日になるのに……よっぽどお友達の件が辛かったのかしらね……」
「お兄様……」
その時、ドアからノック音がした。
「どなたですか?」
「俺だ、ジェフだ。今戻ってきたぞ」
女性はのぞき窓を見て、ジェフであることを確認すると、扉を開け、ジェフを迎え入れた。
「おかえりなさい、ジェフ」
「ただいま、エレン。王子の調子はどうだ?」
「まだ部屋から出てこないわ。食べ物は一昨日から食べ始めたけど、話しかけてもあまり答えてくれないわね」
「そうか……無理もないだろう。友人には裏切られ、王妃は助け出せず、ロバートまで死なせてしまったからな……」
ジェフはそう言いつつ持ってきた荷物に目をやる。
「それは何です?」
エレンと呼ばれた女性は、ジェフの持ってきた荷物が何なのか尋ねた。
「ああ、元気づけになるかはわからんが、王子宛てのロスクからのお届け物さ」
「王子に向けて?誰からでしょう?」
「まあ……幼馴染といっていいのかな?王子は例の部屋にいるんだろ?」
「ええ……気を付けてね」
ジェフが頷くと、2階にあるトーマスの部屋に向かった。
「王子、入るぞ」
ジェフはゆっくりとドアを開け、中に入った。
「飯を食えるようになったとは聞いたぞ。ある程度は落ち着いたみたいだな」
「……ねえ」
「なんだ?」
「王妃は……どうなるのかな?ひょっとしたらもう殺されてるんじゃ……」
「いや、仮にもう殺されてるなら死体は晒されてるはずだ。それにメアリー王妃はグラニア将軍の大のお気に入りだったからな。すぐには殺さないだろう」
「……ほんとに?」
「ああ。……あ、そうだ。王子宛てにお届け物だ」
「……僕に?」
「そうだ。ロスク村の…エイミーからだ」
トーマスはジェフの方に振り返る。
「エイミーから?」
「そうだ。手紙と……リンゴだ」
トーマスはリンゴと手紙を手に取る。
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トムさん
調子はどうですか?
私は元気に両親のお手伝いをしています。
済んでいる場所を離れ、出稼ぎに出るのは大変だと思います。
貴方が誰かを助け、また、貴方を誰かが助けてくれるような、そんな優しい場所で働けていることを祈ります。
そういえば、トムさんがこの村を出た後、ソーマさんも村を出ることを告げていました。
でもその理由はわかりません。
ソーマさんに何かあったのでしょうか?
ソーマさんの家族を見かけませんので、ソーマさんの家族に何か不幸があったのでしょうか?
トムさんも、どうかお体に気を付けて、仕事を終えたら、またここに帰ってきてください。
貴方の帰りを心待ちにしております。
エイミー
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「エイミー……エイミー…………」
王子は手紙を読んで、涙をこぼしている。
こぼした涙が、手紙に染み込み、文字が滲んでいく。
ジェフは王子を宥めつつ、考え事をしていた。
(しかし妙だな。もしあの子が本当に将軍側の人物なら、とっくの昔に密告されて、王子は生きられてはいないはずだ。わざわざ放置する理由って何だ?)
その時、大通りの方から1人の大声が聞こえた。
「明日の昼、城門前の広場にて、グラニア王陛下による、メアリー王妃の服従の儀が行われる!王都の住民は、全員広場に集まれよ!」
(服従の儀だって?なんだそりゃ?)
「王子、聞いたか?今の」
トーマスからの返答はない。
「アレがもし本当なら、王妃は、お前の母さんはまだ生きている。そして明日、広場で見ることができる可能性がある。多分、アレを逃したら、もう二度と見ることができないかもしれない」
トーマスは黙ったままだ。
「トーマス、お前に無理を言うつもりはない。でも、母さんに会いたいなら、明日を置いてほかにないと思う。だから、よく考えてくれ」
そう言って、ジェフはトーマスの部屋から退出する。
ジェフが1階に戻ると、エレンとアンナが夕食の準備をしていた。
「さっきのはいったい何です?」
「わからない。だが、奴らは王妃を利用して何かをするつもりだろう」
「全員来なさいと言っていたわね。姫様はどうされます?」
「私は行きます。お母様に会えるのなら、いつだって」
「そう。……王子の方は?」
「返事は聞いてない。伝えただけだ。だが、彼ならおそらく行くだろう」
「そうだといいわね。彼はもう、お母さんに会えないのかもしれないのだからから……」
「暗い話ばかりしていてもしょうがない。今日は食べれるものを食べて、明日に備えよう」
「ええ、そうね。姫様、鍋は十分煮えたかしら?」
「はい、エレンさん」
「では、夕食にしましょう。王子には私が食事を渡しておくわ」
エレンがそういうと、3人は食事の準備を始めるのだった。
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翌日、「服従の儀」の舞台は着々と準備を進めていた。
ジェフは王子の部屋の前にいる。
「王子、起きてるか?」
ジェフが扉をノックし、トーマスに呼びかける。
「そろそろ俺たちは出かける。もし行きたいなら、この扉を開けてくれ」
ジェフはそう伝え、しばらく待つ。
1分、2分と時間が経ち、3分が経過した。
ジェフはため息をつき、踵を返そうとしたその時。
トーマスの部屋の扉が開いた。
「……入るぞ」
ジェフはトーマスの部屋に入る。
トーマスはジェフが部屋に入ってすぐ、目の前に立っていた。
そのトーマスの表情は、まだ暗いままだ。
「行くようになっただけでもうれしいよ」
そう言ってジェフはトーマスにローブのような被り物を被せた。
「そのローブは、絶対に脱がないこと。いいね?」
トーマスは頷く。
「よし。じゃあ行こうか」
ジェフは1階に向かい、トーマスもついていく。
1階はすでにエレンとアンナが支度を整え、待っていた。
「お兄様、来てくださったのですね」
アンナがトーマスに呼びかけるが、トーマスからの返答はない。ただ頷くだけだった。
「……でも、無理はなさらないでくださいね」
「ジェフ、準備はできましたか?」
「ああ。行こう」
4人は外に出て、城門前の広場に向かった。
10年前に訪れた時には祝祭が行われていた広場では、すでに「服従の儀」の舞台の準備を終えていた。
10m四方ほどの舞台には大きい柱と2つの小さい柱、そして2つの晒し台があり、その舞台の周りには兵士が20人ほどで見張り、その周りには1.5mほどの柵が用意され、さらにその周りに人が集まりつつある。
ジェフをはじめ4人は、何とか最前列に場所を取ることができた。
「一番見やすい場所までこれた。おう……トム、どうだこの位置は?ここからならよく見えるだろう?」
「うん……」
「アニー、貴方はどう?」
「はい、よく見えます」
「さて、何をしてくるのやら」
人がある程度集まってきたとき、城門が開いて、場内から音楽隊が出てきてファンファーレを鳴らした。
城門の上の城壁には、グラニアがたたずんでいる。
そして、1人の男が舞台に登り、聴衆に向けて演説を始めた。
「これより、グラニア王陛下による、『服従の儀』を執り行う。先の城における反乱、大変残念ながらその首謀者は、グラニア王の妻、メアリー王妃であった!」
聴衆がざわつき始めるが、「静粛に!」の声で、聴衆は静まり返る。
「これより、わがグラニア王に対し、反乱を促したメアリー、そしてその女にそそのかされた兵士の入場である!」
男がそう告げると、城門に、兵士に連れられる女性と2人の男の姿があった。
トーマスはその女性がメアリーであると確信するとともに、メアリーの衣装が、みすぼらしい布でできた服であることに衝撃を受ける。
聴衆はまたもざわつき始めるが、「静粛に!」の声がが何度も響き渡ることで、ようやく静まり返った。
メアリーが2つの柱に手を置き、縄で手首を縛られる。ジェフたちは王妃に対して正対する位置に場所を取っていた。
(ホントによく見える位置まで来ちまったなあ……)
城門が閉じ、男2人がメアリーから見て左の位置にある晒し台に拘束されたのを確認してから、男は演説を続ける。
「この者は、グラニア王陛下の妻という恵まれた立場にいながら、それに満足することなく、王陛下のいない間に、城兵を唆し、城を奪い、王陛下を追い出そうとした!」
トーマスとアンナはじっとメアリーの方を見ている。アンナはあまりの姿にショックを受けたのか、口を押えている。
「本来であればこの女は処刑されるところであったが、王陛下の寛大な措置により、この『服従の儀』を設け、そこで跪くことで不問に処すことをご決断為された!」
そして男はメアリーの方を向き、こう告げる。
「反乱の首謀者メアリー、お前は王に跪くことで、再び王の妻として迎え入れられる。跪いて、それを望むのだ!」
メアリーは黙ったままうつむいている。
「跪くのだ!」
男は叫ぶが、メアリーに届いている様子はない。
「……跪かぬのなら、それなりの対応をせねばなるまい。執行人をここに!」
男がそう告げると、城門が再び開く。
城門からは2人の男がいた。
1人は鞭を持った大男、もう1人は、大斧を持った男であった。
トーマスは後者に衝撃を受ける。その男は、ソーマであったからだ。
「執行人」と称される2人が舞台に上がる。鞭を持った大男はメアリーの方に、ソーマは晒し台の方に向かった。
「メアリーよ、跪くなら今のうちにしておいた方がいい。グラニア王陛下も、お前が傷つく姿を望んではおられぬ。だがたとえ鞭を打たれても跪かぬのなら、この2人の命はない。」
メアリーは何もしゃべらない。業を煮やしたのか男は、鞭を持った大男に合図を出し、メアリーから離れる。
そして大男は鞭を振り回し――
バシィン!!
その鞭がメアリーに打ち付けた音が広場中に響く。
「――ッ!!」
メアリーは鞭を打たれたことに痛みを感じるものの、声を押し殺している。
続けざまに大男は鞭をまたもメアリーに打ち付ける。
メアリーは鞭を打ち付けられるたびに体が跳ねるも、悲鳴などの声は出すまいと、声を押し殺し続けていた。
その後も3分ほど、鞭が打ち続けられるが、メアリーは跪くどころかまだ立ったままでいた。
「わかった。それほどまでにお望みであれば……」
男はソーマに向けて合図を促す。
ソーマはしばらく無反応だったが、やがて晒し台に拘束された1人の兵士のもとに立つ。
「何か、言い残すことはあるかね?」
男は兵士にそう告げる。
「我が仕えるは王妃、このソルトラ王国の王妃メアリーのみ。たとえわが身が朽ちようとも、王妃のその気高き魂を汚すことはできないだろう」
「……口答えを」
拘束された兵士の返答に男がそう呟くと、ソーマに向けて首を斬るよう合図を出した。
ソーマは兵士の方を見て、大斧を振りかぶる。
「エレン、早くアニーの目を塞げ」
「は、はい」
そしてソーマは大斧を勢いよく振り下ろし――大斧の刃は兵士の首に当たり、そのまま首を切断した。
メアリーはその惨状を直視できず、反射的に目を背ける。
トーマスはショックを受けた。かつての友人が、人を躊躇なく殺す光景がそこにあった。
「トム、大丈夫か?トム!」
ジェフがトーマスに何度も呼び掛けることで、ようやくトーマスは我を取り戻した。
「メアリー、お前の頑固さのせいで今、1人の命が失われた。まだそのようなつまらぬ意地を張り、もう1人の命も奪いたいか!」
メアリーはそれを聞き、俯く。
「メアリー王妃、我々はもう命を捨てた身、貴方の気にするところではございませぬ」
「黙れ!」
男は囚われたもう1人の兵士の腹部を蹴り上げる。
「まだ口を開いていいとは言ってないぞ!」
男はそう言って大男に合図を促す。
大男は再び鞭をふるい、王妃に当て続けた。
王妃は鞭に打たれていくうち、服がところどころ破け、そこから赤く腫れあがった皮膚があらわになる。場所によっては出血も始まっていた。
「これでも跪かないとは……」
男はソーマに合図を送る。ソーマはもう1人の兵士のもとに立つ。
「何か、言い残すことはないか?」
男はもう1人の兵士にそう告げる。
「メアリー王妃、貴方の歌を、貴方の意志の強さを、どうか民衆に、ソルトラ王国の民に伝えてくだされ。私はその歌が聞けぬのが、心残りでもあります」
「……なにをたわけたことを」
男は再びソーマに向けて首を斬る合図を送る。
ソーマは大斧を振りかぶり、また振り下ろす。
大斧は兵士の首に当たり、綺麗に頭が切り離され、舞台に落ちる。
王妃はその光景をやはり直視することはできず、またも目を背けた。
「今、ここで2人の命が失われた。彼女の傲慢さが、2人の命を奪ったのだ!」
男はそう声を上げ、メアリーの方を向く
「さあ、これでも跪かぬのか?」
男はそうメアリーに告げる。
メアリーはあまりの惨状に泣き叫びそうになるが、なんとか抑え込む。
そして息を深く吸い、そして吐く。
〽
私は今 囚われの身
グラニアの 哀れな妃
私は誰 ソルトラの王
アルバートの 誇れる妃
メアリーは歌う。その声に一切の迷いはなく、美しく強い声が広場中に響き始める。
「ふざけた真似を。打て!彼女を跪かせろ!」
男は叫び、それに呼応して大男は再び鞭をメアリーに打ち始める。
〽
愛する王を殺されて
私は何も感じないの?
苦しむ王国の民を見て
私は何も思わないの?
メアリーは歌い続ける。
メアリーの歌声は鞭によって時々震えているものの、その強い声は響き続ける。
それを聞いた民衆は、だんだんと息を荒らげていく。
〽
ああメアリー 貴方は受け入れるの?
侵略者の 妃として
メアリー 貴方は何を望む?
縛られぬ 自由を民へ
メアリーは手首を固定された小さな柱から外され、大きな柱に縛り付けられる。
そしてメアリーは、殴られ、蹴られ、鞭をひとしきり浴び、それでも泣き言を言うことはなかった。
民衆はその様子を見て、息はどんどん荒くなり、体を震わせている。
〽
私の命 尽きても
魂の火は 尽きはしない
メアリー 貴方は何を望む?
脅しに屈せぬ 勇気を民へ
メアリーは縛られた柱から解放されるが、息も絶え絶えであり、いまにも倒れそうであった。
しかし、それでもメアリーは跪くことはせず、片田全体で倒れこむ。
完全に倒れる寸前で体は自身の腕によって支えられ、視線を目の前の民衆に向ける。
メアリーの目の前には、ジェフがいた。そしてその両脇に、少年と少女の姿を視認できた。
メアリーは確信した。あの少年少女こそが、自身の息子と娘であると。
メアリーはそのことに笑みを浮かべ、そして――完全に倒れた。
その瞬間、民衆が一斉に声を上げ、舞台に向かい始める。
最前列にいた民衆は、柵を乗り越え、兵士に殴りかかる。
兵士は剣を抜き、応戦しようとするものの、別の人物によって右手を固定され、剣が抜けないようにされていた。兵士はそのまま民衆に殴られ、蹴られていく。
一方で反撃する兵士も存在し、剣を抜いて民衆を斬りつけていた。民衆は剣を振るう兵士に対しては石を投げて応戦する。
ジェフはその光景を見て確信した。メアリーが望んだのは、国民が一丸となって帝国に立ち向かうことであった。
(この国の兵士だけでは、帝国に勝つことは不可能。だから王妃はわざと反乱を起こし、失敗して民衆の前に自らの姿を晒し、民衆に対して帝国に抗うよう呼びかける。それが王妃の計画だったのか……!)
トーマスはこの光景を見て、茫然としていた。
メアリーの歌が、民衆の心を震わせ、そして民衆は、武器を持たずとも兵士に、グラニアに抗っている。
しばらく自身の見ている光景が信じられなかったが――
「お兄様!早くお母様を助けないと!」
アンナの声で我を取り戻した。
(そうだ、母さんを助けられるなら、今しかない!)
「……ああ!でもアンナはここで待ってて」
「お兄様?」
「アンナを頼みます、エレンさん」
「わかったわ。アンナ、私たちは先に戻るわよ」
「お兄様!」
トーマスは近くに倒れている兵士から剣を奪う。
「必ず母さんを連れて帰ってくる。ジェフ、行こう!」
「ああ!行ってくる、エレン!」
「気を付けて、ジェフ、トム!」
トーマスは迫ってくる兵士をなぎ倒しつつメアリーのもとに向かう。
一方、ソーマはメアリーを運ぼうとしている兵士のもとに向かう。
「何をやっている?こいつを城に戻すのを手伝うか、民衆を取り押さえろ!」
兵士がソーマにそう言った瞬間——
ソーマは大斧を、その兵士に向けて横薙ぎした。
兵士は何が起こったのか驚愕の表情を浮かべたまま頭が身体から離れ、ゴトリと落ちる。
「何をしやぐわっ!?」
ソーマは大斧を横に振り回し、後ろの兵士に直撃する、当たった部分が装甲であったため、両断はされなかったものの、その衝撃で舞台から叩き落される。
「この時を、ずっと待っていた」
ソーマはただそう呟くのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
この時点で何を元にしているかバレそうなアレですけど……ま、いいか(ぇ